狼少年の狼狽

yumieisuke

 私は俗にいう狼男だ。本当に存在するかどうかは、私にとってさほど問題じゃない、それはさておき、この話を聞いてほしい、狼御人間の生活は、野性味にあふれてばかりいてとても窮屈だ。特に同い年の中によき理解者のいなかった私はにつらかった。幼少の頃からずっと、私は常に群れの中、まるで童話の狼少年のようにふるまいをしてばかりいて、昔から群れに対してはっきりと嘘をついていた。隠し事が多かった。それは自分と群れとの間に、明らかな距離を感じていたからだ。子どもの頃から群れとくらべて雰囲気だったり、しぐさだったり、日ごろから異質であることに固執している少年だった。それらはあらかじめ、一定の距離を目印として、私が私であるために他の同胞たちとの間に保たれたものだった、私はそのころ、群れの中で弱小な階級——オメガ——に属していた。

 オメガは人間の生活にはなじみがないかもしれないが、狼のむれ、こういう話では、俗に——パックと呼ばれる―—群れの中でオメガは弱小階級なのだ、狼の群れは地位により階層構造をもち、下の階級は上の階級に従属する。アルファ、ベータとつづき、オメガはその中でもっとも弱い。不遇な扱いを受けるグループは常にオメガで、だからその中には、群れをぬけて別の群れをつくるものもいる。
 私がオメガに属したのは、私が弱く、そのころまだ幼かったからという明確な理由もあったが、私の群れは階級の差によって、場合によっては差別的なほどの罵倒をあびせられることがあった。周りの狼男たちから、私のウソの癖のことについて責められるとき、私は体も弱かったため、オメガとして扱われ続けるトラウマにあるのでは、といわれたが、直接的な原因はそうではなかった。私はただ単に、不遇であることも、地位が向上しないことも苦痛であったわけでもなく、私が群れに距離を置いていたのは、周りの狼男たちと違って、人間に理解を示そうとしていたのだ、人間と人間の社会に対して……。



 私は街のそばのうっそうとしげる森の中に住んでいた、その周辺あたりは、アダリとか何とか言われている街だった。そのあたりの動植物は、アダリの街が田舎ということもあり、広大な大陸の土地のせいもあり、多種多様な類があり、食料にもこまらず狼男といった特別な存在ですら暮すのは大変ではなかった。といっても私たちは、仮にも人間の社会でいう伝説の中の存在。それに私の所属するパックには厳格なルールがあった。そのひとつが不必要な人間とのかかわりを避けること、それは狼男たちの社会では、自分たちの群れを守るため、秘密の存在であり続けるためには特別不自然なルールではなかったが、人間の所有物にふれない、人間の所有物に興味をもたない、とまで厳格なルールのある群れは、私の所属していた所くらいだっただろう。

 私の群れは、アダリの街はずれの鬼山とよばれる小高い丘の近くに生息していた、そのあたりはすこし先に切り立った崖があり、地形も岩がむきだしになった箇所がところどころあり安定しないので、人間はあまり近づきたがらなかった。そのせいもあってか、そこを根城にする狼たちはとても雄々しく、力強い傾向をもっていた。私の群れは私の父がアルファをしていた。アルファとは人間の分類でいう、パックの中で最上級の階級だ。そもそもアルファ、ベータ、オメガは人間の分類によるものなのだが、それも人間の知識で、私はそれを尊敬しているし、概念として言語として捕えると便利でその基準に間違いはなかった。だが狼男たちは、それを概念として曖昧にとらえることを禁止した、人間文明、文化の否定、それらは人間の社会ではあたりまえの、人間の社会の文字や言葉の禁止でもあった。私は、その群れの厳格な父のもとで、強さだけを頼りにしろと強いしつけを受け続け、群れの中でもっともひねくれていた。

 物心ついたときから、私は群れのルールや、父が恐ろしく、私でさえ初めは人間とかかわるのを避けていた。しかしほかの狼と違い、いくらか、父は私にあまく、そのせいではないが、幼い私が人間や人間の社会に興味を抱くのも時間の問題だった。
群れには不用意に触れるなというルールがあった。が、ときに破るものもいてその一人が私だった、私はあまりばっせられなかったが酷いもおのは顔に傷が出来るほど群れの皆からいじめられたものもいた。しかし、私はそうなってもいいと思っていた、私は人間がときたま、郊外の教会につどい何かしらの歌をうたうのをうっとりきいていた、もっとも群れのほかの狼たちは、それさえうっとおしがっていたものだったが。

 少し成長すると、私は父の眼を盗み、民家に侵入したり、畑の作物をいじったりする機会がふえた、家畜にふれたり、食べもしない人のたべものものをくすねたり、農具をいじったり。ときに何かを盗み返ったときには、私はいつもそれらを隠しもっていた。狼男の群れは、狼の群れと同様に、カーストを何よりのよりどころにする、アルファは絶対的な優位の地位にある。それ以下は従属的になのだ。私も、いくら父が私に特別あまくとも、序列には抗えない。だから私は常に、私の所有物と群れへの所属について悩んでいた、群れを離れるべきか、しかし他の群れが、今よりいいとは限らない。何よりこれまでは、その群れ、パックにいて、何不自由なく、時に小さな盗みがばれることはあれ、宝物の本など密かに、人間の持ち物を、所有できていたのだから。

 私の数少ない相談相手に、幼いころから姉のように接してくれていた、幼馴染といえるようなモコがいた、彼女は初めからベータ、アルファの下の階級で、オメガの上だった、物心ついてからずっと階級がオメガの私には、ベータの知り合いはよき相談相手だった。だからそのとき、家でについて私がまよっているころも、彼女に相談した。彼女や彼女の知り合いは、こっそり人間の言葉や文字を使うことが流行っていて、それらは父などにばれないように行われていた。
「男女関係がフラットなグループもあるわ、序列がころころかわるのよ」
 彼女いわく、パックの中には、自由の効くグループもあるということらしい。
(君はそこに所属できるのかい)と聞いてみたいが、それは控えた。もし言えば、彼女は私にきっとこう答えるだろう。
「いまはあなたの話をしているのよ」
 そういわれるといつも言い返せない、この知り合い、モコ、とは昔から色々あった、人間の社会で言う幼馴染、のようなものだし、この人に何度も救われた、いじめられているところを助けられたりしたからだ。けれどねたむこともあった、ベータは、オメガほど陰口を言われない。そのことは今でもどこかで恨んでいる、というのは冗談だ。

 私は今や群れを旅立ち、一匹狼だ、新しい群れを探しつつ、その先の未来を見ている。孤独は決して自分で選んだわけではなく、次の群れを探して、隣の街までやってきて、未だいい群れがみつけられず洞窟にいるだけだ。いい女性でもいれば、きっと番となり群れをつくるのに。
 私は、こうして一人になって心理学をよく勉強した、きっと狼たちの階級社会にない自由がそこにあると、常々思っていた、宗教とも違う、心理の世界だ。私は私の解釈の中で、近頃巷で大変有名なある心理学者の人間がもつ、“所有”という概念にほれた、彼が所有の概念に直接名言しているわけではないが、彼は、群れというものを、人間というものを、孤独には存在しえずを協力する生物ととらえていると思うのだ。人間の知識に触れるな、といくら父や群れににいわれても、どうして憧れたか、その答えがここにある気がしている。だからこそ家出をしたのだ。

 私はいくつかの本と、本の中の偉人を尊敬した。私の尊敬する、アドレフという心理学者は、人間は一人ではないといった、私にとって人間の社会のあるべきはじめてそれで、なるほど、とい納得できた。私は、私の宝物の中、3冊の彼の本の中で、狼男たちの社会にはない“物を所有する”という思想を提起している、厳密にはそれに直接ふれたわけではないが、他の哲学者の書と比較して、私はそう理解した、群れや種の存在の今ある命そのものが、出来不出来にかかわらず、協力して何かをなしとげるためにあるのだと、彼はいっているのだと思う。たとえ所属する群れ、——狼でいうパック——に貢献できなくても、ただ、貢献しようと存在するだけで価値があると、それは私にとっては革新的な発見だった。
 私は群れに属しながらも、つねに一人でいて、ときたまそんなふうに解釈した“所有”の概念を、私の所属した群れの規律や、パックでの生活、オメガとしていつもアルファやベータの影におびえていた自分にあてはめ、オメガとして奴隷のように扱われてきた自分の過去と比較する。強い規律は必要だ、しかし、それは本質的には群れの財産であるべきだ、単に序列だけが重要ならば、それは種を残すことしかできない、それでは今生きる意味がわからない。優遇や冷遇のような比較ばかりでは、見えないものがある、序列や生存だけではなく、もっと大きな財産が、人間にはある。それは文化や、知識、文字、言語、文明そのもの。けれど群れに所属するかぎり、力なき私は冷遇され続ける、それが深いところで理解できない気がした、居場所を変えなければ、安全はなかったのだ。私は旅に出なければいけなかった、あそこにいる限り、私は私の所有物を異質な形で守らなくてはいけなかったし、私はあの群れの中では永久にオメガで、私はその私の中の確信を疑う、人間の社会への依存と、所有のためにうそをつく、私は狼人間、そして嘘つきとののしられる狼少年だった。

 モコに最期にあい、家出の相談をしたのは、いまから三年前で丁度14歳のころだった。そのころ、幼馴染モコは、ベータからアルファの階級になっていた。いくらか高圧的になっていたが、やはりモコはかわりもので、私には優しいままだった。モコにはすでに旦那がいた。モコは最後の自分にこういった。
「キミは、なあ、力が弱い、それだけが事実だよ、他の群れでもうまくやれないよ」
「そんな事はわかってる」
 その数日前から、私は群れの中のあるアルファグループにめをつけられていて、それをもうモコに話せない、と感じたとき、私は群れからの逃亡を決意した。

 最後の最後、私は群れの中で、アルファのグループに、モコとの関係を非難された、いじめに耐えられなかったのは、きっかけで、最後に決意させたのはそれだ。私はそれが耐えられなかった、彼女は姉のようで、幼馴染のような存在でしかなかった。アルファという優遇の地位にいても、姉は、姉以上の何かを自分に要求しなかった。だからいまこうして孤独にしている。
 私は今、静かに洞窟でくらし、狼男全体の最大の禁忌である人間社会で暮らす事をめざしている。知識など役に立たないと、モコや父は子どもの頃から僕にいったが、私は、今や、知識以外に自分の身を護るものはないと思う、最近嘘をついたことといえば、この洞窟に化け物がでるという噂を巻いたことだけ、狼に迷惑をかけてもいない、狼少年自分らしい顛末だ。

狼少年の狼狽

狼少年の狼狽

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-23

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