エッグデー

 彼女のアンダーヘアはココナッツのように甘い香りがする。私が伸び始めたそれを頰にすり寄せると、彼女は困ったように笑うのだ。出会った当初は自然に生やしていたそれが、ここ1年で卵のように綺麗な形に整えて、私は少し気に入らない。誰の為にこんなことをするのかと言ったら、やっぱり彼女は困ったように私が私のためにやるのよと答える。口を尖らせる私の癖をいつまでも気に入ってくれないが、私だってやりたくてやっているのではない。そう、彼女が私以外の女と休日を過ごす時や私が彼女に電話をかけた時に彼女が他の誰かと通話中だった時、又は生理を理由に夕食を断られた時や、サークルの後輩との思い出話を楽しそうに語る時、私の口は尖っているようだ。だって、彼女は困ったように笑わないから、もっと困ったらいいのに、そのキュートな眉毛の下がるところが、見たい。
 そもそも初めて会った日は彼女はとても困惑した表情をしていた。もう2年も経つのだっけ。彼女は婦人科の入り口で右往左往していた。自動ドアを魔法か何かだと思って怯んでしまったのかと思った私は親切に言ってあげた、用があるなら入ったらどうですか?すると彼女はいいえ、用事はないんです用事はないんですと眉毛を下げたあの困り顔で私の顔を見つめた。大切なキーホルダーが壊れてしまった少女のようなその表情に私は何かを感じてた。きっと既に恋が始まっていたんだ。一目惚れなんて信じてないけど、私はあくまで彼女の価値観に惚れたんだ、メディアとフェミニストを嘲笑うのが好きな性格の悪さが素敵だった。彼女には彼女の思想がある。話が逸れた。それで、彼女は結局、婦人科でピルを貰って帰った。それもアフターピル。髪の毛がやや明るいけれど、見た目は優等生みたいだったからびっくりした。レイプ被害者かと思ったけれど、当時の彼氏に好かれる為に生でやらせたんだと聞いて、頭が悪い子だと思った、し、それを彼女に伝えたら困ってしまって俯いた。髪の毛がサラサラと顔を隠してチラッと見えた時に瞳から涙が落ちたのを私は覚えている。可哀想だなんて思わなかった。気持ち悪いとも思わなかった。もっと彼女を見たいと思った。私はいつものように低用量ピルを処方してもらってお医者さんとお元気ですか?お変わりないですか?まあ元気です、彼女と相変わらず仲良くやってますとか言って、そう、当時は別の彼女がいた、髪の毛が青い彼女。でも、当時の彼女はレズビアンバーで偶然知り合ってお互い暇だったから付き合っただけの適当な関係だったからどうでもよかった。その日産婦人科で偶然知り合っただけの男に簡単に生でヤるような弱い女に興味を惹かれてしまった。
 診察を終えた後に、私がお茶に誘った。そして彼女のことをたくさん知った。今付き合っている男に殴られて出来た痣や、いくらお金を貢いだとか、生でヤらないと別れると脅されたんだと、くだらない男女の話だ。私は初めて会ったくせに上から目線で「お前は馬鹿。今すぐその男と別れろ」って言ってやった。彼女はこの女頭おかしいんじゃないかって困っていたね。そのほかにもいろんな話をして私は彼女のことを好きになっていた。だって、こんな弱いのに口だけは達者で悪口を言わせたら世界一だよ彼女、本当に性格悪くて大好き。私は男と別れたらまた会おうと言って、連絡先を教えた。私至上一番格好付けていた。映画に出来る。あの日の私は恰好よかった。それで、2週間後くらいかな、知らないメールアドレスからメールが届いてて、それが彼女だった。男と別れたからまた会いたいって書いてあった。その日、当時付き合ってた彼女とベッドでだらだらしていたのだけど、その場で別れようって言った。私は絶対今の彼女と付き合うって決めたんだ。彼女とお茶をしているときから気が付いていたけれど、彼女は交際する相手は誰でもいいタイプだね。褒めて甘やかしてくれる人ならだれでも。地球上のすべての人に好きって言ってもらうためなら何だってやる。だから私はすぐに彼女を落とせる自信があった。私はとにかく彼女をデートに誘ってちやほやしてやって、たまに意地悪を言う。これですぐに落ちた。
 そんなこんなで、今はベッドの上で眠る天使を手に入れて幸福の真っ只中っていうこと。昨夜に手を繋いでコンビニまで行った、きっともうあそこの深夜バイトにはバレている。些細な問題、別に構わない。この辺は多いしね。私たちは毎月1度徹底的にダメになる日を設けている。お菓子を買いこんで、1日中家から出ずにベッドで過ごす。これは私が提案した。彼女はダイエットだとか、仕事で結果を出さなくちゃとか、いっぱいいっぱいになりやすい。1日くらいダメな日があったっていい。好きなだけ食べて好きなだけ寝て好きなだけ快楽を貪る。ああ、本当は毎日だってこんな日が送りたい。そう言ったら彼女は困ったようにどうだねって言っていた。どうやらこの気持ちは私だけだったようだ。
 彼女のアンダーヘアのデザインが卵型だから私たちの間でセックスのことを卵と呼ぶことがあった。今晩は卵の日だね、エッグデーなのに生理が来ちゃった、なんて言う。彼女がエッグデーと言うとき発音が幼い子供のように舌足らずで愛らしく、そのたびに彼女の柔らかな乳房にキスをしたくなる。さっき彼女が私たち女同士で子供が作れないのにセックスをエッグと呼ぶのはなんだか微妙よねと言った。私は生れてからずっと女が好きだし、子どもを産むなんて一度も考えてなかったから驚いちゃったな。私が驚いた表情をすると、失言だったと思ったのか罰が悪そうに困り顔を作った。私は彼女にキスをした。
 しかし、今日のエッグデーは最高だった。彼女がいつもよりも感じてくれた。男性としているときにイッたことがないって言っていたけれど、私とするようになってからはイけるようになったらしい。どうやってそうしたかなんて、それはないしょ。ただ愛してあげればいい。彼女の綺麗な髪の毛が私の愛撫によって徐々にぐちゃぐちゃになって、顔が不細工だとかお腹に贅肉がついてるとか、そういうことをいちいち気にして隠しながらぶりっこしながらセックスをする彼女の気持ちを全て飛ばして剥き出しにさせてあげる。これは多分、私にしかできない。イッた後のとろんとした彼女の恍惚の表情を見ると私は再び抱きたくなる。かわいい彼女。2年付き合っているのにいつまでも私の体を上手に愛撫できないかわいい彼女。きっと私にちんこでもついてたらもっと淫乱になるのかもしれない。
 彼女がいつか私の元を旅たつだろうと思う。気を使って彼女は言わないけれど、遊んでいる友人が男であることは知っているし、髪の毛が男のように短くてタトゥーが入った私をサイズの合わない靴のように持て余していることだって気づいている。それでももう少し彼女は私の隣で寝ているのだろう。なんてったって、そこいらの男よりも“テクニック”があるからね。私は彼女のアンダーヘアに頬ずりをする。アラームの音が鳴り、今月の特別な時間が終わる。私は眠る彼女の下腹部を舐めて彼女を起こす。これをすると、とても困った顔で起きてくれるんだ。

エッグデー

エッグデー

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted