潜伏

 フードをかぶり魔王城へ侵入する、彼はかつて勇者だった。今では荒野、荒れ地、そんな人気のない場所で、姿を潜めて敵の動向をうかがうだけの暗殺者になりはてていた。しかしそれも今日で終わる。

 広い世界の中、マイ族の予言に伝わる伝説の勇者という期待がかけられ、伝説通りの占いを与えられ、伝説通りの着実な進歩をして成長をつづけてきた、しかしそれも頓挫した。彼が伝説から遠ざかったのはたった一度犯した失敗のためだ。

 かつては勇者として冒険者たちにかつぎあげられ、必要なときには冒険者軍を編成するほど、人望があった。しかし、彼をそうやって立派にそだてた唯一の恩人、彼の姉は彼の失態で死んだ。それは魔王城侵攻前夜、もう少しで陥落というところ彼がうぬぼれによって大盤振る舞いで宴をひらいたせいだった、その一夜に夜襲をかけられて勇者グループはほぼ壊滅状態、散り散りとなった冒険者たちは、一部が魔王側につき、勇者を恨みをもち彼の首に賞金を懸けて探した。

 それから勇者だった彼は顔に傷をつけ、別人を装い、名を捨てた。孤独に生き、知識をため、牢獄に自分を押し込めるような質素な倹約生活をつづけ、ただ死んだように生きて毎日腕を磨くだけだった、それはすべてを失った彼に残された毎日の生きる理由であり、あるいは彼の予言によって導かれていたかつての習慣のようなものだった。彼は無意識に目的を組み立てた。
「自分、たった一人でも、魔王城への最後の進軍、あの続きをしなくてはならない」
 もっとも傭兵が減る時間帯、そしてもっとも魔王が気を抜く瞬間に、暗殺をする、最小限の戦力で、最小限の責任で。うぬぼれた過去の自分へ決別を図る。

 彼は目を見張りチャンスをまった、このとき、この瞬間を10年まった、10年の間に彼は青年のときをすぎていた、もはや仲間もいない。スッと立ち上がると茂みの中から、すぐさま正面きって魔王城の前面に脅し出た、ずさっと音がして人が倒れた、見張りだった。見張りを倒すのは、槍の矛先についた毒、彼の敵の脇をめがけて、つく、門番の2人は即座にたおれた、そして正面から場内へと入る。静寂、それもそのはず、今度は彼等こそが油断をしているのだ。あれから魔王にあだなすものは、ほとんど現れなかった。今日、このときまでは……、建物の影にかくれながら城内へ侵入、廊下を渡る、2人、3人、彼の手にかかり、音もなく毒によって死を遂げていく、パタリパタリ、騒ぎは起こらない、彼は死体をすべて庭の外へほうりだした。庭へ入るのは、庭師だけだ。それも週一日来るだけの、この日をまった、満月の出る三日前のときを。そしてついに魔王の居住スペース、城の奥深く、地下空間へと躍り出た。

「魔王よ」
「!!」

振り返る男、すでにつきとめていた、魔王の正体、心臓が高鳴る、ついにその顔への復讐が終わる。ドアをあけた途端、その男は化粧台へとむかい、こちらに背を向けていた、大きなベッドが右側にあり、全面に高価な金や宝石のかざりや、絵画があった。
「なにもの!!」
その顔には見覚えがあった、勇者軍の一員であり、軍をつくるときに参謀をしていた一人だった、名前も偽名だろう、彼こそが魔王だったのだ。だからあのとき、全ての情報がもれて、予言が外れ、すべてはこの参謀の策略!!。

「とれ」

がらんがらんと音がひびく、地下の閉ざされた空間で冷たく高い響きをもった反響。勇者は毒の付いた槍を彼にわたした、そして彼は小剣をもった。そのハンデを与えたのは、彼にも負目があったからだ。

「お前はスパイだった、俺もこの城にスパイをひそませていた、おまえのその槍には毒がぬってある、ハンデだ、お前はずるがしこかった、だが俺は、こんな身になろうと、正々堂々、正義の名のもとにお前を倒し、お前の圧政を封じる」
「くっ、その正直さが、あの日お前を敗北へ導いたのだ」

 魔王の顔がゆがんだ、それをみたのは、予言を託された勇者だけだっただろう、それは鬼の様にゆがみ、もはや人のそれとも思えないほどに赤面していた。それから数分、ぐおおおお、その日真夜中に魔王の叫び声がきこえた、やりは魔王の咽を引き裂いた、それは初め勇者の仕業かとおもわれた、しかし、家来のものが駆け付けると、首から血をながして両腕で中をかきむしり空をみあげうめき声をあげる様子で、立膝をついたままやりにのどをつかれたまま死んでいる魔王のすがた、そこにすでに人影はなく勇者はそこから立ち去っていた。

 それから数日、あの日の勇者の仕業は徐々に明らかになっていた、魔王軍の残党は勇者を探すものの、勇者は見つからない。魔王軍は滅びた、勇者は行方知れず、ただ平和だけが訪れた、勇者だった男は行商人となって今もどこかの地を渡り歩いている、彼の顔の傷は、彼の手によってもう一つふえた。名誉はもうない、名誉などもうない、もはや復讐心だけが彼を駆り立てた、それは魔王に向けられたものではなかった、もはや誰も知らぬことだが、あの日魔王は自害した、敗北を恐れて自害した。魔王は伝説のように勇者の手にはかけられなかった。勇者は、あの日まで、ただ伝説を裏切ってまで、名誉を求め、ついにあの日、自分の幸福だけを求めた過去の自分を捨て去るために魔王をうち倒したのだった。

潜伏

潜伏

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-21

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