処女は面倒くさい


『処女は面倒くさいよな』

それはまだ別所の片想いだった高校二年生の秋、教室の隅に固まって駄弁っていた男子グループから聞こえてきた。あまり大きな声ではなかったが、こっそり聞き耳を立てていた別所の耳には入った。他の奴の言葉なら、「ふうん」とだけしか思わなかったはずだ。だが、そう発言したのが三厨だったために、別所は「ふうん」だけでは済ませられなかった。

三厨は処女を相手にするのは面倒なんだ……。

何故今こんなことを思い出しているかというと、いろんな出来事を経て大学進学後に両想いとなった恋人ーー三厨に押し倒されたからだ。ギラギラした眼差しからも、床に強く押し付けられた手首からも、彼が自分を抱こうとしていることが伝わってくる。抱かれるのは吝かではない。ただ、問題がある。別所には経験がない。処女が男のケツにも適用されるのなら、別所は処女である。そう、三厨が面倒くさいと言った、処女なのだ。

「……なんだよ」

近づいてきた三厨の顔の前に手を差し込み、キスされそうになったのを遮る。三厨は不機嫌そうに顔を歪め、しかし強引に事を進めようとはしなかった。別所はいまだ覆いかぶさったままの三厨を見上げ、はっきりと言った。

「ヤらないよ?」

三厨が目を見開く。

「嫌なのか?」

断られるなんて微塵も思っていなかったようだ。三厨のそんなところも、別所は好きである。

「嫌じゃないけど……今日は気分じゃない」
「気分じゃないって……そんな……どうしてもダメ?」
「ダメ。また今度ね」

三厨は食い下がってきたが、別所が全く譲る気がないことがわかると身を引いた。自分の髪を手でくしゃくしゃに乱し、堪えるように悶え、それでも強引には迫ってこない。

「俺、あんま我慢できそうにないから、次はヤるつもりで来てくれ」

別れ際、そう言った三厨の顔があまりにも真剣で、別所の身体は強張った。しかしそれを悟られないように、余裕たっぷりの、いかにも慣れている男を装って、笑ってみせた。

「はいはい。次はね」

微笑みを崩さず、ひらりと手を振って背を向ける。歩みはゆっくりなのに、心臓は駆け足だった。
やばいやばいやばい。これは早急にどうにかせねば。三厨は処女を面倒だと思っている。処女の女相手にも面倒だと思うなら、男の処女を相手にするのはもっと面倒なはずだ。面倒だと思われたくない。

ーー速やかに処女を捨てなければ!

◇◇◇

別所は初対面の男に押し倒されていた。膨らんだ股間を太腿に押し付けられて、背筋がゾワリと粟立つ。それでも抵抗せずにいるのは、この先の行為を目的として、ここーーハッテン場に乗り込んだからだ。緊張してよくわからないまま、初めに声をかけてくれた男と個室に入った。

「ぁ、だ、だめっ。唇は、嫌」

近づいてきた男の唇から顔を逸らして、拒否する。唇へのキスは、どうしても三厨以外には許せなかった。男は気分を害した様子もなく、「そう」と優しい笑い混じりの吐息をこぼす。そしてこれまた優しく、別所のひたいに唇を軽く押し当てて離れた。
男の手が、下着しか身につけていない別所の身体を慣れた手つきで愛撫する。指先が胸の尖りを引っ掛けると、妙な気持ちになった。

「きみ、初めてじゃない?」

ほとんど確信のある疑問形だった。経験のあるひとにはわかるのだと驚き、狼狽える。このひとも、処女は面倒だと思うのだろうか。別所は意味のない唸り声を漏らし、迷ったが、正直に頷いた。

「やっぱり」
「そんなわかりやすいです、かね……」
「こんなに緊張されたらね」

確かに、触られるだけでこんなにガチガチに身体を強張らせていたら、緊張しているのは丸わかりだっただろう。
男はクスクスと笑い、安心させるかのように別所を抱きしめた。

「大丈夫。優しくするから。俺に任せて」

きっと、別所は運が良かった。とにかく処女を捨てることしか頭になくて、ろくに理解もしていないハッテン場へ乗り込んで、初めに声をかけてくれたのがこのひとで、運が良かったのだ。
下着に差し込まれた手が、緊張に縮こまっている別所のそれを優しく包む。緩やかに刺激され、徐々に硬さをもっていくのと比例して、息が荒くなっていった。

「ぁ、な、んで……っ」

あと少しで達せそうなところまで追い詰めておいて手放され、懇願するような眼差しを向ける。男は微笑むだけで何も言わず、別所の下着を下ろした。勃ちあがり蜜をこぼす性器が晒される。触ってほしい。イきたい。あと少しなんだ。欲望のままに、自身へと手を伸ばす。

「ん。いいよ。初めてだと辛いかもしれないから、自分で触って、そっちに集中してて」

卑猥な音を立てて自身を擦り立てる別所の足が大きく開かれ、尻の割れ目を辿った男の指が窄まりに触れる。ぬるぬると皺をなぞられ、ぷつっと指先が侵入した。
性器への快感に集中して、後ろの違和感をやり過ごす。

「ちゃんと力抜けてる。上手だね」

褒められ、優しく頭を撫でられた瞬間、弾けるように達した。腹に白濁が飛び散る。ぼんやりとしていると、後ろを慣らしていた指が引き抜かれた。代わりに熱いものが押し当てられる。

「ゆっくり挿れるから、大丈夫だよ」

宣言通り、それはゆっくりと押し入ろうとした。

「ま、待って!」

先端が僅かに含まれたところで、別所は思わず男の肩を押していた。

「どうしたの。怖い?」

怖い。怖いのもある。でもそれ以上に、ダメだという気持ちが強くこみ上げてきた。別所自身にもよくわからないけれど、ダメだと思うのだ。

「だめ。や、やっぱり、だめです。ごめんなさい。ごめんなさい……っ」
「急にどうしたの。なんでだめ?」
「あっ。やめて!」

こんなところで止められたら辛いのは、同じ男だからわかる。それでも、先端が奥へ入ろうとしてくるのを、別所は拒絶した。男が深く息を吐いて、身を離す。別所は素早く起き上がり、自分を守るように抱きしめて座りこんだ。

「ごめんなさい。でも俺、だめで……!」

男は別所の背にそっと触れ、寄り添ってきた。勃起した状態で辛いだろうに、別所を気遣うように温かい声で問うてくる。

「なんでだめなのか、説明できる?」
「わ、からな……なんで……」
「きみさ、もしかして……好きな子いる?」

ぴくっと反応したことで、答えはバレバレだっただろう。別所は頷き、恋人がいることを白状した。

「恋人がいるのに、俺に抱かれようとしたの?」
「だって、処女は面倒だって……」
「言われたの?」
「俺に向かって言ったわけじゃないです、けど」
「そう」
「だから、あいつに抱かれる前に、処女捨てておこうって、思ったのに」

できなかった。処女を捨て、三厨との本番でスムーズに事に及べるよう、経験を積んでおきたかったのに、初めの一回すらできなかった。

「処女を捨てておこうと思ったのも、いざとなるとだめだと思ってしまったのも、全部、きみがその恋人のことが大好きだからだよね」
「好き、だから……?」

そうだ。別所は三厨が大好きだ。面倒だと思われて、捨てられるのが怖い。だったら、他の男に抱かれて、処女を捨ててやろうと思った。でも、本当はーー

「きみは本当は、初めては好きなひとーーその恋人に、貰ってほしいんじゃないかな」

◇◇◇

三厨がキスを仕掛けてくるのを、手を突き出して止めた。三厨の眉間にしわが寄る。

「次はヤるつもりで来いって、言ったよな? それでのこのこ俺の部屋にあがったんだから、今さらヤる気がないなんて言わせねえぞ」
「わかってる。俺だって、そのつもりで来たよ。ただ、言っておきたいことがあって……」
「何?」

覚悟を決めてきたはずだったのに、別所は躊躇した。本当に言っていいのか。言った後、三厨がどんな反応をするのか。怖い。

「えー……と、その……ーーっ!?」

急に視界が反転した。背中に柔らかなベッドの感触。自分を見下ろす三厨の後ろには、天井がある。組み敷かれたことに気づいた時には、シャツの中へ三厨の手が侵入していた。

「み、みくりっ」
「悪い。もう我慢できねえわ」
「まだ、言ってなーーんっ」
「ちょっと触らして。おまえの言っておきたいこともちゃんと聞くから」
「だーーだめ!」

胸の突起を摘まれた瞬間、顔を強く押し返した。三厨の首が変な方向へ曲がる。

「いてててっ」
「まじでちょっと待って。ちゃんと聞いて」
「聞く。聞くから。痛い」

押すのをやめると、三厨は涙目で別所を見下ろした。触らずちゃんと聞く気はあるようだが、別所を囲うように覆いかぶさった態勢のままだ。

「で、何」
「お、俺さ……」
「うん」
「俺……実は」

ごくり、と喉が鳴った。まっすぐ向けられる視線が怖くて、目を逸らす。何度か口を開け閉めして、とうとう打ち明けた。

「俺、処女なんだよね」
「わかってるけど」

間髪を容れず返ってきた言葉に、別所は目を見開いて三厨を見た。何を当たり前のことをーーといった表情が、だんだん不機嫌に歪んでいく。

「つーか、おまえが処女じゃなかったらすげえショックなんだけど」
「ショック……なの?」
「悪いかよ。好きな奴の初めてが欲しいとか、べつに変なことじゃねえだろ」
「で、でも、三厨、処女は面倒くさいって……!」

三厨は言葉に詰まった。

「俺、聞いたんだからな。おまえが、処女は面倒だって言ってたの。確かに聞いた」

あーやらうーやら唸って、三厨は目を逸らした。気まずそうに首の後ろを掻く。別所が責めるように名前を呼ぶと、頼りない眼差しが戻ってきた。

「それは……あー……言ったかもだけど……」
「言った」
「言った、言ったね……あれはさ、ほら、あの頃はやんちゃしてたからさ、結構遊んでたりとか……処女相手だと、一回ヤったくらいで彼女面してくるから……ね?」
「ぉ、おま……っ」

言葉にならなかった。思わず押しのけようとすると、上から体重をかけて防がれる。それでももがく別所を、三厨は押さえつけてきた。

「待て待て待て! 聞いて! あの頃の俺は最低だった! 反省してる! 別所と付き合うようになって、考えが変わったんだ! たぶん俺、おまえと付き合うまで、本気で好きな奴なんかいなかった! おまえのこと好きになって初めて、こいつの『初めて』は全部欲しいって思った。処女が欲しいって思ったんだよ」
「そんなこと言って、おまえがヤり捨ててきた処女みたいに彼女面したら、俺のことも面倒だって思うんだろ……!」
「思うわけねえだろ!」

今までにない怒気を孕んだ大声に、別所はびくりと跳ねて固まった。掴まれた手首が、ギリギリと締め付けられて痛い。

「あんな女たちとおまえを一緒にすんな。彼女面したいならすればいい。いや、しろ。付き合ってんだから、堂々とすればいいんだ。面倒なんて思うわけない。むしろ嬉しいよ。別所が自分から俺のもんだって、周りに示してくれるようになるってことだろ。そんなの最高じゃねえか」

涙目になって睨むことしかできない別所の目尻に、三厨は柔らかく口付けてきた。

「好きだよ。信じてくれ。絶対に面倒なんて思わねえから」

信じたい。好きだから。三厨が過去に遊び人だったとしても、それでも嫌いになれないから。別所の初めてが全部欲しいと、その言葉に嘘はないと思うから。

「別所の処女、俺にちょうだい?」

嫌だなんて、言えるわけがなかった。

◇◇◇

「ね、もう、いいんじゃ、ない?」
「だめだ。もうちょっと」

傷つけないようにしてくれているのはわかる。ただ、さすがに時間がかかり過ぎなんじゃないだろうか。拡げようと蠢く指は、もう長いこと別所の後孔に含まれている。

「も、いいよ。ねえ、三厨ーーああっ!」

中のある部分を優しく押されて、高い声が出た。突然の衝撃に、背筋が反り返る。

「な、なにっ? なに、三厨、怖い」
「大丈夫。怖くない。別所の良いところに当たっただけだ」
「んあっ! あっ! やっ!」

ぐりぐりと何度も押されて、身体がびくびく跳ねる。萎えていたはずの性器も、今じゃ立派に勃ちあがっている。
後ろにローションを足された。指を抜き挿しされるたびにあがるぐちゃぐちゃとした音に羞恥心を煽られ、身を捩る。

「三厨っ、お願い、もうやめ、挿れて。挿れて。お願いっ」

縋りつくように手を伸ばすと、指を絡めとられて、シーツに押し付けられた。後ろを拡げていた指が抜かれ、またローションを垂らされる。

「痛かったら言ってくれ」

包装を歯で破いてコンドームを装着した三厨は、別所のこめかみにキスを落とし、ゆっくりと腰を進めてきた。
入ってくる。さんざん慣らされたせいか痛みはない。圧迫感はあるが、耐えられないほどではなかった。
尻に下生えの当たる感覚に、全部入ったのだとわかる。

「処女、貰っちゃった」

心底嬉しそうな笑顔に、何故か涙が出た。目尻を伝ったそれを唇で受け止めた三厨は、別所の腰を掴んで緩やかに抽挿を開始した。初めは気遣ってくれているのが伝わる優しい動きだったのが、別所が喘ぐたびに激しさを増す。自分に興奮して、余裕がなくなっていく様を見せられると、少々乱暴に扱われても許してしまう。愛されていることがわかるから。

「あ、んあっ、ああっーーぅんんっ」

唇をキスで塞がれて、三厨の口内に喘ぎが飲み込まれる。奥へ奥へと腰を強く押し付けられ、抽挿が止まった。彼がコンドーム越しに欲望を吐き出したのだと理解する間もなく、性器を扱きあげられる。その間も、キスは続いた。

「んっ、んんっ、んんんーー!」

先端を強く引っ掻かれ、別所も達した。

◇◇◇

一回だけでは終わらず、足腰の立たなくなった別所の世話を、三厨は喜んでやった。いつになく上機嫌で、甘やかされるのも悪くない。

「他の誰にも触らせんなよ」

ま、ありえないと思うけどさ。
そう言った三厨のふにゃふにゃの笑顔を見て、別所の脳裏にはハッテン場で出会った男とのあれこれが浮かんだ。顔が引きつる。

「さ、触らせるわけないだろ」

処女を捨てようとハッテン場へ行って、あちこち触られ、後ろを指で拓かれ、あまつさえ先っぽをーーほんのちょっとだけだが、挿れられそうになったことは、墓場まで持っていこうと、別所は決めた。

処女は面倒くさい

処女は面倒くさい

攻めが処女は面倒だと言っているのを聞いてしまい、自分が処女だとバレる前に他の男で処女を喪失しようとした受けの話。BL注意。

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  • 強い性的表現
更新日
登録日
2018-10-19

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