お猫さま 第六話ー猫按摩

お猫さま 第六話ー猫按摩

猫の人情小噺です。笑ってください。PDF縦書きでお読みください。

 肩のこる人、足腰が張る人、多いですな。働いておりますと、からだが硬くなって、なんとも身の置き所がなくなります。仕事から帰り、「おっかあ、ちょっと腰を揉んでくれ」なんて、身近の人に按摩を頼みます。すると、「今、赤んぼを寝かしつけてるんだ、自分で揉みな」などと、つれない返事をもらいます。そんなこともあって、温泉などでゆったりと湯に入ったあとに、按摩さんを頼むという贅沢をします。
 按摩というと目の悪い人が多いようで、座頭というとやはり目の悪い方と思ってしまいますが、本来一座の頭のことでございます。古くは、目の見えない方が琵琶法師となり、その団体、すなわち、「座」の一番下の位だそうでございます。今、座頭さんというと、按摩さんを思い浮かべちまうのは、勝新太郎さんのお陰でございます。

 秋の風に吹かれて、縁台で熊八と八五郎が夕暮れを楽しんでおります。
 「熊、近ごろ猫を飼ったんだってな、近所のかみさんたちが噂してるぜ」
 「うん、三匹飼った」
 「そんなに猫好きだったかい」
 「いや、金がないから、猫飼った」
 「餌食わすにゃ金かかるだろ」
 「いや、どっかで食ってこいと言っている。昨日は秋刀魚を一匹かっぱらってきて、俺もお相伴に預かった」
 「おい、それ、俺のところの秋刀魚だ、あの猫、熊の猫だったのか」
 「ああ、そりゃすまねえ、八のところの秋刀魚だったのか、あのうすのろの猫がよくぞとってきたと、褒めてやったんだ、骨かえそうか」
 「馬鹿、そんなものいらねえ、ひでえ野郎だ、うちのかみさんがかんかんだぜ、今度やると、その猫の皮をひんむいて三味線にしてやるって言ってたぜ」
 「八のおかみさん怖いもんね、ほんとにやるかもしれないって猫に言っておく」
 熊八と八五郎は腕のいい大工で、同じ長屋に住んでおります。熊は独り者、八五郎には亀さんという怖い女房がおりました。
 「それで、どうして、金がなくて猫を三匹も飼ったんだい」
 「それがよ、腰がまだ痛くてね」
 ちょっと前のことになりますが、熊八が屋根をこしらえているときに、足を滑らせて、落っこちたのです。幸い怪我はなかったのですが、腰を捻って痛めました。それで、しばらく按摩をたのんでおりました。
 「あの按摩、下手のくせに、銭ばかり取りやがる」
 「それで、何で猫なんだ」
 「実はね、八、うちの前でいつもうつらうつらしていた黒猫がいただろう」
 「ああ、あのデブの、もったりした奴だな」
 「うん、そいつを捕まえて、腰の上に載せたんだ、そうしたら、足を突っ張って、腰を揉んでくれたんだ、それがいいんだな」
 「ほー、猫も役に立つんだな、それでどうして三匹だ」
 「交代でやらせたり、三匹一緒に、足と腰と腕を揉んでもらっている」
 「そりゃ豪勢だ、でも後の二匹はどこで捕まえたんだ」
「黒猫のお妾さんだ」
 「なんだい、そりゃあ、妾なら、どこかに本妻がいるだろう」
 「いや、三毛猫と、白猫のどちらが本妻かわからねえから、妾にしといた」
 いい加減なものです。
 「一度、俺も、揉んでもらおうかな」
 「一匹、一銭でどう」
 「おい、友達から銭とろうってのか」
 「猫のため、猫も友達」
 「なにいってやがる、秋刀魚盗んだじゃないか、一度たのむぜ」
 ということで、その夕方、八五郎が熊八の家にやって来ました。
 三匹の猫がかたまって丸まっています。
 「頼むぜ、猫公」
 「八、そりゃあだめだよ、猫さんとお言いよ」
 「なんでえ、猫にそんな丁寧なこといったってわかんねえだろう」
 「だがよ、気持ちの問題よ」
 そんな話をしておりますと、三匹の猫が八五郎のそばに寄ってまいりました。
 「ほら、来たじゃねえか」
 八五郎が腹ばいになりますと、三匹の猫が背中の上に乗りました。
 「ほら、やっとくれ」
 猫はいきなり、八さんの足の裏を舐め始めました。
 「おい、おい、舐めるんじゃねえよ、腰を踏むんだよ」
 八五郎はくすぐったくて、もじもじしています。頭を舐め始めた猫もいます。一匹は背中の中に潜り込んで舐めています。
 「八は味がいいのかな」
 「なんだ、それは」
 「痩せてるから」
 熊八は熊のように大きくてふっくらしておりますが、八五郎は細身で乾いています。
 「痩せてると旨いのか」
 「干物みたい」
 猫がとうとう、みんなして背中の中に入って眠ってしまいました。
 「おい、熊、何とかしてくれ」
 熊八は猫たちを八五郎の背中から引きずり出すと、自分の腰の上に載せました。猫たちは上手に揉み始めます。
 「何で、熊だとも揉むんだ、この猫たちは」
 「ふっくらしていて気持ちがいいからだ」
 てなことで、猫たちは熊さんだけに按摩をいたします。
 「痩せた奴も揉んでくれる猫はいないのか」
 八さんがぼやきますと、三匹の猫が、外に出ていきました。
 やがて、熊八と八五郎がお茶を飲んでいるところに、一匹の虎猫を従えて戻ってきました。
 「なんでえ、違う猫を連れてきたぜ」
 八五郎が太った虎猫を見ました。虎猫のほうも八五郎を見ております。
「きっと、痩せたのが好きな按摩猫だよ」
 熊八がそう言うので、八五郎は腹ばいになってみました。
 そうしたら、熊八の言うとおり、虎猫は八五郎の背中に乗って、もみもみを始めたのです。
 「おお、うまいね、よし、おまえを飼ってやる」
 八五郎は虎猫を連れて家に帰りました。
 「猫を飼うぞ」
 威勢良く家に入ります。ところが怒鳴り声がします。
 「なんだい、お前さん、猫飼ってどうするんだ」
 連れ合いの亀さんが猫を見ました。
 「そう、どなるなよ、腰揉んでもらうんだ」
 「腰、お前さん腰が悪いのかい」
 「うん、疲れた」
 「おらが揉んでやる、ほれ、こっちに来い」
 八五郎、大いに躊躇します。
 「猫の方がいいのけ」
 「うん、お前の力だと、腰が折れちまう」
 「勝手にしな、だけど、猫にやるおまんまはないよ、お前さんの分をわけてやりな」
 「そうだな、しかたない」
 八五郎が腹ばいになりますと、虎猫が上がっていって、腰をもみもみします。
 「おお、気持がええ」
 それを見ていた亀が猫に言いました。
 「おらの腰も揉んでみな、場合によったら飼ってやるで」
 虎猫が亀の腰の上にのりました。虎猫はなかなか足踏みをしません。やがて、がぶりと、亀のふくらはぎに噛み付きました。
 「痛てえ」
 亀が飛び起きた拍子に、虎猫は開いていた戸から外に飛ばされてしまいました。
 「なんだい、あの猫は、おらの足をなんだと思ってやがる」
 八五郎は亀の足をしげしげとみて、「鰹節みてえだ」と独り言をいったのですが、聞こえたようです。
 「このやろう」
 今度は、亀の鉄拳が八五郎の頭におちました。
 「あぶねえ」
 虎猫のように八五郎は外に飛び出しました。
 「おい、熊、入れてくれ」
 八五郎はいつものように、熊八の家に転がり込みます。
 熊八はあいかわらず腹ばいになって猫を上に載せています。なんと、虎も熊八の腰の上にいます。
 四匹に揉まれている熊八はとろんとしています。
 「またかい」
 「ああ、今日はここに泊めてくれ」
 「いいよ」
 「どうしてこの猫たちは按摩がうまいのかね」
 八五郎が不思議に思うのもわからないことではありません。おっぱいがほしい子猫が、母猫のお腹を前足でもみもみをします。大きくなった猫もするのがいますが、このように腰の上で、人が気持ち良くなる強さで、もみもみするというのは聞いたことがありません。
 「ほんとだよ、いい猫たちに会えて幸せだあな」
 熊八が本当の熊のように、ムックリと起きあがりました。
 「この黒はいつからいたっけな」 
 八五郎が熊八にたずねましたが、はっきりは覚えておりません。
 「去年の夏にはいなかったな」
 「いつかわからないが、大風の後にいた気がする」
 「てえことは、秋の終わり頃かな」
 「うん、どこから来たのかわかんねえ、でも野良猫ではないな、はじめから人を怖がらなかったな、それにもったりしていた」
 「見てみな、四匹とも、前足があんなに太てえ」
 たしかに、普通の猫の倍ほどもあるしっかりした足先をしています。
 「だから、強くて気持ちがいいわけだ」
 「普通の猫でないとすると、そういう種類ということだ」
 「揉み猫かい、そんなのは聞いたことないよ」
 「それじゃあ、なんだ」
 「鍛えたんだ、前足を、竿にぶら下がったり、逆立ちしたり」
 「それじゃあ、見せ物小屋の猫だったのか」
 「こいつら、夜になるとどこかに帰るんだ」
 「なんだ、熊が飼っているのじゃないのか」
 「そういやそうだ」
 「どこに帰るのだ」
 「知らねえ、猫についていきゃあわかる」
 「これからいってみるか」
 見ると、猫たちが帰り支度をしています。帰り支度といっても、ただぼーとしてるだけですが、目がそろそろ帰ろうという目でございます。これは、熊八だけがわかる猫の表情です。
 「帰るみたいだよ」
 熊八が言い終わらないうちに、猫たちはのそのそと、障子戸を前足で開けて、でていきました。
 「いつも閉めねえんだ」
 「あたりめえだろ、おめえが教えなきゃいけねえや」
 「どうやって教えよう」 
 「おいそんなこと言ってねえで、そろそろ追いかけようじゃないか」
 「あ、そうか、後を追うんだな」
 「おうよ、ほら、早くでろ」
 二人が外に出ますと、猫たちは長屋の角を曲がるところでした。
 後をついていきますと、町の中を通り抜けて、橋を渡り、川向こうの長屋に入っていきます。猫たちは長屋の外れにある角の家の前で立ち止まり、身づくろいを始めました。手入れの悪い崩れそうな家です。
 「誰の家だろうね、人が住むようはところじゃないよ、きっと幽霊か、化け物の家だ、帰ろうよ」
 熊八が及び腰になっていると、家の中から可愛らしい声が聞こえました。
 「お帰り」
 猫たちが戸を開けて入っていきます。最後の猫がきちんと閉めました。
 「ほら、熊みてみろ教えりゃ閉めるじゃねえか」
 「女の子の声のようだね」
 熊八がそういうので、八五郎は家に近づくと破れた障子から中を覗きました。
 部屋の中は閑散としていて、まだ十五か十六の娘が布団の上で、ぽつんと座っています。その娘に四匹の猫が擦りついていきました。
 「おもどり、今日はご飯をもらえなかったのね」
 娘が立ち上がって、猫たちにご飯の用意を始めました。手探りで魚の骨が山盛りになった器を探し出し、猫の前に並べました。
 「今日は魚屋のおじさんが、余った魚の煮たものをもってきてくださったの、わたしが身をいただいてしまいました。骨だけでごめんね」
 「おい、八、俺にも見せてくれ」
 熊八が八五郎と交代しました。
 娘は猫たちに話しかけています。
 「お仕事が見つかるといいけどね、猫の按摩なんて雇ってくれないでしょうね」
 餌を食べ終わった猫たちが娘を見上げています。
 娘はみんなの頭をなでて、膝の上に載せました。
 「おい、八、あの子、目が見えねえんじゃねえか」
 「そうだな、暗くなってきやがったぜ、そろそろ帰ろうや、また来よう」
 ということで、熊八と八五郎は猫の居所を突き止めて、家に帰りました。 
 「あの娘の猫だったんだ」
 「でも何で、朝うちにきて、夜帰るんだろう」
 熊さんは首を傾げます。
 「さあな、明日仕事があけたら、もう一度行ってみよう」
 その夜、亀さんに締め出された八五郎は熊八のところに泊まりました。

 明くる日の夕方、二人そろって、娘の家の近くまで参りました。
夕飯の支度時です。そのあたりのおかみさん連中が、井戸端に集まっていました。
 熊八が、声をかけました。
 「おねえちゃんたち、ちょっと教えてくれねえか」
 おかみさんたちが一斉に熊八を見て、変な顔をしました。
「ばーか、ものの聞きようを知らないね、なにがねえちゃんだ、そんなおべんちゃらいう奴は追い出されるよ」
 八五郎がおかみさんたちにあやまります。
 「あ、いや、すまねえ、こいつは女子(おなご)と話ができねえんで、そいで、いつまでも一人もんだ、でも猫がとても慣れるやつなんで、許してくださいよ」
 それを聞いて、おかみさんたちが大笑い。
 「それでなんだい」
 「あっちらは、川向かいに住んでいますが、こいつが熊八、あっちが八五郎といいやす。いや、あの角の家の娘さんのことだが、教えてくんねえ」
 「なんだい、変なことを考えたら承知しないからね」
 「そんなんじゃねえんだ、あの家の猫が四匹、熊の家にほとんど一日中来ているんだ」
 「おや、そうだったのかい、迷惑かけたね」
 「いや、迷惑じゃあねえが、その猫がまた、腰を揉むのが巧くてね」
 熊八が口を添えました。
 「ほー、あの猫たちがそんな特技があるとは知らなかったね、やっぱり按摩の猫だねえ」
 一人のおかみさんが言いうと、みな頷いています。
 「あの家は按摩の家なのかい」
 「いえね、あそこの家の主人だった両安さんは、とても上手な座頭でね、結構繁盛していたんだが、一年前に急に死んじまってさ、一人娘の華が残されたのさ、おかみさんも早くに死んでいたから、一人っきり、かわいそうでね、それで、みんなで面倒を見ているってわけだよ」
 「それで、どうして猫たちは昼間に熊のところに来るのだろう」
 「あの娘も目が見えなくて、今按摩の修行中だよ、昼間はいないのさ、わたしらの誰かが、両安さんの弟子のところに連れて行くのさ、お弟子さんもただで教えてくれているんだ」
 「そうだったのかい、おい、熊、聞いたか」
 「うん、これからは、猫に腰揉み料をだすよ」
 「いや、猫に小判だよ、それより、猫にご飯をやってくれないかい」
 「うん、朝昼晩、飯をやります」
 そこに、華が杖を突きながら修行先から戻って参りました。
おかみさんたちが、「お帰り、華ちゃん」と声をかけます。
 「今日は、うちでご飯お食べな」
 おかみさんの中の色の黒い大きな女が声をかけました。
 「ありがとうございます」
 鈴をならすようなきれいな声に、熊八と、八五郎は華を見ました。色が白くて、整ったきれいな顔に、思わず目を見張ります。
 「華、こちらに二人の兄さんが来ていてね、お前のところの猫が毎日行っているということだよ」
 「ご迷惑おかけしています」
 華が丁寧にお辞儀をします。熊八がどもりながら返事をします。
 「と、とんでもねえ、腰を揉んでもらって、ありがとさんです、こ、これからは、猫さんたちに、腹いっぱい食べてもらいやす」
 「ありがとうございます」
 八五郎がそのとき真顔になって聞きました。
 「華さんは幾つなんだい」
 「十五になります、後一年ほど、先生について按摩の修行をすれば、一人で暮らすようになれます」
 「そうかい、がんばんなよ」
 華は色の黒いおかみさんに手を引かれて、夕飯を食べに行きました。
 八五郎は残ったおかみさんがたを集めました。
 「熊、ちょっと向こうに行っていてくんね」
 「なんだい」
 「いいからさ」
 「どこにいけばいい」
 「ほら、あそこで、石蹴りしているガキたちと遊んどいで」
 熊八は怪訝な顔をして子どもたちのほうに行きました。
 八五郎はおかみさんたちに小声で話を持ちかけました。
 「熊はとても、人がよくて、女子と話もできないくらい純情でね、猫に好かれる奴に悪い奴はいないよ、だけど、独り身なんだ、腕のいい大工で生活には困らない、どうだろう、程良いときに、華さんと熊の見合いをさせたい」
 おかみさんたちは頷きました。
 「だけど、あの、熊八さんがうんというかい」
 「そりゃ、いうさ、あんなきれいな娘をいやという男はいないよ、俺はみたよ、華ちゃんを見たときの熊の顔、珍しく驚いていた」
 「だがね、華だってどういか」
 「そこが、一番大事なところだ、それで、いつかその話をしてくれねえか」
 「いいよ、悪い話じゃないからね、猫はもう行ってるしね」
 「それじゃ、いい返事をまっているよ」
 そう言うと、子どもの石蹴りをみている熊八を促して、八五郎たちは家に戻りました。

 それからは、熊八は猫たちに秋刀魚を買ってくるようになりました。猫たちの腰を揉む力も強くなったようです。
 「おー気持ちがいい」
 たまには、八五郎もお相伴にあずかります。八五郎の担当はあの虎猫です。
 「おい、熊、どうでえ、嫁もらわねえか」
 「やだよ、八は亀さんどうだなんていうんだろ、おっかないよ」
 「そりゃな、そうしてくれりゃ、俺も幸せだがな、そんなひでえことはしませんよ」
 「それで、だれだい」
 「やっぱり、亀はどうだい」
 「ほら、やっぱり」
 などという他愛ない会話をしております。
 そんなある日、華の長屋から、おかみさんが二人、八五郎の元を訪れました。
 「おや、おかみさんたち、いい返事がもらえるかね」
 一人のおかみさんが説明をはじめました。
 「いやね、あれから、華ちゃんに長屋の大家の悪爺から妾の声がかかってさ、だけど、華は嫌がってね、なんでも、相手はほどほどの店の主人らしいがね、遊び人らしいから、きっと最後は店がつぶれて、華ちゃんは路頭に迷うに決まっているからね」
 もう一人も相槌をうちます。
 「そうそう、その点は華ちゃんはしっかりしている、目が見えなくても、いい感をもってるしね」
 「それでね、その、熊さんの話をしたのさ、そしたら、喜んでいくっていうのさ」
 「え、そりゃあ、嬉しい、熊の奴ひっくり返るよ」
 そういうことで、八五郎はおかみさんたちと一緒に熊八の家にいきました。
 「熊、入るぞ」
 戸を開けますと、熊さんが腹ばいになって、二匹が腰に、一匹が頭に、一匹が足にまたがって、猫たちが按摩をしておりました。
 おかみさんがそれを見て「本当に猫に好かれるんだね、でもこれじゃ熊の敷物だね」と笑いました。
「八、なんだい、お客さんかい」
 「熊さん、お見合いだ」
 「だから、亀さんはやだよ」
 おかみさんたちがそれを聞いて「え、先口があったのかい」
 と驚きます。
 「いや、冗談で、うちの怖いかかあと見合いしないか言ったからだ、熊にゃまだ話はしていないよ」
 「そうかい」おかみさんたちは胸をなで下ろします。
 熊八がおかみさんたちを見て、起きあがりました。
 「おや、こないだの、おかみさんたち、えーと、こんちわ」
 「熊、ほら、こないだの猫の娘とお見合いしねえかい」
 熊さんは熊のように立ち上がりました。
 「また、冗談言ってら、からかうなよ」
 かみさんたちが「冗談じゃないよ、華ちゃん乗り気だよ」と言いますと、
 今度は熊さんがびっくり、床に座り込んでしまいました。
 「うそだろう、俺のとこに、嫁さんくるわきゃない」
 「ほんとなんだ、華ちゃん、熊のお嫁さんになりたいんだとよ、こんちくしょう、亀とかえたいよ」
 八五郎は本当に羨ましい様子。
 「ほんとなのかい」
 「ほんとだよ、大事にするだろう、熊」
 「うん、床の間に飾っとく」
 「それじゃ、困るが」と八五郎は大笑い。
 「それじゃ、華ちゃんに話してくるからね、いつにするか決めておくれよ、早いほうがいいよね」
 「明日がいい」
 「熊、そりゃあ無理っていうものだ」
 「だって、明後日だと、止めた、ってなるかも知れねえよ」
 今度はかみさんたちが大笑い。
 「熊さん、心配いらないよ、純情だねえ」
 「ともかく、華さんの都合のよいときにしてもらおう」
 八五郎が言うと、おかみさんたちは帰っていきました。

 さて、次の朝、熊と八が大工の仕事にいこうと長屋を出ますと、なにやら、ぞろぞろと足音が聞こえます。
 見ると長屋の角から、大勢の座頭さんたちが熊たちのほうに向かって歩いて参ります。
 「おい、熊、すげえ座頭だな、何人いるかな」
 「数えられない」
 「おい、一番前にいるのはありゃなんだ」
 「あ、うちの猫だ、猫が座頭を案内してやがら」
 按摩の群が目の前に来ると、後ろの方から、川向こうの長屋のおかみさんたちが現れました。
 「熊さん、ほらみろ」
 八五郎が指差します。
 熊八が見ますと、おかみさんたちに連れられて華が歩いてきます。
 おかみさんの一人が熊八の前に来ました。
 「華ちゃんが、今日嫁に行くって言うんで連れてきたよ」
 熊八は棒立ちになって何も言えません。
 「でもよう、この按摩の群はなんだい、こいつらも一緒についてくるんじゃないだろうな」
 八五郎が集まっている按摩たちを見ました。
 「これが、華の父さんに按摩を教えられた草安さん、今華ちゃんを教えている師匠さんよ、父親代わりにきてもらったのさ、それにお仲間さ」
 おかみさんが先頭にいたいがぐり頭の座頭を紹介しました。
 熊八はさっきからボーっと突っ立っています。かわりに八五郎が答えました。
 「そりゃ、初めておめにかかりやす、ここにいるのが熊八でございます、あたしは隣の八五郎で、同じ大工にございます」
 「へへ、草安にございます、このたびは良いお話をありがとうございます」
 「またよ、何でこんなにぞろぞろと、按摩がきたのかね」
 「へへ、按摩仲間の姫が結婚相手を決めたっていうんで、どんな男かみたいと按摩たちが言いまして」
 「でもよ、見えねえじゃねえか」
 「どんな男か、触ってみりゃあすぐわかります」
 「そうだなあ、おい、熊、按摩が触らせて欲しいとよ」
 熊さんはまだ、ぼーっと突っ立ています。
 「さあ、按摩さん、ここにいるのが、熊だ、存分に触ってみねえ」
 八さんが熊さんを按摩の前に押し出します。
 すると「わーっという」いう声とともに、熊さんが座頭たちに取り囲まれました。
 座頭の手が熊さんの目をまさぐります。「や、ちっちゃいね」、鼻に触ります「でっけえね」、耳に触ります、「ひろがってら」、からだに触ります、「でっかいからだだね」、尻にさわります「おお、大きく強いね」、腕に触ります「こりゃ太い、力があるよ」、とうとう、股を触ります「おお、立派じゃないか」
ぼーっとなっている熊さんはあらゆるところをまさぐれています。
 「熊そっくりだね」
 「ほんとだ、立派な熊だ」
 「本物の熊だ」
 座頭が口々に言います。
 くすぐったくなった熊さんはとうとう、「たすけてえ、華ちゃん」と大声を上げました。
 華ちゃんがその声を聞いて、四匹の猫とともにとんでくると、「はい、熊八さん」と熊さんの手をやさしく引いて、長屋に入っていきました。
 このようにして、めでたく、華ちゃんが、猫とともに熊の元に嫁ぎ、空いていた長屋の一つの部屋を、按摩治療所にいたしました。
 猫も手伝う按摩所として大そう繁盛したそうでございます。
 八五郎のかみさんの亀は、人が変わったように、華ちゃんを助け、熊八は大工の腕をますます上げると、八五郎とともに大工の棟梁として独立したということでございます。めでたしめでたし。


猫小咄集「お猫さま」所収 2017年 55部限定 自費出版(一粒書房)
2017年度(第20回)日本自費出版文化賞、小説部門賞受賞

お猫さま 第六話ー猫按摩

お猫さま 第六話ー猫按摩

長屋の野良猫、背の上に乗っかって、上手に腰をもみます。どこの猫かと、八さん、熊さんが家に帰る猫の後をつけていきますと、目の悪い女の子の飼っていた猫たちでした。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

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