未毒毒書会

未毒毒書会

茸不思議滑稽小説です。PDF縦書きでお読みください。

 国分寺駅南口近くに殿ヶ谷戸庭園がある。変な名前かと思われる人も多いかもしれないが、あまりにも有名な庭園である。長ったらしい名前で読み方さえよくわからない。[とのがやと]庭園である。なんだこれはと思うわけであるが、庭園自体は三菱財閥の岩崎彦弥太が別邸のために買ったものであり、後に都が買い上げて整備したものだ。あまり人が入っていないようであるが、知る人ぞ知る綺麗な庭園で、年寄りは七十円で入れる。
 名前にこだわるようだが、この谷戸というのは谷が入り組んだところということらしいが、殿の意味がわからない。ともかく江戸の時代、国分寺村の殿ヶ谷戸という地名だったそうだ。実はこの地は古くからあり、縄文時代から面々と続く所らしい。
 殿ヶ谷戸庭園は作られた庭園として見事なものであるが、その美しい次郎弁天池を満たす水が湧き出る湧水源がすごい。それこそ縄文時代から縄文人や動物達が利用しただろうといわれる名水なのである。
 そこまでは人間も良く知っていることで、それで、庭園なんぞを造ってしまったわけだが、縄文時代から湧水源の脇で生きているものたちがいた。
 七つの茸である。この庭園には春や秋になればそれなりの茸が生えてくる。ところが、湧水源の七つの茸はいつも生えている。ただ、人には見えない湧水の裏に潜んで生えている。縄文時代は紀元前一万年ほどの頃からだから、生えてから一万二千年も経っている、化石のような茸たちである。
 こんなに長生きをすると、退屈でしょうがない。縄文人はアーティスティックな人類で面白かったが、今の人間はノッペラボーだなどと、七つの茸たちは長生きをしたことを悔やんでいる。ところが、この茸は自死ということができない。要するに人間のように自殺ができないのである。それでしかたがないので、面白いことを探して、夜な夜な、いや、人目に付かぬよう昼間も歩き回って、興味を満たしてくれるものを探しているのである。
 この七つの茸たち、そういうことで、名前もついていないし、食べられるかどうかもわからない。人間が見つけることのできない茸だから、毒を持っているかどうかも分からないのである。それで、七つの茸は自分たちのことを、未毒茸と言っている。いまだ毒だかどうだかわからない茸ということである。
 彼らの格好を記しておかなければならない。現代のどの茸に似ているかと言うと、天狗茸の子どもに少し似ている。しかし、丸っこく太っていて、傘は茶色がかった薄紫色である。壷がしっかりある。
 未毒茸たちにはそれぞれ名前があった。赤、橙,黄,緑,青,藍,紫である。まとめ役は赤である。
 今日も夜中に湧水源の脇で何をしようか相談をしていた。
 「今日は新しくできた国分寺駅南口のビルを散策しましょ、仲間がいるかもしれない」
 赤が提案した。国分寺駅は周辺を含め新たな開発が進められている。
 「茸はまだ無理でしょう。コンクリートの匂いは大嫌い」
 「そうね、ゴキブリや鼠はいるかもしれないけど」
 「そうそう、あの御仁たち新し物好きだし、すぐ自分の領地にしたがるでしょう」
 「蜘蛛の巣ももう張っているんじゃないの、あいつらすぐ陣取りをするから」
 「でも、わちきはカマドウマに逢いたい」
 「あんな飛び跳ねるのはいや、金蝿はいるでしょう」
 「それこそぶんぶん五月蝿わね、いるでしょうね、羽の生えているやつは、すぐに飛び込んじゃうから」
 どうも、七つの茸は女、雌のような感じである。
 この未毒茸たちの趣味は時代とともに変る。縄文時代には縄文人が作る土器を鑑賞するのが好きだった。あの火炎土器はいいとか、あの土偶はいいとか言い合うのである。それが長い間つづき、現代人になるにつれ、ちゃんばらごっこを鑑賞するのが趣味となった。幸い日本では飛び道具が流行らなかったので、刀で切りあいをしていて、かなりのんびりと見ていられた。それが、花火の鑑賞だとか、祭の鑑賞だとか、ヒトの生活に合わせて、見るものが変っていき、とうとう、乗り物ができ、ノーベルがダイナマイトをつくっちまったものだから、どかんどかんとか、飛行機がヒューンとか飛ぶ活劇を見ることができた。
 それがなくなってから、今の未毒茸たちの趣味は食べることであった。殿ヶ谷戸庭園にもレストランのようなものがあるが、夜に入り込んで、味見をするのである。茸たちはそんなに遠くにまではいけない。しかし、国分寺駅の周りには食べ物屋がわんさかあるので、一日一軒行って、一つの食べ物を味わうことにすると、毎日行ってもまだ味見をしていない店がたくさんある。店はそのうちつぶれて、新しい店になる。ということで、昭和も終わり頃になり、未毒茸たちにとって、国分寺駅周辺は、食べ物の鑑賞には事欠かない場所となった。
 夜中に出歩いていると、たまに街中なのに茸が生えていることがある。先だっては殿ヶ谷戸公園の道を隔てて反対側にある国分寺マンションの裏道に茶色の茸が生えていた。
 七つの未毒茸はその夜、茶色の茸と世の中を愁いて過ごしたのである。そんなことも楽しみの一つだ。それで、国分寺南口に、駅につながった店と住宅のはいったビルが建ったものだから、行ってみようということになったようである。
 真夜中、七つの未毒茸は殿ヶ谷戸庭園から出ると、道を横切った。国分寺マンションの前に来ると、駅に向かって車道を歩いた。茸たちが歩くのは歩道ではない。足がない茸たちは、ホーバークラフトのように、壷の底から空気を噴出して、ちょっとばかり宙に浮かんで進むので、車道を通らなければならないと思っている。人間の世界の動くルールは基本的には知っているようである。
 駅の南口にくると、中を通り越して、駅から入れる新しい北側のビルにやってきた。夜中だからみんな閉まっているが、外に出ると、彼らは非常階段を上がっていき、うまく隙間を見つけて、中に入った。すでに小さな子蜘蛛が巣を張っている。
 「ぼおや、がんばるんだよ」
 将来このビルの蜘蛛の親分になるかもしれないから、声をかけておいたのだ。
 子蜘蛛はフンと横を向いた。茸を差別しているな、茸はそう思った。
 「ぼおや、いいかい、茸というのは動物や植物より後に世の中に出てきたので、馬鹿にしているのだろうが、それは間違いだよ、もっと大きな気持ちになって、立派な大人になりなさい」
 と、一つの未毒茸が子蜘蛛を諭した。
 子蜘蛛はこっくりとした。本当は差別して後ろを向いたのではなくて、始めてみた茸軍団がちょっと怖かったのに過ぎない。茸たち自身がどうも動物植物に劣等感を持っているようだ。
 中にはいると、色々な物がおいてあった。だが、未毒茸はなーんだというそぶりで見て回った。どこにでもある店しかない。
 「やっぱりつまんないね、まだ、茸の仲間も生えていないしね」
 そこにゴキブリがいた。
 「想像通りゴキブリがいるじゃないの」
 ゴキブリは急いでいるようだ。逃げている。
 なんだと、未毒茸が見ていると、しょろしょろと大きなヤスデがゴキブリを追いかけていく。ヤスデはゴキブリが大ごちそうである。
 「ここでも捕食者と被食者がいる、だけどあの二匹は大きさが同じだねえ」
 と茸がヤスデを見送った。だいたい被食者のほうが小さいのが常だからそう言ったのだが、本当は必ずしもそうではない。蟻などは大きい虫を集団で襲う。
 茸たちは一通り見ると「つまんないわ、出よう」
 と外に出てしまった。
 南口をでると、坂を下って、国分寺マンションのところにきた。
 「こないだの茶色の茸に会いに行こうよ」
 マンションの裏に生えていた茶色い茸である。
 「もういないわよ」
 それでも七つの茸は裏に行こうとしたら、すぐのところに地下に下る道があった。アンティークアベニューとある。
 「ここをちょっと見てみましょう」
 もちろん店はみな閉まっている。ちょっと坂を下りると、小さな本屋があった。一番奥に古道具屋があるようだ。
 店の前にベンチが置いてあり、その上の鉢には雑草が生えている。
 「管理が悪いこった」
 そういいながら、七つの未毒茸たちが進んでいくと、鉢の中から黒っぽい茸が顔を出していた。
 「おや、お仲間さん、あんたさんたちは、歩けるんだね」
 「足はないから歩くではなくて、動けるよ」
 「いいね」
 「いや、普通の茸が羨ましい、生えて長くて一週間で萎びていく、いいわねえ、それが「生」の理想よ、私たちはね、一万二千年も生きてしまって、死ぬことが出来なくなっちまったの、それで、こうやって、面白いことがないか探しているのよ、太く短く生きるのがいいわよ」
 「そうなんだな、まるで、生殖年齢よりも長く生きる人間のようじゃないか」
 「うまいこというわね、まさにそう、もう胞子も作れないよ」
 「ところで面白いことをその斜め前の店でやっているよ」
 シャッターが下りている店がある。
 「なんの店なの」
 「昔は芸術職人の男がアンティーク屋をやっていたが、今、そのパートナーがギャラリーをやっててね、アトリエギャラリー、サブリエって言うんだ」
 「それで、面白いというのはなんなの」
 「サブリエビブリオという会でね、読んでない本のタイトルから、中身を想像して議論して作り上げ、どうなるか楽しんでいるんだ、未読読書会って言うんだよ」
 「そりゃ、ちょっと、高度なお遊びですね」
 「想像をするってのが、人間の優れたところなのに、今の人間はだめね、ただ液晶の画面を見て、反応しているだけじゃないの、これじゃ退化の一途ね」
 「今度は、ドグラマグラっていう本の未読本の読書会だってよ、明日の二時だ」
 「ほーほー面白そう、どうですか、みなさん、覗きに来て見ようじゃありませんか」
 そう言って、七つの未毒茸は黒い茸と別れた。
 帰って寝るのである。寝るというのは、ともかく土の上に立って、土の中の菌糸から栄養をもらうのである。未毒茸たちの菌糸は縄文時代の土でなければ生きていけない。そういうことで、彼らは必ず殿ヶ谷戸の湧水源に戻ってくるわけである。
 
 あくる日、朝早く、殿ヶ谷戸庭園の湧水源脇から赤、橙、黄、緑、青,藍、紫の茸たちがみんな顔を出した。
 「おや、早いわね」
 「そりゃそうよ、未読読書会ってどんなものか見たいじゃない」
 「それにどんな人間がやるのか見たいものね」
 「面白そうなら私たちもやる」
 「いいわね」
 待ちきれずに顔を出してしまった七つの茸は殿ヶ谷戸庭園の中を、歩き回った。そして、やっと二時近くになった。
 みんな揃って、ぞろぞろすいすいと庭園を出ると、前のマンションの地下に降りて行く。そして物陰に隠れた。
 茸たちが見ていると、アトリエサブリエに女性が次々と入っていった。
 全部で七人である。
 戸が閉まり、しばらくして、茸たちはサブリエのウインドウに飛び乗って、中をのぞいた。七人の女性は木でできたテーブルの周りに腰かけて、中の一人が紙を配っている。
 「ドグラマグラの未読読書会を開きます」
 その女性からドグラマグラの紹介が続く。
 「どうも、小説のようだわね」
 「読むとおかしくなると言ってるわ」
 「と言うと、毒の書だわね、毒書会ね」
 「あの説明している女性は読んだことがあるようだわ、後の六人は読んだことがないようね」
 「きっと司会者はおかしくなってるのね、こんな会をするなんて」
 「いや、まともになってるのでしょ、今の人間はもとがおかしいもの」
 「ああ、それで、この本を読んで、まともになろうっていうのね」
 未毒茸たちは窓越しでも人の声が聞こえる。
 未毒茸の赤が「夢野久作という人間が書いたもののようだわ」と説明する。
 未読会の皆の前に、飲み物が運ばれてきた。運んできた女性はここのオーナーのようだ。
 「あら、おいしそうな飲み物」
 未毒茸の緑が赤い透明の飲み物を見てうらやましそうである。この茸はザクロのジュースが大好物で、駅に隣接する成城石井に忍び込み、ザクロジュースを勝手に飲んだりしている。朝出勤してきた成城石井の店員が、時々ザクロジュースの瓶が床に落ちていて、割れているのを見つける。そのメーカーに瓶のすわりが悪いと注文をつけているところだ。本当は未毒茸の緑のせいである。
 サブリエの中ではドグラマグラを読んだことのない女性たちがいろいろなことを言いあっている。
 「なかなか面白そうな本ですね、この女性達みんな想像豊かです」
 黄が言うと、茸たちが頷いた。
 女性の発言は司会の女性が要点を書きとっているようである。
 青が「大したものだね、日本の女性も、これだけ勝手なことが言えるようになったんだね、ほら、戦国の世には女は黙っていたじゃない」
 「ほんと、でも江戸時代の庶民は意外とおかみさんたちが好きなことを言ってたけどね」
 紫がそう言うと、「そうね、明治になると逆に、女性がものを言わなくなったような気がするわね」、藍が返事をした。「確かに、文明開化で、女性も教育を受けることができるようになったおかげで、逆におしとやかにされちまったわね」
 中ではわいわい、がやがやと、ドグラマグラの出演者の想像による解析が進められている。
 五時ぐらいになると、どうもお開きのようで、司会者が、
 「次は、妖しい本を持ち寄りましょう」と言っている。
 「妖しい本てなにかしら」
 未毒茸がつぶやいたとき、中の司会者が、
 「夢うつつの小説、妖精、妖怪、幽霊が出てくるようなものでもいいですね」
 と説明した。
 「やっぱり毒の本ね」
 橙がそういったとき、立ち上がった読書会の一人がいきなり外を見た。
 「あ、茸がのぞいている」
 声をあげた。
 驚いた残りの六人の女性がウインドウから外を見た。すでに道を通っていく人影しか見えない。
 「ドグラマグラ効果ね」
 司会者が笑っている。茸を見た女性がウインドウに近づいて外を見た。なにもいなかった。もし扉を開けてみていたら、七つの茸が壁に這いつくばって平たくなっているのが見えただろうに。
 未毒茸は大慌てで離れると、道を渡って殿ヶ谷戸庭園にもどって行った。

「 おー、見つかったと思いましたね」
 未毒茸の赤が胸はないけど胸をなでおろした。
 「どうでしょうね、私らもあの遊びをやらない」
 橙が提案をした。
 「そうね、毒の書を読むのね、毒書会、これからやりましょうよ、ドグラマグラなんて我々だって始めて聞いたもの、女性たちの話から、おかしな小説であることはわかったけど、本当のところは知らないから面白いんじゃない」
 「そうね、これから、まず、ドグラマグラを、あの未読未読会の人間たちとは違うところで論じようじゃない」
 「そうしましょう」
 湧水源に戻った七つの未毒茸たちは羊歯の下で車座になった。 
 司会の赤が説明した。
 「ドグラマグラの毒書会を始めるわよ、そのタイトルから本の中を考えていきましょう」
 紫が言った。
 「ドグラは土倉よ、中には金銀財宝がいっぱいつまっていたのよ、そのうちは商売繁盛で、お金持ちだったので、賊によく狙われたのね、何度も襲われて、ドグラに入れておいたものをみなもっていかれてしまったの、だから、その家では本物は隠すことにしたのね、家とは別のところに本当の倉を建ててそこに入れて、見張りをつけていたのよ、それをマグラと呼んだのよ、真倉と書くの、盗賊と商人の物語」
 「紫の説だと、土倉真倉ということね」
 緑が自説を披露した。
 「私は、犬らが寝るところだと思うわ、だから、犬の話なの、ドックラ寝るマクラ、犬の枕はどういうのが一番好まれるかということを研究した人の話なの」
 「ハハハ、無理ね、みんな、もうちょっと考えた方がいいわよ、超ボインの女の人が病院にいったのよ、ド、グラマーよ、男の人が彼女をみてグラときたの」
 黄はそう言ったのだが、自分で言って恥かしくなった。
 「なんだか、未読読書会の女性達の方がまともなことを言ってるわよ、茸ももっとしっかりしなくちゃ」
 「こうじゃないかしら、土の中にすんでいたドグラは、出会うのは死んだ人の骨ばかり、生きた人間に会ってみたいと思っていたの。一方で、土の上にすんでいたマグラは、生きている人間に会うけど、次の日には死んでいなくなってしまうのがとても悲しかった。それで、死んだ人に会いたいと思っていたの。
 ある時、ドグラは神様に、生きた人間に会いたいと頼んだのよ、マグラは死んでしまった人に会いたいと神様に頼んだの、それが全く同じ時だったので、面倒くさがりやの神様は一遍にかなえちまえ、と土の中にも土の上にもいくことのできる生き物にドグラとマグラを変えてしまったのよ、それがモグラよ。その話が書かれているの」
 藍がそんな風にまとめると、みんな笑った。
 「ちょっとまともになってきたけど、微妙ね」
 「でも、それじゃ毒書じゃないわよ、もっと精神をおかしくさせるほどじゃなきゃね」
 「でも、われわれの精神は強すぎて、人間のようには簡単に壊れないわよ」
 「そうですね、まあ、その我々すら驚くような書じゃなければ、毒じゃないわね」
 「それじゃ、そのような書を探しに行きましょうよ」
 てなことで、第一回の未毒茸たちの毒書会は散々な結果になって、みなそろって、殿ヶ谷戸庭園を出ていった。もちろん面白そうな書の題名を探しにである。
 車道をすいすいと進んでいき、小金井街道の信号を渡ってすぐ右手の上のほうに神社がみえた。未毒茸たちは古いものが大好きである。階段を上っていくと、赤い鳥居があり、珍しいほど小さな神社である。
 「こんなところに神社がある、この大きさじゃ人は入れないから、茸用の神社かしらん」
 「人が茸のために神社を作るわけがないじゃないの、きっと、お金がなくて土地が買えなかったのよ」
 「あまり悪く言わないのよ、人間にとって信仰は大事なのよ、身近に神社を作りたかっただけでしょう」
 さすがに、まとめ役の赤が言うことはまじめだ。
 「あ、あそこに本が挟んである」
 お賽銭箱の裏に雑誌の端が見える。七つの茸が階段を上って賽銭箱の裏を見ると、雑誌が少し崩れて丸まっている。
 「誰かが、神社に奉納したのかしら」
 「それじゃ、毒書じゃないわね」
 黄が裏に回ると、壷の底から空気を噴出して雑誌を押し出した。雑誌が賽銭箱の裏から飛び出ると、ぱらりと開いた。
 「ありゃ、こりゃあ、女性の写真じゃないの、何でこんなもの奉納したのかしら」
 緑が見て、「これは奉納したのじゃないわね、捨てたのよ、これは毒書の一種かもしれないし、救いの本かもしれないの」
 「どうして知ってるのよ」
 緑は一人で夜中に散歩をしてる時に、若い学生風の男の子がこっそりと、塵置き場にこのような雑誌を捨てていったのを見たことがあったのである。
 「でも、この写真の人寒くないのかな、あまり着てないよ」
 「ばかね、こういうのを男の子たちが見たがるのよ」
 「どうして」
 「人間も動物だからよ」
 「でも見たってしょうがないじゃないの」
 雑誌に風が当たって、数ページめくれた。
 「あら、これ、もっと着ていない、すっぽんぽんじゃない」
 「こういうの悪書というのよ」
 「どうして、見たい人がいるならいいじゃない」
 紫がそう言うと、未毒茸たちはなんとなくそうかなと思った。赤が「人間は恥ずかしいという感覚が芽生えた生きものよ、すべてをさらけ出すのは恥ずかしいのよ」
 「それで、何で、その恥ずかしいものを男は見たいの、それにこの写真の女の人、見て頂戴と、みせているじゃない」
 「それが、まだ動物のところなのよ、なぜ見たいかと言うと、欲求があるからなのよ、でも、欲求を簡単に満たせないのが、人間が動物であって動物じゃないところ、我慢をしなければいけないの、それでないと、人間の社会は混乱するでしょうね、一方で、見せたい人もいるわけ、これは自分が食べていくためなのよ」
 「だけど、縄文人は、こんなものなくても、よかったのにね」
 「それは、食べ物を自然に頼っていたからね」
 「今は何に頼っているの」
 「お金よ」
 「それが、悪ね」
 「でも、それがないと、このような本も買えないわ」
 「経済社会の落とし穴」
 青がそう言ったとき、雑誌に風が当たってもっとめくれてきた。
 青は人間世界のお金のことをよく知っているようだ。
 「ほら、お金を稼ぐ女の人たちよ」
 そこにはたくさんの女性の顔写真がのっていた。
 「どいうことなの」
 「この本の中のようなことを男の子にして見せて、お金を取っているのよ」
 「ふーん、茸にゃつまらない本ね、毒書会には使えないわね」
 未毒茸たちは雑誌をそのままにして、小さな神社を降りていった。
 道に出ると、また車道を進んで行った。
 すると、看板があった。ポスターが張ってある。憲法9条を守ろう、とある。
 茸たちは舗道に上がって、看板を見上げた。
 「共産党ってなんなの」
 「ともに産むってあるから、二人で産むことだね」
 「そりゃ動物は男と女の二人で産むさ、それで、さっきのような写真の本が売れるんじゃない」
 「いや、それは作るといって産むことじゃない」
 「あ、そうか、ということは、二人で産むためには、合体して一人になって、産むということなの」
 「そうかもしないわね、面倒ね、女性が産めばいいじゃないの」
 「確かに、男もそれぞれが産めるなら、生産性が高まるわよ、二人が合体して一人になって生むのじゃ、男もいて、女性が一人で産むのとかわらないものね」
 「それより、この憲法9条てなんだろう」
 「憲法9条は毒書なのかしら」
 「毒書なら守ろうとはいわないでしょう」
 「それは分からないわね、憲法9条を壊そうと狙っている人間がいるから、憲法9条を守る戦いをしようと言ってるのよ」
 「でも、ここに、戦争をなくそうと書いてある」
 「9条を守るために戦をするのはどういうこと」
 「人間のやることは分からないところもあるのよ、みなさん宗教ってのを知ってる、縄文時代にはなかったけど、ちょっとばかり考える力ができたものだから、宗教がでてきたの、色々な宗教ができて、どれも平和平和と言ってるけど、結局、宗教を守るために戦争をしているのよ」
 「確かに、人間ていうのはあまり頭が良くないわね」
 「いまさら言うことはないじゃない」
 「私たち、憲法9条って知らなかったわね、面白そうね」
 「それじゃ、憲法9条の毒書会をしようか、毒書かそうじゃないか想像でデベートするのよ」
 「そうしよう、明日は湧水源の脇でこの毒書会をします」
 赤がそう言うと、ぞろぞろと七つの茸たちは殿ヶ谷戸庭園に帰って行った。

 お日様が昇ってきたころには七つの未毒茸が輪になって、「憲法9条」の毒書会を開いていた。
 赤が「昨日の夜、憲法9条について調べました。なかなか9条が書いてあるものを探せなかったのですが、運よく、国分寺駅の北口をまっすぐ行ったところに、古本屋があって、裏口の隙間から入ったら、汚れた六法全書が、50円と書かれた箱の一番上においてありました。私の壷の底から風を送ってページをめくったら、憲法9条の文章がでてきました。短いものでしたので、すぐ読めました。皆さんには、そのサブタイトルをお教えしますので、想像で議論してください、それではお願いします」
 「赤さん、サブタイトルを言っていませんよ」
 「あ、そうでした、すみません、平和主義、とあります」
 「平和主義か、そりゃあ、動物たちは平和主義だよね」
 みんな頷いた。
 「肉食動物はお腹が空くと、獲物をとって食べる。お腹が空いていない時には食べない。これは平和主義ね」
 「獲物にありつけなかった動物はあきらめて、死ぬ者もいる、反対に、食べられる動物は捕まると最後はあきらめて食われてしまう。うまく逃れた動物は安堵して、また食べられないように気をつける」
 「家族を守るために、テリトリーに入ってきた相手と戦うわね、それは家族の平和を守るため、やっぱり動物は平和主義ね」
 「魅力のある雄に雌はひかれて子供を産む、公平よね」
 「雌にあぶれた雄は、あきらめるのもいれば、何度もチャレンジするのもいる。そこに、バランスが保たれ、平和なのね」
 「だけど、人間はそうじゃないの、他人のことを考えることのできる動物になったのよ、自分だけでなくて、他の人もお腹が空いていないか考える。もてない男にも奥さんを持たせてあげたい。そうだとすると、ルールを作らなければいけないわね、それで、動物とは違う公平性を作り上げたのよ」
 「そうね、そういった上での平和主義ということね」
 「でもね、他人のことを考えるということは比較することになるの、もう一度自分はどうだって考えると、逆に、自分は不公平な立場にいると思ってしまうのよ」
 「それは最悪ね、他人のことをよくしようと考えても、自分は平和と感じなくなるわけね」
 「そう、自分の立ち位置を他人と比較してしまうって、場合によっては悲劇になるわね」
 赤がくちをはさんだ。
 「それでは、人間の平和主義のルールを定めた書はどうなるのでしょう、要するに憲法9条はどのようなものか想像してください」
 「きっと、他人によくするように、だけど、自分のことは、どのような状況でも満足すること、と条文に書いてあるのじゃない」
 「いつも我慢することを人間ができるかしら、ストレス状態になるわよ」
 赤がさらにヒントを示した。
 「人間は怪我をするほど戦うのは平和ではないと考えているの」
 「それは痛いのはいやだけど、鹿の仲間や犀や象なんかも角や牙で戦うでしょう、それでも平和なのよ」
 「たしかにそうね、だけど、動物たちは戦いが儀式化して、大きな怪我をしない前に、負けを宣言するから、死に至らない」
 「人間の遊びでも、負けましたと頭を下げるのがあるよ」
 青が言った。
 「なに、それ」
 「この間電気屋のショウウインドウのテレビで将棋って遊びやっていたけど、一方が負けましたって、頭を下げていた」
 「そういうのは平和主義ね、それで、人間の憲法9条にもどしますよ、人間は相手を傷つける道具を作ってしまったのです」
 「まあ、そういうことなら、憲法9条には、戦うな、戦う道具を作るな、自分を捨てて他人のことを考えろ、と書いてあるのかな」
 緑がまとめた。みなも頷いている。
 「だいぶ近いことが書いてありますね」
 「もしかすると、人間は言葉を使えるようになった生き物だから、言葉も凶器になることが書かれているのじゃないかな、とすると、言葉を戦う道具にするな、と書いてあるんじゃないの」
 「さすが、茸です、人間より進んでいるみたい」
 「誰かまとめてくれないかしら」
 赤が言うと、黄が「憲法9条、平和主義、人間は正しい判断のもとに行動し、みなの平和を実現するために、肉体的、言語的な戦いをすることは決してしない。そのために、戦いの道具を作るようなことはしないし、言葉を戦いの道具とはしない。それを実現するために、自分を大事にするも、自分と他人を比較することなく、自分を捨てて他人のことを考えるべし」
 「その、べしっていうのはいいなあ」
 と橙がうなずいた。
 「どうして」
 「しろ、しなさい、って書くより、べしって、なんか柔らかいね」
 橙は詩人、いや詩茸でもある。
 赤が言った「黄がよくまとめてくれました。すてきな憲法9条ができました」
 
 さて、またあの読書会、サブリエビブリオが行われるということを、アンティークアベニューの鉢の中の黒い茸に聞いた。以前の茸はとうに萎びて、その孫の黒い茸である。
 そこで、未毒茸たちは前のように、サブリエのショウウインドウから、読書会を覗いていた。今回は妖しい本をもってきて、わいわいと騒いで楽しそうだ。
 その会も終りに近づくと、オーナーの女性が「皆さん、今日はシチュウを作りました」と皆に声をかけている。
 「ジョージアの赤ワインもありますから楽しみましょう」
 みんな「わーっ」っと言って立ち上がった。
 「あ、また、茸」
 一人の女性がショウウインドウを指差した。もう一人の女性が入口に回ると、扉を開けて外をのぞいた。確かに壁の下に茸が七つへばりついている。
 その女性は茸好きだったようだ。すぐさま、未毒茸を拾い集めてしまうと、中に戻り、確信的に「茸が生えていた、これ食べられるから、シチュウにいれよう」と、厨房に持っていき、ぐつぐつ煮えているシチュウに放り込んだ。
 未毒茸たちはシチュウの中でごろごろしながら、
 「いい湯加減だね、でも食われちまうようだよ」
 「食われるとどうなるだろう」
 「もしかすると、念願の寿命の終りになるのかもしれないわ」
 「それはいいな、もうこの世は飽きちまったからな、いい憲法9条も作ったし」
 みんな上になったり下になったりしながら、楽しそうである。
 できたシチュウは、テーブルの上にならべられ、ワイングラスにジョージアの赤ワインが注がれた。
 ジョージアという国は昔グルジアといったのだが、ワインの発祥の地で、そこからエジプトに作り方が伝わったというところである。陶器入りの美味しい赤ワインがある。
 「茸は七つしかないので、未読読書会の皆さんで召し上がってください」
 サブリエオーナーによって、シチュウが配られた。
 みんなで乾杯をし、シチュウの中の茸を口に入れた。
 「あら、美味しい、ワインも美味しいけど、この茸美味しいわね」
 皆口々に茸の美味しさをたたえた。
 未毒茸は女性達の口の中で噛まれながら、そのことばを聞いて、毒じゃなかったんだ、しかも美味いんだな、と満足した。
 女性の口の中で細かくなった未毒茸は彼女らの胃袋の中に落ちて行った。
 こうして、未毒茸は一万二千才で死んでいったのである。
 テーブルの上では赤ワインで顔を赤くした七人とオーナーが幸せに浸っていた。
 「次のテーマはどうしましょう」
 一人が聞くと、司会者は次の会には人工知能が書いた小説と人間が書いた小説はどのような違いが出るか、未来を想像して話し合おう、と思っていたのだが、
 「みんなそれぞれ、お話を作って持ち寄りましょう」
 と声が出ていた。
 司会者も集まった六人の女性も文章を書くのが嫌いではなかった。しかし、今まで小説というものを書いたことがなく、これは本を読む会だから、そのようなことは考えていなかったのである。
 ところが、みんな一様に、にこにこと、「そうしましょう」と頷いていた。
 「一月後に、打ち出したものを七部もって集まること」
 ということで、読書会の女性たちは食べた後片付けをすると帰って行った。
 その一月後、七人の女性は自分の書いたものを持ち寄った。最初に司会者が書いたものを読み、その後六人の小説を読んだ。そしてみんなで顔を見合わせたのである。
 それはなぜか。
 司会をしていた女性は恋愛小説を、他の六人は児童小説、滑稽小説、怪奇小説、空想科学小説、時代小説、幻想小説を書いてきた。みな違うジャンルで、それはそれで驚くべきことであったが、そのすべてが、
 『茸の小説』であったのである。
 それらの小説は七人が食べた、未毒茸たち赤、橙,黄,緑,青,藍,紫の好みだったことは彼女達の知る由もない。
 この七人、数年後には日本で有名な七人の茸作家となり、七色の、または虹色の茸小説家と呼ばれた。こうして日本は茸小説のメッカとなったのである。アトリエサブリエは、その出版元として国分寺で発展し、茸小説の出版社として、世界に知られることになった。オーナーはそのCEOとして活躍するのである。

未毒毒書会

未毒毒書会

国分寺に殿ヶ谷戸庭園がある。そこには縄文時代より生えている茸たちがいた。茸たちは夜の国分寺を散策する。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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