同調率99%の少女(24) - 鎮守府Aの物語

lumis

同調率99%の少女(24) - 鎮守府Aの物語
  1. 登場人物紹介
  2. 二人の危機
  3. 三人の戦場
  4. 四人の見た結末
  5. 戦術的勝利
  6. 帰投
  7. 幕間:川内型は想う
  8. 祭りの終わり
  9. ex1 那珂:第一歩
  10. ex2 那珂:初めてのテレビ出演
  11. ex3 那珂:ステージ後

=== 24 夏の合同任務3 ===
 緊急出撃で東京湾を飛び回った神通と五十鈴。連戦のすえ、二人は浜金谷~安芸勝山沖の海上にいた。二人はようやく安堵しせっかくだから館山に行って那珂達と合流しようと考えた。
 一方で那珂・川内達が知らされたのは、同海域で深海棲艦に襲われている、鎮守府Aの艦娘がいるという思ってもみない知らせだった。

登場人物紹介

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。神通と五十鈴の危機にいち早く救出任務を願い出る。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。親友たる神通の危機ならば自身の身の危険など見えなくなる。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。東京湾で頻発した深海棲艦の出現の対処で連戦するうちに館山近くまで来てしまい、その付近で五十鈴と……。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。東京湾で頻発した深海棲艦の出現の対処で連戦するうちに館山近くまで来てしまい、その付近で神通と……。

軽巡洋艦長良(本名:黒田良) ・軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 鎮守府Aに着任することになった艦娘。今回出番なし。

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。提督代理の妙高とともに海上自衛隊館山基地に残る。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)・駆逐艦村雨(本名:村木真純)・駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。那珂とともに神通らの救出に志願する。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。那珂とともに神通らの救出に志願する。表向きは落ちついているように見えるが、神通の危機となると内心アタフタしている。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。那珂と川内に試作品の装備を手渡す。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。東京湾での緊急任務では神奈川第一鎮守府の秘書艦の艦娘と連携を取って艦娘に指示を出していた。館山でのイベント終了間際に再び現地入り。

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)
 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

<神奈川第一鎮守府>
村瀬提督(本名:村瀬貫三)
 神奈川第一鎮守府の提督。館山における千葉第二、神奈川第一鎮守府両局の総責任者。千葉第二の艦娘の危機に支援艦隊を派遣することを承認する。

駆逐艦暁
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。川内と共に哨戒任務を経験。前任務での責任を取るべく陰ながら活動する。

戦艦霧島
 観艦式の先導艦を務めた。村瀬提督から承認された支援艦隊の旗艦を務める。

天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。神通らを救出する支援艦隊に選ばれなかったのが不服だった。粗暴な口調や振る舞いだが那珂や五十鈴と行った同年の友に対する心配は人一倍。

神奈川第一鎮守府の艦娘達
 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。

二人の危機

二人の危機

 神通と五十鈴は連戦の疲れもあったので、速力区分スクーターの10ノットから速力歩行の5ノットの間を推移させながら移動していた。そのため到着が何時になるかわかったものではない。
 さすがに帰る時間を心配した五十鈴は神通にソワソワしながら提案する。
「ねぇ、速力上げない?帰る時間が遅くなると……今日はまさか緊急の出撃があるとは思わなくて、両親に艦娘の仕事が終わる時間伝えてないのよ。だから……。」
「はい。わかりました。私も……ママに連絡していないので。」
 神通は頷いて返事をした。
 艦娘用のスマートウォッチおよびウェアでは、一般電話回線には繋げられない。そして自身の携帯電話は鎮守府に置きっぱなし。通信して連絡を取れるのは内線扱いの鎮守府、それから海保など関連団体のみだ。つまり二人とも一般への連絡手段がなかった。

 せめてものの頼りで提督に連絡をすると、せっかくだから館山でみんなとゆっくりしていきなさいなどと暢気な一言が投げかけられた。その一言にイラッとした五十鈴は
「私と神通がどんなに遅く帰るまで、置いてきた荷物と着替えをちゃんと保管しておいてく・だ・さ・い! 長良と名取にもそう伝えておいて!」
 心内の温度差を感じた五十鈴は、そうピシャリと伝えて通信を切った。
 五十鈴の声を荒げた通信最後の迫力に驚いた神通は五十鈴が溜息をついて呼吸を整えたのを確認してから声を掛けた。
「あの……提督はなんて?」
「あの人はもう……。事態が落ち着いたからって、暢気に言ってくれたわ。館山で皆とのんびりしてきたらって。あの人のああいう脳天気なところがあるのが好かないわ。」
「それでは、どういう西脇提督なら、お好みなのでしょうか。」
 神通は流れでなんとなく尋ねてみた。すると五十鈴は見事なまでに流れるようなスムーズさで答え始める。
「そうね。真面目なところがいいわね。あの別段たくましくもないんだけど、年相応の無骨な手で真面目な相談のときに頭を撫でてくれたり、タイミングおかしかったりして不器用だけど優しいところもいいわね。……って! 何言わせるのよ!?」
 頬を染めてペラペラと語る五十鈴を見て、神通はこの先輩がとても心配になってきた。こんなにチョロくてどうするんだろうと。
 神通は何度もゴメンなさいというが、五十鈴は照れもあり、那珂や川内にあたるようなきつい口調で何度も神通に詰め寄る。しかし本気の当たりではないのはどちらも承知だ。もし傍から見られても、単に女子高生同士がからかいあってイチャイチャしているとしか取りようがない状況だ。

 その後話題は色々移り変わる。やや速力を上げてはいたが、二人とも残りの活力をおしゃべりに費やしていたため、すぐに速力は歩行つまり5ノットに落ちる。やがて二人の目の前には、陸地が見えてきた。
 否、島である。
 実際には安房勝山沖に浮かぶ浮島だったが、二人はもはやそんな地理的なことを確認する気力や気分ではなく、なんとなく航路を調整してやりすごすだけだ。
「陸……でしょうか?」
「あれは明らかに島でしょ。なんて島かわからないけど、西側を通るわよ。」
「(コクリ)」
 二人は身体と主機の意識を右に傾け、航路をずらした。自然と緩やかに曲がり、島の西約100m付近を通る形になった。
「灯りは見えないから、無人島かしら。千葉で無人の島って……あぁもう。地理の勉強もっとしておくべきだったわ。」
 五十鈴のやや冗談めいた愚痴に、神通は単に息を吐いたような声でもって苦笑の反応をするに留めておいた。


--

 二人は意識の上では、半分以上、普段の五十嵐凛花・神先幸に戻っていた。普段真面目で周囲への用心深さという意識が高い五十鈴にとって、この島は単に通り過ぎるための地形に過ぎなかった。神通に至っては、五十鈴の判断と対応がすべてと任せきっていたため、五十鈴以上に気が抜けており、島を半分通り過ぎた後の背後に気づかなかった。

“それ”はヒューという空気を切る音をほのかにささやかせながら飛来し、五十鈴の背中の艤装に静かに命中し、激しく揺さぶった。


ベシャッ

ズガアアアアァァン!!!


「かはっ……」

 五十鈴が急に目の前に飛び出したのを神通は目の当たりにした。その時の神通は五十鈴の先に出て移動していたためだ。そして五十鈴が力なく海面に顔をつけ横たわろうとしている姿まで目にしても、事態を理解できなかった。
 神通がやっと理解に及んだのは、五十鈴が足の主機以外のほぼ全身が同時に沈み始めて半分近く見えなくなった頃だった。

「い、五十鈴さん!!!!」

 目をカッと見開いた神通の悲痛な声が響き渡る。聞く者は誰もいないし、周りに聞かれたら恥ずかしいなどと余計なことは一切思い浮かばないため、本気の本気で神通は心配のために大声を出して五十鈴に駆け寄った。
 慌てて五十鈴の身体を持ち上げる。艤装の効果により腕力はアップしているが、それでもなかなか上がらない。どうやら五十鈴は気絶しており、同調が切れてしまっているようだった。そうすると、五十嵐凛花本来の体重に艤装本来の重量が加算され、それを神通としてのパワーで持って支えなければならない。
 なんとか上半身を海面から上げるくらいには持ち上げて背負えた神通だが、それ以上持ち上げられない。どうやらそこまでが、神通の艤装でパワーアップした神先幸としての力の限界だった。五十鈴の太ももの半分から下はまだ海水に浸かったままだ。
 このままでは、一人で五十鈴の介抱、索敵、反撃、回避、逃走すべてを行わなければならない。これからすべきことが一気に脳裏に溢れると同時に冷や汗も吹き出る。

 自分が怪我したわけではないのに、こんなにピンチになることなんてあるのか。
 仲間がやられただけで、こうなる。
 そうか。自分が以前やられた時、もしかすると那珂や五月雨・不知火もこういう心境になったのか。

 思いにふけっている場合ではない。神通は思考を1秒以内で切り替え、五十鈴を目覚めさせることに目標を設定した。

「い、五十鈴さん! 起きてください! 起きてくださいーーー!!!」

ビシッ!ビシッ!

 神通は正面から五十鈴を抱きしめながら、必死に頬を叩く。何度も叩くが、なかなか五十鈴は目を覚まさない。
 その時、かすかなヒューっという音が響き、近くの海面が水柱を立てた。

バッシャーーン!!

「きゃあ!!」

 思考を張り巡らせる必要もない。間違いなく、さきほど五十鈴が被弾した何かだ。あれを受けたらまずい。神通は中腰になり、五十鈴を背負って左肩にひっかけた。五十鈴の半身を掴む左手に最大限の力を込める。空いた右手は自由に使えるようにする。
 次はとにかくこの場から離脱することだ。自分たちを狙ってきた相手がどういう姿でどういう攻撃だったのか、確認している暇はない。とにかく逃げなければ。
 神通は五十鈴の重さのために左半身をやや海中に沈めてバランスを狂わせつつ、推進力を得てゆっくりと前進し始めた。


 どこに逃げるか。神通は必死に考えた。
 館山?いいや、逃げ延びるにはあまりに遠すぎる。
 左は千葉県だから、右、つまり西、東京湾の入り口~太平洋?広い海すぎて逃げてもその先がない。

 となると、答えは陸地だ。最悪この島でもいい。しかしそのまま上陸するために近づいたのでは、先刻から何かを砲撃してきている相手におそらく近づくハメになる。
 島の反対側ならどうだ? もう迷っている時間はない。そう思った神通は決断即、身体を傾けて左に回頭し、一路東進、やがて北進して浮島の東側に向かうことにした。

 移動中にも、五十鈴を目覚めさせるべく必死に呼びかける。
「五十鈴さん!起きてください!気づいてください!!」
 一向に目を覚まさない。この際コンプレックスでも突けば目を覚ますか?
 そう思考を変えた神通は、大声で一言ぶつけた。
「五十鈴さん!! そのおっきな胸揉みしだきますよ!? 感想を西脇提督に報告しちゃいますよ! いいんですか!?」
 言っててアホだなと自分で思ったが、そのアホな口撃は、意外にも効果を見せた。

「な……なんですってぇーーー、那珂! え…!?」
「五十鈴さん!」
「あ、え? 神通? 私、なんで……。いっつぅ~」


--

 神通は速度を緩めた。そして五十鈴が同調再開したのを確認してから海面に下ろした。五十鈴が無事に再び浮かぶことができたのを見届けてから神通は口を開いた。
「よかった……五十鈴さん、目を覚まして。」
 五十鈴はまだ体調が悪いのか、頭をブンブンと振って呼吸を整えてから返す。
「ゴメンなさい。状況がよくわからないわ。私は……」
「被弾したんです。後ろから何かが当たって爆発したみたいで、五十鈴さんは気絶しちゃったんです。」
 神通からここまでの数分の出来事を聞くと、五十鈴はようやくそれまで保っていた苦々しい表情を解いた。
「そう……。それで、その敵の正体は確認しなかったわけね。」
「はい。申し訳、ございません。」
「別にいいわ。生き延びることが優先よ。それで、砲撃はもうないのね?」
「はい。ここの海域まで逃げたら、もう後ろからは何も飛んできませんでした。」
「敵の正体がわからないからなんとも言えないわね……。とにかくひたすら逃げるしかないわね。」
「そんなちょっと情けない気も……。」
「し、仕方ないでしょ!もう一度確認しにいきたくてもとてもそんな状態じゃないわね。私はライフルパーツ落として主砲は使えない。艤装が何かおかしくて魚雷発射管と通信不可。かといって無事なあなた一人に行かせるわけにもいかないし、これ以上首を突っ込むのは危険だわ。」
 五十鈴は普段那珂や川内にツッコむ勢いと雰囲気を取り戻していた。神通はやっと五十鈴が苦しみから解放されたような気がして、微笑ましかった。が、表向きはニヤけるなどということはしないで平静を保つ。
 五十鈴は少し思案する仕草を取った後、顔を上げて神通にまっすぐ視線を向けて指示した。
「神通、悪いけれど、私の代わりに海保と海自の館山基地に連絡を取ってくれる? このことを伝えて。」
「え……でも、どのように伝えれば?」
「ありのままでいいのよ。海保の船舶じゃ深海棲艦には弱すぎるし、海自なら。それに館山基地には今なら艦娘が大勢いるはずだし、迎えに来てもらえればなんとかなるわ。」
 五十鈴の提案を耳にし、神通は深く唾を飲み込み、頷いて早速通信をすることにした。


--

 神通がしどろもどろになりながら海上保安庁と海上自衛隊の館山基地に連絡している間、五十鈴はその様子をヒヤヒヤしながら見ていた。よく考えたら、神通は赤の他人と会話したり接触するのが苦手だったんだ。神通のスマートウォッチごしに自分がしゃべってあげればよかった。
 そう思ったが、これも神通の教育のため。那珂だったらきっとこうしただろうと想像し、五十鈴は神通を信じて任せることにした。

 なんとなく視線を付近の海上に移す。ぐるりと360度周囲を見渡す。すでに夜の帳は下りており、艦娘の艤装によってパワーアップした視力であっても暗がりでの視認性は低く、これ!といったものは確認できそうにない。
 この時間帯以降であれば、川内か夕立がいれば十分な索敵能力を発揮できるのにと五十鈴はないものねだりをして落胆した。
 ふと、遠くに動くものを発見した。決して川内や夕立のように暗視状態に見えるわけではないが、なんとなく輪郭を確認できた。やはり深海棲艦。二等辺三角形状に海上に半身を浮かばせて進む3体と、海上を走る人。

人!?

 五十鈴は目をこすってもう一度見た。
 間違いない。人が深海棲艦3匹に追われているように見える。もしかして神奈川第一の艦娘か?
 これはまずいと瞬時に感じ、神通の肩を叩いて彼女を背後に振り返らせるようにする。

 ちょうど通信が終わる頃だった神通は五十鈴から神妙な面持ちと口調で伝えられて促された。
「ちょっと神通。後ろ、見て。私の目には人が追われているように見えるのだけれど、あなたはどう?」
 五十鈴から問われて神通は目を細めて遙か先の海上を凝視する。そして五十鈴が見たものを同じ光景を視認した。
「え? ……は、はい。あれって艦娘ですよね!?」
 五十鈴は額を押さえてため息をつく。
「やっぱりそう見えるのね。どういうわけかわからないけれど、あの人を助けるわよ。」
「はい。でも、五十鈴さんは……?」
 神通が心配げに五十鈴の頭から足元まで見渡すと、五十鈴は大げさに肩をすくめて語気を強めて言う。
「今の私だって動いて注意を引くことくらいはできるわ。さ、行くわよ。」
「はい!」

 追われる謎の人物を助けるため、神通と五十鈴は180度回頭し、先刻襲われた海域目指して戻ることにした。


--

 神通と五十鈴が目標目指して進むと、追われる人物は二人に気づいたのか、進む方向を変えた。二人にはそのように見えた。
「神通、もう少し近づいたらスマートウォッチの近接通信であの人に連絡を取って。それと私に一本魚雷をちょうだい。魚雷を投げてあの人が逃げる方向とは逆方向に私が進んで、3匹の深海棲艦の注意を引くわ。」
「そ、その後は?」
「あなたとあの人の二人なら、なんとかあの3匹を倒せるでしょ?」
「え、そんなの……無理です。初めて会う人となんてうまく協力できるかわかりません。」
 五十鈴の突飛な作戦に神通は息を飲んだ。そして驚きを隠せず戸惑う。しかし五十鈴は神通の戸惑いなぞ気にせず続ける。
「それでもやらなくてはいけないときはやるのよ。申し訳ないけど私は逃げ回って撹乱することくらいしか役に立てないわ。だからあなたがリーダー、つまり旗艦となってこの戦場を制してちょうだい。いいわね?」
「うぅ……わかり、ました。」
 五十鈴の強い気迫による指示に神通は拒否なぞできる勇気なく、強引に旗艦を引き継がされた。

 追われる人と神通たちの距離がだいぶ縮まってきた。神通は頃合いを見て近接通信機能でまずは音声通話を試みた。
 しかし、通話対象者には誰も表示されない。更新ボタンを何度押してもそこに表示されるのは五十鈴のみだ。
「あの……五十鈴さん。通話できる相手に、誰も表示されません。」
「は? そんなわけないでしょ。更新ボタン押した?」
 五十鈴の念入りな確認に神通はもう一度操作をするが、やはり相手の表示は五十鈴のみだ。検知されないことを再び伝えると、想定を口にする。
「もしかするとあの人のスマートウェアか艤装の通信機能が壊れてるのかもしれないわね。直接呼びかけて促すわよ。」
「(コクリ)」

「もしもーし! こちら、千葉第二鎮守府の軽巡五十鈴ですーー! 助けに来ましたので応答ねがいますー!」

 その時、件の人物の後ろの深海棲艦の目と思われる部位がチカチカと光った。

バッシャーン!!

 何かを発射したため、件の人物の傍に水柱が立つ。何度も攻撃される件の人物は応戦するタイミングがつかめないのか、反撃しようとしない。
「まずいわね。あの人反撃しないわ。」
「きっと……できないのでは?無理も、ないかと。」
 神通がそう口にすると五十鈴はコクンと頷き、そして攻撃の準備をさせた。もちろん件の人物を助けるためだ。
 五十鈴の暗黙の指示を神通はすぐに理解し、左腕の連装砲を構える。そして右腰につけていた魚雷発射管から一本魚雷を抜き取り五十鈴に手渡した。
「ちょっと想定と違うけれど、作戦開始よ。あなたはそのまままっすぐ、私はなんとか注意を引いてみるわ。深海棲艦が離れたらあなたはあの人を強引にでも傍に連れて、距離を開けて事情を伝えて。そして向かい直してきて。」
「はい、わかりました。」

 五十鈴は神通の背中をパンと軽く叩いた後、神通の2時の方向に向けて進んで離れていった。一人になった神通はゴクリと唾を飲み込み、挑むことにした。

 件の人物がどんどん見やすくなってきた。距離が縮まってきた。しかしまだゆうに100mくらいはあるため、まだその姿は月明かりに背中から照らされて黒黒としか見えない。近接通信もつながらないことがわかっているため、神通は恥ずかしがっている場合ではないとして意を決して叫んだ。
「あ、あのー! 私は軽巡洋艦神通です!助けますのでー!私が合図して撃ったら身をかがめてかわしてくださーい!」
 相変わらず返事も何もない。もはや相手が自分の意図に気づいているのを信じるしかない。きっと相手は自分よりも経験者・ベテランの艦娘だろう。自分の砲撃なんてかわして、うまく立ち回ってくれるに違いない。

「てー!」

ドゥ!ドドゥ!

 神通の放った砲撃が着弾する前に、件の人物の姿が突然消えた。突然のことに神通は気の抜けた声を上げる。
「へっ!?」
 もしかして当たってしまった? しかしタイミング的には着弾したとはいえない。ほどなくして深海棲艦の近くに水柱が立つ。
 焦った神通は件の人物に続いて深海棲艦3匹も迫っているにもかかわらず、速力を上げて迫った。

 それは五十鈴からも明らかな異変に思えた。追われていた人物が被弾したわけでもないのに急に倒れ込んで見えなくなる。何かがおかしい。今まで感じたことがない違和感が背筋を撫でる。脳を占める。
 通信対象として反応しない艦娘。
 艦娘?
 本当に艦娘か?
 人。本当に人だったのか?
 夜が更けてしまった海上という環境のため、そして自身らの状態のために叶わないとして入念な確認を怠った。もっと適切な方法があったのかもしれないが、それを取るべき案の選択肢として考えに入れなかった。完全に“人”だと信じ込んだ案しか思い浮かばなかった。
 倒れ込んだのではなく、潜水したと考える。
 その時、ふと五十鈴の脳裏に、以前川内が遭遇した“人”型なる深海棲艦がよぎった。あのときは表向きは心配を表してみたが、心の奥底では戯言かと実のところ川内を信じてはいなかった。
 しかし今は川内に謝りたい気持ちでいっぱいだ。五十鈴は大声で叫んでいた。

「急いで離れなさい神通!!それ以上近づいてはダメよーーーー!!!」

 神通は爆速で進んでいたため、五十鈴の叫びにきづいて振り向いたときは、あと15~20mというところまで迫っていた。そして神通の到達予測ポイントの海面から、突然浮かび上がる人影があった。

ザバアアアァ……

「えっ?」

 停まる勢いを止められず、神通はその現れた人影に体当たりする形で飛び込んでしまった。


--

「神通ーーー!!」

 速力を数段飛ばして上げ、慌てて駆け出す五十鈴。その視界には、両腕の前腕が砲身になったような、あるいは小型の深海棲艦を取り付けたような前腕を持つ人型に抱きかかえられる神通の姿があった。

「は、離して……!」

 神通を睨みつけるその目は、上まぶた部分から眉間にかけてゴツゴツした盛り上がりがあり、月明かりだと黒い形状としかわからない。口からは生臭い悪臭が吐かれる。その息をモロに鼻先に浴びて思わず神通は嘔気を催す。
 しかしそんな瑣末なことよりも、神通は目の前の人型の異形に別の感覚を抱いていた。

((怖い!怖い!怖い!))

 恐怖感が急激に増す。神通は初めて間近で見る人型の深海棲艦に、拒絶反応を示してもがくのが精一杯だった。しかしそのもがきは人型には全く通用していない。
 そして神通の間近で人型が僅かに尖った上下顎をクパッっと開け、獰猛な唸りをあげた。

グガアアアアアアアァァァァ!!!!!


「ひっ!?」

 神通は引きつらせた顔から涙を溢れさせついに泣きわめき始めた。
「うああああああああぁぁ!!!! パパァーーー!ママァーーーー!!た、助けてええええぇぇぇぇーーー!!」

 その鬼気迫る悲鳴は5~60m離れた五十鈴の耳に、まるで至近距離で泣かれたのと同じ程度の声量と迫力で届いた。その恐怖を思わず共有してしまった五十鈴は耳をふさいでたじろぎ、先ほどとは打って変わって弱々しく名を呼ぶ。
「じ、神通!」

 足が完全に停まってしまった。まったく動かない。主機に命じて最大の速力である速力リニアで急発進したくても思考が働かない。
 まずい。神通が感じている恐怖につられている。同調したときに効果が出ているはずの、恐怖が洗い流される感覚がまったく起きない。身震いがする。アレは深海棲艦として格が違うとでも言うのか。
 五十鈴は恐怖で固まりつつもそう冷静に自己分析した後、自分を奮いたたせた。
「あぁもう五十嵐凛花! あなたは軽巡洋艦五十鈴でしょ!最初に提督に頼られた軽巡艦娘でしょ! 動け!私の足動けええええぇ!!」

 五十鈴はライフルパーツを落としたことをきつく呪った。足が動かなくてもこの距離ならば狙撃できないこともない。神通には艦娘自体の攻撃を確実に弾いてかき消すバリアがあるから問題ない。
 ふと、魚雷を思い出した。魚雷発射管はコアユニットと通信不可のため使えないはずのため、仕舞う用途として使おうとしていた。
 鎮守府を出たときに装填していた分は連戦ですでにうち尽くしていたため、右腰の水平に伸びる魚雷発射管には、神通から受け取っていた魚雷一本しかない。
 そういえば、那珂はエネルギー波を噴射している状態で手に持って投げていた。しかし自分は支給されている制服の構造上、そんなふうに魚雷を扱うことはできない。かと言ってこのまま投げても魚雷は起動せず沈むだけ。どうにか魚雷を起動させねば。魚雷発射管・コアユニットと通信して認証できれば通常通りに魚雷を使えるはず。
 五十鈴は唯一の魚雷が入っている魚雷発射管の、操作部のあるボタンを何度も押す。使えろと何度も願って押すが一度壊れた装置は働かない。
 右がダメなら左腰の魚雷発射管。

ブーン……

 やった! 生きてる!
 五十鈴が左腰の魚雷発射管のあるスロットに魚雷を差し込み、ボタンに指を添えると、わずかに起動音がした。これなら手で投げなくても、普通に使える。魚雷のコースも指定可能だ。五十鈴は幸運を天に祈ろうとしたが、それよりも目の前の危機を最優先してまっすぐ目の前を見据える。人型がまだ叫びをあげている。神通はもはや発狂しているのか、ジタバタもがいて止まらない。

「待ってなさい。今助けるから……あなたにもらった唯一の魚雷で。……てーーー!」


ボシュ……ザブン
シューーー……


 神通はもがいている最中、視界の右端に緑色の発光体を見た。その一瞬、冷静さを取り戻した。もがくのをやめて人型を抱きしめ返す。無論、これから起こることを確実にするためだ。神通は魚雷の主の意図を理解できていた。

グガッ?

「の、逃しません。一緒に食らって、ください。」
 泣きはらして乱れた顔だが、意志強く人型を睨む神通。同調してパワーアップした腕力の効果を最大限活用して人型の脇腹に相当する部分を掴む。
 神通の行動に戸惑った様子を見せる人型。そして逆に離れようもがき始めた時、五十鈴の放った唯一の魚雷は人型と神通の真横1mで爆発した。


ドガアアァァァン!!!

グガアアアアアアアァァァァ!!!!!

 再び吠えたける人型。しかしその哮りには悲鳴じみた感情が混じる。両者とも爆風に煽られて逆方向によろけ、互いを掴んでいた力を瞬時に緩める。人型は神通を押し飛ばすように掴んでいた前腕を離し、強制的に距離を取った。神通は弾き飛ばされ、右肩から海面を柔道の受け身を取るように転がる。海面から顔をあげた神通は人型の居場所を視界に捉えると、足に装備した主機の浮力を調整して海面をジャンプして空中で姿勢を整えた後、五十鈴の方へ駆け出した。
「五十鈴……さん! ありがとうございます!」
「爆発に巻き込んでしまってゴメンなさい。無事?」
「(コクリ)」
「それじゃあ全速力で逃げるわよ!!」
「は、はい!!」

 二人の頭の中は、この状態では勝ち目はないという判断で一致していた。五十鈴はもはや攻撃の術を持っておらず、神通は冷静さを一瞬取り戻したとはいえ間近で恐怖を植え付けられていたため、逃げることしか頭にない。
 速力リニアをイメージし、二人は激しい航跡を立てながら海上をダッシュし始めた。


--

 どのくらい経ったのかわからない。
 無我夢中で逃げ続けていたため、どの方角を目指しているのかわからない。背後から人型そして通常の海洋生物型3匹が猛然と追ってきており、頻繁に砲撃をしてくる。二人は深海棲艦から完全に獲物として捉えられていた。
 体液の砲撃は神通と五十鈴の制服を溶かしたり、海水に触れて数mの水柱を立てるほどの爆発を起こしたりと様々な効果があった。
 4匹の深海棲艦は、二人の背後を恐怖のアドベンチャーアトラクションばりに演出していた。神通たちはジグザグに蛇行したり、突然方向転換するなどして直撃を防ぐ。忙しいために速力を調整している暇なく、スピードと勢いに任せた回避運動で強引に避け続ける。
 ときおり背後を見る。すると何回目かの振り向きで、その前に見たときよりも4匹の姿形の大きさが増していることにようやく気づいた。速力を確認すると、最大速力を出しているつもりが二人とも速力バイクたる15ノット前後に落ちていた。

 何かがおかしい。
「ねぇ神通。私の嫌な予感言っていい?」
「(ゴクリ)」
「燃料がさ、もしかしてヤバイのかしら? アプリで状態確認するのが怖いのだけど。」
「わた、私も怖いですけど……私が確認します。まだ武器が残っている私が。」
 そう言って五十鈴の不安を一手に引き受けて神通はスマートウォッチの画面で艤装のステータスアプリを起動して確認した。

弾薬=少(24%)
魚雷(エネルギー/本数)=32%/2本
燃料=少(21%)
バッテリー=55%
艤装の健康状態=小破(67%)
同調率=85.16%
バリア=13 / 13 Enabled

 やはり連戦が響いていた。日中に一回補給したとはいえ、初めての大量の移動と連戦そして疲労により、そして後半は無駄な動きが多かったためかと神通は思い返した。五十鈴に言葉ではなく頭を振って内容を暗に知らせる。
 そこで初めて五十鈴は自分の状態を確認した。

弾薬=微(5%)
魚雷(エネルギー/本数)=0%/0本
燃料=少(15%)
バッテリー=34%
艤装の健康状態=大破(28%)
同調率=88.63%
バリア=4 / 12 Enabled

 五十鈴は想像以上の自身の危険さに愕然とした。律儀に神通に自身の状態を発表して思わず愚痴る。
「ハハ……弾薬エネルギーが5%とか、何の気休めにもならないわよね。ここにはライフルパーツがありませんよって表示されないし。あと自分が大破って実感ないけれど、私の五十鈴の艤装はどうやら限界に近いみたい。精神的にクるわねこの事実……。」
「五十鈴さん……。」
「私ね、ここまでの状態になったの初めてなの。なんていうのかしらね。初めて感じてるわ。死ぬかもしれないっていう怖さ。」
 あの強気の先輩五十鈴がここまで弱気になっている。この状態を抜け出せない焦りも相まって何も作戦が浮かんでこない。ここはまだ戦える自分が奮起して守ってあげるべきなのに。
 そう思えば思うほど焦りもまた募る。
 このまま速力を上げて頻繁に動けばそれだけ燃料を費やす。艤装の各パーツの動作を検知して全身と通信するコアユニットもバッテリーを食う。
 なるべく最小限の動きで避け続けて安全な場所まで逃れるべきだ。

 自身らの現状の危機の再認識が、二人に冷静さを完全に取り戻させた。これ以上危険に陥らないためにも、互いで支え合ってこの逃走劇を成功に導かなければならない。
 神通と五十鈴は改めて意識合わせをし、二人ながら陣形を整えた。まだ比較的健康で牽引できる神通が先頭で針路を見据え、五十鈴は一人分右後ろに立ち、背後への監視の目となる。


 二人はがむしゃらに動き回るのをやめた。一旦針路を西取り、ある程度進んだ後、急速に回頭して反転し、一路そのまままっすぐ陸地を目指す。あとは全速力で千葉のどこかの砂浜に飛び込めば、深海棲艦を撒きつつ彼の者たち上陸できない場所で安全を確保できる。

「それじゃ前方は任せるから、後ろの監視は私に任せて。」
「はい。」
 神通は右手で五十鈴の左手と握りあって彼女を引っ張って進み始めた。
 神通は基本まっすぐ進む。五十鈴からの指示があり次第回避運動をするのだ。五十鈴は後ろを向き、深海棲艦たちの攻撃を確認した。
「2発きた!右に避けて!」
 神通は意識と体を右に傾け、航路を緩やかに右にずらす。牽引されている五十鈴も自然と右に移動する。

 直後、

バッシャーン!!

と、五十鈴の10m左後方に2本の水柱が立った。

 間髪入れず次なる砲撃が二人に向けられる。
「次やや幅広く2発くる!左へ10mほど避けて!」

バシャバシャーーン!!

 次の砲撃は、二人の左右7~8mほどの横に水柱を発生させる。
「まずいわね。あいつら、かなり狙いがよくなってきてるわ。あいつらからすると、夾叉ってところかしらね。」
「だとしたら頭良すぎませんか? あの人型のせいでしょうか?」
「さあね。直撃を狙われる前に、そろそろ反転しましょうか。」
「(コクリ)」

ドゥ!
 次に人型が撃ってきた。明らかに異なる音。さながら艦娘たちの砲撃音だ。五十鈴はすぐに背後を見ると、砲撃による何かは五十鈴の真後ろ数mまで迫っていた。
「きゃああ!!真後ろ真後ろ!どっちでもいいから急いで大きく回避!!」
「え、え!?」

 五十鈴の慌てた指示に神通は戸惑いつつも、急いで右に体を大きく動かして移動する。人型の砲撃は五十鈴の回避後の位置の1mほぼ真左に着水し、破裂して今までより水柱を立てる。着水して破裂した何かが飛び散り、五十鈴や神通の艤装にカツンカツンと当って響く。
 神通は声を上げて五十鈴に進言した。
「もう反転しましょう!次狙われたら……!」
「わかったわ。いちにのさんで、真横にジャンプするわよ。転んでもいいからとにかく反転して前に進むこと。いいわね!?」
「はい!」
「いち、にー、のー……さん!!」

 五十鈴の合図で、神通と五十鈴はしゃがみ、側転するかのごとく体をバネにして思い切り真左に飛びのけた。二人は低空で姿勢を反転させ、姿勢をギリギリまでかがめて着水時に起きるであろうバランス崩しに備える。

ズザバアアアァァ!!!!


 勢いとスピードに乗っていた二人は真横に一気に10mほど移った。深海棲艦3匹はあっという間に通り過ぎ、神通たちの行動にすぐに反応できずにさらに数十m進んでいく。
 五十鈴は背中から腰にかけての艤装の重みによってバランスを崩し、着水したと同時に何回か横転する。神通は最初に受けた衝撃に逆らわず流れにまかせてジャンプしたため、当初想定していた位置からは少々後退する形になったが、無事航行を再開することができた。
 しかし、傍に五十鈴がいないことにすぐに気づく。

「あ、五十鈴さん!」


 神通が気づいて反転して戻ろうとしたとき、一匹の深海棲艦の個体が二人の間の海域から姿を現した。


ザバアアアァ

 その個体は浮かび上がってすぐ五十鈴の姿を捉えたのか、後方にいる形になる神通など気にも留めず、五十鈴めがけて突進していく。

 まずい。

 突然過ぎて神通は腕に装備している主砲パーツで狙うことを忘れて駆け寄ろうと体を前に動かす。しかし絶対間に合わない。
「五十鈴さん!逃げてー!」
「くっ……!?」

 五十鈴は紙一重で深海棲艦の突進をかわし、再び肩から海中に身を沈めつつも、急激な浮力を発生させてその勢いでジャンプして宙で体勢を整える。
「五十鈴さん!早く早く!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 五十鈴がようやく正常な姿勢で神通に向かって移動し始めたその時、聞き覚えのある口癖の一声が響いた。

「見つけたっぽい!!」

「「夕立(さん)!?」」

 二人の視線が交差する先にいたのは、駆逐艦夕立だった。


--

「はーい!やっと見つけたよ二人とも。あたしが先に助けにきたっぽ……ん???」
「助かったわ夕立。って、どうしたの黙って?」
 五十鈴が尋ねると、二人に駆け寄って合流した夕立は普段の素っ頓狂に元気な返事の直後、急に目頭を抑えて五十鈴の後方を睨みつける。

「な、何あっちにいるやつ……。一匹だけ、見ようとすると目が痛くなるほどくっきりっぽい。うぅ~~~何何!?」
「やっぱり……あいつ相当強いのね。」
「夕立さん。全部で4匹に追われてるんです。暗視能力の反応はどうですか?」
「だから痛いの! 見てると一匹だけ目が痛くなるの!! あ、あ! なんか急に大きくなってきたっぽい。近いよ!!」

「もう追いついたの!? 私が転んでしまったからだわ。ゴメンなさい。」
「謝らないでください……。あの、夕立さん。来てくれたってことは、もしかして那珂さんたち、来てますか?」
「う、うん。来てる……よ。あぁ!もうダメ!」

 目頭を抑えっぱなしの夕立はついに我慢できず、ジャンプして反転し、神通と五十鈴を置きざり気味に、元来た方向に逃げ始めた。
「あ……待って!」
「待ちなさい夕立!」
 とるものもとりあえず二人は夕立を追いかけ速力を上げて前進し始めた。無論、4匹の深海棲艦から逃げるためでもあった。

三人の戦場

 急な知らせを聞かされた会議室の艦娘たちは、ザワザワとし始める。特に那珂たち鎮守府Aの面々は思い当たるフシがあるために全員でその海尉に詰め寄って問いただす。
「うちの艦娘二人が交戦中ってどういうことですか!?」
「詳しく教えていただけますか?」
 那珂に続き、提督代理の妙高が珍しく感情的に詰め寄って説明を求める。傍には理沙が立ち不安そうな表情をしている。海尉は二人をなだめながら口を再び開いて説明をした。
 その説明を聞き終わるや否や、那珂と川内は誰よりも激しく沸き立って反応した。

「神通。確かにそう名乗ったんですね。」決まりの悪そうな表情を浮かべる妙高。
「ねぇ那珂さん、早く助けに行きましょう!? 15分前って今からするとさらにヤバイ状況になってますって!」
「那珂さん、僕からもお願いします。神通さんが、とても気になるんです。」
 異常に慌てふためく川内に続き、静かながらも表情は今にも泣きそうな不安定な感情を浮かべて懇願する時雨。不知火も同様に前に出て言葉を発さない懇願の表情を浮かべる。他のメンツもそれぞれ心配そうな色を浮かべていた。
 那珂は妙高に向かい直し、全員の思いを整理して発言した。

「妙高さん。神通ちゃんと五十鈴ちゃんを助けに行きましょう。これは他の誰でもない、あたし達で行かないといけない任務です。」
 那珂の真剣な顔を目にし、妙高は一度目を瞑り、溜息でない整えるための呼吸を僅かにした後、那珂を見つめて言った。
「わかりました。提督代理として指示を致します。那珂さん。編成後、ただちに神通・五十鈴両名の救出に向かってください。あとの責任は私が取ります。それから理沙と五月雨ちゃん。」
「は、はい!」「はい!」
「五月雨ちゃんは秘書艦として残って下さい。理沙あなたはまだ艦娘ではないけど、五月雨ちゃんと一緒に秘書艦として私の右腕になって。館山基地の司令部に報告しに行きます。」
 妙高の鋭く真剣味溢れる表情による指示に、五月雨と理沙は背筋を伸ばして返事をした。那珂たちも全員真面目に返事をし、五月雨以外のメンバーはすぐさま部屋を飛び出そうとする。
 その時、遠巻きに話を窺っていた様子の神奈川第一の天龍たちが声を掛けてきた。

「なぁ、あたしらも行こうか?」
 天龍の提案に、残っていた神奈川第一鎮守府の艦娘たちもウンウンと頷く。それを耳にして那珂は柔らかい笑顔で天龍に言った。
「ありがと。気持ちだけ受け取っておくよ。これはあたしたちがやらないといけないから。二人とも、あたしの大切なお友達だし、仲間だし。」
「いやそりゃ気持ちはわかるけどさ、もう夜だし、絶対6人だけじゃやべーだろ。素直に頼れって。あたしたちは隣(の鎮守府)同士じゃん? こっちには霧島さんたち戦艦もいるし、空母の赤城さんたちもいる。あたしらがいれば負けねーぜ。なぁみんな?」
 天龍が背後へ振り向き同意を求めると、言葉を引き継いで霧島が那珂に近づいてきた。
「同じ観艦式に出た仲間じゃないの。どうかお仲間の救出、私達に手伝わせて。」
「霧島さん……。」
 那珂は迷っていた。確かに心強い。しかし那珂の心の奥底では、自分たちの危機は自分たちで乗り越えたい。そう強くあった。そうでなければ、自分たちのためにならない。
 那珂にとってはこの危機でさえ、自分たちの教育のチャンスであった。
 しかし思いとは別に、焦りもある。

 艦娘関連で初めて出来た同じ軽巡洋艦担当という関係で親友、五十鈴こと五十嵐凛花。
 同じ高校で将来有望、大切に扱いたく、自身の傍にいてほしい、かわいい後輩神通こと神先幸。
 死なんて考えたこともなかった今までの甘い捉え方。同じ場にいなくて初めてそれを現実の恐怖として感じる。もし二人が死んでしまうようなことがあったら?
 本当は心配で心配で胸が張り裂けそうだった。
 しかし感情に身を任せすぎてはいけない。那珂は急を要するという事態の優先度を考えた。数十分に感じられる2~3秒葛藤し、口論している時間の無駄、そして焦りと死への恐怖が自身らのプライドに勝った。
「うん。お言葉に甘えちゃう。ただし、あくまでもうちらが主導でやらせて。」
「オッケィ。了解よ。こちらは支援艦隊とでもいえばいいのかしらね。天龍、いかが?」
「ん?あぁ、いいぜ。パパに伝えに行こうぜ。」
 那珂の言葉に霧島が素早く反応する。そして同意を求められた天龍は快諾し、ここに両鎮守府の共闘が成立した。

 話をとりつけた那珂は海尉に案内を願い、艤装を保管してある施設へと急いだ。妙高と五月雨そして理沙は司令部のある部屋へ、霧島は天龍そして鹿島を伴って駆けていった。


--

 那珂は途中で明石や数人の艦娘関連の技師と思われる人の集団と出くわした。
「あれ、どうしたんですか皆?」
「実は……」
 那珂は急ぎたかったので内容を思い切り簡潔にして伝えた。内容と意味がしっかり伝わっているかなどもはや気にしている余裕はない。しかし明石は那珂の説明で理解できたのか、真面目な顔に戻って近寄って声を掛けてきた。
「そういうことですか。わかりました。でしたら私も手伝います。」
 明石の快諾を得た那珂たちは連絡のため現れた別の海尉が運転するジープに乗り、基地を縦断して艤装の保管施設へと向かった。


--

 艤装を受け取って各自装備し始めた最中、那珂と川内はあるものを手にした明石に話しかけられた。
「お二人にはコッソリお伝えしておきますね。実は新装備を作ったんです。」
「「新装備?」」
 那珂と川内は声を揃えて聞き返す。
「えぇ、まだ試作機なんですが、機能テストでは合格判定をもらったので、きっとお役に立てるはずです。」
「これは……偵察機?」
 那珂が素直に尋ねる。一方で川内はその物体をマジマジと眺めている。
「と言ってもただの偵察機じゃないですよ~。夜や暗がりでも見えるよう、撮影映像の視認性を高い高感度のカメラに交換したんです。」
「でも……艦娘の艦載機の操作って、夜は環境や人体の影響のためにむかないんじゃ……?」
「へぇ~。本当に夜でも使えるんすか?」
 那珂と川内は揃って新装備に対する心配を口にする。そして川内は穴が空くほど見ていたが、顔は偵察機の側にありながら視線だけを明石に向けていた。二人の疑問を受けて、明石は意味ありげな笑顔を浮かべる。
「そこはホラ。この技術お姉さんを信じなさい。」
「アハハ。技術お姉さんって~。」那珂がケラケラ笑う。
 明石もつられてクスクス笑いをこぼすが、すぐに真面目な顔になり、申し訳なさそうに言った。
「こんな緊急事態でなんですけれど、お二人が実地でテストしてくれると助かります。夜でも偵察機が使えるとなれば、いろんな任務が捗るはずですから。」
 明石の気持ちを察した那珂は頭を切り替えて彼女の言葉をフォローした。
「うん。まぁ、目が増えるのはいいことだよ。それだけ敵と神通ちゃんたちの捜索が捗るし。」

「うんうん。那珂さん、そーいうときは索敵って用語を使えばバッチリですよ。」
「さくてき……それもゲームか何かで得た知識?」
「はい。でもれっきとした軍事用語の一つですよ。この偵察機、旧海軍に当てはめると、九八式水上偵察機ってところですかね。まぁ形は全然似てないし機能も役割も違うかもですけど。」
 川内のいつもの偏った博識ぶりに那珂も明石も苦笑するしかない。

「それじゃあその新装備はせっかくだから川内ちゃんにお任せするね。暗視能力がある川内ちゃんのほうが、きっと良いテストになると思うし。」
「そーですねぇ。そうしてもらえると、今回の川内ちゃんのデータで、今後よい改修が行えるかもしれません。」
「ち、ちょっとちょっと待ってよ二人とも。あたし、艦載機の操作苦手なんですよ!?」
「そこはホラ。技術お姉さんの今後の昇給とか諸々を助けると思って。ね? 開発物に成果が出れば、会社からも査定に良い影響が出るんですよ。」
「え~~~。明石さん、なんか私情交えてません? まぁ、いいけどさ。」
 明石の眉を下げた苦笑顔に、川内は気が削がれたのか諦めて夜間偵察機を受け取ることにした。しかしただでは終わらせない。那珂に向かって釘を刺す。
「ねぇ那珂さん。これあたしが使うのはいいんですが、フォローしてくださいよ。艦載機飛ばすと、あたしその後多分絶対移動できそうにないっすから。それからもしヤバかったら即交代。」
「フフッ。りょーかい。」
 後輩の泣き言に快く了解する那珂だった。


--

 那珂たち6人が自衛隊堤防から海上に降り立って出発した頃、本部庁舎では、妙高と五月雨・理沙が、村瀬提督と館山基地司令部の数人の幕僚長に事態を報告して話し合っていた。そして霧島たちの意向を村瀬提督は理解したのか、支援艦隊として出撃することを許可した。それは館山基地の司令部としても追認された。
 支援艦隊は旗艦霧島として、那智、足柄、暁、雷、電が編成を指示された。天龍は自分が入らなかったことに腹を立て、父である村瀬提督に詰め寄った。村瀬提督はいたって冷静に、日中の哨戒任務で旗艦として任務を果たしていることを筆頭の理由に挙げ、頑として娘の参加に首を縦に振らなかった。
 加わることができなかったため、腹いせと励ましを兼ねて天龍は暁に声をかけ、背中を(物理的にも)強く押して発破をかけ、待機を命じられた他の艦娘たちと共に鼻息荒くして去っていった。


--

 那珂たちは速力を電車つまり約25ノットまで上げて一気に進んでいた。本物の艦船であってもかなり高速航行になり、船首船体の形状によっては波による浮き沈みで衝撃がある。艤装のバランス調整機能が効いているとはいえ、それは艦娘という人の身であっても同様である。
 那珂たちは時折海面から足を浮かし、瞬時に海面に落ちてその身を揺らす。しかし艦娘の艤装効果により転倒するところまではいかず、那珂たちは移動することに集中できている。そして6人の頭の中には、神通と五十鈴をなんとしでても早く助ける、という目的が海上で身を跳ねさせることへの不安を勝っていた。

 さすがに25ノットで飛ばすと、館山基地から浮島までの直線とパス上の計算で約15km航路は、14~5分ほどでこなすことができる。しかし旗艦の那珂はそのままストレートに行くことを考えていない。
 途中で速力減を指示した那珂は、大房岬を通り過ぎる途中で合図して完全に停止し、後ろにいる川内たちに顔を向けた。
「なんで止まるんすか? 神通たちのピンチなんですよ。早く行こうよ!」
 同僚の絶対的な危機に焦りを隠す気がない川内は敬語を使ってはいたが、声を荒げて那珂を急いた。
「うん、一度冷静に状況を把握したくてね。あたしも結構焦ってたから。みんな、ちょっとだけいいかな?」
「はい。」
 時雨に続き、川内以外の他のメンバーは素直に返事をした。しかし、那珂が一番返事をもらいたかった川内の声が続かない。
「川内ちゃん?」
 那珂は川内の顔を覗き込むように身をかがめて近寄る。夜間であることと、探照灯は進行方向に伸ばしているため、両名の顔は艤装のLED発光による灯りでしか照らされない。
「はぁ。わかりました。わかりましたよ。大体那珂さんの行動が正しいんでしょ。はいはい。従いますよ。」
 そうぶっきらぼうに返す川内に那珂はイラッとしたが、それを表に出さずに話を進めることにした。

「まず川内ちゃんは、偵察機を飛ばしてこの先の海域を確認して。昨日の今日だし、もしかしたらまだ近くに余計な深海棲艦がいるかもしれないし。ある程度飛ばしたらオートで戻して。その間にちょっとずつ移動するよ。あたし達は川内ちゃんを取り囲むように円陣を組むよ。それなら川内ちゃんでも大丈夫でしょ?」
 那珂が自分を、しかも下手くそ操作しかできない自分の艦載機に頼ってくれるという事実に、川内はコロッと態度を変え全身で喜びを表した。
「那珂さん……あたし偵察機本当に飛ばしていいんですね!? あたしの索敵に頼ってくれるんですね!?」
「まぁね。それにせっかく夜間でも問題なく使えるって明石さんが言ってくれてるんだから、使ってあげないと。サクッと空から捜索しちゃおーよ。海上からは夕立ちゃんと、レーダーを装備してる不知火ちゃんが先頭に立って警戒しながらゆっくり進んでね。」
「はーい!」「了解しました。」

 那珂の指示で全員陣形を変更した。中央に川内が位置取る。早速川内は新装備の夜間偵察機を、右腕にとりつけたカタパルトパーツに設置して飛び立たせた。先頭を任された夕立と不知火は、まずは速力歩行、5ノット前後を保ってゆっくりと前進し始めた。那珂たちは、川内が移動しながらの艦載機操作をこなせないために、無防備状態の彼女を警備するように三方に立っている。
「よし。なんとか飛び立てた。……うっく、頭いてぇ~目がシパシパするぅ~! そして暗ぇ~!」
「川内ちゃん……黙って操作できないの?」
「いや、あたし艦載機操作するの、訓練以来なんですよ? それにあたしにも落ち着いて操作するやり方ってもんが……うわぁ~落ちる~~~!上昇上昇!」
 独り言をブツブツ口にしながら艦載機を必死に操作する川内を見て、那珂は仕方ないかと半ば強引に自分を納得させ、おとなしく見守ることにした。
 その後安定したのか、川内の独り言の音量はかなり小さくなっていた。その雰囲気は真剣そのものになったので、じっと待つ那珂そして二人の駆逐艦。

 やがて、川内が艦載機からの映像の説明をし始めた。
「……っと。とりあえずまっすぐ行かせるか。よし。今のところ、大房岬から先にはなにもなし。ちなみに、この夜偵からあたしたちを見ると、ジャギジャギのモザイクが動いて見えます。まぁまぁ見やすいです。でも明石さん、なんでこんなカメラフィルターかけたんだろう? ふつーに暗視したときの赤黒や緑黒の映像でいいのに……(ブツブツ)。」
「今あたしたちとはどのくらい離れてる?」
「え!? えーっと。わかりません。そーいう情報がまったく頭に入ってこないです。」
「何か適当な目標見定めてみて。距離感とかそういうの伝わってこない?」
 川内はその後黙り、しばらくして口を開いた。
「んー、とりあえず街の灯りっぽいの見てみたんですけど、全然ですね。」
 那珂は首を傾げる。駆逐艦二人は軽巡の二人が話している内容がわからず、目をパチクリとさせている。
「あぁゴメンね二人とも。駆逐艦は艦載機使えないからわからないだろーけど、艦載機を使うとね、目標にした対象物との距離とかいろんな情報がね、頭に中に浮かんでくるの。カタパルトパーツと艤装のコアユニットを通じてるらしいんだよね。」
 那珂の説明に続いて川内が現状をさらに説明する。
「基本訓練でやったときは、たしかに偵察機から見える情報やら見定めた建物との距離が浮かんできたんだけど、今回はそういうのがさっぱりなの。明石さん、さては何かしくじったなぁ~?」
「アハハ。ありえそ~。でも機械周りでは頼もしい明石さんにしては珍しいよね~。」
 那珂と川内は分かりあってコクコクと互いに相槌を打っている。時雨と村雨はポカーンとした様子を継続していた。

 那珂は対応策を言い渡して改めて川内に偵察を続けさせた。
「ん~じゃあまぁいいや。とりあえず一旦戻して。夕立ちゃんたちと距離空いちゃったからちょっと急ぐよ。」
「「「はい。」」」

 カタパルトへの着艦を脳波を通じて指示した川内は、偵察機からの映像や情報が途切れたのを確認してから、那珂たちに伝えて移動を再開した。ほどなくして夜間偵察機がチカチカと先端を発光させて合図を送ってきたのを目にした。川内がカタパルトのある腕を上げると、カタパルトのレーンのLEDが順に点灯しだした。その後川内は無事自動着艦した夜間偵察機を掴み上げ、一回目の偵察を終えた。
「ねぇ那珂さん、偵察機どうします?ただでさえあたし操作あぶなかったのに、距離とか情報がこないんじゃ、ゲーマーでもあるさすがのあたしでも無理ゲーてやつですよ。」

 那珂は、偵察機があればすぐに発見できると期待していたため、機能不備によって肩透かしを食らうと、考えを変えた。
「じゃああたしが使うよ。機能に問題あるなら川内ちゃんに無理に使わせられないもん。それにあたしなら移動しながら使えるから。川内ちゃんはお得意の暗視能力を使って周囲の警戒にあたって。とにかく急ぐことに方針変更!」
「「「了解。」」」
 その方針は、川内としては実のところ願ったり叶ったりであった。


--

 那珂は川内から夜間偵察機を受け取ると、早速自身のカタパルトパーツに設置して放った。やや鈍い反応を見せながら以後の艦隊の指揮を川内に任せると、艦載機の操作に注力することにした。
 川内は艦載機操作中の那珂の反応の鈍さを垣間見ているため、代わりに指揮をとり始めた。
「よーし。一旦夕立ちゃんたちに追いつこう。那珂さん、行きますよ。」
「(コクリ)」
 時雨と村雨は那珂の急に黙りこくるようになったその姿に違和感を覚えるも川内に倣って気にせず、那珂を守るように位置付いて航行を再開した。

 周囲を川内たち5人に囲まれながら、那珂はしばらく偵察機を進ませる。すると、数体の動くモザイクを発見した。
「み、見つけた、よ。あたしたちは南から来てるから……対象は左、つまり西に向かって移動中。2体を4体が追ってる。うん。下手なレーダーやソナーよりも、わかりやすいかも。けど艦娘なのか深海棲艦なのかまで判別できないから、それは……状況で判断するしかないかな。」
「まだまだ機能足りてないっすね。あとで明石さんに文句言っておこう。ゲームのバグは致命傷なんだから。」
「ハハ……川内さんは相変わらずですね。」
「またゲームに喩えちゃって~。」
 川内の言い草に時雨と村雨は苦笑する。
 川内はあわせてケラケラ笑いつつも、先頭を進んでいる夕立と不知火に確認する。
「おーい、先頭の駆逐艦~。索敵の状況はどうかね~?」
「ブー、名前で呼んでくれない川内さん嫌っぽい。」
「レーダー、前方100mから500mまで、反応なしです。もっと距離?」
 不知火が事務的に報告して指示を待つ。それには那珂が暗に答えるがしゃべりにまで神経を集中できないのかたどたどしく口にする。それを聞き耳立てた川内が正式な指示として口にした。
「2分強飛ばして……多分距離が……限界まで広げないと。」
「不知火ちゃん、レーダーの感度を限界まで広げろってさ。」
「了解。」

 不知火がレーダーの感度を最大にまで高めるとほどなくして、彼女から短い言葉で報告がなされた。
「320度の方向に3.5km、反応5つ。」
「5つ?6つじゃなくて?」
「はい。」
「またアレじゃないですかぁ。レーダーにもソナーにも引っかからない厄介な個体。」
 村雨がそう口にすると、皆ハッとする。
「あ~、そっか。その可能性は確かに。そうすると捉えられるのはあたしか夕立ちゃんだけか。どうします、那珂さん?」
「……ちょっと、待って。あれ? なんか1体が逆方向に動き始めた。あ、消えた?……お、元の集団のところに出てきた?なんか妙な動き。よくわかんね。とりあえず戻そう。」

 那珂は夜偵の帰還を自動にすると、すぐ顔を明るくし、川内たちの確認を改めて聞いた。
「ゴメンゴメン。えーっと、それでなんだっけ?」
「どうやら1体は、レーダーにもソナーにも引っかからなそうな個体みたいです。それでどうしようかって聞きたかったんです。」
 川内が改めて尋ねる。すると那珂はサラリと答えた。
「ん~っとね、川内ちゃん、あたしたちに指示して。今のあなたが旗艦なんだし。」
「え? いや、でもアドバイスくらいは。」
「それはもちろんするよ。今は急いで神通ちゃんたちの元に行きたいけど、他にも危険があるかもしれない。こういう時、あたしは慌てて助けに行くって感情的になるよりも、みんなの能力を活用して冷静に助けに行きたい。だからまずは川内ちゃんのゲーム由来の知識でこれからの戦況を見て動かして欲しいって思う。」
 那珂の言葉に、川内は反論する気がなくなる。時雨ら駆逐艦も黙って那珂の言葉を聞いていた。その中で、村雨が二人の間をフォローするように口を開いた。
「私も、どっちかっていうと、川内さんのゲーム知識を頼りたいですねぇ。今まで私達、提督から指示された出撃任務をこなすことしかしたことありません。誰かを助けに行くとか、そういう緊急の任務ははっきり言ってどうしたらいいかわからないですし。」
「うん。僕も同じです。今の僕達には那珂さんと川内さん、お二人だけが頼りなんです。その那珂さんが川内さんを頼るっていうなら、僕らも従います。ゆうも同じでしょ?」
「うん。あたしは川内さんを最初っから信じてるけどね。」
「(コクリ) 不知火も、従います。」

 川内は全員から暖かい視線を送られて、照れくさくなったのかそっぽを向いて後頭部をポリポリと掻く。視線は5人から外している。
「うー、なんかやりづらいなぁ。なんでみんなそんなに無条件に新人のあたしなんか信じられるんだか。まぁいいや。○○くんたちには負けるけど、あたしだって戦略ゲームやりこなしたゲーマーの端くれだ。ちょっと待ってね。色々思い出してみる。」
 ウンウン唸りながら考え込んだ川内は、やがて意を決して指示を口にした。
「まずは移動力の高い斥候ユニットを先に動かして敵を識別するのが定石なんだよね。」
「せっこうって?」
 夕立が素早く質問する。
「敵を調べに行く担当のことだよ。大体の戦略シミュレーションでは、斥候が敵を調査すると、味方の回避や命中率、地形効果がプラスされたりするの。」
「ふーん。それじゃあ大事ってこと?」
 川内が説明すると、夕立はなんとなくわかったのか、一言で確認する。川内はそれに言葉無くコクンと頷いて返事とした。
「なるほどね。その斥候っていうのは、あたしたちでいうところの、さっきあたしと川内ちゃんが使った夜間偵察機ってことでいいのかな?」
「そうですね。でもあれだけじゃ足りませんね。それは那珂さんだってわかってるでしょ?」
 川内が試すような口ぶりで問うと、那珂はクスリと笑って答えた。
「うん。足りないね。今のまま行ったんじゃ、情報が足りなすぎて逆にあたしたちが危険かも。かといってこのまままごついていられないしね。」
「そーそー。そうなんです。だから、ここは少数精鋭で本当に誰かに行ってもらうんです。」
 川内の提案に、全員ピクッと反応し、一斉に視線を送る。川内は5人をざっと眺めた後溜めてから口を開いた。

「夕立ちゃんと不知火ちゃんに、行ってもらおう。」
「あたし……たち?」
 夕立と不知火は顔を見合わせる。
「うん。二人はさっき見つけた方向と距離に向かってとにかく前進。夕立ちゃんの裸眼の暗視能力と、不知火ちゃんの持つレーダーで、敵の数や正確な情報をゲットしてきて。」
「りょ~かいっぽい!」
「了解しました。その務め、必ず果たします。」

 そして川内が合図をすると、二人はゆっくり発進、その直後一気に速力をあげて暗闇の海上に溶け込んでいった。


--

 二人の背中を見送った川内は、はぁと呼吸をし、那珂へ振り向いて言った。
「ここまではいいですかね?」
「え、うん。問題なっし。さて旗艦さん、残ったあたしたちはどーしますか?」
「あ。え~っと。うん。そうですねぇ。どうしましょう?」
 斥候・偵察ユニットを派遣した後の残りのユニットは、基本動かさずに放置してたよなと自分のゲームプレイ状況を思い返した川内。実のところその先はノープランだったため、途端に那珂に頼る気満々で聞き返した。
「タハハ……。もーちょっと先まで考えていてほしかったなぁ。やることはまだあるよ。一つは夕立ちゃんたちの報告を逐一確認する。二つ目は周囲の警戒。三つ目はこれから来る神奈川第一の支援艦隊との連絡。」
「うおぉ……やることありますね。よし。時雨ちゃん、夕立ちゃんからの連絡待ちね。後のやり取りお願い。那珂さんは神奈川第一の人との連絡頼みます。あたしと村雨ちゃんは、周囲を警戒しよう。」
「分かりました。」
「りょ~かい~!」
「はぁい。分かりました。」

 周囲を警戒(という名の単なる周回)していた川内は、しばらくして連絡を受け取った時雨から報告を聞いた。
「川内さん。ゆう達が発見したそうです。約300mまで接近、ゆうの能力でも緑黒の反応を4匹発見、位置関係を捉えたそうです。」
「よっし!」思わずガッツポーズをする川内。
「それで、そのまま助けに行っていいかって。どうしますか?」
「えっ!? ち、ちょっと待って。那珂さん!」
 川内は慌てて那珂の方を向く。すると那珂はちょうど別の通信をしている最中だった。

 那珂はこれから出発する直前だという霧島たち、それから館山基地にいる妙高達に連絡をした。一通り連絡し終わると、しばらくして再び霧島たちから通信があった。
「こちら支援艦隊の霧島よ。敵の情報を教えて。こちらのレーダーとソナーでは限界の4km周囲には何も発見できないわ。」
「今あたしたちは、南無谷崎の北1km付近にいます。ここから320度の方角約3.5km付近にて、うちの艦娘二人と深海棲艦が交戦中と思われる位置を捉えました。今、駆逐艦の二人に偵察のために先行して進ませています。」
「そう。こちらもしばらく前進し、あなた方の位置を捉え次第、また連絡するわ。」
「了解です。……え!? あ、ちょっと待って下さい。」

 那珂は突然肩をポンポンと突かれて振り向くと、そこには川内が通信はよ終われと急かさんばかりに迫っていた。那珂はスマートウォッチのマイク部分に指を軽くあてがい、川内に尋ねた。
「なに?」
「夕立ちゃんたちが神通たちを発見しました。300mまで近づいたらしいんですけど、このまま助けに行ってもいいかって。どうします?」
「え?マジ? えーっと、それじゃあ不知火ちゃんだけ戻ってこさせて。夕立ちゃんはその場に待機。」
「了解。夕立ちゃんはその場で待ってて。不知火ちゃんだけ戻ってきて。でもなんで!?」
 川内は那珂の言葉そのままを時雨に伝え、そのままの勢いで那珂に問い返す。
「不知火ちゃんのレーダーの結果を霧島さんたちに送りたいから。夕立ちゃんはそのまま現地の状況を見続けてほしいから。」
 そう口にすると那珂は通信を中断していた霧島との会話を再開した。
「ゴメンなさい。たった今うちの駆逐艦が対象を発見しました。ちょっと距離あってレーダーの情報もらえないので、彼女から受け取り次第そちらにも送ります。」
「了解よ。」
短い一言で霧島は納得し、通信を終了した。

 一瞬の慌ただしい連絡の応酬が落ち着くと、それぞれが懸念を口にし始めた。口火を切ったのは時雨だ。
「あの……那珂さん。ゆうを残したのはまずいと思います。」
「なんで?」
「そうそう。どうしてさ時雨ちゃん。」
 那珂の頭に浮かんだ疑問符に川内が疑問符を寄り添わせる。
「お二人はゆうのことを知らないので仕方ないと思いますが、あの娘は、我慢して待つというのが一番苦手なんです。」
「そーいえばそうね。ゆうが我慢できるのは、私達の誰か一人でもいればこそだもの。一人にしたら危険だわ。そこだけは那珂さんの判断ミスですよ。」
「うえぇ……んなアホな。だって普段の生活ならともかく仕事中だよ?」
 那珂のツッコミに時雨と村雨は頭をブンブンと振って那珂の想定を否定する。

 数分して不知火が那珂に連絡を入れてきた。と同時に夕立が時雨に通信を入れてきた。
「レーダーの結果、送ります。」
「あ、うん。こっちも不知火ちゃんを検知できるようになったからどんとこい~。」

「ねぇ時雨~!一人で寂しいしつまんないっぽい! 神通さんたち見てるだけなのヤだからもう行っちゃうよ。」
「えっ、ちょ! 待って待って! 今那珂さんや神奈川第一の人たち来るから!」
「答えは聞いてない!」
 余裕ある那珂の応対とは異なり、時雨の応対は激しい焦りを伴いながら終始した。時雨は振り向きすぐに友人の問題行動を報告する。


--

「嫌な予感的中です。我慢できなくなったようです。もう行くって……。」
「「え~~!?」」
 声を揃えて驚き呆れる那珂と川内。もはやこうなってしまったら止まって作戦を練っている場合ではない。
 そう決意した那珂は、川内にビシっと伝えた。
「こうなったら全員で行こう。途中不知火ちゃんを拾っていけば目的の場所着くだろーし。」
「いいや。那珂さんは神奈川第一の人たちに連絡を。まずは切り込み隊長的に行きますよ、あたしが。」
「え?」
 那珂たちの驚きの一言が出終わるのを待たずに、川内は主機をフル作動させ、周りへの波しぶきなど一切お構いなしにダッシュし始めた。
「てやーーーーー! 待ってて、神通ー!」
「ちょっと川内ちゃん! 旗艦はーー!?」
「なかさんにぃ~~任せまー」
 川内の叫び声は途中で途切れて海上を彷徨うように消えながらかろうじて那珂たちの耳にたどり着いた。
「い、行っちゃいましたね……。」
「あの人、やっぱり根本的にはゆうと同じなのね~。」
「あぁもう、川内ちゃんってば。仕方ない。あたしたちも行くよ。」
 頭頂部をポリポリと素早く掻きながらそう言って那珂は一時的に三人だけの単縦陣を作り、通信しながら移動することにした。

「霧島さん。詳しい情報送信します。」
「オッケィ。受け取ったわ。あなた達の位置も把握したわ。一人いきなり離れたけど、大丈夫?」
「え、アハハ。えーはい。大丈夫です。あたしたちも動いているので。」
 那珂が慌てて取り繕うと、霧島は必要以上に気に留めることはせず、その後の行動指針を伝えて通信を切った。
 霧島たちは大きく西に移動し、件の戦闘海域には、南西から突入するという。那珂たちはそのまま進むならその戦闘海域には東から入ることになるため、一応挟み撃ちが出来る算段だ。
 那珂たちは川内が進んだ方向に向けて移動開始した。途中、那珂は戻ってきた不知火と合流を果たし、事情を伝えて4人編成で目的の海域へと、それぞれの主機に頼み込んで猛ダッシュする。

 近距離を裸眼で察知できる期待の二人がいないため、那珂は逐一レーダーによる監視と報告をさせるべく不知火を頼った。そんな不知火の表情にはうっすらと笑みが浮かぶも、その笑顔はこの当然すぎる暗闇では誰の目にもつかない。
 那珂は一瞬、不知火の雰囲気に違和感を覚えたが特に気に留めず、彼女に監視と報告の仕事をただただ促すだけだった。

四人の見た結末

四人の見た結末

 戦闘海域に近づいた時、川内はすでに神通・五十鈴両名と合流を果たした夕立を目の当たりにした。ただ、なぜかまっすぐ自身らの方に向かってくる。暗闇で明確に確認できないが、雰囲気からして恐怖かなにかで引きつっているのが感じられた。
「せーんだーーいさーーーん!助けてーー!後ろのーー深海棲艦ーー怖いっぽいーーー!」

 夕立を先頭にして、神通と五十鈴が並列で続いている。そして三人の後ろには、複数の光る目が迫っているのが視界に飛び込んできた。川内は目を一度閉じてカッと見開いてみる。緑黒の反応が4つ。確信を得た。あいつらだ。
 なんとかして3人を助けたい。思い切った行動が必要だ。
 こういう時、那珂さんならどんなことをするだろう?
 自身の考えと行動指針は基本的にはゲームや漫画・アニメ由来のものだ。対して那珂は、そのたぐいの趣味は凡人レベルと言っていたから、彼女の行動指針にそれらは影響を与えない・ありえない。そのため川内は那珂の考えが想像つかなかった。

 だったら好きにやってみるか。

 川内は従兄弟たちと見ていて好きだった特撮ヒーローをふと思い出した。男の子によく混ざってヒーローごっこした、懐かしい思い出。
 今ならごっこじゃなくて本物になれる気がする。そのためには川内の艤装ともっとフィットしないといけない。己の力量を理解しないといけない。那珂の以前の言葉が思考の波のはざまから見え隠れする。逃れられない存在、目指すべき理想の存在。

 川内は前方めがけて思い切り叫んだ。
「神通ーー!みんなーーー!今すぐ左右に分かれるかしゃがんでーー!!」
「えっ!?」
 忠告はした。あとは信じるしかない。細かい調整や注意なんて自分にはできない。
 川内は進みながら前のめり気味にしゃがみ、前に出していた右足を曲げて思い切り溜める。主機による浮力と推進力の反発のために膝がプルプルと震えるが我慢する。
 目の前の3人が急に左右に分かれた。それと同時に3人を追っていた頭目が明らかになった。

 あの時の人型に似てるが違う。しかしムカつく度合いは同じだ。あたしの大切な同僚を、親友を追い回して怖い目にあわせやがって。許さん。
「……ぃだあああああぁ~~~~キーーーーーック!!!」
 川内は右足で海面を思い切り蹴り、身体が宙に浮かぶと同時に身をよじり左足を前方に伸ばして飛び蹴りの姿勢で低空を矢のように鋭く飛んだ。スカートが思い切り翻って下着が丸見えだったが、誰も気にするものはいなかった。

ヒュウウウウゥン……
ドグシャアァ!!!


 足にグシャリと何かを思い切り踏み千切ったような強烈な感覚と衝撃を得た。衝撃の反動で身体があらぬ方向へと回転し、衣服や顔にドロっとした液体が付着する。
 確かな手応え。
 川内は自分のキックが命中した相手を飛び越え、その後ろにいる残りの深海棲艦の列に着水した。勢い余りすぎてそのうちの一匹に体当たりする形でようやく止まった。

バッッシャアアアァァーーーン!!

「う……いっつぅ~。あたしどうなったんだ? ん? うおぉぉああ!?」
 川内が姿勢を直して海上に立つと、左右には深海棲艦がいた。なおかつ足元にはもう一匹。慌てて飛び退いて後ずさりすると、後ろから悲痛な叫び声が響いた。
「川内さん、真後ろです!!」
それは、神通の一言だった。
 手応えがあった。そのはずなのに、親友の一言で猛烈な恐怖を誘う影を背後に感じた。
 しかしそれを恐れ続ける気持ちは川内にはなかった。いたって冷静に、右腕を素早く背後に差し伸ばし、引き金を引いた。装着している4基の全砲門はまっすぐ手の甲とその先に向いている。

ズドドゥ!!ドドゥ!ドドゥ!
バァン!

 背後で炸裂した砲撃によって髪や頬を爆風が撫でる。敵がものすごく近くにいた証拠だ。
 命中したのを感じ取ると川内はその身を捻って強引に左に飛び退いた。そして背後へ振り向くと、そこには右腕の前腕がなくなり、代わりに左腕前腕と思われる異様な物体で自身を狙おうとしている人型の深海棲艦が立っていた。
 ゆらりとその人型が左腕をあげる。するとのこりの3匹の深海棲艦はチャプンと海中に潜った。
「え、何!?」
 川内のその疑問に人型が答えるはずもなく、代わりに獰猛な雄叫びを挙げた。
「グゴアアアアアアアアア!!」
「くっ!?」
 その声は不快な轟音と言ったほうが正しく、耳にした瞬間心臓を押しつぶされそうになるほど身体が震える。川内がそう感じたことは、神通らもすでに感じていたことで彼女らもまた、川内と同様に耳を塞いでしゃがみこんで必死に耐えようとしている。

 その場にいた川内たち4人が耳を塞いで耐えていると、海中に消えた3匹がその姿を現した。それは、川内の真下からだった。

ザバァアアア
ドンッ!

「うあっ!!」

ビュル!ビュルル!


 真下からの体当たりに続き、別の個体による何かの放出。液体状の物が川内のバリアを突き抜け、魚雷発射管や制服に付着する。その直後、魚雷発射管はシューという異音を立てるやいなや爆発を起こした。

ボガンッ!!
「がっ!!」

 腰にとりつけていたために間近で受けた爆発に、川内は腰回りの制服がビリビリに破け、素肌に熱と痛みを同時に感じてのけぞる。
 海中から姿を出した3匹が、再び何かを発射してきた。海面に着水して水柱を発生させるものもあれば、再び川内近くまで襲ってくるのもある。
 川内は敵の次弾をよろけ倒れ込むように辛くもかわし、態勢を立て直すべく敵と反対方向に進む。
「神通ー! だ、大丈夫!?」
「せ、川内さんこそ……大丈夫ですか!?」
「ちょっと待って今そっち行く。」
 五十鈴と神通に心配される川内が速力を上げて進もうとすると、人型が再び動きを見せる。
 人型はしゃがみこむと突然ダッシュし、川内に向けてそのごつい前腕を突き出してきた。

「ガアアアアアア!!」

 しかし川内はサラリとかわす。
「はっ!なんなのその遅いパンチは。てか深海棲艦もパンチなんてするんだ~。艦娘になって素早さも動体視力もパワーアップしてるのよ。……なめんなよ!」
 かわしてから少し距離を詰めた川内は、人型に向かって近距離で右腕の4基全門の主砲を一気に発射した。

ドゥ!ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 盾にできる右腕前腕がないために、人型は川内の砲撃をモロに受ける。エネルギー弾は、黒々とテカリを持つ、しかしところどころ人間の肌に近い表面にビシビシズバズバと当たり、部分部分を焦がし穴を開ける。人型はグルルと唸り声じみた悲鳴をあげる。
「うりゃうりゃ! おーい、神通に五十鈴さんに夕立ちゃん! 攻撃するも逃げるも今だよ!後からきっと那珂さんたちが来てるはずだから、ここはあたしに任せてもらってもy

ズドッ

「ぐほっ……」
 川内は砲撃しながら意識と視線を少し離れた位置にいる神通たちによそ見をしたため、刹那気づかなかった。人型の左腕前腕が自身の胸~下腹部に迫っていたことを。
 一瞬のよそ見が命取りになった瞬間だった。
 ボディーブローどころの話ではなく、身体の前面の広範囲に強い衝撃を食らった川内は鈍い声を発した後、ボールが投げられるかのようにポーンと後ろに弾き飛ばされる。

ザバアァァン……
川内の意識は完全に途切れた。


--

「!!!」
「川内!?」
「川内さぁん!!?」
 神通たちが月明かりに照らされながら目の当たりにしたのは、人型からボディーブローばりの一撃を食らい弾き飛び、力なく海中に沈もうとする川内の姿だった。

カチン

 それを目にした神通は、何かが外れる感覚を覚えた。初めての感覚。これまでの人生で、感じたことのない水準の感情のうねり。
 五十鈴を支えていた腕を彼女から離し、一歩、また一歩と一人で前進した。そして振り向かずに言った。
「夕立さん、五十鈴さんをお願いします。」
 静かな口調にもかかわらず、溢れ出て止まらない激しい怒りを纏った神通の要請に、頼まれた夕立はどもり間抜けな返事しかできない。
「えっ、ぽ、っぽい!?」
「神通!?どうするの?」
 五十鈴がややヒステリック気味な声で問う。すると神通は強い語気で言い放った。
「川内さんを、助けるんです!! わ、私がやらないと、いけないんです!!」
 五十鈴は初めて見る神通の気迫と意志の強さの表れに息を飲んだ。夕立も同様だ。五十鈴が自身の側で肩を掴んで支えている夕立にチラリと視線を向けると、口を半開きにして目を軽く見開いていた。
 制止などできるはずがなく、五十鈴はただただ神通の後ろ姿を見送るしかなかった。自身の大破状態が悔しい。
「ねぇ夕立。もうすぐ那珂たち、本当に来るのね?」
「え? ええと、うーん。多分。あたし最初にせっこー?というので離れたからその後のことはわかんない。」

 すぐに来て欲しい。
 五十鈴は那珂を待ち望んだ。こんな状況では、自身のプライドを優先させるべきではない。素直に那珂に頼りたかった。

((那珂、早く来て。あなたの後輩二人が……。二人を助けて!))


--

「や、やあああああああーーーーー!!」
 左腕を伸ばして前進した神通は、恐怖を跳ね飛ばすべく、掛け声を上げた。実際は蚊の鳴くような声によるものだったが、本人的には十分すぎる効果だ。

ドゥ!ドゥ!

 神通は左腕の2基の主砲パーツから、砲撃を行った。移動しながらの神通の砲撃は人型の側を素通りして誰もいない海面に着水した。小さな水柱と波しぶきが起きるだけだ。
 命中はしなかったが気を引くのには成功した。人型は、脛付近を残してほとんど海中に没している川内ではなく、砲撃してきた神通に鋭い視線を向ける。神通は一瞬目を目をしっかりと合わせてしまった。
 とても人間のものとは思えぬ目の鋭さ。というよりそもそも人間としてはありえぬ目の形をしている。やはり人に似ただけの完全に別の生き物なのだろう。
 艤装の効果は多分切れている。それは最初に会敵したときに思い知った。吐き気と頭痛がしてくる気がする。正直1秒でも見ていたくない。あの時は思わず恥ずかしい叫びをしてしまった気がするが覚えていない。
 しかし、今はそんなネガティブな感情よりも怒りが勝っていた。睨みで深海棲艦が殺せるなら殺してやりたい。神通はおどろおどろしく禍々しい目をした人型に負けじと睨み続ける。
 やがて完全に敵意の向け先を変えたのか、人型は神通に向かって唸り声を上げた。

グゴアアアアアアアアア!!

 心臓がキュンと縮こまる。もし溜まっていたら粗相をしてしまいそうだ。下半身に力を入れ必死に耐える。そして再び左腕を目の高さにまで上げ、砲身に視線を添えて人型に向ける。
 今度は外さない。
 化物であろうがなんだろうが、致命傷に陥るのはきっと頭だろう。神通は自分でも驚くほど自然に、ヘッドショットをするという思考に至っていた。目の前にいるのは、化物だけれど人に似た個体。しかし、そこにいるのは人に似ていながら、人の理性などかけらも無い、人を襲う・船を襲う・町を襲う・人類の生活を脅かす許しがたい害獣だ。
 神通にとって、これからの狙撃にはその捉え方の順序が大事だった。
 狙いすましながら神通はなぜか懺悔するように告白した。
「ママ、ゴメンなさい。幸は神通として、人生で初めて人に似た生き物を撃ちます。でもこれは私が願って入った世界だから。大切なお友達を……守るためだから!」


 激しい波しぶきを巻き上げながら向かってくる人型。神通は静かに人型の眉間近くに狙いを定める。ズレてもズレても何度も照準を直す。己が動かないならば、どこを狙って撃とうがまったく問題ない。相手が動こうとも問題ない。その自信があった。

 後方から最も頼りたい聞き覚えのある声を聞き、そして左の遠くの方から艤装の点灯を見た気がする。しかしトリガースイッチを押す行為に全く影響はない。
 人型が自身の目前3mに迫った時、神通はトリガースイッチにあてがった親指を強く押し込んだ。
 出力サイズ小さく、しかしエネルギーを凝縮した弾が甲高い音とともに発射される。残り全ての弾薬エネルギーを込めんばかりの一撃を。
 その時、神通の同調率は初めて90%を超えた。

ドゥ!
ドッ……グモッ……パーーーン!!!

 まばゆいエネルギー弾の拡散とともに、目の前で何かが爆散した。
 勢いを殺せずもたれかかってきた人型の深海棲艦の巨体のため、神通は体当たりを食らった形になり後ろに吹っ飛ばされた。
「きゃっ!」
 その巨体に押し倒される形になった神通は勢いを利用して軽く身を捩ってどうにか巨体の倒れ込むコースから逃れる。月明かりに照らされて海面にバッシャーンと激しい波しぶきを立てて全身を浸す人型の姿があった。しかしその身体、首から先には、人(型)としてあるべきものがない。
 倒したことを脳がうっすらと認識して冷静さを取り戻す。そして気色悪い感覚があった顔や制服の胸元を手で拭って確認すると、ベットリと血がついていた。僅かな光でそれは黒っぽく粘着性の液体としてしか確認できなかったが、匂いと不快感で把握するのに十分だった。
 理解した瞬間、神通は勝利を実感する間もなく、足腰の力が抜け気を失った。完全に意識がシャットダウンする直前、もっとも聞き覚えがあり頼りにしたかった声が耳に辛うじて届いた。そのため神通は安心して気を失った。

 そして頭のない人型の深海棲艦だった物体は神通に駆け寄る艦娘たちの騒ぎの中、静かに左腕前腕に引っ張られるように沈んでいった。

戦術的勝利

 那珂たちは川内を追いかけて可能な限り速力を上げて急いだ。途中レーダーで確認させると、状況に変化があったことを理解した。
「そっか。無事合流できたみたいだね。あたしたちも急ご。」
 那珂達が進んでいると、砲撃の音が空気を震わせて伝わってきた。全員が全員、その意味を理解するが誰かまではわからない。そのため砲撃音を耳にするや否や速力をさらに上げた。

((待っててね、神通ちゃん、五十鈴ちゃん。早まらないでよ……川内ちゃん。))

 そして那珂たちは肉眼でも五十鈴と夕立の背中を確認できる距離までたどり着いた。しかしその隣および見える範囲の周りに神通も川内もいない。

「神通ちゃん!!五十鈴ちゃん!!」

 那珂がそう口にして五十鈴と夕立の背後にようやく迫ろうとしたとき、再び砲撃音が周囲に響き渡った。

ドゥ!

 その直後、くぐもった音が一瞬響こうとした後、鈍い音が混じった乾いた破裂音が発生した。

 駆けつけた那珂はその目の前の光景を目にした時、すべてを理解した。
 後輩がやってのけた。自身もその気を感じたことがあるだけに、同じ現象が起きた艦娘を感じることができるのだなぁとただ漠然と、しかしハッキリと感じた。
 艤装の真の力を発揮できたのだ。本人が気づいているのか、そして周りの人間が気づけたのか知る由もない。
 おめでとう、神通ちゃん。

 そう賞賛の言葉を心の中だけで喋って伝えた。
 それよりも、この現場で伺わなければいけないもう一つの事態があった。それは、もうひとりの後輩が見当たらないことだ。

 目の前の後輩の最大の危機が回避されたことを把握すると那珂はすぐに一人で飛び出し、駆け寄る。倒れ込んだ神通の身体をギリギリで触れることに成功し、自身よろけてがに股になりながら神通の身体を支え持つ。後輩の顔には血と思われる液体がベットリと付着していた。そして完全に脱力した後輩にささやきかけた。
「神通ちゃん? しっかりして!」
 腕や喉・頬を触ると温かく、胸に触れると鼓動もちゃんと確認できたことから、最悪の状態にはなっていないことに安堵した。神通はひとまずよいだろう。そう判断した那珂はすぐに次の心配が全面に表れた。
「不知火ちゃんたちは残り3匹の撃破を、夕立ちゃんと五十鈴ちゃんは川内ちゃんを探して!」
「了解(よ)!」
 切羽詰まった焦りの叫び声になりながら那珂はそう全員に指示を出した。

 那珂は神通を支えながら、戦況を確認した。残りは3匹。神通が倒した個体は一瞬しか目にしていないが、今までとは異なる姿の個体であろう。後で五十鈴に聞いておこう。
 那珂は力が抜けきって重くなった神通を背中に背負った。そして不知火たちの戦闘の邪魔にならないように移動し、五十鈴と夕立の方に向かう。

「……確かさっきまで主機のついた足首だけが浮いていたのに。」
「せーんだいさーーん!!どこー!? わからないっぽいぃ~~!!」
「五十鈴ちゃん、夕立ちゃん!」
 那珂が近寄ると、五十鈴は視線を海面に向けたまま言った。
「あぁ那珂。川内がどこにも見当たらないわ。確かこの辺だったのに。」
「まずいね。海中に沈んじゃったのなら、こんな夜の海で探すのは無理だよね。」
「急がないと……川内が死んでしまうわ!」

「川内ちゃんは一体どうしてどうなったの?夕立ちゃんとの合流は? 色々聞きたいけど……。」
「詳しいことは後で話すわ。今は川内の捜索が先決よ。」
「うん。そーだね。」
 那珂が相槌を打つと、五十鈴は再び海面に視線を戻して辺りを行ったり来たりし始めた。那珂は神通を背負っているがために行動が制限されていた。そのため、辺りに呼びかけるくらいしかできない。
「川内ちゃあああーーん! ……そだ!通信で呼びかければいいんだ!」

 那珂の思いつきに五十鈴と夕立はハッとする。三人は一旦集まり、早速通信アプリを起動した。
 川内は確かに対象者として検知された。まだ希望はある。那珂はスマートウォッチの画面上のボタンを勢い良くタッチした。
 コール音が何度も鳴る。しかしいっこうに相手は出ない。那珂たちの脳裏に最悪の事態がよぎる。


--

 那珂たちが寄り添って通信を待っていると、南西の方角から探照灯が差し、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「神奈川第一、旗艦霧島の艦隊、支援のため参上しました!那珂さんー? 応答願います!」
「あ! 霧島さーーん!こっち!こっちです!」
 那珂はスマートウォッチの画面の点灯を利用して居場所を知らせた。

 那珂は霧島が来ると簡単に状況を伝えた。すると霧島は残りの3匹の撃破を支援するよう那智、足柄に指示して行かせた。残る暁、雷、電には川内の捜索に協力するよう言い渡す。
「暁がうちの高性能レーダーを持っているから、それで捜索しやすくなるはずよ。暁、頼むわね?」
「ま、任せて! 待っててね川内。あたしが……絶対見つけてあげるんだからね!」
「暁さんお願い! 川内ちゃんを絶対見つけて!」
 那珂は暁に悲痛な声で頼み込む。暁はコクリと頷き、レーダーの出力を切り替えて辺りを探り出した。

「反応あったわ。330度の方向にここから20m、水深約30mね。深海棲艦だったら赤の色、これは青だからそれ以外、つまり艤装装着者よね。」
 暁が顔を上げて那珂そして霧島など周りを見渡す。
「ありがと! 夕立ちゃん、五十鈴ちゃん、神通ちゃんをお願いね。」
「え、ちょ!? 何するのよ?」五十鈴は声を若干裏返して聞き返す。
「ちょっと潜ってくる!後のことはてきとーにお願いね!夕立ちゃんは引き続き川内ちゃんに通信しておいてね!」
 那珂はその後の五十鈴たちの戸惑いの声を一切無視し、川内が沈んだポイントに急いだ。

「一旦同調を切ろう。」
 誰へともなしにつぶやき、呼吸を大きく整えた後、コアユニットに念じて電源を落とした。

サブン!

 途端に那美恵は足先から海中にまっすぐ没した。
「ちょ! あのおバカ!!」
 離れたところで見ていた五十鈴は那珂の突然の行為に慌てふためく。それなりに那珂の行動を見慣れている五十鈴でさえ驚くほかないのだ。霧島たち神奈川第一の艦娘たちの驚き方は五十鈴らの度合いを凌駕して溢れ出るほどだった。

 艦娘は基本的には海上に浮かび、活動する存在だ。潜水艦の艦娘なら海中を自由に動けるが、那美恵はそうではない。
 そのため海中を探索するには、下手に浮力と推進力を発動させる那珂の艤装は邪魔なのだ。
 沈むために一度ただの光主那美恵に戻った。つま先から頭の天辺まで一気に海水に浸る。それも夜の海。視界は暗い。見づらいというレベルではなく、そもそも自分の近く10cm程度先ですら見えない。
 しかしこんな時探照灯は便利だ。いわゆる普通のサーチライト。同調していなくても使えるし、完全耐水だから海中でも使える。那美恵は探照灯を付け、先を照らしながら頭から沈むように海底へと泳いでいった。

 那美恵は必死に川内を探す。探照灯を付近に向けて差し、他に沈む物体がないか必死にキョロキョロする。海水で目を痛めぬよう細目にしているがそれでも痛む。しかしそんな自身のことを気にする余裕はない。自分の些細な痛みよりも川内だ。
 ある一点へ向けて差した時、那美恵は遂に見つけた。
 川内は頭を先にし、海底に向け30~40度の角度で斜めになって沈んでいた。
((川内ちゃん、やっと見つけたよ。))
 那美恵は足をバタバタと動かし潜る速度を速める。そして、ようやく自身の手が川内の足に装備されている主機の一部を掴んだ。
 グッと引き寄せるように川内の足を引っ張る。自身の顔が川内の膝付近を通り過ぎ、腰の魚雷発射管を過ぎる。そしてやっと川内と対面した。制服は破け腹が出ている。片方の魚雷発射管は接続部の金属片を残して消えている。そして完全に気を失っていることだけは想像するまでもなく現実として理解できた。

((よし、ここで足を海底に向けて同調すれば、後は勝手に浮上できるってすんぽーだよね!))
 那珂は川内の胴体を掴み取っ掛かりにして方向転換する。合わせて川内の身体を水平に近づけ、抱え直した。
 安心した途端、息を吐いてしまった。海水が口内に流れ込みゴボゴボと咳き込む。気絶する数歩手前。気を強く保ち、慌てて同調する。そして潜水艦が急速浮上するようなイメージをし、主機に念じた。
 那珂となったその身体と川内の身体は人工的な浮力により一気に浮上していく。

 しかし意識が遠のき、川内を掴む腕の力が弱まる。これはまずいと感じ頭をブンブンと振るが意味がなかった。この際海水飲んでしまおうかとバカな事が頭をよぎるが、それで酸素を得られるわけでもなくただ苦しみが増すだけだ。今はとにかく早く浮上するのみだ。
 せめて気づかれやすいように、探照灯を浮上する真上に掲げた。これで海上にいる五十鈴達が気づいてくれれば。仮に自分が気を失っても、なんとかなる。

 海面まであと少しというところで、突然プツリと意識が途切れて那珂は力尽きてしまった。その後同調だけはほんの数秒効果が残ったままの那珂の身体は浮上し続ける。
 那珂の、川内を抱きしめる腕だけはしっかりと川内の身体に巻き付いていた。


--

「……か! 那珂!!」
「那珂さん? しっかりなさい!」
「那珂さぁ~~ん!起きて~! 二人とも無事っぽい~!」
 五十鈴の声が聞こえた。次に霧島。そして夕立の素っ頓狂だか心配げな声。その他にも聞き覚えのある声が耳から入ってくる。
「那珂さん!」
「那珂……さん!」
 もっとも聞きたかった声が聞こえた瞬間、那珂は完全に意識を取り戻した。

「……あはっふぅう!!」
那珂は五十鈴と霧島に抱きかかえられていた。周りには鎮守府Aの艦娘と、神奈川第一の艦娘が勢揃いしていた。さらに辺りを見回すと、そこは相も変わらず夜の海上だった。
「なんなのよその変な呼吸は。」
 目覚めて早々、五十鈴のツッコミが入る。
 OK、自分は生きてる。那珂は実感した。

「え……と、あたしもしかして気を失ってた?」
「えぇそうよ。片腕で川内を抱きかかえて、もう片方の手は探照灯握りしめてプッカ~~っと浮かんできたわ。まったく、余計な心配かけさせないでよね!!」
「うひぃ……ゴメンね五十鈴ちゃん。助けに来たつもりなのに、逆に助けられちゃった。那珂ちゃんウッカリ、てへ!」
 そう言いながら那珂は自身の額をげんこつで力なくあてがう。五十鈴は那珂の背中を支えている腕をグッと力を入れて那珂の姿勢を上げて言った。
「ホラ、あんたが助けた二人よ。ちゃんとお互いお礼言いなさい。」
 そう言って五十鈴は視線をある方向に顔ごと移す。那珂が釣られて視線を向けると、そこにはボロボロになった川内と神通が中腰の姿勢で自身を覗き込むように見ていた。

「川内ちゃん、神通ちゃん。だいじょーぶ?」
「アハハ、はい。すみませんね、那珂さん。あたしが先走ったせいで。ゲホゲホ。アハハ、しゃべると腹かどこかが痛いんですよね~。アハアハいてぇいてぇ。」
「川内ちゃん~気をつけてよね。戻ったら病院行きましょ。」
「アハハ。はい。そんときはきっと三人揃ってですよね~。」
 川内の返しにやや苦笑で応対する那珂だった。

「那珂さん。」
 神通は那珂にまっすぐ視線を送っていた。何かを求めているような、那珂はその視線のため、呼吸を整えて言葉を選び、そして言った。
「助けに来たよ、神通ちゃん。」
「はい。」
「って言っても、どーやら神通ちゃん自身で敵の親玉倒したみたいだね。」
「こ、怖かった、です。必死でした。無我夢中でしたので、やれました。」
 両腕で自身の体を掴むように手を回して震えながら神通は口にした。那珂はそれを見て優しく褒めた。
「今回のMVPは神通ちゃんかな。うん、よく頑張りました。」
 那珂が褒めると神通は俯いて照れを全面に表していた。それを見て鎮守府Aの面々はパチパチを柔らかい拍手を送る。

 それを見ていた霧島は異なる音を立てて手を叩き注目を集めて言った。
「どうやらそちらの目的は果たせたようね。詳しい話は館山基地に戻ってからしましょう。」
「「「はい!」」」
 那珂たち3人、そしてその場にいた艦娘らは声を揃えて返事をし、帰路についた。

帰投

 帰路につく道中、神通は不知火や時雨たちと、川内は神奈川第一の暁や雷と、そして那珂は五十鈴と雑談していた。

「そっか。そんなことがあったんだ。」
「えぇ。今日は朝から色々ありすぎて疲れたわ。」
「ところでさ、五十鈴ちゃんたちが出会った深海棲艦のことなんだけど聞いていい?」
 那珂が一番気になっていた話題のためのワードに触れると、五十鈴は軽くため息を吐いて姿勢を正した。五十鈴の空気が変わったことに那珂は気づいて、先程までより声を密やかにする。
「あたしは直接見られなかったんだけど、一体どういうやつら?」
 五十鈴はゴクリと喉を鳴らしてからゆっくりと口を開いた。
「あいつは……危険よ。普段私達って深海棲艦と遭遇したときに、たとえ生理的な不快感を感じたとしてもすぐに消えるわよね。」
「うん。初めての戦闘ではちょっとだけ時間かかったけど。」
「あいつは、その不快さが洗い流される感覚が中々発生しなかったの。神通は間近でやつの唸りというか咆哮を受けて泣きじゃくっていたもの。私だって離れたところからその声を聞いて震えたわ。正直まともに視界に収めるなんてできなかった。夕立なんて、あの暗視能力で一瞬でも視界に入れると目が痛くなるらしくて、猛烈に嫌がって私達を置いて逃げるほどだったわ。あんなやつ……初めて。よく逃げ延びてあんたたちに合流できたなって、神様仏様に感謝の祈りを捧げたいくらいだもの。」
「ハハ……大げさだなぁ五十鈴ちゃん。」
 那珂は軽口を叩くが、五十鈴の恐怖にまみれと鬼気迫る説明のために、その茶化しは力ないものだった。五十鈴からの普段の鋭いツッコミが来ないことに那珂はさすがに心境を察し気の毒に感じ、五十鈴の背中をさすって慰めた。

「前に川内ちゃんが出会ったっていう人型?」
「わからないわよそんなの。後で川内に聞いてみたら?」
「そっか。うん。それにしても神通ちゃんってば、そんなやつをよく倒せたねぇ。もしかしていざというときは一番度胸あったりするかも?」
「仕方ないわよ。あのときは川内がやられたからね。大事な同期が……目の前で。そう考えたらその時の彼女の気持ち、ものすごくわかるわ。」
「うん。あたしだって同じ局面だったら、ブチ切れちゃうよ。」
 那珂の発言に五十鈴はコクリと頷く。

「あぁもう!どうせこの後妙高さんたちに報告しなければいけないんでしょうし、それまではあなたとおバカな話でもさせてよ。そうすれば今私が生きてるって実感得られるわ。」
「アハハ。な~にそれ? お疲れ様。それじゃ~あたしのオススメのアーティストやアイドル話をば。」
「いいわね~。あんたの趣味の話あんまり聞いたことなかったからどんと来なさい。」

 珍しく自身のネタ振りに好意的な五十鈴を目の当たりにして那珂は気分が良くなる。その後の那珂が切り込んで提供した話題に、五十鈴はこれまでの恐怖と緊張から解放されたためか、満面の笑みを浮かべて那珂に合間合間でツッコミを入れて帰還までの海上のおしゃべりを楽しんだ。


--

 一部始終を見ていた夕立が興奮しながら皆に明かしたため、神通は鎮守府Aの駆逐艦全員から熱い尊敬の眼差しを集めていた。特に熱視線を向けていたのは不知火だ。彼女にしては珍しく、普段の倍の口数という饒舌っぷりで神通を褒め称えていた。
「やっぱり神通さんは、私の見立て通り、の人です。やればできるんです。」
「ほんっと、すんごくかっこよかったっぽい!川内さんのジャンプキックもすごかったけど!神通さんのほーがもっとかっこよかった!」
「川内さん贔屓なゆうが興奮するくらいなんだから、神通さん相当だったんですね。僕も見たかったな……。」
「那珂さんが万能、川内さんがゲーム知識で破天荒、神通さんが狙撃手ねぇ~。うちの鎮守府の川内型ってもしかして、変わり種で最強なんじゃないかしら~?」
 時雨がひたすらにうらやましがり、村雨がまとめる。
 神通は何度も褒めちぎられて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり、しまいには涙目になっていた。今が夜でよかったと心から安堵するのだった。

「それにしても、不知火さん、すごく嬉しそうだね。」
「そうねぇ。後輩を温かく見守ってるというのとも違うし。」
「ぬいぬい、おもろ~!」
「う……だって……別に、いいじゃないです、か!」
 普段茶化されることのないため、不知火は珍しく取り乱す様を時雨たちに晒した。そのやり取りに神通はクスリと笑みを溢す。不知火は一瞬神通を見て泣きそうな顔になったが、神通の笑顔を見てすぐに泣き顔を、つられた笑みで上書きした。そのため、不知火の一瞬の泣き顔を見たのは神通だけだった。


--

 川内は、神奈川第一の暁たちと並走していた。おしゃべりの主なリーダーは川内だ。川内のおしゃべりの主な矛先は、唯一面識もふれあいもある暁。しかし雷と電にも視線と口先を向けてまんべんなく伝える。三人は川内の話をキャッキャと笑顔で聞いていた。
「でさぁ、あたしはこうやって……うわぁ!」
ドボン
「……飛び蹴りして人型の深海棲艦の片腕を破壊したのよ。」
 途中で再現アクションをしようとして大勢を崩し全身を海中に沈めるも、照れ笑いしながら立ち上がり、おしゃべりを再開する。

「すごいわね~。川内ってば。飛び蹴りなんてそんなことうちの川内さんだったらありえないわ。ねぇ、雷、電?」
「えぇそうね。いつもそんなことしてるの?」
「はわわ~、深海棲艦に向かってよくそんなことできますね~。」
 手と頭をブンブンと振って全力で否定する川内。普段なら遠慮なく自信たっぷりに自分を誇示するところだが、さすがに他鎮守府の艦娘が相手だと、その話運びに遠慮が混じる。
「いいや、今回初めてだよ。あのときゃ無我夢中だったしね。それにあたし、今月初めに基本訓練終えたばっかのド新人ですわ先輩方。」
「アハハ。新人でもこうやってすぐに任務出してもらえるのっていいわね。羨ましいわ。」
「うん。うちなんて、新人から数回は鎮守府周辺の警備しかやらせてもらえないもんね……。」
 雷が笑いながら、そして電も例を交えながらその流れに乗る。

「ね、ね! そっちの司令官はなんていう人?」
 雷が話題を変えて質問した。身を乗り出して川内に寄り添いはしゃいでいる。
「司令官って提督のこと? 名前は西脇栄馬。男の人。年齢は……何歳って言ってたっけなぁ~。確か30代前半。」
「へぇ~。若いわね。」
「そうだね~。」
雷と電が相槌を打ちあう。すると暁もノって尋ね始める。
「ふーん。その西脇提督ってどういう人? かっこいい?」
「どーいう人って言われてもなぁ。まだ入って1ヶ月だからそんなには。あ、でも同じ趣味だし、気が合うのは確かかな。」

「気が合うねぇ~~。それってラブ?それともライクなのかしら?」
「え、なんでそんなこと。き、キクノヨ?」
 雷が川内の言い回しに掘り下げようとする。傍では暁が顔を赤らめている。川内はややぎこちなく反応した。
「え~、だって気になるってそーいうことじゃないの?ねぇ暁、電?」
 暁は顔を真赤にしたままゆっくりと頷き、電もやや頬を赤らめながらコクコクと連続で頷く。

 川内は顔を赤らめている暁・電につられて赤面しながら、やや口調を遅くしながら答えた。
「う~、それ言わなきゃダメ?」
「いいじゃんいいじゃん!聞かせてよぉ~!恋バナ!聞かせて聞かせて!」
 一番ノリノリで川内に詰め寄る雷。川内はたじろながら口を開く。
「どっちかっていうと(まだ)ライクだよ。だって大して西脇さんのこと知らないし、なんとも言えないよ。それに……(好きっていのは従兄弟の兄ちゃんみたいに思えて好きっていう意味であって)モゴモゴ……」
 川内のセリフの最後のほうは暁たちには聞き取られなかった。さすがの川内も、本当の思いに通ずるところは守りを利かせるくらいには意識があった。
 雷たちは聞き取れたセリフの範囲まででもって再び沸き立って川内に問い詰め始める。
「あ~~~、うるさい! そんなに西脇さんが気になるなら見に来ればいいでしょ~!」
 照れくささやら面倒臭さで頭がいっぱいになった川内はピシャリと言い放った。
「アハハ。川内ってば照れちゃって~~。」とあくまで茶化す姿勢オンリーの暁。
「じゃあそうさせてもらうわ。ね、暁? 電?」
 雷は笑いをこらえきれずに口の端がにやけている。
「用のないのによその鎮守府行ってもいいのかなぁ……。」
 電は赤面が収まってはいるが、オドオドした雰囲気で心配を口にする。
 そんな好奇心の塊な友人たちをまとめたのは暁だった。
「そだ! それじゃあ今度演習試合しましょ。それなら堂々とそっちの鎮守府にも行けるし、川内たちもうちに来れるわ。」
「演習試合?」川内が反芻して尋ねる。
「そうよ。うちとそっち、どちらの艦隊が強くて大人なのか、練度を確かめ合うのよ。」
「お~~!面白そう!」と川内。
「でしょ? これならそっちの司令官を見させてもらう大義名分ができるわ。どうかしら?なかなか大人なアイデアでしょ?」
「えぇ、いいわね!暁ってばさすがぁ!」「はいなのですー!」
 暁のアイデアに雷と電はカラッと元気いっぱいな掛け声を揃えて返事をする。暁がややふんぞり返って自慢げな表情を浮かべていると、川内が話題を再開した。


--

「それよりもさ、そっちのことも教えてよ。」
「「「うち?」」」
 暁・雷・電はハモって聞き返す。それが村瀬提督だということは数秒遅れて理解に至る。三人が顔を見合わせていると、川内は先に感じていたことを語り始めた。

「そっちの村瀬提督。あたし最初はさ、落ち着いてて物腰穏やかそうないいおっさんって思ってたんだ。けど……今思い出しただけでもイライラする。何あのあたしに対する態度。責任だ管理だってアッサリした態度。なんつうのかなぁ、事務的というかあまり優しさを感じないつうか。とにかくあの人キライ。」
 川内の隠さない吐露を聞いて暁たちはそれまでの明るい雰囲気を消し、これまでとは違う意味で顔を見合わせている。
「そ、そんなふうに嫌わないであげてよ。」
「そう……よ。パパ司令官はいつだって私達のことを考えてくれてるのよ。」
 戸惑いながら暁が口火を切ると、雷が続いた。電はコクコクと無言で頷いている。
「はぁ!? あんなよくわからん責任なすりつけあいの運用させといて艦娘のこと考えてるって? 何言ってんの?」
 やや恫喝気味に川内が言うと、暁たちは川内の雰囲気が急に変化したため、三人寄り添ってオドオドし始める。
「お、怒らないでよぉ~。」
「怒ってない! てかその返しキライだからやめてね。」

「え…あ、うん? ええとね、提督だって、別にあたしたちのことが憎かったり信用できないからやってるわけじゃなくてね?」
「パパ司令官は、厳しいときもあるけど私達艦娘のこと一人ひとりに実は目を配っていて優しいのです。」
 そういう雷と電の言葉に割り込んだのは、先頭からいつのまにか後退して近寄ってきていた戦艦霧島だった。
「なんだか面白そうな話をしているわね。私も混ざってよいかしら?」

「え……と?」川内は急に大人に話しかけられて戸惑う。
「あなたが千葉第二の川内担当ね。私は戦艦霧島担当の○○よ。よろしくね。」
 丁寧に挨拶をされたので川内はやや怪訝な顔をしながらも挨拶をしかえした。暁たちは急にピシッと揃いだし、霧島にその場を譲るためわずかに速度を落とし、川内の半歩後ろに位置取る。


--

「うちの運用と提督、気に入らないところあると思うけど、大目に見てくれないかしら?」
「え、あーうー……。」
「別にかしこまらないでいいわよ。さっきまでのあなたらしく振る舞ってもらって結構だから。」
「はぁ。」
 それでも氷解しない川内の緊張の高まりっぷりに霧島はクスリと笑みを浮かべ、口を開いた。
「あなたのことは提督と鹿島から聞いてるわ。あなた、うちの提督に食って掛かったそうね。驚いたって提督言ってたけれど、見どころはありそうだとも言ってちょっと気に入っていたわよ。」
「は、はぁ!? 何言ってるんですか!! そっちの提督に気に入られたって……。それにそっちのわけわからん運用、あたしは好かないんですよ。」

「私はその場にいなかったからあまり適切に言えるかどうかわからないけど、昨日のその打ち合わせの報告内容を見させてもらった限りでは、あなたにはうちの運用は効果てきめんと言えるわね。提督と鹿島の評価に私も納得したわ。」
「へ。わっけわからん。どーとでも言ってもらっていいですけど、あたしは、自分がしでかしたことは自分で責任取りたいだけです。逆に他人の責任を取らされるのだって嫌だ。ゲームでもそうですよ。プレイしていてミスしたことはあたしのミスであって、まわりがとやかく騒いでほしくない。あたしはプレイに集中したいんだから。」
 川内が昨日のことを思い返してイライラしながら口走ると、霧島はそれを見てなぜか含み笑いをしている。
「ウフフ。」
「ムッカ。何笑ってるんですか?」
 川内は大人である霧島に対して苛立ちを隠さない。霧島はそんな川内の悪態を受け流して言った。
「あなた、昨日は悔しかったでしょ?」
「え、はい。そりゃーもちろん。それがなにか?」
 ぶっきらぼうに言い返すと、川内は霧島に優しく諭された。
「あなたのような真っ正直な娘には効果的なのよね。これでもし、責任ない?だったらラッキー!っていう感じだったら、少なくとも提督からはもっと手厳しい応対をされていたでしょうね。けどあなたは何くそと、歯向かう意思を見せた。だから提督も鹿島も気に入ったのだと思うわ。あなただったら、うちでもやっていけそうね。うちでもっと強くなってみない?」
 霧島のセリフに川内は頭をかしげ、最後の言葉にのみ反応した。
「引き抜きならお断りですよ。あたし学校もありますし、なみえさんやさっちゃんと離れる気はサラサラないっすから。」

「……まぁいいでしょう。ついでだから、もうちょっとうちの提督について教えておくわね。」
「……。」
 川内の沈黙を承諾と捉えた霧島は再び語り始めた。
「提督の考えは運用のあらゆる要素に及んでいるわ。提督は神奈川第一鎮守府の運用の全てを着任初期から一人で考え決めてきたそうなの。彼はそれまで陸上自衛隊に所属していたらしくてね。その時の経験や反省を今のうちの艦娘制度への取り組みに活かしているそうなの。もちろん初期艦の艦娘はいたし彼女は秘書艦として大いに手伝ったそうだけど、基本的には提督のお考えの下なの。」
「はぁ……。」
 川内は曖昧な相槌を打つ。正直よその提督には興味がなかった。ただでさえ印象が悪かったのだ。興味が持てない。しかしそう正直に言える隙を霧島は与えてくれない。
「提督はね、私達艦娘に、上長におんぶに抱っこで楽をさせたいわけでも、無理に厳しくさせようとしているのではないの。私だって最初は厳しい訓練、不条理と思える運用に文句を言って反発したこともあったわ。それまでは本当に一般人だったもの。けれど、提督が陸上自衛隊の二佐まで行った経験者だって明かされて、艦娘になった私達一般人に、身を守れるだけの術を本気で教えてくれている、そう気づいたわ。そうしたらそれまでの厳しさや運用規則の厳格な整然さに納得できたの。本気であの方は私たちに勝って生き残る術を教えてくれている。最近では教育の過程で提督の経歴なんて明かさなくなったけれど、先輩艦娘から伝え聞かされて、うちの艦娘なら新人であっても、納得して厳しい訓練や教育に臨むわ。その途中で耐えられなくて脱落する人も多いことは事実だけれどね。」

 霧島が語る提督の話に、興味が持てなかったのは確かだが、ふと、自分のところの西脇提督だったら。そう頭に考えが浮かぶと、途端に気になり始めた。
 それを察してか否か、霧島はドンピシャな質問を投げかけてきた。
「そちらの提督のこと、窺ってもいいかしら?」
 心でも読んだのかと川内はドキリと跳ね上がりアタフタしながら反応する。
「え、あう……え? うちの西脇提督ですか?」
 霧島は声には出さずに頷くだけで返した。川内は思案するために数秒沈黙し、そして口を開いた。
「一言で言えば、良いお兄ちゃんですかね。」
「お兄ちゃん?」
 間違ってはいない。あくまで自身の感じ方だから。しかしひどく間抜けで個人的な返しだと思ったが、霧島らの反応を気にせず川内は続ける。

「趣味が合うしなんか一緒に居て安心するっていうですかね。まぁお兄ちゃんって感じ。個人的な事以外では、入ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないあたしが提督のことあれこれ言うのもなんですけど、そっちの提督みたいに自衛隊の人じゃなくてふつーの会社員ですよ。だから艦娘の訓練とか教育なんて、指導されたことない。あの人から指示されたのは基本訓練しかないです。普通の訓練になったら、ぜーんぶあたしたちが決めていいって。」
 兄っぽいが本当の思いの部分、その先は言わなかった。従兄弟に影を重ねているなんて、自身漠然と、直感的にしていたためだし、どう表現したらよいかわからない。そもそもそんな思いを他人に細かく言う必要はないだろう。川内は一歩だけ踏みとどまっていた。

 黙って聞き続ける霧島や暁達。霧島が先に口を開いて感想を述べた。
「そう。なかなかおもしろそうな人ね。普通なら管理者である提督つまり支局長が決まりごと作って艦娘たちに指導するのよ。それをしないってことは、最低限の責務を怠っているように思えるんだけど、艦娘制度に関わっているのに、やる気がない、何もできない人ってことでいいのかしら?」

 その言い方に、川内はカチンときて瞬時に突っかかった。
「は? なんすかそれ。うちの人のこと馬鹿にしてるの?」
「気に触ったなら謝るわ。私的に艦娘に任せてるっていうのが気になったのよ。質問を変えるわね。そちらの提督は艦娘のために何か特別なことをなさってたりするかしら? またはそれに対してあなたがどう心がけているのかよかったら教えてちょうだい。」
「え、うーん……。」
 川内は改めて問いただされて途端に口ごもった。基本的に提督や明石らと接することは那珂や神通らに任せていたため、思い出そうにも浮かばないのでそもそもその行動の意味がない。
 川内が中々答えを言わないのを見て、霧島は軽く溜息に満たぬ呼吸を吐いて言った。
「まだ艦娘になって間もないそうだから、答えはいつか聞かせてくれればいいわ。あなたはもっと勉強することも、提督とのお付き合いもしたほうがいいでしょうし。自信を持って鎮守府のために活躍した、提督の仕事を助けたと言えるようになったその時に……ね。よい答えを期待しているわ。」

 釈然としない。村瀬提督にも苛ついたが、この霧島の達観した感じもいけ好かない。
 しかし彼女らが語る自分の鎮守府の提督(司令官)像のなんと信頼されていることか。川内はそれが羨ましく感じた。


--

 川内は自分に問いかけた。

 自分だったら?
 経験がなさすぎて思い浮かばない。訓練の指導を神通に取られたりと、重要そうな役どころをしてない自分を呪った。自分としては積極的に取り組んでいるはずなのに、どうも那珂や神通に置いてけぼりを食らいつつある気がする。
 やはり今の姿勢で艦娘の活動に臨んでいてはダメだ。
 どうしたらあの集団の中で目立つことができるか。提督の目に留まることができるか。趣味でならあの人のハートなんざいくらでもゲットできる自信はある。しかしそうではない。それではダメなのだ。さすがにそれくらいの違いはわかるし、艦娘と遊びを混同したら、那珂に叱られそうな気がする。
 艦娘の仕事として、何かとにかく目立って役に立って喜んでもらわなければ。

 かたや元自衛隊員、かたやIT企業の会社員。西脇提督がどうあがいてもあの苛つく村瀬提督に勝てそうにないのは素人の自分でもわかる。提督自身がそれをわかった上で自分たちに運用を任せようとしているならば、なお一層彼の目に留まるようしなくてはいけない。彼を助けてあげないといけない。
 だが何をしたらいいのかわからない。
 川内は決意を胸にしようとするが、堂々巡りな思考に陥る。
 こういうときは大人しく先輩に頼ろう。自分一人では何も出来なくても、二人ないし三人ならば何かできる。着任式の時言っていたじゃないか。あの鎮守府の(裏の)顔になってやろうと。

 思考を張り巡らせる間、川内は霧島が離れていったのに気づかず、また暁達が近寄ってきて話しかけてきたのにも気づかなかった。驚異的な集中力というわけではなく単に思いにふけってぼーっとしているだけだ。
 そしてチラリと後ろを見た。その視線の先には、鎮守府Aの面々がいる。自分が神奈川第一鎮守府の艦娘たちと一緒にいるからではあるが、なんとなく距離感を感じた。
 いつもならば子犬のように無条件に寄り添って慕ってくる夕立がこの日この時間ばかりは神通から片時も離れようとしないでいることが、川内の心に一番チクリと刺さって止まない。
 嫉妬や焦りによる感情のうねりが川内を苦しめるが、彼女自身はまだ明確な解決を望めない状態だった。


--

 今回、神通と五十鈴が寄港途中で深海棲艦に襲撃された事件は、海自や海保としてもこれから哨戒を引き継いで取り掛かるという運用の境目にあたるバッドタイミングであった。
 当事者である神通と五十鈴は基地に到着後、館山基地の司令部、海上保安部館山分室の駐在の署員らが集まった場で報告を小一時間ほどみっちりすることになった。二人のため、妙高と村瀬提督が同席、ビデオ電話で西脇提督、神奈川第一の秘書艦も参加した。

 一方で那珂たちは艤装のメンテナンスを明石たちに頼んだ後、自身らは基地の衛生管理施設で簡単な診察を受けるなどして時間を費やした。再び那珂たちと神通たちが会えたのは、21時を過ぎてからだった。
 なお、彼女らの状態は次のようになっていた。

 那珂 = 小破
 五十鈴= 大破
 川内 = 大破
 神通 = 中破

 五十鈴と川内はもはや誰が見ても明らかである。那珂は潜水した時に艤装の一部に浸水があったゆえ、そして観艦式のときに実は別の一部が故障を起こしていたがゆえであった。神通は那珂たちと合流するまでに五十鈴をかばって被弾していたがゆえの状態だった。
 駆逐艦らは残っていた個体の撃破のため奮戦したとはいえ、小破以下の軽微な損傷で済んでいた。


--

 先に用事が終わった那珂たちは合流予定の会議室で神通たちを待っていた。
「あの二人、本当にこっちに泊まるんですかね?」
「さすがに泊まるでしょ。今から鎮守府に帰れなんて鬼ですよ鬼。」
「アハハ……ケホケホ。そりゃ確かに。」

 那珂と川内が話していると、会議室の戸が開き、件の人物らが姿を現した。
「お待たせ。」
「お待たせ……致しました。」
 五十鈴が扉を開け、神通が続き五十鈴の隣に立ち、そして村瀬提督らを先に入らせてようやく全員が会議室に入室した。

 合流場所の会議室には那珂たち鎮守府Aのメンツの他、神奈川第一の村瀬提督、鹿島、そして支援艦隊の旗艦だった霧島の三人の顔があった。
 村瀬提督は妙高に向かって伝えた。
「今回、二度の緊急事態を踏まえて、深夜の哨戒を海自・海保と共同ですることになりました。艦娘はうちから出すので、あなた方はゆっくり休んでいただきたい。」
「ありがとうございます。お礼は西脇の方から改めてさせていただきます。」
「いえいえ、お気になさらずに。それにしても……そちらの三名は大丈夫かな?」
「えぇ。五十鈴と神通は我々が泊まっている宿に話がついたので連れて帰ります。」
「あぁいや。そのこともそうなのですが……その……。」
 珍しく村瀬提督が歯切れ悪く言いよどむ。左後ろにいた鹿島に視線を送ると、代わりにとばかりに鹿島が言った。
「制服ボロボロですし、お着替えは大丈夫なのでしょうか、と。」

 神通と五十鈴は自分の胸元や腰回りを見てみる。
「きゃあ!」
「!!!」
 二人揃って小さな悲鳴を上げてしゃがみ込む。そんな神通たちを見て那珂は茶化しの魂が疼いた。

「ふったりとも気が付かなかったの~~?あたしなんか一緒に帰る途中で気づいてたよぉ~。」
「だったらその時言いなさいよ! この格好でさっきの報告会に出ちゃったじゃないの! 妙高さんも妙高さんですよ……なんでおっしゃってくださらなかったんですかぁ……。」
 五十鈴が半泣き声で訴えかけると、妙高は頬に手を当てて疑問を感じていない口調で平然と言った。
「ゴメンなさいね。よく五月雨ちゃんたちがボロボロの恰好で提督に報告なさってたの目にしてたから、つい気にしていませんでした。」
「私としてもさすがによその艦娘のあられもない姿を指摘するのは忍びなくてね……。」
 アハハウフフと二人の提督(代理)は苦々しく笑ってごまかす。
 艦娘たちもつられて笑い出し、その場は和やかな空気に包まれる。

「んふふ~~。それじゃー五十鈴ちゃんにはあたしの服貸しちゃおうかな~~~いくらにしよっかなぁ~~?」
「ありがt……って、金とるつもり!? それにあんたの服じゃ……返す時一部伸びちゃうから申し訳ないわ。もし借りるなら川内の服ね。」
「?……!! うあああぁぁん! 五十鈴ちゃんの意地悪ぅ~!」
 ニタリと不敵な笑みを最後に浮かべる五十鈴。瞬時に意味を理解した那珂は顔を真赤にして五十鈴に半泣きでツッコミ返す。一方でいきなり話題に巻き込まれた川内は一人ポカンとしている。
「は? え?どーいうこと?」
「お三方の胸囲の格差社会だと思いますよ。」
 傍にいた村雨が自身や川内の胸を指差しながら暗に教えた。川内はようやく理解をして苦笑する。
「ハハ……五十鈴さんもたまにはああいうこと言うのね。那珂さんをやり込めるなんてさっすがだわ。」

「ウフフ。うちは艦娘用の予備の服や下着を持ってきているので、よろしければいかがですか?サイズいくつか用意していますし、必要な分持っていってかまいませんよ。」
 当事者の様子を遠巻きに眺めていた鹿島はそう言って五十鈴と神通に近寄り二人の肩に手を置いて優しく微笑む。

「何から何までありがとうございます。せっかくだからいただいたら?」
 そう言って妙高が先に頭を下げ、神通と五十鈴に合図する。二人は顔を見合わせ、気恥ずかしさを感じながらも、好意に甘えることにし返事をする。
 そして神通と五十鈴は着替えをもらいに鹿島に連れられ、一旦会議室を後にした。しばらくして戻ってきた二人を連れ、那珂たちはようやく宿に戻ることができた。


--

 宿に戻った那珂たちはようやく訪れたくつろぎタイムに、だらしなく畳に横たわって早速堪能し始めた。普段はきちんと座って崩すことはない村雨や五十鈴も珍しくだらりと寝っ転がっている。
「あ~~~~~疲れた~ケホケホ。アバラあたりが痛い。これあたし痛くて寝れないんじゃないかな?」
「川内さんってば~。そんなに強烈な一撃だったんですか?」
 現場を見ていない五月雨がそう尋ねると、堰を切ったようにその場にいたメンツが次々に口を開き始めた。
「そりゃーーーもーーすごかったっぽい! 川内さん吹っ飛んだもん!」
「あの時は川内が来て助かったって本気で思ったけど、川内がやられて本気で焦ったわ。」
「わ、私のほうが気疲れはひどかったんですよ。五十鈴さんも……すでに戦えない状態でしたし。」
 五十鈴の言葉に強めにツッコむ神通。那珂たちはその様に驚きを隠せず呆気にとられる。そのままの雰囲気で見過ごすつもりなく、その流れにすかさず那珂は乗った。

「それを言うならあたしのほうが上だよ神通ちゃん。あたしは神通ちゃんでしょ~、五十鈴ちゃんでしょ~、そして先に行ったのにすでにやられちゃった川内ちゃんっていう3人の心配を、このあたしのグラスハートな心で受け止めなきゃいけなかったんだからぁ~。よし、あたしの勝ち!」
「何を競ってるんですか、何を~。」
 軽巡組の些末な争いに村雨が呆れながらツッコミを入れる。するとアハハとその場の全員から笑いが漏れた。

「てかみんなさ、本当にあたしのこのお腹の痛み心配してます?」
 川内がわざとらしく腹を擦ってジト目で全員に視線を送る。那珂と夕立が半笑いですぐさまリアクションを返した。
「してるしてる。マジしてるよ~。」
「してるっぽい!」
「あんたはあのまま自衛隊経由で病院に行ったほうがよかったんじゃないの?」
 五十鈴からは鋭いツッコミをもらったが、川内は負けじと言い放つ。
「そんなことしたらお祭り最終日まで楽しめないじゃないですかぁ!!」
「そーだそーだ! 五十鈴ちゃんおっぱいでかいぞー!」
「いやだから……あんたは人様に心配してほしいならまず本気で自分の体の心配しておきなさいよ。それから那珂うざい。今すぐ強制的に寝かせてあげるわよ?」
 川内の言い返し+那珂の何の脈絡もない加勢に、五十鈴は硬く握った拳を顔の高さまあげてツッコミを那珂+川内に鋭く差し込む。
 再び全員の笑いが湧き立つには当然の雰囲気だった。

 大人勢の妙高と理沙そして明石は少女らの姿を見てクスッと微笑み、ねぎらいの意を込めた視線を送っていた。那珂は温かい視線を感じていたが、それと同時に三人の手元には缶ビールとグラスがあることに気づいてしまった。
 戦ってきた自分ら子供の前でよく飲めるなと思ったが、一騒動・一仕事あったのだ。飲みたくなるのも当然と思い、黙って見過ごすことにした。
 そして鎮守府Aの艦娘たちは、ひとしきりおしゃべりしてその日の喜怒哀楽を共有仕切った後、心からの安らぎを得るべく眠りにつくのだった。

幕間:川内型は想う

幕間:川内型は想う

 翌日。ふと目を覚ました那珂は、隣に寝ていたはずの川内がいないことに気づき、部屋を見渡した。神通はもちろん五十鈴、妙高ら全員まだ寝入っている。ゆっくりと顔を横に向けて携帯電話の画面を付ける。まだ目覚めきってない目には鈍い光であっても鋭く刺さって眩しい。時間は午前4時すぎだった。
 川内は障子を軽く閉めたその先、海沿いを一望できる窓際の広縁の椅子に浴衣姿で座っていた。

「川内ちゃん?」
「ん? あぁ、那珂さん。起きちゃいました?」
「どーしたのさ?まさか本当に痛すぎて寝られなかった?」
 那珂がのそっとした動きで布団の間をすり抜けて椅子に座ると、川内はそのタイミングで再び口を開いた。
「まぁそれもあるんですけど、あたし的に今回のイベントでは思うところがあったんで、柄にもなくボーッと考えてました。」
「うんうん。言ってごらんよ。」
「……茶化したりしないんですね。」
「え?茶化さないよぉ~だって可愛い後輩が考え込んでるんだもの。できる先輩は聞き上手でもあるんだヨ? ホラホラおねぃさんに何でも言ってごらんよ~~?」
 那珂は両手を前に出して手のひらを上に向け、指を何度も折り曲げてカモ~ンと急かすように促した。川内はその仕草を見て、あぁやっぱりいつもの先輩だったと安堵する。そして口の重みがなくなったので打ち明け始めた。
「皆で帰ってくるときに、あたしあっちの鎮守府のやつらと一緒だったじゃないですか?」
 那珂はコクリと頷く。
「その時さ、霧島ってやつとお互いの提督の話になってですね、あっちの村瀬提督の話聞かされて、じゃあうちの西脇提督は何なんだろうって思ったんです。」
 川内から提督の話題が出た。那珂はわずかに姿勢を正して聞き続ける。
「あっちの提督がヤレ元自衛官だのヤレ自分で全部決めてるだの言ってきて、なんか気に入らなかった。そもそもあたしはあの村瀬提督がなんか好きになれない。だから良いところだどーのこーの言われたってピンとこなかった。けれど、西脇提督のことを思ったら、同じようなことを、霧島ってやつや暁たちみたいに自信を持って言えるのかなって、悩ましくなってきました。ねぇ那珂さん。西脇提督って、すごいのかな? すごくないのかな?」
「へ? な、なぁにその聞き方は~?うー」
 那珂は腕を組んで頭をクルクル回し小さく唸る。答え方に困る。この後輩はこの後輩なりに、真面目な話をよその艦娘と交わしていたのか。
 成長を喜ぶ一方で、質問にどう答えようか悩む頭がある。

「うーんうーん。あたしとしてはすごいって無条件に評価してあげたいんだけど、残念ながら彼はふつーの人です。茶化しとか冗談は抜きでね。それでも年の功というのかな。あたしたちの2倍近くは生きてるんだし、普通に頼れるところはあるけれど、その……村瀬提督が元自衛官とか言われちゃうと、確かにどうしても比べちゃいたくはなるね。」
「でしょ~!? んであたしが何気なく言ったら、霧島ってば西脇提督のこと、何もできない人なの?って。ひどくない!?うちの事知らないくせに知ったように言いやがってさぁ。まぁあたしもまだ1ヶ月だからぶっちゃけ人のこと言えないんだけどさ。」
 川内は怒りをぶり返したのか、興奮気味に喋り散らかす。那珂はどぉどぉと軽く宥めて落ち着かせた。
「まぁ、人ってよそのことは基本的に興味ないものだからね。仕方ないよ。今だって川内ちゃんは村瀬提督のことスパッと評価しちゃってるでしょ。結局お互い様なんだと思うよ。」
 那珂の言葉に一理あると感じたのか、川内は勢いを押し殺して口をつぐむ。ただし頬はわずかに膨らんでいる。明らかにまだ不満といった様子だ。
「でもだからってうちらの提督のことテキトーに言われて黙っているなんて、あたしにだってできないよ。」
 那珂がそう口にすると、川内が身を乗り出して期待の眼差しを向けた。那珂はその勢いにわずかに圧倒されてのけぞりながらも続ける。

「でもだから今までとは違うことをしようとは思わないかな。あたしとしてはこれまで通り、運用を作るお手伝いをこなして助けるだけ。それ以上特別なことはしないつもり。今はそれが鎮守府のためだし、なにより提督が……あたしに望んで任せてくれてることだから、ね。」
「今まで通り……。でもそれじゃあ、提督自身が何もやってないことに変わりなくないですか? 霧島たち神奈川第一のやつらに言われっ放しな気がしてスッキリしません。」
「んおおぅ。鋭いな川内ちゃん。」
「それに……あたしは、あたしはどうすれば、提督の役に立てるの? 那珂さんも神通もずるいよ……。いつのまにか訓練の指導役になったり、提督と話すこと多かったりさぁ。あたしだって……何か役に立ちたいんですよ。」
 普段の強気で勢いある彼女の口調とは打って変わって弱々しく、ひねり出すような声で懇願を口にしてきた。那珂はそれを目の当たりにしてキュンとして心臓が突かれたような感覚を覚える。

 この娘も、意外と萌える仕草できるじゃん。侮れねぇ~

 そんな心の中の思いをなんとか押しとどめて真面目に返した。
「川内ちゃん……。それは趣味以外でってことでいいのかな?」
「はい。もちろん。」
 川内のまっすぐな視線と返事。那珂はしばし沈黙して考えたことを口にした。
「まず提督が何もしてないんじゃないって点。それは気にしなくていいと思う。あの人があたしたちに任せてくれたのは、艦娘であるあたしたち自身ができる範囲での運用だから。事務とか交渉とか採用とかそういうあたしたちじゃ社会的権利的にもできない部分は今も昔もこれからも提督がしてくれる。だから、西脇提督は何もしてないわけじゃないよ。だからよその人に何言われたってガン無視でいい。」
「で、でも……」
 言い終わる前に那珂はテーブルの上にある川内の手に自身の手を添えて続けた。
「らしくないよそんな弱気。いつもの(ノーテンキで)強気な川内ちゃんのほうが、提督だって……。ともかく、信じてあげなさい。」
「……はい。」


「次に川内ちゃんが何をしたらいいかって点。これに関してはあたしもちょっと反省してるところがあるんだ。」
 那珂がそう話題の切り出しをすると川内はキョトンとする。
「ぶっちゃけて言っちゃうね。今訓練の指導役を手伝ってもらってる神通ちゃんと時雨ちゃんはさ、きちんと考えてくれるの。とにかくマメで、真剣に取り組んで物事を捉えて分析してくれる。だからあたしは頼ってるの。対して川内ちゃんはどう?」

 川内はコクンと頷いてゆっくり答える。
「う……わ、わかってます。そーいうの苦手、ですから、無理。そこは神通には勝てない。」
 那珂は頷きも頭を横にも振らずに言葉を返す。
「分かってるならよろし。でもあたしのそーいう先入観というか捉え方で二人に差をつけていたのは、マズったって今わかった。だから今後は、川内ちゃんにも何か役割を担ってもらおーと思うよ。」
「え、それって……?」
 期待の視線とうっすらニヤケ顔を向けてきた川内に、那珂は頭を横に振りながら答える。
「まだノープランです。帰ったら提督に相談してみる。だから
「その話し合い、あたしも参加させて!!」
「え!?」
「そーいうちょっとした話し合いとか、那珂さんだけ思いついたらすぐしに行くってズルい。あたしが望むのは、そういう場にいさせて欲しいことなの。」
「気持ちはわかるけど、焦らないでよ。提督の都合だってあるし、まだあくまであたしの思いつきでしかないから。ちゃんと打ち合わせに参加させてあげられるようになったら教えるから。いい?」
「んー、まぁ、わかりました。じゃあいいです。待ってます。」
 言葉では了解しているが、川内の態度や表情には不服な様がハッキリ表れていた。那珂はあえてそれを見過ごして話を進めることにした。

「今回を経て、川内ちゃんの意識が変わったのはいいことだと思う。あたしは今のあなたを評価したい。今あたしに話してくれたように、提督にぶつける機会を作ってあげる。あなたの気持ちを知ったら、きっと提督だって成長を喜んでくれるよ。」
「そ、そうですかねぇ~?」
「うん。(さすが、提督が好きな娘だけある。二人はちゃんと見合えば、どこまでも気が合うよ、きっと……)」
「エヘヘ~。ん? な、なんで那珂さんそんな妙な顔なんですか?」
「え!?」
 川内の指摘に那珂はギョッとした。
 那珂は慌てて頬を抑えてさすった。ふと、目元を指で触る。ほんのり湿っている。なるほど。笑いながら泣くなんてなんて器用なんだ自分。そしてなんで妙なタイミングでこんなに鋭いんだこの後輩は。
 慌てて取り繕う。
「なんでもないよぉ~アハハ! こ、後輩の成長っぷりがさ、嬉しいの。素直に成長してくれてる神通ちゃんとは違ってさ、川内ちゃんは一癖も二癖もあるからさ~~。」
「むー? あたし馬鹿にされてません?」
「してないしてない。てかあたしがしてる評価でしかないんだから、異議があればドシドシ言ってよ。」
 那珂の取り繕いに川内はそのまま受け取り、再び頬を膨らませる。
 その時、第三の声がした。
「んん……誰?」


--

 モゾモゾと掛け布団をズラしながら那珂たちに声を掛けてきたのは、神通だった。
「あ、神通ちゃん。ゴメンゴメン。起こしちゃった?」
「那珂……さんと、川内……さん?」
「うん。ゴメン神通。那珂さんとちょっと話してたからさ。まだあたしたちも眠いから寝るy
「……お手洗ぃ。」
「「お、おぅ?」」

 寝床から完全に出た神通は那珂たちの直後の反応を無視してトイレに向かっていった。しばらくして戻ってきた神通は、目が冴えたのか、那珂たちのいる広縁にのそのそと近寄ってきた。
「何を、話されていたのですか?」
「ん~、大したことじゃないよ。あたしが先に起きててさ、那珂さんも起きてきたから、ちょっとね。」
「そう、ですか。」

 言葉が途切れた。時計だけがチクチクと針を刻む音で静寂を僅かに破っており、起きている三人はその流れになかなか乗らない。
 やがて那珂が口火を切った。
「そだ。海見に行かない?」
「え、こんな早くから?」
「??」
「それがいいんじゃないの! 昨日なんてあたし同じくらいに起きて一人でお散歩行ったよ。」
「あたしは話すこと話したし寝たいんですけど……まぁいいや。せっかくだし付き合います。神通も行く?」
「はい。それでは。」

 川内は頭をポリポリ掻いてめんどくさそうに反応するが、ケロリと態度を改めて返事をする。神通はまだ目覚めきってないまどろんだ様子だが、快い返事をする。二人の同意を得られた那珂は小さくガッツポーズを二人に見せる。
 そして三人はまだ寝ている面々を起こさぬよう、部屋を忍び足でそうっと出て行った。


--

 宿を出てなぎさラインを横切る。那珂は昨日と同じ漁港付近に二人を連れてきた。しかし昨日と同じ海岸線ではなく、海に突き出た波止場近くに向けて北西に針路を取って歩く。三人は漁港近くの区画の角にある公園にやってきた。
「うぅ~~~ん!! 気持ちいいねぇ~早朝は。」
「はい。まだ暑くないから快適だぁ。」
「(コクリ)」
 時間帯もあってか、三人以外に人はいない。そのためそれぞれ比較的大きめの声とともに伸びをして体を解きほぐす。

「ケホケホ。あ、ダメだ。あたし変に体動かしたら痛いんだったわ。」
「川内ちゃんは無理に伸ばさないでいいよ。早朝の気持ち良い空気だけ味わえ~。」
「アハハ。はーい。」
「本当に、無理しないで、くださいね?」
「ん。ありがとね、神通。」

 しばらく三人は会話無く散歩したり体操をしたり(那珂と神通だけ)、他愛もない日常話をして時間を過ごす。そのうち再び訪れた沈黙の時、珍しく神通がその空気を最初に破った。
「あの……那珂さん、川内さん。」
「ん、なぁに?」「どうしたの?」
 モジモジしながら神通は上目遣いで二人を見て言う。
「助けていただいて、本当にありがとうございます。」
「それはもういいって。ねぇ川内ちゃん?」
「ん?そうだよ。結局トドメ刺したのあんただし。」
「うんうん。結局あたしも川内ちゃんも神通ちゃんの勇ましい姿を見られなかったし。今回はそれだけが心残りかなぁ~。」
「あたしこそありがとうだよ。昨日の夜五十鈴さんから聞いたよ。あたしのために怒ったからあぁしたんだって?激怒なんて神通らしくないと思ってたけど……でも嬉しい。あたしのかたき取ってくれたなんて。」
「川内ちゃんは神通ちゃんにもう頭上がらないんじゃない? 神通ちゃんは昨日は丸一日戦ってたっていうし、経験的にも上になっちゃった感じぃ?」
 那珂は上半身をかがめて神通と川内を下から見上げる。すでにスイッチは茶化し方面に切り替わっているのに二人とも気づいた。

「い、五十鈴さんから実地で色々教わりました。落ち着いて戦えるシーンなら、私自信あります。」
「おぉ~~言うよーになったね!那珂ちゃんうれしー!」
「うえぇ!? いやいや、まだあたしのほうが!」
「アハハ、川内ちゃんだってちゃんと成長できてるよ。ゴメンゴメン。ただ川内ちゃんは、本物の軍艦の方の川内みたいに夜戦ばっかになってるから、日中の戦いをちゃんと経験しないとね。あたしがうまく任務もらってあげるから、一緒にいこ?」
「那珂さん……ありがとうございます! てか那珂さんちゃんと軍艦のこと勉強したんすね?」
「もち!川内ちゃんに負けてらんないからね~。」
「よかった、ですね。がんばってください。」
 那珂と川内の激しいリアクションの応酬に、ついていくのがやっとな神通が励ますために川内に優しく言葉をかけたことで、空気が和やかに戻る。
 しかし川内はまた別のところに噛み付き、神通と那珂を困らせ空気をかき乱す。とはいえ傍から見れば、女子高生の早朝イチャつきにしか見えない事実がそこにあるのだった。


--

「あ~お腹すいた。目も完全に覚めちゃったし、朝ごはん待ち遠しい~。最終日はせめて遊んで帰りたいなぁ~」
「お~い。川内ちゃんたちは昨日遊ぶ時間あったんでしょ~?あたしこそ今日は遊んで帰りたいよぅ!」
「アハハ!」「クスクス」
 ダラダラと歩いて公園の出入り口に向かう三人。川内と那珂が喋っていると、二人の後ろに付いて歩いていた神通がポツリと言葉を漏らす。
「お二人が、羨ましいです。」
「おぅ? 神通ちゃんどーしたの?」
 那珂が振り向いて尋ねると、神通は小さく何度か頷いてから答えた。
「知らない場所で知らない人たちと交流できて。私、やっぱり今回のイベントに参加しておけばかったのかなって。」
「そーはいうけどさ、神通ちゃんがいなかったら、名取ちゃんは水上航行できないままだったんでしょ? 自分が選んだ道で関係する人に成果を出してあげられたなら、その道を後から悔やむのはダメだと思うよ。名取ちゃんに失礼。」
「あ……すみません。」
「あたしに謝っても仕方ないでしょ。それにさ、神奈川第一の神通さんとお話できたんでしょ? 知らない場所で知らない人と交流、できてるじゃん。同じ艦担当の人と会って交流できたというのは、ものすごく大きな出会いだと思うよ。」
 神通は悄気げながらもハッキリと頷く。表情が見えないので理解してくれたものとして那珂は話を進める。

「何をやるのも焦る必要なーし。少しずつでいいんだよ。また神通さんに会えるといいよね、千葉神通ちゃん?」
「あ……そ、その呼び方は……やめて、ください。」
「アハハ。いいね~千葉神通。その人ネーミングセンス、誰かさん並だよね?」
 那珂と川内の茶化しに神通は顔を赤らめて二人の腕を指で突いた。川内は神通を茶化しながらも、その誰かさんに視線を向けて冷やかす。
「おぅ! 視線がこっち向いてるよ川内ちゃん! 先輩をからかうなんてひでー後輩ぃ!」
「悔しかったらネーミングセンス磨いてくださいね~、あたしたちのアイドルさ~ん!」
「コラー!」
 タッと駆け出す川内。那珂は彼女を追いかけるべく早歩き~駆け出した。一人置いてけぼりになった神通は溜息を吐いた後クスリと微笑み、二人に合わせて軽めに駆け出す。
 そんな神通は頭の中で、那珂の言葉を自身の反省としてゆっくりともみほぐし、脳裏に染み込ませようとしていた。

祭りの終わり

 祭りも最終日。この日は15時に本部庁舎前広場で閉幕式が行われる。それまで艦娘達は基本自由時間だ。とはいえこの祭りの主役は艦娘と海上自衛隊。最終日も艦娘が出演するミニイベントは残っている。神奈川第一から数名は、この日もミニイベントのため指示された会場に赴いて働いていた。

 規模の関係上、主体は神奈川第一だが、名目上は神奈川第一と鎮守府Aの共催という形のため、あるミニイベントに鎮守府Aからも参加を求められていた。
 提督代理の妙高は内々に聞いていたその話を、朝食の席で打ち明ける。すると那珂たちはワイワイと騒ぎ立つ。妙高はイベントの内容と艦娘たちの性格を踏まえて、鎮守府Aからの参加者を選出した。
 その指示されたメンツ以外の艦娘は自由時間となったため、さらに賑やかに朝食終了間際の空気を色立たせた。


--

 一部を除いて思い思いに自由時間を過ごす艦娘たち。少女たちとは別行動になる妙高は閉会式の参加のためやってくる西脇提督と連絡を取り村瀬提督らと打ち合わせに、明石は艤装を持ち帰るための準備に追われることになった。
 そうして時間は過ぎ、閉会式を迎えた。館山基地の広場の一角に設営された会場、その関係者スペースには、村瀬提督と鹿島の後ろに神奈川第一艦娘たちが、西脇提督と妙高の後ろには那珂たち鎮守府Aの艦娘たちが並んで座っている。

「妙高さん、今回は代理ご苦労様です。」
「いえいえ。大変良い経験が出来ました。しっかりとうちの箔を売り込んでおきましたから。」
「ハハ。さすがだわ。頼りにしてます。それに黒崎先生もお疲れ様です。いかがでした?」
「私なんて……何のお役に立てなくて申し訳ございません。私も艦娘になっていたら何かできたんでしょうけど。」
「いえいえ、そんなことないですよ。先生がいたから時雨たちも安心できたんでしょうし、いてくれるだけで安心できる存在って、大事なんじゃないですかね。」
「西脇さん……フフッ。ありがとうございます。」

 那珂は大人三人の会話をすぐ後ろで聞いていた。自身の隣には五月雨が座っている。彼らの会話をこの少女も聞いているはずだが、どう感じているのか。
 理沙のことは正直まだ全然わからない。しかし彼女の従姉だという妙高のことはある程度わかっている。那珂は提督と妙高に、夫婦のような雰囲気を感じた。さすがにこんな大人の女性が相手だったら、川内はもちろん自分も敵わない。しかしそもそもライバル視したい存在ではない。
 実感しているのは、わずかに感じさせる仲睦まじい雰囲気が、いつかそんな雰囲気を自分も誰かと作り出して過ごしていけるのだろうかという漠然とした思いを抱かせるものであるということ。なんとなく自身の心という水面をパシャパシャと波立たせる。

 誓ったじゃないか。自分は西脇提督に仕事の面だけで協力し、助け喜ばせてあげると。自分の好きは違う。提督の好きの方向も違う。提督の好きが向かう先についてはあの日の夜にわかっている。
 そして今朝話していて気づいたことがある。川内も提督を意識し始めている。艦娘になって、彼女の見聞や認識が広まったおかげだろう。普通に高校生活を送っていたらありえなかった世界や人物との出会い。自分だってそれをこの数ヶ月間で存分に味わって今ここにいる。
 きっと趣味の以外の面でも、いずれ川内は提督にとって、そして鎮守府にとっても欠かせぬ存在になる気がする。そうなった時、自分はどうなる?どうするべきか。
 まさかライバルが五十鈴と川内の二人になるとは思わなかった。いや、全く考えていなかったわけではない。なんとなく察することができる気配はあったし、実力としても将来性があるのは認めたい。なにより自分が招き入れた後輩であり、大切な艦娘仲間なのだ。
 川内の想いの矛先と相手の想いが繋がる道筋が見つかった今、その可能性の芽を摘んでしまうのは本意ではない。大人しく自分は下がり、二人を陰ながら応援しよう。
 そして自分は、忘れかけていた目的を思い出し目指すのだ。自分らしくあるために、注力の方向性を正したい。


--

 その他諸々の思いにふけっていた那珂はしばらくして提督や五月雨に肩を叩かれた。
「……おい、那珂?」
「那珂さん? 終わりましたよ?」
「ふぇ!?」
 那珂が見上げると、そこには自身を心配げに見つめる二人の姿があった。プラス、背後からは後輩たちの視線も感じた。
「な、なに?」
「何って……もう閉会式も終わったぞ。退場だよ退場。ホラ皆行くぞ。」
「あ、あぁ~~~そ、そっか。アハハ。あたし~眠かったのかなぁ。ボーッとしてたよ。アハハハ~!」
 提督のツッコミを受けてアタフタしつつ、那珂は後頭部をポリポリ掻いて立ち上がる。周囲はガヤガヤとして、すでに立ち上がって席を離れはじめている。
 ひとしきり周囲を見渡した直後、背後からツッコミが入った。
「那珂さんってば、どうしたんすか?終わるからって気抜いてません?」
 そうツッコんできたのは川内である。那珂は背後に振り向き川内に取り繕う。
「おぅ! 川内ちゃんに言われちゃったよぅ……あたしだって疲れてぇ、緊張してぇ、ぼーっとすることあるんだよ。」
 おどけながらそう口にすると、周囲からケラケラと砕けた笑いが咲く。
 五月雨が、村雨が、他の艦娘たちが那珂を見て笑い、そして自身も眠かっただの、早く帰りたいだの自由な愚痴を漏らし始める。
 それを見た提督や妙高ら大人勢は微笑みながら軽くため息をつき、少女たちに告げた。

「わかったわかった。後はお世話になった方々に軽く挨拶するだけだから、もう一踏ん張り頼むよ。」
「りょーかーい! ねぇねぇてーとくさん。帰りにお土産屋寄ってね~。ママたちにお土産買っていきたいっぽい!」
 夕立の提案に時雨らはウンウンと頷いて懇願の視線を提督に向ける。その視線に提督は照れながら頷き、夕立の頭を撫でることで駆逐艦勢をなだめた。


--

 閉会式後、西脇提督は那珂たち艦娘を連れて館山基地の本部庁舎の会議室にいた。すでに見慣れた大部屋だ。数人の海曹が簡単に長机を並べて会場づくりを進めている。ガヤガヤと聞こえる声は何重奏にもなって会議室に響き渡る。那珂たちだけの声ではない。そこには神奈川第一鎮守府の艦娘らもいるからだ。
 ほどなくして、館山基地の幕僚長ら幹部や海佐たちが姿を現した。つまるところ、本当に必要な関係者が一同に会したことになる。
 ある海佐の宣言で始まったのは、閉会式のときよりも砕けた、関係者同士の簡単な懇親会だった。

 この日中に鎮守府に帰るのを目的としているため、西脇提督は海佐や幕僚長たちから勧められる酒をなんとかかわし、代わりにノンアルコールビールで酒盛りの嵐を食らっていた。
 那珂たちや神奈川第一の霧島ら艦娘は、ジュースやお茶とお菓子を手に持ちしとやかに、一部は子供であるがゆえにはっちゃけておしゃべりをしている。中には合コンばりにイケメン海尉・海曹に詰め寄っている者もいた。


--

 簡単な、と言いながら懇親会は1時間ほど続き、17時30分手前で幕僚長の合図のもと、懇親会は幕を閉じた。

「それでは西脇君。我々もこれで失礼する。鎮守府までそちらも長いだろうから、道中気をつけて。」
「あ、はい。お心遣い感謝致します。そちらこそお気をつけて。また、何かありましたらご連絡致します。」

 提督同士の別れ際の挨拶がかわされているその近くでは、艦娘たちも別れの挨拶に続く終いのおしゃべりをしていた。
「ねぇねぇ川内。」
「川内さーん!」
 川内に体でも口頭でもタックルしてきたのは暁・雷をはじめとする神奈川第一の駆逐艦たちだ。
「おうよ。また会おうね。」
「うん。昨日の遊びの約束果たせなかったから、また会いたいわ。」
「あ、そういやそうだったねぇ。昨日は仕方ない。うん。さすがのあたしもそう思うわ。その代わり今度プライベートで遊ぼ。」
「うん!」
 そう暁と川内が見つめ合って話していると、雷が割り込んだ。
「暁だけなんか仲いいのずるいわ。今度はあたしたちも川内さんと一緒にしたいわ。いいでしょ?」
 暁と雷につづいて電も要望を口にする。
「はぅ……私も一緒にお仕事や遊びたいのです。響ちゃんもそうでしょ?」
「……そうだね。私は別行動だったからね。」
 初めて合う響という艦娘に川内は若干身構えたが、おとなしめに口を動かしてすぐに黙ってしまったその少女を見て、なんとなく同僚を彷彿とさせたので、緊張感をすぐに解いて応対をした。
「えっと、響さんだっけ。あたしは軽巡洋艦川内。まぁそっちにも川内はいるらしいからちょっと紛らわしいとは思うけど、よろしくね。」
「え、うん。あの、よろしく……。」
 そう一言挨拶を述べると口を噤む響。会話が続きそうにないので川内も黙るしかない。それを見た雷が会話の主導権を握るべく話題を変えてきた。

「ところで川内さん。あたしたち4人は第六駆逐隊っていうチームになるらしいの。知ってた?」
「え? あ~、うん知ってるよ。軍艦のほうの編成ネタでしょ? そんなのゲームで軍艦覚えた人なら朝飯前だよ。」
 やや鼻息を荒げてネタを口から発した雷は、川内のあっさりとした応対に口を膨らませた。
「ブー。な~んだつまんないの。日本史の授業でもやらないそうな話だったから自慢したかったのに。」
「自慢したかったなんて、雷はまだまだ子供ね~。私達来年高校生なんだから、自慢なんて大人げないわよ。」
 暁がややふんぞり返りながら雷をなだめる。その脇で川内はプッと吹き出し、暁から眉をひそめた怪訝な問いかけと視線をもらった。
「な、なによ?何かおかしいこと言った?」
「いやいや。何も。ダダこねたりぐずって泣き出すのも、来年高校生のすることじゃないよな~って疑問に思っただけよ。」
「ムッ。それあたしに言ってるの!? あたし見て言ってるよねそれ!?」
 暁はすぐに顔を真赤にして川内に詰め寄り責め立てる。しかし暁は自分以外の四人の様を見てさらにアタフタとする。
 当の川内はいなし方をすでに掴んでいるため、暁の文句を全く意に介さないでケラケラ笑うのみ。そのやり取りを見ていた雷はニンマリと苦笑の顔を向け、電は若干アタフタしながらも口の端は吊り上げて笑みを浮かべ、そして響はわずかにうつむいて口を手で抑えて笑いをこらえている。完全に暁のからかい包囲網がその場に出来上がり、場の雰囲気を賑やかにさせていた。


--

 那珂は五十鈴とともに、懇親会の最後まで神奈川第一の天龍たちとともにいた。そのため、懇親会の締めの挨拶とそれぞれの別れの挨拶はすぐさま向き合って始めた。
「またな、那珂さん、五十鈴さん。」
「うん。また会おうね、天龍ちゃん!」
「またね、天龍さん。」
 別れの悲しみなどこの場の三人も周囲の艦娘にも無く、ただただ和気藹々としたおしゃべりの延長が続くのみだ。
 天龍が鹿島らから呼ばれて去る前、那珂は天龍から一つの提案を聞いた。

「そだ。あそこにいる暁たちが言ってたんだけどさ、そっちと演習試合したいっつうんだよ。」
「演習試合?」
「そう。あたしとしてもその意見に賛成。一度那珂さんたちと拳ならぬ砲をまじえてみたいから、パパにキチンと頼み込むつもり。どうかな、ノってくれない?」
 那珂と五十鈴は顔を見合わせ、すぐに天龍に向き直して返答をした。
「おっけぃ。ど~んと来いってやつですよ。」
「私もいいわよ。うちの西脇に進言しておくわ。」
「うん。頼むぜ。それじゃあな。また会おうぜ。」

 二人の快い返事を聞いた天龍はニカッと口を大きく開けて笑顔になり、一言発して二人から離れていく。那珂と五十鈴は彼女の背中を、会議室から見えなくなるまで見続けていた。


--

「お~い、那珂、五十鈴。それから川内!こっちに集まれ~!」
「「「はい。」」」

 提督に呼ばれた那珂たちは会議室の一角にいる提督を中心に揃った。
「みんな、挨拶は終わったな。それじゃあ帰るぞ。」
「はーい!」
「はぁ~やっとかぁ。もうお腹空いて空いて。」
「川内さん……さっきまで結構食べていたじゃないですか……。」
「何言ってんの神通。こんなの軽食だよ。ねぇ、夕立ちゃん。」
「っぽ~い!」
「あぁもう。ゆうもノッちゃって!」
 いつもの流れ通り、神通と時雨の心配なぞどこ吹く風の川内と夕立。笑いが漏れる那珂たち鎮守府Aの一行は最後に、会場に残っていた海上自衛隊の面々に深々とお辞儀をして退出し、基地を後にした。

 そのまま手ぶらで帰るつもりはない那珂たちはお土産センターに寄ることを忘れない。提督にせがんで駅前のお土産センターに立ち寄らせる。数十分経ってから車に乗り込んだ那珂たちの側には、大量のお土産品が車中のいたるスペースを専有していた。

 鎮守府までの2時間近く、艦娘たちは車に揺られながら思い出深いこの2~3日を思い返し、帰路に着くのだった。

ex1 那珂:第一歩

 旅館での朝食の席、提督代理の妙高が最終日の予定を告げる。ミニイベントの参加を暗に指示されたが、果たして誰が参加することになるのか疑問に感じてワイワイとざわめく。

「そんなこと当日の朝に言わないで欲しいよね~。せっかく遊びたかったのに。」
「ですよね~。特に那珂さんと五月雨ちゃんは昨日は観艦式に出てたからほとんど遊べなかったでしょ?」
 川内がそう言うと、那珂と五月雨は激しく頭を縦に振った。
「じゃあ、誰が参加するの?」
 そう五十鈴が誰へともなしに尋ねると、妙高が申し訳なさそうに言った。
「それが……私は内々に話を伺ってまして。イベントを担当される方々から、那珂さんのご指名がありました。」
「へっ!? あたしぃ!?」
 那珂は冗談半分、本気半分のオーバーリアクション気味な驚き方を見せる。全員が那珂に視線を向ける。
「いや~ご指名なんて喜んでいいのかなぁ。なんでまた?あたし何するんです?」

「今回の艦娘絡みのプログラムで目立った艦娘への、インタビューとかトークショーだそうです。那珂さんお話するのお好きでしょうし、私の方からOKしておきました。」
「えええぇ!? 妙高さん抜け目なさすぎですよぉ~!」

 再び大げさな仕草で今度は妙高に対してツッコミを入れる那珂は、全員から笑いが取れたのを確認すると口調をやや切り替えて続けた。
「ま~でもおしゃべりは好きですし、生徒会で培ったどきょ~で多分問題なく乗り切れます、はい。」
 那珂の了承を確認した妙高は微笑んで頷き、改めて全員へ説明をした。
「それでは後で私と一緒に渚の駅に。現地で神奈川第一の方々と合流です。他の方は今日は自由です。ただ、閉会式が15時に開かれますので、それまでに館山基地の本部庁舎前の会場に来て下さい。私達は関係者ですので、関係者席に直接向かって下さい。その際、艤装装着者証明証を忘れずにお願いしますね。」
「はい!」
「お姉ちゃん、私はどうすればいい?」
「理沙は……そうねぇ。今日は皆に艦娘の仕事は他にないはずだから、あなたも安心して羽根を伸ばしていいですよ。」
「うん。と言ってもこの辺りよくわからないから、皆と一緒にいるね。」
「えぇ。そうしてちょうだい。」
 理沙という保護者がいることにより五月雨たちもそうだが従姉たる妙高も安心でき、自身の役割に集中できるのだった。


--

 その後、部屋に戻り身支度を整え始める。那珂が口火を切って愚痴にも満たない感想を吐露する。
「うあ~なんか緊張してきたよ。」
「よかったじゃないの。これでホントに近づけるじゃない、芸人に。」と五十鈴。
「ちっがぁ~~う!アイドル!それ言われるとマジで調子狂うからやめてよね~~五十鈴ちゃん!」
 那珂と五十鈴の掛け合いに川内たちはケラケラと笑う。那珂が返す勢いでやや興奮気味に五十鈴に絡み続けていると、背後から川内の言葉がかかった。
「でも、テレビ局とか来てくるんでしょ?那珂さん本当にテレビやネットデビューって感じじゃないですか。」
「うー。川内ちゃんまでぇ~」
 くるりと振り返り川内にジト目で視線を送る那珂。
「いやいや。あたしは五十鈴さんみたいにからかってるわけじゃないですよ。芸能界への道なんてどこに転がってるかわからないですし。」

「そうそう!世間にアピールするチャンスなんですよ、那珂さぁん!」
 川内の言葉に乗ってきたのは村雨だ。片付け終わった手持ちのバッグを跳ねのけ、正座のままズリズリ素早く前進して那珂と川内に近寄る。その気迫に那珂は若干身を引いた。そんな那珂を気にせず村雨は気迫そのままで続ける。
「いいですか那珂さん。もし本当に芸能人になりたかったら、渋谷とか原宿とか出歩かないと良い出会いはないんですよ!? 有名になりたいんでしたらそういうところに積極的に、です。」
「お、おぅ……? でもあたし原宿とかあんま行かないからなぁ~。」
「それ!そこなんですよ那珂さん。いいですか?スカウト確立高い主な場所がそこなわけで、そこに行かない那珂さん始め、一般の人はチャンスが普通に少ないんです。ですから身近なイベントに参加してどんな形でもいいから世間にアピールしていく必要があるんです。それからですね……」

 止まらぬ村雨の講釈。標的になっている那珂はもちろん、隣にいた川内、そして五十鈴ら完全に第三者組は口を半開きにして呆気にとられている。
 そんな空気を打ち破ったのは村雨の同級生たる夕立たちだった。
「あ~ますみん、またエンジンかかっちゃったっぽい?」
「アハハ……ますみちゃんはお洒落と芸能ネタも大好物だもんね。」
 さすがの夕立も、そして五月雨も苦笑するしかないでいる。
「ますみちゃん、ますみちゃん。落ち着こう。あの那珂さんをすっかり黙らせちゃってるよ。」
 時雨のやんわりとした宥めにより村雨は正気に戻り、詰め寄っていた那珂から少し離れる。興奮して頬を赤らめたままの村雨は深呼吸して気を落ち着かせると、唇が乾く間もなく口を開く。

 その後、那珂の振る舞いを形の上だけで心配した村雨は五月雨たち親友+不知火に目配せをして合図を送る。それを見てもいまいちピンとこない4人は村雨に引っ張られて部屋の端に行き、耳打ちされてようやく意図を理解して那珂の傍へと戻ってきた。
 時雨は失笑し不知火は変わらず無表情。村雨、五月雨そして夕立はニンマリとしている。心臓をくすぐられた感を覚えて上半身をやや身悶えさせた那珂は言葉を詰まらせながら尋ねる。
「な、なに? 何を話してきたの?」
「ン~フフ。秘密です。ね?」指を伸ばして口に当てる村雨。
「ハァ……ますみちゃんったら、こういうときの悪ノリはゆうや貴子ちゃんよりひどいなぁ。」
「あ~~楽しみだね、会場にm
「わぁぁ!ゆうちゃん言ったらダメだよぉ~。」
 夕立が口を滑らすのを五月雨がすかさず止める。その掛け合いを五月雨の隣で眺めていた不知火は那珂の方を向き一言口にした。
「知らなくていいことらしい、です。」
「あ、うん……。さいですか。」

 不知火の感情の薄い一言を聞いた那珂は問い詰める気がなくなったため、目の前で展開される駆逐艦組のやり取りをするがままにさせておいた。
 少女たちがワイワイとおしゃべりに興じてしばらく経つと、妙高が那珂に合図をして出発を促した。那珂はのんびりゆったりして重くなりかけていた腰をあげる。
「それじゃまあ、行ってくるよ。」
「はーい。行ってらっしゃい、那珂さん。頑張ってね。」
「頑張って、ください。」
「あんたの事だからヘマとかはしないと思うけれど、ま、頑張ってね。」
 川内と神通、そして五十鈴が那珂を鼓舞する。その後五月雨たちの素直な、しかし含みのある声援を受け、那珂はあえて声で返事をせずに手のひらをヒラヒラと振りながら部屋を出る。

 那珂が出ていった後、部屋ではしばらくヒソヒソとした声がうっすら漏れていた。


--

 旅館を出て歩きながら那珂は妙高に確認をしてこれからのイベントの心構えを深める。十数分歩いて那珂たちがたどり着いたのは、渚の駅だった。
 関係者は渚の駅たてやまの地上階裏手、桟橋に繋がる大通路の脇に設置された特設テントに集まることになっていた。那珂たちは玄関で係員に艤装装着者制度の証明証を提示し、一般客とは別通路で建物を通り過ぎてテントに案内された。
 そこにはイベント主催関係者と、明らかに艦娘の格好をした人物3人がいた。

「おはようございます。千葉第二鎮守府の者です。」
「あ~あ~どうもどうも!待っていました。ささ、こちらへどうぞ。」
 妙高の挨拶に調子づいた軽い返事で接してきたのは、主催者団体の一人の男性だった。軽快なステップで歩み寄ってきたその男性は、那珂と妙高をテントの一角に設けられた長机数個のミーティングスペースに案内する。
 那珂たちは促されるままそのスペースの手前に行くと3人は立ち、そのうち一人がお辞儀をして挨拶をしてきた。
「おはようございます。妙高さん。」
「おはようございます。鹿島さん。神奈川第一から参加される人ってそのお二人なのですか?」
「えぇ。」
 鹿島がチラリとその二人に視線を向けると、一人が那珂に声をかけてきた。
「おはよう。那珂さん。よく眠れた?」
「おはよーございます霧島さん!」
「えぇおはよう。うちからは私霧島と、この夕張がイベントに参加することになっているわ。ホラ夕張。挨拶なさい。」
 霧島が肘でつつくと、夕張は慌てたように挨拶をし始めた。
「あああ、あの~!私神奈川第一で軽巡夕張を担当している○○っていいます。私こういう人前に出るイベントダメなんですよぉ~~。目立ちたくないので、どうかフォローよろしくおねがいしますぅ~!」
 なんとも情けない挨拶に霧島は片手で額を抑えつつ、もう片方の腕の肘で再び夕張の脇をつついて叱責する。
「もっとちゃんと挨拶なさい。他所の鎮守府に笑われるでしょ。」
「だ、だって~。ただの女子高生の私がこんな場所にいていいのか不安なんですよ~~。」
「ほ、ホラホラ夕張さん。霧島さんもいますし提督から代理任されてる私もついてます。それにこちらの千葉第二のお二人もいらっしゃるんですし、大丈夫ですよ?」
 鹿島の慌てた感のある慰めに夕張はため息をついてしょげた。口を完全につぐんでしまったが、一応落ち着いたのか表情は和らいでいた。
 那珂と妙高は顔を見合わせ、クスリと笑った後自己紹介をした。

「それでは私達も改めて。千葉第二鎮守府の妙高を担当している黒崎妙子と申します。今回は提督代理として参加させていただいております。今回のお祭り最後のイベント、どうかよろしくお願いします。」
「軽巡洋艦那珂を担当している光主那美恵です!あたしもただの女子高生ですけど、お二人ははじめまして~ではないから不安はなんとか解消できそうです。最後まで乗り切りましょ!」
 那珂は2~3歩前に出て、夕張の手を取りニコリと笑う。夕張は那珂に触れられてしょげた顔をやっと解消し、笑顔を戻す。
 同年代の那珂と夕張は、すぐに気が合ったために隣同士で座ってミーティングに臨んだ。


--

 艦娘同士の挨拶が終わったのを見計らい、主催者の男性が説明を始めた。
 かんたてフェスタ最後の大イベント、艦娘トークショーは、神奈川第一鎮守府より戦艦霧島、軽巡洋艦夕張、鎮守府Aより軽巡洋艦那珂の計三人が参加する。(鹿島と妙高はそれぞれの鎮守府の責任者兼マネージャーとしての立ち位置)

 那珂たちはトークのお題を提示された。那珂がなぜこの場でネタを出すのかと尋ねると、主催者とディレクターたちは苦笑しながらも解説する。
 素人出演のショーで本番にいきなりトークのお題を提示して答えさせることはしないという。テレビ局やネット番組の団体も来ている生放送のため、ショーの展開はなるべくスムーズに事運びをさせる必要がある。
 そのため打ち合わせの段階で今回の素人にあたる那珂たち艦娘勢には、事前にトークのお題を出された。その説明に納得した那珂は霧島や夕張に声をかけて話し始める。

「ねぇねぇ霧島さんに夕張さん。このお題なんですけどぉ、お二人の○○のこと、気になるなぁ~。」
「え、え? そんなお話振られてもすぐ答えられないわよぅ……。」
「そ、そうね。私は……だったわね。あ、でも……だったかも。あぁ、緊張するわね。」
「お二人ともかったいなぁ~。」
「な、那珂さんはなんでそんな楽しそうなんですかぁ!?緊張していないんですか?」
 泣きそうな声で夕張が尋ねる。夕張と霧島の明らかな緊張具合。二人とは違い、那珂はこの打ち合わせの席でもケラケラとにこやかな笑顔でいる。
「エヘヘ~。私はいちおー学校で生徒会長やってますし人前で話すのぜーんぜんへっちゃらですよ。緊張はそりゃあ多少してますけど。それよりもむしろ楽しさのほうが上回ってまして。」
 その後那珂の口から飛び出す今回のイベントにかける思いやトークのお題の回答っぷりに、霧島と夕張は口を挟めず完全に呆気にとられていたが、次第に感心し始めていた。


--

 打ち合わせが終わってしばらくすると、那珂たちの周りにいるスタッフの動きが慌ただしくなった。外のステージでいよいよイベントが始まるためだ。
 那珂たちがキョロキョロとしていると別のスタッフが那珂たちの書いた回答のシートを回収したり撮影の準備をし始める。
 そしてトークショーの司会の男女が那珂たちに歩み寄り、ショーのプログラムが書かれた台本を手に声をかけてきた。
「それでは艦娘の皆さん。もう少しで本番なので最後の段取り確認をさせていただきます。この後私達がステージに出て、プログラムのここからここまでを進行します。この段階の少し前になったらスタッフから指示が出ますので、ステージ下手側で待機してください。」

 那珂たちが返事をすると司会者の二人はステージに出ていった。那珂は妙高と向かい合い、一呼吸して口を開く。
「それじゃー妙高さん。そろそろ行ってきます。なぁにあとは任せてください。ヘマなんてしないよう踏ん張りますので。」
「はい。那珂さんだったら心配ないですね。あなたの思うがまま、願うがまま思い切り楽しんできてくださいね。」
「はーい!」
 自分を信頼してくれている妙高に対し那珂は満面の笑みで返した。那珂と妙高の隣では霧島と夕張が鹿島に対して意気込みを語っている。

 数分後、ステージ裏・下手で待つ那珂たちはスタッフから合図された。那珂は隣にいる夕張そして霧島に目配せをして密やかに小声をかける。
「霧島さん、夕張さん。頑張りましょーね。もし緊張したら助けますから、あたしがそうなったらフォローしてくださいね。お願いします。」
「はいはい。わかったわ。那珂さんはなんか平気そうな気がするけれどね。」
「そうですよそうですよぉ~。」
 二人の返事を半分素通りさせ、受け入れたもう半分の感情で親指を立てて胸元で小さく、しかしグッと強く振る。その仕草に霧島と夕張は呆れつつも納得した。

 ステージでは司会者の挨拶と雑談めいたトークが展開されている。
「それではお待たせしました。本日このステージに、先日観艦式で活躍を見せてくれた艦娘の皆さんを代表して、三人の方を招いております。それでは……どうぞ~!」

 那珂たちは、背後にいたスタッフからGoサインと合図をもらい、足を踏み出した。
 違う鎮守府の艦娘、それぞれの事情や境遇がある。このステージに賭ける思いもそれぞれ。霧島と夕張にしてみれば単なるイベント参加の頼まれ事。しかし那珂にしてみれば“単なる”で片付けられる話ではない。歩幅は小さくとも、夢を実現するための大きな一歩である。

ex2 那珂:初めてのテレビ出演

「それでは登場していただきましょう。艦娘の皆さん、どうぞ~~!」

 多大な拍手と歓声の嵐の中、霧島を先頭に並び直して三人はステージへと上がった。
 霧島と夕張の後に那珂は続く。実のところ不安による緊張で足が震えていた。人前に立つ者として、わずかな不安をステージを見ている人に悟らせてはいけない。那珂はただひたすらそう堅く思いこむが思えば思うほど、心臓の鼓動が速く強く脈打つ。手に汗が滲み軽く目眩がし始めていた。
 那珂の視線には夕張の背中が映っていた。よかった、前に人がいて。那珂は心底安堵する。

 いつもの自分らしくないな。

 そう反省した那珂は下腹部に力を込めて努めて平静を装って歩み、指定された丸いすに腰を下ろした。
 着席をどうにかしとやかに済ませた那珂はチラリと夕張と霧島に視線を送る。すると気づいた二人が僅かな顔と眼球の動きで那珂を見、察したかのように微かに頷いた。相手のその目には緊張と戸惑いの色が残っているように見えた。つまるところ、今このときの心境は那珂と大差なかった。

 椅子に座った那珂たちに熱い視線・声援・妄想を送る観客。それらを煽ってさらに盛り上げるべく司会者らは軽やかな口調で進行のため、本題を切り出した。
「今回ははるばる館山までお越しいただきありがとうございます。早速ですが自己紹介していただきましょう。担当名と出身鎮守府についてお聞かせいただけますか?」

そう言って司会者が最初に促したのは霧島だ。三人のうちもっとも年上で社会人の彼女は、喋るために開けた口でまずは小さく呼吸を整えた。
「コホン。私は深海棲艦対策局および艤装装着者管理署神奈川第一支局所属、戦艦霧島です。ええと本名言ったほうがよいのかしら?」
 途中で司会者に問いかける。
「いえいえ。担当名だけで結構ですよ。」
 霧島はその後、そうですかと頷き、自己紹介の続きをした。普段の担当業務と今回の担当について、いたって事務的な口調で淡々と説明した。終わると、司会者は彼女の事務的な説明に2~3の茶化しめいた質問をして霧島にさらにしゃべらせた。
 最初から最後まで、事務的かつ多少苦笑いするだけで味気ない自己紹介となったが、会場の盛り上がりとしては上々だった。

 そして夕張の番となった。霧島とは違い明らかに緊張で口がまわっておらず、やや混乱が見られる。
 那珂自身も心臓バクバクしていたが、夕張の様はさすがに見過ごせない。中腰になるような高さの椅子で夕張は危なっかしく手をバタバタさせながら必死で喋ろうとしていたため、何かの拍子に椅子ごと転げ落ちそうなバランス状態だ。
 那珂は自身に近い方の夕張の手にサッと腕を伸ばし、優しく手の甲を自身の手の平で包み込む。急に触れられた夕張は

「え!?」

とマイクがギリギリ拾わなそうな小声とともに振り向いた。那珂がニコリと笑うと、夕張はハッとした表情になる。
 もう一人の司会者は夕張の様子が落ち着きを取り戻してようやく聞き取りやすい自己紹介を始めたのを見届けると、感謝の意を込めて那珂に視線を送った。
 那珂は彼女のアイコンタクトに気づくと、お返しに微笑みを浮かべ心の中で挨拶をかわしあった。

「それでは次の方に参りましょう。」
 司会者が促す。那珂はついに自分の番となることで緊張が限界突破しそうだった。先程の夕張の気持ちはわからないでもない。
 唾を強めに飲み込んでから口を開いた。
「あたしは深海棲艦対策局千葉第二支局所属、軽巡洋艦那珂です。先のお二人とは違う鎮守府から来ていまして、今回一緒にお仕事させていただきました。この度はトークショーにお声がかかってびっくりしましたけど、最後まで頑張りたいと思います。よろしくお願い致しま~す!」
「はい。ということでかんたてフェスタのラストを飾るこのトークショー、こちらのお三方に色々お聞きして、お送りして参ります。」
 再び巻き起こる拍手と嬌声。それに圧倒された三人はキョロキョロするわけでもなく、ただ司会者のほうになんとなく視線を留めておいた。


--

 次にショーの展開は艦娘についての説明に切り替わった。ステージの背景の暗幕に映像が映し出される。それ自体が目的ではないのか、その説明はサラリと終わった。
 説明の最後に司会者が話を振り始めた。
「いくつかお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
 霧島は那珂たちに視線を向けて暗に意識合わせをした後、代表して返事をした。
「それではまずそちらの那珂さんにお聞きします。」
「は、はい!」
「那珂さんはこちらのお二方とは違う鎮守府から来られてるということですが?」

 いきなりあたしかい!
 と那珂は驚きつつのツッコミを心の中で行ったが、口から出た返答は落ち着いた口調である。
「はい。あたしはさきほども紹介させていただきましたけど、深海棲艦対策局千葉第二支局、通称千葉第二鎮守府の所属です。この度は神奈川第一鎮守府の皆さんのご提案で私達も参加させていただきました。」
「へぇ~。千葉第二?それはどこにあるんですか?」
「ええと、千葉県の検見川浜です。昔は海浜公園のヨットハーバーがあった場所に設立されています。」
「ほぉ~検見川浜。東京湾の随分端ってことですよね。そこから千葉の海を守ってくれていると。いや~素晴らしい。」
 軽調子で那珂の受け答えにいかにも適当な相槌を打った司会者は勢いそのままに続けて質問をし始めた。

「それでは次に、皆さんには普段の艦娘のお仕事についてもうちょっと聞いていきたいと思います。それでは霧島さんからお願いします。」
 そう司会者が促すと、霧島はコクリと頷き返事をしてから淡々と語り始めた。その次に夕張が慌ただしそうに説明する。あまりにも慌てすぎ・どもりすぎだったのか、霧島が助け舟を出してその語られた内容を補完して、司会者の二人を苦笑いさせる。
 なお、観客には妙に夕張に歓声を張り上げる集団が発生していた。

「それでは最後に那珂さん。普段の艦娘としての生活について教えていただけますか? やっぱり鎮守府が違うと先のお二方とは何もかも異なるんでしょうね~」
 ある意味定型で予想通りの質問だ。那珂はその返しがいのある質問にニコリと微笑みながら回答し始めた。
「そうですね~。あたしもこちらの夕張さんと同じく学生ですので、学校が終わったら高校のある○○から検見川浜まで行って艦娘の仕事をするって感じですね。」
「あ~そうですよね~学生さんなんですねぇ。学校以外の場所に行くなんて出勤と言う感覚でしょう?」
「アハハ・・・。あたしアルバイトしたことないのであまりたとえとか実感湧きませんけど。傍から見ると同じなんでしょうね~。」
 那珂が苦笑とため息混じりに言うと、夕張はウンウンと小さく言葉を吐き出して同意を示す。
「ところで、聞くところによりますと、学生で艦娘になるには艦娘部が必要とのことですが、これは次の質問ということにして……夕張さんと那珂さんにお聞きしましょう。お二方もやはりその部活に?」

 司会者が回答を二人に促す。那珂は隣をチラリと見た。夕張は相も変わらず緊張で硬化しっぱなしで、とても口火を切れそうな状態ではない。とはいえどうにか喋らせてあげないといけない。
 質問の対象は学生艦娘たる自分たちなのだ。

「えぇはい。ね、夕張ちゃん。あなたの学校ではどうだったんだっけ?」
 那珂は夕張に小声で囁き、トリガーを故意に引いて開口させる。夕張は那珂の落ち着きはなった柔らかめの問いかけにようやく我に返り、緊張を僅かに解いて声をひねり出す。
 夕張がたどたどしく説明する様を聞く那珂。事前の打ち合わせと雑談のときに部分的に聞いてはいたが、改めて聞くと自分の状況とはやはり違うのだなと感心していた。
 どもりつつの説明ではあったが事前に聞いていたこともあり、夕張の境遇を知ることが出来、那珂は新鮮な気持ちで夕張ないし他鎮守府の学生艦娘についての情報を頭に取り入れた。


--

 夕張の次は那珂の番だ。司会者から促されて那珂は口を開いた。
「あ、はーい。あたしの学校ではですね、実を言うと、あたしが初めての艦娘だったんですよ。」
「ほぅ~! では艦娘部を作られたのは……?」
「はい。あたしが設立したんです。」
「ええぇ!?それじゃあ大変だったでしょ?」
「はい。あたし最初は一般の艦娘として千葉第二鎮守府に在籍していたんです。けど、泊まりの任務や夜遅くまでかかる任務があって、これじゃあ学校生活に影響でちゃうな~疲れたな~って思って。それで提督やうちの高校に艦娘部作りたいって相談して。」
「おぉ~それは興味深いですね~。ご自身が一から環境を作るのって大変だったでしょ?」
「エヘヘ。そりゃーもう。あたし元々生徒会で会長やってて、そっちの仕事もあっててんてこ舞いで。ちょっと職権乱用ですけど、生徒会のみんなに艦娘部の準備を手伝ってもらっちゃいました。」
 那珂の最後の言い回しはこの場の聴者に響いたのか、笑い声がそこかしこから聞こえてきた。司会者の二人もクスクスと笑っている。

「面白いですね~那珂さんのエピソード。ところでお二方の学校の艦娘部に部員はどのくらいいらっしゃるんですか?」
 その質問に夕張が答え、次に那珂が答える。
「ほ~十人と三人では随分違いますね。やはりそのあたりは鎮守府の位置や所属してるもともとの艦娘数が影響してくるんでしょうか。その中で艦娘は何人なってるんですか?」
 夕張がまず答える。十人のうち、なんとその半数が艦娘として合格しているとの事実に那珂は改めて感心する。
 そして自身の番になったのでサクッと答える。

「そうですか。それぞれの学校にはそれぞれの面白エピソードがありそうですね。なるほど~艦娘のお三方には引き続き色々聞いてみたいと思います。それでは……」

 そして司会者は次の質問をし始めた。それは事前に質問表に掲載されていた問いである。那珂たちはそれに多少色を付け身振り手振りを加えて答える。

 今までテレビで見ていた素人参加型番組も、こんな感じなのかなと那珂はなんとなく想像を張り巡らせた。芸能人と違って行動の予測がつかない一般人をテレビやこういうイベントに参加させるには、なるほど用意した質問の回答をあらかじめ聞いたりして予想外を予想の範疇に収める準備が必要なのか。
 那珂は今まで漠然としか捉えていなかったアイドル・テレビに出ることの裏側を垣間見た気がして、驚きと感動の連続だった。素人が参加するイベントや番組一つとっても、スタッフだけではない、参加者自体にも入念な準備が求められる。
 自分は受け答えや声量がしっかりしてるから大丈夫だろうと、単純に捉えていたのが恥ずかしい。今この場では、アタフタしてどもりっぱなしの夕張と、自信アリげに受け答えする自分はテレビ関係者から見ればさほど変わらないのだろう。

 とはいえ、どんな境遇にせよ自分は飾らず、ありのままで相手に反応を示すだけだ。
 那珂は先程から矢継ぎ早に降り掛かってくる質問にハキハキと回答しながら、改めて思った。


--

 艦娘に対するごく簡単な質問がしばらく続いた後、ステージ脇の動きが若干慌ただしくなった。
「さて、艦娘のお三方の理解も多少深まったということで、それでは先日の観艦式のデモンストレーションのダイジェスト版を用意しましたので、会場の皆様にご覧いただきましょう。」
 その直後、ステージ脇からスタッフが数人那珂に近づき、マイク機器を別の機器に切り替えるべく付け替えた。先程までより背景のスクリーンは映像のために大きく幅を取るため、那珂たち3人は司会者とは逆のステージ脇に椅子とともに移動して座り直す。

 そこに流しだされた映像には、渚の駅の先の桟橋、会場の様子を始めとし、先導艦霧島の正面映像、続いて艦娘たちの整列からメインプログラムの一部始終、フリーパートの光景が多視点からのカットで繋げられていた。
 那珂はその映像を見て昨日のことがありありと目前に浮かんできたような錯覚を覚えた。初めて参加する他の鎮守府との、公共の場で演じた様。
 演じているときは気づかなかったが、フリーパート、オオトリたるデモ戦闘での自分の動き、結構やりすぎたか?
 那珂がそう内心ヒヤヒヤしていると、那珂が大きくジャンプするシーンがスクリーンに映った。司会者や当事者の一人の霧島・夕張はもちろんのこと、観客も大きく歓声をあげた。
 別の位置のドローンからの映像によると、那珂の横からのカットでジャンプしながらの機銃掃射の様子がよく見て取れる。那珂は自分では見られない位置からの自分の姿に、マヌケな声で他人事のように「おぉ~」と歓声をあげた。
 若干テレビ向けに加工されている感が否めないが、視覚的にも展開的にも非常に分かりやすい映像だ。川内が見ていたら、きっと何かのアニメか特撮ドラマのタイトルを挙げていただろうなと想像した。

 そして映像はクライマックスの、軽巡・駆逐艦全員による一斉砲撃が映し出された。
ドローンの集音では音割れするほどの爆音が連続し、もうもうと煙幕で艦娘たち、主に那珂が見えなくなる。それでもドローン達はその場を多角的に映している。
 やがて煙が晴れ那珂の姿が見えた。ドローンの死角からだが、霧島の声が聞こえ、直後高らかに笛と掛け声が発せされた。戦闘終了の合図だ。
 同時にダイジェスト映像も終わり、スクリーンが別の静止画に切り替わった。数秒して司会者の声が会場に再び響き始める。

「いや~こうして改めて見ると迫力ありますね~。今回は海上自衛隊のドローン3機、館山市のドローン1機、ケーブルテレビ局のドローン1機からの映像を織り交ぜてお送り致しました。さて、今回のデモンストレーションについて、いくつか質問をしていきたいと思います。」
 司会者の話運びは、質問表からすでに察しがついていた。しかしこの場でその展開を示されるとやはり緊張を抑えきれない。
 那珂はゴクリとつばを飲み込む。チラリと夕張たちを見ると、やはり緊張の面持ちだ。
 事前に質問がわかっていようが、やはりこの手のイベント・テレビ的にはドがつくほどの素人なのだ。無理もない。達観する自分も実は平然を装うのが精一杯。学校の全校集会などとは次元が違う。
 想定外の質問かあるいは普段自分がしてるような茶化しをされたら、自分も一気に慌てふためきそう。那珂は再び唾をゴクリと飲み込み、きたる質問に構える。


--

「普通観艦式というのは、海上自衛隊や外国の海軍の実際の艦が行うイメージがありましたけど、こうして艦娘のみなさんもするんですね?」
「えぇ。我々艦娘の技術や能力を知ってもらうために、モチーフになった艦に倣って行っています。」
 司会者の最初の質問には霧島が答えた。
「いや~負けず劣らず迫力ありましたね。と言いながら私ども海上自衛隊の観艦式とか見たことないのですけど。あの爆発や魚雷?も本物なんですか?」
 霧島は軽い握りこぶしの先の指を口に当てなぜか失笑し、答えた。
「どういった意味で本物か否かおっしゃられてるのかちょっと判断しかねますが、現実のものかVRなどの仮想的なものなのかという意味でしたら本物です。」
 司会者はその回答に言葉が続かない苦笑を漏らす。霧島はそれを全く気にせず続けた。
「自衛隊や各国の軍艦・軍隊が使うような対艦・対人こそが本物という意味でしたら、私達艦娘の砲撃や雷撃による爆発は偽物です。私達の砲雷撃は人間や艦相手ではなく、深海棲艦という化物相手に特化した特殊仕様のものですから。」
「そ、それでは人が誤って撃たれても問題は?」
「それは……用いる武装によりけりです。倒すのに本物の火力も必要になることがありますので、強力なものを使えば危険性は増します。それは間近で扱う私達艦娘が一番気をつけなければいけませんし。種類は違えど私達と同じ生き物を殺傷する武器なので、私達が怪我をする可能性は無視できるものではございません。」

 霧島の非常に的確な説明に、会場の面々は感心している様子を空気として醸し出す。しかしクソ真面目な説明に会場の空気は温まらない。そもそも会場は真面目な質問を望む客と戦う女の子をアイドル的に間近で見たい客の半々だ。会場の熱気はまさに半々といったところである。
 テレビなどの公共の場慣れしていない那珂はその空気になんとなく気づいたが、それを気にする間がなかった。
もうひとりの司会者が質問をしてきたのだ。

「す、すごいですね~私達一般人は想像が及ばない分野ですね~。と、ところで那珂さんでしたっけ。観艦式のフリーパートでは、一人でその他大勢の艦娘に立ち向かっていましたが、これはどういった意図といいますか意味があってやっていたのですか?」
 那珂は自身のことを振られて我に返る。しかし焦りを見せて喋るチャンスとアピールするチャンスを逃すつもりは毛頭ない。軽やかに答え始めた。

「ええとですね、私が霧島さんたちに提案したんです。もともと艦娘の力を皆さんにお見せするという目的には演習試合が最適かな~と思っていたし、私自身、他の鎮守府の艦娘のことをもっと知りたいなって思いもあったんです。」
「でも……1対大勢って明らかに不利ですよね? 那珂さんの提案に無茶だなとは皆さん反応ありませんでしたか?」
「エヘヘ、はい。最初は……ね?」
 那珂がその後の言葉を濁しながら隣とその先を見つめる。那珂の言葉の続きは霧島が引き継いだ。
「そうですね。最初はこの小娘ったらなんて無茶なこと言うんだろうって思いましたわ。よその艦娘だから私達も強く言えなかったので半信半疑でしたけど。実際に実力を見せられてこの娘の提案に乗ってみようという気になりました。」
「那珂さんってそんなにお強いんですか!? とてもそんなふうには見えませんけれど……。」

 司会者の二人は揃って那珂に推し量りきれない視線を送り評価を口にする。那珂が苦笑しリアクションを取れないでいると、霧島がサラリと返した。
「艦娘は筋肉や背格好などの見た目ではありませんから。」
 霧島の唯一ともとれるユーモアの感じられた一言に、会場はようやく安堵の息と笑いを漏らした。
「もしご迷惑じゃなければ触って確認させていただいてもよろしいですか?」
 女性の方の司会者の提案に那珂たち三人は一瞬呆ける。霧島が視線で確認を求めてきたので那珂は戸惑いを込めた返事をした。
「えぇと。別にいいですけど、ホントにふつーの女子高生やOLさん?の腕ですよ。ね、霧島さん。」
 霧島は那珂の同意を求めたセリフの末尾に特に言葉なく頷いて同意した。
「それでは失礼して。」「さすがに私が触るとセクハラになりますので○○さんにお任せします。」
 もう一人の男性司会者の言葉に会場はドッと湧く。

 女性司会者はしずしずと那珂らに近寄り、小声で再び「失礼します」と発して那珂たちの二の腕や肩、腰にそっと触れ始めた。
 ずっと触るつもりはないのか、各所2~3秒以内に触り終え、女性司会者は戻っていった。

「えぇ~と、ありがとうございます。確かに普通の女性のからだつきでした。なんか変な質問してゴメンなさいね。」
「いえいえ。」
 女性司会者が申し訳なさそうに謝ると、代表して霧島が若干苦笑いを浮かべて応対した。互いにそれほど特徴的でもない身体について触れ合いたくないのか、すぐに掛け合いは静かに治まる。
 司会者の二人は小声で打ち合わせた後、次の質問を繰り出した。


--

 あまり順調ともいえないが無難な雰囲気で質問と回答の応酬がこなされていった。回答による口の渇きをようやく感じ始めた那珂がふと我に返ると、トークショーは終わり間近だった。

「え~、そろそろトークショーも締めの時間となってしまいました。もっと艦娘の皆さんはいらっしゃるので本来であればお招きしてもうちょっと艦娘の皆さんにお話聞きたいところですが、会場や関係各所の都合もあって、こちらの三名に代表して参加していただき、貴重なお話をしていただきました。皆様、盛大な拍手を~!」
 司会者の音頭とともに会場の観客席からは轟音ともとれる拍手が響き渡った。那珂たちはそれを気恥ずかしさで顔を赤くして何度もお辞儀をしたり手を振ったりして様々に反応した。

 那珂がやっとこの緊張のショーが終わる安心感で会場を何度か見渡していると、建物に近い観客席の端に、明らかに見知った顔を発見してしまった。その顔らは那珂と視線が合ったことに気づいたのか、鳴り止まない拍手と声援の中に明らかに異質な声を混ぜてきた。
「うおぉああああ!なかさ~~~~ん!いいぞ~~~!きゃ~!」
「那珂さぁ~~~~ん!ばんざーーいっぽおぉぉぉい!」
「……なかさーん!」

 一番声を張り上げていたのは、頼れるが一番厄介な後輩、その後輩にベタベタに慕う駆逐艦、そしてなぜか一番関わり・触れ合いがないと思っていたクールな駆逐艦だった。
 他のメンツの声は那珂には届かない。声自体は出しているのだろうが、きっとかき消されているのだろうなと察した。

 ちっくしょうそういうことかあいつらめ~。ずっと見てたのね。

 安堵の笑顔から苦笑に表情を変えた那珂は観客席に送る視線と手の振りを集中的に件の方向に向け、一言感謝の言葉を述べた。

 それは他の人間から見れば、単に観客の歓声に答えたようにしか見えない行動だった。

ex3 那珂:ステージ後

 拍手鳴り止まない中、司会者に促された那珂らは席を立ちステージ下手に退場した。会場では司会者の二人による本当の締めの言葉が続いていた。先に戻った那珂たちを待っていたのは、妙高と鹿島そしてスタッフらだった。

「ご苦労様です、皆さん。よく頑張りましたね。」と妙高。
「お疲れ様です、霧島さん、夕張さん。私ハラハラしちゃいました。」鹿島は若干の嬌声で自分の鎮守府の二人に抱きつくように駆け寄っていく。

 緊張の糸はその時、那珂ら三人を完全に解き放った。
「妙高さぁ~~ん! あたしもう心臓バックバクもんでしたよぉ~!」
 那珂が抱きつくと妙高は一瞬驚きの表情をするが、すぐに慈母の表情で那珂の頭部を撫でて慰める。同じような光景は夕張と霧島、鹿島も行っていた。
 そんな普通の少女たちに戻った艦娘たちを、イベントショーのスタッフらは遠巻きに笑顔で眺めていた。


--

 やがてショーは閉幕し、司会者の二人が戻ってきた。イベントのディレクターやスタッフ一同が舞台裏たるテントの中央に集まる。
「いや~お疲れ様でした。皆さんのおかげで盛り上がり十分で最後まで進めることができました。」
 ディレクターがそう口にするとスタッフらからは拍手が鳴り響く。イベント主催団体の面々はディレクターに握手をした後、続きとして挨拶を発する。
「今回の祭りの本イベントは、弊社がかねてより実現を強く願っていたイベントです。海自や艤装装着者管理署に掛け合ってイベントとして加えてもらっただけでも感謝ですが、成功にこぎつけたことに大変感謝の気持ちが絶えません。特に主役の艦娘の皆さんにはお忙しい中ご参加いただけて一番感謝しております。本当にありがとう!」
 主催団体の代表が妙高と鹿島に近づいていき両手で握手をしあう。その次に霧島・夕張そして那珂に感謝の言葉と握手を交わしていった。那珂たちは一言ずつ感想を口にした。

「こういったイベントに出るのは初めてでしたので緊張しました。自分の会社では特に目立たない一般社員でしたのに、艦娘になってこういう場に参加させていただけたことは良い経験になりました。今後の糧にできればと考えております。」
 社会人で真面目な霧島らしい感想と挨拶だ。
「え、えぇと。私はただの女子高生でこういった場には全く慣れてなくて今でも信じられません。芸能人にちょっとだけなれたな~という感想で精一杯です。あのあの!本当にありがとうございました!」
 夕張は未だ緊張によるどもりが抜けきっていないのかたどたどしく言葉をひねり出しながらもどうにか挨拶とした。

 そして那珂が口を開いた。
「あたしも、普通に高校生活送っていたらありえなかったこうしたイベントやテレビ局のある場に参加させていただけたことに、皆さんに感謝が絶えません。あたし、昔からなんとなくアイドルとかになってテレビに出ることが夢だったので、ある意味夢が叶ったかなって浮かれてます。緊張が解けた今はなんかふわふわってして嬉しいやらなんやらでいっぱいです。こんなあたしたちみたいな艦娘でよければ、今後もこういったイベントで市民の皆さんを喜ばせてあげられたらいいな~って思います。本当にありがとうございます!」

 三人の言葉がテント内に浸透すると、再び拍手が巻き起こった。中には三人の言葉にツッコミを入れたり反復して自分の感想を言い合ったりしている。
 その後那珂たち艦娘はスタッフ一人ひとりに握手と挨拶をしてテントを後にした。


--

 テントから出た艦娘たちは、会場付近の混乱を避けるため、渚の駅たてやまの博物館分館の通用口から目立たぬ経路で会場を抜け出した。
建物の通常の入り口とは違う別の通用口で一旦立ち止まり、互いに挨拶を交わし合った。
「これで最後のイベントですよね?」と那珂。
「えぇそうです。無事に終えられて一安心です。フフッ。」と鹿島。
「舞台裏から見てる私達のほうが緊張してしまいましたね。」
 妙高がそうつぶやくと鹿島は強めに頭を縦に振って同意を示し、マネージャー的立場だった自身らの内輪向けの感想を言い合った。

「ねぇ鹿島。この後の予定は?」
 霧島が事務的に尋ねると鹿島はバッグから手帳を出して確認して答えた。
「間もなくお昼で……この後15時から館山基地で閉会式、それ以外はなにもないです。自由時間ですよ。」
 鹿島の口から予定を聞いた霧島と夕張は大きめの溜息をついて安堵感を示した。同じ予定である妙高と那珂はなんとなしにクスッと笑う。

「そーだ!」
「どうしました、那珂さん?」
「観客席に川内ちゃんたちいたんです。最後の方で気づいたんですけど。」
「アラアラ。もしかしたらまだ会場のどこかにいるかもしれませんね。」
「なんか会うの恥ずかしいな~。」
 那珂のわざとらしい照れの仕草を見ていた霧島が思い出したように言った。
「そういえばうちの娘たちも見かけたわ。あの顔は見慣れてないから新人達だったかも。鹿島、探して拾ってから帰りましょう。」
「フフ、そうですね。」
 雑談を交えながら一行は通用口の扉を開けて外に出ようとした。その時、建物の中から呼び止める声が聞こえた。


--

「すみませーーん。千葉第二の艦娘のお二方ぁー!」
「あ、はーい。」
 言及された対象が絞られていることに気づいた鹿島らは軽く会釈をして別れの言葉を交わし、先に会場の人の雑踏の中に消えていった。
 立ち止まった那珂と妙高は追いかけてきた人物を待っていた。
「すみません呼び止めてしまいまして。わたくし、こういうものです。」
 息切れを整えるのもほどほどに男性が差し出してきた名刺には、意外な社名が書かれていた。

「○○TV営業の高瀬と申します。この度はお勤めおつかれ様です。」
「あ、○○TVって、ネットテレビ局の?」
「えぇ!ご存知いただけて光栄です!」
 那珂がつぶやくと、高瀬と名乗る男性はパァッと明るい雰囲気を出して続けた。
「実は弊社ではですね、艦娘の皆様の活動紹介をベースにしたドキュメンタリー番組企画を計画中でして、もしよろしければお力添えいただけないかなと存じております。」
「そうでしたか。でもなぜ弊局に?神奈川第一鎮守府のほうが在籍する艦娘も多くて適切かと思うのですけれど。」
 名刺は提督代理の妙高が受け取り、受け答えしていた。那珂は妙高の隣で呆けた顔で二人のやり取りを見る形になっていた。

「以前防衛省に取材したときにお聞きしたのですが、千葉第二鎮守府は創設されてまだまもないとか?」
 那珂と妙高は顔を見合わせた後「そうです」と返事をする。
「私どもが求めているのはまさにそういうところなんです。これから艦娘が増えて発展していくというところがまさに好例なんです。あと私どものオフィスとスタジオが検見川浜とはそれほど離れていない場所にあるので、そういった地理的な面でもベストなのです。それでですね……」
 言葉巧みに操って連ねる彼の言に圧倒された二人は、あまりの勢いに戸惑う。この場では回答しようがないしそもそもの責任者は提督なのだ。
 妙高は適当に返事をしてあしらうことにした。
「お誘いいただけるのはありがたいのですが、まだ今回の任務も終わっていないですし我々にも都合がございます。西脇には私から伝えておきますので、後日改めてということでよろしいでしょうか。」
「あぁ!それは全然構いません。お渡しした名刺に記載しております連絡先にいただければすぐに伺いますので。それではご連絡お待ちしております。」

 高瀬は那珂たちに深くお辞儀をした後、足早に通用口を建物の奥に向かって戻っていった。
「なんか嵐のような勢いの人だったなぁ。知ってるネットテレビだったからそのまま聞いちゃったけど、本当だったのかなぁ。」
 妙高と二人だけになった通用口の出入り口で、那珂は独り言のようにポツリと口にした。妙高はそのセリフに対し、イエスともノーとも取られない曖昧な相槌を打つのみだった。


--

 その後通用口の出入り口から、会場の出店がある広場(渚の駅たてやまの駐車場のエリア)に出た二人は、ごった返す広場をどうにか突っ切って余裕のある場所で時雨たちに連絡を取ることにした。
 妙高が電話をかけると、ほどなくして相手の声が発せられた。
「……もしもし?」
「あ、理沙? 私よ。妙子です。」
「あ、お姉ちゃん。もうテレビのほうはいいの?」
「えぇ。終わったから皆と合流したいの。今○○の屋台の後ろの広場にいるんだけど、あなた達どこにいる?」
「あ、えぇと。そこだったらさっき寄ったところだから、皆連れて行きます。待ってて。」

 理沙は的確に場所を把握したのか、自分たちから移動することを宣言した。妙高が電話を切ると那珂は視線だけで確認した。
 妙高は軽く微笑みながら一言で知らせる。


 無事に理沙や五月雨達全員と合流を果たした那珂たちはの昼食を買い、広場で空いている席に場所取り、海辺の気楽な昼食タイムを進めた。その昼食時の話題は、那珂の出演のネタでもちきりだったのは当然の帰結だった。

 昼食後、妙高は神奈川第一の村瀬提督・これから来る西脇提督らとの最後の調整のため先に館山基地に戻っていった。残った那珂たちは閉会式が始まる時間まで、思い思いに祭り最後の時間まで思い出づくりに励むのだった。

同調率99%の少女(24) - 鎮守府Aの物語

ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69968465
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1PrLZcpxkT87EoLbXRPnVsOFwm6TwvB5iRtZpzkCXPVw/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(24) - 鎮守府Aの物語

緊急出撃で東京湾を飛び回った神通と五十鈴。連戦のすえ、二人は浜金谷~安芸勝山沖の海上にいた。二人はようやく安堵しせっかくだから館山に行って那珂達と合流しようと考えた。 一方で那珂・川内達が知らされたのは、同海域で深海棲艦に襲われている、鎮守府Aの艦娘がいるという思ってもみない知らせだった。 2018/12/26 - ex 3話目公開しました。全話公開しました。 --- 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work