私の星

2017年12月の作品です。

 チャイムが鳴る。私は教室を出た。人が来ない校庭の隅にお弁当を置いて地べたに座り込む。そして顔にハンカチを載せて仰向けに寝た。目の前にきらきらと星のような景色が広がる。
 私は糸の隙間から零れる太陽光を眺めるのが好きだ。これは幼稚園の頃に発明したお昼にも星を見る方法である。本当の星空も好きだが、昼に見る星というのが乙なのだ。
 きらめきを楽しんだ後に目を閉じて少し休んでいると、ハンカチを奪い取る手が現れた。歯を見せて笑う。それは凛であった。私は上体を持ち上げて姿勢を正す。凛は私の隣に体育座りをした。私はジャージだが、凛は制服のままだ。しわのない綺麗なスカートに土が付く。
「春香はそれするの好きだね」と凛は言う。
「まあね、毎日つまらないから」
「うそ~」
 凛は私のニヒルな物言いに笑った。無邪気な声は先ほどまで見ていたハンカチから零れる星の輝きに似ていた。
 凛は友だちが少ない私の隣によく遊びに来る。ふらりと立ち寄って、また凛の友だちの輪に帰っていく。ひとりぼっちの私を哀れに思っているのだろうか、と最初は気に入らなかった。捻くれた私の態度に臆せず凛は笑顔で声をかけてくれる。いつからか私は凛が私に微笑みかける時間を待ち望むようになった。
 気付けば今日のように、昼休みの時間にも凛は私のところへやってくるようになった。話すことと言えば授業のことと部活のことだけ。同じ趣味があるわけでもなく、悩みを打ち明ける仲でもない。それでも私には凛の存在は胸の中に輝く一つの星のようであった。
 ハンカチの星を見る習慣については親しい数人にしか打ち明けていない。幼稚園の頃に園庭で寝ていたら、先生に強く怒られた。そのことを覚えていた同じクラスの子からも何度も馬鹿にされた。地面で寝るなんて変だよ、きたないよ、と耳にタコが出来るほど言われた。最終的には母親から禁止令が出されてしまったのであった。
 凛にこの習慣を打ち明けたとき、凛は驚いた表情をしていたが一緒に仰向けになってハンカチを顔に載せた。
 「そうか、春香はこの光を見ているのね。とても綺麗。いいよ、どんどんやって。私が許可してあげる」と言った。あの日は特に凛が輝いて見えた。
 「じゃあ、そろそろ行くね」
 少しお話した後に、凛はおもむろに立ち上がった。地面に置かれていたスカートが広がり、土がぱらぱらと舞う。それでも全ての土が落ち切らずに凛のスカートを汚していた。私は思わず手を出して、凛のスカートを叩いた。二、三回パッパッと手のひらで払うと土は全て落ちた。
 「わあ! 急にやるからびっくりしちゃった。ありがとうね」
 凛の照れ笑いが可愛らしく、私まで照れてしまった。凛のお尻に触れてしまった手を握り締める。少し罪悪感があるのはなぜ。 
 凛は手を振ってから私に背を向けて帰った。教室には凛を待っているグループがある。もう少し話していたいとは言えない。その代りに私は毎回、ある習慣を行う。これは凛に内緒でやっている。お別れするときに凛の背中を眺めて「また来てね」と願いを込めてお祈りするのだ。今日もいつもと同じようにまた来てね、また来てねと心の中で唱える。
 凛が度々私のところに来るのは、凛の優しさと私の祈願のおかげだ。初めて祈り始めたときからずっと凛は私のところに遊びに来る。そういうことにしないと、なんで凛がわざわざ遊びに来てくれるのか私にはよく分からない。可愛いお友だちがいつも近くにいて、勉強もできて、スポーツもできる凛。私のつまらない生活の中で唯一輝く星。どうしても凛のきらめきを失いたくない。まるで流れ星だ。きっと明日も凛の笑顔を見ることができると自分に言い聞かせて祈った。
 この習慣を凛が知ったら気持ち悪いと思うだろうか。お昼の星を眺めることを許してくれたように、私を許してくれるだろうか。いつか打ち明ける日が来るのか分からない。だが、凛を思う気持ちだけは禁止されたくない。
 私はお弁当を食べ終わって、また校庭に横たわる。ハンカチを顔にかけた。次は体育だからこのまま昼休み中、お昼の星を楽しむことができる。光は変わらず、私に向かって輝いていた。

私の星

私の星

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-17

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