風花

2017年11月の作品です。

 雲ひとつない青空に太陽がすっきりと輝く。
僕は黄色い帽子のゴム紐を食べながら下校していた。今日の昼休みの話をして友だちと歩く。友だちの上着の袖は鼻水を拭って太陽に負けないくらいに光っていた。すると、はらはらと雪のようなものが降っていることに気がついた。
 僕は友だちに尋ねた。
「なんだろうねこれ」
 友だちは僕に答えた。
「なんだろうねこれ」
 白いものは僕たちの言葉を無視して軽やかに踊る。空を仰ぐ僕の口からゴム紐が零れた。顔に降りてくる小さなものは一瞬で消える。体温で溶けてしまうのだ。友だちの髪の毛の上にちょこんと座ったそれを見て、やはりこれは雪だと僕は思った。友だちは鼻水を垂らしたまま別れた。
 家に帰るとお母さんはテレビを観ていた。有名な俳優が問題を起こしたらしい。手を洗い、ランドセルを自分の部屋に置いて僕はお母さんに話しかけた。
「お母さん、よいお天気なのに雪が降ってきたよ」
「ああ、それは群馬の山から風で流されてきた雪だよ」
 お母さんはポテトチップスを食べながら答えた。当たり前でしょうと言いたそうな顔をして、テレビ番組に視線を戻す。
 僕は驚いた。山ではもう雪が降っているのか。先週末に家族と紅葉狩りに出かけたばかりなのに。そのときもお母さんは俳優の話をしていたっけ。
 僕はリビングの窓から外を眺める。雪は変わらず気まぐれに降っている。やる気がなく意思のない軽い雪だ。どこに行くか考えてない。太陽に照らされた雪はお布団を叩いたときに湧き上がるきらきらしたもの―お母さんは埃だと言っていたけれど僕は信じていない―に似ていた。
 去年、長野県のスキー場で見た雪はもっとやる気があった。やる気のある雪は恐ろしい。目の前を真っ白に覆い隠すのだ。たくさんの重たい雪が僕の体を叩くように降る。少しの間でも外に立っていると頭の上に雪が積もって、一日したら体が埋まっちゃうよとお父さんが言っていた。その日は外出するのを控えて、お部屋でトランプをやった。
「お母さん、今年もスキーに行く?」
「行くよ。今年は初級コース卒業できるといいね」
 僕はスキーが好きじゃない。でもお母さんもお父さんも毎年スキーに行きたがる。僕は渋々付き合ってあげているのに、両親はずっと気付かない。やる気がないから僕は毎回でたらめに雪山を滑る。スピードをコントロールできない。はたから見ると落ちていくように見えるらしい。よく転ぶ。スキー教室の先生はいつも僕の近くに付きっきりだ。いつまでも上達しない僕を見て両親は残念がっていた。大きくなったら上級コースを一緒に滑ろうねと言われても、僕には全くその意思がなかった。
 靴を履いて僕は外に出た。公園へ向かって歩いた。公園には小さい子どもとそのお母さんが何人かいて、空を見上げていた。僕はジャングルジムの一番高いところに登った。はらはらと降る雪をじっくり観察した。雪は風が吹くとすぐに動きを変える。僕の顔に近付いてくる雪に息を吹きかける。ぐにゃっと明後日の方向へ飛んでいく。たくさん降っているわけではない。どうにか風が全て僕の方向に吹いてくれたらいいのに。もっとこの雪を見ていたい。たまにしか近くに降りてこない雪にもどかしさを感じた。
 この雪はちょっと僕に似ていると思う。風でどこにでも行く姿はまるで家族の誘いでやりたくもないスキーをする僕のようだった。僕は今年の冬休みはどうしようかと雪に話しかけてみた。僕の暗い気持ちを知っているのか知らないのか、雪はふわふわと落ちたり浮いたりしてみせた。そして僕の手のひらに着地した。まあ、この雪と同じならいいかな。こんなに綺麗だし。雪はすぐに消えた。僕は今年もスキーに行くだろう。この雪のように風に身を任せるのもいいかもしれない。
 手が冷えてきた。手袋をして来なかったことを後悔した。時間はまだ早いが、徐々に空は暗くなり始めていた。僕が見落としていただけで、確かに冬が近づいている。今日はもう帰ろう。お母さんがテレビの話を僕にしたがっているはずだ。
 不意に吹いた風に煽られて、雪はそっとジャングルジムから下りる少年の背中を撫でた。

風花

風花

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-17

Copyrighted
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