吸血の記憶

 私の耳の中、なぜだかおとといから聞こえるようになって幻聴が気になってしかたがなかった、まるで現実味がなく、幼稚な幻聴で、すぐに治まるものだとおもっていたのだが、学校の授業、友達の話、通学のタイミングでの雑踏の足音や物音、晴れた日差し、手の中のスマートフォン、全てが目に入らないように、まるで雑音のように聞こえる。
 「お前はヴァンパイアなんだ」
 はあ?はい?内なる声にそんな事をいわれても、私はどうかしたのかとか思うだけで、そんなの英単語の暗記の合間にきえてなくなる。しかし、なぜ私がヴァンパイア、そんな事を電車通学の合間中ずっとかんがえてきた。

 ガラガラガラ、私は誰より先に学校にいて、一人ぽつり席についていた、少し経つと人がはいってくる、話しかけてくる友達はいるが、ほとんど耳に入ってこなかった。私はきっと、今朝の事件が起こるまで昨日みたアニメの回想を脳内でずっと繰り返していた、OPの作画に酔いしれる。そういえばヴァンパイア——私の幻聴がいうヴァンパイアなら―—佐藤君のほうがふさわしいと思う、佐藤君は、クラスの女子にいつもいじわるをする、それに彼は犬歯が目立つ、かわいらしいが、欧米ではそういう歯は嫌われるという話を聞いたこともある。
 「よー、ジロウ、今日も寝てるかあ?」
 「やめなよ」
 しばらくぼーっと考えていたが、また大きな集団がはいってきて、教室がガヤガヤしてきた、長身の佐藤君、どんぐりのイガみたいな頭をした佐藤君がジロウ君にちょっかいをだしている、優等生だがよく眠っていることがあるジロウくん、仲がいいのか悪いのか、たまに殴り合いの喧嘩をしている。私はたまらず声をかけた、ガラガラ、席をたち、丁度真ん中をとおって前方、座席の群れの中から右の一番前ににじりよる。
 「佐藤君」
 「なんだよ」
 佐藤君は、私とすぐに眼をそらす、いったいどうしてこの子は私を怖がるのだろう、私は、彼があえていじけたように人に嫌がらせをすることをしっている、本当はユーモアもあるし、人を笑わせることもするのに、いつもいじけている。彼は頭をかいてそっぽをむいて左足をくのじにまげてちゅうぶらりんにあそばせながら、私に反応していた。
 「へっ、暇つぶしの偽善活動か、学級委員長」
 「偽善って、あなた、やる時にはやるってみんな知ってるんだから、いつも悪い不利をして、あまのじゃくに斜に構えるのやめたら?みんな知ってるよ、はずかしい」
 「ぐっ!!」
 まただ、また私は教室で人をしかりつけてしまった、こんなことまですることはないのに、首元のアクセサリーをにぎった。これは祖父の残したお守りで、特別に学校にもってくることも許されている、三年前事故でなくなった祖父の——この街の英雄だった、警察官だった祖父の残したもの……——
加えて佐藤君の家とは嫌煙の中で、昔マフィアをやっていた父おやの事も含めみんな知ってる、でもいまとてもいいひとだってこともしっている、いまはしがない飲食店の労働者だけど、道を踏み外す前の佐藤君のお父さんはインテリで、実は警察官だった祖父とも仲が良かった。


 私はその日、あまり寝付けなかった、今日も彼を叱ってしまった、なぜだろう、あまりにも唐突すぎたし、人前でやればやるほど、彼は拗ねていってしまう気がする、もう少しいい方法があるのだろうか。あまり彼等の中に介入しないほうがいいだろうか?けれど先生がくるまえに騒ぎが起きても困る、隠蔽の意図はないが……。もしくは私は、彼のいうように、この行いを楽しんでいるんだろうか、ひょっとすると彼の言うように……もしくは私の中に偽善の固まりがあって、それが悪さをするのだろうか。

 その日私は夢をみた、それは西洋の夢だった、どこか大きなお城の中に、私は一人の神父として潜り込んでいた、向かい合う前に敵はいた、そこは大広間だった、その部屋はひろく、天井までガラス窓がつづいていた、装飾はとてもとがってゆがんだデザインだった。敵はドラキュラだった、吸血鬼だ。
 「神父、またきたのか」
 へらへらと笑う吸血鬼、佐藤君ににている、私はどちらかというと私のパパに似ていて、ごつごつしたひたいをして胸元には十字架をかかえて左手には何かしらの壺をかかえていた。
 「今日こそお前を退治にきた」
 「へっ、くっ」
 吸血鬼はへらへらしているが、十字架を、あるいは私をとても恐れている。きっと私との間にいくどもこういう抗争があったのだろう、吸血鬼は大広間で、長テーブルの向うで、唐突にとびあがり、その上にすわった、食事に使うであろうそのテーブルの上のテーブルクロスを、よごすのも構いなしに彼は大きく奇声をあげた。
 「キョエエエエ、怖くはない、怖いわけがなかろうが!!」 
 なるほど彼は、やはり佐藤君だ。声と裏腹に顔は窓から外の月夜をみつめていて、少しも私に滲みよる気配はない、表情はこわばり、額からはとめどなくあせがだらだらと流れ続けてる。

 私はいつのまにか、彼と同じテーブルの上にたち、彼の襟首をつかみ、そして彼の顔にめがけて、ニンニクや十字架をあてて彼の苦しむ顔をみて、怒りとも悲しみとも喜びともつかぬ恍惚な表情をみせていた、性別こそちがえど、私は、たしかにこれは私だ、と感じた。きっと、これが私の前世なんだ。ならばあの声は、きっと何かを誤解して……そのころ、現実の世界で目覚ましのリリリリリという声がして、そしていつもの——あの声―—がきこえた。

 お前には吸血鬼の——……——血が流れているんだ。

 お前には吸血鬼——狩……——狩りの——血が流れているんだ。

 私は起床の寸前に思い出した、前世の私は、あの吸血鬼に親を殺されたのだ、だから偽善ではない、けれど佐藤君に見透かされたように、私は正義で悪を裁くとき、恍惚の感情を抱くのだ。

吸血の記憶

吸血の記憶

声 幻聴 中二 ヴァンパイア 学園

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-16

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