寝起きのバネ
朝めざめてすぐ昨日読みかけで終えていた小説の一ページに目を通した、ふと記憶がよみがえるのは小説ではなく昨日のことだ、昨日の私は帰宅後そのままつかれはてていて、朝シャワーをあびればいいとジーンズとセーターで眠っていた。
「ああ、そういえば、いやなことがあったような、何か、いやなこと」
といってもそれほど気にするようなことでもなかったようでもあり、思い出さなければ何かが咽にひっかかったような鈍い違和感を続けるような感じもする、それはたとえば、今みたいなちょうど寝起きのときに、今までみていた夢が思い出したくて思い出せないときのような感覚にとても似ていた。
いったい何だ、何だっただろう?何でもなかったのではないか?そのうち進歩がない考え事にいらいらしてきて手のとひたいをあわせた、ソファーからずりおちそうで体を縮める、今日は昨日ほど肌寒くはない。けれどカーテンをあけたらきっと冷たい空気が部屋の中に充満していくことだろう、ガラス窓をみたくない、たったそれだけのことで動きが鈍い。
「あ、ああ」
すでにさっきのことは忘れかけていた、それでもまだ鈍い頭、私は瞳をこすった、眼やにはついていない、私自身はいくら痒いというときでも私の瞼にふれることはあっても、その眼球にはなるべく触れない、私はよく自分で自分の眼を傷つけてしまうから。そう思って右のテーブルをみると、昨日買ったインスタント食品のラーメンのすぐ傍に家用の黒ぶち眼鏡がころがっていた、丈夫なのでお気に入りだ、最近ちょっと度があわないきがする、でも変えに行く時間もない、その眼鏡にあおむけのまま少し無理な体勢でてをのばし、中途半端に片方だけ耳にかけるスタンドをのばした。
「壁紙、はがれているな」
天井の壁紙、白くごわごわした壁紙がはがれかかっている、もうここに住みはじめてから5年になるのだろうか、今度ここに住む人はこの壁紙をどう思うだろうか、もし気が向いたなら直しておいてやろうか、今度は右の一段高いテーブルに顔をのばしてのぞき込んだ、少しひじをたて、体制をかえた。私の顔はひどい表情だった。夢がおもいだせないので頬杖をついているがふてくされた顔だ、それがわかったのは、斜めのまま顔をそちらにむけ、ノートパソコンがスリープ状態で丁度私の顔が映りこんでいたからだ、起動する、デスクトップに飼っている小鳥の壁紙。
「あっ」
そう、昨日、昨日の事だった。丁度職場で写真好きだという人が名乗り出て、その写真が私の写真より加工技術も、カメラの技術も、知識においてもいくつも優れていたので、昨日私は嫉妬し、あるいは落ち込んでいたのだ、私も人に褒められるような写真がとりたい、ただ自分でもわかるほど、私の趣味は浅く広い、たったそれだけのことだ、それだけのことを、朝目覚めたとき、今日を始めるためのやる気のひとつのバネにしようと、昨日眠る前に考え付いておいたのだ。
寝起きのバネ