第7話ー3

「物語もここで終わりにしましょうか」

 炎が消え、巨体の後ろから透明な身体の中に煙のようなものを漂わせる男が影のように現れて言う。その人物の見た目から年齢を想像することはできないが、人間の年齢に換算するとすでに800歳は越えた、別宇宙の異星人、ラーフォヌヌ人のドヴォルだ。

 空気を操作することができる彼の能力が室内の酸素濃度を濃くしたことによって【繭の楯】とメシアを5人は敵の襲撃だと気づいたのだ。

「さあ、救世主を渡してください。ここは有意義な交渉をしましょう。あなた方が救世主を渡すのであれば、死人が増えずにすみます」

 ドヴォルは透明な顔を撫でながら、不気味に笑みを浮かべた。ドヴォルは心中でこの脅しで救世主が手に入るのならば、楽なのだがな。囁いていた。

 しかし【繭の楯】も必死なのは同じ。

「救世主を渡すはずがないでしょ。ボロア、逃げて」

 この時【繭の楯】の5人は遺跡の内部の都市。その朽ち果てようとしている建物の屋上に陣取り、彼らから見て斜め上のドヴォルを見上げる恰好になっていた。

 トチス人の、人間の年齢に換算すると23歳ほどの若い異星人は、オレンジ色の瞳を大男、人間の年齢に換算すると69歳にはなるが、初老さなど微塵もないボロアに叫んだ。

 筋肉に覆われた腕にはメシアが人形のように抱かれていた。

 ボロアは4つの眼が付いた顔で頷くと、姿がその場から消えた。亜光速の世界へ突入したのだ。

「逃げ切れると思っているのですか?」

 ドヴォルは知能が低い、と言いたげに首を横に振った。

「1つ、大切な教訓をあなた方に教えて差し上げよう」

 そう言うとドヴォルは空中に舞い上がりゆっくりと反重力能力を利用して【繭の楯】たちが立つ、同じ建物の屋上へと着地した。

 聡明な腕を後ろでに組み、まるで教師の如く彼は眼を見開き、4人へ話は占めた。

「ある宇宙の青いガス惑星の第1衛星に小さな村がありました。その村の資源はガス惑星を満たす、その宇宙特有の有機性ガスを採取して、大手企業へ売ることで、村の経済を維持していました。もちろんガス資源を独占したい企業は多くありましたが、ガス惑星の所有権は村の村長が代々受け継ぎ、宇宙評議会もこれを認めていました。裁判を数百と起こされても、宇宙法は村を守ってくれたのです。しかしある日、村に軍隊がやってきました。それは恐ろしい軍隊でしてね、村人は全員捕虜にされました。そして村長に言い放ったのです。ガス惑星の権利をよこせと。ですが村長は、権利は村の資源、未来の子供たちに受け継がれるもの。そう言い続け村人はあえなく殺され、村長もまた殺されたのです。
ここで私の言いたい教訓がなんなのかお分かりですか?」

 透明な顔をニコリとして、身構える4人を一瞥した。

「未来とために守ったことで、未来そのものが失われたということです。あなた方も今、未来を守ろうとしてすべてを失うのですよ」

 言い終えたドヴォルは唸るように笑い声を発した。

「それがあんたの過去ってこと? つまらない話」

 ジェイミー・スパヒッチが独特の脳天から抜けるような甲高い声で言い捨てた。

 ドヴォルはニコリとした。軽く透明な首を縦に何度も振り、心中では失礼な娘だ、とささやきながら唇からは違う言葉を発した。

「鋭い人間は嫌いじゃありませんよ」

 ドヴォルは少し歩き始めた。4人の周囲を回るかのように。

 4人の中には攻撃して先制すべきだ、と思う者もいたが、あの部屋を満たした炎が気になって、攻撃できなかった。まだどこかに敵がいる。ボロアとメシアを逃がした4人はテレパシーで会話しなくても、そう感じた。

「そう。わたしの種族ラーフォヌヌ人は、わたしの住む宇宙ではわたしがいた村にしか存在しない少数民族でした。それが殺されたのです。多種族で構成された宇宙の絶対的組織宇宙評議会はすぐに調査しました。唯一生き残ったわたしの証言をもとに。わたしは隠されていたのですよ、家の地下室にね。家族が殺される悲鳴を耳にしながら永遠と救出隊がくるまでの間。それから表舞台に無理矢理出されたわたしは、ガス惑星の採掘権を持った生存者ということになったわけです。ですが大人というものは恐ろしい。隠ぺいしたのですよ、我が民族の殺害を。どこの誰が行ったのかはわかりませんがね。わたしももちろん虚言だと言われ、子供の言うことだとバッシングを受けたものです。集団心理とは実に面白い。敵を見つけると一斉に攻撃するのですから。
 わたしがいた宇宙では子供にも容赦はしない。牢獄に永久投獄されることとなったのです。しかしながらある日、もう何日投獄されたかわからなくなった頃、宇宙は侵略を受けました。デヴィルのです。不思議とわたしの心は楽しんでいましたよ。
 またですがわたしは生き残りました。1人。そして運命に導かれるまま、あなた方と対峙しているのです。まったく面白いですね人生とは」

 自分の人生を楽しんでいるドヴォルの笑みは、まさしく狂喜という言葉にふさわしかった。

「そろそろ始めねぇか」

 飽き飽きしたように全身に赤と黒の入れ墨をして複数の角が生えた大男、サホー・ジーがブソナレロ人独特の巨体を、さっきませいた部屋の前で仁王立ちになって見せつけていた。

 こいつの話は長いんだよ、と言いたげな顔は人間に換算すると年齢が47歳程度の姿をしている。

 するとサホー・ジーは人差し指を立てて炎を指先に灯した。

 この瞬間【繭の楯】は炎の襲撃者の相手がこの人物だと理解した。

 次に大男の後ろから出てきたのは、小さい人間にしか見えない、女性である。両耳に機械的カップを付け、そこから伸びるレザーのマスクで口元を覆っている。

 その女性がチタン製の壁に手を触れた瞬間、突如として街の照明が点灯し、巨大な遺跡となっているビル全体の電気的機能が動き出した音がした。

「古いシステム」

 文句を言うのはカロン・カリミ26歳にしては童顔に見えるホモサピエンスの女性だ。

 さらには昆虫をそのまま人とした、人間に換算すると年齢が130歳のソフリオウ人のゴーキン・リケルメンと27歳のホモサピエンス。イラート・ガハノフの姉、エリザベス・ガハノフが姿を見せた。

「さて、救世主を渡すか、未来を失うか。選択は2つですよ」

 ドヴォルがニヤリとした。

 【繭の楯】の答えは決まっている。

 ジェイミーが手の平を軽く空中へ向けた瞬間、水蒸気が周囲に立ち込めて、濃霧に巻き込まれたようにドヴォルの視界を奪った。

「なるほど、答えは理解しました」

 口でいうのと同時に、ドヴォルは愚かな選択だ、と心中で言い放った。

ENDLESS MYHT第7話ー4へ続く

第7話ー3

第7話ー3

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-15

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