夕焼けゾンビ

人は人とかかかわりながら生きてお互いに補完し、集団的性質をもち社会的性質をもつ。けれど近頃何かあじけがないと感じられるのはなぜか、それどころか生きている意味すらかんじられない、近頃、僕は変だ、帰り道電車にのるまでが一番つらい。会社で顔を合わせる同僚から血の色が失われている、上司の叱責がまるで遠い誰かを怒っているようだ。そんな折僕はある夕方に信じられない幻想を見た、スーツ姿に顔の皮膚がむくみを訴えている、乾燥肌で冬の季節が怖い、吐く息はすでに白くなっていた。きっともうすぐ雪がふる、僕がこの街で、あるいはこの国で、子供からずっと生きていて、情緒を感じられるのは秋までだ、と思っている。首にまいているマフラーだって人に編んでもらったわけではなく、きっとこれは大量生産のたまものである、だって近所のデパートで買ったものなので。てくてくと歩いていると、前方から気配がする、それから腐臭、まるで果物を、あるいはもっとくさいものを腐らせたときのにおい、そしてそれはとても嫌悪感を抱く、自分の肉体に近い匂いだった。それは血と骨の匂いだった、うおおお、とうめく声がする、前方に誰か倒れている、それはむくりとおきあがりもごもごと口をうごかす、情緒を感じられないその季節——唐突に僕の常識と日常に割って入って無音……——夕焼け空を背景にシュールな状況格好でもってにゾンビはあらわれた。

「やあ」

 唐突にやあ、といわれても知り合いでもあるまいし、ましてやそんな非常識な存在の知り合いはいない、生きていたものにそんな顔ににた人間もいない、彼はだれだろう、作業着で服がぼろぼろだ。いったい誰だっただろう、誰かだったとしても僕はしらないし、思い出せる感じしない、彼はゾンビだろう、ファンタジーだ。

「君は僕を忘れたか、僕は僕だ、君の想像だ、忘れたか」

 そういわれても、とみけんに人差し指と親指をちかづけマッサージを加える、きっと疲れているのだろうか、頭の働きがにぶっている、冬には特にそうだ、貧血気味に感じられる。夕焼けが左腕の時計をてらす、さっきまでの人込みはとぎれていた、それもそのはず、ここいらあたりや自宅は郊外にも近い。近所にあるデパートも、場末のバーのすぐそばにあってさびれている、この街はその目の前のゾンビにも似て、汚らしく動物的生活感の、僕がこの街で勇逸といっていいほど情緒を感じられる人気のない場所だった。あのゾンビの皮膚はただれていた、目も、それから筋肉さえもうしなっているようで、骨ばった肉体は栄養を欲している、けれどどこか僕のほうが、僕の魂のほうが人間味を感じられないのはなぜだろう、それはきっと僕の中にやどる生物的感覚が鈍っているせいもあるだろうか、僕はこの街で、いったいなにを生のよりどころとして、そして安心して、あるいは愛を、あるいは憎しみを抱いていきていたのだろう、無力、無感動、意味のない喪失感。僕には何もない、何もなかった。

「僕は君によびだされたよ」
「はっ??」

 考え事と、意味のない日常の出来事が偶然に思考の中で、物質的な頭のその奥でひとつの線をむすぶときがある、それはきっと人にはつたわらない僕の内面の、あるいはさらに深く精神世界での出来事。きっとこのゾンビは、僕と運命的な何かで結ばれている、あるいは本当に彼は僕の妄想だろうか?しかし次の瞬間、彼は僕の右腕に左腕で、血だらけの手で助けをもとめてこういった。

「なあ、最近生きていることも、死というものも、なにも感じられないだろう?飢えているか?飢えているのか?まるで生きているのに死んでいるみたいだ、すべて他人事みたいで、自分のことなんて何も感じられない、そうだろう?お前、お前な、病んでいるのさ、疲れているのさ、だがお前はラッキーだ、幻影にそう諭されるのだから」

 ああそうか、と納得して、僕は久しぶりに今度の休日に親友の家に転がりこむことにきめた。ゾンビはそう、生と死の象徴だ、僕はその幻影をみた。あの街を選んでいてよかったと思う、この冷淡な、非人間じみた都会で、唯一ほかの動物の、あるいは人気ない人間社会の、情緒を感じられることができていた。

夕焼けゾンビ

夕焼けゾンビ

疲労 ゾンビ 内面描写 精神世界 ホラー要素

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-15

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