「犬棒あたる」のこと
病気を思い煩わないようにと、息子の勧めで書くことを決心し、初心者にも向いているインターネット上の「星空文庫」でエッセイを綴ることにした。文章を書くという事は私の日常には無かったので不安と期待で気持が高揚したが、気が重くなることは無く、むしろあれこれと楽しくなった。
最初にペンネームを決めよう。「犬棒あたる」は孫娘と「犬棒かるた」を遊んでいる時に思いついた。「犬も歩けば棒に当たる」、これがいい、これなら叩かれようが褒められようが気にしないで思うが侭に書けそうだし、ALSによる日々のストレスから解放されるかもしれない。
私は文章を投稿する度に誰かに読んでもらっている事が分って嬉しかった。人数は多くないが、一人でもいると励みになり、日常の暮し、回想、主張したい事など何でも書いた。考えを形にしていく過程と、読んだ人がどう捉えるかを想像することは楽しかったが、反面、自分の気持が伝わるかどうか心配だった。少しでも分ってもらうこと以外に望む事は無いのだが、うまく書けなかった。それでも、文章を書くことは闘病生活で何もする事が無い私の慰めだった。
書き始めて2,3年の間には大切な人々を失った。病気を心配してくれた優しい義母が逝ってしまった。思いやりのある優秀な訪問マッサージ師はまだ40代だったが、私との約束(私が80才になるまで手指の機能を何とかして保たせると言って安心させてくれた)を果たせずに亡くなった。学生時代からずっと親交のあった友人とも別れた。兄も旅立った。そして知人も何名か・・・。可能ならばあの世、この世に懐かしい人達を訪ね廻りたい。
私の病気は書くことも邪魔し始めている。もうやめる時が来たと思い、二度終わろうとした。それは「ふる里」、それから「限界を生きる」を書き終えた時だった。でも、気力が元気を取り戻すと又書きたくなった。「犬棒あたる」の脚が立たなくなり、手が動かなくなり、ついには永い眠りに就くまではこんな事を繰り返しそうだ。
2018/10/6
「犬棒あたる」のこと