電子名
西洋風の街並みにレンガの舗道、メイド服に眼鏡姿、髪を後ろでゆった女性がある人間の前にたち、金色長髪気味の少年を見下していた。少年は彼女をみあげて、恐る恐るといった様子で震える声で問いかけた。女性はあるメモを少年にむけて差し出して指でその中の分を指し示していた。
「あんたが照会屋?それであなたいう、その名前はなんなんだ?なぜ私がよみあげる必要がある?」
「あなたはこの名前を名乗らなければいけません、これがあなたの名前です、本当の名前なのです」
「うそだ、僕はそんな名前じゃない、僕の名前はロクだ、これをみろ、この手の甲の傷を」
「それはあなたがゲームの中で使っていた名前です、あなたは、ある人間のつくった幻影にすぎない、あなたはあなたの所有者の頭脳補助AIであり、ゲームに使用していたアカウントのアバター、あなたは人口知能とアバターを関連づけたために自我をもった、私と私たちはあなたとあなたの持主を特定しなくてはいけません、そのために、早く名前をよんでください」
照会屋——別名ネットワークの掃除屋——電脳世界にごまんとある実態のない自我たちの所在をつきとめ、その持主を特定、あるいは持主がないことを特定し処理する国の機関。その構成員はホワイトハッカーであるといわれている。ロクと自称する少年は、数日前から電脳空間上をこの照会屋と名乗る女性におわれていた。しかしロクには、自分が悪いことをした自覚も悪い存在であるという自覚もないので追われている事自体が納得いかなかった。少年ロクはひざまづき、両掌の拳を地面にあてながら強くにぎった。
「ロク、あなたをつくった人間、持主は相当賢い人間のはずです、ですからあなたもかしこくなければいけません、あなたは違法な存在である可能性が高い、私から見ると確率が高い、あなたはこの電脳世界に、持主を特定させない形で、おまけに自我を持ち存在している、それは危険なことです」
「僕が、人間じゃないというのか?」
「完結にいうとそういうことになりますね、ですから、私と国を信じてください、あなたが拒んでも無駄です、あなたは、あなたの名前を呼ぶしかないのです」
それから三日三晩、話続けた二人だったが、ついにロクが折れた、ロクは、メイド服の女性と話すうちに自分に自信がなくなってしまったのだった、それに彼等のいる電脳空間は末端のすでにほとんど人がよりつかずぼろくさびれ廃墟となった世界だった。実はというと彼はは数週間前からここで迷子になっていたのだ。
「消えたくない」
「それも単なるプログラムにすぎません、あなたの創造主は賢い、ですから彼に判断をゆだねましょう、彼に判断をあおぐためにあなたは自分の名前をいって」
ロクは、メイドのさしだしたメモ帳にある名前を声にだしてよんだ。彼のひざは三日三晩同じ姿勢でいたせいかさびついてきている。
「イルス」
「よろしい」
途端、ロクの体は光はじめた、彼自身動揺によって両手の平をひるがえし上むきにをほほの高さにかげあわてて震え、どう対処したらいいのかわからなくておびえている様子だった。つづいて事務的にメイドが言葉を発した。
「イルス、照会が終わりました、照会の結果、あなたは本体の存在が確認できませんでした、ユーザー本体と接続されている形跡がありません、あなたは電力によって生かされている、野良AIです、照会屋メイドは、あなたを処理します」
「いやだ、いやだ、これは、いやだ、消えたくない!!いやだああ」
ロクはついに頭をかかえて叫びわめき、発狂してしまった。それにメイドが手をかけた瞬間だった。
「照会屋!!はじめからきがついていたなああ!!」
肩にかけたメイドの手をロクの両腕がつかんだ、その先端から短い管のようなものが無数につきだして、やがてメイドの手のひらにもぐりこんだ、それは触手のようだった。
「ロ……クあなたの持主は、先日……なくなりまし……」
「そんな言葉がききたいんじゃない」
ロクは血眼になってメイドをにらんだ、メイドはまた事務的な言葉をつげた。ロクはにやりとわらった。
「アンドシティ、Bブロック第28番クローン倉庫のクローン番号XX828の頭脳接続型補助AIをハッキングしました」
それから持主のいなくなった野良AIだったロクは、企業のクローン倉庫へハッキングをしかけ、クローンに接続されていた人間の頭脳を補助する人工知能をハッキングして、クローン全体をもハッキングした、それからの彼の行方は、誰も知らない。
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