あの夏の終わりに

 人が恋愛に対して抱く期待や不安、説明しがたい様々な感情は、私たちの人生に彩りを与えてくれます。若いうちにはそれらが未知であるためにより先鋭的なかたちで、衝撃を持って受け入れられることがあり、ときに新鮮な驚きを呼び起こさせてくれます。そんな作品を書いてみたいと思い、今回の作品に取り組みました。

 ボンネットに反射した日差しが窓越しにショウの目を刺した。
 八月も後半だというのに朝から茹だるような熱気が町のあちこちに立ち上り、行く人の足に絡み付き、生気を吸い取っていくかのようだった。今年は記録的な猛暑で雨が少なく渇水が心配されていた。
 ショウが大きく伸びをすると、細身で長身の体がさらに長く伸びたように見えた。ショウの生白い腕や足に太陽光が反射して白さが増したようだった。子供の頃は体が弱く、神経質で気弱だったが、バスケをするようになってからは多少身体も丈夫になり、身長も伸びた。もっとも引っ込み思案なところは何も変わっていなかった。
 十九歳の夏を迎えたばかりのショウには、茫洋とした期待と不安があった。建築家になれたらいいと漠然と夢を抱いたりもしていたが、大学の授業に出ること以外にはそのために特に何をするでもなかった。とにかく平穏無事に日々生きていたいとも思った。しかし、父親が仕事を無くしてからというもの、それも容易なことではないように思われた。
 去年は去年で父親の実家が地震と津波で壊滅し、祖父母と叔母が一度に亡くなった。それだけでなく、この町もそう遠くない将来、地震と津波で壊滅する危険が高まっているとあちこちで噂さされていた。
 ショウが地元の大学に進学し、学費や生活のことで精一杯になっている両親は、以前のようにうるさく言うことはめっきり少なくなった。コンビニの店員と塾講師のはしごで金を貯め、それまで乗っていた50ccのスクーターを売った僅かなお金とで、中古の車を何とか手に入れた。これでどこへでも気兼ねなく行ける自由を手に入れた。
 とは言うものの、お金がないから遠出することはできなかった。また誘いたくなるような女子もいなかった。これまでのところ、高校時代の男友達数人と海岸までドライブして、女子高生らしい一団を遠巻きに眺め、釣りをしてまた男ばかりで帰ってきただけだった。

 あまりの暑さに汗だくになって目覚め、シャワーを浴びて冷えた炭酸飲料を喉に流し込みながら、ショウは近頃いつもそうしているように、窓からおんぼろながらも自由と解放の象徴である自分の車を満足げに眺めた。
 今日はバイトもなく、ほかにとくに予定があるわけでもなかった。誰かをまたドライブにでも誘ってみようかと思ったが、あまり頻繁に声を掛けるのも気が引けると思い、今日は一日家でぼんやりしようかと思っていたところに、友人の一人からメールが入った。
 携帯を手にしたショウの目線はしばし画面に釘付けになった。東京の大学に進学し町を離れたメグが地元に帰っており、かつてのクラスメイト何人かで集まろうという話になっているらしかった。ショウは直ぐに行くことを決めたが、平静さを装いとりあえず他に誰が来るのか返信メールで尋ねたりした。他にクラスメイトの男女数人が来るとわかった。
 メグはバランスの取れた肢体と好奇心に溢れた情熱的な目を持ち、優等生ながらもそんな素振りは見せず、学校内であれば誰でも名前は知っているという存在だった。父親は地元では名の知れた弁護士だったが、彼女自身は医者を目指し、東京の私立の医学部に進学していた。
 メグとは半年前、卒業後一度だけデートをして以来数回メールをした程度で、今地元に戻っているという知らせもなかった。
 それまでも全く知らない間柄ではなかったが、大学に合格が決まった後、意を決して気持ちを打ち明けたショウに対し、メグはそれなら一度だけデートしようと言った。ショウのことは嫌いではないけど、遠距離なんてうまく行く訳ないから、付きあう気はないのだという。
 パニック映画を見て、カフェでお茶をして、公園を散歩した。
 メグは最近まで付き合っていた年上の彼氏の話しをした。メグは学校で見ていたメグよりも、また自分よりずっと大人に見えた。ショウは何を話してよいのか判らず、ただメグの取り留めのない話にじっと耳を傾けていた。
 帰り際、二人はキスをした。帰りの電車に揺られながら手も握った。しかし、それだけだった。メグは予定通りに東京へ旅立って行った。
 
 二人きりではないにせよ、またメグに会えるのは嬉しかった。しかし、メグは自分が来ることを知っているのだろうか。会って喜んでくれるのだろうか。そう考え出して鏡を見たショウは憂鬱な気分になった。海から帰ってから鼻の横に大きなニキビができていた。なぜこんなタイミングでと自分の運命を呪いつつ、少しでもニキビを目立たなくさせるため、ショウはニキビをつぶし膿を絞り出した。
 お昼を過ぎた頃、今年買ったお気に入りのシャツを着て、車の中に掃除機を掛け、ボディーの埃を入念にはたくと、ショウは祈るような気持ちで待ち合わせの場所へ車を走らせた。
 待ち合わせは皆が通っていた高台にある高校のふもとに新しくできたカフェだった。その界隈は、最近高速道路の出入り口とともに巨大なショッピングモールができて、急ににぎやかになっていた。
 駐車場に車を入れようとハンドルを切ったところで、一台の車から次々と降りてくる女子たちが目に飛び込んできた。薄いピンクや黄色、鮮やかな水色が太陽に照らされ、むき出しの肌や、あふれる笑顔が眩しく、ショウが気後れすれほどだった。ほんの半年ほどの間に彼女たちは女の魅力を爆発させる術を身に着けてきたかのように見えた。
 運転席から遅れて降りてきたのはメグだ。
短くカットしたさらさらの髪から涼しげな横顔がのぞいた。ショウはほとんど無意識にクラクションを鳴らしていた。一斉に振り向いた女子たちはショウに気付いて一斉に笑った。その笑いが何の笑いなのか、その位置からでは見えるはずもない大きなニキビができていたからなのかとも思って心配になったが、ショウはメグを見て再び気持ちの高まりを覚えた。
 カフェには男子のかつてのクラスメイト数人がすでに席に着いていた。明らかに男子の数の方が多いようで、男子の中には東京の有名大学に通う2人も交じっていた。休みでたまたま帰って来ていたらしかった。ショウが席に着いたとき、メグは既にその2人と談笑していた。
 ショウが席に近付くとそれに気付いたメグはほんの少し笑ったように見えた。
 メグは一度デートしてキスしたくらいでは、到底自分のものにならない手の届かない存在なのだとその一瞬でショウは思い知った。今ではあのデートも自分の妄想だったのではないかとすら思われた。
 残念ながら女子の中にはショウが親しく話したことのある者もなく、女子からメグに近づくチャンスはなさそうに思われた。ショウは敢えて女子から離れた席にいた誘った友人の隣に座った。
 友人のいつものバイト先の愚痴に耳を貸す振りをしながら、ショウはメグの動きに目を向けた。さっきは近付き難くなったように見えた女の子たちも話して次第に砕けた調子になり、高校時代の彼女たちと何ら変わらないようにも思われた。
 メグは少し違っていた。
 ときおりメグは大きく体を仰け反らせて大声で笑った。以前には見せたことのなかった明け透けな態度にショウのみならずその場に居合わせた全員が面食らった様子だった。
「おい、あの子ってあんな人だったっけ?」
 すかさず隣の友人が小声でショウに話しかけたが、ショウは何も応えず首を傾げただけだった。
 女子四名、男子6名の合計十人は、そのまままだできて間もないショッピングモールに移動し、モールの中を漫ろ歩いた。ショウは自然にメグに近づくチャンスがないかと必死に機会を伺う一方で、安易に自分から擦り寄ってきたと思われるのが悔しいような気持ちもあって、逡巡していた。
 しかし、その空気を破ったのはメグの方からだった。
人気のアイスクリーム店に並び、皆でアイスクリームを頬張っていると、隣のベンチにメグが座り、彼女の方から話し掛けてきた。
「元気にしてた?」
「うん。元気だよ。メグはどう?」
「授業が忙しいけど、何とか付いて行ってる感じ。」
 ショウは黙って頷いた。
「バスケまだやってるの?」
「今はもうほとんどやってない。バイトが忙しくて。今家が経済的に厳しいから、自分のものは自分で働いて買わないといけないし。」
 少し茶色に染め、短くなった髪が違った印象を与えていたが、今話しているとメグは以前のメグのままだった。
「バイトは何してるの?」
「塾講師とか色々。車買ってまだローンが残ってるし、もっと何か割のいいバイトがあればいいけど。」
 メグを見つめているうちショウはもう一度キスしたいという気持ちが抑えきれなくなり、動揺して話しが支離滅裂になりそうになった。つまらないことを言ってしまうのではと自分で自分が心配になって、ショウはメグに質問を投げた。
「メグは何かバイトしてるの?」
「私は特に何もしてないけど、この前ちょっと声掛けられてモデルの仕事した。」
「モデル!すごいね。でも何も不思議じゃないけど。」
「どうして?」
「どうしてって?うーん、綺麗だから。」
「小さなミニコミ誌の表紙だよ。」
 メグはそう言ってまた大げさに仰け反って笑うと、ふと我に返ったように「でもありがとう」と言った。
 その後十人の男女は、これといった盛り上がりもないまま、何となくまだ物足りない気分で、車四台に分乗して海岸を目指した。そろそろ暑さが和らぎ、夕日が見える頃の時間だった。
 海岸付近の人出は既に疎らで、日差しや海から吹く風の具合はどこかもう夏の終わりを思わせるような淋しさを醸し出しているように思われた。
 海岸沿いの堤防から一組の親子が海岸でビニールシートをたたみ帰り支度を始めているのが見えた。小学校低学年くらいの二人の兄弟が母親に急かされながらも、まだ砂浜を駆け回り、まだ夢中ではしゃいでいる。そこへ白い大きな犬が飼い主をぐいぐいひっぱりながら海岸沿いをやってきて、小さな兄弟ふたりは引っくり返らんばかりに驚き、母親の傍らに駆け寄った。犬をそれが日課なのか、そんなことには目もくれず、一心に波打ち際を進み、あっというまに遠くに去って行った。
「砂浜まで降りようよ。」
 メグの一声で十人はぞろぞろと砂浜へと続くコンクリートの階段を下った。
 砂浜の砂はまだ熱を蓄えており、以外にまだ熱かった。先ほどの親子連れはショウたちと入れ替わりにコンクリートの階段を上って行き、今は近くにはショウたち以外に誰もいなかった。日が陰り、空が赤見を増すにつれ、別の星に来てしまったかのような錯覚を起こさせ、自分たちがその世界にいる唯一の人類であるかのような心細さを覚えた。
 ショウはふとメグを探しメグの方を見ると、白い砂までが赤く染まった異空間にメグがポツンとひとり立ち竦んでいるように見え、彼女がこのままどこかに吸い込まれ、消えてしまうような気がした。そしてまた、ショウは以前にもこれと全く同じ光景をどこかで見たようにも思った。
 夕日は海の底深くに沈んで行った。
「また来年この海岸が無事に残っていて、みんなも生きていたら夏に泳ぎに来よう」などと誰かが言い、苦笑いしながら皆それぞれ初めに乗ってきた車に戻った。
 ショウはメグと二人で話す時間をもっと積極的に作ればよかったと悔やんだが、結局付き合う気のない相手に縋ったところで返って煙たがられるだけだろうと思い直し、気持ちを奮い立たせるように車のエンジンを掛けた。
 そのとき、バックミラーに後ろにいたメグの車から女子たちが一斉に降りるのが見えた。何か笑ったり、喚いたりしながら、車の後ろを覗き込んでいる。
 メグの運転していた車の後輪が溝に嵌って動けなくなったのだった。街灯もない場所で、慣れない運転だったから無理もなかった。
 結局、メグが乗ってきたメグの父親の車はそこに放置し、メグの車に乗ってきた女子たちを男子が送っていくことになった。そして、メグともう一人の女子が住む町の東側に帰るのはショウ一人だった。
 思い掛けない幸運が訪れた。人生でこれほどの偶然はそうそうもう訪れないように思われた。
 しかし、膨らんだ期待はあっけなく潰えた。
 メグの家はもう一人の女子の家より明らかに近く、どんな経路で行こうとも、メグを先に下すことになるのが明らかで、二人きりになれる時間はなさそうだった。
 それでも、ショウは頑張って夏までに車を買った自分に満足していた。スクーターだったらこんな経験は絶対にできなかったのだ。自分のこの車にメグが乗るなんて考えてもみないことだった。
「私、思い出したんだけど。」
 車を走らせてしばらくするとショウのすぐ耳元でメグの声がした。耳にメグの息が掛かるのではないかと思うほど近くにメグの存在を感じた。
「一年のときにも私たち同じクラスだったじゃない。国語のほら、あのやたら厳しい先生の授業で、最初の頃すっと教科書指してページを教えてくれたのってショウじゃなかった?」
 すっかり忘れていたが、入学して間もないころそんなことがあったのをうっすらと思い出した。あの頃はまだ自分の実力を知らず自信たっぷりにそんなことをしてしまったのだったが、後に彼女の成績を知るようになってばかなことをしたと恥じ、記憶から消し去ってしまっていた。
「私なぜかそのときぼんやりしてて先生に何を聞かれてるのかさっぱり分からなかったから、ほんとに助かったんだけど。ショウって優しいよね。」
「そんなことすっかり忘れてたけど。」
 ショウは恥ずかしくて危うくハンドル操作をあやまりそうになるほど動揺しながらも、そっけなく答えた。
 しかし、もしかしてメグは自分にいくらかは気持ちが残っているじゃないだろうか。そう思ったのも束の間、後ろから「あっ、そこの角で止めて。」というメグの声がした。

 ショウは一人でメグとの会話の余韻を楽しみながらドライブしたい気分だった。しかし、もう一人の女子を送り届けなければならない。女子と二人で車に乗っているこの状況は今朝までであれは満更でもない事態であったはずなのに、今はただ面倒なことのように思われた。
「休みとか何してるの?」
 彼女が何か言わなければ気まずくなりそうな雰囲気を察したかのように声を掛けてきた。
「ほとんどバイトしてる。この前釣りには行ったけど。」
 ショウは改めてバックミラー越しに彼女を見た。派手さはないが決して悪い印象はなかった。ただクラスも違ったから高校時代に接点は全くなかった。異性と二人っきりで密室にいるこうした状況にはあまり慣れてはいないらしく、どこか落ち着かない様子で仕切りに窓の外を見ていた。
「海?」
「そう。ほとんど釣れなかったけど。」
「うちのお父さんもよく釣りに行ってるけど、一度も連れ行ってくれたことない。」
「今度また行くときは声掛けるよ。」
「ほんとに?」
 この子とデートしたらどんな感じなんだろう。ショウはぼんやりとそんな想像をしていると、いつも間にかその相手はメグにすり替わってしまっていた。
 彼女がメグと以前から親しくしているのは知っていた。ショウはこの子と仲良くしておけば、またメグに会う機会も増えるかもしれない。ショウはそんな淡い期待を抱きつつ、メールアドレスを聞き、とにかく家まで送り届けた。
 
 翌日、夕方からはバイトが入っていたが、日中は特に用もなく、また遅い時間に暑さで目を覚まし、携帯に着信の表示があるのに気付いた。
 メグからのメールだった。
 車を引き取りに行かなければならないのだが、場所がよくわからないので、昨日の海岸まで送ってもらえないかというのだった。
 ショウは急いでシャワーを浴び、メグの家まで車を走らせた。
 メグの家のある通りに入ると、もう門の前に白いワンピースを着たメグが立っているのが見えた。家の前で車を停めると、メグは笑顔で手を振り車に近付くと、助手席のドアを開き、ショウの隣に座った。
 朝メールを目にしてからというものショウはずっと高揚感に包まれ、眼前で起こることのすべてがどこか遠くの世界で起こっていることのように感じられていた。頭の中には舌を絡ませ、裸になって身体を合わせ互いを求め合う姿がフラッシュのように浮かんでは消えた。
 ショウはメグを直視することができず、ただ真っ直ぐ前を見て運転を続けた。メグは昨日とは打って変わって、大人しく言葉少なだった。
「この車の助手席に女子が乗ったの初めてだよ。」
 ショウは何かメグの気を引くようなことを言ってみたくなって言った。
「そうなんだ。彼女とかいないの?」
「いない。」
「ショウなら付き合ってくれる女の子いそうだけど。どうして付き合わないの。」
「そんなに女子に会う機会がないし。誰か付き合っている人いるの?」
「付き合って欲しいって言ってる人はいるけど、どうするかわからない。」
 ショウは自分の気持ちを改めて伝えるべきかどうか迷った。しかし、そのときすでに海岸はもう間近に迫っていた。
 すべての感覚を麻痺させてしまうような強い日差しが降り注いでいた。光は海面や白い砂に乱反射して四方八方から押し寄せてきた。海岸の人出は平日だからかそれほどでもないようだった。9月になればこの海岸の人気もすっかり消えて無くなるだろう。
 昨夜車を停めた場所に着くと、メグの父親の車は既に業者によって側溝から引き上げられていた。業者の男たちはメグが書類にサインすると直ぐに帰って行った。車は走行に問題はないとうことだった。
「ありがとう。ちょっと家に寄ってお茶していく。」
「いいの?」
「道まだわからないから、ショウの車に付いていく。先に行って。」
「わかった。」
 ショウはバックミラーでメグの車を何度も確認しながら、慎重に運転し、メグを先導して彼女の家まで戻った。

 家の中は至って静かだった。メグは母親は出掛けていると言った。
 その大きな家に入り、広い玄関ホールでショウがキョロキョロしていると、メグはショウの手を取り、二階へと導いて階段を昇り始めた。
ショウはこれから始まることに期待を膨らませ、服の上からメグの若い肢体を後ろからじっくり眺めた。
 ドアを閉めるとメグはショウの前に立ち、白いワンピースの背中のチャックを下げた。ワンピースはメグが脱皮したかのように、いともあっけなくメグの足元に落ちた。
メグの長く張りのある四肢が剥き出しになった。
 ショウはメグの肩をしっかり抱き、メグの唇に自分の唇を合わせた。
 唇から首筋へ、そしてブラトップを毟り取り、激しく乳首を吸うと、メグの口から柔らかな息が漏れた。
 それを合図にしたように、ショウはメグをベッドに押し倒し、乳房を揉みしだき、乳首に舌を這わせた。
ショウはやおら身を起こし自分の服を脱ぎ棄てて裸になると再びメグに圧し掛かり、股間をメグの太腿に押し付け、その濡れた唇を激しく吸った。
「やっぱりダメみたい。」
 メグがショウの目を見て弱々しく呟いた。
「ダメって…、何が?」
 ショウは驚いて聞き返した。
「私のあそこ。」
「あそこ?」
「開かないの。指一本くらいしか。」
 そういったメグの右手は確かに先ほどから股間の状態を確かめるような妙な動きをしていた。
「前からなの?」
「それが原因で前の彼氏とも別れたの。」
「僕は気にしないけど…。裸でこうしていられるだけでもいいよ。」
「でも、私が納得できないから。」
 どのくらいそうしていたのか判らなかったが、ふたりはそのまま裸でベッドに身体を絡めあったままじっとしいた。そのうち、メグの母親が戻ってくる時間だと言うので、とりあえず服を着て、居間に下りた。メグの母親が帰ってくる様子がないので、またしばらくソファでじっと抱き合ったりしていたが、日が傾き始めて、ショウはようやくメグから離れた。
「ほんとに僕は気にしてないよ。」
「ショウならもしかしてと思ったんだけど…。もちろんショウのせいじゃないよ。何か精神的なものらしいけど、私の問題だから。」
「僕はうれしかったよ。ありがとう。」
「今度東京に遊びに来る?」
「うん。必ず行くよ。」
 ショウは見送るメグに手を振ってメグの家を後にした。ハンドルを握りながらショウは興奮の後の満足感に包まれ、メグの唇、胸、太腿の感触を何度も反芻した。

 それからしばらくして、夏の暑さもすっかり色あせ、静かな秋の気配が朝夕に吹く風に感じられるようになった頃、ショウは母親から町の著名な弁護士が離婚し、現在は妻と別居中なのだという噂を聞いた。田舎ではそんな噂は大抵あっという間に広まるものだ。著名な弁護士とはもちろんメグの父親だった。
 ショウはなぜ話してくれなかったのかと思ったが、それで何か変わったかと言えば、そう言い切る自信もなかった。メグの態度がいつもと違ったこと、突然あんなことになったのもそんな事情と何か関わりがあったのかもしれないとショウは思った。

 それから一年が経過し、また焼けるような夏の暑さが町や海岸や自動車のボンネットを覆い尽くすようになった頃、ショウは再びメグと会う機会を得た。
 結局あれから東京に会いに行くことはなく、メグと会うのは一年振りだった。
 今度は昨年車で送って行った女子を最初に拾い、一緒に待ち合わせのピザハウスへと向かった。
 助手席に乗り込むと、彼女はなれた手つきでダッシュボードから携帯のコネクターをつまみ出し、自分のお気に入りの曲を車内に響かせた。
 待っていたのは、メグひとりだった。他に誰が来る予定もなく、三人で食事をすることになったのだった。
 メグは少し痩せた様子で薄い茶色だった髪がさらに明るい栗色に変わっていた。
二人を見つけるとメグは元気に笑顔で手を振った。
 ショウは多少不安な気持ちでしばらくメグの様子を伺っていたが、メグは穏やかな表情で、単純に友人との再会を喜んでいるように見えた。
「それにしても、私はふたりのキューピッドだった訳だ。私が車を脱輪させなかったらこうはなってなかったかもしれないんだよね。」
 そう言って、一瞬ショウを見たメグの目に他意はないように見えた。
 メグは今自分が付き合やっている彼氏の話しもした。特に不満がある訳でもなく、上手くいっているような話しだった。
 ショウは挿入には成功したのかと聞いてみたくなったが、二人の関係を全く知らにない彼女の前では聞けるはずもなかった。
 まだメグの中に自分の存在が生きているんだろうか。
 ショウはメグがどんな気持ちで三人で会うことに同意したのか判らなかった。それだけ何も意識していないからなのか。あるいはまた、まだ気持ちが残っているのかを確かめたかったからなのか。
 火を付けたのはメグだったが、その火が燻っていたところに、今の彼女が火種を投じ、行き場を失っていた衝動に方向性が与えられた。メグへの気持ちが変わった訳ではなかったが、ショウは今の彼女との関係を後悔している訳でもなかった。
 いつ災害で命を落とすことになるかも分からない人生なのだから、やりたいことはやっておくべきなんだろうとショウは思った。

 二人は手を振って車を出して行くメグを見送った。
 メグの車が見えなくなるまで見送ると、ショウたちもまた逆方向に車を発進させた。
「ショウはメグのこと好きなんでしょ?」
 走り出すと彼女が聞いた。
「何で?別に興味ないけど。」
 ショウは手に汗が滲むのを感じつつ淡々とそう答えたつもりだった。
「何かあるような気がしてたけど、今二人を見ていて気付いた。このふたり何か私に隠してるなあって。」
「考えすぎだよ。何を隠すの?」
「メグは私がショウと付き合ってることを初めて電話で話したとき、一瞬黙り込んで、それがすごく変な間だった。」
「あんな男と?って思ったんじゃないの?」
「なんでそう思うの?」
「むかしちょっとつまらないことでケンカしたことあったから。」
「そうなの?じゃあ、そのことを気にしてるの?」
「たぶんね。」

 ショウの脳裏に眼前に赤く染まった海岸でひとり立ち竦むメグの姿が浮かび、またすっと消えて行った。

       おわり

あの夏の終わりに

自分が抱いた思いがこれで伝わったのかどうかは正直よくわかりません。読者の率直なご意見、ご感想を待つばかりです。

あの夏の終わりに

大学生になったばかりのショウは、初めての夏休みに高校生時代に憧れの同級生だったメグと再開します。その思いが伝わったのかふたりは急接近することになりますが、その関係はあっけなく終わりを迎えてしまいます。悲しいすれ違いの物語です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-30

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