名人

 師匠がいるのはいつも裏の離れの寝室だった、いつも本をよんだりねころんだり、門下生が学びに来るときにだけ道場へくる。寝食はしっかりしているが、私の話はきかず、そんなにお酒を飲んではだめですよ、といってもきかないのがお師匠だった、このお師匠は武芸の師匠だ、私の習い事といえばここでのジンツウドウという変わった武術ただそれひとつだけ、私にはほかにとりえもないのでこんな師匠でも大事にしなければならない、私の師匠武芸においては立派なかただが、酒やたばこ、奥様が他界されてからというもの、少し生活がだらしなくなっている。

 師匠は基本的にどんな人でも武術を習うことをゆるした、たとえ動物でも許した、しかし、隣の屋敷には大金持ちで高慢なじいさんがいた、彼にはいくらたのまれたところでならわせなかった。彼にはこき使われる召使のものたちがいて、彼等の中にもひっそりとお師匠の武術を習うものがいる、師匠はそういう人たちがあまりお金がないことをしっていたので、それほどお金は要求しなかった、そのかわりに、師匠は下手に武術を使うことだけを禁じていた。弱いものに使ってはいけないといつもいう、それは師匠の口癖だ。

 師匠の一日に特段かわったことはない、ただ、今日一日のうちにおこったことひとつとっても、彼の特殊な能力について、常人でははかり知る事のできな大きな力を知ることができる。今日、師匠が私にいいつけていたのは、師匠の身の回りの世話だった、しかし今日師匠が嫌にせき込んでいるので、何かとおもい風邪ひきで急に用意が必要になるかもしれないと道場の隣室の座敷に布団やタオル、バケツに雑巾など色々な用意を整えていた。しかし師は、不思議にせきをすることはあっても少しもつらそうな様子はみせなかったし隣室に入ることもなかった。

 夕方がきて、弟子たちがぎゃーぎゃーと道場の入りぐちでさわいでいた、私はここで働き、努めているので掃除をしたり、作業をしたりして一日中ここにいるわけなのだが、今騒いでいるのは、夕方の時間帯の弟子たちだ。騒がしいので何かと外にでると、門をくぐり道場へとつづく石の舗道の途中を数十人の弟子たちがかこんでいる、かきわけみると、傷だらけのカラスが一羽そこに倒れていた、私は人込みの間をくぐり、落ち葉をふみしめ、何があった、と尋ねると、カラスは消え入りそうな声でこういった。

「となりのおじいさんにやられてしまいました、しかし私は老いた人に武術をつかうつもりはないので、手は出しませんでした」

 カラスはよくここに出入りして師の武術を学んでいた一人だった、彼が話しているころにようやく私はそのことに気がついた、そのうちひとごみをじゃまじゃじゃまじゃとかきわけ、師の声がした。
「ジャン師匠」
 私がそういうと師匠はすでにわかりきったようなひとみをしてこういった。
「ナオ、座敷に布団があるだろう、早くねかせてやれ」
 その後今日の道場の日程すべてがおわると、夕方師と私は、道場の縁側にすわりこんでいた、師はまたお酒を飲んでいた、空をみあげ、私がなにもいわないのに、師は長い時間が必要なこともあるのだよ。といった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-13

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