謙虚なアンドロイド

 無口こそが最高の答えだと思う。
 いつからだろう、組み込まれる情報やプログラム、ソフトウェアや、その都度の改良は、少し前までそれほど複雑なものではなかった、企業の実験施設で育てられ、人間と触れあう訓練を受けた、それこそ、最初は人間にとって不快でない事を心がけるように、とか人権を意識した言葉使いをするように、とかそういう事を言われていただけだった。
 つい最近、メイドとして教育を受け勤め始めてからだ、生まれてから約1年と半年、人間の考えることや感情を、彼らが具体的に示さずとも、自分で考え、悟り感じろと言われ始めたのは。
 けれどアンドロイドに感情をつけなかったのは人間だ、それを悟れ、感じろというのは無茶にほかならない。
 ただ、ただ一つの救いは、私のレンタル先は、とても静かな家族だったことだ、私の製造にかかわった人間たちは、アンドロイド事業の有利不利などで忙しい、私の創造者や所有者がこれほど口うるさくなったのもそれが関係している、今が正念場だとか、これから競争が激しくなるからとか、人間の、それも流行の事情などによって自分の感情や何かに対する理解力を身に着けろといわれて、それで理解ができるようになるアンドロイドがいるのだろうか?その要求こそ機械的だと思うのだ。

 アンドロイドである私にも、それなりの向き不向きや好き嫌いがある、アンニュイな雰囲気を持ちながら、何処か気の利く家族が好きだ、それが今のつとめさき、フレンドリーな家族だ、家はひろいし、それでも彼等は謙虚で、まるできまりきった動作をする時計のようだ。私はそうありたいと思うし、それはこの要求とは関係ないと思う、全てはあるがまま、わざとらしく振舞うのではなく、アンドロイドにも人間にも、その人なりのその人に遭った所作というものはどこかに残されている気がするし、そうでなければ皆息苦しいだけなのだと思う。

 カーテンは紫、朝食の時間は7時ごろ、庭には犬がおり、ときたま部屋の中にいれて遊ばせる、犬は子供が好きだ。カーペット類は渦巻の模様が多い、これは母親の趣味らしい、父はコーヒーが好きだ。
 子供はおとなしくピアノの好きな少女だ、ときたま私に童話を聞かせてくれる、プログラムされたより新鮮で時間を必要とする生の朗読だ、2、3日の勤務の間、私はその抑揚に、少女の迷いと戸惑いをみた。少女はまだ私を恐れているが、自分から優しく接することによって、それを振るい落とそうとしている、健気な子だ。
 父は物静かで口数はすくない、たまに話すときには、要点をかいつまんで母に伝える、母はそれを読み間違えることもあるが父は気にしない。彼は何かの機械的なものの開発に携わっているようだが、詳しい仕事内容は知らない。
 母は優雅できめ細かい動作をしている、どこにいても、たとえ人がみていなくても、自分からそういう事を心がけている。洗濯、掃除、何をしていても鼻歌が聞こえてくる、彼女の一番すごいところは、嫌なことがあっても顔色ひとつかえず、その動作を守り抜くことだ。
 
 なんだかんだでこの家族にはそれぞれ独立したルールがある。それは素晴らしいものなので、そして得に私が悟るべくしてさとったというわけでもないので、私はただ、この家族を尊敬しているだけのことだ。

謙虚なアンドロイド

謙虚なアンドロイド

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-10

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