冬枯れのヴォカリーズ後半

Rika.F

冬枯れのヴォカリーズ後半


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.22
2008-12-25 02:22:26 | 連載小説
   

  § 

 誕生日でもバレンタインデーでも、たった一日過ぎただけで、とたんに色あせてしまうのはどういうわけなんだろう。クリスマスもその手の記念日だ。クリスマスを過ぎると、世の中はいきなり年末年始を迎えるモードに早変わりする。日本ほどお祭り好きな国も珍しいのではないか。

 師走とはよく言ったもので、特に年末には次々とやることが出てくるものだ。大みそかのカウントダウン・ライヴを励みに、私は年明け最初に提出の、応用物理学実験のレポートを、いつもの落合駅そばのファミレスでやったり、年賀状をデザインして印刷したり、アルルにピアノの練習に行ったり、美容院に行ったり、形だけの大掃除をしたりして過ごした。ファミレスで、高村くんと初めて食事をした時の席に通されたときには、さすがに感傷的になった。

 この間に松崎が一回来てくれた。何も約束をしていなかったのに、だ。大掃除をしていた時で、

「トン・トン」 
 とドアをノックする音がして一瞬緊張する。突然の訪問者が良い客だったためしはない。洗濯機を回していたから居ることはバレバレだっただろうが、そうっと覗き穴で碓認したら、何の事はない松崎だったのだ。

「なんだ大ちゃんかぁ。びっくりしたなぁ。今部屋すごいことになってるけど、どうぞ上がって」 
 クリスマス以来誰とも会っていなかったので、私は急に元気になってそう言った。 

 「なんかね、いきなり合鍵で開けるのもちょっとアレだったからさ」 
 とは言いながらも合鍵で開けられなかったのを少し残念がっている様子。

 午後二時で、ちょうどひと呼吸入れたいところだった。部屋が散らかっていたが、とりあえずお湯を沸かして紅茶を淹れる。

「実は一昨日からルルが家出してさぁ。こんな寒いのにどこ行っちゃったんだろって心配してて。お母さんかなりナーバスになってるんだ。でね、犬じゃないからあり得ないとは思ったんだけど、もしかして理美ちゃんちの方に来てるかもしれないって、それもあって来てみたんだ。うちの家族、毎日近所を探してて…」

「それは大変!でも、猫は大抵家から半径一キロまでしか移動しないって何かで読んだことあるよ。だからこっちを探すより、近所を徹底的に探した方が早道だと思う。一昨日からってことは、今日が三日目ね?じゃあ私も今から用意して大ちゃんち行って探すの手伝う!」

 JR目黒駅を降りて、今日は一駅地下鉄を使い、白金台駅で降り松崎の実家へ直行し、作戦会議をした。お母さんとお父さんは外で探しているらしく、いなかった。松崎は住宅地図を取り出し、

「じゃあ、家はここだから、半径一キロ圏内って言うと…」 
 コンパスで幅を合わせ、グルッと円を描く。

「これは昨日印刷屋で作ってもらったチラシなんだけど、通りすがりの人とかお店とかに置いてもらおう。千枚作ったからどんどん使って」 
 ルルの大きなカラー写真と特徴や連絡先を載せたチラシだ。それを電話器の下の棚から持ってきて、ダイニングテーブルにドカッと置く。

「遠くから探すより近くから探した方がいいと思うんだ。理美ちゃんは一丁目から三丁目辺りをお願い。オレは四丁目五丁目と上大崎一丁目辺りを探してくる」 

 暗くなるまでまだ二時間ぐらいある。とにかく今日中に探せるだけ探した方がいい。ちょっと広範囲だけど、

「了解!がんばろう」
 と言って家を出ようと玄関に行くと、

「あ、一応ルルの好きなキャットフード持ってたらどうかな?あと懐中電灯」 

 と言って松崎はナイロン袋にキャットフードを小分けにして、懐中電灯を探し(靴箱の脇の棚にあった!)チラシを抱えて出動した。

「冬だから、日だまりとか、車の下とか特にチェックして。あと、ルルは植物が好きだから、木や草の生えてる所は居る碓率高いと思う。あれ?理美ちゃんケイタイ持ったよね?OK。それじゃ行こう」 

 松崎が慣れた手付きで番号を入れ、オートロックの玄関のドアを開けると、タイミングよくお母さんとお父さんが帰って来たところだった。午前中からずっと今まで探していたようで、疲れている様子だったけれど、私たちがこれから探しに行くと言うと、じゃあ一緒に行くと言って二手に別れて捜索を開始した。 

 お母さんと歩き出す。

「ルル、ルル」 
 名前を呼びながら、住宅街や路地裏の細道、駐車場の隅など、猫が好みそうな場所をくまなく探した。
 通りすがりの人は快くチラシをもらってくれたし、定食屋さんやブティック、美容院などのお店もほとんどのところが置いてくれた。 

 一時間が経った。松崎から連絡はない。それでもまだ明るかったし、とくかく希望を持って探し続けた。

 五時になり暗くなって来た。八芳園に入り、懐中電灯をつけ庭を探す。

「ルル、ルル…」 
 いそうな気がしたけれど、ここにもいなかった。

「この先に明治学院大学があるみたいですよね。そちらの方に回ってみましょうか?」 
 お母さんは、そうしましょう、と言い八芳園を出る。 

 地図では八芳園とすぐ隣り合っているのに、校門は反対側みたいで、ずっと通りを歩いて行く。途中でオシャレなカフェや、牛乳屋さん、印刷屋さん、お米屋さんなどにチラシをお願いする。
 校門を潜り、キャンパス内に入る。

「あんまり木はないですね…」 
 コンクリートで整然としていて、ルルが好みそうな場所ではない。それでも諦めずに、一通り敷地内を見て回ろうと、奥の方へ行く。

 しばらく行くと、二号館と書かれた建物があって、そこの裏がちょうど八芳園の敷地との堺になっていて、まるで雑木林のようになっていた。ルルが好みそうな場所だ。 

 「ルル、ルル」

 すると、

  「ニャー」 
 聞き覚えのある声がする。

「ルル?」 
 声のする方を懐中電灯で照らす。

「ルル!」 
 お母さんが叫んだ。 
 ルルだった。茂みの中で体を丸めてじっとしている。垣根があって手が届かない。 

 「ほらおいで、どうしたの?お母さんよ」 
 お母さんが必死で言うと、しばらく警戒していたが、ルルはようやくお母さんを察知してノコノコ出て来た。

「ニャー」
 お母さんは両手で抱き上げ、

「ルル駄目じゃない!心配したんだからねぇ」 
 と言いながら、頭を何回も撫でた。
 すぐ松崎に電話した。

  「見つかったよ!」

  「マジで?」

  「明治学院大学のキャンパスの中だったの」 

 「そっかぁ、結構近かったんじゃん。ああよかった~」 

 家に帰ってすぐ、お母さんはお風呂場へ行って温かいタオルをしぼり、ルルの体じゅうを拭いてあげた。

「ルル痩せたわね、いまモンプチあげるからね」 
 と言ってお母さんはキッチンへ行って、ルルの大好物のモンプチという猫缶を開け、ルルのお皿に入れて、

  「ほら」
 と言って床に置くと、ルルは相当お腹が減ってたと見えて、

「ッチャクッチャ…」
 と息もつかずに脇目も振らずに食べ続けた。

「目黒通りを横断したのかと思うとひやっとするわ。きっとね、最近大掃除しててうるさかったからなんじゃないかと思うの、嫌になって出て行っちゃったのね、前もそんなことがあったわ」

 ルルは自分の気に入らないことがあるとフラッと出て行くらしい。 

 私はルルの最初の発見者ということで、ちょっと株が上がった感じだ。その日は皆連日の捜索で疲れきっている様子だったから、泊まっていってと言ってもらったけれど遠慮して東中野に帰った。  帰りの電車はぎゅうぎゅう詰めだったが、そんなことは全く気にならなかった。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.23前半
2008-12-26 16:17:58 | 連載小説


     § 


「おまたせ」

 先に着いていた松崎と私に、奈歩が元気良く手を振り、こちらへ向かって来る。井上くんも一緒だ。松崎は帰国してから一度飲みに行ったらしいが、私が彼に会うのは実に一年半以上ぶり。
 井上くんは、背は175センチ(ちょうど高村くんと同じくらい)スラッとしていて髪は黒いストレートヘアーで、女の子のように肩ぐらいまであって、それがまた似合っている。

 四人で京葉線乗り場に向かう。京葉線乗り場までは遠く、駅構内を三分は歩いただろうか。しかもエスカレーターで結構地下深くまで下った。  16時29分発快速蘇我行き。
 ちょうどボックス席が空いていて、二組のカップルが向かい合う形で座る。奈歩と私が窓側。 
 出発のベルが鳴り電車はゆっくりと動きだす。降りる駅はここから約30分の、海浜幕張という駅だ。 

 待ちに待ったカウントダウン・ライヴ。乗客のうち三人に一人ぐらいは私たちと同じライヴへ行く人と見えて、アーティストのロゴ入りTシャツ姿の男の子集団や、早々と首からペットボトルを下げている人、遠くから来たと見える大きな荷物の二人組の女の子などが、専ら今日出演のアーティストについて話している。  松崎はロック好きだ。特に洋楽、それもイギリス系が好き。今日は日本人アーティストばかりだけれど。

 私は普段あまり付けない不良っぽい大きめのチョーカーを付けてきた。奈歩は倉木麻衣みたいなポニーテールがとても似合っている。首にはやはり少し目立つアクセサリーをしている。

 駅に着くと、乗客の大半が降り、一気に改札へ向かい大混雑となる。はぐれないよう、思わず松崎の手を握る。
 会場までの道順は知らなくても心配はいらなかった。自然と人の流れに沿って進んで行く。海のそばだからかとても風が強くて、髪型がぐちゃぐちゃになったけれども、そんなことも笑い合う。途中ダフ屋が何人もいた。この人たちって普段はどんな仕事してるのかな…。 

 7~8分ぐらい歩いただろうか、会場が見えて来た。幕張メッセは中学校の修学旅行で来て以来で、懐かしさがこみあげてきたけれども、そんなこと言うと田舎くさいかなと思って黙っていた。松崎がいきなり、

「ロッケンロー、ロッケンロー」
 と二回叫んだのには笑ってしまったが、そんな松崎でも浮かないような雰囲気があった。 

 まずチケットを見せ、アームバンドをつけてもらう。これがない人は会場の出入りが出来ないようになっているらしい。それから出店で松崎と色違いでお揃いのTシャツを買った。オソロイ第二弾だ。奈歩と井上くんも、別な種類で色違いのお揃いを買っていた。

 会場に入って着替えをし、トイレ・化粧直しを済ませ、荷物を預けていざライヴ会場へ。
 そこはSF映画に出て来そうな四次元の大空間という感じだった。暗くて、天井からは、立体の大きな白い星が沢山釣り下げられている。たくさんの屋台が出ていて、まるで多国籍のお祭りのよう。

 既に人はいっぱいだった。

「まず何か軽く食べよう」 
 と松崎が言うので、各自気に入った屋台に並ぶ。辛うじて空いてた席に座り、グリーンカレーを食べる。至近距離でも顔がはっきり見えないくらいの照明。 

 食べ終えて早速一番大きいライヴ会場、第一ステージへ向かう。そこはあと十分で超ビッグな四人組グループが登場するということで、ものすごく混んでいる。中まで入って行けないでいると、

「まあ、ここでいいや」
 と、松崎は出口付近で腕組みをする。このグループはみんなそんなに目当てではなかったから、四人で出口付近に留まる。

 五分ぐらいして、ステージ両側に設置された、大画面のスクリーンにそのグループが映し出され、会場の盛り上がりは最高潮に達する。そうして割れんばかりの大音量でライヴは始まった。
 真冬なのにアーティストも観客もみんなTシャツ姿。曲はだいたい知っていた。

 何よりも松崎や奈歩、井上くんと一緒だから、それだけで気分もノリノリだ。  
 その後は少し奈歩たちと別行動して、松崎と二人で第二ステージやDJブースなども覗いて、松崎と一緒に体を動かしたりした。クラブの踊りはよく知らないのだけれど、
「理美ちゃん、腰の動きいいよ」
 と誉められた。おそらくデンマーク体操をやっているからじゃないだろうか。  
 23時に再び四人が集まって、23時20分からの第一ステージへ向かう。  

 松崎が大好きな10人グループなので、ここぞとばかりに人込みを分け入って無理やり前の方へ行く。 

 20分ちょうどに、始まった。陽気なトランペットやサックスフォンがメインの音楽で、大みそかにとても似つかわしい。
 0時直前、入念に計算されていたのか、音楽がちょうど止んで、まさにカウントダウンが始まる。

「5・4・3・2・1 HAPPY NEW YEAR !!」 
 最高の年明けだった。考えてみたら年明けを松崎と迎えたのは初めてだった。  

 始発から二番目の電車で帰った。ぎゅうぎゅう寿司詰め状態で、しかも途中、新浦安と舞浜の間で何かトラブルがあったようで、たっぷり20分も停止。 

 やっと東京駅に着き、中央線に乗り継ぎ新宿まで来て、奈歩と井上くんとはここで別れ、松崎と私は明治神宮に初詣に行こうと言うことになって、山手線に乗り換え原宿駅で降りた。原宿駅は元旦の日は参拝客が多いために臨時改札が使われていた。 

 疲れ、眠気はピークに達していたけれど、緑に囲まれた砂利道を松崎と手を繋いで歩いていると、陽の光も穏やかに降り注いでいて、なんとも言えない幸福感に満たされた。周りを何気なく見回す。もう結婚しているのか、それとも今年あたり結婚予定らしき普段着と着物姿のカップルや、どこかでオールしたとみえる私ぐらいの年の若い男女7~8名の集団、それから親子三人、三才ぐらいの男の子が真ん中になって足を宙に浮かせて両親の手にぶら下がって楽しそうに歩いて行く様子などが目に入る。

 新しい年という真っ白な一冊の本は、どんな風に埋められていくのだろう。  

 松崎の実家に初めて泊めてもらった日から、松崎のことを『家族』と意識するようになっていた私は、そんな周りの人たちの様子を見て、ごく自然にこんな言葉が出た。

「いつか子ども連れてお参りに来たいね」
 松崎はただ笑顔で、繋いでいる手を揺らした。

 参拝して駅へ戻る途中で、喫茶店で朝食を軽く食べる。その後、松崎は東京駅まで送ると言ってくれたけれど、松崎も疲れているに違いなかったし、ここからなら目黒駅はすぐだから、

「ここで大丈夫だよ」 

 と言って、別れた。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.23後半
2008-12-26 16:27:08 | 連載小説
  

  8時56分盛岡行きMAXやまびこに乗車する。帰省ラッシュは昨日までだったようで、それでも混んでいたけれど、一人だったということもあって二階席の窓側が取れた。 

 さっき買ったペットボトルのお茶と貴重品、それにCDウォークマンを手前の台に置き、荷物を網棚に上げる。

 ほどなくして東北新幹線がゆっくりと動き出した。 

 初日は既に結構昇っていて、都会のビルを優しく照らしている。

「本日も東北新幹線をご利用頂きまして誠に有り難うございます。この新幹線は…」 
 車内アナウンスが流れる。 

 迷惑にならない限界ギリギリぐらいまでリクライニングをし、イヤホンを付けて、パソコンで編集したCDーRをリピートにして再生を押し、目を閉じる。    

 死んだように眠っていたらしい。目を開けると、もう大宮はとっくに過ぎただろうか、都会のビルは完全に姿を消していて、車窓には冬枯れの殺伐とした景色が広がっていた。 

 遠くに霞む名前も知らない山々、どこまでも続くだだっ広い裸の田んぼ、黒っぽい緑色の針葉樹林、点在する家々…。雪もうっすら積もっている。田んぼには白い鷺の群れが来ていて、新幹線が近付いたからか、一斉に飛び立つ。

 こんな景色を眺めていると、心が大きくなる気がする。帰省は私にとって『仕切り直し』のような役目もあるのだ。

 ふとメールが来たので、受信箱を開けると、地元の男の子からだった。

「アケオメ。夏木実家戻ってる?スキー行かない?四日なんだけど。いまんとこ齋藤と後藤とオレ」 
 少し考えたが、複数でなら問題はないだろう。このメンバーでは去年も行った。約束をした。 

 東京から約1時間40分で福島に到着。新幹線の扉が開いた瞬間、思わず身構えた。東京から300キロ北だけあって、東京の寒さとは比べものにならない。  

 私の実家は、ここから阿武隈急行線という私鉄で仙台方面に20分行ったところにある。阿武隈急行線は、私が小学校の時に開通し、高校もこれで通学した。顔は知っているけれど名前は知らないような人が必ず何人か乗っている、そういうローカル電車だ。朝夕のラッシュ時以外は二両編成で、面白いのは、バスのアナウンスのように駅名の前にワンフレーズ入るところだ。 

 駅には父が迎えに来てくれていた。 

 私の実家は、住宅や畑の合間に大きなチェーン店の酒屋やドラッグストア、ホームセンターなどがあるような小さな田舎町だ。 

 実家の玄関を開けると、まずランがしっぽを振ってお出迎えしてくれた。それからお母さん、お姉ちゃん、長澤さんの順に玄関に出て来てくれた。 

 時刻は11時半になろうとしていた。 

 秋のりんご狩りの時は実家には寄らなかったから、実家に帰ったのは、免許を取ったこの前の夏休み以来だ。 

「年賀状、理美にも来てたわよ」 
 母が二枚手渡してくれた。奈歩と香織だけはいつも実家に出してくれる。

 私の家は比較的広い。庭も広くて、春になればレンギョウやチューリップ、パンジーより一回り小さいビオラなど、色とりどりの花が咲き、五月の連休頃になると、ライラックやハナミズキ、クレマチス、シャクヤクなどが咲く。今は、ハナミズキも柿の木もサルスベリの木も葉っぱを落とし、枝がむき出しになっていて、鳥たちが賑やかにその枝に集まっている。前の家で日陰になっている部分には、雪が残っている。 

 しばらくソファに座ってそんな景色をぼーっと眺めていたら、お雑煮やおせち料理が出てきた。炬燵の出ている座敷に移動し、雪見障子を開けて食べる。形のいい松の木が見える。その傍には、真っ赤な椿の花が咲いている。 

 それから二階の自分の部屋で夕方までぐっすり眠った。 


 夕食の前にピアノを弾いた。

「理美、ずいぶん上達したわね」 
 と料理の手を止め、包丁を持ったままピアノの前に来る。 

 ふふ、とそれに応えるようにさらに弾き続けた。 

 夕食は、親戚から贈られて来たタラバガニを、レモン醤油でたらふく食べた。  
 ご飯の後、姉の手作りデザート、クリームブリュレを食べ、しばらく団らんした後また二階の部屋に行く。  雑誌を乱読したり眉を整えたりする。 

 少しして、トントン、と姉が入って来た。

「ちょっといい?」 
 と言うので、もちろん、何?と言うと、

「あのね、お母さんの話なんだけど…。昨日の夜、お母さんとおせち料理作ってたの。そのときお母さん急に具合悪くなってしゃがみこんで。そのまま昨日は寝室で眠ったんだけどね。もしかして乳ガンが再発しているのかなってふと思ったの。とにかく検査を受けた方がいいと思うの。理美も一緒に下に来てくれない?」  

 嫌な予感がした。下へ降りる。  お母さんに、あまり深刻にではなく軽い感じで、検査を受けに行って欲しいと話した。 

 すると母は、

「そうね、ちょっとだるいのがなかなか取れないしお母さんも行かないと、と思っていたの。お正月明けたら連絡して行ってみるわね。二人共心配してくれてありがとう」 

 それからお風呂に入って、二階の部屋に行き、松崎におやすみメールを打ち、床に入った。しかし母のことが気掛かりでなかなか寝付けなかった。



連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.24
2008-12-27 12:50:09 | 連載小説


     § 

  「クリスティーヌ」は中学の頃から地元でよく行っていた喫茶店だ。

 香織は白いブラウスにロウバイの花に似た綺麗な黄色のカーディガンを着て、下はブルージーンズ姿。足元を見ると、先が尖っている華奢なピンク色の靴で春先取りといった感じだ。私は黒のタートルネックのセーターを着てきてしまったので野暮ったかったかなと後悔する。 

 今、香織とこの店自慢のスパゲッティグラタンを食べ終え、フランス旅行の土産話を聞いているところだ。 

 「パリって私初めてだったんだけど、なんか街全体が古い石造りの建物ばかりで歴史の長さを痛感したわ。クリスマスだったからシャンゼリゼ大通りのイルミネーションがそれはそれは綺麗で。街の中も至る所でライトアップされていて、石造りの建物にすごく似合っててね。カフェもね、スタバとかドトールとかは一軒もなくて、みんな老舗の個性のあるカフェでね…」 

 その後は地元の同級生の話題に移った。誰と誰が結婚したとか、誰々が子供を生んだとか、誰々はどこに住んでいるとかどこで働いているとか、そういう話だ。  
 それから私は香織に高村くんの話をした。香織には高校時代須藤のことでさんざん相談にのってもらっていたことがあったからだ。

「須藤にすごく似ているの。私ね、須藤との叶わぬ恋の続きをさせてもらったような気がしてね。でも高村くんには彼女さんがいて、駄目元で告白したけれどそういうつもりはないって言われて。友達としてこれからも、って言ってくれたけれど、自信なくてね。一か月半二股みたいなことしちゃったけど、中途半端はよくないと思って今はもう連絡してないんだ。松崎には本当に悪いことしたよ」 

 すると香織が、

「そんなことがあったの。似た人を好きになるってあるんだね。理美って大人しそうに見えて結構すごいことしてんだ」 
 と言った。 

 それから母のことも話した。香織は中学から母を知っているから、とても心配してくれた。 
 スキーは誘ったけれど、香織は元来運動が苦手で、遠慮された。                              
 喫茶店を出ると、なんと5メートル先も見えない位の激しい雪が降っていたので、車で来た香織に送ってもらった。    

 翌日はカーテンを開けると雪はぴったり止んでいて、まさに一面の銀世界だった。庭の木はみんな厚ぼったい雪の帽子をすっぽりと被り、空気は澄んでいて、鳥たちはどこへ行ってしまったのだろう…辺りはシンと静まり返っている。  早起きした。スキーに行くのだ。最近都会っ子はスノボースノボーと騒いでいるが、今日行くメンバーは皆小さい頃から専らスキーヤーで、私もそうなので、暗黙の了解でスキーになった。

 地元の男の子と小・中学校の頃は学校以外の場所で会ったりすることはおろか、教室にいてもろくに話もしなかったのに、今の年になって、何故かいろんなルートで連絡が来るようになってアットホームに話せるようになった。

 地元から東京の大学へ行った、しかも華の?女子大と、イメージばかりが膨らんで、興味本位で連絡してきたのかもしれないが、理由は何であれ、古い知り合いからの音信っていうのは嬉しいものだ。 

 目を擦りながら下に降りると、母はもう起きていて、私の為にバランスの取れた朝食をテーブルに並べていてくれた。

「スポーツするんだから、しっかり食べて行かないとだめよ」
 その後部屋に戻って、二階の洗面所でよく洗顔し、コンタクトを入れ、部屋でお化粧をした。昨日香織に頼んでドラッグストアに寄ってもらって、ひやけ止めクリームを買っておいて良かった。それをまず顔にまんべんなく伸ばし、白っぽいのがなくなるまで薄く伸ばす。色が不自然にならないように首周りにもつけた。  一通りベースメークをした後、アイシャドウ、マスカラ、チーク、最後に口紅を塗る。少しは東京の女子大生的な演出をしようと…。

 昨日の夜に倉庫から出して手入れをしておいた板と靴、それにゴーグル、帽子、手袋、リフト券入れなどを玄関に出し、外を見ていたら、七時きっかりに迎えの車の姿が見えた。車にはもう皆乗っている。 
 女一人でも、不思議と松崎に対して後ろめたいとかそういう思いはかけらもなかった。地元の男の子には、家族のような雰囲気がある。

 特に気のない異性と遊ぶって楽しいものだ。今日は女一人だから見えない競争心もない。

「昨日どっかり降ってくれて、しかもこんないい天気でオレらついてるなぁ」  
 隣に座っている佐藤が言った。メールをよこしてくれた子だ。

「スタッドレスが最も噛みやすい雪だ」 
 運転手の齋藤も上機嫌。 
 そんなことをしゃべりながら、私はなるべく楽しい雰囲気になるような話題を出し、三人の話にも耳を傾けた。当然のことながら私は松崎の話は一切しなかった。三人も、別に私のプライベートに踏み込んで来ようとするトークはなかった。まるで中学時代から、何も変わっていないかのような、この安堵感はなんだろう。 

 アルツ磐梯スキー場には順調に1時間半で着いた。時間も早かったから、駐車場も遠くに誘導されずに済んだ。 

 最高のコンディションでできるスキーはなかなかないものだけれど、今日は、天気、雪質、混み具合、眺め、どれをとっても申し分ない。

 齋藤はかなりの回数行っていて、アルツもよく来てるって言うことで、コースは彼の勧める頂上の方を選んだ。四人共レベルは十分上級者コースを滑れるぐらいだ。 
 最初の方の四人乗りリフトはよかったのだが、上に行くに従って二人乗りリフトになって、齋藤と乗り、変な気分で緊張してしまったが、気持ちが弾んでいたし会話に困ることもなかった。でも、やっぱり二人乗りには好きな人と乗るのが一番。テストが終わったら松崎と行こう。

 夢中でスイスイ滑って、5回目のリフトに乗っている時腕時計を見るとあっと言う間に12時を回っていた。 

 お昼は山の中腹にあるレストハウスで食べようと言うことになり、スキーを脱いで雪に刺し、建物に入る。 

 混んでいたけれど、四人で目を光らせていたら空いて、すかさず帽子とゴーグル・手袋を置く。あまり高級感はないところで、学食にあるような、薄いオレンジ色のプラスチックのお盆を持って並ぶ。私は丼物の列に並びタコライスを注文した。スキー場にしては安い500円。

 少し女らしいことをしてみたくなり、セルフの水をみんなの分注いであげた。  
 席に着くと、佐藤が、 

「オレ、ケイタイ落としちゃったみたいなんだよね…超ショック」 
 と項垂れる。ゲレンデに落としたとしたら絶望的だが、

「探してみようよ」
 と私が提案したけれど、佐藤は、

「いや、いいよ。あれもう二年以上使ったし、メモリのバックアップ取ってあっから大丈夫」 
 と言うので、途方もない捜索は免れ、取りあえずみんな空腹を満たした。 

 午後もたくさん滑った。でも途中から吹雪いてきたので、リフトはまだ動いていたけれど、早めに切り上げて帰った。  

 その夜、私も万が一なくした時のために、めぼしい人の番号・メアドを手帳に書き写した。高村くんのも…。 

 次の日は曇りだった。長澤さんと姉は川越から車で来ていたが、午後帰るということで、便乗させてもらうことにした。長澤さんも姉も公務員だから休みはゆっくりだ。帰省ラッシュはとっくにピークを過ぎていて、東北自動車道も空いていた。 

 私は一人後部座席に座り、気を遣って二人の喜ぶような質問をしたりしてみる。

 長澤さんの運転は松崎に似ていた。いたって安全運転、無理は一切しない。  

 私は車窓からの冬枯れの景色を眺めながら、11月に皆でりんご狩りに来た時のことを思い出していた。

 四季の移り変わりというのは神秘的だ。私はたまたま四季のある国に生まれ、春夏秋冬の存在を当然と思っているけれど、実はこんなに美しい四季のある国って世界中探しても稀なんじゃないか。四季があることは、感情や言葉の幅も広がって、繊細さを育ててくれる気もする。 

 長澤さんは、東中野まで送るよ、と言ってくれたけれど、さすがに悪い気がして、
「埼京線使えばすぐですから」 
 と気を遣わせないように明るく言って、川越駅で下ろしてもらった。 

 シャレでもないが、埼京線は最強に速い。駅と駅の間が長くてかなりスピードを出す。新宿まであっと言う間に着き、懐かしの黄色い電車に乗る。

 三年も住んでいると、こっちにも『帰って来た』という感覚がある。ギンザ商店街の喧噪、早稲田通りの車の混雑、近所の豆腐屋さん、お肉屋さんは年が明けても何ら変わっていない。

 エレガンス東中野に着くまでの間、私は一つのコトを執拗に考えていた。年賀状だ。ここ最近は毎年35~40枚ぐらい出しているけれど、出した人が100%返事をくれるかというとそうでもなく、大抵20枚やそこらで、そのくせ出していなかった思わぬ人から2~3枚来ていたりする。 

 エレガンス東中野に着いてドキドキしながらポストを開ける。先に届いた順に積み重ねられているからその順番を壊さないようにそっと取って今すぐにでも全部見たい気持ちを抑え、一番上の数枚だけ眺めながら階段を上り、鍵を開け部屋に入る。

 松崎のもあった。でも明らかに後出しと思われる位置に。でも嬉しかった。それにしても干支に関係なく堂々とルルの写真だけって言うのも松崎らしい。

 その夜、久しぶりに松崎の自宅にお電話をした。ご両親に新年のご挨拶を兼ねて。松崎にライヴのお礼と福島での5日間の話をした。スキーの話は隠さず自然と言えた。松崎も、怒らなかった。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.25
2009-01-04 21:24:39 | 連載小説


     § 

 冬休みはホントに短い。1月6日、再び大学が始まった。
 まず応用物理学実験のレポートを提出する。年末に片付けておいて正解だった。

 この日、なんと緑が島根から戻り元気な姿を見せてくれた。三人で喜び合い、学食のドリンクで乾杯した。緑は拒食症もすっかり良くなって、かえって少し丸くなったぐらいで健康そう。

「しばらくの間、目白のアパートにお母さんが滞在してくれることになったの。ほら、うちのお母さん早期退職して家でただいるから」

「それは安心だね」 
 私は心からそう言った。 

 大学は、テストを二週間後に控え、学生があちこちでテストの話をし、ノートをコピーしたり、プリントを渡し合ったりしていた。生協に4台あるコピー機は皆長蛇の列で、私も奈歩とコピーし合うものがあったけれど、一旦大学を出てどこかコンビニでしよう、と言うことになり、学バスを使わずに目白通り沿いを歩き、コンビニに寄った。その後目白駅前の喫茶店でお茶をした。

 二人共カフェラテを注文し、奈歩が席を取りに二階へ上がる。 
 席について、一息ついたところで私が口を開いた。

「奈歩、私の危ない恋は終わったわ。私、ときめいていた。不安だった。こんなにも人を震える程好きになったのは、きっと後にも先にもこれが初めて。すごく、哀しい程嬉しい気持ち、そして純粋な気持ちを知ることができたように思う。だけどね、奈歩が言ってくれたように、松崎に言わなくて正解だったわ。って言うのは、彼に付き合う事は出来ないって言われた直後に松崎の実家にお邪魔して、初めて泊めてもらって、松崎とのこれまでのことを思い出して…。もっと大切にしなきゃ、彼だけを見ててあげなくちゃって強く感じたの。奈歩には感謝してる」

 一気に話して、カフェラテをぐいっと飲んだ。

「そうなるって分かってたよ。理美はいずれ松崎に戻るって。だって私、一年ん時から二人を見てるわけじゃん。二人には、見えないけど、その赤い糸っていうの?がちゃんとあって、しっかり結ばれているもの。私にはその糸がちゃんと見えるわよ」

 私は、奈歩とずっと友達で良かったと心の底からそう思った。
「奈歩、ホントありがとね」 

 私は、自分の心が浄化されていくのを感じた。店内はとても明るく、隣にいた赤ちゃんの笑顔がめちゃくちゃ可愛かった。

「ところで奈歩は、井上くんとのクリスマスデートはどうだった?カウントダウン・ライヴも楽しかったよね」 
 すると奈歩は嬉しそうに答えた。
「クリスマス・イヴを一緒に過ごしたの。彼がデートの内容を考えてくれて…。うまくやっていけそうな気がしたわ。カナダでの色々な珍しい話をしてくれた。例えば世界的な団体が経営しているファームに1か月滞在して、にわとりや馬のお世話をした話とか、マイナス40度の中で、まゆげを凍らせながら空一面のオーロラを見た話とかね。向こうの人は近所付き合いも盛んで、バーベキューとかホームパーティとかもしょっちゅうやってたんですって。もともと移民の多い国ってこともあって、外国人に対してとても理解があるのだそうよ」

 奈歩たちのこれからを応援したい気持ちでいっぱいだった。松崎と私もずっと続いていくとしたら、この四人はずっと離れないんだなと思う。大学生になる時に掲げた夢の一つに「生涯の友人を作る」っていうのもあったことを思い出していた。 

 その日の夜アパートで爪のケアをしていると、メールが来た。なんと高村くんからだった。

「冬休み香港に行って来たんですが、夏木さんにちょっとしたお土産があるんですが、受け取ってもらえませんか?」 
 もう会わないって言ったのに…。すごく迷った。しばらく考えた。 

 無視できるほど、私は心が強くなかった。
「ありがとう。じゃあ今からあそこのコンビニに行くね。十分後くらいでいいかな?」
 私はマシな普段着に着替え、顔と髪を整え、赤いPコートを着てプーマのスポーツシューズを履いて家を出た。

 コンビニに着くと、高村くんは既に着いていて雑誌コーナーにいた。すぐ私に気付き、雑誌を戻し近付いて来た。

「お久しぶりです」
 やはり綺麗な笑顔で、そう言った。微かに、あの懐かしいエキゾチックな香水の匂いがした。その匂いをかいだら、いろんな思い出が甦って涙が出そうになった。でも、コンビニの外で5分ぐらい立ち話してお土産をもらったら、後ろ髪を引かれる思いですぐに帰ってきた。 

 向かいの家の犬に吠えられた。

 アパートに入り、大事に抱えてきた包みを丁寧に開ける。

 それはジャスミンティーだった。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.26,27
2009-01-04 21:30:42 | 連載小説
   

       § 


   最近は東京でも、たまにまとまった雪が降るようになった。 

 その週の土曜日、二時に松崎と西早稲田の本屋で待ち合わせをした。

 ありがたいことに松崎がテスト勉強に付き合ってくれるのだ。量子力学や熱統計力学や物性論は持ち込み可なので何とかなるにしても、流体力学だけは超辛い先生に当たってしまった上、遅刻欠席が多かったから、実力を付けて臨まなければならないのだ。
 
 店内には心地よいムード音楽がかかっている。テスト前だと言うのに雑誌を二冊も衝動買いしてしまう。バッグにそれを閉まったところでちょうど入り口に松崎の姿が見えたのでセーフだった。

「なんか買ったの?」
 と聞かれて、苦笑いする。

 夏目坂を少し登るとそのファミレスはある。いつも早稲田生で繁盛していて、今日は特に混んでいたけれど、五分程待つと通してもらえた。松崎は私とレストランや喫茶店などに入る時には、いつも合わせて禁煙席にしてくれる。

 分からないところは、まるでパン工場の機械のような軽快さで次々と解決していった。松崎はもしかしたら教師にも向いているかもしれない。

「粘性のある液体の出題はまずないから安心していいよ。ベルヌーイの定理は簡単に言うとエネルギー保存則の一種でね、例えば水が容器から流れ出す時に、他にエネルギーを失うことがないとすれば、位置、圧力、流れる速度が、途中それぞれ形を変えるとしてもエネルギー保存の法則によってその和は常に一定になる、っていうことを表した式なんだ。結局は力学なんだよね。理美ちゃん力学は結構得意だから、それとつなげて覚えると覚えやすいんじゃないかな…」

 松崎だって自分の試験範囲の勉強が気になっているだろうに、私の質問にみんな丁寧に答えてくれて、14時10分に店に入ってから、出たのはなんと夜の10時過ぎだった。 

 店を出るとビュッと冷たい風が吹いた。松崎は去年プレゼントした手袋をして来てくれた。駅までの短い間がっちりと手を繋いで身を寄せ合って歩いた。

「今日よかったら泊まって行かない?」 
 馬場に近付いてきたので言うと、松崎がいいよ、と言うのでそのまま乗り続け、落合駅で降りる。 

 テストのことでむしゃくしゃしていた気持ちが、松崎の柔らかな肌に触れ何度も口づけしていたら、ストレスはいつの間にかふっ飛んで、気持ち良くセックスした後、ぐっすり眠った。  

    


      § 

 テストまであと一週間と迫り、色々慌ただしくなってきた。 

 そんなある日、二限の授業が終わって奈歩と学食へ移動していた時、珍しく父のケイタイから電話がかかってきた。

「理美、驚かずに聞いてくれ。お母さんが入院することになった。昨日、検査結果が出てそのまま緊急入院になった。悦ちゃんのいる福島千寿病院だ。手術は来週の水曜日に決まった。理美は授業いつまでだ?」 

 悦ちゃんというのは叔母にあたる母の末の妹で、看護婦をしている。お父さんは冷静だったが、その声には張りがなく乾ききっている。
 嫌な予感が的中した。

「…わかった。でも私来週から二週間テストなんだ。1月31日金曜のテスト終わり次第帰るから。転移してるの?」

「…とにかく、試験が終わったらすぐに帰って来るように」 

 私はただ、「分かった」と言って電話を切った。

  お母さんが乳ガン再発……。 

 学食でのお昼にものどが通らず、半分以上残す。

「乳ガンってさ、患部を取ってしまえば20年だって生きられるって言うじゃない?きっと理美のお母さんも大丈夫だって。元気出して」 

 奈歩はそんな風に励ましてくれたが、私は、お正月の姉の話や、夏に免許を取りに戻っていた頃の母を思い出していた。そう言えば母は夏の時点で何度か、食事も作れず疲れて寝たりしていた。その時は単に仕事がハードで疲れているのだとばかり思っていたけれども、あの頃既に再発していたんじゃないだろうか…。  私は奈歩を待たせ、姉に電話した。

「お姉ちゃん聞いた?うん、お母さんが…。わかった。私はテスト期間に入っちゃうから帰るの1月末になっちゃうんだ。うん…」 

 姉は既に知っていて、もう実家に向かっているところだという。

「理美、乳ガンを患っても、何十年も生きている人っていっぱいいるって聞くわよ。きっと理美のお母さんも大丈夫だって」 
 奈歩がまた励ます。

 私は、母が、夏にはもう再発していたのだと碓信し、いても立ってもいられなくなった。自覚症状はきっとあったはずだ。自分のこととなると誰よりも我慢強い母のことを思い、眉間に皺を寄せる。

「夏に帰ってたじゃん、私。その時、お母さん、よく疲れた疲れたって言ってたんだ。あの頃から既に乳ガン再発していたんじゃないかって思うの。ということはかなり進行しているんじゃないかって…」 

 その週は、勉強にも身が入らず、早めにアパートに戻って、普段好きな音楽もかけずロフトで過ごした。夕食を食べるのも忘れていた。

 松崎にメールしたら、平日なのに東中野に来てくれた。

「理美ちゃん、元気出して。そんな顔で実家に帰ったらお母さんをがっかりさせてしまうよ」 
 松崎は優しかった。肩を叩いて後ろから抱き締めてくれた。それだけで不安は随分とれた。

「オレの親戚のおばちゃんで、乳ガンになって手術した人いるけど、手術から10年ぐらい経つけどピンピン元気だよ。理美ちゃんのお母さんもきっと大丈夫だよ」 
 みんなそう言うんだ。乳ガンは大丈夫だって。でも母は再発なんだ。だからもう、手遅れなんじゃないか…。

 あんなにバリバリ元気に働いていた母が…。まだ50前半だと言うのに…あんまりじゃないか。

「前にも言ったけど、お母さんはもう五年前に一度乳ガンの手術をしてて…」 

 「うん、分かってるよ理美ちゃん。とくかく理美ちゃんは疲れてるから休んだ方がいいよ。夕ご飯は食べたの?」
 食べていないと言うと、松崎はコンビニにお弁当を買いに行ってくれた。私が好きなコーンスープも買って来てくれた。お湯を沸かし、コーンスープを作ってくれて、私が食べるのをゆっくり見守って、食べ終わると、

「オレもテストだから、今日は帰らないといけないんだ。ごめんね。とにかく理美ちゃん、また何か心配なことあったらいつでも連絡しないと駄目だよ。な」 

 そう言って、部屋の戸締まりを碓認して、おやすみのキスをしてくれて帰って行った。

 松崎はどんなことにも一喜一憂しない。あるがままを受け入れる。松崎の冷静で優しい言葉と心遣いで、だいぶ心が落ち着いた気がした。


  母がこんな風になって、今自分にできることはとにかく試験に全力投球することだと思っていた。母が病気と闘っていることを思えばこんぐらいの努力ができないでどうする? 

 毎日寒かったけれど、早起きして東中野のファミレスに四日間通い、朝から晩まで猛勉強した。  

 試験初日、1月21日の朝は大雪だった。電車が停まっているんじゃないかと心配だったが、早めに用意して駅に向かうと電車は遅れてはいたものの動いていて、間に合う。 

 トップバッターはLLの英語だったけれど、この単位はそれほど重要ではない。それから二週間のバトルが始まった。

 猛勉強した甲斐あって、心配していた流体力学も予想以上の出来で、なんとか必要単位は確保できそうだ。

 夕方、お父さんのケイタイに電話した。今日はお母さんの手術の日だ。手術は無事終わったということだった。七時間にもおよぶ大手術だったそうだ。両胸を切断し、卵巣を取り除き、肺、首のリンパ腺の腫瘍をできうる限り切除したのだそうだ。痛々しい母の体を想像し、家に帰っても何もできずにロフトで目を瞑った。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.28
2009-01-16 11:13:24 | 連載小説

    

       §  


1月も終わりに近づき、ホームセンターにも水仙やチューリップの鉢植えが並ぶようになった。 

 1月31日の金曜日、最後の試験を終え、東京駅へ直行した。  新幹線の中で、特に読書にも集中できずに、ディスクマンでCDを聞きながら、車窓からの風景をただぼんやりと眺めていた。この間東中野の新星堂で買った『ヴォカリーズ』が収録してあるクラシックのCDだ。病室で聴くといいかなと思って、母に同じものを買って持ってきた。
 高校の時に母が乳ガンと分かった時のショックとは、また別な、もっとこう、すごく重たくて暗い感情が自分の中にあって、やるせない思いでいっぱいだった。ヴォカリーズの切ないメロディーが私の心の中とオーバーラップし、小さい頃の母の元気な姿が走馬灯のように頭の中に映し出される。 

  見渡す限りの真っ白い荒野。太陽は厚い雲に隠れて見えない。生き物の気配が全く感じられず、木々も無言でじっと寒さを耐えるようにして立っている。母は数か月間誰にも言わずに、痛みに耐えていたのだろうか。

 福島駅に着いて、新幹線のドアが開くと、お正月の時よりもっと冷たい風がビューっと舞い込んで来た。私はマフラーをぎゅっと握りしめ、改札へ向かう。  改札には父と姉が迎えに来てくれていた。二人共、その表情に笑みはない。ただ、姉の美香はかなりしっかりした表情をしていて、私を見つけると、手を振ってくれた。

  「今日は面会時間過ぎてるから、お母さんには明日会いに行きましょう」
 と姉が言って、車に乗り実家に向かう。

  「お兄ちゃんにはまだ伝えてないの。国際電話何回もしてんだけど繋がらなくて」
 兄の厚太は、ここ数年帰国していない。

 姉は家庭科の先生をしているだけあって料理が上手い。実家に着くと、早速鍋やフライパンに火を点ける。夕飯の下ごしらえをしていてくれたらしい。 

「すぐできるから、理美ご飯分けといてくれる?」

 母のいない食卓。考えてみたらすごく珍しいことだ。父や私たち兄妹が欠けるとしても、母が欠けることは滅多にない食卓だった。姉が帰ってきてくれて父は助かったようだ。父は野菜を作るのはうまいが、料理の方はさっぱりだからだ。  父が重い口を開けた。

「美香には少ししゃべったが、お母さんはだいぶ悪いそうだ。検査結果はひどいもので、肺や首のリンパ節、骨にまで転移していて、手術はしたが本当はもう手遅れだそうだ。お父さんが悪かった。一番傍にいたのに気付いてやれなかった。お母さんは我慢屋だからなぁ。医者の話では、最低半年前にはもう再発していたと言うんだ。夏に、よく疲れていたのは、今にして思えばあの頃にもう再発してたんだな」 
 父は無念そうだった。

「助からないのに手術したの?何それ?体をただ切り刻んだだけなの、ひどいじゃない」 
 私が激怒すると、父は静かに、 

 「中を開けてみて、予想以上の広がりだと分かったそうだ。結果的には無駄な手術だったとは言っても、治そうとしてのことだったのだから、責めてもしょうがないだろう」
 と一語一語噛み締めて言った。

 夕食の後片付けは私がした。茶わんを温かいお湯で洗いながら、

(お母さんはこうやって家事をしながら痛みをまぎらしていたのだろうか…) 

 と、ぼーっと皿を洗う手を止める。

 温かいお湯が流れ続ける。母は毎日ここに立って、何を考えていたのだろう。自覚症状があったのなら、何故すぐ父に言わなかったのだろう。 

 洗い物を終え、ケイタイを碓認すると、メールが来ていた。珍しく松崎からだった。松崎は自分から打ってくることはほとんどないのだ。

「理美ちゃん、今日だったよね、実家帰ったの。明日は、お母さんに明るい笑顔を見せてあげてね」 
 松崎にしては長い文面だった。松崎なりに一生懸命考えて出してくれた、そんな気がした。すぐに返事を家打つ。

「ありがとう大ちゃん。そうするわ。でも、さっき父に聞いたんだけど、お母さん、もう手遅れなんだって。大ちゃんにせっかく励ましてもらったけど、私、本当は笑顔で会える自信ないよ」
 すると松崎がまた返事をよこした。

「そうなんだ…。理美ちゃん元気出して。しばらくはずっとお母さんに付いててあげて。オレもお見舞いに行くからね」 

 次の日、父と姉と三人で母に会いに病院へ行った。

 病室は母一人だった。白い壁で、窓からは明るい陽の入る落ち着く部屋。  母は本を読んでいた。普段は仕事と家事で、好きな読書もできなかったのだろう。母にとってはしばしのやすらぎの時間になっているのかもしれない。けれども、治る見込みがあってそうなら嬉しい話だけれど、母は…。

 病室に入って、はじめにかけた言葉は、

「お母さん、大丈夫?」
 だった。なんでこんなことしか言えなかったのだろう。でも他に何と言えばいいのだろう。

  「あら、理美も来てくれたの?学校の方は大丈夫なの?お母さん、みんなに迷惑かけちゃってね…」 
 母はこれ以上ないほど暗い表情をしていた。女の勲章である胸がなくなった悲しみに違いなかった。大変な手術だったから、傷口だってまだ回復してはいないだろう。母の表情を見て、思わず目頭が熱くなった。涙が溢れて止まらなかった。母も独りでは泣くことさえ忘れていたとみえて、私が泣き出すと大粒の涙をぼろぼろこぼして泣いた。

 母の身に、こんなことが起きるなんて誰が考えただろう。二十余年間三人の子供を育てながら、夢中で働いてきた母。心配症だけれど寛大だった母。大学で東京に来てからも、いつも心の中にいて頼りにしていた母。

 しばらく泣いた後、私は家から持って来たりんごを剥いて母に食べさせた。 

 「病院の食事はね、味気ないわ。乳ガンには動物性タンパク質がよくないから、豆とか根菜類とかが多いの」 

 母はそう言って、美味しそうにりんごを食べた。 

 何も用意する間もなく即入院したからか、母は病院で支給された寝巻きを着ていて、それは薄い水色で、胸のところが肌けていてあまり母には似合っていなかった。

 午後、父と姉と、中合に買い物に行った。中合は福島のローカルなデパートで、高島屋ほどではないが、良い品を数多く取り揃えている。小さい頃は休日になるとよく家族で買い物に来たものだった。

 まず、お母さんの寝巻きを買った。肌着のコーナーは結構充実していて、数ある中から選ぶことができた。毎日着替えられるように三着、赤やピンクの細かい花柄のフリル付きの可愛いのと、落ち着いたベージュ色で胸の所にバラの花のプリントがされてあるのと、水色にラベンダーの模様がちりばめられているもの、を買った。

 それから、下着を数枚、…ブラジャーは買わなかった。母はきれいな胸をしていた。温泉に行く度に、お母さんのような胸になりたいと思ったものだった。  

 それからドラッグストアに行き、ティッシュボックスや綿棒、歯ブラシや櫛などの洗面用具、化粧水と乳液、手鏡、ペットボトルのお茶、ホッカイロなどを買う。

 最後に本屋に寄って、母に頼まれた本を探した。山崎豊子の『大地の子』上・中・下だ。  ガン闘病記の本にも目がいったが、買わなかった。

 病院に戻って、買った物を母に見せると、母は一つ一つ愛おしそうに手に取って眺めて、

  「お金使わせちゃったわね、ありがとう」 
 と言った。

 早速買って来た寝巻きに着替えると、病人らしさはなくなり、とても明るい感じになった。

 父は、母がクラシック好きなのを知っていてか、家にあったCDを数枚持って来た。ブーニンのピアノ曲集と、モーツァルトの交響曲、グレン・グールドのバッハ小品集、それに芹洋子、さだまさしの歌集だった。私も持って来たヴォカリーズのCDを渡した。
 母は嬉しそうに、枕元のCDラジカセに、まずさだまさしの『帰郷』を入れて、スイッチオンした。

 窓の外を見ると、雪が降ってきた。私は雪を眺めながら、東中野のオシャレな喫茶店で高村くんと見た初雪を思い出した。あれから確かまだ二か月ぐらいしか経っていないはずだけれども、随分遠い昔のことのように思える。そう言えば高村くんには母の病気について話したことはなかった。なんとなく、身内のことを話す空気が彼との間にはなかった。高村くんの前では、いつもどこかで無理をしている自分がいた。無理と言うか、かっこわるい部分は見せたくないと思っていたんだろう。  母がこんなことになって、頼れるのはやはり松崎だった。松崎にはいくらかっこ悪いことでもさらっと言うことができる。泣き崩れることだってできる。松崎はどっしりと構えていてくれる、受け止めてくれる。 

 その後、父が先生に呼ばれて出て行った。きっと手術後の経過や今後のことを話されるのだろう。

「理美は最近ピアノがんばってるわね」  と母が言うので、

「うん、目白の教室で習っているよ。月三回のレッスンで練習室使い放題で一万円なんだ。今井先生って言う盛岡出身のすごくいい先生だよ。今はベートーヴェンのソナタ『テンペスト』の第三楽章を練習中なの。悲壮感の漂う素敵なメロディーでね。松崎くんのお母さんがピアノの先生だから、上手くなって誉められたくて」 
 母に自分の好きな人の話をするようになったのは松崎が初めてだ。

 母は、小さい頃からピアノを習わせてくれた。私がピアノができることを誇りに思ってくれていて、最近、自分も町のヤマハに習いに行き始めていたそうだ。そんなことは離れて住んでいたから全然知らなかった。

「へぇーそうなの?お母さんすごいじゃん」 
 私は、母が余生の楽しみに始めたピアノを、

(これからもっと練習してどんどん色々弾けるようになったら楽しいね)
 と言いたかったが、どうしても言えなかった。母の体を蝕んでいくガン細胞が憎らしくてたまらなかった。 

  こんなに豊かで平和で、最新技術が次々と生み出されているこの世の中で、なぜガン細胞をやっつける薬は開発されないのか不思議でたまらない。そんな薬があるなら借金してでも手に入れるのに…。
 お父さんはどこの本で読んだのか調べたのか医者に了解をもらい、ビワの葉の煎じたお茶や、アガリクスというきのこを乾燥させて粉末にしたお茶などを与え、母はそれを素直に飲んでいる。
 手術後しばらくして始めた抗ガン剤は副作用があった。口に三つも口内炎ができたり、髪の毛が抜け落ちたり、吐き気がしたりするという。そんな薬本当に大丈夫なんだろうか。  母はそれでも、驚く程の集中力で『大地の子』上・中・下を、なんと十日間で読了することになる。 

 家に帰り、松崎に電話した。

「お母さんの手術は無事終わったよ。でもこの手術ですべてのガンを取り除くことは出来なかったみたいなの。ガンは相当進んでいて、もう助からないんじゃないかって…。まさか、こんなことになるなんて…」 

 私は電話口でワッと泣き出した。

「だから、前から約束してたスノボーも行けないわ。ごめんね」

「そんなこと全然気にしないくっていいよ。スノボーはオレの友達誰か誘って行ってくるからさ。心配しないでお母さんに付いていてあげて」 

 松崎の言葉は温かかった。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.28後半
2009-01-25 00:25:28 | 連載小説
    
  次の日から私は毎日のように母の病室へ通った。春休みはフットサルもデンマーク体操も活動はお休みだし、松崎と離れているのは少し淋しいけれど、今は母との時間を何よりも大切にしたかったからしばらく滞在することにしたのだ。

 病気には美味しい空気も大切だと思い、晴れている日は先生に許可をとって、母と一緒に近くの『花見山』に散歩に行ったりもした。花見山は、春になると、ピンクや黄色のベールで包まれる素敵な場所だが、今はまだ全然咲いていない。  

 病室で母とさまざまな会話をした。

「…へぇー、インテリアコーディネーターの資格取ったのってお姉ちゃんが生まれた後だったんだ。どうしてインテリアコーディネーターになりたいと思ったの?」 

 すると母は目を細めて、窓の外を見ながら、こんな話を始めた。

「そうねえ、理美ももう大人だし…。お母さんね、仙台の女子大だったでしょ。大学四年間はテニスサークルに入っていたの。お父さんに出会う前よ。理美と同じように一年に入って間もなく恋人が出来てね。東北大学で建築を学んでいた人よ。彼はただものではなかったわ。すごく深い知識があって、建築の歴史とか構造や設計のね…。ありとあらゆる話をしてくれて、将来の夢も語ってくれた。とにかく刺激的でね。インテリアコーディネーターを目指したのは彼の影響だったの。お父さんにはもちろんこんな話したことないけれど。大学四年間は彼一色、ずっと一緒だった、何をするにしてもどこへ行くにしてもね。でもね、彼は卒業と同時にスペインに留学してしまったの。お母さんは彼の探究心には勝てなかったのね。遠距離恋愛って今はメールとかあったりするけれど、当時はお手紙だけで。お母さんは沢山書いたけれど、返事はだんだん少なくなっていってね…。結局自然消滅っていう感じで終わってしまったの。そんな寂しい毎日を送っている時にあなたのお父さんに出会ったの。当時お母さんは東北大学の学生課で事務のお仕事をしていたんだけど、お父さんは大学院生だった。ある日仕事が終わって帰ろうと校門を出ようとしたらお父さんが待ち伏せしていて、それが知り合った始まりでね。お父さんはとても優しくてね。お父さんとの出会いで、彼との惜別の寂しさはだんだん薄れていった。お父さんは仙台郊外の温泉とか山とかいろんな所に私を連れて行ってくれたわ。そうしてお父さんと一緒になってあんたたちが生まれて…。こんな風になってから一人でいろんなこと考えちゃってね。死ぬ前に、もしも彼に会えたら…なんて、ね」

 私はその話を聞いて目を見開いた。高村くんは前にお父さんは建築をやっていて、東北大だって言ってなかったか?グレン・グールドのことにしてもおばあちゃんちが福島の双葉って言ってたのも偶然過ぎる気がした。

「お母さん、昔の恋人って何て言う人?」
 と私は真剣に聞く。

 すると母は、そんなこと言ってどうするの?的な笑いを浮かべながら、

「須藤さんって言う福島の双葉出身の人だったんだけどね」  と言う。

  「!?」 

  須藤…? 

 「今はどこで何をしているのかしらね。きっと腕のいい設計士として働いているんじゃないかしら」 

 「……。」

  売店に行ってくるとうそをついて病室を抜け出し、即座にケイタイを取り出し、ためらわずに高村くんにメールを打つ。

  「ちょっと変なこと聞くけど、高村くんのお父さんって福島出身?双葉におばあちゃんいるって言ってたよね?」 

 今まで高村くんにメールを打つ時はいつも考えて出していたけれど、あまりにも急いでいたし、興奮していたので、文面を整理したりなどする暇はなかった。  

 二~三分して返事が来た。思いきって受信箱を開く。

「夏木さんお久しぶりです。そうですよ。オレの母が高村建設の一人娘で、父が婿養子として入ったんです。どうしてですか?」

「お父さんの旧姓のお名前は?」

  「須藤といいます」 

 頭を一発ガーンと殴られたようなすごい衝撃だった。

「それじゃもしかして高村くんの親戚に須藤裕昭っていない?」

「あれ?どうして裕昭のことをご存知?いとこですよ。福島のおばあちゃんちで小さい頃よく遊んでました。夏木さんもしかして同級生?」

 私は、偶然が立て続けに起こって頭がグラグラする。お母さんの昔の恋人が高村くんのお父さんで、高村くんと須藤がいとこ同士…。 


 その日は床に入っても眠れなかった。ずっとずっとその事実を考えていた。被爆したおじいちゃんっていうのは母方のおじいちゃんだったのか…。須藤と似ていたのは他人の空似ではなかったのか。 高村くんと私が出会ったことは、もしかしたら必然だったのではないか。母が高村くんのお父さんと会えるように、神様がお膳立てをしてくれたんじゃないか。 

 
 あてどもなく考えていたら、いつのまにか空が白んできた。牛乳配達のバイクの音が小さく聞こえた。 


 翌日は土曜日だったので私は父を映画に誘った。母の話を聞いて、なんとなく父が可哀想になったのだ。

 観た映画は話題作の『たそがれ清兵衛』だった。福島フォーラムではなかなかいい映画を上映する。父と映画を観に行くなんて本当に久しぶりだったから、隣の席に座るだけで、なんだか妙な気分になった。

 幕末に生きた名もない下級武士とその家族の物語。しんみりする映画だった。 


 映画館を出て、須藤との最後のデート場所だった喫茶店に父を連れて行くと、喫茶店は美容院に変わっていた。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.29
2009-02-04 13:04:05 | 連載小説
     § 

  いつの間にかバレンタインデーだ。

 松崎が研究忙しい中お見舞いに泊りがけで来てくれた。この週はまた冬に逆戻りして大雪が降り、外を歩くにも長いブーツが必要だった。 

  午前中、遅めに起きて、家にちょうどあったハートの型でチョコレートケーキを作った。 

 松崎が実家に来るのは初めてだったから、私は母のことは気になるけれども、精一杯綺麗に片付けしておいた。松崎の実家みたいにセンスよくってわけにもいかないけれど、私の家もこの辺ではモダンな方だ。

 玄関は吹き抜けになっていて、階段がまっすぐ伸びている。その分二階の部屋数は少ないが、私はこの家の造りが気に入っている。

 松崎が福島駅西口に着いたのは日の傾きかけた夕方の16時50分だった。  いつものラルフローレンのダッフルコートに、グレーのマフラーをして、大きなバッグをさげてやってきた。

 父を見ると、松崎は丁寧にお辞儀をした。
 病院の面会時間は過ぎていたので、そこからまっすぐ実家へ向かった。福島駅西口から私の実家まではだいたい25分くらいだが、松崎は母の具合のことは一切聞かなかった。無口だった。こういう時は無口でいることが一番礼儀正しいんだ、そのことを松崎は知っているのかもしれなかった。

 姉は家に残って夕ご飯の準備をしてくれていた。

 松崎が実家の玄関に入った時のことを私は忘れない。松崎は、秋に霊山に六人で泊まった時もそうだったが、冒険好きだ。玄関に立ってその吹き抜けを見た時、きらきらと目を輝かせたのだ。 

 今日は松崎が来るから、姉も洒落たものを作ってくれた。貝に入ったままの生牡蠣を八個皿に並べて、レモンやローズマリーを添えてくれた。それからロールキャベツ、魚介のマリネ、スペイン風オムレツなど美味しそうな料理が並んだ。

 母がこんなだけど、父は松崎がとても気に入った様子で、

「まあ、一杯やろうや」  と言うことになり、姉も喜んで冷蔵庫を開け、奥の方になっていたお酒類を取り出してきて、みんなで乾杯した。

 食事の後、久しぶりにピアノを弾いた。レパートリーの一つで哀愁を帯びた曲、ショパンのノクターンOP9ー1を弾いた。母への思いを精一杯曲に込めて…。

 夜、姉が、松崎さんは一階の座敷に寝てもらいましょう、と言って、お客様用の布団を敷いてくれた。本当は二階の私の部屋で一緒に寝たかったけれど、そういうわけにもいかない。

 寝る前に、私の部屋から下の座敷におやすみメールを送った。返信はなかったけれど。 

 次の日、父と姉と松崎と4人で、10時ちょうどに病院へ行った。 

 部屋には既に悦ちゃんがいて、花の水を替えたりゴミ捨てに行ってくれたりしていた。  母は松崎に気が付くと、急に髪を直したり寝巻きの胸元を直したりした後、笑顔で、

「松崎さんとおっしゃったわよね?理美がいつもお世話になっているそうで…」

 すると松崎も、目にはまだ力があったが、口元は笑みを浮かべ、少し俯き加減で、 

  「はぁ」  と丁寧にお辞儀をした。

「そうそう、秋にりんご狩りに来て下さいましたよね。あの時は運転本当に大変だったでしょう。ありがとうございました」 

 お母さんは泣きそうな笑い顔をして、松崎を眩しそうに見る。 

 松崎はしばらく立ち尽くしていたが、母が急に気付いて、

「あらやだ、座って座って」  と椅子を指差し、みんなに促した。 

 次の日、母の車を借りて、松崎と福島デートをした。帰りには母の病室に寄ると父に伝え、出掛ける。

 真冬だから行く所なんてほんとはスキー場ぐらいしかないかと思ったけれど、信夫山、県立美術館、眺めのいい喫茶店など、行く所は結構あった。

 松崎は運転しながらこんなことを言った。

「理美ちゃんの家って、なんか温かいね。お父さんもいい人だし、なんて言うかみんな優しくて。お姉さんもしっかりしてそうだし」 

 信夫山と言う山は福島市のど真ん中にあって、「ノブオヤマ」ではなく「シノブヤマ」と読む。信夫山に松崎と来れるなんて。

 美術館では、ベルギーの画家『ポール・デルポー』の企画展をやっていて観た。何回も見飽きている常設展も、松崎にとっては初めてだからと思って久しぶりに見たら、黒田清輝とかアンドリュー・ワイエスの絵もあって子供の時とはまた違った発見があり意外に良かった。松崎も結構興味深そうに観てくれた。

 病室へ行くと、母は横になって眠っていた。起こすのは悪いから、帰ろうかどうしうしようか迷っているうちに母が私たちの気配に気が付いて、目を開けた。

「あら、また来てくれたの?理美、そこの戸棚にお菓子が入っているから、松崎さんに差し上げて」 

 松崎が自販機で飲み物を買って来てくれて、椅子に座ってお茶をした。

「今ね、信夫山と美術館に行って来たの」
 私が展示の話をすると、母も懐かしそうな目をして、

「理美、小さい頃見ている最中に大声出してね。監視の人にジロジロ見られたことあったのよ」
 なんて言うので恥ずかしかったが、松崎はフォローするように、

「福島にはこんなに素晴らしい美術館があるのですね。東京ではあれだけ広々とした、閑静な美術館はなかなかないです」

 松崎はやはり礼儀正しい人だ。

 けっこう夕方になってしまったので、花見山の近くの眺めのいい喫茶店へは行かずに帰った。  
   
  次の日は、福島フォーラムで『クルテク』を観た。

「まさか福島で観れるとは思わなかったよ」 

 車を運転しながら松崎は嬉しそうに言う。

 映画はほのぼのした優しいお話で、母の病気のことを一時忘れることができて、心身共に穏やかな気分になった。好奇心いっぱいのもぐらくん。松崎がこのキャラクターを好きな理由が分かる気がした。 

 早苗の結婚式があるので、それと、もう一つ重要な用事が出来たので…次の日、松崎と一緒に一旦東中野に帰ることにした。公共料金の振り込みや植物の水やりも気になっていた。

 松崎と東北新幹線に乗るのは初めてだ。松崎は当然のように指定を取ったので、私もそうした。席の心配をしないで並ばずに乗るなんてとっても久しぶりのことだったから、とてもいい気分だ。高々500円だけでこんな余裕が買えるなら、安いものかもしれない。

 松崎の左肩に頭をもたげて、しばらくして眠った。 


 東中野のアパートに着く。留守電の赤いランプが点滅している。再生を押したら、デンマーク体操の中村コーチからだった。

「デンマーク体操の中村です。体操留学のことでお話がありますのでお帰りになりましたらご連絡頂けますか?よろしくお願いします」

 そう言えば目白祭の打ち上げの飲み会の時に、そんな話がちらっと出たが、その時は他人事のようにしか聞いていなかった。すぐに中村コーチの電話番号を調べてかけると、中村コーチが出て、来週の月曜日に池袋で会うことになった。  

  夜、高村くんと東中野のファミレスで会った。高村くんはサークル活動があり、まだ広島には帰省していなかったのだ。

 私は母の話を、なるべく分かりやすく高村くんに伝えた。 

 すると高村くんは、

「わかりました。エントリーシートはほとんど出し終えたので、筆記や面接が始まる前に少しだけ帰省しようと思っていましたから、父に話してみますよ。オレの母は若い時スペインに遊学した際に現地で父に出会ったと前話してたことがありました。それにしても、夏木さんとこんな接点があったなんてオレは嬉しいです。お母様のお名前伺ってもいいですか?」

「夏木晴美って言うの。あ、お父さんにお話する時は旧姓の『佐藤晴美』って言ってね」
 お店を出て、久しぶりに高村くんと肩を並べて歩く。また、こうして歩けるとは思っていなかった。

 エレガンス東中野の前まで、明るく別れた。高村くんは、私に彼氏がいると伝えてからも、態度が変わらない。 


 早苗の結婚式の日は朝からよく晴れていて、あちらこちらに梅の花が咲いていて、春が感じられるような、そんな日だった。

 午前11時、早稲田奉仕園にはベジェッサ西早稲田のメンバーや記者クラブの数人、それに池上・早苗の親友など若者ばかり30人弱の人が集まった。その中に一人だけ年増の女の人がいた…池上のお母さんだ。 

 早苗も池上くんもからっとしたすごくいい表情をしていた。早苗は予想通りタイトな大人っぽいドレスを着ている。

 教会の中は結構古くて小さかったけれども、返って奥ゆかしい感じがして、結婚という永遠の誓いをするにはふさわしい所だなと、私の方まで心が清められるような思いがした。松崎が正装して隣にいることで、余計そう感じたのかもしれない。  神父が清書の抜粋を読み上げ、二人が向かい合って指輪の交換をし、キスをする。お友達の結婚式に参列したのは初めてだったから、こんなにも綺麗な情景を観て、目頭が熱くならずにはいられなかった。これでもう二人には一本の長い道が拓けたのだ。

 式が滞りなく終わり、教会の鐘が西早稲田に高らかに響き渡り、後ろの戸がバッと開く。私たち参列者は花道を作って、フラワーシャワーで二人を祝福する。   
  
   ブーケは、なんと私が受け取った。           


  昼食会は奈歩が幹事で、高田馬場の隠れたフレンチのお店を貸切って楽しく行われた。 

 どの人も、ハッピーな顔をしていた。松崎の笑顔が、特に綺麗だった。

 姉の式は、大丈夫だろうか…。  


 翌日の午後、中村コーチと池袋で会った。いつも練習では皆と一緒だったから、こうして二人で向かい合ってお話するのは少し緊張する。 

 中村コーチのお仲間の先生が、自分の生徒が今度の夏に数人デンマークに体操留学するということで、もしも中村コーチの生徒さんでも行きたいという方がいらしたらお世話しますよ、ということで、その話を私に持ってきて下さったのだ。

  「半年も一年もだったら大学も休学しなくてはならないし、無理にお誘いはできないけれど、夏休みを利用した三週間の集中講座で、体操を教える資格を取得できるの。私もね、結婚してから思いきって留学して34で資格を取ったのだけれど、こうして主婦業の傍らお仕事させてもらっていて、自分でもあの時資格を取っておいて本当に良かったと思っているの。もちろん理美さんはちゃんと理学部を出て就職も考えているでしょうけれども、たとえすぐに使うことがないとしても、長い目で見ると、資格って持っているといつか役に立つことってあると思うの。可能性の幅が広がるって言うのかしらね。どうでしょう理美さん?」

 正直この話には惹かれた。デンマーク体操をしている時の自分はとても好きだし、自分の好きな音楽で自分でメニューを考えて指導するっていうことに前々から秘かに憧れを抱いていたからだ。それに三年も終わりに近付いて、周りの皆は銀行のSEとかメーカーの研究所とかやはり理系就職を積極的に狙っているけれども、どうも私はそう言った職種には自信がなく、かと言って何か他にやりたいことも見つからずに悶々としていた矢先だった。ただ、デンマークに三週間留学ということは、それなりに費用もかかることだろうから、それに母のことが頭にあって、即答はできずに、

「少しお時間を頂けますか?両親とも相談して、来月末までには必ずお返事したいと思いますので」  と丁寧にお返事した。 

 その日の夜は松崎がお食事に招待してくれて、新宿で会った後、八時台の新幹線で再び福島へ帰る。松崎は東京駅の新幹線のホームまで見送りに来てくれた。 

 「体操留学の話、ご両親さえOKしてくれるならオレは大賛成だよ。理美ちゃん体操の素質あると思うし、自分でそういう教えたいっていう想いを持っているのなら、これは願ってもないチャンスだよ」 

 松崎にもそう言われて元気が出たし心が奮い立った。でも…母があんな状態なのに留学の話なんてどうやって切り出せる?この時期にそんな話をするのはなんだか不謹慎なことに思えて複雑な気持ちのまま、私は車窓から見える色とりどりのネオンをぼんやり見ていた。 

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.30
2009-02-15 22:18:05 | 連載小説


     § 


  2月の最後の週末に、母が半日だけ外出を許可され久しぶりに実家に帰って来た。母の希望もあったのだろうけれど、薦めたのは父だったらしい。

 その日はちょうど早苗の結婚式の日のように穏やかな天気で、どことなく春を感じさせるやさしい風が吹いていた。

 母は、骨への転移が進んでいて、辛うじて歩けるぐらいだった。無理をしない方がいいと言うことで車椅子を使ってきた。

 実家に着くなり、母は庭を見たいと言って、家に上がる前に庭を散歩した。膝掛けをしてあげて、車椅子をゆっくりと押す。

 庭に一本だけある梅の木も満開で、クロッカスや水仙のつぼみも膨らんで今にも咲きそうだ。沈丁花もいつの間にか濃いピンクの花芽を付け、畑にはハコベなどの雑草が生え始まっていている。

「もう、春ねぇ」 
 母は、そんな庭の一つ一つの変化をとても愛おしそうに眺めて、ゆっくりとそう呟いた。

 家の前の電柱にはカッコウが停まって、声高らかに鳴いている。

 それから家に入り、お茶を淹れて飲んだ。お茶菓子はあまり体に良くないと思って、母が去年作って冷蔵庫に保存していたという梅の黒砂糖漬けをお茶菓子代わりに食べた。 

 しばらくして父が、

「あの梅の木の前で、みんなで写真を撮らないか?」
 と言って、愛用の一眼レフカメラと三脚を取り出してきた。

「えー、そんなの何年ぶり?いいじゃん撮ろうよ」

(またいつ帰って来れるかわからないし…)

 という言葉は飲み込んで、私は明るくそう言った。 

 またお庭へ行き、梅の木をバックに、母を真ん中にして立ち、父が画面を調節しタイマーをセットして、 「カシャリ」  いい音がして見事な写真が撮れた。母はとても穏やかな表情をしていた。

 その後父は、スナップ写真も何枚か撮ってくれた。母だけの写真を撮ったのも、見逃さなかった。 



連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.29
2009-02-04 13:04:05 | 連載小説
     § 

  いつの間にかバレンタインデーだ。

 松崎が研究忙しい中お見舞いに泊りがけで来てくれた。この週はまた冬に逆戻りして大雪が降り、外を歩くにも長いブーツが必要だった。 

  午前中、遅めに起きて、家にちょうどあったハートの型でチョコレートケーキを作った。 

 松崎が実家に来るのは初めてだったから、私は母のことは気になるけれども、精一杯綺麗に片付けしておいた。松崎の実家みたいにセンスよくってわけにもいかないけれど、私の家もこの辺ではモダンな方だ。

 玄関は吹き抜けになっていて、階段がまっすぐ伸びている。その分二階の部屋数は少ないが、私はこの家の造りが気に入っている。

 松崎が福島駅西口に着いたのは日の傾きかけた夕方の16時50分だった。  いつものラルフローレンのダッフルコートに、グレーのマフラーをして、大きなバッグをさげてやってきた。

 父を見ると、松崎は丁寧にお辞儀をした。
 病院の面会時間は過ぎていたので、そこからまっすぐ実家へ向かった。福島駅西口から私の実家まではだいたい25分くらいだが、松崎は母の具合のことは一切聞かなかった。無口だった。こういう時は無口でいることが一番礼儀正しいんだ、そのことを松崎は知っているのかもしれなかった。

 姉は家に残って夕ご飯の準備をしてくれていた。

 松崎が実家の玄関に入った時のことを私は忘れない。松崎は、秋に霊山に六人で泊まった時もそうだったが、冒険好きだ。玄関に立ってその吹き抜けを見た時、きらきらと目を輝かせたのだ。 

 今日は松崎が来るから、姉も洒落たものを作ってくれた。貝に入ったままの生牡蠣を八個皿に並べて、レモンやローズマリーを添えてくれた。それからロールキャベツ、魚介のマリネ、スペイン風オムレツなど美味しそうな料理が並んだ。

 母がこんなだけど、父は松崎がとても気に入った様子で、

「まあ、一杯やろうや」  と言うことになり、姉も喜んで冷蔵庫を開け、奥の方になっていたお酒類を取り出してきて、みんなで乾杯した。

 食事の後、久しぶりにピアノを弾いた。レパートリーの一つで哀愁を帯びた曲、ショパンのノクターンOP9ー1を弾いた。母への思いを精一杯曲に込めて…。

 夜、姉が、松崎さんは一階の座敷に寝てもらいましょう、と言って、お客様用の布団を敷いてくれた。本当は二階の私の部屋で一緒に寝たかったけれど、そういうわけにもいかない。

 寝る前に、私の部屋から下の座敷におやすみメールを送った。返信はなかったけれど。 

 次の日、父と姉と松崎と4人で、10時ちょうどに病院へ行った。 

 部屋には既に悦ちゃんがいて、花の水を替えたりゴミ捨てに行ってくれたりしていた。  母は松崎に気が付くと、急に髪を直したり寝巻きの胸元を直したりした後、笑顔で、

「松崎さんとおっしゃったわよね?理美がいつもお世話になっているそうで…」

 すると松崎も、目にはまだ力があったが、口元は笑みを浮かべ、少し俯き加減で、 

  「はぁ」  と丁寧にお辞儀をした。

「そうそう、秋にりんご狩りに来て下さいましたよね。あの時は運転本当に大変だったでしょう。ありがとうございました」 

 お母さんは泣きそうな笑い顔をして、松崎を眩しそうに見る。 

 松崎はしばらく立ち尽くしていたが、母が急に気付いて、

「あらやだ、座って座って」  と椅子を指差し、みんなに促した。 

 次の日、母の車を借りて、松崎と福島デートをした。帰りには母の病室に寄ると父に伝え、出掛ける。

 真冬だから行く所なんてほんとはスキー場ぐらいしかないかと思ったけれど、信夫山、県立美術館、眺めのいい喫茶店など、行く所は結構あった。

 松崎は運転しながらこんなことを言った。

「理美ちゃんの家って、なんか温かいね。お父さんもいい人だし、なんて言うかみんな優しくて。お姉さんもしっかりしてそうだし」 

 信夫山と言う山は福島市のど真ん中にあって、「ノブオヤマ」ではなく「シノブヤマ」と読む。信夫山に松崎と来れるなんて。

 美術館では、ベルギーの画家『ポール・デルポー』の企画展をやっていて観た。何回も見飽きている常設展も、松崎にとっては初めてだからと思って久しぶりに見たら、黒田清輝とかアンドリュー・ワイエスの絵もあって子供の時とはまた違った発見があり意外に良かった。松崎も結構興味深そうに観てくれた。

 病室へ行くと、母は横になって眠っていた。起こすのは悪いから、帰ろうかどうしうしようか迷っているうちに母が私たちの気配に気が付いて、目を開けた。

「あら、また来てくれたの?理美、そこの戸棚にお菓子が入っているから、松崎さんに差し上げて」 

 松崎が自販機で飲み物を買って来てくれて、椅子に座ってお茶をした。

「今ね、信夫山と美術館に行って来たの」
 私が展示の話をすると、母も懐かしそうな目をして、

「理美、小さい頃見ている最中に大声出してね。監視の人にジロジロ見られたことあったのよ」
 なんて言うので恥ずかしかったが、松崎はフォローするように、

「福島にはこんなに素晴らしい美術館があるのですね。東京ではあれだけ広々とした、閑静な美術館はなかなかないです」

 松崎はやはり礼儀正しい人だ。

 けっこう夕方になってしまったので、花見山の近くの眺めのいい喫茶店へは行かずに帰った。  
   
  次の日は、福島フォーラムで『クルテク』を観た。

「まさか福島で観れるとは思わなかったよ」 

 車を運転しながら松崎は嬉しそうに言う。

 映画はほのぼのした優しいお話で、母の病気のことを一時忘れることができて、心身共に穏やかな気分になった。好奇心いっぱいのもぐらくん。松崎がこのキャラクターを好きな理由が分かる気がした。 

 早苗の結婚式があるので、それと、もう一つ重要な用事が出来たので…次の日、松崎と一緒に一旦東中野に帰ることにした。公共料金の振り込みや植物の水やりも気になっていた。

 松崎と東北新幹線に乗るのは初めてだ。松崎は当然のように指定を取ったので、私もそうした。席の心配をしないで並ばずに乗るなんてとっても久しぶりのことだったから、とてもいい気分だ。高々500円だけでこんな余裕が買えるなら、安いものかもしれない。

 松崎の左肩に頭をもたげて、しばらくして眠った。 


 東中野のアパートに着く。留守電の赤いランプが点滅している。再生を押したら、デンマーク体操の中村コーチからだった。

「デンマーク体操の中村です。体操留学のことでお話がありますのでお帰りになりましたらご連絡頂けますか?よろしくお願いします」

 そう言えば目白祭の打ち上げの飲み会の時に、そんな話がちらっと出たが、その時は他人事のようにしか聞いていなかった。すぐに中村コーチの電話番号を調べてかけると、中村コーチが出て、来週の月曜日に池袋で会うことになった。  

  夜、高村くんと東中野のファミレスで会った。高村くんはサークル活動があり、まだ広島には帰省していなかったのだ。

 私は母の話を、なるべく分かりやすく高村くんに伝えた。 

 すると高村くんは、

「わかりました。エントリーシートはほとんど出し終えたので、筆記や面接が始まる前に少しだけ帰省しようと思っていましたから、父に話してみますよ。オレの母は若い時スペインに遊学した際に現地で父に出会ったと前話してたことがありました。それにしても、夏木さんとこんな接点があったなんてオレは嬉しいです。お母様のお名前伺ってもいいですか?」

「夏木晴美って言うの。あ、お父さんにお話する時は旧姓の『佐藤晴美』って言ってね」
 お店を出て、久しぶりに高村くんと肩を並べて歩く。また、こうして歩けるとは思っていなかった。

 エレガンス東中野の前まで、明るく別れた。高村くんは、私に彼氏がいると伝えてからも、態度が変わらない。 


 早苗の結婚式の日は朝からよく晴れていて、あちらこちらに梅の花が咲いていて、春が感じられるような、そんな日だった。

 午前11時、早稲田奉仕園にはベジェッサ西早稲田のメンバーや記者クラブの数人、それに池上・早苗の親友など若者ばかり30人弱の人が集まった。その中に一人だけ年増の女の人がいた…池上のお母さんだ。 

 早苗も池上くんもからっとしたすごくいい表情をしていた。早苗は予想通りタイトな大人っぽいドレスを着ている。

 教会の中は結構古くて小さかったけれども、返って奥ゆかしい感じがして、結婚という永遠の誓いをするにはふさわしい所だなと、私の方まで心が清められるような思いがした。松崎が正装して隣にいることで、余計そう感じたのかもしれない。  神父が清書の抜粋を読み上げ、二人が向かい合って指輪の交換をし、キスをする。お友達の結婚式に参列したのは初めてだったから、こんなにも綺麗な情景を観て、目頭が熱くならずにはいられなかった。これでもう二人には一本の長い道が拓けたのだ。

 式が滞りなく終わり、教会の鐘が西早稲田に高らかに響き渡り、後ろの戸がバッと開く。私たち参列者は花道を作って、フラワーシャワーで二人を祝福する。   
  
   ブーケは、なんと私が受け取った。           


  昼食会は奈歩が幹事で、高田馬場の隠れたフレンチのお店を貸切って楽しく行われた。 

 どの人も、ハッピーな顔をしていた。松崎の笑顔が、特に綺麗だった。

 姉の式は、大丈夫だろうか…。  


 翌日の午後、中村コーチと池袋で会った。いつも練習では皆と一緒だったから、こうして二人で向かい合ってお話するのは少し緊張する。 

 中村コーチのお仲間の先生が、自分の生徒が今度の夏に数人デンマークに体操留学するということで、もしも中村コーチの生徒さんでも行きたいという方がいらしたらお世話しますよ、ということで、その話を私に持ってきて下さったのだ。

  「半年も一年もだったら大学も休学しなくてはならないし、無理にお誘いはできないけれど、夏休みを利用した三週間の集中講座で、体操を教える資格を取得できるの。私もね、結婚してから思いきって留学して34で資格を取ったのだけれど、こうして主婦業の傍らお仕事させてもらっていて、自分でもあの時資格を取っておいて本当に良かったと思っているの。もちろん理美さんはちゃんと理学部を出て就職も考えているでしょうけれども、たとえすぐに使うことがないとしても、長い目で見ると、資格って持っているといつか役に立つことってあると思うの。可能性の幅が広がるって言うのかしらね。どうでしょう理美さん?」

 正直この話には惹かれた。デンマーク体操をしている時の自分はとても好きだし、自分の好きな音楽で自分でメニューを考えて指導するっていうことに前々から秘かに憧れを抱いていたからだ。それに三年も終わりに近付いて、周りの皆は銀行のSEとかメーカーの研究所とかやはり理系就職を積極的に狙っているけれども、どうも私はそう言った職種には自信がなく、かと言って何か他にやりたいことも見つからずに悶々としていた矢先だった。ただ、デンマークに三週間留学ということは、それなりに費用もかかることだろうから、それに母のことが頭にあって、即答はできずに、

「少しお時間を頂けますか?両親とも相談して、来月末までには必ずお返事したいと思いますので」  と丁寧にお返事した。 

 その日の夜は松崎がお食事に招待してくれて、新宿で会った後、八時台の新幹線で再び福島へ帰る。松崎は東京駅の新幹線のホームまで見送りに来てくれた。 

 「体操留学の話、ご両親さえOKしてくれるならオレは大賛成だよ。理美ちゃん体操の素質あると思うし、自分でそういう教えたいっていう想いを持っているのなら、これは願ってもないチャンスだよ」 

 松崎にもそう言われて元気が出たし心が奮い立った。でも…母があんな状態なのに留学の話なんてどうやって切り出せる?この時期にそんな話をするのはなんだか不謹慎なことに思えて複雑な気持ちのまま、私は車窓から見える色とりどりのネオンをぼんやり見ていた。



OLE オブジェクト

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.31
2009-02-23 21:07:23 | 連載小説

     § 


 冷たい雨が幾度か降り、一雨降る毎に木々のつぼみは膨らんで、春が目の前まで来ていた。

 三月になった。普段ならばこの時期になるとなんとなく気持ちが躍りワクワクするのだけれど、今年はそんな気分にはとてもなれない。気温の変化がめまぐるしかったからか風邪を引いてしまって、余計に憂鬱だ。 

 久しぶりに奈歩にメールをする。

「奈歩、春休みは楽しんでますか?私の方は、母の病状がよくないので、大学が始まるギリギリまでこちらにいることにしました。それで、お願いなんだけど、新勧のビラ、どんなのでも任せるから作ってもらえないかな?申し訳ないけれどよろしくね。では、また連絡します」 

 奈歩からは一時間後に心良い返事が来た。 

 母の容態は、日に日に悪くなっていった。リンパ節への転移が相当以前からだったようで、骨や肺に続き、つい先日肝臓への転移も認められ、ガンが全身に蔓延している状態だ。肝臓がやられたら抗ガン剤も使えないだろう。逆に言えば、抗ガン剤などを使った為に、肝機能が弱まって転移が早まったんじゃないか。それでも父はビワの葉のお茶やキノコの煎じたのを飲ませるのをやめなかった。

 いつの間にか姉の結婚式も近付いて来た。私は姉と兼用だったピンクの振袖を着ることにした。春らしい色合いだし、姉の結婚式だから一番の正装をしたかったのだ。

 タンスから着物を出してちゃんと小物があるか碓認してみると、足りないものがあって夢中で探していたら疲れてしまい、今日はここまで、と庭に出た。

 この間の写真撮影の日に、庭の片隅で見た沈丁花の花芽がだいぶ膨らんでいて、その濃いピンクのところどころに四枚の白い花びらが開き始めている。鼻を近付けると良い香りがした。私は形の良さそうな一枝を取って、新聞紙に包み、バスに乗って一人で母の病院へ行った。


「理美、あなたなのね、須藤さんに連絡してくれたの」
 病室に入るなり母は言った。

「昨日、ここにいらっしゃって。お母さん、それはもうびっくりしてね。広島からだって言うのでますますびっくりして。実に三十年ぶりの再会だったわ。雰囲気がそのままだったからすぐに分かったの。須藤さんの息子さんとお友達なんですって?理美ったら水臭いわね。須藤さんが訪ねてきてくれた時、ちょうど理美にもらったCDをかけていたのね。そしたら須藤さんが、この曲は40歳頃に知ってとても気に入って、いつか再会できたら貴方に聞かせたいと、ずっと今までそう思い続けていた曲なんです、って言って。理美は超能力でもあるのかしらね」 

 何度もお礼を言われた。母はまるで思春期の少女のようだった。 

 その後、沈丁花を花瓶に生け、病室を出て、高村くんに丁寧にお礼のメールを打った。高村くんからは数分後にこんなメールが返ってきた。

「それはよかったです。父は夏木さんのお母さんの名前を言うと、目を見張り、そしてすごく哀しい顔をしたんです。オレその表情を見て一瞬で悟りました、父にとっても夏木さんのお母さんは忘れられない人だったのだと…。少しでもお役に立ててオレは嬉しかったです」 

 高村くんと、こうしてお互いの両親についてメールのやりとりをしていることが今もってとても不思議だった。このことがあってから高村くんに対して、もう変な気構えはなくなっていて、好きという気持ちよりも、どちらかというと親密感に似た、兄妹のような感覚が芽生えていた。 

        

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.32
2009-03-07 22:34:47 | 連載小説

   

  § 


 姉の結婚式の日は雲一つない晴天で、やわらかな陽射しが降り注いでいた。風もほとんどなく穏やかで、裏の桃畑にはおおいぬのふぐりが一斉に咲いている。野の花ってどうしてこんなにも綺麗なんだろう。

 母は、外出を許可されなかった。骨が弱っていて、車椅子でさえも移動できる体ではなく、さらに肺の機能低下で、今では酸素マスクを付けなければならなくなっていたのだ。

 式は午前11時半からだったので、姉はその前に純白のウエディングドレス姿で病室を訪れた。私はドレスを持ち上げる介添え役で付いてきた。

「お母さん、どう似合ってる?お母さんと体型がぴったりだったのよ!」 
 姉は精一杯明るく振る舞おうとしてみせたが、たちまち目が潤んでくる。 

 母が結婚式で着たウエディングドレスなのだ。何十年も前のものなのに、保管状態がよかったのか変色もしていなく、シンプルなデザインだから古さは感じない。 

 「美香、おめでとう。行けなくてほんんとにごめんね」
 酸素マスクの中からくぐもった声で、母は言った。

  「お姉ちゃん、これ」  姉にハンカチを渡した。 

  式場は福島駅前にある、福島では一番の結婚式場だ。車から降り、周りの視線を感じながら、エレベーターで9階の控室へ向かう。 

 まだ10時40分なのに、控室には既に20人ぐらいの人が集まっていた。長澤さんはそこで待っていた。

「お母さんは大丈夫だったか?」
 姉の顔を心配そうに見る。姉は純白のドレスには似合わない真剣な目指しで、 

  「うん」  と頷いた。 

  夏木家の、特に母方の親戚の人の表情は、お祝い用の笑顔には程遠い。知らない顔ぶれはきっと長澤家の方だろう。普通に盛り上がっていて、少しホッとさせられる。 

 2日前に兄の厚太がロンドンから帰ってきていて、兄も正装をして部屋の隅に一人ポツンといるのに気付く。髪も茶髪でヒゲもあって、小さい時とは別人のようだ。兄に会うのはそれこそ四、五年ぶりかもしれない。

 兄の方へ行く。

「お兄ちゃん、向こうでの生活はどう?」

「まあな」 
 兄は寡黙だ。それに7才も離れているから昔はほとんど話したことはなかった。

  「お母さん喜んでたね」 
 昨日家族全員で(長澤さんとそのご両親も)病院にお見舞いに行ったのだ。 

 「…うん。あんなんなってるとはな…」
 兄は厳しい視線で、前方の華やいだ様子をじっと見つめ、そうして項垂れた。  
  父が入って来た。私たちには気付かず、夏木家の親戚が集まっている方へ行き、挨拶をしている。その人たちはここ一か月の間に入れ代わり立ち代わりお見舞いに来てくれていた。 

 11時15分になったので、チャペルへ移動する。介添えは専門の人にバトンタッチしたので、そのまま兄と向かう。 

 長澤さんや姉の友人はさすがに大人っぽく、あと五年したらこんな風になれるかなぁ…とぼんやりと彼等を眺めながら、無言で歩いた。

 チャペルは、早苗の時とは対照的で、広くて新しい開放感のある空間だった。

  正面はなんとガラス張りになっていて、白いレースのカーテンが三つに束ねられて下がっている。陽の光が入りとても明るく、外は日本庭園になっていた。滝が流れているのも見える。 

 兄と、左側の一番前の席に座った。兄の右隣の席は二つ空けておいた。ちゃんと母の場所も作りたかったから…。 

 11時半になり、式は始まった。

 一斉に後ろの戸の方を向く。

 姉が父と入場。そのゆっくりと一歩一歩進む姿を見ているうちに、目頭が熱くなってきてハンカチを出す。長澤さんはすぐ近くで姉を迎える。

 賛美歌の声は大きかった。とても清らかな響きだった。歌は人々の心を一つにする。 



  披露宴も終わりに近付いた。 

 「ここで、新婦から新婦のご両親へ、今日まで育てて頂いた感謝の気持ちを込めたメッセージがございます。今日の日を迎えるにあたって、いろいろな思いを手紙に託したとのことです。それでは お願いします」 

 照明が落とされ、姉にスポットライトがあたる。姉は手袋を脱ぎ、介添えに渡し、手紙を出してマイクの前に立った。 


 「今日母は来れませんでしたが、母もこの会場にいるつもりで読みたいと思います。お父さん、お母さん、今日私は、お母さんが着たウエディングドレスに身を包み、正孝さんの元にお嫁に行きます。こんなに盛大な結婚式が挙げられたことを心から感謝しています。生まれる時は、お母さんのお腹の中が心地良かったのか、一旦入院したのにまた帰されたそうですね。最初から迷惑な娘でした。小さい頃お父さんはよく私を手の上に乗せて、高くまで上げてくれましたね。私はあの遊びが大好きでした。お母さんは休日になるとよくお菓子を作ってくれましたね。いつだったか、私が粉を頭からかぶってしまった時も、叱らずに笑ってくれましたね。考えてみると、お母さんは滅多に叱りつけることをしない人でした。そう、他人には優しく、自分には厳しい人でしたよね。乳ガンの手術をした後も、きっとどんなに心配だったか知れないのに、そんな不安は全部自分の中に閉まって、私たち家族に明るく振る舞っていました。再発したことを、どうしてもっと早く気付いてあげられなかったのでしょう。悔しさでいっぱいです。お母さんごめんなさい、本当にごめんなさい。お願いです、もっと私たちのそばにいて下さい。赤ちゃんの育て方だってまだ習っていないじゃないですか?私にはまだまだお母さんが必要です。大学も東京に出してもらい、さんざんお世話になって、まだほとんど親孝行させてもらっていないじゃないですか?私たちに親孝行する時間を与えて下さい。もっともっと生きて下さい」 

  会場からは啜り泣きの音あちこちで聞こえた。 

 

  その20日後、3月27日の朝、母は静かに息を引き取った。

 早朝にけたたましい電話のベルが鳴り、すぐに兄と私も起こされ病院へ向かったのだ。姉はどうしても仕事で川越に戻っていていなかった。

 病室に着いた。母は昏睡状態で目を閉じていた。心電図を映したモニターの端に光るハートマークが母の心臓と同じく動いている。その姿を見たとたん、鼻がツンとなって涙がこぼれ出した。

 生命力みなぎる春の陽射しに気付いて外を見る。今にも『母』という一つの世界が終わりを告げようとしているなどとても考えられないような暖かな日だ。  

  2時間ぐらいそうして母を見守っていただろうか。 

 モニターに異変が起きたのは午前11時を回ろうという時だった。医者が駆け付け、母に聴診器をあてた。

 私たち家族の方を見て、首を左右に振った。 

 体中から力が抜けていく。涙が再び出てきた。父が手で顔を覆う。兄は窓の外をじっと見つめる。

 看護婦が酸素マスクをゆっくりと外すと、 


 母は、これ以上ないほど穏やかな顔をしていた。



 病室を出ると、待ち合いのロビーからはセンバツ高校野球の賑やかな声援が、微かに聞こえてきた。  

 お通夜は激しい雨が降ったが、お葬式の日は暖かな日となった。

 喪服を着て、母の実家霊山へ向かった。

 3月29日、午前九時。  小学校の校庭の桜は、いつの間にか濃いピンクのつぼみを沢山付けていて、空にはところどころにカリフラワーのような雲が浮いている。

 霊山に着き、裏に車を停め玄関に回ると、沢山の献花が飾られていた。あまりに早い母のお葬式…。 

  夏木家の親戚は既に結構集まっていて、この間姉の結婚式に来てくれた人ばかりだったので、どういう顔をしていいか分からなかった。おばさんが忙しく働いているので、私も何かしなければと思い、割烹着を着て用意を手伝った。姉は既に来ていて、忙しく動いている。 


 午前10時半、式が厳かに執り行われた。重厚な戸は開け放たれ、二部屋がひと続きになりとても広い。総勢70人ほどだろうか。 

 最前列に座る。お坊さんがお教を唱え始まった。 

 目の前には母の棺があって、中には母がすっぽり入っていて、隙間には白い菊の花が沢山入っている。目線を上げると、母の写真が飾られている。

 そこには梅の花に囲まれて微笑んでいる母の姿があった。 

 死後二日経ち、少し冷静さを取り戻してはいたものの、まだ現実を受け入れられずにいた。母は本当に死んだんだろうか。お教を聞きながら不思議と涙は出ず、そんなことを考えていた。言いようもない虚脱感…。 

 電報がかなり沢山読み上げられた。母が仕事でかなり広範囲の付き合いをしていたのだと言うことを初めて知る。


 母が死んだと実感したのは火葬場でだった。『焼く』ってことがどうしても可哀想で、棺がかまどに入って行く瞬間、私は声を上げてしまった。母が本当に熱いと感じないなんて思えなかったのだ。

 その後、骨になって出て来た時に、初めて、 

(ああ、母は死んだんだ) 

 と認識したような気がする。人間が有機物の集まりで出来ているモノであるということをかみしめながら、骨を一つ一つ箸でつかんだ。大きい骨はどうしても取る気がしなかった。 

 いくら人間が有機物でできているとは言っても、魂っていうのは本当にあると思う。お母さんの魂は、けして焼かれずに残っている。私はその魂を感じながらこれから生きていくんだ。 

 次の日、松崎が東京から新幹線でお線香をあげに来てくれた。松崎の喪服姿はもちろん初めてだ。久しぶりに見る松崎は、キリッとしていてものすごくかっこよかった。喪服姿のせいかもしれないがそれだけではないような何かを感じた。きっと研究に打ち込んでいる気迫が出ていたんだろう。

「明日から岡山で学会なんだ。一日にまた来るね」 

 そう言って夕方阿武隈急行で仙台へ行った。そこから岡山に飛ぶ手配をしてくれたらしい。 

 桜の花は今にも咲きそうだった。


連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.33 最終章
2009-03-31 14:27:25 | 連載小説

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大学生になって奈歩に薦められて読んだ本に、五木寛之の『大河の一滴』と言う本がある。そこには何回も読み直したくなる文章が沢山詰まっていて、急にまた読み返したくなり、町の書店でもう一冊買って、読んだ。本当は全く力はなかったのだが、何もしないでいるのはもっと辛かったのだ。

 優しい文章に久しぶりに触れ、母がいなくなった心の寂しさをずいぶん紛らわせることができたように思う。 『…人間はただ生きているというだけですごいのだ…』  今は、その意味が実感を込めて分かる。

 翌日、父が、

  「昨日掃除していたら、見つかったんだ」
 そう言って私に見せたのは、一冊の本だった。それは『病院へ行かずにガンを治す方法』と言う本だった。その後ハッとして、洗面所へ行き、戸棚を探すと、  


奥の奥から、おびただしい量のクスリが発見された。 





 私は21歳になった。学年で一番最後に…。

 母のお葬式以来三日間は、ただ床の中で本を読んだり、昼間なのに寝たりの繰り返しだった。松崎が来てくれなかったら三日経ったことにさえ気付かないでいるところだった。

 松崎には今回ずいぶん交通費を使わせてしまった。この間の岡山行きだって、東京からの方が都合良かっただろうに…。私はまずそのお礼を言った。


「理美、少しは外の空気でも吸ってきたらどうだ」
 父が気を遣ってくれたので、久しぶりに松崎と外へ出る。オシャレをする元気はなく、化粧もそここに出掛けた。


 松崎は、もうダッフルコートは着ていなかった。
 外はいつの間にか春本番になっていて、庭のチューリップが満開で、たんぽぽも沢山咲いている。

 松崎が、 「この前行けなかった喫茶店に行ってみようか」と言ってくれた。

 何も考えていなかったので、それがいいね、と言ってナビをして向かう。

 途中、カーラジオから、たまたま「ヴォカリーズ」が流れてきた。

「オレの両親、理美ちゃんに誉められて以来、毎日のように二人で弾いてるんだ。最近新しい曲も始めたよ。『ジムノ・ペディ』って曲。理美ちゃん知ってる?」

「うん、エリック・サティのでしょ。いい曲だよね」 

 高村くんが話していたことを、ぼんやりと思い出す。 

「せっかくだから、その『花見山』っていうところにも行ってみない?花綺麗なんじゃないかな?」 

 そうだね、と言う。


 花見山は全国的にも有名になっただけあり大変な混雑だった。

「大ちゃんとはまたいつでも来れるし、今日はやめとこう」 

 賑やかな所に行く気分ではなかった。 

 喫茶店に着く。ここは幸いまだあまり知られていないのか、駐車場も空いていた。  この喫茶店もオーナーの趣味で始めたらしい。入り口が『カフェ傅』にそう言えば似てるなとぼんやり思う。

 店内に入ったとたん、幸せな匂いがした。年配の、ちょうど母ぐらいの女性四人組が楽しそうにおしゃべりをしている。それから窓際には、カップルが背中を向け仲良く座っている。


 松崎が手を挙げてくれて炭焼きコーヒブレンドを注文し、大きなガラス張りの外の景色を眺める。

「あ、すみません、シフォンケーキも一つ下さい」 

 戻って行く店員を呼び止めて松崎は言う。

「シフォンケーキ好きだったよね?」 
 勝手に頼まれることが、今日はやけに嬉しい。


 私が言葉少ないことは、考えてみれば珍しいかもしれない。いつも松崎が言葉足らずなのを必死にカバーしようとしていたように思う。けれども、そんな必要はほんとはないのかもしれない。

「理美ちゃん、どう?落ち着いた?」 
 松崎の方から質問してきてくれた。


「ありがとう。だいぶ落ち着いてきたよ」 
 それだけ言った。ああ、松崎とは同じ時間を生きているんだなぁ、などと当り前のことを思う。


 そうしてしばらくの間、外の景色を眺めた。 

 ここは小高い所に建っていて、見晴しが抜群にいい。遠くには吾妻連峰がくっきり見える。雲一つ見当たらず、すっきり晴れ渡っている。近くには、桜の木が何本かあって、三部咲きぐらいだ。優しいピンク色の花が、風にゆらゆら揺れる。いつの間にか、こんなに季節は進んでいたんだ。 


 コーヒーとシフォンケーキが運ばれてきた。 松崎が、

「これは岡山のお土産だよ。誕生日のお祝いも兼ねちゃったんだけど」 

 そう言って、包装した四角い箱を差し出した。

「大ちゃん、ありがとう」

 ゆっくり開けてみると、


  それは渋い一輪挿しだった。



「備前焼って言うんだって。理美ちゃん花好きだからいいかなと思って」

「ありがとう」 

 その一輪挿しを、ゆっくり360度回転させて、しげしげと眺めていると、 

 「将来はさ、一部屋和風にして、この花瓶を飾ったら似合いそうだよね」

 私は顔をあげ、松崎を見つめた。

「オレさ、理美ちゃんとずっとやっていくつもりだから」

 私は目を反らさなかった。松崎を正面から見続ける。 


 「二人なら、なんだって乗り越えられる」 

  松崎は私の手を握って、しっかりとそう言った。 



   ウグイスがのんびりと鳴いた。 

   青い空には、飛行機雲が漂っていた。   


              -END-


                    原稿用紙483枚

冬枯れのヴォカリーズ後半

冬枯れのヴォカリーズ後半

  • 小説
  • 中編
  • 成人向け
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