愛読者の使命
ある作家がいた。地味ながらも地道に売り上げがあり、その道一本でギリギリの生活を続けていた、その作家が生涯をかけて全身全霊を込めてつくった作品があった、それはある家族のお話だった。
ある読者がいた。作家の作品だけが救いで、あるいは作家のその孤独な生き方が好きだった。ある日作家の結婚のニュースを知る。作家は幼馴染で、少し歳は離れていたが、まさか、彼が家族を持つとは思わなかった、そして自分も女性という性があることを思い出した。
数年後作家は病にかかる。作家にとってもはや生きる事は苦痛だった、みまいにいった読者は、作家から昔話をきく、二人で懐かしい話しをして、何時間もそこにいた、そのうち口調を崩した作家は、もう長くないかもと前置きをして、読者にあらたまってこういう話をした。一番最初に作品をかいたのは、幼馴染である読者のためだったのだとぽつりといった。その後、もう少しで帰らなければという読者をひきとめ、作家は病室で、これからの事が心配だと涙をながす、妻や、そして作家には、すでに子供がいた。さすがに夜も更けたので作家はあきらめ、またくるようにとつげ、また改まり真剣な表情になって、もしものときは頼むという、そしてある作品を彼女に渡した。それは少しも修正されていない作家の書いた生涯かけてつくった作品の生原稿で、少しも修正されていないものだった。
その作品はあまりにくどく、しつこく、それでいて生々しかった、この作品が作家の作品の中で、一番ヒットした作品だということは、この読者も当然しっていた、だが彼には言わなかったことだが、この作品が、一番苦手な作品だった、彼女は家族とうまくいかなかったからだ、だからこそ作家がたよりだった。作家はすでに彼女の支えではなくなっていた、過去の作品や作風が好きだった。彼女はそれが自分が大人になったことだとしった。
その後彼女も恋人ができた、プロポーズがくるかこないかのときに彼女の父は他界した。何も思わなかった、それでも後悔していた、それはなんともいいようのない後悔だった、もっと、自分の気持ちを、悪い事さえもはっきりといっておけばよかったと、恨みも残った。
彼女は最近結婚した。作家はすでにこの世にいない、作家の残した生原稿を夫に読んでもらうことがふえ、子供に読み聞かせるようになった。彼女は、作家の亡くなった日にあの原稿を作家のために家族に渡そうとしたのだ。それでも、かたみであるそれを家族が受け取るのをことわった。
「それはあなたがもっていてください」
作家は自分のことをどんな風に家族に話していたのだろう。いまではお気に入りになった作家の生涯の作品の世界に一つの生原稿を手に取り、彼女
は、ときたま幼き日を想ってくすりとわらう。
愛読者の使命