ワタシはくノ一
1
「あのさ」
「何?」
「委員長って、くノ一じゃん?」
「そうよ」
「なのにさ…」
「何よ」
「くノ一っぽくなくない?」
「当たり前よ」
「当たり前なのかよ」
「簡単に正体を気づかせちゃうくノ一なんているわけないじゃない」
「いや、もう正体言っちゃってるんだけどね」
「あなたの口を封じれば済むことよ」
「えっ…」
「冗談よ」
「ぅ…」
「くノ一っぽかった?」
「…ぽかった」
「じゃあ、わたし、このあと委員会があるから。そのあとスーパーの特売に…」
「だからそういうところがさー。日常感ありすぎっていうか」
「だって日常だもん」
「くノ一の日常ってそうじゃないじゃん」
「は?」
「たとえば…修行とか」
「それなら毎朝家の近くを三キロくらい…」
「ジョギングじゃん」
「夜は学校で教わったことをあらためてノートに…」
「復習じゃん」
「明日やるところを…」
「予習じゃん。ぜんぜん修行じゃないじゃん」
「じゃあ何よ、修行って」
「それを聞く? くノ一が一般人に」
「聞いてあげる」
「なぜちょっと上から目線…」
「くノ一だから」
「くノ一にそんなイメージないけど…」
「じゃあ、どんなイメージ?」
「むしろ…逆?」
「逆?」
「くノ一っていうか忍者ってもうちょっと…下じゃん」
「はぁ?」
「いやいや、そうだろ? 殿様とかそういう人に仕えるっていう…」
「…大丈夫?」
「心配されるほどおかしなこと言った、おれ?」
「どこに殿様がいるのよ。この二十一世紀に」
「じゃあ、くノ一はなんなんだよ!」
「女の忍者」
「そういう説明を聞きたいんじゃなくて、委員長がくノ一って言い張ってるこの状況だよ!」
「おかしい?」
「おかしいだろ、普通」
「普通?」
「いやもうこの状況に『普通』とかアレなんだけどさ…」
「ふーん…」
「なんだよ、その意味ありげな目」
「ちょっといい?」
「…何?」
「前から一度聞いてみたかったんだけど…あなたってわたしのことをどう思ってるの」
「えっ…!?」
「聞かせてほしいなー」
「そんな…だって心の準備とかさ」
「心の準備がいるの?」
「いるだろ、普通…」
「この状況は普通じゃないんでしょ」
「う…」
「聞かせてよ」
「じゃあ、言うけど…」
「うん」
「おれ…委員長のこと…」
「『委員長』は関係ないでしょ」
「え?」
「わたしのこと…くノ一のことをどう思ってるの?」
2
「…あー」
「なに、そのホッとしたような残念なような顔」
「どう思ってるって…そういう…」
「どういうことだと思ってたの?」
「い、いや別に…」
「じゃあ、あらためて聞くけど、くノ一のことをどう思ってる?」
「…女の忍者」
「そういうことを聞きたいんじゃなくて、くノ一のことをどう思ってるかをちゃんと聞かせてほしいの」
「ちゃんとって…どういうふうに…」
「カッコイイとか、憧れるとか、そういう普段思ってるようなことよ」
「普段思ってないよ、そんなこと」
「思ってないんだ…」
「って露骨にがっかりするなよ。『普段』思ってないって言ってんの」
「じゃあ、いつ思ってるの?」
「いつでも思ってないよ…」
「なにそれ? そんなに無関心?」
「無関心っていうか…」
「自分の周りのことに関心持たないの? ニュースとか見ないの?」
「ニュースに出ないだろ、くノ一のこと」
「出ないわよ。簡単に表沙汰にならないわよ」
「裏で何してるんだよ…」
「知りたい?」
「それは…」
「まあ、知られたら即口封じだけど」
「封じるなよ」
「だったら、聞かないこと」
「聞かないよ…ていうかそっちが聞いてきたんだろ」
「それもそうよね」
「そうだよ…」
「それでどう思ってるの? くノ一のこと」
「いや、おれ、くノ一って委員長しか知らないから」
「そうなの?」
「そうだよ」
「変わってるね」
「普通だよ。普通くノ一の知り合いなんていないよ」
「つまり…普通じゃない」
「うん」
「差別するんだ」
「は?」
「やっぱりそうなんだ。わたしのこと普通じゃないって思ってるんだ」
「いや、それは…」
「普通じゃないんでしょ、この状況」
「状況は普通じゃないけど委員長のことは…」
「普通?」
「……」
「ほら」
「あ、いや、だけど差別とかじゃなくて…」
「言っておくけど、くノ一にだってちゃんと人権はあるんだから」
「人権!?」
「正確には、くノ権だけど」
「なんだよ『クノケン』って…」
「じゃあ、くノ一には権利がないって言うの?」
「そんなこと言ってないけど…」
「くノ権を勝ち取るために、くノ一は裏で戦ってたんだから」
「『表沙汰にならない裏でしてたこと』ってそれかよ!」
「あ…」
「?」
「知られてしまったわね…」
「えっ」
「言ったでしょう。知られたら…口封じって」
「!」
「ごめんなさい」
「いや、あやまられても…」
「このたびは誠にご不幸なことに…」
「弔辞読まれても!」
「二人分よ」
「え?」
「あなたとわたし」
「ど、どういうこと?」
「わたしもすぐに後を追うから」
「後を追う!?」
「掟よ」
「掟って…そんな…」
「秘密を知った者と知られた者…共に処罰される。それが掟よ」
3
「処罰…」
「くノ一らしいでしょ」
「…うん」
「というわけで」
「ま、待てって! 軽すぎるだろ、いろんな意味で!」
「重々しいほうが好き?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて…」
「怒ってる?」
「怒ってるっていうか…な、納得いかないって!」
「何が?」
「だって人権とか言ってたじゃん!」
「正確にはくノ権ね」
「これって人権無視じゃね?」
「えっ」
「だってそうだろ? 本人の意思に関係なく命を断つとか」
「…そうね」
「だったら…!」
「でも掟は、掟よ」
「なんなんだよ、その掟って!」
「知りたい?」
「っ…」
「知れば知るほど、より口を封じられるわよ」
「なんだよ『より』って!」
「あなたの家族や友人その他にまで」
「! マジかよ…」
「マジよ」
「……」
「というわけで」
「お、おい…」
「どれがいい?」
「どれ!?」
「選ぶのよ。どうやって口を封じられるか」
「封じられないっていうのは…」
「ない」
「ないのかよ…」
「ないの」
「…けどさ」
「なに?」
「…知られてたじゃん」
「えっ」
「裏でどうこうより先に…委員長の秘密」
「他にも? いつの間に…」
「『いつの間に』じゃねえよ。知られてたじゃん、くノ一ってことを」
「それはいいのよ」
「いいのかよ!」
「とにかく掟よ」
「なんだよ、そんなの本当に納得してるのかよ!?」
「あなただって、すべての法律に納得して従ってる?」
「それは…その…」
「というわけで」
「だから軽いって! だいたいどうするつもりだよ!」
「口封じ」
「それはわかってるけど、どういう方法で…」
「だから選ぶのよ。あなたが」
「おれんが選ぶって…親切なようなそうでもないような」
「さあ」
「せ、せかすなよ。選択肢はどれくらい…」
「一つ」
「それ、選択肢って言うのかよ!?」
「言わなくてもわかるでしょ」
「えっ」
「くノ一の口封じの方法は…たった一つ」
「それ…って…」
「とーっても、くノ一らしい方法よ」
4
「くノ一らしい方法…」
「ふふっ」
「ごめん」
「えっ?」
「ピンとこない」
「…何よそれ」
「だって、ピンとこないし」
「あるでしょ? こういうときのくノ一のイメージ」
「うーん…」
「無知ね」
「そ、そこまで言う?」
「わたしの口から言わせるつもり?」
「えっ」
「……」
「なに? なんか言いづらいような…」
「……」
「あっ!」
「…わかった?」
「まさか…」
「そうよ」
「言葉にするのも恐ろしいほど残虐な…」
「そっち方向じゃないわよ」
「えっ、じゃあどっち?」
「…エッチ」
「ええっ!?」
「……」
「な、なんて言ったいま?」
「…何も」
「いや言っただろ? その…あの…」
「……」
「だ、黙ってたらわかんないだろ!」
「わからなくていいし」
「よくない! 知りたい!」
「…エッチ」
「ほら!」
「…馬鹿」
「つ、つまり…」
「……」
「口封じって…そういう…」
「……」
「いいのかよ…」
「…くノ一だもん」
「けど…おれとそんな…」
「…くノ一だから」
「く、くノ一だったら誰とでもいいのかよ!?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ…」
「…おかしかったらごめんね」
「え?」
「教えてもらってはいるんだけど…初めてだから」
「!」
「あの…」
「な、何?」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「……」
「…な、何か言ってよ」
「その…こちらこそよろしくお願いします」
「…馬鹿」
「じ、じゃあ…」
「待って」
「え?」
「ここじゃ…あれだから」
「そ、そうだよな。学校だもんな」
「そうだよ…」
「放課後の…校舎裏の…体育倉庫室のすぐそば…」
「……」
「…ここでよくね?」
「エッチ!」
「バッ…! おれはそういうつもりで…」
「どういうつもり?」
「それは…えーと」
「…エッチ」
「べ、別におれがそうしたいって言ったわけじゃ…」
「いやなの?」
「えっ…!」
「いやだったら口封じにならないんだけど」
「それは…」
「……」
「いやじゃ…ない」
「…そう」
「……」
「じゃあ、あらためて…」
「お、おう…」
「フユモリ君…」
「……」
「生涯仕えさせていただきます」
「……」
「…以上」
「えっ?」
「以上。これで終わり」
「お、終わりって…これだけ!?」
「いまのはね」
「えっ、いや、ぜんぜんわかんないんだけど!」
「何が?」
「だっておれ、委員長と…」
「わたしと?」
「……」
「言ったでしょ? くノ一らしい方法って」
「だって…エッチって…」
「あなたが望めばね」
「えっ!」
「わたしは逆らえないわ。あなたに仕えるんだもの」
「…ぜんぜんわかんない」
「わかるでしょ」
「わかんないって!」
「あなたが言ったじゃない。くノ一は…忍者は『下』だって」
「それは…」
「殿様はいなくても、仕える人はいるの」
「それって…」
「そう、あなた。秘密を知られた人に生涯仕える。それがくノ一の掟」
「……」
「理解できた? イエス、ノー?」
「…い…」
「い?」
「いいのかよ…」
「はい?」
「だから俺の…その…」
「あなたこそいい?」
「えっ?」
「わたしなんかが…そばにいて…」
「そっ、そんなの…」
「……」
「…お…」
「お?」
「…オーケー?」
「……」
「そんな目で見んなよ! オーケーだって! いいんだって!」
「無理しなくていいのよ」
「無理なんてしてねえって! だって…委員長は『なんか』じゃないから!」
「くノ一だからってこと?」
「じゃなくて…」
「じゃなくて?」
「おれ…委員長のこと…」
「……」
「委員長の…こと…」
「あっ」
「えっ?」
「忘れてたわ」
「は?」
「秘密を人にもらしたら、そのときこそ本当の意味で口封じだから」
「本当の意味でって…」
「あっちのほうの」
「う…! それってつまり残虐系の…」
「だから…そばにいるの」
「えっ」
「秘密をもらされないよう…一生」
「一生…」
「うん」
「それって…つまり…」
「カン違いしないで」
「えっ」
「わたしはあくまでくノ一。だからあなたはわたしの…」
「ご主人様なんだから」
ワタシはくノ一