ポケットと幻影
寒くてポケットに手を入れる、冷房の効き過ぎた書店、印刷された紙たちのかおり。夏だからといって真逆の苦しみがないわけじゃない、そのひとつが効き過ぎたクーラー、季節に歯向かうような寒さ。まるで心の痛みをちくちくとつきさすようだ、人のやさしさのようでいて、そのやさしさや気遣いにも、いい悪いや程度がある。夏にはいい思い出がある、いい思い出もあるが悪い思い出もある。子どもの頃の夏は楽しい思い出が多かった、と思うが実は悪い事も多々あってそういう事は忘れているにすぎないのだ、子どもの頃には子どもの頃の波があって、何もかもいい思い出じゃなかったはず、きっと人はどこかに消化不良の想いでをもって、人はそれを見ないふりをして、心のどこかに秘めてしまったまま生きている、夏にはいい思い出があるといったが、それは今の僕が思う事、消化不良のいつかの夏、それがどこかでなつかしさやもどかしさを醸し出しているのかもしれない、これはそんなお話のひとつ。
ポケットに砂をいれた、海水浴の帰りだった、母にそれをみて怒られた、なぜそんな事をするのかと、汚れるだけだと、再び海に戻される、なんども同じことをした、帰りたくなかったのだ、たまにしかこれない海をみて、呆然とたちつくしていた、そんな様子をみて母はわらっていたが、母もどこか寂しそうだった。それから次の年には、母と父は離婚した、母はどこか遠くにいて、僕と連絡をとりたくないという。理由はわからない、ただ子供のころは、あの夏のわがまま原因なのだとばかばかしい想像を抱き、本気でそれに苦しめられたものだった。
また夏がきた、きっと母も、新しい男を見つけていなくなった母にも嫌な事やいいことが色々あったのだろう、書店のクーラーで腹を痛めた、印刷された紙のにおい、これは汚い話しだが、手洗いに行きたくなる作用があるとかテレビできいた。どうでもいいことだ、季節の代わりめ、風邪をひかないようにアパートへ早く帰ろう。
ポケットと幻影