Snow*Drop
あるとき、自分に色がない雪が、花々に色を分けてくれと頼みました。しかし、どの花も雪のお願いを断ってしまいます。
けれど、唯一雪に応じた花がいました。それはスノードロップです。
スノードロップ:春を告げる花。死の象徴という言い伝えがある。修道院の庭に植えられていたことが多いらしく、神聖な花というイメージも強い。和名は待雪草。雪の雫とも呼ばれる。花言葉は希望と慰め。
夕方までは穏やかな天気だった筈なのに、日が沈んだ途端、酷い吹雪に見舞われて、殆ど前も後ろもわからなくなってしまった。そんな中、どうにかして見つけた明かりを目指して歩いていたら、小さな一軒家に辿り着いたので、私はほっと胸を撫で下ろす。
扉の前に立って軽くノックすると、暫くして、一人の老人が顔を覗かせる。シワの刻まれた頬の上、優しそうな青い瞳が私を暖かく見つめていた。
酷い吹雪で、目的地にたどり着くのが困難になってしまった。天気が落ち着くまで泊めて欲しいと伝えると、彼は嬉しそうに笑って私を招き入れてくれた。どうやら、老人は独り暮らしを続けていて、話し相手が欲しかったそうで、久しぶりの客人である私を歓迎してくれたのだ。
寒かっただろう、と微笑みかけて、暖炉の前のロッキングチェアに座って待つようにと言われた。すぐに紅茶を入れてくるからと、彼はやはり嬉しそうだった。
しばらくすると、老人は2つのティーカップとティーポット、更に美味しそうなクッキーを盛ったお皿を木製のお盆に載せてやってきた。それをロッキングチェアの側にあった小さなテーブルに置いて、彼も椅子に腰掛ける。ティーポットはガラスでできているのか、ポットの中身が透けて、中の様子が見えた。薄い蜂蜜色の中に、白い小さな花が浮かんでいる。
「カモミールティーだよ」
老人は透明のカップを2つ並べて、そこにティーポットの中身を注ぎながら続ける。
「……別れる前に花の名前を1つ教える。そうすると、その花を目にするたびに、教えたその人のことがありありと思い出される。これは魔力を持たない人間にも使える、記憶の魔法だ」
老人はカモミールティーを注ぎ終えると、私に笑いかけた。
「彼女が私にかけた魔法のほうが、よっぽど強力だけどね」
それから雪の降る窓の外をぼんやりと眺めて、老人は目元を優しく細めるのだ。
「旅の娘さん、こんな老いぼれたじじいの、昔話に付き合ってはくれないかな」
私はゆっくりと頷いた。
老人は暖炉の炎に視線を落として、口元を綻ばせた。揺れる炎に照らされた彼の横顔に、温かい光と冷たい影ができる。懐かしむように、優しげに。
「信じてくれるかわからないけれど、私は昔、魔女に会ったことがあるんだ」
ティーカップに口を付けて、老人は語る。彼の口から紡がれたのは、盲目になった画家と、とある魔女の話。
Snow*Drop