蛇舌

 母はおしゃべりだ、そしてしゃべり終わるとかならず舌をぺろりとなめる、それは祖父がもっとも恐れていた蛇の姿に似ている。
 一度祖父にそのことについて尋ねたことがあった、祖父は足がわるく、いつも庭の離れの奥座敷にいた。そこには祖父の自慢の陶器や骨董、愛蔵の本や何かが所せましとならんでいて、ただ困ったことは棚のデザインに統一性がないことだった、母がそれをいうと怒るので私と母はそのことでこそこそ笑い話にしていたりした、けれどその棚や棚の配置に意味があるとしったのはつい最近のことだった。
 「あれはよう喋りおる、悪い事もいいことも、あれはたしかに蛇の呪いじゃ」
 そんな事をいっていたのをつい最近思い出すに至った、それはこんなエピソードが原因だった。私には父がいない、といってもただ単に両親が離婚したというだけで、あまり顔を見せないので私はいない、と人にいうのが趣味になっている、それに母のおしゃべりが原因で父と離婚したのだと知らされたのはもっとずっと昔のことだったので、特に今回の事と結びつける意図はなかったのだが、つい最近、母が何かこった趣味を色々とかかえだして、絵やギターなど気楽にやってたしなんでいたが、先日風水にはまったといって、それらの本を買いあさったり部屋の模様替えをしたりしていたが、祖父のいた離れだけはいじるきにならず、ただ少し気にはなるというので、祖父の知り合いの風水師に家を見てもらうということになった。

「おじいちゃん、下手に手を出したら怒ると思うよ」
 
 私はさりげなく母に忠告をしておいた、予約をとれたのが2ヵ月もさきのことで、その日が近くなってから母にもう一度詳しい日付をきくと、
私はその日丁度休みで、どうせだから、と孫の立場で母にお願いし、その風水師の実家見物に立ち会うことになったのだ。その日は土曜だった、私はどきどきしながら、年配の人が好みそうな質素な服装でにこにこして玄関でまっていた、
「はじめまして」
「あら、おまごさんかい」 
 案内するとわざとらしく忙しそうに母親がキッチンからでてくる、風水師と私と母は玄関をとおって、客間へ、風水師はちょっとぼけたお婆さんで、始終ああ、ああ、と意味のわからない独り言をつぶやいていた。客間に案内し、祖父の話を数時間くらい話してたようだった、私はそういう場にいると疲れるので、お茶をいれておかしをおいたあと、自室でその話が終わるのをまっていた、それがおわると、祖父とそのお婆さんはあらゆる部屋をのぞいていた、フローリングの床に、壁には私が小さいころにつけたらくがきがちょこちょことある、お婆さんは部屋をみるたび、
「ええなあええなあ」
 と母をほめるようなことばかりをいっていた、いたって普通の家だが、最近母が家具などをいじりまわしたので、きっと老婆はそれをほめていたのだ、母の趣味程度の知識でも役に立っていたのだろうか、ただ数十分後、私と母はその人を離れに案内した、母は何をおそれたのか、
 「ここはあまりいじってないんですよ」
 という。
 「そうですか、ああ、ああ」
 とお婆さん、玄関口にいき、にこにこしてその人を案内する母、しかしそのお婆さんが中にはいり、てくてくと母の後に続き部屋をみていたが、今は物置と化している祖父の部屋を覗いた瞬間、急に慌てたようにいった。
 「この部屋のもの、お爺さんの持ち物以外はすべてここからだしなさい、この部屋だけはいじってはいけない、この部屋だけはだめだよ」
 動作もおおげさに、何もない空をあおぐように、虫やなにかを追い払うように急いでうながした、それから思い出したようにこの部屋の話を語り饒舌になった老婆だったが、何でも彼女によると、風水的にいうとここは結界のような意味をもつ部屋らしい、いつも母とばかにしていた色のバラバラの形もさまざまな棚だとかものだとかはすべて意味があったらしい、母は少しだけ使わないものをここにおいていたりしたので、すぐさま私を促して二人でそれらの荷物を部屋から出した。あとでわかったことだが、その老婆自体も記憶があいまいな昔の事、祖父の知り合いだったというその風水師の老婆は、祖父の若いころ蛇に関する呪いに悩まされているという祖父の頼みをきいて、この結界の部屋をつくることを祖父に進めた張本人だったらしいのだ。その老婆が帰ったあと、母と二人で母屋の奥座敷でテレビをみながらお菓子をたべたが、母は何かを考えた様子でこういっていた。
 「おじいちゃん、だからあの部屋にずっといたのかな」
 母のその言葉が咽につっかかったようになっている、確かに祖父はそこを動きたがらなかった、それに蛇が関係していたなんて、それから母は知り合いのよしみでという事で、お金をとらずその老婆に少しだけ話を聞いてもらう機会があった。なんでも母が何度も何度も訪ねてお願いしてきいた話によると、私たちのご先祖様の中に蛇をいじめた人があるらしく、その代償として私たちがその呪いを受けているらしい、といっても年々その呪いは弱まって入るらしいが。それから一年、全てがひと段落ついてまたミーハーな趣味をかじりだした母はいう。
 「まあ、もし私のおしゃべりがその呪いでも、離婚程度で済んでよかったわね」
 離婚程度……私は私が大人になる私の代には、その呪いがもう少し弱まっていることを祈りたい。

蛇舌

蛇舌

蛇 呪い

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-07

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