遺伝子分布論 22K

Josui

遺伝子分布論 22K
  1. サキの話
  2. ヘンリクの話
  3. ゴシの話
  4. ディエゴの話

サキの話

  菌糸類の研究をいつ始めたのかサキは覚えて
 いない。武術の鍛錬を開始したのと同じぐらい
 だったはずである。しかしそうすると立って
 歩きはじめたぐらいである。
 そんなはずはない。
 
 ここ最近は地上と宇宙の居住地で同程度の新種
 が発見されるので、サキが年間で地上と宇宙に
 いる期間もちょうど半々程度になっていた。
 
 この時代、地上と上空を行き来する人は比較的
 珍しくなっていた。
 
 今回は自然重力下、比較的乾燥した地帯の雨期
 である。この時期だけ、緑が増える。いい季節
 であるが、来年のこの時期までしばらく地上に
 降りられないと思っていた。
 
 最近始めたコケ類の研究手法をさがすために
 こもるからである。菌糸類では自作のAIで特殊
 な走査方法を使用していたが、その焼き直しで
 済めば話は早いはず。
 
 そのほかにも、軍事顧問の仕事が増えていた。
 16歳で個人国家として独立したサキに興味を
 示すのは同じような個人国家に限らない。
 
 もっとも、その軍事顧問の仕事が地上を走査
 する際には役に立っていた。セキュリティに絡
 んだ情報を各国が一般の研究機関には出し
 づらいからである。
 
 おかげでたいした苦労もなく、充分な収入が
 得られていた。
 
  ここで接近物の警告が上がってきた。
 研究道具はすでに片づけたあとである、あとは
 かねてよりの場所に移動するだけだった。
 アナログな日よけの帽子にアナログなシャツ、
 短パン、その下に光学迷彩。
 
 雑な接近に思えたのは相手によほど自信がある
 からだろうか。
 
 ウォーミングアップも兼ねて軽く走りながら開
 けた場所へ着いたとき、その相手も走ってきた
 感じだった。アンドロイドでもアップするのかな、
 などと考えているうちに距離を詰めてきた。
 
 民間用に偽装した軍事タイプ。しかし、見た
 ところ武器はない。もちろん、そんなものを持っ
 ていればここにつく前にキャッチされているが。
 
 予想はしていたが、話しかけてこないところを
 見ると交渉するつもりは全くなさそうだ。短時間
 でケリをつけようとしてくる。そして、相手は
 こちらの実力を知らない。
 
 ただ、この瞬間はいつも緊張で手が痺れる感覚が
 ある。いつも最初の一分が肝心だった。
 
サトーの話
  道に迷ったのはもちろんマニュアル運転に
 切り替えていたからである。しかし、サトー
 ユタカは、ほかにももっともな言い訳が
 ないか探していた。
 
 といっても、今日は出張終わりの空いた時間
 である。言い訳する相手もいない。いったん車
 を停めて、少し歩いて見晴らしのいい場所で
 一服しようとしていた。
 
 この時代でもアナログカーは少なくない。
 しかし、最新型よりも値段が高いうえに劣る点
 もたくさんあり、妻にもいつも文句を言われて
 いた。
 
 しかしサトーはそこだけは譲れないと思って
 いた。たしかにガソリン車ではない。この時代
 に完全受注タイプのガソリン車はとてもサトー
 の給料では買えなかった。

 太陽光発電も備えた電気タイプのエンジンで
 あるが、ガソリン車風に振動し音を出す。
 そこが見る人によってはかえってダサいと感じ
 るし、実際エネルギー効率も悪い。
 
 いつかフリーのジャーナリストになってやる、
 そう思いながら今の新聞社で10年が経とうと
 していた。経緯があって今は妻と一人の子ども
 と駐在し、今日は愛車で出張だった。
 
  違和感を感じたのは、遠目に一人乗りの
 ホバーを停めてから足で走る人影が大型店舗
 などで見るような制服を着ていたからだ。
 
 そして、これも忽然と現れた日よけ帽を
 かぶった十代と見られる女性と挨拶したかと
 思いきや、制服のほうが殴り掛かった。
 
 ように見えた。というのは、少女のほうが、
 つまずいたのかどうなのか、とにかく避けた
 のだ。が、制服はそのまますごい勢いで殴る
 蹴る。少女はそのうち派手に吹っ飛んだり転が
 ったりしているが、なぜか意識を保っている
 ように見える。
 
 ナンだこれは、と一瞬呆気にとられている
 間に、テキストが飛んできた。「ロボットが
 暴走しています、避難してください」しかし、
 サトーは内容を読む前にこれまでの経験から、
 直感から、非常にマズい事態であることを
 把握した。
 
 単なる暴走でなかったら?
 
 民間のアンドロイドがあのような動きができる
 わけもないし、もし軍事用であればその意味
 するところは明白だった。
 
 この子がやられたら間違いなく、次に証拠隠滅
 で消されるのは自分、地方の新聞社とはいえ、
 ジャーナリストの勘がそう言っていた。ヒザが
 躍るのをかっこ悪いと思う暇さえなかったし、
 妻や子の顔が思い浮かぶ暇もなかった。
 
 愛車をどう発進させたかほとんど憶えていな
 かったが、自動運転に切り替えていったん落ち
 着いた。何か理由を見つけて家族で一時帰国し、
 そしてまた理由を見つけてこっちに戻らない、
 などとぼんやり考えていた。
 
 ふつうの人生とは何だろうか、などと思って
 みた。
 
サキの話2
 「やっぱり特殊仕様はないみたいね」
「私相手にノーマルで来るとかムリがある
 よね?」
 
 ほとんど口に出して言っていたが、次の瞬間、
 肩口にシャツを掴んできた相手の腕がバキっと
 大きな音を立てた。外見には何も変わったよう
 に見えないが、駆動系がイカレたのを察知した
 のか、制服はいったん距離をとる。
 
「これ以上の行為に対しては相応の報復措置を
 とります」
 
「よく言うよ」
 引き込んだのちに裏をとり、拘束帯を取り出し
 て生きているほうの腕もきめた。コネクタを
 見つけてデバイスを挿す。
 
「前に来たやつはコネクタも殺してたんだけど」
「私と戦ったあとに再利用できるとか思ってた
 んだ」
 
 今回襲ってきた軍事用アンドロイドはふだん
 から練習しているうちのひとつだった。武器の
 所持や隠し武器などがないのはあらかじめ走査
 してわかっていたが、自分の知らない技を使用
 するかどうかに数分見極めが必要だった。
 
 と言っても、かわす自信もあり、つまり念の
 ための見極めだ。武術の指導者からも慎重さが
 足りないとか言われないために。
 
 今回は機体の仕様を充分熟知しており、弱点も
 わかっていた。特に肩口からつかんで投げを狙
 って来た際に、腕にダメージを与えられる角度
 と強さは何度も練習していた。
 
 じゃあ強度をなぜ高めないのかとなるが、そう
 すると繊細な技が出せなくなる。だいたい武術
 の世界大会レベルの人間でも、そんな弱点を
 つける者は数人しかいなかった。
 
 可視区域内に民間人がいることも気づいてい
 たが、すでに照会できていたので特に気にしな
 かった。新聞社勤めまでわかっていたが、とく
 に記事にすることもないだろう。
 
 数分してハッキングに成功したので、この機体
 からは嘘の報告があがっているはずだ。
「ターゲットおよび目撃者の処理に成功。ただし、
 本機については移動不可能なダメージを負った
 ため、偽装記録を上書きしたうえで機能停止
 する」
 
 こういった場合、もちろん襲わせた側、依頼主
 が機体を回収したいものだが、サキが呼んだ
 警備会社が先に回収してこれまたありがちな
 報告を一般公開のサイトに上げた。
 
 しかし、一点気になる部分があった。通常この
 ような出来事があった場合、機体の出どころは
 テロ組織であったり、そのたぐいの小国から
 送り込まれた形跡が記録からわかるものである。
 
 今回は大国の名前があった。これを理由に、
 この後サキは公式の場から完全に消えさる。
 事故死ということで小さな記事にもなった。
 
「やり方が雑だよね」
 
 と思いつつも、ある大国がある意図をもって
 動き出していることは明確だった。公式な身分
 のまま正面から戦うと、ちょっと厳しい、
 というのは軍事コンサルとしての知識からも、
 生き物としての直感からも感じられること
 だった。
 
サトーの話2
  家に帰ってまず確認したのは、最近の女性の
 格闘家の画像や動画であった。そして、やはり
 いた、年齢や背格好がその少女にそっくりな
 選手。
 
 しかも車で2時間の場所にその子たちが所属
 するジムの支部があった。翌朝仕事に行くふり
 をしてそこを訪ねる。職場には身内に不幸が
 あったとして一時帰国とその準備のための
 休暇を願い出ていた。
 
 そして、会えた。本人たちではないが、
 トレーナーで母親のエマ・ハントである。本人
 たちはすでにプロ格闘家としてデビューして
 おり、そこにはいなかったが、ジェニーと
 ジェシカ、親のエマも現役当時そうとう強かっ
 たが、期待の双子だった。
 
 エマに入門希望と別に話がある旨を伝え、部屋
 に案内されてさっそくその話を切り出した。
 
「それはうちの娘たちじゃないね。最近は印象
 づくりもあって一人で行動することはほとんど
 ないし」
「あの二人地上はそんな好きじゃないみたいだし」
「でも思いあたる節もあるんだよ、下の子と話し
 てみる?」
 
 ジェレイドはその双子の弟で、彼ももうすぐ
 デビュー間近だった。
「それ、サキかもね」
 従妹がいるとのことだった。3人並べばだいぶ
 違うのがわかると。
 
 しかし、驚いたことに、その双子は女子選手
 なのにジェレイドより強い、いや、重量級の
 トップクラスでさえ倒してしまうかもしれ
 ないと。そしてさらに、サキはもっと強い
 らしい。
 
「小さいころから何度か練習したけど、一度も
 勝てなかった」
「あんた前に一度も触れなかったって言ってなか
 った?まあプロデビュー前にそんな話他人に
 できないか。」
「なんせ親があれだからねえ」と横からエマ。
 親も有名な人らしい。
 
 が、そのあとエマから出た話も驚愕、というか
 ある程度予想できた部分もあるが、他人から
 あらためて言われると膝の裏あたりにぞわぞわ
 と寒気を感じた。
 
「家族も含めて狙われると思ったほうがいい」
 もう少し出世していれば、脅迫して口止め、
 というかたちをとってくるところだが、今の
 位置だと消される、らしい。
 
「うちは警備会社もやってるでしょ、その手の
 話多いんだよ」
 
「うちの本部ジムに来ればいい。そう、家族で
 宇宙に移動。ちょうど仕事も募集してたから、
 新聞記者でしょ? ブログ書けるよねえ?」
 
 というわけで、妻をどう説得するか、そこだけ
 だった。
 
サトーの話3
  説得は呆気なく終了した。どうも前々から
 宇宙に出たいと思っていたらしい。
 
「どうしてもダメならお金持ちの知り合い作って
 子どもだけ連れて出てもよかったのよ」
 と妻はニッコリ笑った。
 
 ジムの建物内に住める家具付きの部屋が空いて
 るとのことで、荷物をまとめて持てないものは
 箱詰めして郵送し、そして家を出た。夜逃げ
 のごとく。
 
 そして行先は月の裏側にある第三エリアと呼ば
 れる宙域。
 
 一番近い海洋上にある宇宙エレベータで上がり、
 そこからシャトルを使って移動する。どちらも
 高速のものを選ばなければ発車時でもシート
 ベルトなしでくつろげる。
 
 いったん第一エリアでシャトルを乗り換え、
 第三エリアへ向かう。宇宙行き出張を一度でも
 やっておけばよかった。無重力帯の移動含めて
 不慣れなことこのうえない。しかし意外と旅は
 快適に過ごせた。
 
 第三エリアでシャトルを降り、そこでいったん
 ホテル泊した。そこで、ジムの所長のボブと
 会った。たまたま別件で出ており、翌日
 いっしょに移動することになった。
 
 ジムに着いて旅装を解いたあと、ボブから例の
 双子を紹介してもらった。確かに二人とも
 地球で見た少女よりもひと回り体が大きく、
 肌も褐色で強そうだった。似てはいるが。
 
 ついでに同じ日に入門することになった女の子
 も紹介された。アミという。金髪の14歳。
 なんでも音楽活動をやっていて、体づくりの
 ために入門するだとか。
 
 なんとなくごつい筋肉の男ばかりがいるところ
 を想像していたので、少し気が楽になった。
 あとで勘違いであることに気づくのだが。
 
 仕事はジムでのトレーニングの様子を記事に
 して発信すること。というわけで、1か月の
 基礎トレーニングのあとに、本格的な
 トレーニングが開始された。
 
 地獄の始まりだった。
 
サトーの話4
  入って一か月目からスパーリングを始めて、
 それでも2か月間ほどは、あの双子はかなり
 手加減してくれていたんだな、と後で思った。
 
 実は学生時代に球技をやっていて、けっこうな
 ところまで行ったんだ。運動神経には自信が
 あった。そりゃ30代でなまってた部分もある
 が、最初の1か月の地獄のような筋トレや
 走り込みで、かなり戻っていたはずだ。
 
 しかし、最初の一か月が天国だったのはすぐ
 判明した。とにかく立っていられない、
 ひたすらボコボコにされる。いや、一応こちら
 からも攻撃させてくれる。でもすべて、打とう
 が投げようが、すべてカウンターで返される。
 
 たまに部外者が合同練習にくるが、双子と
 けっこういい勝負をしていた。どれだけ強いん
 だとあとで聞いてみたが、外の人間にはあまり
 技を見せないらしい。とくに試合で当たる
 可能性のある人間には。
 
 たまにジェレイドも練習にくる。そりゃ
 もちろん最初のうちはボコボコにされてたが、
 日が経つにつれ、ジェレイドとはそこそこ
 やりあえるようになっていた。いや、もちろん
 負けるのだが、耐えられる時間が少しづつ
 延びてくる。
 
 とはいえ双子には相変わらずやられっぱなし
 だった。こちらの実力が伸びるのにあわせて
 段階的に手加減をなくしていっているように
 見える。むしろ、こっちが弱くなったのかと
 感じるときさえある。
 
  妹のジェシカは優しい。
 いつもスパーリング後のアドバイスがてら
 フォローしてくれる。
「あなたはセンスが良くてリズムがあるから
 技にかかるのよ」
「センスのないひとと練習すると強い選手でも
 調子が落ちるから」
 
 プロなのにおれみたいなのと練習してていい
 のか聞いてみた。
「たまに格下と練習して、勝つイメージを作る
 のも重要なのよ」
 
 うーむ。
 
  妻は元々料理が得意だったので、ジムの
 料理班に入ってはりきっていた。格闘家の体を
 作るための料理はいろいろと制約が多くなって
 くるが、そこがかえって面白いらしい。
 
 記事も開始して1か月も経たないうちに人気が
 出てきた。それは、ジェニーとジェシカが人気
 があり、彼女らとの練習を記事にしていること
 もあるが、とにかくこのジムはいろんなところ
 にいっていろんな練習をする。
 
 打撃系か、投げ技か、というレベルではない。
 とにかくあらゆる格闘技の練習をする。それも、
 最新理論に基づいたかと思えば、ものすごく
 古風な練習法もやる。
 
 そして料理も、練習メニューをあるていど考慮
 したものになっているらしい。つまり、ジムに
 入門どうこうというよりも、単純に健康法的な
 面で人気が出た。
 
 もちろん、私が毎日ヘロヘロになっていること
 は書かない。
 
サトーの話5
  とにかくこのジムはよく泳ぐ。
 この流派の特徴らしい。常に水をイメージしろ
 だと。
 
 こっちはスパーリング中にそんな余裕はないん
 だよ。
 
 でもまあそこまではいい。おれはなぜかほぼ
 毎日、ドラムを叩く練習をやらされている。
 リズムが大事なんだと。納得いかないが、
 ジェシカにそう言われると何も言い返せない。
 
 そうだ、楽器と言えば、あの女の子、アミの
 ことを書かなければならない。まあ単純にいう
 と、強かった。
 
 一応ジェシカに血縁かどうか聞いてみたが、
 違うという。もともとやっている音楽活動の
 関係で、週に3回トレーニングに参加できる
 かどうかという感じだが、数か月でどうも
 おれとは違う特別メニューも秘密の部屋で
 こなしているらしい。
 
 スパーリングも、むしろ最初のうちのほうが
 いい勝負できた。技を覚える速度が半端なく
 速いらしい。若いからだと思うようにしている。
 双子ほどボコらないのは自分の指を気遣って、
 アーティストだから、と本人談。
 
 もちろん楽器もおれよりうまい。本人の専門は
 弦楽器らしいがドラムも他の楽器もうまい。
 そして、ドラムの先生になってくれている。
 金は払わなくていいよ、とのこと。
 
 おじさんには若い世代の音楽の話はよくわから
 ないが、その方面ではけっこうな有名人なの
 かもしれない。
 
 そう、有名人と言えば、ドン・ゴードンと双子
 の練習をみることができた。無差別級で世界
 ランカーの、このジム男子でおそらく最強の
 ひとだ。サインをくれと言いたい。
 
 勉強のためにスパーリングを見ていいという。
 この日は主にジェニー相手に試合形式で練習
 していた。印象としては、当然というか、
 ジェニーがおされぎみだった。無差別選手相手
 に渡り合えるだけで充分なんだけど。
 
 だが、そのあとジェシカが教えてくれた。
 ジェニーが不利になるルールでやってたんだと。
 例えば、ジャケットマッチ。掴み易くなれば
 小さい方が確かに不利か。
 
 ほかにもあるのか聞いてみた。
「股間にひじうちを決めてはいけないとかー」
「練習だからケガさせてはいけないとかー殺して
 はー」
 
 なるほど。
 
「まあそのうちわかるよ」らしい。
 
サトーの話6
 「シントウケイ、ですか」
 
 何やらまた新しい練習が始まった。分厚い筋肉
 を「浸透」してその内部に衝撃を与える打撃
 方法らしい。
 
「効果あるんですか?」
 エマに聞く。それを教えるために本部まで来て
 いた。
「前にあなた入院するのしないのってなったよね、
 たしかジェニーとの練習で」
 
 思い出した。先月だったか、いつになくうまく
 技をしのげていたと思ったら、珍しく焦った
 のか、ジェニーが胴を拳でなく手のひらで
 打った。そして、そのあと動けなくなった。
 
 打った直後、腹部の苦しさにうずくまる瞬間、
 なぜかジェニーの顔が青くなっていたのを
 思い出す。
 
「シントウケイが入りかけたのよ」
 
「ジェニーが焦ってたでしょう?あれで臓器交換
 とかいう話になると、打ったほうが自腹って
 うちのルールだから」
 
「けっきょく検査で問題無かったけど、検査分は
 あの子払ってるよ、罰金罰金」
 
 うーむ、命にかかわる状況だったのか。
 医学が進化したとはいえ。
 
 それから、特製の水の入った革袋をひたすら
 打つ練習が追加された。水泳の練習も何気に
 増えた。シントウケイの威力を高めるために
 さらに水を意識せよ、だと。
 
 ちょっと気になったのは、記事には書いては
 いけないらしい。そして、のっぴきならない
 事態に巻き込まれはじめたのではと勘づいた
 のはその次に追加された練習だった。
 
 ドンさんとアミと、三人一組のチームになって、
 対多数の練習をするというのである。ドンさん
 はしばらく公式の試合を休止して、アミは
 トレーニングに参加する日を増やして。
 しばらくライブも演らないとか。
 
 アミがやっていた秘密の練習とは、シントウ
 ケイのことだったらしい。そしてすでに
 かなりの使い手になったらしい。
 
 それで、対多数用の練習相手が到着する前に、
 3人を2対一に分けて仮のスパーリングを
 やった。ん、意外と戦えるぞ、おれが一人の
 場合以外は。
 
 もちろんアミは人間相手にシントウケイを
 使ってはいけない。そしてドンさんはシントウ
 ケイを使えない。主に敵を引き付ける役まわり
 らしい。
 
 タッグの息もそれぞれ合ってきたところで3人
 の仲も良くなってきた。
 
「サトーさん、一度ライブ観にきます?」
「年下なんでドンと呼んでくださいよ、試合呼び
 ますよ」
 
「サトーさん、わたし、足でもシントウケイ打て
 るようになったんだよ」
 練習終わりのカームダウンの時間に、そう言っ
 て足の裏をそっとへそのあたりに持ってくる。
 
 光速の速さで半歩後ろに飛びのいて、背中に
 冷たい汗を感じながら、「お嬢ちゃん、大人を
 からかってはいけないよ」
 と言おうとしたそのとき、和気あいあいの
 雰囲気の中で、
 
 背後から声がした。
 
「こんにちわ」
 
 振り返って、そこに、あいつがいた。
 そして、そっと右手を差し出してくる。
「はじめまして」
 
 おれは、
 そっと腰を落とし、
 アゴを引いてかまえた。
 
サトーの話7
 「ウケるw」
 ジェニーがまだ笑っていた。食堂で夕食である。
 
 そして、彼女も座っていた。
 キサラギ社製のジェニー型2004年モデルアン
 ドロイド、同じ制服を着ていたが、出荷時
 デフォルトらしい。シントウケイの練習相手
 だった。同じモデルだったが、地球で見たものと
 同じ機体ではない。
 
「相手が右手を差し出して来たら、こっちもこう
 やって右手を差し出すのよ」そう言ってまだ
 笑っている。一部始終を見ていたのだ。
 
 いつかぎゃふんと言わせてやる。
 
 とりあえず、名前がかぶっているので、アン
 ドロイドのほうをケイトリンと呼ぶことになった。
 もちろん軍用モデルを一般向けに偽装したタイプ
 だ。でないと練習相手にならない。
 
 さらにシントウケイの練習用に特殊な改造がされ
 ていて、胴内のセンサーによりシントウケイの
 入り具合を計測して結果を出してくれる。
 
 エンジニアに来てもらい、掲示板と連動させて
 カウントを出せるようにしてもらった。
 
 これで、双子とケイトリン相手の3対3の練習が
 始まった。アミのシントウケイの打数は早い。
 もう、打つというより触る、という感じの技の
 入り方でもカウントされる。いい時で5秒に
 一回ていど。
 
 おれは、まず胴をなかなか打たせてもらえない。
 打ててもなかなかカウントしてもらえない。
 センサー正しく動いているのこれ?
 
 そんなこんなで一年が過ぎ、いったん感じた不穏
 な気配も忘れ去って、つらいながらも平和な毎日
 が過ぎていくものと思っていた。
 
 その軍人が来るまでは。
 
サトーの話8
  トムと名乗ったその軍人はいかにもマジメな
 見た目と話し方だった。
 
「場所は第4エリア最外部の民間工場で、民間の
 シャトルで到着後、現地手配のシャトルに乗り
 換えます。」
「ターゲットは1028体ですが、ジェニー型1024体に
 加えて特殊型4体です」
「諜報部からの連絡では、当日6割前後が電子攻撃
 により動作不可となる予定です。これは、バグを
 埋め込んだプログラムをインストールされた
 状態で起動することで可能となりますが、
 詳細は割愛します」
 
「当日現地は銃器による武装はありません。従業員
 の出勤もなし。重力1Gで大気は通常です」
「ターゲット機体ですが、民間工場で調整後、軍事
 施設へ移される予定です。そのため、叩くなら
 今回ですね」
 
「参加される3名は我が国の特殊部隊所属という
 扱いになります。遺族の手当ても保証されます」
 今回は打ち合わせに妻も参加している。このトム
 の言葉に大きくうなずいた。
 
「3名は武器不所持の状態で突入します。
 ターゲット機体があるラボに到着後、10分程度
 かく乱したのち、シャトルで脱出します」
「現地警察および警備会社はすべて抑えました。
 そのため、もし応援が来るとしても、2~3時間
 は必要です。シャトル到着から脱出まで、最悪
 でも1時間以内で済ませる計画です」
 
 つまりこうだ、
 まだ特定されていないある国による要人暗殺の
 ためのアンドロイド部隊が作られようとして
 いると。今回はそれをできる限り妨害して時間
 稼ぎをすると。
 
 でも、どうやらこのトムという軍人は、任務に
 参加する3名を見て生還可能性が薄いと感じて
 いるらしい。 高額の生命保険をかけたうえ
 での自殺行為とでも思っているらしい。
 
 遺族補償の話が丁寧すぎる。
 
 ま、おそらく我々がシントウケイで本気で
 ターゲットをつぶしにいこうと思っていること
 など知らないのだろう。なんと言っても主力は
 この、あくびしながら聞いている金髪の女の子
 だからな。
 
「今回はキサラギ本社の協力も得ています。ええ、
 その民間工場はキサラギ直系ではないですよ」
「社外秘となっている機体の弱点も出してくれま
 した。胸部から腹部内奥に制御装置がありますが、
 ある周波数で振動を与えると、基盤の電源系の
 デバイスが破損する可能性があるとのこと、
 あたりどころが悪ければ停止する可能性が
 あるそうですね」
 
 そうだよ。そこをシントウケイで狙うんだよ。
 400体以上のジェニー型すべてのあたりどころ
 を狙うなど何年かかろうが、無理だ、しかもこの
 三人で、トムの顔がそう言っていた。
 
 妻という外堀が埋められている時点でこの
 話から逃げられそうになかったが、
 絶対生きて帰ってやる。
 
 そう、それにおれには、サキの仇をとるという
 テーマもあった。少女を残して逃げ出したおれ。
 
「今回はあたしも参加するよ」打ち合わせ途中で
 入ってきたのは化粧のけばいおばさん? えっと、
 エマ?
 いや、エマは最初からこの打ち合わせに参加して
 いる。それにひと回りごつい、誰?
 
サトーの話9
 「叔母さんひさしぶり」ジェニーが挨拶する。
「私の姉のナミカ・キムラよ」
 エマが紹介してくれた。
 
 なんでもふだんは第三エリアで軍事コンサル
 タントをやっているらしい。今回のように軍の
 プロジェクトチームに所属してミッションを
 こなすこともよくあるとか。
 
 それにしても露出の多い涼しげな、そして派手な
 ルックス。
「叔母さんは太陽系で最強なんだよ」
 ジェシカがささやいてくる。普段は軍事関係に
 見えないように工夫してるとか。
 
 第三エリアのほぼすべての国を担当している
 らしいが、このエリアの国はすべて軍事同盟で
 結ばれているので、どの国軍に所属しようが
 大差ないらしい。
 
「あなたたち二人のことはエマからよく聞いて
 いるよ」
 ドンとは旧知らしい。
 
「今回のミッションは、相手の意図を探り出すまで
 の時間稼ぎとして非常に重要よ」
「背後で第2エリアが動いていることが
 わかってるわ」
 
 驚きだった。第2エリアは一国一領土制の、一兆人
 を超える人口をかかえる超大国だ。
 今回明確な武力行使のかたちをとらないのは、
 背後にいる超大国を刺激したくない意図もある
 ようだ。
 
「暗殺仕様のアンドロイドを使って、小国の要人、
 とくに個人国家を狙っている。」
 
「その理由は何なんですか?」
 思わず質問してしまった。
 
「いい質問ね」
「今のところその理由はわかっていない。諜報部門
 を使って情報を集めているところだわ」
 
「でも、太陽系外縁部の状況が関係してるかもしれ
 ない、というのは個人的な読みね」
 
「今回のミッション成功により相手の意図していた
 ことが数年遅れることになる」
「キサラギ社の正規ルートを通さずに自分たちで
 修理することになるからね」
 
 外縁部と呼んでいるのは木星以遠の空域で、人類
 が進出してはいるがまだ未開の宙だった。
 火星以内が3兆人に対して、以遠は1,000億も
 いない。
 
「というわけで、ちょうど一か月後ね、準備
 ぬかりなく」
 
サトーの話10
  では種明かしをしよう。
 ターゲットとなる民間工場は標準的な工業
 ユニットで、第三エリアの近所にも同型が
 あった。
 
 そこを借りて、ジムのプロモーションビデオの
 撮影の風体で侵入経路から戦闘まで練習したのだ。
 
 実戦的練習をやりつつも当日に向け体重もしぼる。
 実はジムに来て以来、体重が10キロ増えた。
 しかし、体脂肪は半減した。
 
 もちろん体重別の試合に出るわけではないが、
 ベストな体重を決めて、そこにもっていく。
 2週間前から徐々に練習量を落とし、炭水化物
 中心の食事になっていった。
 
 正直、頼もしい味方に囲まれてけっこう気分的に
 楽だったが、やはり日が近づくにつれて
 プレッシャーが高まってきた。
 
 一週間切ったあたりで聞いてみた。
「いやー死ぬほど緊張してますね」
 と言いながらドンはにこにこしている。
 いつもより目がキラキラしてないか?
 
 アミはー、趣味仲間と遊びに行ったとか。
 
 聞く相手が間違っていた。よく考えたらこいつら
 常人じゃない。おれひとり場違いだったのか。
 
「いやーリングに一人で立つとものすごい緊張で」
「どんなアーティストでもステージでは緊張する
 ものよ」
 
 おれはリングにもステージにも立ったことがない。
 
 そして当日が来た。
 起きて、気づいた。体が重い。
 
サトーの話11
  あらかじめ決めていた服装に着替える。
 そしてバックパック。
 妻がふだん通りなのがむしろ気持ち的に助かった。
 子どもといっしょに部屋で見送り。
 
 そのままジムのミーティングルームで軽く打ち合
 わせて、シャトル乗り場まで出発する。
 
 ジェシカが見送り際、最高のアドバイスをくれた。
「調子のいいときほど体が重くなったように感じる
 ものよ」
「球技の試合でも、いい選手ばかり集めたチームは
 意外と弱いものよ、最後まであきらめないで」
 
 第四エリアへはまず民間のシャトルで向かう。
 3時間弱の道のりだ。3人とも、ふだんジムで着
 ているジャージ姿だが、それぞれに中に何か着込
 んでいる。
 
 緊張で口数が少ない、というよりも一般のシャト
 ルなので乗客もいるためミッション前に会話し
 ないようにしていた。というより、正直この
 あたりのことをあまり憶えていない。
 
 そして、空港で自動運転で到着していたシャトル
 に乗り換える。民間カラーにしてある軍用だ。
 
 ターゲットの工場までも自動運転で行くが、3人
 乗るには広めの機内でそれぞれウォーミング
 アップを行う。消化のいいものを少し口にする。
 
 そして、ジャージを脱ぐ。
 
 ドンは黒い戦闘服、しかし、金属性でなく強化
 プラスチック性のものを選んだのは銃器と判定
 されないためだ。体の防御もあるが侵入者の
 主力が彼だと思わせるための装備。
 
 そしてアミは全身スーツタイプの水着。水に濡れ
 るとぬめる奴だ。強化された水泳帽にゴーグル、
 グローブ、丈夫な靴。ボトルで水着をまんべん
 なく濡らしていく。これだけでほぼほぼ掴め
 なくなる。掴まったら終わり。
 
 そしておれ、チンピラ風のシャツと短パンに靴
 だけしっかりしたもの。シールのタトゥー。
 防御力はゼロだ。ここを攻撃しろ、というわけだ。
 
 まんまいかれた民間人の侵入者の風体で、
 突入時間が近づく。
 
 5分を切ったあたりでアミが言った。
「ライブ前にいつもやってるやつやろうか」
「いいね」
 
 三人で円陣で肩を組んで、
「ハントジムいくぞー!!」「よっしゃー!!」
 
サトーの話12
  突入といっても、エアロックからは落ち着いて
 歩いていく。エアロック入り口はアミが閉めて
 しまった。
 
「逃げ道よりも覚悟が大事」
 女は強い。
 
 そして、1,000体以上のアンドロイドたちが鎮座
 するルームにたどりついた。アンドロイドたちは
 文字通り鎮座していた。一部起動を開始している。
 
 心配していた、有線ケーブルや作業用のテーブル
 の類は無かった。
 
「侵入者でーす」とアミが叫ぶ。始まった。
 
 まずはアミが起動しかかっている10体ほどに
 すばやく打撃を決めて停止させる。おれも2体
 ほど。彼らはやっとこちらが敵であることを
 認識したようだ。わらわらと集まってくる。
 
 そこに雄たけびを挙げてドンが突っ込む、がすぐ
 引いて威嚇する。最初の数分はおれの側を気に
 してくれていたが、おれの動きもよくなったのを
 見て、練習していたフォーメーションを開始だ。
 
 ドンを基点にして、三角形をつくる。そしてドン
 がゾーニングして、アミとおれに必要以上に多く
 アンドロイドが当たらないようにする。
 
 そして、アミの側はシントウケイを決めながら
 前進し、おれの側は後退する。後退しながらも
 チャンスがあれば狙う。
 
 これが間違いなく機能していた。
 
「よーし、サイドチェンジ!」
「一体裏にまわったよ、下がって下がって!」
「サトーさん、うしろうしろ!」
 
 諜報部の連絡どおり、半分近くが確かに起動でき
 ていない。目標はアミが5分間で300体。
 それ以上かかると、起動に時間がかかる特殊
 タイプの4体が上がってきて、手に負えなくなる。
 
 予想していたが、彼らは多対多にチューニング
 されていない。動きにチームワークがなかった。
 が、少しづつ学習してきたのか、複数で同時に
 組み付く。
 
 しかし、ドンに組み付いても、おれに組み付いて
 も、アミのいい的になった。そろそろ誰を止め
 ないとだめなのか、アンドロイドたちが気づき
 出したが、アミは捕まらない。
 
「待って、下がって。来たわ」
 
 アンドロイドたちが防御的な姿勢をとりはじめた
 のは、特殊型が起動して歩いてきたことと関係
 あるかもしれない。4体とも。
 
「やってみる」
 
 アミがアンドロイドの群れに飛び込んでいった。
 
 それを見て、ノーマル型がドンに組み付く。
 おれのほうに特殊型が一体来た。
 
 今のおれの実力なら、ぜったいいける、幸い
 ノーマル型が邪魔してくる気配がない、アミも
 そのうち残りの3体をやってくれる。
 
 と、目の端にアミが戦っているのが見えた。3体
 相手にとてもシントウケイを打てる気配がない。
 いや、人間離れした体捌きで全部避けている。
 それだけで充分か。
 
 そして、そいつはいきなりヒザあたりにタックル
 してきた。
 
 段違いに速い。
 
 ジェニーのタックルより速くないか?
 
 そして、あっという間に裏をとられる。あれ、
 ちょっと待て、首が極まってるんだが、これどう
 やって極めてるんだ?
 掛けられたことないぞこの絞め技・・・
 
 と思っているうちに、意識が遠のいた。
 
ドンの話
  打ち合わせでは、特殊型の起動はもう少し時間
 がかかるのと、一体づつシークエンスに上がって
 くるはずだった。なのでアミが一体づつ倒して
 いく手筈だったが。
 
 サトーが裏をとられているのを見て、ドンは事態
 がかなりやばいことに気づいた。が、数十体に
 組み付かれて、さすがに身動きがとれない。
 
 そこにその二人が入ってきた。
 
「盛り上がってきたかな?」赤い衣装? を
 まとったナミカと、黒い戦闘着のサキだった。
 
「そこ、サトーさんのとこ、特殊型ですよ!」
 
 特殊型が気配を感じて飛びのく、
 が、一瞬だった。
 
 ナミカに気圧されてじりっと下がった瞬間、
 回り込んだサキに背中から打たれた。一瞬で
 十数発。
 
 停止した特殊型にナミカがロックを極める。
「ごめんねちょっと試させて」
 腕、肩まわりをかなり強化されている特殊型の
 肩口あたりがバキっと音をたてた。
 
 サキはすでにドンに組み付いているノーマル型に
 アプローチしている。そしてドンが動けるように
 なった。
 
「サトーさんをお願い」
「うぃっす!」
 
「アミ!ノーマルやるから!そのまま耐えて!」
「あいよー」
 
 サトーが起きた。
 
 ナミカとサキの二人でみるみるノーマル型が停止
 していく。そして、特殊型三体だけになった。
 
「よーし、こういう場合の戦い方を教えてあげるよ」
 ナミカが叫んだ。
 
「ドンとサトーは二人をゾーニングして!」
「はい!」
 サトーは特に返事しないままふらつきながらも
 対峙する。
 
 アミとサキとナミカ、これも一瞬だった。
 ナミカのフェイントにアミとサキ、前後から二十
 数発受けて停止。
 
 そしてすぐさま、ドンを吹き飛ばした一体に同様。
 
 その間、サトーはまた落ちた。本日2度目。
 同じ絞め技だったがこの短時間でかわし方を思い
 つくのは不可能。
 
 サトーを絞め落とした最後の一体に3人が近づく。
 
「これちょっとわたしやっていい?」
 サキとアミが牽制する。ナミカの重い双掌で停止
 した。
 
 サトーが起きる。サキが話かける。
 
「サトーさんわかる?」
「ああ、あ、え?えっと・・・」
 誰だかわかったのだろうか。
 
「私が2度とも起こしてあげたのよ」
 
 違う、起こしたのは2度とも私だ。しかしそれは
 あえて言わなかった。
 
 そしてそれを聞いてサトーは、安心したのか、
 また落ちた。安堵の寝顔で。
 

テルオの話
  テルオはどんな時でも静かに微笑んでいる
 ようなそんな少年だった。
 
 親が警備会社を持っており、小さいころ家は裕福
 だった。テルオが5歳のころ、もともといた第3
 エリアから第2エリアへ家族で引っ越した。
 事業拡大だった。
 
 最初の数年は非常に順調だった。拠点を増やすか
 どうかという話も出ていた。
 
 7年ほど経った頃、状況が変わった。
 第2エリアの景気悪化とともに事業も悪化し、
 撤退。現在は家族とも第3エリアに戻っているが、
 そこでも業績が悪化。
 
 今年から実家を出て一人暮らしをはじめた。
 
 戸建ての借家であるが、実家からもそんなに離れ
 ていない。家事を手伝いにいくからである。
 
 家があるのは第三エリアのバームクーヘン型多層
 都市。その最下層の農業区画にあった。
 
 ドーナツ型のバームクーヘンから切り出した形の
 この都市は、一辺が100キロの巨大なもの
 だった。まったく同型がケーブルでつながれて対
 になってお互いゆっくりと回転し、弱重力を
 作り出していた。
 
 第三エリアには同型が数都市あるが、月の裏側に
 あるこのエリアには他の空域と比較して多彩な
 都市構造がある、というより太陽系にあるほぼ
 すべてのタイプの宇宙都市構造がここにも揃って
 いた。
 
 第三エリアには、同じ領土内に複数の国家が存在
 する。住民は好きな行政サービスを選択する。
 つまり、国家を選ぶ。
 
 テルオの一家はコウエンジ連邦に属していた。
 
 コウエンジは、地球上のある民族が住んでいた
 土地に由来する。特殊な趣味を持った人たちが、
 自分たちの趣味のための国を作りたい、そうして
 始まった。今では一千億人を超える。
 
 しかし、第三エリアで最大の人口を擁するのは
 ユノ国である。比較的地球から遠い位置にある
 このエリアで、温泉業を始めたのがユノ国
 のはじまりだった。
 
 宇宙空間でも癒しを求めるひとが多いのか、建国
 以来人口は急速に増えていった。コ連の人々が
 中心に作り出す世界観や豊富なエンターテイ
 メントも人々を惹きつけるようだ。
 
 テルオは日中家にいる場合、縁側を開け、香を
 焚いて昼寝する。部屋は、草を乾燥させて編み、
 タイル状にしたマットで敷き詰められていた。
 外は住居もまばらの農業地帯の、のんびりした
 風景だった。
 
 そのあたりは、地面に水を張るタイプの農作物を
 作るエリアであり、それもあってか少し蒸し
 暑かった。
 
 最下層は、地面から光を入れ、上層側、つまり
 天井から反射させつつ、発電による光でも補って
 いた。しかしそれも1キロ上空のため青く霞んで
 いる。
 
テルオの話2
  テルオは時々親の仕事を手伝った。
 といっても、経営のほうではなく、現場で警備員
 としてである。たまに上層階での仕事もある。
 
 この都市は、上層階にいくほど人口密度が上がり、
 最上階に近づくとまた人口密度が少し下がる。
 最上階は上面から光を取りいれたリゾート地が
 ある。
 
 北面と南面の中央には階層ごとをつなぐ交通機関
 があった。上の階層ほど、そして階層間交通が
 近いほど、雑多な街並みとなり、離れるほど閑散
 としてくる。
 
 各階層内でもそれぞれ異なる交通機関があり、
 地下鉄道が縦横に張り巡らされた階層もあるが、
 テルオが住む最下層は、鉄道といっても
 単線一両編成のもっとも単純なものであり、
 かつ駅からも少し距離があった。
 
 この都市には四季がある。夏は暑く冬は雪も降る。
 しかし、一般の構造都市では快適な一定温度、
 湿度で一年中設定してあることが多かった。
 
  テルオは雨の日は家で歴史や哲学を学んだ。
 その際基本的にはネットワーク端末を使用するが、
 特に気に入っているものについては、木の繊維を
 薄く成形したものに文字を印刷したものを
 数個持っていた。
 
 それは、宇宙世紀前からある哲学が当時の原文で
 書かれたもので、テルオはなるべくそれが生まれ
 たままの姿で読みたかった。
 
 この時代、量子コンピュータの発達により、また、
 データベース構造の技術革新により、言語の壁を
 容易に超えることができた。
 
 例えばネットワークゴーグルの着用により、
 その言語の意味を他の複数の言語、複数の
 表現で瞬時に表示したり、音声で読み上げたり
 できた。
 
 これは、言語そのものの習得にも役立った。
 憶えた単語を実際に使う相手もたいていすぐに
 見つかる。
 
 テルオの家には入浴するための部屋もついて
 いたが、頻繁に温泉にも通った。家から近い
 場所にある温泉はいつも空いていて、
 低温の湯船に長時間浮きながら思索するのが
 近年の日常だった。
 
テルオの話3
  最近はよく輪廻転生についてよく思索する。
 
 宇宙の年齢は現在時点で約140億年と聞く。
 宇宙世紀以前よりも寿命が延びたとはいえ、
 それでも150年もヒトは生きられない。
 
 この先宇宙が何億年つづくのかよくわからないが、
 これまで自分の意識が存在せず、そして
 100年少し生きてまたこの先ずっと自分の
 意識が存在しない、
 
 ということはありえないのではないか。
 
 宇宙の広さは、年齢分光が進んだ距離である。
 つまり、140億光年四方の広さを持つと
 言われる。そしてそれは光の速さで広がる。
 
 宇宙歴22000を超えた今でも輪廻転生に
 ついて科学的に解明はされていないが、
 少なくとも可能性として、この宇宙のどこかの、
 生物として生まれてくるのではないか。
 
 その際に、どの肉体の器で生まれてくるのか、
 選択権はあるのだろうか。物理的空間的に、
 住居を選ぶようにどの空域のどの生物かを
 選べるのだろうか。
 
 もし選べないとしたら、
 ある特定の生き物に対して極端に過酷な環境を
 意図して作るのは、あまりいいことではない
 のではないか。
 
 そういった環境が、すべて自分に還ってくる
 可能性がある。
 
 だが、例えば人間であれば、人間以下の
 生物と明確にコミュニケーションの方法、
 とくに相手の状況を侵害しているようなこと
 がないか、ということはわかっていない。
 
 そういった方法は今後見つかるのか。それは、
 逆に人類より高度な知性をもった生命体に
 対する意思伝達についてもいえる。
 
 我々は、自分たちより明確に、各段に優れた
 知的生命体に対して、自分たちの権利を
 主張することができるのだろうか。
 
 それは特に、ふだんから弱者をいじめ、侵害し、
 迫害し、時によっては死に至らしめるような
 者たちだった場合。
 
  少し方向を変えてみよう。
 
 数世代を経て、今の自分とまったく同じ
 趣味趣向、こだわりをもった人間が生まれて
 くるとする。これは可能性として充分あり得る。
 
 もちろんその人が、今の自分の意識として
 生まれてくる可能性もあるが、ほかの意識を
 持って生まれてくる可能性のほうが高そう
 である。
 
 この場合、おそらく輪廻転生ではない。
 
 しかし、その場合でも、今生きている自分は、
 そのひとにいい生き方をしてもらいたい。
 少なくとも、自分の人生で味わった苦労を
 味わってほしくない。
 
 自分が生きているうちに、次の自分のために、
 理不尽でつらい思いをしないような、そう
 いった社会を作れないものか。
 
 自分の意識と、自分の器。
 
テルオの話4
  テルオが少年期を過ごした第2エリアの話に
 移る。
 
 第2エリアの国の正式名称があるが、ここでは
 それを使わず、神聖バニラ帝国という名で呼ぼう。
 
 これは、テルオが考えた蔑称である。もちろん
 人前でこの名前を口にしたことはない。
 平凡な、とか退屈な、とかいう意味である。
 
 月のラグランジュポイントとしては2番目に
 進出が開始された第2エリアで作られたこの国は、
 建国当時は希望に満ち溢れたものだった。
 
 宇宙世紀開始直前、自由と民主主義を謳うある
 大国が、経済崩壊と内乱により解体された。
 宇宙世紀開始後、自由と民主主義の復活として、
 多くの人々に受け入れられ、実際に多くの
 ひとが移民した。
 
 それ以外のエリアが、比較的中規模、または
 小規模の経済圏で自給自足をできることを
 模索しているのと対照に、この神聖バニラ
 帝国は、集中大量生産で経済を効率化
 する方向を目ざしていた。
 
 それは政治も同じで、地方分権よりも
 中央集中、むしろ、太陽系の国々は自由と
 民主主義の名の元に統一されるべき、という
 理念を掲げていた。
 
 それはいい。
 
 あらゆるかたちをまず試してみることは、
 テルオも悪いことではないと思っていた。
 
 生まれてから4歳まで第三エリアに住んでいた
 ことも影響したのかもしれない、バ国の
 文化は、何かこう、突き抜けたものがない、
 テルオはいつしかそう感じるようになっていた。
 
 それは、テルオたちがちょうど移転したころを
 ピークに、どんどん悪化しているように見えた。
 
 人々は、一見希望に満ち溢れているように
 見えるが、けしてある壁を越えない、箱の外に
 出ない。
 
 自分の意識が高すぎるのだろうか?
 
 この国は、建国当初から民族のるつぼであった。
 しかし、ここ最近、この民族はこうである、
 という枠がそれぞれ当てはめられ、そこから
 出ることができない。
 
 学校のクラスでもそうである。
 
 もちろん、全員同じ顔をして同じ服を着ている
 わけではない。しかし、クラスには必ず
 こういうキャラがいて、毎日こういうことを
 言って、卒業していく、何か強力な予定調和を
 感じた。
 
 とくにいじめられたわけでもない、差別された
 わけでもないが、強烈な何かで、がんじがらめ
 の毎日だったと後で思った。
 
テルオの話5
  少年期のそういった環境の反動か、第3エリア
 コ連に戻ったテルオは、ネットワーク上であるが
 自分を表現しだした。
 
 まずは曲を作った。
 
 ブレイクビーツと呼ばれる一見ランダムに聴こえ
 るビートの繰り返しに簡単なメロディーとフレ
 ーズを乗っけたシンプルなものだったが、その次
 に歌も入ったものも作った。
 
 歌と言っても、囁くような語りかけるような
 口調から徐々に盛り上がりを見せるようなもの。
 
 いずれもテーマは太陽系から外へ飛び出す、
 というものだった。
 
 それらの楽曲を映像に乗せた。
 
 この時代、ネットワーク上で多数の人が参加する
 タイプのゲームがあった。3D空間で非常に
 リアルな仮想空間を見せることができた。
 
 このゲーム中のデザインを開発するインター
 フェースを公開するというサービスがあった。
 
 つまり、人や衣類、道具、乗り物、町、それらを、
 ゲーム中で登場するようなリアルなクオリティで
 誰でも自由に作成し、閲覧できるようになる
 サービス。
 
 作った人物や町を使って動画を作成し、配信する
 こともできた。テルオは自ら人や町を作成し、
 自ら作った曲をつけた。
 
 まあ、そこまでは誰でもやれる、やっている
 ことだ。
 
 テルオが違ったのは、まず、都市や人のデザイン
 をあるコンセプトを元に自動化するアドインを
 作成したことだ。
 
 それにより、巨大でリアルな都市を短時間で作成
 できる。テルオはそれで、次の恒星へ旅立つ
 巨大な移動都市をいくつもデザインした。
 
 それはどれも少し奇抜な、この先10年あるいは
 100年先の技術で実現できそうな都市デザイン
 だった。
 
 これがコ連の特殊な趣味を持った若者を中心に
 話題になり、けっきょく今では広告収入がそこ
 そこ入るまでになった。
 
ナミカの話
  ナミカはもともと舞台の出身だ。 
 
 一般の人々を対象に比較的安価な入場料を
 とるタイプの演劇を一家で行っていた。
 
 それは、伝統的な舞踊をベースにしながらも、
 題材や舞台装置、衣装などは比較的新しい
 ものを取りいれていくというジャンルだった。
 
 ナミカは、そういった役者の家に生まれた
 者がみなそうやるように、幼少のころから
 舞台で演技していた。
 
 男役をやれば力強く、女役をやれば柔らかく、
 重心移動の美しい、人気もある役者だった。
 
 一家は、元をたどれば島国の出身だったらしいが、
 大陸を転々としながら芝居を続けた。一家の芸の
 特色として、世界各地の格闘技の動きを演技に
 取り入れている。
 
 それも、各武術の高段者のレベルに近い。
 特に殺陣に関して迫真の演技で定評が高かった。
 しかし、若いころのナミカは、武術については
 あくまで演技を補助するもの、という意識だった。
 
 舞台に立つうえで舞踊はもちろんだったが、
 武術についてもさんざん稽古した。しかし、
 ナミカは水泳が好きで、時間の合間を見ては
 よく泳ぎにいった。
 
 父の代まで地球上で活動したが、ナミカが二十歳
 のとき、宇宙に出る。ナミカが宇宙に出る前に、
 二人の妹が月の裏側、第三エリアの格闘技の世界
 で、プロデビューし、すでに成功していた。
 
 ナミカは妹たちに助けられながら、演劇の仕事を
 探したり、空いた時間に警備員の仕事などを
 行った。
 
 ある程度予想していた通りだが、演劇の世界は
 地球上と宇宙でだいぶ異なった。
 
 それは、主に居住空間の重力の強さによる。
 第三エリアは、弱重力と無重力が主流で、
 地球重力の構造都市はほとんどなかった。
 
 役者に限らずであるが、スポーツ選手にしても
 並みのひとであればこの重力の違いには、
 慣れるのに相当時間がかかる。
 
 ナミカは、地球上での基本ができていたのも
 あって、素早い適応を見せそうだった。
 とくに水泳が得意だったのがとくに無重力
 での適応を早めた。
 
 大きな転機が訪れたのは25歳の時だった。
 
ナミカの話2
  ナミカの恋愛対象は、初恋のころから男性
 だった。もとの名前をタカオといった。
 
 世間の、いや、とくに父親が求める男としての
 あるべき姿と、自分の心の中との差異に、
 大きな戸惑いを感じながらも忙しい毎日を
 過ごしていた。
 
 芝居の中で女形を演じたことがタカオの迷いを
 確信に変えた。そして、自分の人生を変えるべく
 家を飛び出す。名前も変えた。
 
 妹たちは格闘家という人生をすでに歩みだして
 おり、母もタカオが出ていくまえに夫からの
 ドメスティックバイオレンスにより妹たちを
 追って宇宙にすでに出ていた。
 
 25歳のとき、父の死を知った。けして好きな
 肉親ではなかったが、大きな衝撃を受けた。
 そして、それをきっかけに性転換手術を
 決意する。
 
 それは、単に男性機能を捨て去ることだけでは
 なく、子どもを産めるようになること。人類は
 まだその時点でそういった性転換手術に
 成功していなかった。
 
 第三エリアに住む、シャックという無免許医師だ。
 
 宇宙進出の初期段階で建造された、シリンダー
 タイプの都市に、たくさんの幼女らしき
 アンドロイドの助手と住む。
 
 その構造都市は、古いコロニーの愛好家とともに、
 さまざまなタイプの人型の模型を好む人たちが
 多く住むことで有名だった。
 
 彼は、成功する手術しか行わない。そして、普段
 なら高額の報酬を患者に要求するが、今回は
 タダで良いという。
 
 そのかわり、臓器が安定するまでのあいだ、
 データを取ることを条件として出してきた。
 この手法を一般化させればそれで莫大な
 儲けとなる。
 
 もうふたつ条件を出してきた。
 
「子が生まれても、親と名乗らないこと」
 
 最後の条件には少しだけ納得がいった。
「手術に耐えるだけの体力をつけること、
 そうだなあ、例えば、スポーツや格闘技
 の世界でトップとなるぐらいの。
 5年は必要だろう」
 
ナミカの話3
  一日9時間の芝居の稽古が、そのまま
 格闘技のトレーニングに置き換わった。
 
 トレーニングは妹たちが所属するジムを
 メインに、様々な場所へ出稽古した。
 地球にも行った。
 
 そして、仕上がり具合を第三エリアに住む
 師であるリー氏に確認してもらう。
 170センチ80キロという、格闘界では
 比較的小柄な体格ながら、圧倒的な強さを
 身に付けようとしていた。
 
 各種オープンの大会に出て、しかし実力
 すべては見せない。出げいこでは、
 対戦相手になりそうな者をみつけて、
 技をくらう。
 
 30歳になり、
 地下格闘技の宇宙大会に出るのだ。
 
 この大会は一般には公開されない。
 プロのメジャー選手も出場するが、観客や
 選手には守秘義務がある。
 
 格闘技界の世界一を決めるのが趣旨である。
 莫大な報奨金が動いたし、少数の観客のみで
 あるが賭けの対象にもなった。
 
 参加選手12名、うち実績のあるシード選手が
 4名、残り8名のうち、オープン枠が4名
 あった。ナミカは、リチャード・タカオの
 名でオープン枠4位で出場資格を得る。
 
 ここでナミカは、一回戦こそ苦戦したものの
 2回戦優勝候補のシード選手などを破り、
 圧倒的強さで優勝する。
 
 その模様は動画などには残っていないが、
 解説者ラジープ・カーンの言葉を
 ここに引用しよう。
 
「一回戦のリチャードは徹底的に寝技を
 嫌がりますが、それでもタックルにいかれて
 何度か危ない場面を迎えます」
「最後はタックル際にラッキーパンチが
 入る形でリチャードがKOを奪いましたねえ
 20分という試合でした」
 
「2回戦、優勝候補のマウンテン・リキとの
 試合は緊迫した試合で圧巻でした」
「リチャードが女装して入場したところから
 緊迫感が増しましたねえ、なんせリキは日頃から
 性的マイノリティを批判していますから」
「序盤から、リチャードはリキの強烈な張り手を
 何度か受けています。畳みかける攻撃に、これで
 終わりかと思われましたが、いったん持ち直し
 ます」
 
「この時点でおそらくセコンドも含め寝技主体に
 切り替えたんだと思います。そしてそれが裏目に
 でました。」
「リチャードの、意図した攻撃ではなかった
 可能性もありますが、ヒザがリキの顔に入ります」
 
「そこからのリチャードのラッシュが素晴らし
 かったですね。独特のフェイントからのボディ
 への攻撃、最後は掌打が入って悶絶しTKO」
 
「準決勝、オープンから上がって来た選手ですが
 けして弱い選手でないのはその前の試合を見て
 いればわかります」
「長身ですがスピードのあるオールラウンダー相手
 に、リチャードは2分かかりませんでした」
「これも開始序盤にリチャードはいいパンチを
 数発もらっているんですよね、これで沈まない
 のは、打撃のダメージを非常に柔らかく受け
 流しているのかもしれません」
 
「ええ、あまりこういったディフェンスをする選手
 私もあまり見たことないんですが、これ、相手は
 心折れるんですよねー、自分の回心の一撃で
 相手が倒れないなんて」
 
「決勝ですが皆さんおなじみのサンシロウ・
 エメリエンコとリチャードとの対戦となります、
 二人とも示し合わせたかのようにジャケット
 マッチとなりましたね」
「私の調べですが、リチャードはサンシロウの
 兄弟子だそうですよ。同門対決のようですね」
 
「開始2分でリチャードの綺麗な投げからの
 流れるような寝技、間接技で決着となりました」
「ジャケットマッチ世界一のサンシロウ相手に
 これですよねえ、つまり、リチャードは相当
 寝技もできるということがわかります」
 
「会員の皆様のみにお送りしておりますこの放送、
 お楽しみいただけましたでしょうか、それでは
 次回までごきげんよう、さようなら」
 
ナミカの話4
  そのあとのシャックとの別の意味での格闘は
 もう思い出したくもない。しかし、結論から
 言おう、数年ののち、産めるようになった。
 
  仕事の話に移る。
 
 もともと、武術を学ぶうえでの理論的裏付けと
 して、兵法を学んでいた。個人の戦いで身を
 持って理解できることで、集団や組織の
 戦いに応用できることは多い。
 
 技にかかるかどうか、それは、その技を知って
 いるか、実際に受けたことがあるかがとても
 重要になってくる。同じ技、あるいは似た技を
 何度も受けていればさすがに人間の体は
 適応してくる。
 
 つまり、知ること、は個人の戦いにおいても
 非常に重要なことであった。相手のことを
 よく知り、そして自分に何ができるかも知る。
 
 そのうえで、フェイントなどを用いて、
 相手が完全に不利な状態を作る。体のバランス
 を失った状態や、防御しづらい状態など。
 
 そこに自分がもっとも力の出る形を作る。
 相手が弱い状態、自分が強い状態を作り出して
 そこでやっと技がかかる。
 それが知らない技であればなおさらとなる。
 
 通っているトレーニングジムには、会社の
 経営者もいる。
 
「ナミカさん、そういう話できるならコンサル
 なんか向いてるじゃないですか」
 
 その言葉がきっかけとなった。
 
 格闘技術を身に付けていくうえで、兵法以外に
 物理学なども学んだ。古典的なものから
 最新のものまで。物理的に何が可能なのか、
 おおまかに把握しておくためである。
 
 術後は回復のために安静にしていなければ時間
 がかなりあった。データをとるための時間も
 それなりにかかった。そういった、体力がある
 のに暇な時間を政治や経済、軍事外交といった
 ことの勉強に費やした。
 
 勉強というほどでもない、暇なので陰謀論などの
 眉唾なオンライン書籍などを読み漁ったり、
 そういった人たちが集まるサイトで投稿を
 読んだりしていただけだ。
 
 情報の虚実を見分ける力が付いたのかもしれない。
 
 ジムには小国の軍事関係者もトレーニングに来る。
 軍事をメインに政治経済など国にかかわること
 全般のコンサルタント事務所をジムのスタッフ
 にも手伝ってもらいながら設立することにした。
 

アミの話
  彼らが巨大な人型機械を操って戦うことに
 なったいきさつからまず書いていかなければ
 ならない。
 
 5人でまず音楽活動を始めたきっかけが、
 ウイン・チカが弦楽器奏者を募集しようと
 提案したからだ。アミがそれに申し込んだ
 のは、年齢が同じだった、ということも
 あるが、その募集メッセージに込められた
 キーワードに反応したからだ。
 
 彼らは音楽以外も趣味が合った。
 
 はじめは、端末からネットワークにつないで
 5対5の対人戦を行う古典的なゲームをやって
 いた。一番うまかったのは、親の影響で小さい
 ころからプレイしていたフェイク・サンヒョクだ。
 
 彼らはゲーム中の意思疎通もうまく、ランキング
 でもかなりの上位に食い込む腕前を見せた。
 もちろん音楽活動の合間の少ないプレイ時間で。
 
 そして、
 同じゲーム会社から3年前にシリーズものとして
 リリースされたのがスペースカーマ・リアリティ
 だ。
 
 これは、自宅から端末でネットワークに繋いで
 遊ぶものではなく、エンターテイメントセンター
 の一画にそれなりのスペースを占有している
 5人分の座席が付いた空間で行う。
 
 一人ひとりは壁で区切られていて、巨大人型機械
 の操縦席、という設定だった。こんなものが
 都市下層のセンターにリリース当初から置いて
 あるのは、裏で軍が関与している、ともっぱらの
 噂だった。
 
 これを5人でよく遊んだ。
 
 6人姉妹で家が経済的に苦しいウイン・チカの
 プレイ代を出してくれたのはメインの弦楽器を
 演奏して歌も歌うマルーシャ・マフノだ。
 これに管楽器を使うエマド・ジャマルの計5名。
 
 ゲームのルールはこうだ。
 
 5人はそれぞれ巨大人型機械に搭乗する。しかし、
 最初から搭乗機で戦うのではなく、搭乗機と
 類似の機能、性能を持った遠隔機を搭乗機の
 操縦席から操って、相手国の機械と戦う。
 
 戦場空間には宇宙母艦で向かうが、搭乗機は
 それぞれ一機の計5機、遠隔機は搭乗機あたり
 3機の計15機。
 
 これにサポートを行うミニオン機100機が、
 開始時と4分ごとに20機づつ出撃する。
 
 遠隔機がすべて破壊され、敵が宇宙母艦に接近
 したときのみ搭乗機で迎撃する。時間制限も
 あり、20分で決着がつかない場合はポイント
 制で勝負が決まる。
 
 相手の搭乗機を破壊せずに捕獲するとポイント
 も高い。
 
 センターにある操縦席はかなりリアルに作り
 込まれており、搭乗機を操縦しているときは
 回避行動や衝撃に合わせて席も振動する。
 
 人型機械は、それぞれに役割分担があり、
 火力があってチームの主力となるもの、防御
 主体のもの、シールドを多用して味方を守ったり
 バッテリーを渡してシールドを回復させるもの、
 ステルスして突然襲うものなど様々な機種がある。
 
アミの話2
  そして、その軍人がやってきた。
 
「なんだ、君たちか」
 トム・マーレイは驚いた顔を見せた。
 
 ちょうどリアリティのプレイを終えて5人が
 出てきたところである。
 
「あ、トムさんどうも」
 
 5人は体力づくりのため最近よくハントジムに
 通っていたが、そこでよくトムともいっしょに
 なった。
 
「なにって?スカウトだよ!君たちに
 戦闘機乗りになってもらうのさ!」
 
 巨大人型機械のことをこの時代のひとは戦闘機と
 呼んだ。先週から張り込んでいたが、今日やっと
 見つけることができたのと、プレイするときは
 それぞれハンドルネームを使うので、彼ら5人
 だとは気づかなかったらしい。
 
「先週僕らは地球に行ってたのさ、登山
 したんだぜ」
「それぞれサブウェポン持って山頂で
 演奏したのよ」
 
 サブウェポンとはそれぞれが得意とする小型の
 楽器のことだ。トムは何のことかあまりわかって
 ないみたいだが、地球で登山と聞いて興奮
 したみたいだ。
 
「いや、今回は5000メートル級だよ、
 夜行登山、ガイドなし」
「違う違う、ゲリラ戦の練習じゃないって」
 
 創作活動のために色々なところに行って色々な
 経験をする、という主旨らしい。旅費は
 マルーシャが工面してくれているのだろうか。
 
「アルバイトだよ、アーティストは何でも
 金がかかるんだって」とエマド。
 
「これはいいアルバイトになると思うけど」
 
「詳しく話を聞かせてもらおうかしら」
 ファイナンシャルプラニングの知識も持つウイン
 が言った。ウインは活動に関するお金の出入りを
 すべてカウントしていて、マルーシャが工面
 してくれたぶんも将来はきっちり還すつもりで
 いる。
 
 近くのお茶屋にみなで寄る。
 
「まず安全面について確認したいわ」
「遺族補償については軍から充分な・・・」
 
 というわけで話はまとまった。
 軍属はあくまでパートタイムとすること、
 なるべく自陣側に引き込んだ地点で迎え討つこと、
 搭乗機は充分な適正がない者は迎撃しない、
 不利な場合は母艦ごとすぐ退却すること。
 
 これらが通ったのは、この時代パイロット適正が
 非常に高い者が少数存在し、圧倒的な成果を
 出していたためだ。チームであればなおさらで、
 彼らは金額になおすと非常に高価だった。
 
アミの話3
  翌日からすぐに軍施設でトレーニングとなった。
 すでに今月のアルバイトが入っていたりしたが、
 軍から職場へは連絡がいって補填されている。
 
 トレーニングはまず適正検査からだが、
 遠隔機の操作はもちろん問題なかった。
 エンターテイメントセンターに設置されている
 操縦席より高性能なため、むしろゲーム時より
 扱いやすくなっている。
 
 そのため、トレーニングのほとんどは搭乗機の
 練習となった。これはかなり過酷である。
 旋回時の加速を受けながら戦わないといけない。
 
 男子二人は苦戦、女子3人は適正があった。
 とくにアミは遠隔機以上のパフォーマンスを
 示した。
 
「軍属でパイロットに採用されるひとには
 そういうタイプが多いよ」
 トムが言った。
 
「なんというか、加速のデメリットよりも、
 その場の実感というか、そういう中のほうが
 力が出る?搭乗機はラグも理論上無いしね」
 
「アミは星座の配置憶えていて旋回中も自分の
 位置わかっちゃうからなあ。ちょっとずるい」
 星座の配置、自分と相手の位置関係から的確に
 旋回コースを判断することができるらしい。
 
 というわけで男子二人には軍のトレーニングと
 ハントジムのトレーニングともに特別メニューが
 組まれた。
 
「まずは遠隔機主体で実戦に出てみよう」
 トムが母艦に搭乗してコーチ役をすることに
 なった。出てみよう、といってもまずは迎撃の
 かたちとなるため、軍施設でトレーニングしな
 がら出撃のタイミングを待つことになる。
 
 迎撃作戦の打ち合わせだ。トムの説明が始まった。
 
「まず概略からですが、我々コウエンジ連邦軍
 による、宙賊または第3国からの人型兵器および
 母艦による侵攻に対する迎撃、となります。」
 
「人型兵器4から6機の母艦の小隊構成に
 よる侵攻は近年増えてきています。従来の宇宙
 空母とAI戦闘艇による戦闘と異なっており、
 軍としては今後人型兵器を全面的に配備する
 かどうか、様子を見たいところです」
 
「そのため、一部パートタイムでの対応を
 認めることにしました。軍属の別の小隊の
 メンバーもあとで紹介します」
 
「宙賊と第三国はおそらく連携しています。
 背後関係は政府の諜報機関で調査中です。
 これはあくまで私の推測ですが、大国の兵器
 の試験を他国にやらせているのではないか」
 
アミの話4
  さっそく出撃のタイミングが来た。
 軍のネットワークサイトに人型兵器新小隊結成の
 ニュースを載せた効果があったのかもしれない。
 
 小隊はけっきょくアミたちの分もいれて3隊
 だった。第3小隊として今回は出撃するが、
 第1と第2も後方で詰めてくれるらしい。
 
 第3小隊は、アミのハヌマーン、フェイクの
 アシュラ、エマドのガネーシャ、マルーシャの
 パールバティ、ウインのインドラだ。母艦の
 エアロック内のハス型の台にそれぞれ座っている。
 
 今回は第3小隊が敵を補足、第1と第2が
 その後方で待機、通常は小隊のさらに後方に
 宇宙空母を待機させて不測の事態に備える。
 
「人間であるおれたちが神に憑依するんだよ」
 エマドはまだ余裕があった。
 
 トムは母艦操縦デッキの艦長席に座って緊張した
 面持ちだった。
 
「索敵情報は常にアップデートして!」
「第1第2は予定通り第3が開始して10分経過
 するまで戦域外で待機!」
 
「よーし、あと5分で予想戦闘空域に到達する!」
「遠隔機射出用意のまま待機!」
 
 すべての遠隔機で緑ランプが点灯する。
 搭乗機と遠隔機のエアロックは別で、今回は
 搭乗機の出撃せずに撤退となる予定だが、
 もちろんアミたちも搭乗機側のメカニックも
 真空スーツを着込んでいる。
 
 フェイクはいつも、ゲームの開始時でも、
 このはじまる瞬間が一番緊張した。戦闘空域
 中央で火力を担当する役割なのでなおさらなのだ。
 ゲーム中でも最も重要なポジションとなる。
 
「開始時はいつもどおり」
 自分に言い聞かせる。
 
「敵母艦型式判明!搭乗機5機タイプです!」
「よし!このまま突入する!」
 
「1分前!」
 
「30秒前!遠隔機ハッチ開け!」
 
 遠隔機の一台目がそれぞれ射出される。遠隔操作
 ではあるが、操縦席からは宇宙空間にほうり
 出されたように見える。
 
 ゲーム中では、AI戦や格下の対人戦であれば
 その開始時の宇宙に出た瞬間に爽快感を感じる
 かもしれない。しかし、同じレベルの
 対人戦となるともう緊張しかなかった。
 実戦しかり。
 
 しかし、マルーシャはこの5人で戦うのは
 いつも楽しかった。緊張感というトンネルを
 くぐった先の光景が思い浮かぶのである。
 
 同時にミニオン機体も射出される。
 
 開始時はいつも平面でフォーメーションを組む、
 今回は迎撃なので、エマドが右サイド、
 中央にフェイク、左にマルーシャ、右後方に
 アミ、左さらに後方にウイン。
 
 ミニオンは2隊に分けて左、中央、右の
 3か所の間を埋めるかたちで配置、散開、
 ゾーニングさせる。
 
 フォーメーション平面を相手の隊形を見て
 微調整させながら、戦闘がはじまった。
 
アミの話5
  フェイクの乗るアシュラは中距離遠隔武器を
 操る人型機械だ。隠し腕4本から繰り出す
 火炎放射は敵機コンピュータの熱暴走と
 そこからの行動停止を狙う。
 
 火炎放射は距離が近いほど効果が高いため、
 回避主体の動きとなるが、通常腕が持つ放射砲
 で敵機をけん制しつつ、相手側ミニオン機の
 破壊も狙う。
 
 相手側中央火力を担うのはアンリマンユ型、
 拡散放射砲による中距離範囲攻撃が強力だが、
 範囲攻撃はどちらかというと複数混戦の
 場合に威力を発揮する。
 
 開始序盤は空域を分かれて一対一のなる場合が
 多く、複数混戦でなければアンリマンユ型は
 それほど恐くなかった。
 
 アンリマンユ型はゲーム内には出てこないが、
 類似型が存在するため、新しいからわからない、
 ということはない。攻撃機能の射程範囲さえ
 序盤で掴めば、あとはだいたいわかる。
 
 明らかにアシュラが押していた。
 
 ミニオン機の減り具合も明らかに相手側の
 ほうが早い。相手側の理想としては、
 アシュラを押し込んでミニオン機に拡散
 武器を使用することだ。
 
 だが、今の状況ではそれもできない。
 
 アンリマンユ型は充填完了するたびに放射砲を
 アシュラに対して使用するが、捉えることができ
 ない。特別な回避機能をもつわけでもなく、
 フェイクは素の機動力で相手の攻撃を避けた。
 
 しかし、押し込めば当然相手陣営側に近づく。
 後方から遊撃担当のヘカトンケイル型が
 狙っていた。
 
アミの話6
  エマド・ジャマルが操るガネーシャは4本腕、
 装甲の人型機械だ。
 
 戦闘開始時、搭乗機は母艦にいる状態で、
 遠隔機を出撃させて操る。搭乗機と遠隔機は
 ほぼ同じ形状であるが、操縦席のある胸部の
 形状が異なる。遠隔機は操縦席のかわりに
 通信装備が乗っかる。
 
 戦闘の序盤は、右翼または左翼で重装甲同士の
 駆け引きになる場合が多い。
 
 小隊構成上、攻撃よりの機体を選択することは
 もちろん可能だ。その場合、近接攻撃主体で
 重装甲の相手機は不利となるが、後半複数混戦と
 なった場合に重装甲機体による攪乱が有効と
 なってくる。
 
 装甲の薄い機体は混戦で脆い。
 
 今回の相手の機体は重装甲のオーガ型だ。
 近づくと1秒少し動けなくなる捕縛技を
 使ってくる。1対1では大してこわくないが、
 複数混戦時に捕まると、敵僚機が味方ごと
 撃ち抜いてくる。
 
 第3小隊は、序盤は比較的皆、静かだ。
 敵機の移動なども通信の表示機能で伝える。
 後半は音声でタイミングを合わせるが、
 序盤は一人で戦う時間も多く、
 静かなスタートとなる。
 
 しかし、エマドだけ、独り言が多かった。
 
 重装甲同士の戦いは、中央火力担当より
 比較的地味になることが多く、しかも後半に
 向けて残機を残しておく場合はなおさらとなる。
 攻撃というより牽制や挑発のほうが多くなる。
 
 だいたいは相手機を挑発したり技をくらって
 ぼやいたりする言葉だが、
 
 ときどき配信動画の有名なセリフを、なんの
 関係もないセリフを挟んでくる。
 
「誰かがやるはずだった。自分がその誰かに
 なりたかった」
「神はサイコロを振らない」
「咳をしてもひとり」
 
 独り言であっても他のメンバーには聞こえている。
 だいたい誰も反応しないが、マルーシャだけは
 ツボに入ってしまうのか、笑いを堪えられない。
 
 そろそろ頃合いだと思ったエマドは、前方
 シールドを張ってミニオン機からの砲撃に
 耐えつつ、相手オーガ型を押し込んだ、
 そこから中央部側へ体を寄せていく。
 
アミの話7
  アミの乗るハヌマーンは遊撃担当だ。
 
 白い機体の装甲の端に金の装飾を施されている。
 アミは見た目も機能も気に入っていた。
 
 ハヌマーンは変形機能を持っている。シンプル
 な変形機構であるが、それにより多少の
 ディフェンス性能の向上、変形時のみの数秒の
 シールド、機動力の向上がある。推進機構を
 同じ方向へそろえて機動力を上げるのだ。
 
 突入する際、逃げる際、どちらにも使える。
 アミはそれを「キントウン形態」と呼んで
 いるが、いつもエマドから「自分がキントウンに
 なってどうするんだ」と指摘が入る。
 
 武器は特殊鋼で作られたシンプルな棒だ。
 
 遊撃担当は相手の状態を見て、隙があれば
 突入して攻撃したり、相手の遊撃担当が
 飛び込んできたところを対応したりする。
 
 戦闘開始直後は右翼側でミニオン機を叩いて
 離脱し、いったん後方に下がって左翼側に
 現れるなど、神出鬼没な動きを続けていたが、
 その後マルーシャ機の後方で突入タイミング
 を狙うかのような位置取りをしていた。
 
 そして、
 中央部、突出したアシュラ機にヘカトンケイル型
 が上空より急接近した。同時に、アンリマンユ型
 もいつのまにか下空に回り挟み撃ちを狙う。
 
 フェイクの反応は早かった。
 
 ギリギリでヘカトンケイル型の捕縛技をかわし、
 アンリマンユの拡散砲に三面シールドを張る。
 それでも2機は諦めず、極め切ろうとする。
 
 そこにすでにガネーシャが到着し、渾身の双拳を
 ヘカトンケイルに決め、アシュラがとどめを刺す。
 
 下がろうとしたアンリマンユにハヌマーンが
 人型に戻った直後の棒の一撃。アンリマンユは
 アシュラによりすでにかなり被害が蓄積していた。
 敵機の一番機を2台破壊、となった。
 
 これは、第3小隊が相手の狙いを読み切った
 動きだった。特にコミュニケーションをかわす
 でもなく、エマドとアミが会戦空域に到着
 している。始まってから移動していたのでは
 間に合わなかった。
 
 見事な返し技が決まった、と言える。
 
アミの話8
  その間、マルーシャの支援型機、パールバティ
 とウインの超長距離狙撃型インドラは合流して
 いた。
 
 中央部で数的有利を作り出した分、ほかの空域で
 相手側が数的有利を作る可能性があるため、
 それに警戒したかたちだ。
 
 マルーシャが中央部に支援する場合もあるが、
 3対2ですぐ決着が着くとのマルーシャの判断だ。
 
 中央部はさんで反対側で相手のオーガ型が第3
 小隊のミニオン機を押し返しているのはわかって
 いたし、左翼正面の支援型リリスと中距離狙撃型
 のイフリートが突っ込んでくる気配もなかった。
 
 中央部の戦闘が早く決まりすぎて、他空域で
 取り返す隙がなかった。
 
 そもそも相手小隊から見て、第3小隊は相性が
 悪かった。どちらかというと、飛び込んでくる
 相手に対して火力で勝つチーム構成だ。
 
 それに対して、第3小隊は、前線を防御的に
 作りつつ、遠距離からの狙撃で倒す。したがって、
 チームで飛び込んでくる相手には逆に弱い。
 
 ちなみに、コ連の人型機械小隊でいうと、
 第1小隊が火力構成、第2小隊が機動構成だ。
 もちろん、極端な構成になっているわけで
 はなく、例えば第3小隊は狙撃構成だが、
 ハヌマーンのように機動力がある機体もある。
 
 バランスも意識しつつ特徴を出している。
 
 軍は、この3つ巴の関係を意識したうえで、
 その時軍に不足していた構成を得意とする
 アミたちに声をかけたと言える。
 
 ウインが操る超長距離狙撃型インドラは、
 ステルスで接近して火力を出す機体相手に弱い。
 しかし、今回はそのタイプの機体がいない。
 
 ウインは、戦闘が開始して時間が経つほど
 狙撃の精度が上がる。相手の回避行動のリズム
 がわかってくるという。混戦の時間帯に
 入ると、中距離砲に持ち替えて戦う場合もある。
 
 アンリマンユ2番機を破壊した時点で敵小隊は
 混戦を挑んできた。
 
アミの話9
 「じゃあ、アミが引きつけてからの前衛狙いで!」
 このあたりの指示はウインが出す。
 
「オッケ!」アミが返す。
 
 敵小隊が中央部に集まってくるのに合わせて
 第3小隊もガネーシャを先頭に混戦を受ける
 構えだ。
 
 ガネーシャが前に出てきたのを見て、オーガ型
 とヘカトンケイル型が挟みこむかたちで寄る。
 向こうの狙いはガネーシャでなくその後ろにいる
 アシュラだ。
 
 両軍が衝突しそうな直前で、アミのハヌマーンが
 飛び出し、後方へ回り込む動きをする。
 それに対し、相手小隊はあきらかにフォーカス
 が乱れた。
 
 前衛ふたりはすでに捕縛機能を使って戦いを
 開始してしまっている。相手側はアンリマンユ、
 イフリート、リリスの3機でハヌマーンを
 瞬殺するつもりでフォーカスを変えたが、
 アミの機体は避けるし固い。
 
 キントウン形態のまま旋回を続け、火力機能を
 使ったと見えたら1秒少し持つシールドを
 張って耐える。
 
 その間にまずヘカトンケイル型が墜ちた。
 
 ハヌマーンは3機に狙われながらそのうちの
 一機リリスをその棒で撃破したのちについに
 撃墜される。
 
 イフリートとアンリマンユが反転しようと
 したときにはオーガ型もすでに撃破されていた。
 アンリマンユは瞬間火力、イフリートは
 継続火力に優れていたが、4対2ではさすが
 に厳しい。
 
 パールバティが相手後方に放った煙幕弾で
 一瞬退路を断たれた敵2機は、ついに捉まった。
 
 これで敵母艦は搭乗機を使用せずに退却する。
 
 けっきょく、相手小隊遠隔機11機大破に
 対し、第3小隊はハヌマーンの遠隔1機という
 初戦にもかかわらず、小隊構成が有利という
 のはあったが、大きな戦果を挙げた。
 
アミの話10
  次の作戦の打ち合わせだ。
 トム・マーレイの説明が始まった。
 
「次回以降ですが、みなさんには負けて
 いただきます」
 
 今回戦った、火力構成の小隊とは実力どおり
 戦ってよい、ほかのタイプの小隊と当たった
 場合、勝てそうでも劣勢に見せたうえで
 退却する。
 
 その場合、遠隔機でギリギリまで戦うが、
 搭乗機はけして出さない。
 
 今回の結果を踏まえて、相手側はおそらく
 第3小隊に対して火力構成の小隊をけして
 当ててこないだろう。
 
 そこから、普通に勝つのと同じぐらい
 難しい戦いが始まった。
 
 相手の機動構成の小隊と当たると、ウインの
 狙撃型インドラが後方にまわった敵機に
 落とされて負ける、というのを繰り返し
 ながら、相手の癖もつかむ。
 
 同じ狙撃構成と当たったときは前半いい
 勝負をしながらも、僅差で負ける。
 
 負ける際は、母艦が襲われないように、
 相手陣営へ充分押し込んでから負ける。
 
「隠し玉を用意しています」
「その前に、アミさんに止めを刺されて
 いただきます」
 
 実際に撃墜されるわけではないが、
 搭乗機を出すという。もちろん、アミの
 腕前であればその演技ができる、という
 理由からだ。
 
 ふだんより、相手側に押し込まずに
 遠隔機全滅を演じる、母艦はギリギリ
 逃げられる距離であるが、相手機
 接近にハヌマーン搭乗機を出す。
 
 そして、
 搭乗機の出撃に慣れていない感を出させる。
 ギクシャクした動き。パニック感。
 
 変形機能を使って、ほうほうのていで逃げ
 だした、という演技をアミはやりのけた。
 
 そうこうしているうちに、相手陣営の
 動きが活発になってきた。新パイロットも
 採用して攻勢に出てくる構えのようだ。
 
アミの話11
 「トムさん、でもこの作戦、軍費的には
 けっこう痛いですよね、大丈夫なんですか?」
 
 エマドの問いにトムが答える。
「失敗すれば降格は免れないなハハハ」
 というのは嘘で、予算内でやっていれば問題ない。
 
「軍諜報部が敵組織の新規パイロット採用の
 情報をつかんでいます」
「こちらがそれを把握している、ということは
 おそらく相手側に気づかれていません」
「この数日で、新規小隊による奇襲が予想
 されます」
 
 案の定、数日後。
 
 母艦3機の接近が告げられた。先頭にいる母艦は、
 それまで火力構成の小隊を載せていた船である
 ことを識別ナンバーが告げている。
 
 第3小隊、かかって来い、というわけだ。
 
 さらに後方に敵母艦2隻も確認できているため、
 コ連人型機械第1小隊および第2小隊も
 迎撃準備に入る。
 
 後詰の宇宙空母もいつでも出撃態勢だ。
 
 敵母艦識別ナンバーから、火力構成の第1小隊
 は敵の機動構成の小隊にあたり、起動構成の
 第2小隊は敵の狙撃構成の小隊にあたる。
 それぞれ相性の良い相手だ。
 
「隠し玉ってこれかー!」
 エマドが搭乗機デッキ5角形にならんだハス台座
 の前で大きな声を出す。
「ちょっと練習したね」とフェイク。
「まあその成果は見ててよ」とウイン。
 
 コ連軍、人型機械全小隊の出撃だ。
 
「第3小隊はこれより10分後に正面母艦
 小隊と戦闘に入る!」
「第1および第2小隊はわれわれからおよそ
 10分後に戦闘に入る模様」
「第2小隊はできる限り時間稼ぎしてくれ!」
 
「第2小隊了解」
 
「フェイクとウインは設定切り替えを忘れるな!」
「あらためて指示は出す!」
「了解!」
「イエッサー!」
 
「遠隔機よーい」
 
「射出!」
 
 始まった。
 
アミの話12
  禍々しい形状をした5機が姿を現した。
 
「今回はこれに勝たなきゃいけないんだよなあ」
 エマドが呟く。
 
 第3小隊はいつもどおりの隊形を組んでいく。
 中央はアシュラ、対面にパズス型、右翼は
 ガネーシャ、対面はベルゼブブ型、左翼は
 パールバティ、対面はテスカトリポカ型であるが、
 
 相手側の継続火力担当のルシファー型が左翼対面
 でかなり前に出てくる。パールバティ1機では
 支え切れないと見てアミが支援に向かう。
 
 ハヌマーンが左翼に姿を現した瞬間、ルシファー
 型とテスカトリポカ型が機動機能を発動させた。
 6機の翼タイプの推進機構をもつルシファー型と、
 変形機能をもつテスカトリポカ型が、ウインの
 インドラめがけて急接近を試みる。
 
 ウインの反応は早かった。
 
 インドラは左翼後方から中央、右翼後方へ
 すばやく回避行動をとり、相手側はあきらめて
 もとのフォーメーションに戻るかに見えた。
 
 その瞬間、イゾウ型に一刀両断される。
 
 相手側の遊撃機だ。
 
「うそー!?」
 
 さすがにウインが声を上げるが、すぐに2番機を
 出す。左翼はルシファーとテスカトリポカに回り
 込まれたかたちになり、パールバティと
 ハヌマーンとの2対2の混戦になるが、すぐ
 イゾウ型が飛んでくる。
 
 パールバティが墜ちた。
 
 ハヌマーンはかろうじて脱出する。
 
「よし、予定どおり、フォーメーション変更!」
「ガネーシャ中央!」
 トムからの無線が第3小隊5機に入る。
 
 いったん中央アシュラが下がり、右翼ガネーシャ
 が中央へ寄る。パールバティ2番機が右翼へ
 まわりベールゼブブと対峙、ハヌマーンが左翼に
 まわり、対面2機が出てこれないようけん制する。
 
 機動構成と狙撃構成が戦う場合、戦場はつねに
 機動構成側が追いかけて、狙撃側がスカー
 ミッシュあるいはカイトと呼ばれる後方へ回避
 する動きをしながら戦うかたちになる。
 
 そのため、母艦も機動側は少なくとも微速前進、
 狙撃側は敵母艦と距離をとる形で微速後退となる。
 
アミの話13
  このフォーメーション変更で状況は少し改善
 した。
 
 もともとガネーシャはあまりベールゼブブ型と
 対面したくない。腐食系の液体を近接で
 放ってくるからだ。食らうとじわじわと
 関節系が傷んでくる。
 
 射程があまりないため、射程の長いパールバティ
 が対面するほうが相性はよかった。
 
 だが、次の対面のパズスも楽な相手ではない。
 ガネーシャは回避に終始する。煙幕と小型
 ミサイルの群れを操られてとても近づけそうに
 ない。
 
「こんな奴と平気で戦ってたのかよ」
 フェイクの腕をあらためて認識する。
 
 防御近接系機体で対面するのもかなりではあるが。
 
 このまま待っているだけではジリ貧であるが、
 ガネーシャはパズス型の上空または下空側に
 まわりこむかたちであえて敵陣に押し込む。
 
 これが相手に2択を迫るかたちになった。
 
 もともとの戦術である、第3小隊の後方、
 狙撃機インドラを狙い続けるのか、中央に突出
 したガネーシャを先に片づけるのか。
 
 敵小隊は後者を選択した。
 
 ガネーシャに釣られるかたちでパズス、
 イゾウ型、ルシファー型が取り囲むが、
 これがインドラ狙撃のいい的となった。
 
 ガネーシャも簡単に墜ちない。回避と
 シールドを使った防御と、攻撃を
 織り交ぜながら耐える。といっても
 数秒の差だが、それが勝負を決める。
 
 それでもガネーシャが大破するが、
 そこにアシュラが間に合った。
 インドラに削られた3機を、アシュラの
 火炎放射が焼き尽くす。
 
「おーし!」
 ふだん冷静なフェイクが声をあげる。
 
 その間、アミのハヌマーンがテスカトリポカに
 掴まったが、両軍3機づつ撃墜でイーブンまで
 戻した。
 
 そのあと、敵側もベールゼブブを中央に
 配置替えするなどして、敵小隊が若干のリード
 のまま、両小隊、残遠隔機数が少なくなっていく。
 
「敵母艦、速度上げています!」
「よし! このまま、気づかないふりで
 微速後退!」
 
 状況が有利なのを見て、敵小隊は決めにくる
 つもりのようだ。
 
 ハヌマーン遠隔機の3機目が撃墜される。
 
「ハヌマーン搭乗機準備!」
 
「アミ、分かってるな!」
「もちろん!」
 
「ハヌマーン搭乗機、出ます!!」
 
 第3小隊は遠隔機4機を先頭に混戦をしかける。
 これにより、敵機を2機沈めたが、敵小隊側は
 残り遠隔3機をAIに切り替え、5機の搭乗機が
 現れた。
 
 彼らは勝利を確信していた。
 
アミの話14
  遠隔機すべて破壊されたにもかかわらず、
 第3小隊はハヌマーンの搭乗機しか出してこない。
 おそらく搭乗機射出に手間取っているだけ
 だろうが、搭乗機戦闘に慣れていない。
 
 まずAI操作の遠隔パズス、ベールゼブブ、
 ルシファーの3機がアミのハヌマーンをけん制
 しながら第3小隊母艦に接近する。
 
 アミは無理にその3機と戦わない。
 
 まず黒い影が第3小隊母艦から静かに
 飛び出したが、敵側から検知されていない。
 
 次に、搭乗機ハッチから黄金の光が漏れだした。
 
 ハス型の台に鎮座したそれが、敵遠隔3機を
 順番に指さす。その順に、3機が消し飛んだ。
 
 敵母艦と敵搭乗機5機はまだ勝利を確信した
 まま急接近を続けている。が、混乱はすぐに
 訪れた。
 
 アシュラ型の後継機、全身黄金の機体、シャカだ。
 
 ひょうたん型の遠隔ポッドから火炎を放ちながら、
 シャカが向かってくる5機の中に飛び込む。
 火炎を放ちながら、時々敵機のうちのどれかを
 指さす。
 
 指されたベールゼブブ搭乗機の腕が飛んだ。
 
 イゾウ型搭乗機が勘づいて飛び出す。
 
 狙撃だ。
 
 が、インドラがいない。どこにもいない。
 イゾウ型が狙撃を受ける。そして、出撃した
 ガネーシャとパールバティに捕まった。
 
 敵搭乗機4体は、立て直してシャカにフォーカス
 するが、敵火力機能の発動を見てから、シャカの
 防御機能が発動した。
 
 4機の遠隔ポッドが四面体シールドを形成する。
 
 その間、最後方に回り込んだハヌマーンが、
 急近接して後尾のベールゼブブを沈める。
 
 シャカに引き続き3機群がるが、敵のすべての
 火力機能をぎりぎりでかわす、かわしながら
 下がる、時に相手ななめに寄ることでかわす。
 シールドはもう使えない。
 
 そして、勝負あった。
 
 ガネーシャが合流して、シャカを守る。その間も
 敵残り3機を狙撃し続けるのは、インドラの
 後継機、ステルス機能をもつ黒色機体シヴァだ。
 もちろん、ウインが搭乗、操縦する。
 
 敵脱出ポッドを回収したハヌマーンと
 パールバティも合流して、戦闘は、死闘は
 終わった。
 
 いや、第1第2小隊を援護してから終わった。
 第3小隊戦の状況を確認してすぐに敵は撤退。
 短時間のため被害は軽微。
 
 けっきょくのところ、敵脱出ポッド5台確保の
 大戦果、相手側は、新加入パイロット5人を
 捕獲されるという大失態となった。
 
アミの話15
 「もう二度とやりたくない」
 とフェイク・サンヒョク談。
 
「同意」とエマド・ジャマル。
 ゲームのほうはやるけど、と続ける。
 
 アミは実家に戻ってペットを抱いて死んだ
 ように長時間眠る。
 
 ウインはひさしぶりに高い食材を買い込んで
 家族で食べる準備をする。
 
 マルーシャは、バイト行ってきたよーと
 ふつうに帰宅。軍で戦闘してきたとは
 言わない。
 
 高額の報酬を得た彼らは、音楽活動の
 ための機材の購入や買い替えができると
 喜んだ。
 
 軍からの正式配属のオファーもあったが、
 丁重にお断りした。軍もあっさり諦めた。
 投降パイロット全員の登用が成功しそう
 だったからだ。
 
 彼らはそのまま第3小隊の機体で訓練を
 行い、そのまま狙撃構成で戦うという。
 
 コウエンジ連邦に戦闘を仕掛けてきた
 宙賊は、原理主義戦闘国家を背後に
 活動していた。
 
 今回の件により、しばらくはまともな
 活動ができないだろう。
 
 それ以上に、大きな事実が判明していた。
 
 そもそも確保されたパイロットが登用に
 応じたのは、原理主義戦闘国家に在住
 する家族の確保が可能であることを
 伝えたからだが、
 
 特殊工作員による全員分の家族確保が完了
 したのち、自ら話し出した。
 
「全員、一年前に第2エリアから家族ごと
 移ったらしい」
「君たち同様、ゲームの戦績が良くて、かつ
 経済的に厳しいところをスカウトされたとか」
 
 あとでハントジムに練習にきていたトムから
 聞いた話だ。おっと、今のは機密だから
 聞かなかったことにしてくれ、とも
 付け加えた。
 
 そう、脱出ポッドから出てきたのは、アミ
 たちと同年代の、学生たちだったのだ。
 

ヘンリクの話

  ヘンリク・ビヨルクという19歳の青年の
 話をしていく前に、彼が住む都市について
 の説明をしていきたい。
 
 ヘンリクが住む都市は、月の裏側の
 ラグランジュポイント、重力が安定している
 ため宇宙空間での都市建設が比較的
 行いやすい空域にある。ここは、第3エリア
 と呼ばれている。
 
 その構造都市は、
 バームクーヘン型都市、マヌカと呼ばれている。
 バームクーヘンといっても、円形をしている
 わけではなく、食べやすいサイズに切り出した
 ときの形状だ。
 
 ざっくりとした言い方をすると、だいたい
 一辺100キロメートルの立方体に近い大きさ。
 
 これが弱重力を生み出すため、ゆっくりと
 回転しており、中心軸に長大なケーブルで
 接続されて、その先に同型のバームクーヘン型
 都市であるメイプルが存在する。両構造都市が
 引っ張りあいながら回るかたちになる。
 
 都市マヌカは、メイプルも同様であるが、
 階層構造をなしており、高さ100キロの
 構造の中に50層が存在する。
 
 各層は、1キロの厚さの地面と、1キロの
 高さの空間と、そのうえにまた1キロの
 あつさの天井、次の層にとって地面、を
 もつことになる。
 
 この型の構造都市は、比較的新しく、過去の宇宙
 空間の構造都市の歴史を受け継いで、様々な工夫
 がなされている。
 
 地面にあたる部分に充填する素材も、強度が
 ありかつ軽量のものが使用されている。金属
 なども資源利用の関係で極力使用しない。
 
 気密をたもつために、生きている樹木、粘性の
 樹液をもつものが多用されている。木の繊維を
 ハニカム構造に成型しなおした部材も
 使用されている。
 
 建築物の種類を、使われている素材の一番割合
 が多いもので決めるとしたら、木造建築物、
 といってもおかしくないレベルだ。
 
 この階層都市を上から見ると、正方形の面の
 中央北側と南側に層間をつなぐ主要交通
 機関がある。
 
 構造都市が回転する方向に東西、
 直行するかたちで南北だ。
 
 ヘンリクが住むのは、その最下層だった。
 
ヘンリクの話2
  構造都市マヌカの人口は2億人と少しだ。
 この都市の適正人口は3億から5億人だが、
 都市のスペック上は10億人住んでも
 問題ない。
 
 上から50層目にあたる最下層では、
 約100万人が暮らしている。下層にしては
 多いほうだ。
 
 おそらく、大学が設置されていることが
 原因で、人口が多い。マヌカでは大学
 設置が全体的に遅れており、特に中間層に
 まだあまり設置されていない。
 
 最下層の中央北壁から広がる都市がノース
 フィフティで人口40万人、南壁側に
 あるのがシンジュクで20万人、残りの
 人口は各鉄道駅周辺に散在する。
 
 ノースフィフティとシンジュクをまっすぐ
 結ぶ鉄道が中央線、途中で分岐して西側エリアを
 迂回して中央線に再合流するのが西線、東側
 エリアを迂回して同じく戻ってくるのが東線だ。
 
 シンジュク駅を出ると次がキタシンジュク駅、
 そこから西線が分岐して、マゼラン駅、
 ミノー駅と続く。
 
 そのミノー駅近くの安いアパートにヘンリク・
 ビヨルクは家族とともに住む。
 
「ただいまー」
 午後一の大学の授業を終えて自宅に帰ってくるが、
 家には誰もいない。親はヘアーサロンをやって
 いて、二人とも閉店まで帰ってこない。
 
 弟が二人いるが、ふたりとも家を出ており、
 上層でそれぞれ一人暮らしをしながら
 美容や理容の勉強をしている。
 
 ヘンリクはスポーツウェアに着替えると、
 また外に出た。アパートは駅前商店街の上に
 あるが、裏口から路地に出る。
 
 そこから、南東方向へ、軽く走ったり歩いたり
 しながら、家がまばらになっていく、水田と
 小さな水路が敷かれた田園風景だ。
 
 気温は春から夏の設定に変わるころだが、
 すでに暑い。薄い羽をもったトンボと呼ばれる
 昆虫が水路わきに止まっている。
 
 駅から線路沿いに北東方向に走れば堤防幅
 200メートルほどの川もあるが、今日は
 そっちへは行かない。南壁の山のほうへ向かう。
 
「午後から雨とか言ってたな」
 
 今日は負荷をあげるための重りもつけていない
 ため、やろうと思えば山道を走って登れるが、
 いつもの丘の神社のところで折り返した。
 
 往復1時間ほど運動して、シャワーを浴びたら
 端末を前にして情報をチェックする。
 
ヘンリクの話3
  夕食の準備をしなければならない。
 
 最近はヘンリクが親の分も含めて料理をした。
 といっても、平日が忙しいので、週末に
 作りためる方式だ。
 
 今日は金曜日で、作りためたものも昨日に
 尽きている。何か適当に食材を買ってきて、
 あるものと組み合わせてすぐ食べれるように
 料理しておく。
 
 週末は土曜に買い出し、日曜に料理した。
 だいたいは冷凍保存などできる鍋もの中心だ。
 香辛料をふんだんに使った料理が得意だ。
 
 第3エリアでは、ほかの宙域エリアと比べ
 一般家庭での料理が盛んだ。第2エリアでは、
 出来上がりのもの、あるいはすぐレンジなど
 で調理できるものを買ってくる、あるいは
 宅配を頼む、外食する、など、自分で作る
 文化がほとんどないと聞く。
 
 てきとうに作ったものをつまんでから、
 このあと親と入れ替わりでヘアーサロンの
 店舗にいく。
 
 店舗の控室の一室がヘンリクの部屋に
 なっていた。そこで、休憩したり、製作活動
 をやったり、大学の課題をやったりする。
 
 店舗はミノー駅そばの小さな地下街にある。
 ここに、だいたい週末仲間と集まる店が
 ふたつある。
 
「魚介のスープ、ジャガイモ蒸し、あと、
 野菜のサラダ」
「わかったありがとうヘンリク」
 親に告げて、店舗をクローズドに変える。
 
 ヘアーサロンの向かいにある、サクティ
 というレストランと、ゲルググというバーだ。
 
 ゲルググは、バー兼、ライブハウス兼、
 クラブで、店舗の規模自体は小さいが、
 お客が入るスペースに加えてバンドが演奏
 する低い段差をつけただけの小さなステージ、
 
 ディスクジョッキーが演奏するブース、
 その横に照明操作やビジュアルジョッキーが
 プレイする小さなスペースもある。
 
 今日はバンドのライブイベントが予定されて
 おり、出演するのはアラハント、マッハパンチ、
 ボッビボッビの地元3バンドだ。
 
「何時からだったっけ?」
 イベントフライヤーをみつけて確認する。
 バンドやDJの出演数でよく開始が変動する。
「9時オープンか」
 
 このイベントに、ヘンリクもビジュアル
 ジョッキーとして出演する。今日のイメージ
 を、あらためて自分の中で確認する。
 
 自分の端末を持ち込んで、ゲルググ備え付け
 のビジュアルミキサーでプレイする予定だ。
 時間までまだ2時間あった。
 
ヘンリクの話4
  ライブイベントまでに時間があるので、
 大学の話について書いてみよう。
 
 ヘンリクが通う大学は、サウスマゼラン
 ユニバーシティといい、メインのキャンパス
 はヘンリクがいるミノー駅の隣、マゼラン駅
 にある。
 
 ミノー駅にもキャンパスがあり、ヘンリクは
 そこの映像関係の授業に通う。
 
 この時代、大学に入るのは簡単である。
 ネットワークから登録すればよい。それも
 登録自体は第3エリアすべて共通なので、
 すべての大学に入学した、ともいえる。
 
 授業は直接キャンパス内の教室に行っても
 よいし、ネットワークから受講してもよい。
 ネットワークから受講しても講師に
 質問等は、口頭でもテキストでもできる。
 
 受講できなかったときは、録画を利用できる。
 
 学費は基本的に講義ごとで払う。ある一回の
 講義だけ受講する、というのも可能だ。
 大学の宣伝のために、無料の講義も存在する。
 
 利用者が多いのもあって、授業料は安い。
 
 ヘンリクは一般映像理論の授業を受けたあと、
 ビジュアルジョッキーにより関連した授業を
 受け、その後研究室に属してエンター
 テイメントのリアルタイム映像論について
 研究している。
 
 そのほかには、静止画や動画の撮影技術、
 著作権関連、音と映像の編集などについても
 学んだりしているが、
 最新物理学にからんだ勉強もしている。
 
 自分が作る映像のヒントが得られるのでは
 との発想からだ。
 
 物理学については、量子力学の応用分野が
 かなり発展したほか、重力子理論が確立
 されて、反重力などの研究が進んでいる。
 
 そのほかには、素粒子論も研究がかなり
 進み、それによって宇宙の成り立ち、
 始まり方などがかなり解明された。
 
 過去には、現在住んでいる宇宙とは別の
 宇宙が存在し、物理法則も異なるのではと
 考えられていた。
 
 しかし、最近の研究では、宇宙誕生の瞬間の
 素粒子の種類の比率により、その後の
 宇宙の姿がまったく異なってくる。
 
 素粒子の種類はかなり存在することが
 わかっており、場合によっては原子組成も
 まったく異なる宇宙ができ、力場の
 相互作用がなければまったく干渉しない
 ふたつの宇宙が同じ空間に存在する
 ことも可能となるとか。
 
 ヘンリクはこの素粒子宇宙論に計算機
 科学を用いる研究室にも所属している。
 コンピュータシミュレーション時に
 映像を用いるのである。
 
ヘンリクの話5
  そろそろサクティへ行こう。
 
 控え室を片づけて端末をもって店を出ると、
 もうすぐ前だ。外のテーブルですでに
 ボッビボッビの3人がデザートを前に
 談笑している。
 
 軽く挨拶して、店の中のカウンター席へ。
 
「ゴシさん、ミソカリーヌードルをハーフで」
「あいよ」
 
 店長のゴシ・ゴッシーだ。
 
「今日は米の麺だからミソカリーフォウだな」
 
 レストラン・サクティはふだん17時から20
 時ぐらいまで、学生で混雑する。
 
 サクティはもともと香辛料をふんだんに使った
 カリーと呼ばれるスープをメインに提供する
 レストランだったが、最近はもう色々な
 料理を学生のリクエストに応えて低価格で出す。
 
 今はもうすでに20時なので、学生の姿は
 まばらになってきたが、イベントのお客さん
 らしき人たちが増えてくる。
 
 サクティはそれほど大きなレストランでは
 ないが、特徴がある。店舗の奥側にある
 スペースの机は、流し台もついた調理
 スペースになる。
 
 週末などに主に学生を相手にした料理教室を
 やっているのだ。
 
 ミノー駅から歩いていける距離にサウス
 マゼランユニバーシティのどちらかと
 いうと少しマイナーな学問をやるための
 キャンパスがあり、
 
 ミノー駅周辺にも一人暮らし、あるいは
 ルームシェアの学生がけっこう住んでいる。
 
 サクティの料理教室にしっかり通えば
 卒業するころにはかなりの数のレシピを
 実際に作れるようになる。
 
 ヘンリクの得意料理も、親から習ったもの
 が半分、サクティで習ったものが半分だ。
 
「ヘンリク!今日も演るの?」
「やりますよ、今日はビジュアルですけど、
 サネルマさん!」
 カウンターの向こうから声をかけてきたのは
 ゴシ・ゴッシーの妹のサネルマ・ゴッシーだ。
 
 夜は基本的にこの二人が店を切り盛りして
 いて、昼のランチ時は彼らの両親が店に
 出ている。
 
 もう少しサネルマさんと話していたいところ
 だったが、軽い打ち合わせがある。
 
 さっき頼んだカフィーエスプレッソの小さな
 カップを持って、ボッビボッビのところへ行く。
 今日の映像のイメージをざっくり伝える。
 
 ゲルググでイベントをやるときは、事前に
 細かい打ち合わせなどはしない。そして、
 各バンドは毎回何か新しいことをやる。
 
 そして、高い確率でそれが失敗に終わる。
 ゲルググはそれが許される雰囲気だった。
 
ヘンリクの話6
  ボッビボッビの3人といると不思議と
 落ち着く。
 
 弦楽器を演奏するビンディ・マクナマラ、
 キーボードのメリンダ・リトカ、ボーカルの
 タリア・アキワンデの3人だ。
 
 3人とも、うすい褐色の肌をもつ美人だ。
 とくにタリアはかなりの美人で、駅近くで
 雑貨店を営むタリアの母も美人で有名だ。
 本人は背が低いことを気にしてるらしいが。
 
 ビンディは音楽家の親をもつ。その世界では
 けっこう有名なリュート奏者らしい。
 
 メリンダは少しふくよかな印象で、いつ
 話しかけても少し照れたような話し方
 をする。実家は農家。
 
 3人のほかの共通点は、かなりの歴史好き。
 旧世紀の歴史にも詳しく、最近僕がハマって
 いる島国のセンゴクブショウの名前が
 彼女らの口からバンバン出てくる。
 
 カンビーを教えてくれたのも彼女らだ。
 
 なので、普通に接していると、とても
 ステージにあがってパフォーマンスをやる
 ようには見えない。学校の図書スペースで
 静かに読書しているのがとても似合うのだ。
 
 3人のなかで比較的活発な印象のタリアで
 さえ、ほかのバンドのメンバとくらべると
 ぜんぜん大人しい。
 
 いや、たぶん大人なのだ。とても優しい。
 
 彼らは民族楽器を使って、メリンダは
 民族楽器の音をキーボードに取り込んで、
 過去の歴史の、先住民族の弾圧や民族差別
 について歌う。
 
 その曲調はときに激しく、また、ときに
 切なく、悠久の昔から響いてくる哀詩の
 ようだ。
 
 彼女ら自身が、そういった弾圧を受けてきた
 民族の末裔だとも聞く。
 
 彼女たちから感じる優しさが、そういった
 弾圧の歴史の結果だとすると、それは
 それで悲しい物語なのかもしれない。
 
 そんなことを心に感じながらも、彼女らと
 する話は男の子が好きな大陸のスリーキング
 ダムスや島国のセンゴクの話だった。
 
 なんでも、スリーキングダムズとセンゴクは
 時代的にかなり開きがあるが、ウェイの
 カオカオの書いたサンツが、カンビーや
 ハルノブに大きな影響を与えた。
 
 ハルノブに影響を受けたモトヤスが島国を
 統一したのは歴史書が示すとおりである。
 サンツの背景にはタオ教があり、
 ラオジーの哲学が伝説の人物たちを
 つなげ、泰平をなさしめたというのだ。
 
 といいつつも、彼女らは大学で歴史学を
 専攻していない。ビンディは数学、メリンダ
 は化学、タリアは経済学だった。
 
ヘンリクの話7
  そうだ、エンゾさん手伝う仕事があった!
 
 あわてて3人にそう告げて、ゲルググ店内に急ぐ。
 40歳、独身、ヒゲの巨漢だ。
 
「おうヘンリク、遅いな」
 
 エンゾ・グラネロ、バーゲルググの店長だ。
 
 この店を一人で運営している。
 というと聞こえが良いが、出演者や客に
 けっこう手伝わせている。
 
 今日も最初に来て鍵を開けて中を少し片づけて
 くれたのはボッビボッビの3人だ。
 
 とりあえずあるていど片付いているのを見て、
 自分の分のセッティングを済ませておく。
 端末をビジュアルミキサーに無線で接続し、
 今日使う分が3つのフォルダに入っているの
 を確認する。
 
 それから照明機材の確認をしたら、ドリンク
 や軽食の類がすぐ出せるようになっているか
 確認。
 
「エンゾさん、前切れてたリキュール」
「おう、買っといたよ、そこそこ」
 
 外が少し騒がしくなった。
 マッハパンチが到着したようだ。
 
 ちなみに今日の出演順は、21時から
 アラハント、そこから1時間づつで
 22時からマッハパンチ、トリが
 ボッビボッビで0時に終わる。
 
 開始20分前だがアラハントはまだ
 来ていない。
 
「エンゾさんこんちわー」
 太い声が聞こえてくる。
 
 とにかくこの4人はでかい。4人とも
 180センチ以上ある。基本的にステージ
 ネームでしか呼んでいけないことに
 なっているので、
 
 ボーカルのキング、身長182センチで
 この中では一番低い、髪もこの中では一番
 短いが整髪料でうしろへ撫でつけている。
 
 ギターのプリンス、身長なんと195センチ、
 痩せ型、長髪、父親は郵便局員で、プリンスも
 年末年始たまに局でバイトしている。
 
 ベースのクイン、身長187センチ、長髪
 美形であるが、男性だ。家はお寺でお酒
 が飲めない。
 
 ドラムのナイト、身長185センチ、長髪、
 実家は道場で、キャポエイラという
 古武術らしいが、この4人ともこの道場で
 習っているらしい。一番筋肉がごつい。
 
 4人はステージ横の扉から控え室へ抜けて
 いく。控え室といっても、そこはサクティだ。
 店同士がつながっていて、そのスペースに
 それっぽく衝立を立てて控え室という
 ことにしている。
 
 通りぎわに4人とも無言でヘンリクの肩を
 ガシっとつかんでいくが、これが地味に痛い。
 今日もお互い頑張ろう、という意味らしい
 のだが。
 
ヘンリクの話8
 「アラハントはまた遅れてるのか」
 控室の椅子に座ってキングが嘆くように
 呟くが、よく見ると顔がニヤニヤ笑っている。
 
 言っているうちに二人到着した。
 
 管楽器とラップ担当のエマド・ジャマルと、
 ドラムスのフェイク・サンヒョクだ。
 フェイクはくるなりそそくさとドラムの
 準備を始める。
 
「おっすヘンリク!最近どうよ!?」
 こいつとは昼にキャンパスで会ったばかりだ。
 
 適当に返事しておいて準備を手伝う。
 残りの3人がどうしてるのかあえて聞かない。
 
 エマドとは、ガッダーフィという名の
 ユニットも二人で組んでいて、DJ Kanbee
 名義で僕もプレイする。ビジュアルジョッキー
 ではなく、ディスクジョッキーとしてだ。
 アラハント結成前からやっている。
 
 フェイクが叩き始めた。
 エマドのマイクパフォーマンスが始まる。
 
 ここ最近だが、もう少し大きなハコ、つまり
 ライブハウスでは、アラハントの時間が
 スタートするときはいつもこの二人から
 始まる。
 
 そして、エマドがマイクパフォーマンスで
 客をいじったり煽ったりするので、
 まずはエマドへの「帰れ」コールから
 始まる。
 
 しかし、ここゲルググでは、その帰れコール
 も気の抜けたいい加減なものだった。
 フェイクのドラムが鳴り始めてからフロアの
 客も増えだしたが、まだまだこれからだ。
 
 エマドの下手うまダンスとマイクによる煽り
 が続く。もっと返してこいというジェスチャー
 をするが、客はまだ乗ってこない。
 
 まだメンバーはそろっていないが、
 アラハントの特徴は、まあ一言でいうと
 未来オタクの集まりだ。
 
 彼ら個々もそうだが、バンドの設定上も
 メンバーがテンジクという未来都市に住んで
 いて、そこからやってきて演奏している、
 ということになっている。
 
 だからエマドの客いじりも、その帽子は
 どこで買ったんだテンジクにはもうそんな
 ものは売ってない、だとか、いい加減その
 古典的なダンスをやめろ古い、といった
 感じだ。
 
 彼自信は身体能力抜群で、ダンスの
 キレもいい。現存するほとんどの踊り方
 を知っている。しかし、ステージでは
 テンジクのダンスしか踊らないらしい。
 
 ウイン・チカが入ってきた。彼女の
 学生友達らしき数人から歓声がおきる。
 今日は小さめのキーボードを肩から
 下げている。
 
 それに笑顔で答えながら、
 メロディーが足されていく。
 
ヘンリクの話9
  ウインの登場でフロアの雰囲気が少し
 変わる。映像のトーンが変わるからだ。
 エマドはミニペットと呼ばれる管楽器に
 変える。
 
 エマドとフェイクだけのときは、1000年
 ほど前の野暮ったい時代劇の映像をモノクロ
 に加工してコミカルな雰囲気でミックスして
 いたが、
 
 ウインの搭乗で彼女のキャラクターである
 伝説上の動物ウニコーンをデフォルメした
 キャラ、ウニーが画面に登場する。一気に
 ポップな色調になるが、まだ2Dモニター
 しか使用しない。
 
 ビジュアルジョッキーとディスクジョッキー
 は似ている、とヘンリクは思う。少なくとも
 ヘンリクがふだん使用する音楽ジャンルで
 言うと。
 
 今かけているディスクの曲に少しづつ
 次のディスクの曲の音が混ざっていき、
 そしてそれが入れ替わり、もともと
 かかっていた曲の音が徐々に抜けていく。
 
 ウニーが出てきたあとも時代劇の登場
 人物がまだ所々出てくるが、それも徐々に
 デフォルメ化され、最後は下の
 ほうに小さくなってうろうろしている。
 
 表現のしかたは色々あるが、そういった
 感じだ。
 
 今回は、いったん加工した映像を使用
 している。加工には自分で静止画状態の
 ものを細かくいじる場合もあるし、
 今回は時代劇の登場人物をデフォルメ
 するにのAI機能を使っている。
 
 できれば、ライブ中にもっとリアル
 タイムで、素材の加工とミックスを
 できればと思っている。フロアの熱に
 合わせて流す映像を変えていくのだ。
 
 電子工学を専攻しているフェイクと、
 そのあたりを相談しながら何が
 できるのかをこれから試していこうと
 考えている。
 
 それ用の新しいデバイスが作れたらな、
 とフェイクは言う。
 
 などと考えているうちに、ベース担当の
 アミ・リーが登場だ。
 
 眠そうに、だるそうに準備を始める。
 と思ったらエンゾさんに何か話しかけて
 いる。どうも酒はまだかと聞いている
 ようで、エンゾさんに追い返される。
 
「マジメにやれー!」罵声が飛ぶ。
 
 が、いったんアミが重い低音を響かせると、
 またフロアの雰囲気が変わる。そして、
 デスボイスと呼ばれる特殊な発声法で歌う。
 
 そうすると、一気にフロアにいかつい
 兄ちゃんたちが増える。エマドがマイクに
 持ち替えて、即興のラップを繰り出す。
 
「ヘイ、ヘンリク、映像の切り替えを
 忘れてないかい気づいた君は少し後悔」
 
ヘンリクの話10
  ステージのほうに手をあげて応えながら、
 映像を切り替えていく。
 
 ゲルググではよくあることだ。
 
 同時に3D映像をスタートさせる。人型機械が
 戦っている3D映像だが、アミからもらったもの
 で、アミは元ネタを軍からもらったとか。
 
 ゲルググなので天井付近で小さく映し出されて
 いるが、大きなライブハウスでこれをやると
 大迫力だ。
 
 2Dモニターではかわいそうに、ウニーが
 人型機械に画面外に蹴り出されている。
 
 アミのデス歌が、今日はショートバージョンで
 2曲ほど。実際このスタイルでやるとライブ
 はやる側も客側も30分ももたないとか。
 
 そして、
 ボーカルのマルーシャ・マフノの登場だ。
 
 低音が一気に抜けて、透明な音色に変わる。
 3D映像と2Dモニターは未来都市テンジクだ。
 映像は都市のなかにどんどん入っていき、
 巨大なライブハウスの中で歌うマルーシャ
 の映像になる。
 
 デスな雰囲気から、一気にハッピーな
 雰囲気に変わる。マルーシャの声は、
 ハスキーで低音側もしっかりしている
 いい声だ。
 
 が、ときにアミとマルーシャの二人とも
 デスモードに入るパターンもあるらしい。
 今日このあとやるのかどうか。
 
 フロアのほうはそれなりにお客さんが入って
 盛り上がっているが、ぎゅう詰めというわけ
 でもない。
 
 隣のサクティでもライブの様子をモニターに
 映しているのもあって、むしろサクティの
 ほうがお客さんは多いかもしれない。
 
 ゲルググでこの3バンドが出演する場合は、
 だいたいはネットワーク上で告知しない。
 なので近所の常連客が適度に楽しむ雰囲気だ。
 でも、どのバンドも都市上層の中規模の
 ハウスをワンマンで満員にするほどの実力が
 すでにある。
 
 と、アミのお兄さん、テルオ・リーが
 カウンターに座っているのに気付いた。
 たまに妹のライブに顔を出すのだ。
 
 ジャージ姿、おそらく寝間着だろう、それに
 サンダルを履いて、ゲルググとはいえかなり
 リラックスした姿だ。坊主頭に近い短髪に
 澄んだ瞳で、賢人のような、でも何か抜けて
 いるような、不思議な雰囲気をもっている。
 
 ステージではマルーシャのMCが始まっていて、
 育ちの良さそうな話し方で今日明日の
 天気の話なんかをしている。
 
「じゃあ今日は新曲を2曲ほど紹介します、
 まずは、プロキシマ・ケンタウリ」
 

ヘンリクの話11
  前奏が始まると、アミのお兄さんもスタスタ
 とステージのほうへ歩いていく。
 そしてステージのすぐ手前でつま先がリズム
 に乗っている。
 
 新曲というのと静かな感じの立ち上がりの
 曲のため、他の客も少し遠巻きに見ている。
 
 兄さんはこういう感じの曲が好きなんだね、
 と思いつつもちょっと立ち位置が近すぎる
 んじゃないかと心配になったが、好きなら
 しょうがない。妹のアミが若干苦い顔
 をしているように見えなくもないが。
 
 前奏が長い曲らしく、そろそろボーカルが
 入りそうな曲調になってきた。
 
 すると、テルオがマルーシャにちょこちょこ
 と何か話しかけて、
 
 マイクを取って、
 こちらを振り返って、
 歌い出した。
 
 おまえが歌うのか、という軽い衝撃を
 ゲルググ、サクティの両フロアに与えつつ
 演奏が続く。
 
 曲は、テルオがひたすら
 「プロキシマ・ケンタウリ」と囁くように
 低く繰り返すというシュールな内容で、
 しかし、曲自体は変則ビートでヘンリクは
 嫌いじゃなかった。
 
 映像はテルオがデザインした様々なタイプ
 の都市が次々と出てきて、カメラ映像は
 その内部にまで飛んでいく。
 
 曲は静かな立ち上がりから徐々に盛り上
 がっていくタイプで、音数も増えていき
 ハーモニーも足されていく、
 
 テルオは非常に澄んだ声で、
「プロキシマ・ケンタウリ」を続け、
 お客のほうもわかってきたのか、こう
 いうのが好きな人たちがフロアに
 集まってきて、そして歓声をあげた。
 
 10分ほど続く長い曲だったが、
 最後におそらく「遠い」とつぶやいて
 終わった。
 
「じゃあアラハント&テルオ最後の
 曲になります。シリウス」
 テルオが自分のマイクで言って、
 曲がスタートする。
 
 このシリウスも静かな立ち上がりの
 変則ビートの曲だが、こちらはケンタ
 ウリと比べて若干明るめの曲調だ。
 
 この曲も低く囁くような声でテルオが
 歌い、かつ歌の表現としてわざと滑舌
 悪く歌うため何を言っているのか
 聞き取りづらいが、
 
 どうも、シリウスのあるあるを早く
 言いたい、という歌詞のようだ。
 
 そして、これも同じ歌詞のリフレイン
 から徐々にテンションがあがっていき、
 最後に歓声があがって、テルオが
 また「遠い」とつぶやいて終わった。
 
 アラハントが今後このスタイルを
 続けるのか気になりつつ、22時までの
 つなぎの静かな曲を流す。
 
ヘンリクの話12
  マッハパンチが準備を開始した。
 
 彼らは皆、電子制御の楽器を使う。
 もともとアナログ楽器が好きらしいのだが、
 電子制御をあえて使うのは理由がある。
 
 もっとも、アナログ楽器にも様々な
 電子基板が付いていたりするのだが、
 たとえばギターであれば、アナログの
 ものは弦自体が音を出す、
 
 電子制御ギターは、弦自体は音を
 出さず、弦の振動を高精細センサーで
 読み取り、音に変える。
 
 たいていはアンプに接続するが、
 それ自体も小型のスピーカをもって
 おり、これがなかなかの音を出せる。
 
 それで、彼らが電子制御タイプを
 使う理由は、おそらくこの後わかる。
 
 全員が、形状はそれぞれ異なるが
 シルバーのフォーマルな衣装に身を
 包んで、演奏がスタートする。
 
 彼らは自分たちを、モッズ系バンド
 と称する。見た者はすぐ、彼らの
 基本的な技術の高さに気づく。
 完成されているのだ。
 
 しかし、
 彼らのスタイルを一言で表すなら、
 それは、批判、だ。
 
 最初の数曲は、完成されているが、
 ありきたりで、ありふれたものだ。
 愛だの恋だのといったものは
 彼らにとってウォーミングアップに
 過ぎない。
 
 映像は、地球上のロンドンという都市
 の街並みを映し出している。映像自体
 はごく最近のものであるが、街並みは
 西暦時代の面影を残す。
 
 3曲終わった段階でMCに入る。
「ではそろそろまいりましょうか」
 
「ではお手を拝借、いーち、にー、
 さーん、元気ですかー!大往生ー!!」
 
 意味不明の掛け声とともに、4人が
 服を脱ぎだす。上半身裸に、黒い
 タイツ、これが彼ら本来の姿だ。
 演説風の歌い方がはじまる。
 
 もともと彼らは音楽活動を通して
 政治批判を行っていた。マイナーな
 武術、マイナーな宗教に対して政府は
 何もできていないのではないかと。
 
 しかし、コウエンジ連邦の対応が
 意外と早かったので、彼らは矛先を
 変えた。
 
 マスコミメディアは企業の利益を
 優先し、本来伝えるべき食品や製品
 の不具合や危険性を正確に伝えて
 いない、だとか、
 
 医療機関は利益を追求して国民の
 健康を促進することを忘れ、皆が
 病気になるのを待っている、だとか、
 
 製薬業界は健康の指標を自分たちの
 利益になる方向へ変えること
 ばかり考えている、皆を薬漬けに
 したいのか、だとか、
 
 国内のみならず、ある小国では政府
 が好き放題やっており、かつ国民
 が国外に移動するのを妨げている、
 だとか、
 
 はては、
 この国の音楽業界は腐りきっていて、
 商業的な部分を意識するあまり、
 本来の音楽性の追求がまったく
 できていない、特にプロデューサー
 にろくな人材がいない、
 
 などなど、ちょっと将来が不安に
 見えてくるが、共感する部分が多い
 のか、人気も高くファンも多かった。
 
 ちなみにこの3バンドを今現在
 プロデュースしているのはサクティの
 店長のゴシ・ゴッシーさんだ。
 
 そしてゴッシーさんは、ゆくゆくは
 3つのバンドとも、大手のプロ
 デューサーに乗り換えてさらに成長
 してほしいと公言している。
 
 そして、それだけ音楽業界を批判
 していても、マッハパンチには
 大手からオファーが来るという。
 スタイルを変える必要もないとか。
 
 映像は、市民革命をテーマにした
 映画からサンプリングしたものに
 変わっていく。
 
ヘンリクの話13
  この黒タイツスタイルになると、
 最終的に楽器を自動演奏モードにして
 4人ともマイクをもち、ステージを
 暴れまわりながらパフォーマンスする。
 
 というのがいつもの流れだが、今日は
 ゲルググなので、何か新しいことを
 やってくるかもしれない。
 
 いや、マッハパンチはもうほとんど
 出来上がっているので、みなが
 期待するいつものスタイルで充分
 楽しめるはずだ。
 
 でもこのあと切り替える映像を僕は
 知っている。天井の3Dは青みがかった
 オーロラ、モニターも青を基調と
 した映像だ。
 
 批判モード3曲終えて、MCに入る。
 
「では今回は、新境地を開拓します」
 
「みなさんご唱和願いますー」
「大ー往ー生ー!」
 フロアが一気に青みがかる。
 
 4人がそれぞれ頭に手をやり、
 つかんで引っ張ると、
 それは、取れた。
 
 ウィッグだ。見事に薄毛な4人が現れ、
 曲が始まる。
 
 ゲルググとサクティの両フロアに再び
 そこそこの衝撃が与えられ、しかし、
 そのアイルランド民謡をサイケデリック
 風にしたその曲は、
 
 か、カッコいい。
 
 歌詞の内容は薄毛がつらいだとか
 でもがんばっていこう、みたいなもの
 のようだが、曲そのものはカッコいい
 ではないか、とヘンリクは感じた。
 
 映像は、彼らのキャポエイラのつらい
 練習風景や、髪に、もとい神に祈る姿が
 青を基調として流れる。そして、この
 神の名を僕は知っている、ホトケだ。
 
 その映像の中で、チラッと見えたが、
 確かにキャポエイラの技であろう、頭を
 軸に回転しながら蹴りを放つ練習を
 やっている場面があった。
 
 そういった部分も影響しているのだろうな、
 と思いつつ、ヘンリクは自分は気をつけ
 ようと、強く思ったのだ。
 
 最後にボーカルのキングが、
「おれたちは常に弱者の味方だ」
 と言い残して、今日のステージを終えた。
 歓声が鳴りやまない。
 
 23時までのつなぎの曲をかけ流して、
 彼らの後を追う。サクティでファンたちと
 ハイタッチしている。
 
 やっぱりすごい。
 
 そしてトリのボッビボッビがサクティ側で
 楽器と衣装の準備を始める。
 
 マッハパンチのステージのあとで、少し
 やりづらいとかあるのかなとヘンリクは
 思いながらも、照明の設定や映像の
 準備をする。
 
 彼女たちは、開始前でもいつも落ち着いて
 見える。一つ年上というのもあるのだろうか
 頼もしくみえるのだった。
 
ヘンリクの話14
  今日のボッビボッビは、ビンディがいつもと
 違う楽器でスタートだ。
 
 これは、キョクトウという島国が発祥の
 シャミセンというリュートだ。独特の音色
 を響かせる。
 
 それに合わせてタリアが歌うのは、やはり
 キョクトウで生まれた民謡だ。キョクトウ
 の民謡はその地方によって趣きも
 違うらしい。
 
 少し悲しげで、どこか懐かしいような、
 その地方の自然や人々の暮らしを謳う。
 そこにメリンダが据置キーボードから
 管楽器の音を合わせていく。
 
 彼女たちは、地球上のさまざまな
 地域の民謡を歌う。そして、その
 民謡風のオリジナル曲も作る。
 
 オリジナル曲では、もっと直接的に
 その民族の悲しい歴史を歌う。
 
 曲調が少し明るいものになり、
 映像は熱帯の島々の海の風景になる。
 いつのまにかビンディはさっきと
 少し違う楽器を弾いている。
 
 キョクトウの南国の民謡だ。
 
 映像の中で人々が踊っている。そして、
 次に流れてきたのは、これもすごく
 古い歌であるが、いまだにプロの
 歌い手たちに歌い継がれている、
 Great Tears Are Spillingだ。
 
 それを玉のように響く声でタリアが
 歌いあげる。その透明感と声の伸びが
 とても気持ちいい。
 
 そして次はオリジナル曲だ。日差しの
 強い南国の明るさと自然の美しさを
 感じさせるその曲調に、
 深い悲しみを見いだせるのはその歌詞
 のせいだ。
 
 キョクトウの南の島々は、旧世紀に
 悲惨な戦禍に巻き込まれたという。
 映像は楽し気に踊る島の人々を映し
 出し、まったくその戦禍を想像する
 ことはできない。
 
 曲が終わり、タリアのMCが始まる。
「えー本日はボッビボッビのワンマン
 ライブにお越しいただきましてー」
 すぐ観客からツッコミが入る。
 
「それでは、私たちの新境地をー」
 3人が、頭に手をやり、髪をそっと掴む。
 
 周りが息をのみ、状況を見つめる。
 
「えっと、ジョウダンです」
 周りがホッと胸をなでおろす。
 
「じゃあせっかくなんで明るい曲も
 演りましょう。ダンシングガールズと
 アメノウズメ、続けていきます!」
 
 その声に合わせてフロアにスモークが
 足される。3D映像と2Dモニターを切る
 のはフラッシュライトの効果を高める
 ためだ。
 
 フロアにはさらにお客さんが集まってくる。
 サクティも外も人が多く、噂を聞きつけて
 遠方からでも集まってくる。
 
ヘンリクの話15
  ビンディのリュートから入るが、メリンダの
 キーボードにはリズムマシンの機能もある、
 これはタイトルのとおりダンスミュージックだ。
 
 民族音楽的な曲調でビートが乗ってくる。
 タリアは、歌というよりささやくような
 小悪魔的な声をダンスとともに挟んでくる。
 その声をメリンダのシーケンサーが刻んで
 繰り返す。
 
 キックの低音が抜けて歓声があがる。
 
 彼女たちには、歌のコンサートをしてほしいと
 いう依頼もくる。しかし、毎回丁重にお断り
 するらしい。その理由がこれを観ていると
 なんとなくわかる。
 
 過去の現実を見ろ、でも同時に、希望を捨てず
 楽しくやろう、そういったメッセージが
 込められている、とヘンリクは思っている。
 
 この曲は、10分近くあって、ふつうの楽曲
 とくらべると長いが、フロアでは長さを
 感じない。最後に歓声があがって次の、
 今日最後の曲につながる。
 
 ダンシングガールが民族楽器を使いつつ
 ポップな雰囲気だったのに対して、次の
 アメノウズメは神秘的な、オカルティック
 なメロディーでスタートする。
 
 女神が舞い降りて、踊り子に憑依すると
 いうストーリだが、タリアはフロアの
 真ん中まで出てきて、歌い、踊る。
 クルクルと円のイメージで。
 
 ビートのスピードアップとともに
 フラッシュライトの点滅が同期する。
 曲は正気と狂気が交互に入れ替わって
 いくような変化を見せる。
 
 その姿は、神懸っていた。
 
 ビンディとメリンダはいつも言う。
 この曲をやるときは、自分たちも楽器を
 置いて、フロアに行きたくてウズウズ
 すると。
 
 最後に女神は、ゆっくりとした動作で
 天を仰いだ。曲が終わる。
 
 拍手をする者、拍手も忘れてまだ
 ボーっと見ている者。
 
 人間に戻ったタリアが、話し出す。
「本日はボッビボッビのワンマンライブ、
 楽しんでいただけましたでしょうか」
 
 すかさずフロアからツッコミが入る。
 アラハントやマッハパンチの面々も
 それぞれドリンク片手に眺めている。
 
「ちなみにこの最初に出てきた楽器、
 猫の皮が張られてるんですけど、
 なんで猫の皮が使われるか、
 知ってますかー?」
 
 それは、かわいいから、とぼそっと
 つぶやいて、タリアはステージを
 あとにした。
 
 これで今日のライブは終了。
 でも、すこし片づけたらすぐサクティ
 で打ち上げだ。
 
ヘンリクの話16
  タリアが適度にフロアを冷まして
 くれたおかげで撤収も楽に済んだ。
 
 サクティではもう乾杯が始まろうと
 している。いそいでビールをもらって
 席につく。
 
 キングが立つ、
「えー本日はゲルググライブイベントに
 お集まりいただき」
「えーあいさつもういいよ」
「飲もう飲もう」
「乾杯!」
 
 やっぱりライブあとのこの一杯がたまらない。
 このためにやっている、といっても過言では
 ないかもしれない。
 
 僕の4人席テーブルには隣にアラハントの
 アミ、向かいにマッハパンチのキングさん
 とボッビボッビのタリアさん。
 
 このメンバーで飲む時に、気を付けないと
 いけないのはアミだ。何を気を付けないと
 いけないかというと、けしてアミと
 同じペースでお酒を飲まないこと。
 
 最近は、本人も言っているが、だいぶ丸く
 なったとのことで、他人にしつこくお酒
 を勧めることはしなくなった。
 
 驚くべきことにアミは、どれだけ飲んでも
 二日酔いにならないらしい。そして、つい
 最近まで、ふつうの人が二日酔いという
 状態になることを知らなかったとか。
 
 他にも、飲めば飲むほど強くなるという
 噂もあるし、気分が乗ってくると男性
 の上半身を裸にして油性のペンで
 女性が付けるブラジャーを描く、
 という話も聞いた。まったく恐ろしい。
 
 僕は、アミと一緒に飲んでいて自爆ぎみ
 に潰れたことはあったが、そういうひどい
 目にはあったことがない。気を使って
 もらっているのだろうか。
 
 でも、先日はこんなことがあった。
 同じようにライブあとの打ち上げで
 飲んでいた時、アミはふだんと違って
 少し落ち込んでいる雰囲気だった。
 
 第2エリアにいたとき、普段から仲の
 良かった親友が亡くなったらしい。自殺
 だった。自殺の原因はあまりよくわからな
 かったらしいが、
 
 演奏の技術はアミよりも高く、将来が
 とても期待できる子だったらしい。
 でも、ある時期から、第2エリアの音楽
 の世界に絶望したようなことを言って
 いたとか。
 
 その出来事が、アミに、何かを表現したい、
 何もやらずに自分の人生を終えたくない、
 という強い気持ちを与えたという。
 
 その日はその子の命日ということだった。
 前日だったかもしれない、とも言った。
 アミにも、シリアスな部分があるのだ。
 
ヘンリクの話17
  ふと見ると、マッハパンチのプリンスさんが
 なにか落ち込んだ様子だ。
 
「プリンスさん、何かあったんですかね」
「あ、ああ、家で飼ってるハムスターが
 昨日死んだんだよ」
 キングが答える。
 
「へー意外ですね」
「え?あいつが泣き上戸なところがか?」
「いや、それも知らなかったですけど、
 でも確かにいつも最後泣いてますね」
 
「マッハパンチみんな何か飼ってるでしょ?」
 アミが尋ねる。
 
「ああ、おれたちみんな何か小動物飼ってる」
 キングはチンチラ、プリンスはハムスターを
 まだあと5匹、クインはフェレット、ナイトは
 ロップイヤーラビットだ。
 
「というより、この3バンド、おれたち以外も
 みんななんか飼ってるだろ?」
 逆にキングが聞いてくる。
 
「あーたしかにそうかも」とタリア。
「ボッビボッビは全員犬飼ってるね」
 
「アラハントはー」アミが思い出そうとしている。
「うちは雑種の猫でしょ、ウインは雑種の犬、
 エマドんちはリクガメ」
 
「マルーシャは?」
「マルーシャの家はでかい水槽に熱帯魚」
 あー、と言って全員うなずく。
 
「でも一番好きなのは透明なエビらしいけど」
「あれ?フェイクは?」
 
「フェイクはねえ、ペットはいない。野菜
 育てるのが好きでしょ。」
 そうだ。聞いたことがある。確か、一番好き
 なのはカリフラワーだ。
 
「ヘンリクも何か飼えばいいのに」
 アミが提案するが、
「うちは近所に野良猫多いからなー、
 エサもしょっちゅうやってるし」
 
 こんな感じで、ライブあとの打ち上げは
 あまりライブの内容やら音楽の話はあまり
 しない。
 
 音楽の話はしないが、1時間ほど経った
 あたりから内容に熱が入ってくる。
 タリアがキングに話しているのは、
 なにやら難しい経済の話だ。
 
「コウエンジ連邦は今のところとても
 うまくやっているわ」
「でもそれを理解するには最新の経済学を
 学ぶだけでは難しいの、ほらこれを見て」
 
 テーブル横のモニターにネットワークサイトの
 何やら表が表示される。歴史経済学に
 関するものらしいが。
 
「宇宙世紀の年代の横に国か地域の名前、そして
 地球の人口、その横は宇宙の人口」
「まず旧西暦の話からになるけれど、まず
 ヨーロッパ型の資本主義経済で経済覇権国と
 なったのはオランダと呼ばれる国」
 
「その次にユナイテッドキングダム、そして
 北米のユナイテッドステイツ」
 
ヘンリクの話18
  タリア先生の講義が続く。
 
「そのころはだいたい100年周期で
 経済覇権国が入れ替わるの」
「でも宇宙世紀に入ってからの覇権国と
 年代を見てもらえば」
 
「覇権が続く期間がどんどん延びて
 いるのがわかるかしら」
 
「そうだね、チャイナ、インド、エジプト、
 ブラジル、どんどん長い期間になっていくね」
 とキングさん。
 
「じゃあ、問題、なぜだかわかりますか?」
 
「難しいな、でもたぶんあれだろ、過去の
 失敗に学んだ系じゃないの」
 これは僕もわからない。
 
「まあ過去の失敗に学んだってところは
 間違ってないわ」
「覇権国としての影響力を、あまり行使
 しなくなったことによって、長命になった」
 
「つまりそれまでは影響力を行使しまくって、
 そのおかげで短命に終わったと」
 
「そうよ」
「短期間で強い影響力を発揮しようとすれば
 するほど、自分たちを強く見せないといけない、
 そうすると、経済も急激に発展させないと
 いけない」
 
「急激な経済発展は自国の通貨高をまねき、
 労働力の単価があがって産業が流出すると」
 と続けるのはキングさん。このひと意外と
 頭良さそうに見えるときあるんだよな。
 
 マッハパンチの4人は宗教上の理由でお酒
 をまったく飲まない、てのもこの場で
 頭よく見える理由かもしれない。タリア
 さんはだいぶ飲んでるけど。
 
「そうね、だから、その後の国々は、
 できる限り影響力を行使しないようにして、
 経済もゆっくり成長させるようにした、
 そして、軍事費もぎりぎりまで削った」
 
 僕も負けてられない、
「はい、タリア先生!」
「はいどうぞヘンリク君」
「そこの、ブラジルのあとに北米、シベリア、
 ムーとありますが、そのあと国の欄に
 何も書いてないのはなぜですか?」
 
「それはねヘンリク君、その年代以降、
 覇権国を定義するのが難しくなったからよ。
 多極化した、と言えばいいかしら」
 
「宇宙と地球の人口もその15000年あたり
 で逆転してるよな」とキングさん。
 
「だからコウエンジ連邦が経済の変動を
 なるべくゆっくりさせている、とうのはわかる」
「でもおれがわからないのは、コウエンジ
 連邦が最近他エリアとの貿易を縮小したり
 なるべく小さいエリアで自給自足的なことを
 やろうとしてるだろ。なぜなのか?」
 
 そのあたりに次の批判ネタがありそうってことか。
 
ヘンリクの話19
 「コウエンジ連邦はオタクの集まりで、
 経済オタクもいっぱいいるから色々試したい、
 ってことじゃないですかね」
 僕もタリアさんの前で少しいいとこ見せたい。
 
「宇宙世紀開始の昔から、アメーバ経済
 という考え方はあったわ」
「より狭い地域で経済を成り立たせよう、
 そして、外部環境の変化にも強くしよう」
 
「ふつうはこう、生産設備なんかも集中
 させて効率化して強くするよなあ」
 キングさんが呟く。
 
「そうね、でも、そうすると、政治や
 経済含めた環境変化による一点障害に
 弱くなる」
 
「それにね、これは極端な話、遠い未来に
 実現するのかどうかわからないけど、
 生産効率が極端に上がって、自分に必要な
 ことがほどんど簡単に自分で出来るように
 なってしまったとき」
 
「ひとは果たしてそれを他人に任せるかしら」
 
 なるほど、遠い未来にはそういうことも可能
 になってくるのか。
 
「最近の技術革新も関わってくるかしら。
 太陽系外縁から来たっていう、素粒子論を
 応用したやつ、ヘンリク君のほうが詳しいかも」
 
 来たよ来たよ。
「あ、僕それ知ってますよ、各素粒子の相互
 作用を利用して物質の分離や原子レベル
 での再構築を行うシステムに応用する話
 ですよね。システムが実用に入ってさらに
 小型化されれば生産効率がまた各段に
 向上するし、今後原子核の操作にも応用
 できるとか聞いています、ごほっ」
 
 最後むせてしまったが、ヘンリクが早口で
 まくしたてる。
 
 タリアさんが続ける。
「もともとモノを作る段階で原子レベルの
 操作という技術はかなり進んで来てたよね、
 でも、今回の技術進化は、いらなくなった
 モノを分離して再利用するのに強力な
 ツールになりそうなのよ」
 
 自分の領域に話を持ち込めそうなので、
 ヘンリクも興奮してきたが、どうしても
 トイレに行きたい。
 
 戻ってくると、タリアさんとアミが別の
 テーブルに移り、代わりにエマドと
 マッハパンチのクインさんが座っていた。
 ヘンリクは若干がっかりしている。
 
「おう、ヘンリク、クインさんがいい話
 してくれるって」
 
 なんだろう、少し興味が沸きつつも、
 ちょっとだけ嫌な予感もする。
 実家がブッディストのお寺だという
 クインさんがする話といえば、いつもあれ
 の話なんだよなあ。
 
 あれが苦手なヘンリクは食わず嫌いな
 形でクインの話を聞くのを今まで
 避けていた。
 
ヘンリクの話20
  時間もちょうど深夜2時だ。
 
「クインさんが霊視してくれるってさ」
 ほら来た。エマドがニヤニヤしている。
 
 クインさんはブッディストの中でもかなり
 マイナーなミッキョウの宗派らしい。
 そして、宗教にあまり関係なく、知り合いに
 える人が多いとか。
 
 何が見えるって?霊だよ、霊。
「ヘンリク君がいいって言えばだよ」
 クインさんも乗り気だ。
 
「いやー、あの、今日はちょっと」
 なんかいいのが見えればいいんだけど、何か
 悪いのが見えたりしたらトイレに一人で
 行けなくなる。この歳でそういうことに
 なりたくない。
 
「あとさあ、好きな女の子とか当てれる
 らしいぜ」
 
 まあそれぐらいだったらいいだろう。
 クインさんが僕の前に来て、額のあたりに
 両手を掲げて目をつむって何か唱える。
 
「むむっ」
「5人くらい見えますね」
「え、おまえそんないんの?」
「ちょ、ちょっとやっぱこれ止めましょう」
 
 霊も含めた神秘的現象については、科学の
 進歩によってかなり解明が進んでいる。
 はず、だが、解明が進むごとにわからない
 こともどんどん出てきている。
 
 霊感のある人、の中には洞察力がずば抜けて
 高い、というひとがかなりの割合で
 含まれていたことが研究により解明は
 されている。
 
 しかし、それ以外にどうにもまだ、最新の
 応用量子力学でもわかっていないことが
 たくさんある。素粒子的になにか弱い
 相互作用が絡むのかの研究もなされている。
 
 そもそも、脳の仕組み自体、まだわかって
 いない部分がかなりある。宇宙世紀の開始
 あたりから、意識の領域はほとんど解明
 されたといわれているが。
 
 無意識領域の、それも発現がまれな現象
 についての解析がほとんどまだ進んでいない。
 それは、量子力学でいう観測者の存在が
 観測対象に影響を与えてしまうことも
 関係する。
 
 観測すると出ないのだ。
 
「霊感が強いのにもふたつのタイプがあって、
 まったく見えないけれど、強いタイプも
 いますよ」
 クインさんは語る。
 
 見える、というのが論理的にどういった
 かたちで見えるのか、ということを聞いて
 みたいとも思うが、それを聞いて自分が
 見えるようになるのも怖い。
 
「こういう話すると女の子にモテるってよ」
「詳しく教えていただきましょう」
 
 こうして学生の夜は更けていく。
 

ゴシの話

  人は、どれぐらいの長時間、星を眺めて
 いられるのだろうか。
 
 今回は、それを試すのにちょうどよい旅
 なのかもしれない。最初の目的地まで八日間
 の旅、その後の旅程も含めると、合計
 39日間、星を眺めていられる。
 
 少なくとも、無心で星を眺めるのは無理だ。
 そう思いつつ過去の旅に思いを馳せる。
 
 あれはもう10年以上前のことだ。
 
 海上都市ムーから地球へ降りて、旧チャイナ領
 へ高速艇で移動、そこから大陸間鉄道に乗る。
 
 上海から、南京、徐州と経由して西安に入る。
 古きものと新しきものが混在する風景、という
 ものを期待したが、そこまではほぼほぼ新しい
 都市の風景だった。
 
 ただ、洛陽を通過する際は復元された都の
 姿が車窓の遠くに確認できた。そこから
 続く農地や自然の風景が車窓から眺め
 られた。
 
 間違いなく、そういったのんびりした
 風景と時間が自分は好きなのだ。
 
 心残りなのは、かつてシルクロードと呼ばれた
 国々を、夜の時間帯で車窓から眺めることが
 できなかったことだ。
 
 自分で稼ぐようになってから、また戻ってきて、
 今度は列車から降りて都市を訪ねたい、と
 思いながらもまだ達成できていない。
 
 朝には中東と呼ばれた地域で、アフリカ大陸
 側へ分岐する。中東もアフリカも、かつては
 もっと乾燥した地域だったらしい。
 今では比較的新しい街の風景が広がっている。
 
 アフリカの西端から、再び海路で海上都市
 アトランティスへ、そこを経由して、
 海路でアフリカ大陸を南周りで迂回し
 海上都市レムリアへ。そこから宇宙へ戻る。
 
 結局レムリアの街や料理が気に入って、
 その数年後に戻ってくることになる。
 
 レムリアの街は、旧インド領の文化を多く
 受け継ぎつつ、宇宙エレベーターの駅も
 存在するため世界中の文化が集まる。
 逆に、旧インド領のほうが近代化された
 ビル群でかつての文化が失われて
 しまった。
 
 レムリアの町はずれの小さな料理店で
 3年料理の修行をした。そこはインド料理
 専門店であったが、
 
 近所には観光客目当ての、各地域の料理店
 が並んでいた。どれもその地域の
 本格的なもので、食べ比べをするのに
 ちょうどいいと思ったものだ。
 
 けっきょくのところ、インド料理が一番
 旨いという自分の中で結論に達したが、
 他の地域の料理も食べる前に自分が
 想像していたよりもはるかに美味だった。
 
ゴシの話2
  この旅には同行者がいる。
 
「ミスターゴッシー、そこから見える
 星々の景色が気に入ったようね」
 そのうちの一人がこのケイト・レイ、
 国務長官だ。
 
「いや、なあに、星々のほうはそれほど
 私のことを気に入っていないようですがね」
 むしろケイトさん、あなたに気が行っている
 ようで、と返すと、まあ御上手で、
 私はビデオ会議に行ってきますわ、と言って
 去っていく。
 
 政府高官は忙しいのだろう。この船は
 キッチンも使ってよい。気が向いたら私も
 腕をふるおうか。その前にどのような
 食材があるのか確認がしたい。
 
 レムリアでの話をもうひとつ思い出した。
 
 私が修行した小料理店は、老夫婦が経営して
 いたが、そこに、私よりも先に同じように
 料理修行のために来ていた女性がいた。
 
 確か、イレリア・スーンという名前だった。
 
 修行を始めた当初はまず仕事を覚えるのが
 大変で、まったくそういうことに気が
 まわらなかったが、褐色の肌に目の
 ぱっちりして、小柄だが豊満な雰囲気の
 美人であった。
 
 けっきょく修行していた期間は非常に忙しく、
 何の浮いた話も起きなかったが、宇宙への
 帰り際、ありきたりな別れの挨拶を言ったあと、
 何か言いたそうな、寂しそうな顔で私を
 見つめていたのを思い出す。
 
 今でこそ、色々な人生経験を積んで、分かって
 きた部分があるのだが、あの場面は何か
 アクションを起こしても良かったと
 後になって思う。
 
 そのあと月の裏側の第3エリア、宇宙都市
 マヌカへ帰ってきた私は、都市上層で
 一人暮らしをしながら、バーで修行をしたり
 していたが、けっきょく今は実家に戻っている。
 
 もともと両親がアジアンヌードル店をやって
 いたのを、現在のかたちに改装しなおしたのだ。
 
 そのころだったか、イレリア・スーンから
 ネットワークメールが来て、旧インド領で
 作製された映画集のディスクを返して
 ほしいと言ってきたのは。
 
 そう、私は借りたのを全く忘れていた。
 
 プロデューサーの仕事を始めたのもそのころ
 だった。上層のバーで働いていたころの
 知り合いから、店によく来ていたある音楽
 バンドの出演に協力してもらえないか、
 という話だった。
 
 そこで協力してあげたのが、その音楽バンド
 のメンバーと活動をともに続けていく
 きっかけとなった。そして今回も、彼らを
 マネジメントしていく重要な立場だ。
 
ゴシの話3
  今回の旅は、とても特殊なものだ。
 
 コウエンジ連邦軍のトム・マーレイ少尉から
 打診があったのは、約一か月前のことだ。
 
 太陽系外縁と呼ばれる、木星以遠にある国、
 クリルタイ国との将来的な軍事同盟を
 見越しての友好使節として、木星の
 ラグランジュポイントへ向かう。
 
 その際に、合同軍事演習とともに、文化的
 交流を行う。そこでプロデューサーと
 して私が選ばれたのだ。
 
 軍のほうはアラハントも指名してきた。
 私が今のところ推薦できるバンドで一番
 若い、報酬が安くて済む若手を選択
 したのだろう。
 
 私が今乗船しているのが、政府御用達の
 民間船で、最新の宇宙高速艇であるが、
 今は自艇の推進力では航行していない。
 
 軍の最新空母に接舷して運ばれている
 かたちだ。
 
「民間人でこの船を実際に目にするのは
 あなたが初めてですよ」
 艦長のブラウン・ノキア少佐が言う。
 私とアラハントが初めてだろう。
 
 この空母は、ちょうど客船と反対側に
 人型機械用の母艦も今回接舷している
 という。
 
「時間があればぜひ見学していただければ」
 私はこの政府高官も使用する豪華な客船
 で充分であるが、アラハントの若い
 メンバーは何度も見学に行っているようだ。
 
 これから向かうクリルタイ国は、人口
 1000億人でほぼコウエンジ連邦と同等。
 月ラグランジュポイントの第3エリアという
 意味では人口5000億人との比較になるが。
 
 最初に訪れる木星の第4エリアには約
 100億人、その次に第1エリア200億人
 台、最後に第5エリアで約100億人。
 エリア単位でいうとまだまだこれから
 という感じだが、国力の伸びがすごいと
 ケイト長官などは話す。
 
 軍事同盟は、技術交流の意味も含んでいる。
 わずか1000億の国であるが、木星以遠
 はすべてクリルタイ国だ。火星以内にも
 存在しない技術も持っている可能性がある。
 
 我々はすでにクリルタイ国の関係者とも
 会っている。このコウエンジ連邦の
 最新鋭空母を先導するかたちで、かれらの
 中型空母が進む。その中型空母は、
 クリルタイ国の人型機械の母艦付きだ。
 
 クリルタイ国で今回の件を担当するのは、
 外務省次官のリアン・フューミナリ。
 非常に柔らかい物腰と話し方で、
 身の回りに常に涼し気な風をまとう青年だ。
 
 そして外見から推察するに、おそらく
 私よりも若い。
 
ゴシの話4
  夕食はいつも、私とアラハントの5人、
 ケイト・レイ国務長官、トム・マーレイ少尉、
 ブラウン・ノキア艦長、そしてクリルタイ国
 外務省次官のリアン・フューミナリの
 10名で会食となる。
 
 格調高い部屋の、厚い木製テーブルは20名ほど
 が座れる、ふだん非公式な外交の会合も行われる
 場所だ。
 
 今日流れている曲はラフマニノフのピアノソロ
 第2番だ。今日のメインのハンバーグにも
 ナツメグがしっかり使われていて、プロの仕事だ。
 
 2国の政府高官や軍の佐官クラスが参加している
 こともあり、ふだん一般人では聞くことのでき
 ないトピックが飛び交う。
 
「第5エリアではやはり指導者不足の状況が
 続いていると」
「先月自由主義寄り政党の党首がスキャンダルに
 より失脚しています」
 
「第2エリアのバレンシア共和国では極右政党
 が勢力を伸ばしています。このままでは数年
 以内に政権をとることが確実かと」
 
「先日第4エリアの民間工場であった一般市民
 による暴動ですが、被害にあったのは要人警護
 および要人暗殺と誘拐に使用できるレベルの
 アンドロイドだったそうで」
「けっきょく発注元がまだ明らかになって
 いないようですね」
 
「ケイト様のお二人のお姉様のお話もよく
 存じ上げております。とくに上のお姉さまの
 伝説は今も語り草で」
 と話すのはリアン次官だ。
 
「ほほほ、姉はともかく、姪っ子たちも今は
 もう手に負えないことですわよ」
「ところでご子息は舞踊の道に進まれているとか」
 
 こういった会話に参加していると、自分がこう、
 太陽系のすべてをコントロールしているような、
 何かそういった錯覚に陥りそうになる。そして、
 それを止めないことを否定しない自分もいる。
 
 自分も何か話題を出してみよう。
「リアン次官はお若くて聡明であられるが、
 それほどの才能がおありであれば、クリルタイ国
 のような小国ではなく、もっと大きい、そう
 例えばバレンシア共和国でも立派に勤められる
 と愚考しますがいかがか」
 
 アラハントのメンバーがゴシを一瞬睨みつけたが、
 本人は気づかない。
 
 リアンが答える。
「いえいえ、私のような者などクリルタイ国には
 掃いて捨てるほどおります」
「それに、小国であれば自らの思いも為しやすい
 というところがありまして」
 
ゴシの話5
  デザートも格調高いものが出される。
 メキシコ料理のソパピアと呼ばれる揚げパンだ。
 
「何か壮大な夢をお持ちのようですが」
 続けて聞いていみる。
 
「わたくしはあくまで国民が選んだ代表を
 補佐するまでです。まあ強いて言えば
 この太陽系の平和でしょうか」
 
 そういうものであろうか。
 
「本日はご参考ということで、わが国の軍で
 一般兵士に出される夕食をお召し上がりいただき
 ました。お口に合いましたでしょうか」
 リアン次官が会食を閉める。
 
 ロビーの窓際でまた星を眺める。
 アラハントの5人が向こうで何か話している。
 今はリラックスして他愛のない話をして
 いるのが一番良い。
 
 アラハントの5人が小声で話している。
「だからさあ、いい加減誰か注意して
 止めさせようぜ」
 とエマド・ジャマル。
 
「うん、あれは完全に自分を敏腕
 プロデューサーだと勘違いしてるね」
 とフェイク・サンヒョク。
 
「今日のリアンさんに聞いてたやつ、あれは
 やばかったよね、小国とか言うふつう?
 ウイン、なんとかならないの?」
 とマルーシャ・マノフ。
 
「だいたいなんで呼んだんだよ、ヘンリクで
 良かったんじゃないの?」とまたエマド。
 
 ウインが答える。
「まあ最初トムさんに言われたのは、身の回り
 とか、雑用ができるマネージャだったんだよね。
 となるとゴシさんでしょ、まあ建前上
 プロデューサーってことにしてるけど」
 
「まあこのまま放っといてどこまでいくか
 見たい、ってのもあるんじゃない?」
 と適当なことを言っているのはアミ・リーだ。
 
「ていうかさ、昨日から言ってるあれ、
 やってみようよ、もしかしたらそれで治るかも
 しんないよ」
 
「じゃあトムさんに言って夜練でやるか」
 そのまま5人は、空母経由で人型機械母艦へ
 向かう。
 
 アラハントの5人にも、なんというか、
 もっとこうドライで緻密な大人の人間関係
 というものをいつか教えてやらなければな、
 とゴシは思う。
 
 遠くでトム・マーレイ少尉がケイト長官に何か
 相談している。声が大きいのですべて聴こえて
 くる。
 
「本日夜の訓練は客船側宙域も使用して行いたく、
 よろしいでしょうか!」
 
 ケイト長官が何か答えてトム少尉は下がっていく。
 
 久しぶりに葉巻が吸いたい気分だ。
 葉巻を吸う仕草をしながら、窓の外に
 太陽系全体をイメージする。
 
ゴシの話6
  このシステムの平和が、
 自分の肩に乗っかっているのだ。
 
 と、遠くに光のきらめきが見える。否、
 それほど遠くでない。いや、きらめきが
 近づいているのか。
 
 複数の光線が行きかっている、これは、
 素人目に見ても、戦闘だ。周りを見渡す
 が、特に戦闘状況に突入したような
 雰囲気はない。
 
 民間船として接舷しているとはいえ、
 何かあれば船内放送を流して、ふつうに
 考えれば空母側へ避難させるはずだ。
 
 訓練の可能性が極めて高い。あの距離なら
 確実にレーダーで捉えているはずだ。
 しかし、私は軍事に関して素人だ。
 
 何らかの理由で目視で確認しており、また
 何らかの理由で私しか気づいていない、
 としたらどうだろうか。
 
 すぐにトム少尉、またはブラウン少佐に
 伝えないといけない状況に陥っている
 可能性もある。
 
 誰かいないか周りをキョロキョロと
 覗いながら、もう一度窓の外を
 確認する。
 
「おわっ!」
 
 突然白い人型機体が窓のすぐ外に現れて、
 ゴシはのけぞった。のけぞった先がさっき
 から座っていたソファだったので、床に
 倒れ込むようなことはなかった。
 
 機体が接触通話で何か言ってくる。
「ゴシさん、元気?」
 女性の、アミの声?
 
 すぐその白い機体は飛び去った。
 自分の狼狽ぶりが誰かに見られていな
 かったか、もう一度あたりを見返す。
 
 軍に頼んで乗せてもらったのか?
 だが訓練であんなに客船に接近
 するだろうか。
 
 しばらくしてからアラハントが帰ってきた。
 
「やあ君たち、お疲れさん」
「お疲れ様です」
 
「あの、もしかして人型機械に
 乗せてもらったりしてた?」
 
「いえ、僕たちそこでずっとダーツ
 やってましたけど」
 
「ん、あ、そうか、いやそれならいい、
 夜更かししないようにな」
 
 そうだよな。いくら軍と仲良くなっても
 人型に乗せてくれるまではならないよ。
 
 アラハントの5人が各個室がある
 廊下までやってくる。
 アミが笑いをこらえられないようだ。
「ゴシさん、めっちゃのけぞってた」
「来る前に窓の偏光解いてたから
 よーく見えた」
 
 ゴシさんもたいがいだけど、この5人も
 けっこうタチ悪いよね、とマルーシャ。
 
 というわけで、ゴシに仕事を与えるべく、
 ウインとマルーシャは献案する。
 
ゴシの話7
  提案はすぐに通った。次の航行期間に入った
 のちに実施される。
 
 いよいよ、木星ラグランジュポイント第4エリア、
 都市オイラトに到着する。ケイト長官や軍関係者
 とはここで別行動となる。
 
 いったん今日は街の宿泊施設に泊まり、そして
 明日の夕方ライブだ。外縁で一緒に回ってくれる
 音楽ユニットのメンバーの一人とホテルの
 入口で会う。
 
「まいど、お疲れさまです、タナカです」
 長身の、クリルタイ国で活躍する音楽ユニット、
 サクハリンのDJ兼キーボード担当、ジェフ・
 タナカだ。
 
「旅はどうでした?けっこう遠かったんと
 ちゃいますか?」
 若干訛りを感じる話し方だ。
 
「月第3エリアから8日間ですね」ゴシが答える。
「船内けっこう暇やったんとちゃいます?」
 
 エマドが答える。
「僕ら実は空母で来たんです。航行中はクリルタイ
 国の空母とずっと合同軍事演習で戦闘機乗って
 ましたよ」
「へえ!君らバンドやりながら戦闘機乗るんかあ、
 そりゃすごいな」
 
 ゴシも同時に、え? という顔をしている。
 
「じゃあとりあえず今日は泊まってもらうだけ
 なんですけど、明日のお昼とか一緒に食べません?
 案内しますよ近所ですけど」
 ジェフさんが言う。
 
「おいしいとこ知ってますねん」
「ぜひ」
 
 サクハリンのジェフ・タナカさんが帰って、
 フロントでチェックインする。
 
 しかし、このホテルの造りもかなり豪華だ。
 政府高官の同行者とはいえ、ここまでもてなして
 くれるとは、と皆感心している。
 
「別に最近建てられたわけでもないみたいだし」
「よーし、フェイク、風呂行こうぜフロ!」
 
 温泉も付いている。
 
「もちろんゴシさんも行きますよね?」
「エマド、さっきの話だけど」
 戦闘機に乗っていたという件だ。
 
「ゴシさん、冗談に決まってるじゃないですか、
 こういう世界は最初のインパクトが大事だって、
 前に言ってたのゴシさんですよ!」
 
「お、おう、そうだな、うん、そうだよな」
 
 夕食もとても豪華だった。羊肉を焼いたものを
 中心に、なんかあまり見たことのない料理が
 次々と出てくる。
 
「君たちな、本来ツアーというものは、もっと
 たいへんなもので、料理の修行と同じで」
 ゴシのお説教もあまり気にならないぐらいに
 皆満足していたのであった。
 
ゴシの話8
  お昼にジェフ・タナカがホテルまで来て、
 ホテル近くのレストラン、フェンユエまで
 歩いていく。
 
 小麦粉に水を混ぜて捏ねたものに自分の好きな
 ものを入れ、焼いて食べるタイプの料理だ。
 テーブルについている鉄板で自分で焼いても
 よいし、店員に頼んでもよい。
 
 今回はジェフ・タナカ自らが全員分焼いてくれた。
 
「これ、旨いっすね」
「ゴシさん、これ、帰ってやりましょうよ」
 
 ゴシも食べてみたがたしかに旨い。
「ジェフさん、これ、何入れてるんですか?」
 
「あ、これ?僕いつもヌードル入れるんですよ。
 あと、スパイスでちょっと辛くしても旨いですよ」
 次来た時はもっと長期滞在してもっといろんな
 ものを食べていってもらえたら、とジェフは
 奨める。
 
 食べ終えると、いったんホテルへ戻り、
 ジェフの運転するホバーに機材等を積んで
 ライブ会場へ向かう。
 
 今回はクラブ・ブハラというところだ。
 
「いやー何からなにまですみません」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。やっぱり遠方から来たら
 いろいろ大変でしょうから」
 すでにメジャーで活躍しているアーティストで
 ある。なかなかここまでは普通やってくれない。
 
 会場はホバーで行って20分もかからない。
 開演までは4時間ほど。準備を始める。
 
 今回は、普段ビジュアルジョッキーを務める
 ヘンリク・ビヨルクが参加していないが、
 事前にクリルタイ国側に映像ネタを送付して、
 入念に打ち合わせしてある。
 
 クラブ・ブハラは規模でいうと中型のクラブ兼
 ライブハウスだ。入場人員は1万人。
 それでもぎゅうぎゅう詰めにはならないように
 計算されている。
 
 これ以上となると、5万人や10万人、100
 万人といった規模になるわけだが、音響や
 アーティストとの一体感などを重視すると
 やはり1万人という規模が限度になる。特に
 ダンスミュージック寄りのアーティストは。
 
 そして、このクラブ・ブハラは、第3エリアの
 構造都市マヌカの同等規模の一番良いクラブと
 比較しても、遜色ない設備だった。
 
 いや、もうそこに入るまでの街並みがすでに
 なかなかの都会なのだ。
「ジェフさん、ここ、なんか凄いですね」
 エマドが思わず口にしてしまう。
 
「そうでしょ?でも実際に演奏してみると
 もっと気に入ると思うよ」
 とジェフが返す。
 
ゴシの話9
  木星第4エリアの都市オイラトは、シリンダ
 タイプの構造都市だ。宇宙世紀開始のころ
 から存在するタイプであるが、オイラトの
 築年数自体はそれほど古くない。
 
 クリルタイ国ではシリンダタイプが多く使用
 されているそうだが、第3エリアにも存在
 するような、バームクーヘン型都市も少しづつ
 増えているらしい。
 
 クラブ・ブハラはオイラトのダウンタウンの
 中心部に近いあたりにあり、建物の最上階も
 含むフロアにある。実際は上から3階分を
 占有している。
 
 最上階にあたる部分の天井は偏光可能と
 なっており、夜間は透過して外の景色が
 見える。それほど広くないがバルコニーも
 設置されて外の空気を吸うこともできる。
 
 天気が良ければ対面の都市の夜景や日光を
 取り入れるガラスエリアから星空も見える。
 
 今日のライブは19時開演でクリルタイ国の
 音楽ユニット・サクハリンの演奏でスタート
 する。1時間ほどでアラハントの演奏が
 開始し、1時間ののちにまたサクハリンに戻る。
 
 開始2時間前でサクハリンのリョーコ・ミルズ
 が到着した。早速メンバーを紹介してもらう。
 
「うち、第3エリアの人と共演するの初めて
 やねん!」
 若干訛りが気になるが、気さくな感じのひとだ。
 ジェフのほうはDJとして火星以内でもプレイ
 することがあるらしい。
 
「でもアラハントの配信見てるよ」
「え? マジですか」
 
「僕らと方向性似てるからねえ、そういうのは
 メジャーかどうかに関わらずチェックしちゃう
 かもなあ」
 答えるのはジェフ・タナカだ。
 
「じゃあ僕ら出演先なんで調整させてもらいます」
 
 3階分あるフロアの構造としては、一番下の
 フロア中心部に少し高くなったステージ、
 2階と3階は吹き抜けの見下ろし型でステージ
 が見えるようになっているが、
 
 メインの空間以外にも、別の曲も演奏可能な
 セカンドブース、そして多くの休憩スペースを
 備えていた。ダーツやビリヤード台もあって
 長時間でも飽きさせないつくりだ。
 
 ステージと接続された複数の控室もあって、
 そこでアラハントは調整を続けていた。
 
 そしてサクハリンの開演間近という時間になって、
「あー! やっばーい、あれ、忘れたー!」
 アミの声だ。
 
「ゴシさん、あたし、空港まで取りに行く」
 空母に忘れ物をしたというのだ。
 
ゴシの話10
 「とにかく店からタクシーを呼ぼう」
 ゴシがすぐさま対応する。
 
 今回はクリルタイ国でのライブだが、アラハント
 名物のメンバーが少し遅れてくるというネタは
 行う予定だ。
 
 だが、他国ということもあり、ふだんより
 早めにメンバーが揃う予定だった。
 
「空港まで30分でうまくいけば間に合うな」
「タクシー、すぐ来ます!」
 店のスタッフが教えてくれる。
 
「よし、残ったメンバーは動揺せずにいつも
 どおりな!」
 激しく動揺しながらもゴシが叫ぶ。
 
「大丈夫だって、おれたちアミなしでも
 いけるぜ」エマドが強気だ。
 とにかくアミを出発させて、控室に戻る。
 
 モニターでは、サクハリンのライブが
 スタートしていた。
「どう?サクハリンかっこいいだろ?」
 フェイクが言う。前から詳しいのだ。
 
 サクハリンの特徴は、まずジェフ・タナカが
 民族調やディスコ調のダンスミュージックを
 DJセットやキーボード、ミュージック
 シーケンサーなどを使ってつなげていく。
 
 そこにリョーコ・ミルズがボーカルを乗せて
 いくわけだが、決まった曲、というのも
 もちろんある、周知された曲というのか、
 でも、半分以上が即興で歌詞を乗せるのだ。
 
 即興なのはリョーコのボーカルだけでない。
 ジェフのキーボードから出てくるメロディ、
 リズムマシンによる変則ビート、つまり、
 その場で作曲しているようなプレイなのだ。
 
 実際、ジェフが演奏中に使用する端末に
 入っているインターフェースは、作曲にも
 使用できるものだ。
 
 で、その横にある立体印刷機により、
 すぐさまレコード化してターンテーブルと
 ミキサーでミックスできる。
 
 観客は、あとでそれをレコードでも、
 音源ごとに分けられた曲のデータとしても
 入手できる。ジェフは、そういった作業を
 ライブ中に淡々とやってのける。
 
「すげえよな」
 エマドが感心する。自分でもけっこうな
 ステージ度胸があると思っていたが。
 
「僕ら、逆にふだん作曲作業することほとんど
 無いんですわ」ジェフがライブ前に言っていた。
「イメージだけ頭ん中に作りはするんですけど」
 さすがのアラハント5人もそれには驚いていた。
 
「あ、もちろん最初のころはやってましたよ作曲」
 
「ライブの中で生まれる、インスピレーション、
 それを大事にしたいみたいなんがありますねん」
 

ゴシの話11
  アミからテキストが入る。空港で忘れ物を
 確保して時間どおり戻れるそうだ。
 
 サクハリンの最初の1時間ももうすぐ終わる。
 フェイクとエマドがスタンバイしている。
 
 アラハントは、この規模でのライブ経験はある。
 しかし、第3エリアの都市マヌカ以外での
 ライブ経験がない。ツアー自体初めてだ。
 
 さすがに二人とも緊張しているのが伝わってくる。
 
「エマド、フェイク、いつもどおりぎこちなく
 いくのよ」
 ウインが声をかける。
 
「まかしとけって」
 エマドが親指を立てる。フェイクは苦笑いを返す。
 
 サクハリンのMCが始まったようだ。
「じゃあ今日は、第3エリアから若手を呼んで
 います」
「みなさん暖かく迎えてあげてくださいね」
「アラハント!」
 リョーコのコールが響きわたる。
 
「よしいくぞ!」
 エマドを先頭にフェイクと二人でステージへ
 上がる。
 
「エマド・ジャマル!」リョーコのコールに歓声が
 あがる。まだサクハリンのステージの延長だ。
 
「フェイク・サンヒョク!」歓声があがる。
 が、ステージの何もないところでフェイクが
 つまずきそうになる。ちょっとヒヤッとしたが、
 フェイクはその勢いのまま、ステージで前転する。
 また少し歓声があがる。
 
「アラハントの二人です!」
「じゃあわれわれ二人はこのへんで、あとで
 来まーす!」
 あっさりとサクハリンの二人はステージを去る。
 
 残されたアラハントの二人。
「あ、どうも、アラハントのエマド・ジャマルです」
 若干声がかすれている。
 
「あ、あの、メンバーあと3人いるんですけど、
 実は遅れていまして」
 その時だ、
「エマド帰れー」という声が響いた。
 
 次々とエマド帰れの声が響いてくる。いや、
 もうこれは帰れコールだ。ひるむアラハントの
 二人。しかし、観客が不満げにしているわけ
 でもなさそうだぞ。
 
 もしかして、わかってる客かも?
 
 フェイクのドラムの演奏がはじまる。そして
 歓声があがる。エマドがラップで客を煽る。
 相変わらず罵声が飛ぶが、これは都市マヌカで
 もらういつものやつと同じだ。ここの客は
 もしかしてアラハントを知っている?
 
 控室ではゴシが焦っていた。このあとウインが
 出て、それからアミが出る順だ。もう控室に
 ついていてほしい時間だ。
 
「曲順変えようか」
 ウインに提案するが彼女は首を横に振る。
 
ゴシの話12
  ステージ横のモニターでは、遅れているはず
 のメンバーの一人、ウイン・チカの寝起きの
 場面が始まっている。
 
 ホテルで起きて、衣装に着替えて、楽器をもって、
 会場へ歩いていく映像が流れる。建物に
 入る場面が終わったところで、実物のウイン・
 チカが、3Dウニーとともにステージに登場して、
 歓声があがる。
 
 キーボードの演奏が加わり、エマドが管楽器に
 変える。
 
 アミからテキストが再び入る。
「直接会場に行きます」
 
「直接?どういうこと?」
 ゴシが困惑している合間に、ステージ横モニター
 にはアミが映し出される。
 
 ウインと同じように、朝起きて、準備して、
 歩いて移動して、どうやら格納庫のように見える。
 そして、白い人型機械に搭乗を始める。
 
 コクピット扉が閉まり、少し歓声があがる。途中
 からリアルタイムの映像だと気づいている者は
 少ない。
 
 空港では、
 人型機械母艦からアミのハヌマーン改の射出準備
 が進んでいる。トム・マーレイ少佐とリアン次官
 がデッキから指示を出す。
 
「アミ、出たら最大戦速で目的地まで、
 方向確認よろしく!」
 
「はい!トム艦長!」
 
「試算では20秒で着きますから!防衛システムは
 調整済みですが発砲はしないでください!」
 
「もちろんよ!リアンさん!」
 
「アミ・リー、ハヌマーン改、出ます、秒読み
 3、2、1、射出」
 
 ステージ横モニターでは、空港の撮影ドローンが
 ハヌマーン改の速さについていけず、映像が
 切り替わる。クラブ・ブハラ上空だ。
 
 そこに、素晴らしい速さでハヌマーン改搭乗機が
 到着し、空中で静止する。コクピットハッチが
 開き、楽器を持ったアミが跳ぶ。
 
 客が出来事に気づき出し、上空とモニターを
 交互に指さす。
 
 アミの背中から、6つの光る羽が生える。
 フィルムに通電して硬化させるタイプの
 降下翼だ。羽が青く光るとともに、
 ステージでは曲が始まる。
 
 アミの曲、舞い降りた堕天使、だ。
 
 バルコニーに無事着地し、フィルムの羽が縮れて
 落ちる。そこから会場に入り、もう一度
 ステージへ跳ぶ。6枚の羽が再び光る。
 
「いくよー!」アミが叫ぶ。
 
 会場が一気に暗いトーンとなり、アラハントの
 メンバーの頭上に3Dの魔物が出現する。
 いや、客一人ひとりの頭上にも魑魅魍魎が
 あらわれる。ウニーが妖怪に囲まれる。
 
 歓声と悲鳴。
 
ゴシの話13
  今回のアラハントのテーマは、時代の混乱と
 神と悪魔、だ。時代の混乱は多くの魔を
 生じさせ、やがてそれは一つとなり、絶頂を
 迎えるが、それは永遠と続かず倒れ、
 
 そして無数の神が生じる。無数の神は
 やがてひとつの神となり、永遠の幸福を約束
 するが、それも続かず神は朽ち果て、再び
 混乱の時代となる。
 
 今まさにフロアでも人々の頭上に生じた
 魑魅魍魎たちが集まり、ひとつの大きな魔物を
 生み出している。
 
 ヘンリクのデザインであるが、フロア内は
 妖怪屋敷さながらの様相だ。それにアミの
 デスボイスが乗り、3Dの巨大なツノを持った
 魔物が咆哮してすべてが闇に包まれるかに
 見えた。
 
 しかし、ステージの一画で光が漏れだす。
 さっきまで妖怪たちにいじめられていた、
 ウニーだ。光が増して、その中から
 成獣となった黄金色に輝く伝説の聖獣
 ユニコーンが姿をあらわす。
 
 同時に、曲が流れだす。ウインの曲、
 覚醒せし者、だ。フロアでは3Dの巨大な
 魔物とユニコーンが交錯し、アミのデス
 ボイスとウインの歌声が交錯する。
 
 やがて巨大な魔物は四散し、小さな魑魅魍魎たち
 に戻るとともに、モニターにはマルーシャの
 寝起きの姿があらわれる。
 
 衣装を着て準備を済ませたマルーシャは、
 屋敷の玄関に止めてある白金に輝く4頭立ての
 馬車に乗る。馬車は軽々と中空に浮かんで
 翔けていく。
 
 フロアにひときわ強い光が差し、上階から
 馬車が現れる。3Dと実体を組み合わせた
 人が乗れる飛翔体だが、3D映像で
 コーティングされて馬車が中空を翔けて
 いるようにしか見えない。
 
 四散した魔物たちが雷に打たれ、屍となっていく。
 馬車がステージに到着し、マルーシャが
 登場する。大きな歓声だ。
 
 観客の頭上には様々な姿をした神々が3Dで
 現れ、始まった曲はマルーシャが歌う、
 エイトミリオンの神々、だ。
 
 神々が歌い踊る宴が始まるが、歌が進むにつれて、
 隣り合う神が合体し、少しづつその大きさを
 増していく。最後にはひとつの大きな神が
 誕生する。
 
 マルーシャはその神に祈りながら歌う。
 神聖な雰囲気が漂うステージ。しかし、
 モニターには新たに誰かの寝起きの
 映像となる。
 
 アラハントはすでに5人揃っている。
 モニターの人は、顔が映らないため
 誰かわからないが、準備をして、
 会場に移動を開始する。
 
ゴシの話14
  アラハントのメンバーは、なんとなく
 勘づいている。しかし、もしそれが当たって
 いたとして、どうやってここまで来たのか。
 
 マルーシャがMCを始める。
「みなさんありがとうございまーす」
「えーと、今日はですね、もう一人ゲストが
 いるみたいなんですけど・・・」
 
 ちょうどその時、フロアに一人、ダイブで運ばれ
 てきた男性、金髪の、テルオだ。
 
 アラハントのメンバーの顔が少し引きつって
 いるのは、おそらくテルオが初めてこの
 規模のハコで出演することを心配している
 のだろう。演れるのか?
 
 警備員と話している。戻されそうになるところを
 スタッフが駆けつけて説明している。ステージに
 上がる前に、観客に振り返る。
 
 歓声があがる。テルオコールも始まった。
「テルオ!テルオ!」
 アラハントのメンバーが驚いている。
 テルオコール? クリルタイ国で、どういう
 知名度なんだ?
 
 ステージに上がって来たテルオは、マルーシャ
 からマイクを受け取ると、
「プロキシマ・ケンタウリとアンドロメダ、
 続けていきます」
 
 曲が始まる。プロキシマ・ケンタウリにまとも、
 かどうかわからないが歌詞が付いた。
 
 意訳するとこうだ、
 あまたの神が生まれ、ひとつの神に収束し、
 神が滅びあまたの魔があらわれ、魔が収束し、
 
 それは永遠に続く輪廻の井戸の底であり、
 人類は煩悩を捨てて輪廻から脱しなければ
 ならない。
 
 故郷である恒星系の周囲を回りつづけるのは
 まさに輪廻であり、われわれはそこから
 脱する。そして次の恒星系をめざす。
 
 それができるのは、虐げられた民のみ、
 我慢をし続けた民のみだ。たどり着いた
 その先で、人類は新たな境地にいたる。
 
 そして次の曲に移る。
 
 アンドロメダはより深く、遠い未来、遠い
 場所を思わせる曲調だ。
 
 概要はこうだ、
 
 次の恒星系に至ったわれわれは、再び輪廻の
 罠に陥る。われわれ人類は、輪廻から脱しては、
 再び輪廻の罠にはまるということを繰り返す、
 
 しかし、やがて我々は銀河を抜ける。次の
 銀河を目ざす。たとえそれがいつか我々の
 銀河と融合するとわかっていても。
 
 そして最後には、人類は恒星系にも銀河にも
 頼らずに、完全に煩悩を捨て去り、解脱する。
 その日は遠くとも、進まないものはけして
 たどり着かない。
 
ゴシの話15
  アンドロメダは長い曲なので、同じパートが
 繰り返される。
 
 2回目のパートは、女性ボーカルで始まった。
 しかしこの声、マルーシャのものでも、ウインの
 ものでもない。テルオの声に似た透明感と、
 どこか脆さとはかなさを感じさせる声質。
 
 アミの声だ。
 
 アミがノーマルの発声でステージ上で歌うのは
 公式のライブとしては初かもしれない。
 メロディが落ち、ビードが落ち、アミの声だけ
 が会場に響く。静まり返っている。
 
  輪廻の繰り返しだけがわたしを作り
  輪廻から飛び出してわたしは振り返らない
  それは輪廻のパラドックス
  それは輪廻のパラドックス
 
 そこから打楽器が入り、和声が入り、ラップが
 入り、歓声が入り、高まっていく。
 
 アラハントの演奏が終わった。
 
 メンバーが控室に戻ってくる。
 ゴシが顔をぬぐって出迎える。
 
「いやー、最初はどうなるかと思ったけど」
 
「あれ?ゴシさん泣いてんの?」
 アミが鋭く指摘する。
 
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
 ゴシ・ゴッシーが太古から使われ続ける言い訳を
 口にする。
 
「こんなんで泣いてたらこれからさきうちらの
 ライブ来れなくなるよ」
 
 夜になって、サクハリンの二人も加わって軽く
 打ち上げだ。ホテルから歩いていける、クラブ
 ホビーというカニ料理専門のレストランの個室
 で行う。
 
 軽く打ち上げるのも、サクハリンのジェフ・
 タナカが明日早朝から連れて行ってくれるところ
 があるというからだ。
 
「けっこう楽しいところがあるんですわ、
 近いですし」
「うちもめっちゃ好きやねん」
 リョーコ・ミルズもそう話す。
 
 が、どこに行くかは行ってから、ということの
 ようだ。
 
 そして早速翌朝、目的地まではゴシ・ゴッシーが
 運転することになった。
 
「まあ実際目的地まではほとんど自動運転なんです
 よね、目的地トークンさえ取れれば」
「インターフェース違うだけで基本どこも一緒だと」
 
 ジェフのアドバイスを受けながら出発だ。
 
 そして到着したのが、空港近くの巨大なエンター
 テイメントパークだった。一気にアラハント女子
 3名のテンションが上がる。
 
「あ、じゃあうち4名まで使えるグループ優先パス
 あるんで」
 
 ほなあとで、と言って4人が先に行ってしまった。
 
ゴシの話16
  残された男4人でとりあえずどうするか
 話し合う。
 
「えっと、ジェフさんは優先パス持ってるん
 ですか?」
 
「いや、僕乗り物苦手で・・・」
「おれも実は・・・」
「人型機械なら乗れるんですけど・・・」
 
 というわけで、全員エンターテイメントパーク系
 の乗り物が無理なのがわかったので、どこか適当
 に過ごせるところを探すことにした。
 
「ずっと生演奏聞けるレストランがあるんですよ」
 ジェフが言うのでそこへ向かう。
 
 そこはかつて地球上でメキシコと呼ばれた国の
 音楽を一日中生演奏している食堂だった。
 
「じゃあまだ朝ですけど、今日もうこのあと
 なんもないんで飲みますか」
 ビールを頼むと、ラベルにコロナと書かれてある。
 
 4人で乾杯した。
 
「なんかここ落ち着きますね」
 独特のカントリー風の曲が演奏され、歌も
 どこか異国の田舎の風景を思い起こさせる。
 
 そして男同士で飲んでいるとだいたい
 そういう話題になる。
 
「ジェフさんモテますよね?」
 見た目も仕事的にも、とエマドが付け加える。
 
「あの4人だと誰がいいんですか?」
 まあこういう質問になる。
 
「いや僕あの実は・・・」
 サクハリンのジェフ・タナカは、実はいわゆる
 美人、美女、かわいい女の子の類が苦手らしい。
 背が低くて少しふくよかで眼鏡であまり
 かわいくないのがいいらしい。
 
「いや、べつにブス専ってわけじゃないんですよ、
 だって僕はかわいいと思ってますから」
 
「とするとリョーコさんはあんまタイプじゃない
 ってことですか?かなりの美人っすよね」
 まあそういうことになるね、とジェフは答え、
 あと実は、と続ける。
 
「これ、内緒ですよ」
 リョーコも背が低くてブサイクな男性が好きだと
 いうのだ。なので、ある意味この二人は気が合う
 のだ。
 
 ライブなどでは、ごくたまに二人ともブサイクな
 カップルを目にすることがあるが、決まって
 ライブ終わりに二人で、世の中なかなかうまく
 いかないね、という話になる。
 
 こういう話をそれぞれ順にやっていき、朝から
 酒とつまみが進む。
 
 気が付くともう昼だ。
 
 女子4人がやってきて、
「8人乗りの空いてるやつがあったよー」
 ムリやり拉致されていく。
 
 4人同士が対面で乗るカヌーのような形をした
 乗り物を前に、男子4人の顔が青ざめる。
 最大の危機がここにやってきたのだ。
 
ゴシの話17
  顔色の悪い4人組がメキシカンレストランに
 帰ってくる。けっきょく方向を変えて
 2回乗ることになった。
 
「昼飯食ってたら完全に逝ってたな」
 
 じゃあ再開するか、そういってまた4人で
 飲み始める。
 
「で、フェイク君、その子とどうなったの?」
 ジェフが尋ねる。
 
「会いはしたんですけどね。やっぱその、ゲーム
 の中と違うというか」
「ゲーム中はキャラも会話もすごく可愛かった
 んですけどねえ」
 フェイクが遠い目で回想する。
 
「つまり、フェイクのタイプではなかったと?」
 エマドが現実に引き戻す。
 
「ちょっとそれ、僕興味あるなあ」
「あ、もしかしたらど真ん中かもですね」
「ゲーム名教えてくれる? ゲームってたしかに
 それ系の子多そうやね。あとはこっちでも
 サービスやってるかどうか」
 フェイクとジェフで盛り上がってしまう。
 
「まあでもあるあるだな。男じゃなかっただけでも
 よかったんじゃないか」
 ゴシが遠い目で回想する。
 
「え、ゴシさんも会ったんですか?」
 エマドが現実に引き戻す。
 
「ああ、おれの場合は髪の長いおっさんだった」
「会う前に写真とか確認しましょうよ」
「確認したって」
「僕も確認しましたよ」とフェイク。
 
「写真の技術が半端ないんだって」
 ゴシとフェイクの声がかぶる。
 
 ジェフが気づいた。
「つまり、写真で判断している僕は大魚を
 逃している可能性があるってことですか」
 
 こうして気づいたらもう夕方近くだ。
 女子4人が来て、お土産を買うのを手伝えという。
 ショップに向かう途中のパーク内エンターテイ
 メントセンターで、面白いものを見つけた。
 
 スペースカーマ・リアリティだ。
 
「へー、ここにも置いてあるんだあ」
「リアリティはたぶん世界同時リリースだよ」
 
「一回やってく?」
 アミがうれしそうだ。
 
 本物そっくりに作られたコクピットに5人で
 座る。まだ最新機体が反映されておらず、
 5人が使うのは、アシュラ、ハヌマーン、
 ガネーシャ、パールパティ、そしてインドラだ。
 
 プレイヤーが多いらしく、対戦キューを入れると
 すぐ相手が見つかった。
 
 最終的に、アシュラとガネーシャの搭乗機が破壊
 されるが、残りの3人で取り返して勝利した。
 
「5人ともうまいね」
 サクハリンの二人が感心している。
 
ゴシの話18
  今の彼らでゲーム内の勝率は7割ほどだという。
 適正レートの勝率50%前後に達するのはもう
 少し先になりそうだ。
 
 お土産屋を出た8人。そのうちの男性4人は
 大きなぬいぐるみと大きな紙袋を抱えている。
 
「じゃあ帰りますかあ」
 
 帰りはリョーコ・ミルズが運転席に座る。
 自動運転にしている限り飲酒後に運転席に座る
 のは法律上問題ないが。
 
 ホテルに着いて、サクハリンの二人はいったん
 帰るが、夜に女子4人で飲みにいくという。
「男子チームも行くでしょ?」
 アミが聞いてくるが、
 
「いや・・・、われわれ今日はちょっと・・・」
 
 そして翌日、木星ラグランジュポイント第1
 エリアへ出発する日だ。ここ以降は第5
 エリアまでサクハリンも同行する。
 
 昼頃にホテルでサクハリンと合流して、
 空港へ向かうが、女性陣はみな眠そうだ。
 3時まで近くの海鮮居酒屋ビッグショウで
 飲んでいたとか。
 
 そういえば。
 
 来た来た。テルオだ。でも、彼らとは違う船に
 乗り込んだ。別の客船で行くらしい。なんでも、
 クリルタイ国でしか受けられない教育を受ける
 ために、別船で缶詰めらしい。
 
 木星第1エリアへの旅が始まった。
 
 第1エリアへは10日間の旅だ。その間、
 ゴシ・ゴッシーは料理アドバイザーの仕事を
 もらった。
 
 客船と空母のシェフの仕事を手伝いながら、
 時間の合間にお互い知らないレシピを
 教えあう。
 
 客船内でも、最初の航行期間にやっていた
 気取った人々ごっこをもう辞めたようだ。
 ケイト・レイやトム、ブラウンも船内では
 ほとんどジャージを着ている。
 
 リアンはどこかの異国の装束だ。
「あ、これはですね、サムエというやつです。
 ええ、寒いわけじゃなくて、サムエです。
 まあ冬場はちょっと寒いですけど、ええ」
 
 この客船は一応民間船の扱いであるが、
 ケイト・レイの特注で、プールやトレーニング
 ルームが付いている。
 
 トレーニングルームには当然スパーリング用の
 リングがある。
 
「ひさしぶりに相手してあげようか」
 ケイト・レイがリングに上がり、
 アラハントのメンバーとスパーリングだ。
 
 ゴシはハントジムの練習には参加したことがない。
 ケイト・レイが昔プロのリングに上がっていた
 ことはうっすら聞いたことがあるぐらいだ。
 
「さきにトム少尉でアップさせてもらおうか」
 
ゴシの話19
  トム少尉のすごいところは、ぜんぜん乗り気で
 ないにもかかわらず、それをまったく表情に
 表さないことだ。
 
 ケイト・レイが、立ち技から軽く流していく。
 流しているだけのはずだが、パンチ一発一発
 が短く速い。距離を詰めるスピードもだ。
 トムのガードのうえであるが当たると
 パーン! パーン! といい音が鳴る。
 
 ふだんはただ恰幅のいいおばさんなのだが。
 
 一通りパンチの打ち方を変えたのちは、蹴り
 主体で、そのあとは寝技だ。5種類ほど
 サブミッションや絞めをやったのち、
 立ち上がる。
 
 ここまでは約束練習のようなものだが、
 受けているトムの息がだいぶ切れている。
 
「よし、いいよ、おいで」
 
 実戦形式がはじまるが、リング横にいつの間にか
 ブラウン少佐が来ていた。
 
「なにやってんの! ジャブ薄いよ!」
 ブラウンがトムへアドバイスを入れる。
 
 トムとケイトは、体格的にはトムのほうが身長が
 高くて、体重はケイトのほうがありそうだ。
 トムはヘッドギアとボディギアを付けている。
 しかし、どう贔屓目に見ても、遊ばれている。
 
 トムは軍の中でもけして弱いほうではないのだが。
 
「良しオッケー、エマドおいで」
 トムが肩で息をしてリングを降りる。
 
 エマドは立ち技も寝技もやるが変則スタイルだ。
 ケイトは最初オーソドックスなスタイルで、
 そのあと変則スタイルで相手をする。
 
「変則スタイルとサウスポーに少し慣れてきたね、
 この感じで続けて」
 スパーリングの終わりに的確にアドバイスを入れ
 ていく。エマドは変則スタイルだが、相手が変則
 スタイルだといつもやりづらそうだった。
 
「次フェイク!」
 
 元気よく返事してフェイクが入ってくる。
 フェイクは立ち技をいなしてからの寝技主体の
 練習だ。ケイトは相手の得意領域を中心に
 練習相手を行う。
 
「寝技だいぶうまくなったね、この分だと
 立ち技からの連携に力入れていいかも、
 次、ウイン!」
 
 ウインは立ち技も打撃と投げ技両方用い、寝技も
 できる。技の種類がとにかく多い。
 
「くずしのイメージがだいぶ出来てきたね、
 チャンスでもっと畳みかけていいよ、次、
 マルーシャ!」
 
 マルーシャはあくまでも立ち技で勝負する
 タイプだ。綺麗なハイキックを繰り出す。
 
「相手のタックルにだいぶタイミング合わせられる
 ようになったね」
「最後まで立ち技で行くとしても、バランス崩れる
 のを恐がり過ぎたり、寝技主体の相手に接近戦を
 嫌い過ぎたらダメだよ、次、アミ!」
 
 ヘッドギアとボディギアを付けていない、
 大丈夫なのか? とゴシが思いつつもアミが
 リングにあがる。
 
 は、速い、どちらも速い。ケイトはさっきまでの
 遠慮が無くなっている。立ち技から寝技、
 そこからまた立って攻撃と、アミがくるくる動く。
 
「アミは立ち技も寝技も防御がうまくなったね、
 よーし、ここまで」
 
 途中でジェフ・タナカとリアン・フューミナリが
 入ってきていたが、アミのスパーリングが
 終わりかけるときにリアンの提案で3人とも
 隅っこへ行って腹筋をはじめている。
 
 指名されるとまずいと思ったからだ。
 
 ちなみに彼らは今重力下にいる。客船が空母と
 ワイヤーでつながれて回転飛行しているからだ。
 
 長期航行するタイプの客船は、単体で無重力の
 場合もあるが、複船にするか貨物船と同道
 するなどして重力を確保する。内部がドラム
 式になっている大型船もあり、重力確保の
 しかたは様々だ。
 
 乗客などもまれに無重力航行か重力下かを確認し
 忘れて面倒なことになる。持ち物が無重力、
 重力下、どちらかしか対応していないということ
 がこの時代まだあるからだ。
 
ゴシの話20
  ゴシ・ゴッシーにとって木星第4エリアから
 第1エリアへの移動はそこそこ有意義な
 ものになった。
 
 特に空母側のキッチンでの無重力下での
 調理だ。これはもう別世界で、たいへん
 勉強になった。ただ、第3エリアに
 帰ってから役に立つ知識かどうか、という
 ところもあるが。
 
 テルオもたまに夕食に顔を出した。
 彼が部屋に缶詰めで勉強しているのは、
 都市デザインだ。それも、政治や経済をも
 含めたもので、講師はリアンだという。
 
 ライブのテルオコールの謎も解けた。
 テルオの動画配信やブログは、第3エリア
 などの火星以内より、クリルタイ国の
 人々のほうに人気があるということだ。
 
 扱っているテーマのせいだという。
 ネットワーク上の配信情報でアラハント
 のファンもけっこういるらしいのだが、
 下手するとテルオファンのほうが多い。
 
 アラハントが軍と仲がいい理由もわかった。
 格納庫で清掃のアルバイトをしていたからだ。
 彼らが担当していた第3小隊の機体を演習用
 に持ってきているのは、現第3小隊隊員が
 他国にいるときに元々使っていた機体を
 軍が改めて開発採用することにしたからだ。
 
 得意な機体に乗ったほうがいいと。
 そして、今回持ってきている機体には、予備
 で募集したパイロットたちが搭乗する予定。
 まだ姿を見ていないが。
 
 とにかく、長期航行というのは何をするかを
 明確に決めていれば、腐ることなく、とても
 快適に過ぎていく。
 
 そして木星ラグランジュポイントの第1
 エリアへ到着だ。都市名はトメト。
 
 この都市の最大の特徴は、無重力であること。
 構造タイプでいうと、6面ダイス型、
 キューブ型、ということになるが、規模が
 大きい。1辺が100キロある。
 
 第3エリアにも無重力タイプ構造都市があるが、
 そこまでの大きさのものはない。クリルタイ
 国では無重力都市は比較的めずらしくない
 らしい。
 
 空母は、巨大な立方体の面のだいたい中心部に
 ある、エアロックハッチの中へ進んでいく。
 クリルタイ国にある無重力都市の構造は、10
 キロ立方のモジュール都市を縦横高さ方向にそれ
 ぞれ10基づつ接続したものである。
 
 空母は比較的大きいため、最初の港モジュールに
 停泊し、客船でその次のモジュールまで進む。
 その隣に目的地のモジュール都市があった。
 

ゴシの話21
  モジュール都市は、基点となるモジュールから
 の座標で特定することもできるが、通称もある。
 彼らの目的地のモジュールは、イジヤンだ。
 
 そこにホテルとライブ会場がある。
 
 客船を降りると、自動運転の推進シャトルに
 乗り換える。ここでも政府関係者とライブ
 参加者は二手に分かれた。
 
 無重力、ということは、重力加速度がどの方向に
 もかからないことになるので、建物の、どの面も
 床にすることができる。空間を無駄なく利用
 できるという利点がある。
 
 しかし、そうすると、無重力都市に慣れていない
 者にとって、把握がとても難しい構造になって
 しまう。
 
 そのため、こういった無重力都市で、観光客が
 訪れそうな場所では、無重力であっても上下
 の概念を保った設計がなされる。
 
 例えば、今回の8名のうち、ゴシ・ゴッシーなど
 はあまり無重力に慣れていないが、観光地であれ
 ばとくに混乱なく過ごせるということになる。
 
 無重力構造都市トメトのモジュール・イジヤンに
 到着した彼らは、とりあえずその日のうちは
 ホテルに宿泊するだけだ。サクハリンの
 案内で夕食を摂るレストランへ向かう。
 
 木星第4エリアでは、翌日ライブ開催となったが、
 ここ第1エリアでは、いったん無重力に慣らす
 ため、ホテル近くのスタジオで機材チェックや
 演奏チェックを行う。
 
 ライブ翌日の自由時間も取られているので、
 4日滞在することになる。
 
 無重力下での人々の暮らしはどうなっているの
 だろうか。4日目にアラハントのメンバー達
 はそれを見ることができるかもしれないが、
 先に確認しておこう。
 
 無重力都市の歴史は古い。というのも、宇宙世紀
 前の、宇宙エレベーターが建設される前、
 ロケット打ち上げのみにより宇宙開発が行われて
 いた時代からの、宇宙ステーションと呼ばれた
 建造物がすでに無重力居住空間だったからだ。
 
 その後、宇宙エレベーターが完成してのち、
 重力下居住空間の建設が本格的にスタートする。
 シリンダ型の回転する構造都市が造られた。
 
 太陽系外縁の歴史もそれ自体は古く、宇宙歴
 二千年ごろ、居住型の宇宙船が一般的に
 なってきた時期に移住が始まっている。
 
 同じように、まずは重力下構造都市が建設され
 ていくわけだが、巨大な無重力都市が建設
 され出したのは、けっこう最近の話だ。
 
ゴシの話22
  太陽系外縁で小型の無重力都市が造られ始めた
 のは、今から1万2千年前の宇宙歴1万年ごろだ。
 数キロ単位のものが宇宙歴1万6千年ごろ、
 10キロ立方レベルは1000年前だ。
 
 100キロ立方になると数百年とかなり最近だ。
 そして、同時に居住用構造物の標準化も
 行われている。
 
 この構造都市の家は、居住キューブと呼ばれる、
 5メートル立方の部屋を単位としている。
 内部はだいたい20平米ぐらいになるが、
 立方体なので少なくとも重力下でいうところの
 2階建てぐらいの居住面積は取れる。
 
 そして、工場や農場なども基本的にこの大きさ
 を単位に構造が決定される。
 
 おそらく、この標準化による利点欠点が数世紀
 かけて明確になったのち、もう少し自由度の
 高い基本設計が行われるはずだ。もちろん
 仮に欠点がなければこの標準が一般化され
 使われ続ける。
 
 この5メートル立方の居住キューブに
 一人ないし二人、新婚夫婦も子どもが一人で
 小さければ住める。子どもが増えれば
 新たにキューブを接続して部屋を広げる
 こともできるし、元から2キューブ分の
 広さをもつ家を購入しなおしてもよい。
 
 キューブは民間で購入してもよいし、民間
 レンタルもあれば行政のレンタルもある。
 
 このキューブのひとつの特徴は、短時間であれば
 真空中でも気密が保てることだ。都市が気密事故
 に遭った場合も、家に備え付けている宇宙スーツ
 に着替えて空気ヘルメットを着用するだけの
 時間は確保できる。
 
 将来的には、かなり先の将来であるが、エアー
 ロックを付けて、このキューブのみで宇宙空間に
 そのまま都市を構築することも検討されている。
 
 家の外に出ればすぐ宇宙、というわけだ。
 
 最小5メートル立方のキューブの居住推奨人員は
 1名から2名であるが、都会となると事情が
 異なり、数名がルームシェアなどで詰め込まれる
 ことになる。ただ、それはいつの時代も
 似たような状況なのかもしれない。
 
 キューブ含めたすべての構造物は、軽くて丈夫な
 都市フレームと呼ばれる柱に接続して使用する。
 街を拡張する場合、空間にこのフレームを伸ばし
 ていき、居住キューブや設備を接続して街を広げ
 ていく。
 
 では、いったいどの程度の人口がこの無重力
 都市に住めるのであろうか。
 
ゴシの話23
  この木星ラグランジュポイント第1エリアの
 無重力都市トメトには、約10億人が暮らす。
 
 一辺が100キロの、6面体ダイス構造を
 したこの都市の人口密度は、したがって、
 1立方キロメートルあたり、千人となる。
 
 ただし、ひとつの底面の面積で考えた
 場合は、1平方キロメートルあたり10万人だ。
 
 クリルタイ国では、トメトで試験的に10億人の
 人口で都市生活がどうなるかをモニターしており、
 住人は募集で選ばれている。
 
 クリルタイ国のダイス型都市は、月の第3エリア
 にあるバームクーヘン型都市マヌカとほぼ
 同じ規模だ。人口も、マヌカの都市仕様のほぼ
 限界にあたる。
 
 人口密度1,000/立方キロメートルというのは、
 重力下での平方キロメートルあたりの
 人口密度と比較してほぼ間違いない。
 立体のほうが1キロ上空まで含んでいるだけだ。
 
 例えば地球上の大都市であれば、1平方キロ
 メートルあたり5000人というのもざらだ。
 
 また、無重力という点が重力下よりも閉塞感を
 防いでいることも忘れてはいけない。
 ある人は、重力下の高層建築物の最上階を、
 井戸の底と同じだ、と言う。
 
 若干閉所恐怖症を疑ってもよいきらいもあるが、
 確かに重力下の高層建築物は、建物の屋上に
 出ることはできても、側面に出ることはできない。
 バルコニーなどの外、という意味だ。
 
 それに対して、無重力下であれば側面だろうが
 どこだろうが、出放題である。人口密度の
 割に、狭さをあまり感じないのだ。
 居住キューブの全体に占める体積の割合で
 いっても、10億人住んで8分の1以下だ。
 
 これは、10億人が一人一個のキューブに
 住んだ場合に、ちょうど8分の1になる。
 
 では、実際無重力下での人口密度の限界は
 どのあたりか、ということになると、それは
 今後の研究次第ということになる。
 宇宙は広い、今のところそんなに無理を
 して人々を詰め込む必要もないのだが。
 
 また、そもそも人が生きていくうえで、
 広い空間が本当に必要なのか、そして必要
 だった場合、どの程度の空間があれば
 それを広いと感じるのか、といったところが
 焦点になるだろうか。
 
 では、居住キューブのもうひとつの特徴を
 見てみよう。それは引っ越しに関することだ。
 
ゴシの話24
  無重力下での引っ越しは簡単である。
 家ごと目的地へ持っていけばいいのだ。
 
 そもそも建てるときに、工場から家を
 引っ張ってくる。例えば、居住キューブ
 8個分の立方体をした、つまり
 10メートル立方の大きさの家なら、
 それが通る通路がある場所へなら
 どこへでも引っ越せる。
 
 行政でミスがない限り、来た時の道が
 塞がることもない。
 
 面白いのは、賃貸であっても大家次第で
 移動が可能なのだ。よっぽど変な場所で
 ない限り、賃貸物件の移動も可能だ。
 
 住む場所を探すときは、都合のよい場所
 にまず都市フレームの空き、つまり
 空地があるか探す。あれば申し込む。
 
 家はいくらでも工場に在庫があるが、
 人気のサイズは地域ごとに空き家を
 置いていて、それを移動させるだけだ。
 申し込みから一日から二日で済む。
 
 このあたりの住宅事情は、重力下の都市
 とはだいぶ異なるかもしれない。
 
 都市フレームについても説明しておく。
 これは単に、居住キューブを支えるための
 柱、というように聞こえるが、意外と
 高機能である。
 
 電気、ガス、上水、下水、有線ネットワーク
 等のサービスを供給するからだ。
 
 地方によっては、特殊なサービスも供給する。
 例えば、温泉であるとか、果物の果汁を
 加工して飲料できるようにしたものを
 供給するところもあるらしい。
 
 もちろんその場合は、居住キューブ側でも
 インターフェースが対応している必要が
 あるが。
 
 無重力下でそのほかに異なる点をいうと、
 実際身の回りのものはほとんど異なる、
 と言えるかもしれない。
 
 例えば、アラハントのメンバーたちが
 泊まるホテルの、トイレ、バスなどは
 比較的重力下のものと似せてはいるが、
 働きはだいぶ異なる。
 
 簡単な話、水を扱うものが特徴的だろう。
 重力下でのものをそのまま無重力へ持って
 くると、液体である水が散らばって
 たいへんなことになる。
 
 これは街中にも言えることだが、いたる
 ところにフィルター付きの排気孔が
 あり、空気の流れを作り出してゴミや
 不意に散らばった液体などを回収
 する仕組みがあるのだ。
 
 重力がない、というのは、利点もあるが、
 物が落ちてこないというのは意外と
 面倒なのである。
 
 アラハントとサクハリンのメンバー、そして
 ゴシ・ゴッシーが夕食の場へ到着したようだ。
 
ゴシの話25
  観光地では基本的に道沿いの手すりがある
 ので問題ないはずです、とジェフが言っていた。
 手すりがないと私は無理だ。
 
 あの、無重力空間に浮いたときに、泳ぐ、
 というのがまだできないのだ。とにかく手すり
 づたいに、ショートカットなど論外だ。
  
 ジェフが、比較的オーソドックスなジャンルを
 選んでくれた。アメリカンの肉料理だ。
 とにかく、無重力で難しい料理は無理だ。
 
 サクハリンのリョーコが言うには、とにかく
 具材がふらふら浮いてこないように工夫して
 あるらしい。たしかに、サラダにしても、
 スープにしても、うまいこと固めてある。
 
 しかし、自分の体が浮いてくるのはもう
 しょうがないのか。さっきから左右のエマドと
 フェイクが浮いてくるたびに引っ張って
 戻してくれているが。
 
 足を引っかける用のテーブル下の梁もあるには
 あるんだが、どうしても癖で足を「置いて」
 しまう。
 
 現地のひとは、足首に付けた鈎やら腰に付けた
 カラビナやらをうまく使うらしいが、慣れないと
 足首のやつなどうまく引っかかってくれない。
 外でさっき買ったんだけど、初心者用を。
 
「ちょっとそれ変なボタン押さないほうが
 いいですよ、料理が吸い込まれちゃうんで」
 エマドに怒られる。
 
 グラスのワインを飲もうとするが、口の部分が
 ひねってあって、ちょっとよくわからない。
 こうですよ、とフェイクが教えてくれる。
 
「ここはデートで使えないな」
 とジョークを言ってみたが、マルーシャが苦笑い
 してくれただけだ。ジョークすら落ちてくれない。
 
 とにかく無重力に慣れるには、子どものうちから
 トレーニングしておくのが大事らしい。
 最近は学校の授業でも船で外へ出てやるらしい
 からなあ。
 
 ゴシ・ゴッシーのように、宇宙暮らしであっても、
 不運が重なってたまたま無重力の練習を若いうち
 にやれなかった、という大人が仕事や何かの都合
 でそういう都市に出かけて苦労することになる。
 
 なんとかメインとデザートを平らげて、店を出る。
 
「このあとですけど、ホテルでちょっと休憩
 したら、ライブ会場行ってみません?客として
 ですけど」 ジェフが提案する。
 
 明日一日無重力空間で音出しすると言っても、
 実際の会場で出来るわけではないので、
 下見という意味でいい案かもしれないのだ。
 
ゴシの話26
  木星第1エリアのダイス型無重力構造都市
 トメト、その中のモジュール都市イジヤンに
 ある、明後日のライブ会場、
 クラブ・ウルゲンチ。
 
 そこに22時に着くようにホテルを出発する。
 アラハントのメンバーは下見も兼ねているが
 基本遊びにいくということで、持ってきている
 服でそれぞれオシャレをしてきている。
 
 サクハリンの二人は有名人のお忍び風だ。
 まあ、仕方ないだろう。
 
 ゴシ・ゴッシーはなぜかブルーの縦じまの
 フォーマルなスーツ。青のハット。ピカピカ
 のとんがった靴。渾身の一張羅だ。
 
 マルーシャが、今日はかっこいいですね、と
 言ってくれる。もちろんだ、と返して親指を
 立てる。
 
 週末の夜の街は混雑していた。
 
 ウルゲンチの入り口は道に面している。入ると、
 一万人規模の大きさなのはいいのだが、やはり
 構造が違う。
 
 観光客向けのレストランなどは上下の有無が
 ある構造だったが、クラブとなるとそうでも
 ないようだ。
 
 天井側にも床がある。
 
「ここはでもまだわかり易いほうなんですけどね」
 ジェフが言う。洞窟のように入り組んだ造りの
 クラブもざらにあるそうだ。
 
 確かに、ステージも上下2面になっていて、
 それを囲むかたちで上下や側面が床になって
 いるので、複雑に入り組んだ構造になっている
 わけではない。
 
 しかし、とゴシは思う。
 この、特殊な服装をした人たちは何なのだ? 
 
「レイバー、またはヒッピーと言ってもいいね」
 リョーコが教えてくれる。かかっている曲の
 ジャンルも、アウトサイドエナジーという最新の
 ものらしい。
 
 ゴシには、第3エリアの一般のクラブなどで
 かかっているマヌカビートとどう異なるのか
 違いがわからない。
 
 アミとウインとマルーシャは中に入るなり
 はしゃぎながらどこかへ行ってしまった。
 ジェフとエマドとフェイクもどこかへ行って
 しまった。ジェフがかわいい店員紹介して
 あげるとか言ってたな。
 
 なので、リョーコ・ミルズと二人でドリンクを
 買って、適当な場所に佇む。フロアは適度に
 混んでいた。
 
 ところで、さっきから気になっていることがある。
 クラブに来ている客の中には、当然女性もいる。
 そして、無重力なので、とうぜん全員パンツ
 スタイル、かと思いきや、スカートの女性が
 けっこうな数いるのだ。
 
ゴシの話27
  何を隠そうこの目の前にいるサクハリンの
 リョーコ・ミルズもそうだ。ひざ下ぐらいのを
 履いている。
 
 そして、どうもその女性たちは無重力でスカート
 を履くのに慣れているのだろう、さっきから
 色んな角度のスカートの女性を見ているのだが、
 内部を見れる機会が今のところ一度もない。
 
 リョーコもそうだ。さっきも先を進んでもらって
 いたが、ことごとく見えない。一瞬たりともだ。
 かなりきわどいところまで行くのだけれど。
 
「彼らの派手な踊りや服装が気になるでしょう?」
「え、ええ、そうですね」
 あわてて答える。
 
 いたるところで特殊な服装をした人たちが光る
 デバイスをくるくる回したりしながら、自身も
 くるくると器用に踊っている。
 
「レイバーやヒッピーなんてとうの昔に絶滅したと
 思ってました」
 つい10年ぐらい前だろうか、第3エリアでも
 見れたと思うんだが。
 
「そうね、彼らは、恒星系中の、最も新しい音楽を
 もとめて、そこに集まるのよ」
「最も新しい音楽・・・、つまりここは・・・」
 
「そう、今この太陽系で、一番新しい音楽を扱って
 いるのは、ここクラブ・ウルゲンチよ」
「そうだったのか・・・」
 
 リョーコの説明は続く。レイバーやヒッピーは、
 宇宙世紀前から存在したという。彼らは最新の
 音楽を含めた文化を求めて、どこまでも旅をする。
 
 そこには、いつも繰り返される悲しい歴史が
 あるという。
 
「彼らが集まるところには、必ず一般の人たちや
 業界人だけでなく、犯罪者、犯罪組織も集まる」
「新しい文化がやがて商用化されて一般に広まるの
 はむしろいいことだと思うわ、でも、常にそう
 いった新しい文化の芽は、ドラッグや犯罪の
 温床にされてしまう」
 
「そして場合によってはレイバーやヒッピーが悪者
 にされてしまう。まあ確かにごく一部そういう
 ひとがいる可能性は否定しないけどね」
 
「そして、けっきょくはそこからいなくなる、
 ってわけか」
「その通りよ」
 
 そこへアミたち3人がやってくる。
「リョーコさーん、大丈夫だった?」
 よく見ればこいつらも今日は全員スカートだ。
 しかし、まったくゴシの角度からは見えない。
 
 リョーコの話が面白かったのか、酒が進む。
 今日はいっちょやってやろうか。
 
ゴシの話28
 「うん、へーきへーき、ゴシさんいてくれたから」
 誰もサクハリンのリョーコがこんな人と一緒に
 遊びに来てるとは思わないよね、とアミが小声。
 
 ウインがスーパーテキーラのショットを5人分
 買ってくる。
 
「かんぱーいー!」
 
 そう、この、手すりのちょっと太くなった部分を
 両ひざで挟めば、おれも踊れる。
 
 昔、海上都市レムリアのクラブでナウなヤング
 たちがやっていたのを見よう見まねで覚えた、
 おれのとっておきのカルカッタダンスを披露
 しよう。
 
 フロアのほうも盛り上がってきた。
 
 そして、アミが買ってきた2杯目のスーパー
 テキーラにより、男ゴシ・ゴッシーは人生の
 絶頂にいた。美女4人に囲まれて。
 
 一方エマドとフェイクは。
 
 そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
 じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。
 
 その女性店員は、なんというかこう、一緒に
 いると落ち着くというか、優しそうではある
 というか、眼鏡はかわいいというか。
 
 店員と話し込みだしたジェフを置いて、
 エマドとフェイクは店内をうろつき出す。
 
 遠くのほうで、一緒に来た5人が何か変なダンス
 を踊っているのが見えたが、知らないふりを
 しよう。
 
 しかし、あらためて思うが、このハコもとても
 音がいい。設備自体も最新だろう。
 
「とりあえず楽しむかー」
 エマドが踊り出す、スペースロボットダンスだ。
 空中を歩く。
 
「負けないぜ!」
 フェイクも楽しみだした。スペースシャッフルだ。
 二人とも、重力下都市出身にしては無重力ダンス
 がうまかった。
 
 翌日そんなに朝早いわけではないが、午前1時
 過ぎには引き上げることにした。
 
「あー、やっぱおれたちもアウトサイドエナジー
 取り入れるかなあ」
「今日の聞いてしまうとなあ」フェイクが答える。
 
「ていうかさあ、今思うと、テルオ兄さんの曲って、
 ゴリゴリのアウトサイドエナジーだよな」
「うん、意外と抜け目がないと言うか」
 フェイクが答える。
「むしろテルオ兄さん発祥だったりしてハハハ」
「まさかなあ」
 
 ゴシはジェフの肩を借りながら、まだ夢気分だ。
 
「ライブ終わった次の日、もっと無重力都市の
 ディープな部分行ってみます?」ジェフの提案に、
「お、いいねえ」
 皆が答える。
 
 ゴシも両手でサムズアップしてみせた。
 
ゴシの話29
  いや、これは、間違いない。
 これはもう、ダンスの才能という問題ではない、
 音楽そのものの才能だ。それを確かめてみよう。
 
 翌日、無重力下で音合わせのため、
 8人はホテル近くのスタジオへ向かう。
 今日一日、ここでこもるのだ。
 
 よし、とりあえず本格的になる前に、エマド
 あたりに見てもらおう。ほとんど寝ないで
 考えたのだ。
 
「エマド、ちょっといいか」
 機材の準備を手伝っているエマドに何やら紙切れ
 を渡す。エマドはそれを見る。
 
 紙切れにはこう書いてあった。
 
  タイトルは
  「立ち向かうんだ」
   ゴシ・ゴッシー
 
  風の中 君の姿に 走り寄る
  悪漢に 私の心も 荒れ模様
  倒されど 私の心は 倒されじ
  警察だ 私の声に 走り去る
  大丈夫かい とにかくケガは 無かったかい
  君は泣く 私の声と やさしさに
  君は泣く 私の声と やさしさに
 
 紙切れに目を落として数秒後、何か我慢するよう
 にエマドが口を押える。
 
「お、おい大丈夫か?」
「い、いや大丈夫です、うっ」
「おーい、エマドくーん!」
「あ、じゃあもう始まるんで」
「あ、持って行っていいよ。遠慮せず」
 
 全体音合わせにエマドが向かう。
 目が潤んでいたな。
 
 今日のランチは外には食べにいかず、軽食だ。
 みな思い思いにサンドイッチなどをつまんでいる。 
 
 ここでは、エマドとアミ、フェイクの3人が
 昼食中だ。
 
「エマドさあ、さっき2回ぐらいペットの音
 外してたよね?」
 アミが鋭く指摘する。
 
「ああ、これのせいだ」
 さっきの紙切れに二人が覗き込む。フェイクが
 飲みかけたジュースを吐きそうになり、むせる。
 
「何時代?」とアミがぽつり。
「だろお? でさあ、おれが不覚にも笑いかけた
 のが、このタイトル部分」
「あ、ほんとだ。なんでタイトルまで」
 
 そんなこんなで夕方となり、音合わせも無事
 終わった。ホテルへ帰る道すがら、さきほどの
 紙切れをアミがウインとマルーシャに見せている。
 
 ウインは相当笑いをこらえている。マルーシャは、
 そうねえ、と言って肩をすくめる。
「もうそれ採用!」と言ってウインはついに
 大声で笑いだす。斬新だけど、とマルーシャ。
 
 遠くで歩きながら、ウインの笑い声を聞いたゴシ
 は、何を笑っているのか知るよしもなく、箸も
 転げる年ごろか、と独り言ちした。
 
ゴシの話30
  深夜に酒を飲みながら作詞するとたいてい
 とんでもないものが出来る、というアドバイス
 をウイン・チカからいただいた。
 
 作詞に関しては先輩だからまあそうなのだろう。
 まあ気にすることはない。そういうものが、
 今後多くの人の目に入ることはないだろう。
 
 クラブ・ウルゲンチでのライブはうまくいった。
 特に問題なし。あったとすれば、いつもは
 控室にいる私がいつになく最前列で見ていて、
 マルーシャのMCのときになにかの拍子で
 浮いてしまってそのままステージまで流れて
 いったことぐらいだ。
 
 ついでにアラハントのプロデューサーだと
 紹介してもらった。ライブ前に一張羅に
 着替えておいてよかった。
 
 そして夜も軽く打ち上げして、翌日はイジヤンの
 ふたつ隣りのモジュール都市、オースへ向かう。
 最終日、自由行動の時間だ。
 
 朝からシャトルで移動する。途中でモノレールに
 乗り換え、モノレールでオースの商店街へ向かう。
 オース駅を降りると、そこは別世界だった。
 
 いや、別世界というのは言い過ぎだ、知っている
 商店街の風景が、3次元的に広がっている、
 と言えばいいだろうか。
 
 駅を出ると、駅と線路をぐるっと囲むように、
 商店が並んでいて、人通りも多い。手すりの
 ついた道らしきものもある。
 
 普通であれば、空、町、地面であるが、
 ぐるっと見渡すと、隙間から見える空、町、道、
 町、隙間から見える空、道、と4回程繰り返す
 感じだ。
 
 まずこっちに行ってみましょう、とジェフが
 言って、駅から直角の方角へ動き出す。商店街を
 5分ほど進むと、少し開けた場所へ出た。
 
 そこは巨大な木と、巨大な球形のものがある。
 近寄ってみると、巨大な木は特殊な粘土質の
 植樹ユニットから生えていた。
 
 しかし、この木に限らず、この都市は緑が多い。
 月第3エリアの都市マヌカも緑が多いが、ここは
 無重力であることを活かしてあらゆる方向に
 木が生えている。
 
 建物の側面も、窓や入口がない部分にはだいたい
 ツタ上のものが表面を覆いつくしている。
 
 巨大な木の横にある、巨大な半透明の球形のもの
 は、水のタンクだという。近くによってみると、
 表面から霧状に噴出している。滝の近くにいるの
 と同じ効果があるらしい。確かにこのあたりは
 少しさわやかな雰囲気だ。
 
ゴシの話31
  さっそく商店に寄る。ここに、有名な生
 ウィローの店があるらしい。さっそく8人で
 中に入る。朝一で来たのは出来立てがすぐ
 食べられるからだった。
 
 出来立てだぎゃぁと店員に渡された物体を食べる。
 確かにおいしいのであるが、説明が難しいと言う
 か、捉えどころがないというか。
 
「じゃあ適当に分かれて自由行動にしましょうか」
 アミ、ウイン、マルーシャの3人が、さっさと
 行ってしまう。ジェフとエマド、フェイクもだ。
 あっちのコンビニにかわいい店員がいたんですよ、
 そう言っていたな。
 
 しょうがないので、リョーコと二人で目的地を
 決めることにする。
「どこ行きましょう?」
 
 手持ちの端末で調べると、歩いて行ける範囲に
 けっこういろいろあるようだ。有名な水族館が
 あるようなので、そっちに行ってみることにした。
 
 一方エマドとフェイクは。
 そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
 じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。以下略。
 
 ジェフがまた店員と話し込み出したので、
 コンビニを出て、売店で買い食いしていたアミ
 たちと合流することにした。
 
「エンターテイメントセンターあるから行って
 みっか」
 5人で向かう。やっぱりあった。
 スペースカーマリアリティだ。しかも
 4グループ分、20機ほども設置されている。
 無重力都市ではむしろ盛んなのか。
 
「最後の第5エリアであれもあるし、ちょっと練習
 すっか」
 5人でキューを入れるとさっそく相手が
 見つかった。
 
 そして、けっきょく3戦ほどしてしまう。
 相手が機動構成で、アラハントはいつもの狙撃
 構成、つまり苦手な相手であったが、
 アラハント側が3戦とも僅差で勝った。
 
 終わって外に出て、外部モニターに映し出された
 結果を5人で見ていると、あれ、さっき横の操縦
 席から出てきた5人も同じ画面を見ている。
 
 同年代の男女5人のグループだ。
「あれ? もしかしてさっきこれやってました?」
 エマドが聞く。
 
「そうこれうちらったい、あんたたちもやってた
 と?」
 対戦相手だった。
 
 というわけで、それぞれのポジション同士で意気
 投合してしまい、昼飯を一緒に食うことに。
 10人でソースドゴールデンフライの専門店に
 行く。
 
 食べた後、うちらそろそろ移動があるけん、
 と言って行ってしまった。
 
ゴシの話32
  アラハントの5人は、昼食後、少し行った
 ところのゴールデンオーカ城というのを見に行く。
 すると前に、ゴシとリョーコが歩いていた。
 
 フェイクが思わず声をかけそうになるのをウイン
 が止める。
 
「まさかあの二人がなあ」とエマド。
「まだ手はつないでないよね」とアミ。
「リョーコさんねえ、あの紙切れ見せたら、え、
 うそ、かわいい、って言ってたんだよ」とウイン。
 
「あ、それ、ちょっとわかる」とマルーシャ、
 4人が、え? と言ってマルーシャを覗き込む。
「あ、いや、ゴシさんがタイプって意味じゃないよ」
 
 母性本能をくすぐるタイプに弱いって意味、と
 マルーシャが説明するが、ゴシがどう母性本能を
 くすぐっているのかエマドとフェイクには全く
 わからない。
 
 二人に見つからないように後を尾けながら、独特
 な構造をしているゴールデンオーカ城を楽しんだ。
 
 最後にけっきょくゴシに見つかってしまったが、
 二人が午前中に行ったという水族館の話を聞いて、
 アラハントの5人もそこへ行ってみることにした。
 
 この水族館では、生きているオーカを見ることが
 できる。巨大な球形の水槽の中に、オーカが泳い
 でいるのだ。
 
「このオーカって、さっきのゴールデンオーカ城の
 てっぺんにあったオーカと一緒だよな」
 エマドが誰となく尋ねる。
 
「そうよ。その昔、地球上のエンドと呼ばれた国で、
 接している海の沖合でオーカが獲れたのよ。
 それを剥製にして、金箔を塗り、城のうえに
 飾った、それを復元したのがオースのゴールデン
 オーカ城よ」
 
 ウインがどこから仕入れたのかわからない情報を
 語る。そうして、けっきょく彼らは夕食の時間
 までオースにいた。最後は8人で集まって、
 オースヌードルを食べたのだ。
 
 そして、翌日、木星第5エリアへと出発する。
 これも、10日間の旅となる。
 ゴシ・ゴッシーの料理教室も継続するが、
 サクハリンの二人も参加することになった。
 
 意外とこの二人、航行中は創作活動をがっつり
 やるわけでもなく、暇らしいのだ。
 
 そして木星第1エリアを出て二日目、エマドと
 フェイクは、テルオの客船に遊びに行って
 よいと聞き、小型シャトルで送ってもらう。
 
 そこで、思わぬ場面に出くわすことになる。
 
ゴシの話33
  テルオが乗る客船は、一見ふつうの客船である
 が、アラハントのメンバーが乗ってきた客船とは
 少し趣向が異なる。
 
 居た、ジャージを着たテルオとサムエのリアンだ。
 そして、これは、タタミの部屋だ。小さな
 テーブルを前に、二人がなにやら難しそうな顔を
 している。
 
「あれ、勉強中じゃなかったんでしたっけ?」
「あ、ああ、今は休憩中だよ」
 テルオが気づいて答える。
 
 パチッ、パチッと小さな木片をテーブルに打ち
 付けている、これは、聞いたことがある、
 ショーギだ。3次元チェスと似たルールの奴だ。
 これは平面だけど。
 
「あ、リアンさん二歩」
「おおっと」
 リアンが慌てて木片を持った手を引っ込める。
 
「もちろんわかっていますよ、これは、プロでも
 まれに二歩を打つという戒めです」
 リアンが冷や汗を拭く。
 
 リアンは焦っていた。まだ教え始めてから10日
 も経っていない。もちろん実力はいまだ私のほう
 が上だ。しかし、すでにコマ落ちなしの平手で
 ある。
 
 最初定石を覚えるのがやっと、だったのが、終盤
 の寄せがまだまだだな、という状態になり、
 そしていまや序盤、中盤、終盤、どんどん隙が
 なくなって来ているのだ。
 
 驚異的な上達スピードだ。
 
 リアンがコマを打ち、ドヤ顔でグリグリやるのを
 見て、エマドはふと隣の部屋を覗いてみる。
 
「あー! おまえらこんなとこで」
 
 ケイト・レイ、アミ、ウイン、マルーシャの4人
 でテーブルを囲んでいる。
「あ、それポン」
 ケイト・レイが変なサングラスを掛けている。
 
「しかし臭っえな」
 タバコのお香を焚いているようだ。彼らがやって
 いるのはマージャンという競技だ。
 
 ケイト・レイも仕事柄打つようで強いみたいだが、
 どうもアミがダントツで勝っているようだ。
 フェイクと一緒にアミの後ろに回り、見てみる。
 
 安全牌を常に2、3個キープしているのはまあ
 いいとして、ツモと読みだ。なぜそこを引いて
 これるのかというところをどんどん自模ってくる。
 
 そして、牌の流れを読むのもすごい。ダメだと
 みるとすぐアンコやシュンツを切って七対子に
 持ち込む。
「おまえ、覚えたてだよな?」
「もち」アミが答える。
 
「全自動だから積み込みしてるわけでもないしな」
「イカサマはまだ教えてないよ」
 そんなこと教えて大丈夫でしょうかケイトさん。
 
ゴシの話34
  マルーシャがアミにハネマン振り込んでハコっ
 たのを見たところでもうひとつ隣を覗いてみると、
 タタミの部屋でトム・マーレイ少尉とブラウン・
 ノキア少佐が何か作業をやっている。
 
「タタミじゃなくて、畳、イントネーションが
 おかしいよ!」
 アミの鋭いツッコミを受け流して隣の部屋に入る
 と、トムとブラウンが細かい部品を組み立てて
 いた。プラスティックモデルだ。
 
 トムのはスペースカーマリアリティの機体を
 立体化したものだ。これはアシュラの前機種、
 コウモクテンだ。かなり精巧にできている。
 
 ブラウンが造っているのは、古い型の宇宙戦艦だ。
 おそらく旧世紀の2Dアニメーションに出てくる
 やつだ。
 
「最近のやつはほんとよく出来てるからな」
 ブラウンが呟く。
 
「え、これ、二人とも自分で買って持って来たん
 ですか?」
「え?」
 当たり前だろ、という顔でこっちを見てくる。
 
「あ、いや、二人ともいい歳なんで、買って持って
 帰ってくるのってちょっと恥ずかしかったり
 しないかな、なあんて」
 
 え? 恥ずかしい? なんのこと? という顔で
 こちらを見てくる。フェイクも、そこはまったく
 問題ない、と言ってさっきから手に持っていた
 袋から自分の分を取り出した。
 
 というわけで、勝敗が気になったエマドは最初の
 テルオのところに戻ってくる。
 
 どうやら今日はゴッシー教室をこっちの客船で
 やっていたようで、ゴシとリョーコもいた。
 
「リアン4段、最後の考慮時間に入りました。残り
 時間は1分です」
 リョーコがなぜか時間係をやっている。
 テルオも持ち時間がほとんど無いようだ。
 
 けっきょく、テルオの時間切れで勝負がついた。
 感想戦で、ゴシが入ってくる。
「リアンさん、最後時間切れを狙ったようにも
 見えましたが」
 
「いえいえそんなことはありませんよ」
「戦というものは、あらゆる勝ち筋を見出す必要が
 あります。今回はそれをちょっとお見せした
 かったホホホ」
 白い扇であおぎながら、大量の汗をぬぐうリアン。
 
 長期航行も三回目となると、皆、色々な方法で
 時間を潰す。それぞれそれなりに仕事もあるが、
 それでも時間が余る場合もあるし、
 それ以上に、それほど広くもない船内で、航行中
 に頑張りすぎて煮詰まってしまわないようにと
 いう配慮もあった。
 
ゴシの話35
  今回使用している客船は、航行期間という意味
 ではかなり小さいと言える。空母が同行していた
 ということもあるが、通常は10日間程度と
 なると、もう少し大きな船を用いる。
 
 今回はアラハントの5人とテルオに、あえて
 小さめの船で旅をしてもらった。その理由は、
 物語のもう少しあとで明確になっていく
 かもしれない。
 
 そして彼らは木星第5エリアへと到着する。
 
 この第5エリアは、第1と異なり、基本的に
 シリンダタイプの都市しかない。そして、同じ
 シリンダタイプであってもデザインが少し古く
 第4エリアよりも、すこしカントリーな雰囲気だ。
 
 彼らが向かうシリンダ都市は、カルルク。
 そしてライブ会場はクラブ・ニーシャープール。
 ここでもサクハリン、アラハント、テルオの
 ライブはうまくいった。
 
 少し驚いたのは、ちらほらとレイバーらしき
 人たちもいたこと。負けてはならじと、
 ゴシ・ゴッシーのダンスが炸裂する。
 シリンダ都市なので重力も問題無かった。
 
 そしてその翌日、交流戦だ。
 
 これは、両国の友好を兼ねて、アラハントの5人
 とクリルタイ国で選ばれたメンバーとでスペース
 カーマリアリティの対戦をするというもの。
 
 3回対戦して先に2勝したほうが勝ちとなる。
 
 ホテル近くのエンターテイメントセンターでこの
 交流戦が行われたが、その対戦相手とまず挨拶。
 
「ああー!」
「このひとたち、知っとうとよ」
 
 なんと、第1エリアのエンターテイメント
 センターで対戦してそのあと昼食を一緒に
 食べた男女5人のグループだった。
 
 まさかの再会に驚きつつも、3戦して辛勝と
 はいえ全勝しているアラハント側が少し余裕
 モードに入る。しかし結果は相手側の2勝1敗
 でアラハントの敗北。しかもチーム構成は
 相手側不利の火力構成だった。
 
 あとで知った話では、彼らはプロを目指して
 練習中で、2部昇格戦を行っている最中だという。
 その名も、ヘブンズゴッドゲーミング。オースの
 時は、サブアカウントで苦手な構成を練習して
 いたとか。
 
 そして、ケイト・レイ、アラハントの5人、
 ゴシ・ゴッシー、そしてテルオは、帰路につく。
 皆、ツアーのわりには充分楽しんだが、この長い
 航行期間をかけて再び太陽系外縁を訪れることは
 あるのだろうか。
 

ディエゴの話

  アラハントのメンバーが太陽系外縁ツアーから
 帰ってきて数か月が経ったころである。
 剛腕プロデューサー、ゴシ・ゴッシーに、
 新たな話が入ってきた。
 
 国務長官、ケイト・レイから直々にだ。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、そしてアラハント
 の3バンドでバレンシア共和国でのライブに
 参加してもらいたい、という。
 
 それも、バレンシア共和国で今最も売れている
 かもしれないバンド、ネハンのゲストとしてだ。
 ネハンのプロデューサーにはすでに話が
 通っているという。
 
 ただし、と言う。
 今回は、ゴシ本人とヘンリクは参加できない。
 というのも、わけ合って危険をともなう
 ツアーになるかもしれないからだ。
 
 バレンシア共和国では、極右勢力が台頭し
 はじめてきている。ネハンはデビュー当初から
 業界でも一匹狼な態度で、政権にも批判的だった。
 そういったイベントで、極右勢力の標的となる
 おそれがある。
 
「優秀なプロデューサーが失われれば、そのあとに
 ダイヤモンドの原石となるバンドが出てこなく
 なる」
 
 ちなみに、ボッビボッビには直接掛け合って、
 だいぶ前からハントジムで護身術を習って
 もらっているらしい。残りの2バンドは皆武術の
 心得があるので問題ないとか。
 
 今回のツアーには、私も民間人として参加し、
 ライブ開催の裏で、バレンシア共和国の政府高官
 と、非公式会合を行う、とケイト・レイは最後に
 付け加えた。
 
 すぐに承知して、3バンドのメンバーに連絡する。
 早速その日の夜、対策会議を行う。私が一声
 掛ければ、すぐみんな集まる、ゴシは気合を
 入れた。
 
 そして夜、たまたまゲルググで3バンドのライブ
 があったので、打ち上げでその話になる。
 まず、ネハンの話になった。
 
 太陽系外縁では、思ったより音楽が盛んだった。
 内縁は、おそらく活動の規模では我々がいる第3
 エリアが最も活発だ。いいメジャーバンドも
 たくさんいる。
 
 しかし、総合的な実力という意味では、第2
 エリア、バレンシア共和国のネハンが一番だ
 ろう、ということで3バンドのメンバー皆
 一致した。
 
 音楽シーンという意味では、第2エリアは見る
 人によってあまり面白くない。ありきたりなのだ。
 それほどでもないアーティストが、メディアの
 売り込みによって、売上を上げてしまう。
 
ディエゴの話2
  そんな音楽シーンにあって、それでもやはり
 ネハンが実力的には飛びぬけていた。
 
「だがな」
 マッハパンチのキングは言う、
「おれが思うに、いや、他にもそう思う人が
 必ずいるはずだ、ネハンはもっとやれる」
 
 商用的に成功してしまって、挑戦する気持ち、
 開拓する気持ちを忘れてしまっているのでは
 ないか、とそう言うのだ。
 
「おれは、彼らに会って、ひとこと言ってやりたい
 んだ」
 さすがにライブの中で呼んでもらった相手を批判
 しはじめても困るので、ライブ終わりにそういう
 話を直接する時間を作ってもらうことにした。
 
「しかしなあ、おまえら本当に大丈夫か?
 ケイト国務長官も危険を伴うって言ってたぞ」
 みんなの中心で、ゴシが国務長官の部分を強調
 する。
 
「その点は一応大丈夫と言っておこうかしら」
 さっきから打ち上げに参加していた女性、
 ケイト・レイに似た雰囲気をもつ。
 
「あ、知らないひともいるかしら、サキ・キムラ
 です」
 ケイト・レイの姪だ。たまにライブにも顔を
 出していたが、こんなに逞しかったっけ?
 
 3バンドのメンバーは、ここ最近ハントジムで
 いっしょにトレーニングやスパーリングを
 こなすのでよく知っている。
 
「コウエンジ連邦の諜報部によると、当日ライブ
 終わりの時間帯で偽装アンドロイドによる襲撃が
 予想されているわ」
 
「でも、数と質で前回よりだいぶ劣ることが
 分かっています」
 サキがコウエンジ連邦のことを我が国と言わない
 のは、複数の国籍をもっているからだ。もともと
 持っていた個人国家の国籍もまだアクティブだ。
 
 何体? という問いに、たったの100体、と
 答える。前回というのが何のことかわからな
 かったが、次元の違う話に、ゴシはドリンクを
 とりにいくふりをして、戻ってきて末席に座る。
 
「じゃあ、一か月後、みんな、しっかり準備しよう
 ぜ!」
 マッハパンチのキングが気合を入れる。
 
 すっかり主役が交替して、旧主役のヘンリクと
 盃をかわすゴシ・ゴッシー。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水に
 あらず、か」
 ヘンリクがその言葉にゆっくりうなずく。
 
 そうは言ってもな、とヘンリクに語り出す。
 あの、ケイト・レイのスパーリングを見たあと
 で、ハントジムで僕も護身術習わせて下さいと
 は、とても言えないよ君。
 
ディエゴの話3
  月のラグランジュポイント第2エリアは、
 地球を挟んで月と対称な位置にある重力安定点。
 
 そこは、バレンシア共和国の領空で人口は1兆人。
 太陽系内で最大の人口を抱える国である。
 居住空間は、すべて同型の密閉シリンダ型
 構造都市、直径33キロ、長さ60キロ。
 
 そのシリンダが、だいたい縦、横、高さ方向に
 40基弱ならび、総数は40000基弱。 
 それらの構造都市は、番号で呼ばれており、
 今回彼らが向かうのは、2001番。
 
 シリンダ都市は、月の体積とほぼ同じ程度の
 空域に広がり、遠くからみると非常に密集して
 いるが、重力安定点からかなり外れているもの
 もある。
 
 都市が、多すぎるのである。定期的に、推力で
 位置調整が必要であり、バレンシア共和国が
 慢性的な経済不況から抜け出せない要因の
 ひとつになっていた。
 
 3バンドの一行は、大型の民間船で移動する。
 船内から窓を通して第2エリアを見ると、
 4万基ちかくのシリンダが密集し、壮観で
 あるが、少し息苦しさも感じなくもない。
 
 バレンシア共和国の国民がかかえる閉塞感も、
 そういったところが影響しているのだろうか。
 
 航行自体は約2時間程度、第3エリアでの
 空港までの移動や搭乗手続きに約2時間、
 第2エリアに到着して入国手続きその他で
 約3時間、朝家を出て夕方には目的地
 ホテルに到着する。
 
 大型の民間船を使わず、高速艇を使えば、
 例えば木星へいくのと同じ速度で
 エリア間を移動すると、航行時間は
 10分前後だ。
 
 バレンシア共和国は、ある意味で快適である。
 だいたいこうだろう、というのを裏切らない。
 たまに来る分にはまったく問題ないのだ。
 
 ありがちなホテルにチェックインし、
 ありがちなレストランで夕食を食べる。そして、
 翌日の、ライブとその後も含めた動きを
 打ち合わせで確認する。
 
 ネハンのメンバーについても今のうちに確認して
 おこう。長髪のボーカル、マット・コバーン、
 ミディアムヘアのギター、サージ・オダジアン、
 スキンヘッドのベース、エディ・ローランズ、
 そして短髪のドラムス、カール・スミスの4人。
 
 熱狂的なファン、とうわけではないが、マッハ
 パンチなどは、この時代の多くの若いバンドが
 そうであるように、このネハンを手本としている。
 
ディエゴの話4
  サキからすると、まったく不安がない訳では
 ない。今回は守るべき対象が少し多い。
 
 まずはボッビボッビだ。打ち合わせでは、入念に
 立ち回りを打ち合わせる。もちろんトレーニング
 でもやってきたことだが、とにかく危険から
 うまく距離をとり、けして無理をしない。
 
 護身術といっても、実際に組み付いたり投げたり
 打ったり、というのは最後の手段だ。基本は周り
 の状況を見て、距離をとって、周りの状況を見て、
 の繰り返し。相手の二の手、三の手まで警戒する。
 
 ボッビボッビの3人はそれがよくできた。
 緊急事態でも落ち着いて行動できそうだ。
 
 マッハパンチも期待できそうだ。見た目以上に
 彼らの中身はクレバーだ。一見熱いように
 見えるのだが。今回は、そこをうまく使う。
 
 アラハントのアミ以外の4人は、素人と比較すれ
 ばかなりマシなのだが、戦力として期待するのは
 ちょっと厳しい。例えば軍用特殊型とはとても
 太刀打ちできない。それはマッハパンチも同じ
 だが。
 
 こちらから攻勢をかけるとすると、やはりアミが
 起点となる。今回はそこに一工夫入れる。
 
 今回、諜報部から入っている情報では、おそらく
 相手側はライブ中には仕掛けてこない。最も
 期待できる襲撃ポイントはライブ会場を出るとき。
 そこで、3バンドが使用する門をあらかじめ
 わかるように情報を入れておく。
 
 襲撃してくる側は、非合法の活動なので、警察
 当局等は一応こちらの味方だ。そこの目測が
 ずれると、お手上げになる可能性が高い。
 
 リスキーであるが、重要な一手がここにかかって
 いる。太陽系外縁、クリルタイ国のリアン・
 フューミナリの一計があった。
 
 そして、出演するメンバーからすると、もう
 ひとつ気になる点がある。観客数である。今回は、
 巨大な会場、といってもバレンシア共和国では
 もっと大人数を集めるライブがあるらしいが、
 20万人が入るというのだ。
 
 もちろん演ったことがないし、3バンドの方向性
 からこれ以降も特別な理由がない限りやることが
 ないだろう。
 
 そしていよいよライブが始まる。今回は、
 アラハントから始まり、ボッビボッビ、マッハ
 パンチ、そして最後にネハンが登場する。
 
 アラハントは比較的早い時間の17時から
 スタートだ。
 
ディエゴの話5
  立ち上がりは、そんなに緊張する必要はなさ
 そうだ。客の入りは3割ほど、それもほとんどが
 遠目に見ているだけ。
 
 ステージの前のほうには2千人ほど、配信などで
 アラハントのことはあらかじめ知ってそうだ。
 それも、ウインが登場したあたりからステージ
 前の人が増える。
 
 そして、マルーシャが登場するころには5割の
 入り、そして、かなりステージ前に集まって、
 盛り上がっている。
 
 エマドは、観客の中に、何かこう、いつもと違う
 音楽に飢えている、そういった雰囲気を感じて
 いた。
 
 そして、やっぱり来た、ステージの遠くのほうで
 手を振っている金髪の男。人込みをかき分けて、
 途中からダイブして運ばれてくる。
 
 そして、マルーシャのMCの途中でちゃんと
 ステージに到着する。ライブ前に出てくる時間を
 ちゃんと計算しているようだ。
 
 アミから見ても、ライブ自体にだいぶ慣れてきた
 ように見えた。そしてアラハントからボッビ
 ボッビにバトンタッチされる。
 
 ここらへんで客の入りは、7割ほど、今回の
 ボッビボッビは、先住民や少数民族の迫害の歴史
 よりも、過去の戦争の、特に世界大戦の悲惨さ
 をメインに歌う。
 
 特に反戦を叫ぶ、という感じではなく、ただ
 事実を淡々と歌いあげ、その先は聴いている
 人たちに考えさせる、というスタイルだ。
 
 MCも長めに話す。今回は、事前にケイト・レイ
 とライブの内容を綿密に打ち合わせていた
 ようだ。そして最後はダンス調の曲で盛り上げて
 終わる。
 
 そしてマッハパンチがやるころには、ほぼ10
 割の入り、かなり盛り上がっている。
 マッハパンチ自体のパフォーマンスも良いのは
 あるが、やはり、何か鬱屈したものを発散
 したい、そういう勢いがあった。
 
 一方楽屋では、演奏の終わったアラハントの
 メンバーが、酒盛りを始めている。差し入れの
 酒がたくさん並んでいる。
 
 ボッビボッビの3人がそれを眺めながらお茶と
 お菓子だ。いや、テルオもそこに加わっている。
 
 控室のモニターからは、マッハパンチの4人が
 ウィッグを取る場面が映し出され、会場は
 とんでもない興奮に包まれている。
 
 この後のライブのシナリオとしては、ネハンが
 演奏したあとに3バンドがもう一度ステージに
 登場、といったことはしない。
 
ディエゴの話6
  マッハパンチが終了して、ネハンが始まって
 から1時間ほどで、3バンドが撤収する
 という手筈だ。
 
 アラハントのメンバーが、音楽の方向性に
 ついて口論を始めている。若さゆえの
 熱さだ。
 
 そして、ステージを終えたマッハパンチが
 帰ってきて、その口論に加わっていく。
 客席側にいたサキも戻ってくる。
 
 時間が来た。裏の通用口に皆で向かう。
 会場の歓声が聞こえてくる。まだ口論が
 続いていた。
 
 通用門に来ると、彼らが乗るはずであろう
 大型ホバーが停車している。そして、別の
 大型ホバーがスルスルと来て、扉が開き、
 大人数が降りてくる。
 
「さあ出待ちが来たよ」
 
 門出口を取り囲むかたちで、偽装アンドロイドが
 情報の通りであれば100人前後。全員、
 コンビニの店員の制服を着ている。
 
 状況を数秒で一通り確認できたのち、彼らは
 再び口論を再開する。そして、ついに殴り合いの
 喧嘩に発展する。
 
 予想していない状況に、アンドロイドたちが少し
 困惑した感じだったが、当初の予定を思い出し、
 端から襲い掛かる。
 
 いや、速い動きで襲いかかったのはアミの
 ほうだ。襲い掛かるというか、酔って
 アンドロイドの群れに飛び込んだかたちだ。
 
 他のメンバーも、もみ合いながらアンドロイドの
 むれに混ざっていく。そして、アミは酔って
 訳がわからなくなった体で、アンドロイドたちに
 頭突きや肩、背を使った打撃を与えていく。
 
 そのたびに、手に持った酒瓶からひと口飲む。
 
 アラハントの残りの4人とマッハパンチの
 メンバーは、巧妙に乱闘を演じている。
 マルーシャのハイキックがエマドに決まる。
 演技に見えない。
 
 ボッビボッビの3人は、うまくそのもみ合いと
 距離を取っており、さらにその後ろにいるのは
 テルオだ。そして、お互い喧嘩している風に見せ
 ながら、マルーシャがアンドロイドにハイキック
 を決める。
 
 サキは物陰から見ているが、軍事特殊型などは
 いないようだ。5分とかからずに、アンドロイド
 たちだけが動かなくなった。
 
 そして、少し離れた場所にネハンのTシャツを
 着た怪しげな男性二人。ユタカ・サトーと
 ドン・ゴードンだ。今回は、彼らのバックアップ
 も必要なさそうだ。
 
 そして、ネハンもライブを終えて深夜、ネハンが
 泊まるホテルで、会って話し合うことになった。
 
ディエゴの話7
 「マッハパンチのキング、いえ、ディエゴ・セナ、
 入ります」
 マッハパンチのメンバーがいちいち名乗って
 一礼しながらネハンのホテルの部屋に入っていく。
 
 シルバーのフォーマルな服装、彼らが言う正装を
 して、ウィッグもつけていない。偽装は失礼に
 あたる、という考えからだ。
 
 アラハントやボッビボッビのメンバーも続く。
 
 ネハンのメンバーは、最初入ってきたマッハ
 パンチの姿に少しひるんだ様子もあったが、
 全員を暖かく迎えた。
 
「今日はみんな、おつかれさん、期待はして
 いたけど、すごく良かったよ」
 ネハンのボーカル、マット・コバーンだ。
 
 そばに寄ると、逆に不気味なくらいに、全く
 スターというオーラを感じさせない。相当な
 美男子であるにも関わらず。他の3人もそうだ。
 
 いえいえ、そんなことはありません、とマッハ
 パンチのクインが整った顔立ちで答える。キング
 が何か言いたそうにしているが、ドリンクと軽食
 をすすめられて、みな部屋に思い思いにくつろぐ。
 
 ネハンが泊まる、超高級ホテルの最上階だ。
 
 エマドが、昔なにかの打ち上げでサキがいて、
 語っていたのを思い出す。武術で本当に強いひと
 は、逆に強そうに見えないらしい。そういう場所
 では、オーラが出ていない相手ほど気をつけた
 ほうがいい。
 
 そもそもそういう場所に行かないよな、と思った
 が、今がまさにそういう場所なのかもしれない。
 
 マット・コバーンが、一人ひとりの名前をあげて、
 どこが良かったかを一つ一つ挙げていく。
 これだけのアーティストに褒められて、悪い気分
 ではなかった。
 
 しかし、ついに、キングが話し出した。
「わ、私はですね、その、納得いってないんですよ、
 確かにネハンは太陽系で最高のアーティストだと
 思っとるんです」
 
「しかしですね、なんかもっとこう、我々が思いも
 しない表現がもっと出来るんではないか、小生は
 そう思っているわけであります!」
 
 マット・コバーンは表情を変えず立ち上がり、
 窓へ歩み寄って、外を見る。
「君の言いたいことはよくわかる、セナ君」
 
「しかしね、われわれも、苦労しているんだよ」
 そういって、両手を頭にやった。
 
 そのコンマ何秒で、エマドが回想する、この場面、
 前にもなかったっけ。
 
ディエゴの話8
  エマドの回想が行きついたとき、現実も倣った。
 
 マットがウィッグをとり、その下にピカピカの
 頭頂部が。「私たちは常に、弱者の味方だ」
 
 一同、声も出ずに、口が開いたままだ。
 そして、一同は、ギターのサージ・オダジアンの
 ほうを向く。サージは、おれは違う、と手を横に
 ふる。
 
 そして一同は、ドラムスのカール・スミスのほう
 を向く。カールも、おれは大丈夫だと手を横に
 ふる。そして最後に一同はベースの、スキン
 ヘッドの、エディ・ローランズのほうを向く。
 
 エディは、親指を立てて、しっかりと大きく
 頷いた。
 
 マット・コバーンが続ける。
「私もやりたい音楽が実はいっぱいある」
 
「そのほとんどは私の責任だろうな」
 一人の男性が部屋に入ってきた。それに続くのは、
 ケイト・レイ、コウエンジ連邦国務長官と、
 サキ・キムラだ。別室で話していたようだ。
 
 入ってきた男は、ネハンのプロデューサー、
 エリオット・カポーンだった。
 
「この国で、自由に音楽をやるということは、
 実は非常に危険なことなのだ」
 エリオットは語る。人と異なることをやる、それ
 だけで危険思想と捉えられる風潮がこの国に
 あるらしい。
 
 ケイトが話し出す。
「クリルタイ国、外務次官リアン・フューミナリ氏
 の案があります」小声になる。エリオット・
 カポーンは、盗聴等の部屋のセキュリティに関し
 ては、自信があった。
 
 この日のアンドロイドの件は、事件として伝え
 られた。第3エリアから来たバンドメンバーの
 うち数名が負傷したこととなっていた。
 
 そして、それ以降、ネハンのバンドの方向性が
 急速に右傾化する。誰の目にも、その事件により、
 何者かから圧力がかけられたように見えた。
 
  数か月後、
 
 バレンシア共和国の世の中は右傾化がさらに加速
 し、それに便乗してネオ社会労働党を名乗る、
 中身は超極右政党なども誕生した。そして、極右
 政党と超極右政党による連立政権が誕生した。
 
 ネオ社会労働党の党首は、アグリッピナ・
 アグリコラという、若く体格のよい女性、派手な
 赤いスーツと赤い縁の眼鏡がよく似合っていた。
 
 時代はこのまま、どういった方向に進んで
 いくのだろうか。
 
マルーシャの憂鬱
  彼女が憂鬱となる原因は何であろうか。
 
 マルーシャ・マフノは、比較的裕福な家庭に
 生まれた。この際、比較的、という言葉は
 あまりふさわしくないかもしれない。
 
 不動産や有価証券などの資産を多く抱えながら、
 マルーシャの父は会社も経営していた。
 月のラグランジュ点第3エリアにおける、
 最も規模の大きい軍事企業である。
 
 マルーシャの父、ステパーン・マフノは、
 普通の人間である。この場合の普通というのは、
 会社の業績に対してそれほど熱心でもなかった
 し、兵器が好きでもなかったし、お金に
 執心しているわけでもないという意味だ。
 
 しかし、それが却って経営にプラスになって
 いるのか、業績自体は非常によい。元々、
 第3エリア自体に兵器に詳しい人間も
 多く集まっていること、
 
 業績にうるさくないことが、のんびりした
 落ち着いた社風を作り、それが多様な人材を
 集める結果となっていること。
 
 民間人視点が入ることで、多種の兵器が
 考案されつつも、うまく取捨選択がなされ、
 それが実際の市場で、主に戦場であるが、
 成功を収めていた。
 
 マルーシャは、そういったことを、小さいころ
 から理解し、学んでいた。父も、とくに隠す
 ところなく、事実と現実を学ばせた。
 
 それと同時に、小さいころから、やりたい
 習い事はなんでもやらせた。それは、父
 自身が小さいころからやってきたことでも
 あった。
 
 それもあって、バンドで音楽活動をやる、
 という話になったときも、特に反対はされ
 なかった。
 
 父ステパーン・マフノが経営するマフノ重工は、
 その名の通り、世襲制でマフノ家が常に経営
 を握っている。
 
 そして、マフノ家には、代々受け継がれている
 記録がある。マフノ家の歴史、と言っても
 よいだろうか。
 
 その歴史を初めて読んだとき、マルーシャは
 マフノ家に生まれたことを後悔したものだ。
 それから父とそのことについて話したり、
 父の家業に対する姿勢を知るうちに、その
 後悔は次第に薄れていった。
 
 その歴史とは、如何に世の中に、戦争を
 増やしていくか、その手法と実践の記録だった。
 それは、歴史書などでその実態を明らかに
 されたものもあれば、そうでないものもある。
 
 民衆をいかに操作して戦争に向かわせるかの
 記録だった。
 
マルーシャの憂鬱2
  マルーシャは、憂鬱になるほど、何か他の
 ことに打ち込んだ。
 
 最初はピアノだった、友達と一緒にやるゲーム、
 バンドの音楽活動、そしてその延長のジムでの
 トレーニング。
 
 とくに、限界まで体を追い込んで、呼吸が気を
 失いそうなレベルまで達したあと、すべてが
 すっきりする感触がした。
 
 父は家で経営を見ることも多かった。かなり
 小さなうちから、父のリモート会議に参加して
 いた。参加というよりは、その場にいた、と
 いったほうがいいかもしれないが。
 
 しかし、そうやって経営の空気を学んでいく。
 
 特につらかったのが、軍事企業が集まって行わ
 れる会合だった。
 
 産業団体連合会と呼ばれるその会合で、マフノ家
 は何代か前から会長を務めている。太陽系内の
 すべての軍事企業はもちろん、一般企業の軍事
 部門からも人が集まる。
 
 というと膨大な人数になるため、下位団体が地域
 ごとに組織されていて、そこから代表が来るので
 ある。それでも数千人規模になるのだが。
 
 会合では、父はとても冷たい人間になる。その
 理由も徐々にわかってきた。ああいう場でトップ
 を保ち続けるためには、まずトップであるとの
 イメージをまわりに植え付けなければならない。
 
 マルーシャの思い込みなのかもしれないが、
 とても特殊な人間が集まるのである。会合で
 会っていろいろと話し込むうちに、様々な特殊な
 趣味が顔をのぞかせるのである。
 
 そういうのに立ち向かうためには、非情の人間に
 なりきるしかない。父は、それ用の化粧までして、
 髪型を決めて、会合に臨む。そして、夕食では、
 血の滴るほとんど焼けていないステーキを、
 旨そうに食す。
 
 そんな父を見ているうちに、マルーシャのほうも
 少し楽しくなってきた。ハロウィンパーティに
 参加していると思えば良いのである。
 
 マルーシャも、冷酷そうに見える化粧をして、
 ドレスを着て、血の滴るステーキを食べる演技を
 見て、思わず吹き出してしまうのであるが、これ
 が周りから見ると、血も凍る景色となる。いつ
 しか氷の美少女とまで呼ばれるようになった。
 
 今では、母とも相談しながら、様々な演出を
 考える。特に、会合が第3エリアの都市マヌカ
 で開催されるときは、地元ということもあって、
 シェフやその他スタッフも巻き込める。
 
マルーシャの憂鬱3
  マルーシャの父、ステパーン・マフノは、
 自身の会社の仕事中も冷たくはあるが、
 それは態度だけである。
 
 社内も社長以下はみなのびのびやっている。
 
 家の中では、ふつうの人だ。ペットと
 のんびりしたり、プロの球技の試合を
 眺めたり。休みの日はよく釣りにいく。
 会社以外の人間関係がある。
 
 父は言う。
 自分は今の立場に合っていない。ただ、
 非人間的な者が、技術や権力を握ったときの
 ことを考えると、自分がやっていたほうが
 よいのでは、と。
 
 産業団体連合会の会合でも、基本は外に
 対する印象を大事にするように決定していく。
 一見冷たいような決定も、最終的によい
 方向へいくようにする。
 
 それを、冷たい人間というイメージをたもち
 つつ行う。なので時には犠牲も伴う。
 
 そういった立場を、悪意の人間が手に入れれば、
 おそらく様々なことが可能だ。それは、過去の
 悲しい歴史たちが証明している。
 
 そんなこともあって、マルーシャは、自分
 もふつうの人間の感覚をしっかり身につけた
 うえで、そのような立場を継いだほうが
 よいかもしれない、そう思うようになってきた。
 
 もう少し時が経てば、彼女のまわりの同年代たち
 とも、彼女の境遇について相談できるように
 なるはずだ。
 
 実際、同年代ではないが、コンサルタントの
 ナミカ・キムラとはかなりのことが話せるように
 なっていた。父も経営の相談をしている。
 
 父は言う。
 軍事企業は、本来は営利企業として経営しては
 いけないのかもしれないと。もう少し人類が
 賢くなって、仕組み自体を見直せればいい、と。
 
 第3エリアの軍事企業に関しては、情報開示は
 かなり綿密に行われている。父もそれに対して
 積極的だ。
 
 それが為されなかった場合、歴史が示すように、
 企業の利益のかなりの部分が、戦争を誘導
 するための工作に使われる。
 
 そのやり方は、まずターゲットとなる国の
 メディアを押えるのだ。公共放送がある
 ことが望ましい。
 
 おそろしい話だ、とマルーシャは思う。
 しかし、友がいる限り、自分は間違った道を
 選ぶことはないとも思う。
 
 おそらく今後、遠くない将来に、結婚相手を
 見つけ、経営にも深く関わっていくだろうが、
 今のメンバーで活動も続けていきたい、
 そう思うマルーシャだった。
 

ピエールの話
  ピエール・ネスポリは、身長もそれほど低いと
 いうわけではなく、どちらかというとハンサムの
 部類に入るだろうか。
 
 しかし、どことなくニセモノ感が漂う、宇宙世紀
 前の言い方をするなら、売れないホストを思わ
 せる外見、という言葉がぴったりかもしれない。
 
 しかし彼は、意識が高かった。今日も、仕事を
 休んで、外交に関するシンポジウムに参加して
 いる。そして、これから発表を行う予定だった。
 
 タイトルは、知的生命体外交。
 
 その発表の様子を見ていく前に、彼の仕事に
 ついて少し触れておこう。時は宇宙世紀
 22012年、25歳になった彼は、コンサル
 タント事務所に勤務していた。
 
 大学もフルコースで出ており、生物学を専攻して
 いたが、月のラグランジュ点第3エリアの
 マイナーな大学だった。
 
 しかも配属された研究室が人気がなく、教授が
 退官直前ということもあって、生徒はピエール
 一人だった。その教授も、最近亡くなったと
 風の噂に聞いている。
 
 それでは彼の発表を見ていこう。
 
 その日は、シンポジウムの最終日ということも
 あってか、会場全体も雑談が飛び交い、出席者も
 リラックスした雰囲気であった。
 
 ピエールは、他の意識が高い同年代の仲間にこの
 様子を見せようと、自分の発表の動画撮影の
 許可も取っている。
 
 意気揚々と入ってくるピエール。しかし、会場内
 に何かを見つけ一気に挙動不審になる。
 
 彼は、コンサルタント事務所の所長の姿を
 会場内に見つけた。少し発表の場所から遠いが、
 あれはキムラ所長だ。なぜこんなところに
 いるのか?
 
 ピエールは、事務所に採用される際、直接の上司
 セルジオ・イグチとしか面接していない。
 キムラ所長もあまり事務所に姿を見せないので、
 2回ほど元気に挨拶したのみだ。
 
 今日の件はセルジオには説明しているつもりだが、
 キムラ所長にはそれが届いているのだろうか。
 仕事を休んでこういう場に出席していることに、
 どういった印象を持たれてしまうのか。
 良い印象を持たれればいいのだが。
 
 おふっ、こっちをめっちゃ睨んでるぞ、でも
 この様子を今まさに配信してるんだ、
 ひるんだ様子を見せてはいけない・・・。
 
 一方こちらは、もちろんナミカ・キムラである。
 タイトルが気になったので、この発表にだけ
 参加していた。
 
ピエールの話2
  発表者の声が開始から全て裏返る。
 
 しかしこの発表者、どこかで見た顔だ、遠間で
 よく見えないが、うちの事務所にいた若いやつに
 そっくりだ。しかし、声が違う。あんな
 常に裏返ったような声ではなかったはず。
 
 発表の内容は、
 外部の知的生命体とは、恒星系を分ける、つまり
 棲み分けを行う。その際、恒星系の中間地点に
 必ず中間都市を設置し、そこで外交を行う。
 
 文明の発展度合いに関わらず、お互いを
 尊重しあう、といったものだった。
 ナミカが質問する。
 
「今後、遠い将来か近い未来かわかりませんが、
 人類が進化する、ということが考えられます。
 その際の取り扱いはどうなりますか?」
 
 その場合も、外部の知的生命体と同じで、
 まだ文明が発達していない恒星系に進化した
 人類が住み、旧人類は太陽系に住む、中間都市
 を設けて外交を行うのが適切だ、
 といったことをピエールが回答した。
 
 ピエールは、とりあえず発表を終え、ほっと
 した様子だ。最後のほうはキムラ所長本人から
 質問を受け、何か回答した気がするが、
 テンパっていたためあまり覚えていない。
 
 そしてピエールは、その翌週、直接の上司、
 セルジオから、武術のトレーニングジムへ
 通うように指示を受ける。
 
 次のクライアントは、コンサルタントを
 行いながら、身辺警護も必要らしい。
 まかせてください、と言って、仕事終わりや
 休日にジムへ通う。
 
 彼のトレーナーは、ユタカ・サトーだ。
 
 サトーは思った。これはかなり厳しい。
 本人は一生懸命やっているし、おそらく言動
 から察するに、武術の才能があると思っている。
 
 しかし、体格がまだ追いついていないことも
 あるが、そのセンス、スパーリングを
 やらせても、そのカマキリのような構えで、
 とても上達しそうな雰囲気がない。
 
 それでも一か月ほどのメニューをこなし、あとは
 自己鍛錬の方法をしっかり教わる。
 
 バレンシア共和国への駐在が決まったのだ。
 
 親に引っ越しの準備を手伝ってもらい、
 さっそくバレンシア共和国へ向かう。そして、
 クライアントの名は、アグリッピナ・アグリコラ。
 政党の党首だ。
 
 アグリッピナの事務所に訪れた彼の前に現れたの
 は、絶世の美女だった。さっそく自己紹介する。
 アキカゼ・ホウリュウイン、という偽名を使う
 ように指示されていた。
 
ピエールの話3
  派手な赤いスーツに金髪の美女の演説が始まる。
 
「有権者諸君、
 私がアグリッピナ・アグリコラである!」
 
「政権多数派は、第3エリアおよび太陽系外縁に、
 関税引き下げの要求を行っていくことを決定した」
 
「しかし!」
 
「もはやそんな悠長なことをやっている段階では
 ない!」
 
「われわれネオ社会労働党は、この度の連立により、
 防衛省の、防衛大臣の座を手に入れ、副党首で
 ある、ムフ・ブハーリンがその座に就いた」
 
「私はその状況に安住しない、私はそんなものに
 一切興味がない!」
 
「前政権の失策のひとつは、景気悪化である、
 そこに所得格差も広がっている、労働者たちは
 苦しんでいるのだ」
 
「しかし!」
 
「企業の内部留保は過去最高となり、環境汚染も
 進んでいるにも関わらず、前政権は企業に対して
 無策であった、とくに食品の汚染が深刻であった」
 
「だが、それはいい!」
 
「医療保険は年々上がるにもかかわらず、医療の
 環境はいっこうによくならない、国民の健康状態
 は年々悪化している!」
 
「軍事費が年々上昇して国の生産能力に対して
 かなりの比率になっているにも関わらず、平和
 主義を貫く、その矛盾を誰が説明するのか!」
 
「軍事基地を減らし、軍を少数精鋭化すべきである、
 有権者諸君、いかがであろうか!」
 
「わがバレンシア共和国、不景気の最大の原因は、
 閉鎖された市場である。第3エリアおよび
 クリルタイ国は、市場を自由化すべきだ」
 
「そしてそれを実現するために、もはや軍事的
 圧力しかない! 外交努力など、もはや多数派の
 お遊びでしかないのだ!」
 
「過去の世界大戦の原因が、市場の閉鎖性である
 ことは明白である! 少数精鋭による決戦により
 勝敗を決し、大戦の悲劇を避けるべきである! 
 そしてわれわれは市場の自由化を永続化し、
 永久の平和を得る! 国々は、助け合うべき
 なのだ!」
 
「労働者諸君、いざ、立ち上がろう! 農民の諸君、
 鍬を武器に持ち替えよう! 技術者の諸君、兵器
 を発明しよう! 学生の諸君、ペンを剣に持ち
 替えよう!」
 
「ともに労働者の国を実現し、そして私は
 天に召されるであろう!」
 
 アグリッピナ党首の演説に数十万の大歓声が
 あがる。そして周囲を警戒するのは、
 アキカゼ・ホウリュウインと名を変えた、
 ピエールであった。
 
ピエールの話4
  ピエールの仕事はうまくいっていた。
 
 ネオ社会労働党、アグリッピナ・アグリコラへ
 のコンサルティングは、第3エリアにいる上司、
 セルジオを通してしっかりバックアップされて
 いる。
 
 警備のほうも順調だ。順調というのは、襲撃
 事件が発生しているが、なんとかなっていると
 いうことだ。
 
 先日も、数人の悪漢が現れたが、その際は、
 アグリッピナが慌てすぎて悪漢のほうへ走って
 逃げてしまい、その際につまずいてバランスを
 崩し、頭部が悪漢に当たって撃退するという
 幸運があった。
 
 アグリッピナは、あんな演説もやってみせたり
 するが、実際はドジでかわいい女の子だ。
 
 後日さらに大人数で襲われたのであるが、その
 時は慌てたアグリッピナの肘が僕に当たって、
 そのまま僕は気を失ってしまった。しかし、
 気づいてみると悪漢どもがのびていて、
 アグリッピナも気を失って倒れていたな。
 
 まったく僕は運が強い。
 しかし、まだまだこれからだ、彼女はぜったい
 僕が守ってみせる。
 
 一方こちらはバレンシア共和国のテレビ画面、
 音楽バンド、ネハンのメンバーが、全員
 スキンヘッドにしたことと、ネオ社会労働党
 のマスコットキャラクターに選ばれたことが
 ちょっとしたニュースになっていた。
 
 ネハンは以前よりも見た目もだいぶ変わって
 おり、それは特に服装で、4人とも黒い詰襟の、
 しかし少し通常より裾の長いものを着ている。
 
 その黒の上下には、シルバーの文字の刺繍が
 なされており、富国強兵、欲しがりません
 勝つまでは、鬼畜第3、大バレンシア帝国、
 天上天下唯我独尊、夜露死苦、屍皇帝万歳!、
 などと書かれてある。
 
 会見する4人のメンバーのうち、ボーカルの
 マット・コバーンと、ベースのエディ・
 ローランズはなにかすっきりとした表情を
 しているが、
 
 ギターのサージ・オダジアンとドラムスの
 カール・スミスはどことなく浮かない表情だ。
 実際この二人は、裏で、なぜここまでやるんだ、
 おれたちの大切なものを取り戻したい、
 マットとエディは最初からそういう傾向だった、
 などと言っていると噂されている。
 
 ネハンのファンも二分された。今の傾向に
 賛成する好戦派と、行き過ぎだと批判する
 平和派だ。
 
 しかし、今のところ圧倒的に好戦派のほうが
 多かった。
 
ピエールの話5
  少し月日を遡る。
 ここは月のラグランジュ点第5エリア。
 
 第3エリアにある、ローエンド大学の教授職を
 退官したサルワタリ教授は、第5エリアの自宅
 に戻り、暮らしていた。
 
 そこを、太陽系外縁からはるばる訪ねたものが
 いた。その青年の名をリアン・フューミナリと
 いう。
 
 リアンは、サルワタリの最新の研究、遺伝子
 分布論について話を聞こうとしていた。
 
「遺伝子分布論というのは、別にたいしたことは
 言っとらん」
 
 ホワイトボードを前に、元教授は説明する。
「人間、に限らんでもよいが、遺伝子の種類を
 こう横軸にとるじゃろ」
 
「そうすると、遺伝子の分布は、こう、山型になる」
「地球上では、土地の面積が限られとるじゃろ、
 じゃけえ、この山は時間変化に対してほぼ変化
 せん」
 
「しかし、宇宙空間に出て、居住空間が、まあ地上
 にいるのと比較したら無限のように広がるじゃろ」
 
「そうするとじゃな、この分布の山が、ほら、
 こっちとこっち方向に広がる、まあそれだけの
 ことじゃ」
 
「数学的に証明することも簡単じゃ。わしはまだ
 やってないが、まあそのへんの数学が得意なやつ
 にやらせりゃあすぐできるだろ」
 
「まあ簡易モデルで見せてやろう、
 分布関数に、こう、適当にパラメータ類を決めて、
 居住空間のパラメータを無限方向に飛ばしてやる
 とほれ、山も広がっていくわな」
 
「なるほど」
 リアンは感心して頷く。
 
「これは、宇宙空間だから、という限った話では
 ないとわしは思っとる」
「つまり、ある種が広い空間を得ると、これが
 起きる、例えば、そうじゃ、サルが二足歩行を
 始めて、生活領域が一気に増えたとき」
 
「おぬしは今の人間の人口と、人間の遺伝子が
 とるパターンのどちらが多いか知っておるか?」
 
 専門分野ではないため予想ですが、同程度では
 ないかと、とリアンが答えるが、
「ぜんぜん遺伝子のパターンのほうがい多いん
 じゃよ」
 
「定量的な話はそんなもんじゃ」
 
「簡単に考えればいいだけじゃ、要は、生き物は、
 種として生き残る可能性を高めるために、様々な
 遺伝子の種類があればよい」
 
 リアンは、話を聞くために、翌日も訪ねることに
 した。彼が今後人間の社会の在り方を考えるうえ
 で、大きなヒントが潜んでいると考えたからだ。
 
ピエールの話6
  翌日。
 
「そうじゃ、より遺伝子の種類を増やしたければ、
 弱者や少数派を優遇する社会を作ればよい」
 
「もう少しいうと、犯罪者も含めてだ、わしの
 理論は本当に八方美人の理論じゃ、いや
 全方位美人といったほうがいいかガハハ」
 リアンがあまり笑っていないのに気づいて
 元教授は話に戻る。
 
「まあそれが簡単な例じゃな。ある特殊な遺伝子
 を持った者しか生き残れない疫病が流行ったと
 する。そいつがいなけりゃ、人類は滅亡する
 だけじゃ」
 
 質問をしてみた。
「この理論からすると、例えば宗教であれば一神教
 よりも多神教のほうが優れているように見え
 ますが」
 
「おぬしは外務次官というとるが、本当はもっと
 多くの人間の行く末を決める立場にあろう、
 もっと心を広くもたなければいかん」
 
「つまりじゃ、意識を落としていった先の瞑想状態、
 これが神の状態であるとよく言われるが、それ
 だけじゃない。集中している状態も、神の領域
 じゃ」
 
「つまり一神教も多神教もこれ真だと」
 
「物理学で説明するとじゃな、人間の性格という
 のは、フェルミ粒子的にふるまうものもあれば、
 ボース粒子的にふるまうものもある」
 
「フェルミ粒子は、パウリの排他律により、ひとつ
 ひとつの粒子が同じ量子状態をとることがない、
 電子や陽子に代表される」
 
「対してボース粒子は、複数の粒子が同じ量子状態
 をとりうる、光子や中間子、重力子などがそう
 じゃ」
 
「彼らは、多数が集まってひとつなのじゃ」
「つまり、同種の人が多く集まる国もそれはそれで
 必要だと?」 そうじゃと元教授は答える。
 
「理想はひとつであり、理想は一人ひとり異なる、
 わかるかのう」
 
「アインシュタイン教に代表される運命論と、
 ボーア教に代表される確率主義も同様じゃ」
 
「未来は決まっており、かつ未来は誰にも予測
 できん」
 
「わしはもうこの先長くない。わしの最新の理論
 を多少理解しとる若いもんがいる。名は、なん
 じゃったかな、たしかピエール・ネクロゴンド
 とかいうやつじゃ」
 
「どっかのコンサルタントに勤めるいうとった。
 探してみてもいいじゃろ。彼は、少し知った
 かぶりをする傾向があったが、まあなんかの役に
 は立つじゃろ」
 
 リアンから相談を受けたナミカ・キムラは、
 ピエールを安全な場所に移し、身辺警護する
 ことを決める。
 
ピエールの話7
  アキカゼはついに決断した。これはもう、
 やるしかない。
 
 場所は、レストラン・エテルニテ。最近は夕食も
 二人だけになることが多い。この店は以前も
 使ったことがある。
 
 費用を自分もちにして、ふだんより少しグレード
 の高い料理を注文する。ここは高級ホテルの最
 上階だ。なるべく当たり障りない仕事の話をする。
 
 メインを終え、デザートを終える手前で、トイレ
 に立つ。
 
 いよいよだ。
 
 このレストランのお客に見える人たちは、
 すべて実はサービススタッフだ。
 少し明るめの音楽が鳴り出す。そして、それに
 合わせて、一人づつ、お客が歌い、踊り出す。
 
 アグリッピナ・アグリコラは、顔色ひとつ変え
 ない。これだけの美女だ。こういうことは何度も
 経験して、慣れているのだろう。
 
 お客に見えた人々が全員踊り出したあと、トイレ
 から戻ってきたアキカゼも、歌と踊りに加わった。
 しばらく歌と踊りが続く。
 
 そして曲が終わったとき、アキカゼがアグリッ
 ピナの前にひざまずき、小さな箱を取り出した。
 
「ひとめ見た時から、あなたのことばかり考えて
 いました。身辺警護の契約、無期限で更新させて
 ください」
 
 箱を開けてみせたのち、これは契約書です、と
 言って、婚姻届けと書かれた封筒を差し出す。
 まわりの人たちからは大きな拍手が起こる。
 
 アグリッピナは腕を組んで、ちょっと困った風に、
「お父さん、いえ、お母様に相談させていただける
 かしら」
 
 そして今、店の端で、アグリッピナが親に電話
 している。
 
 アキカゼは急に怖くなってきた。これがもし失敗
 して、クライアントから本国へクレームとして
 入ったら・・・。
 
 一方こちらは第3エリアのナミカ・キムラ。
 娘のサキから電話がかかってきた。
 
「ふん、ふん、ふうん、まあ、あなたがいいなら
 別に付き合ってみてもいいんじゃない?」
 
 戻ってきて、契約は保留して、結婚前提のお付き
 合いということでいかがかしら? と聞いてくる
 ので、もちろんです、と答える。
 
 そして、この件、本国へは黙っておいていただき
 たいのですが、とお願いする。アグリッピナは、
 少し困った顔で、親に相談はいいのよね? と
 尋ねる。
 
「大丈夫です。ご両親にはどんどんご相談ください」
 
 見た目の印象ほどは悪い人では無いことは
 わかって来たのだが・・・。
 
ピエールの話8
  月のラグランジュ点第3エリア、コウエンジ
 連邦軍内では、人型機械小隊の再編成が急ピッチ
 で進んでいた。
 
 もともと在った3小隊に、一時的に2つ小隊を
 加えて、5小隊体制とする。ただし、第1小隊と
 第2小隊は予備の戦力とし、主力を第3、第4、
 第5小隊とする。第4および第5小隊は、臨時
 の隊員を充てる。
 
 今後予想される動きはこうである。
 月のラグランジュ点第2エリア、バレンシア共和
 国の宣戦布告および少数精鋭による即時の奇襲
 攻撃。
 
 それに対し、コウエンジ連邦軍は、初戦で敗退
 する方針だ。では、キムラ・コンサルティングが
 出しているシナリオを見てみよう。
 
 コ連軍は、初戦敗退し、それにより相手の出方を
 観つつ相手方の油断を誘う。そのまま連敗を重ね、
 第3エリア近くまで相手を引き込む。相手に決戦
 を誘い、その決戦において入念な準備のうえ、
 徹底的に叩く。
 
 そのうえで、相手国と講和を結ぶ。こちらが負け
 た場合も同様となる。
 
 初戦については、相手国の奇襲を誘う。そのため
 の相手国内における工作は進行中である。奇襲を
 誘う理由は、相手国側の戦力が充分に整う前に
 決着をつけるためである。
 
 軍事力による決着を選ぶ理由は、相手国内の不満
 のガス抜きの意味もあるが、それに勝利すること
 によって、相手国側の改革を促せるからだ。
 
 バレンシア共和国は、人口が多すぎて、都市効率
 が非常に悪くなっている。国を解体するつもりで、
 国民をより広い空間へ移住させるべきだ。
 
 また、軍事決着によるもうひとつの狙いは、今回
 の騒動の背後にいる勢力を炙り出すことである。
 その勢力とは、現在かなりのところまで絞れて
 いるが、最後に関係者の証言が必要だ。
 
 戦闘に勝利することで、その証言が得られる
 可能性が高いと考えられる。
 
 以上、キムラ・コンサルティングのシナリオに
 ついては、こんな感じだ。
 
 人型機械小隊の、細かい編成を見ていく前に、
 もう少しこのシナリオについて考えていきたい。
 
 それには、経済や政治の仕組みにまで踏み込んで
 考える必要がある。バレンシア共和国は、自ら
 戦争に走ったのではなく、誰かにそそのかされて
 いる。なぜ、そういったことが起こるのか。
 そそのかしているのは誰なのか。
 
ピエールの話9
  月の第3エリアとクリルタイ国に乗せられて、
 戦争へ走ってしまった、というのはあながち
 嘘でもない。実際にそのように見えている。
 
 しかし、第3エリアとクリルタイ国のリアン・
 フューミナリの狙いは、どうせ戦争を起こすなら、
 早めに起こさせて早めに潰そう、といったものだ。
 
 ナミカ・キムラは考える。背後には、バレンシア
 共和国に充分に準備させて、そして戦争を長期化
 させようと企む勢力がいると。
 
 そして、その勢力が誰か、どこか、を明らかに
 するには、金の流れを調べればよい。しかし、
 そこで、財務システムの在り方が問題になって
 くる。
 
 収賄とマネーロンダリングの問題だ。
 
 どこかから資金を受け取り、その見返りに、
 政治的工作を行う。不正に得た資金を洗浄し、
 収賄に用いる、あるいは自分で使用する。
 
 逆に、そういったことが困難な例を挙げてみよう。
 第3エリアのある国では、通貨が全て電子化され、
 お金のやりとりが、すべて相対処理される。
 店に買いに行けば、店の貸借対照表と損益計算書
 がその場で更新され、同様に個人の貸借対照表と
 損益計算書のデータベースも更新される。
 
 そして、そういった国の中には、社会主義の国も
 ある。つまり、所得の上限があるのだ。そう
 いったところでは、ひとつの口座や一人あたりの
 口座の合計などでもチェックするため、個人で
 どこかから不正な大金を受け取ることはまず
 不可能となる。
 
 ちなみに、厳密なシステムなため一見面倒に
 見えるが、店舗に行った際に決済カードを
 忘れても、指紋認証や網膜認証で本人確認して
 残高確認や買い物ができる。
 
 個人間の少額キャッシュのやりとりも、携帯端末
 上で可能だ。やってみれば意外と不便を
 感じない。
 
 そういった仕組みを採用している側の人間から
 すると、政治家がマネーロンダリングしたいから
 厳密なシステムを入れないだけだろう、という
 ような言い方になる。
 
 ただ、時代や経済の状況によって、そういう
 厳密さから解放が必要な時期があることも
 否定できない、と研究者などは言う。
 
 話を戻すと、バレンシア共和国含め、財務
 システムが厳密でない主要国がいくつか
 あるというわけだ。
 
ピエールの話10
  では、コ連軍、人型機械小隊の構成を見て
 いこう。まず、パイロット名についてであるが、
 コ連軍内では、システム上の都合もあって、
 隊員の本名の代わりに、スペースカーマ・
 リアリティのIDを呼称としてそのまま用いるのが
 正式だ。
 
 主力となる、第3、第4、第5小隊を見ていこう。
 
 第3小隊は、火力担当のシャチ選手が操るパズス、
 防御担当のマンボウ選手が操るベルゼブブ、
 サポート担当のジュゴン選手が操るテスカトリ
 ポカ、狙撃担当のメカジキ選手が操るルシファー、
 そして、遊撃担当のウツボ選手が操るイゾウ。
 
 便宜上、IDであることがわかり易いように、
 IDのあとに選手を付けている。
 
 第4小隊は、火力担当のチーズケーキ選手が操る
 コウモクテン、防御担当のダイフク選手が操る
 ゾウチョウテン、サポート担当のクリームパン
 選手が操るジコクテン、狙撃担当のマッチャ
 プリン選手が操るビシャモンテン、遊撃担当の
 フルーツタルト選手が操るニオウ、となっている。
 
 第5小隊は、火力担当のぬらりひょん選手が
 操るアシュラ、防御担当のねずみおとこ選手が
 操るガネーシャ、サポート担当のねこむすめ
 選手が操るパールバティ、狙撃担当の
 だいだらぼっち選手が操るインドラ、遊撃担当の
 うわばみ選手が操るハヌマーン、となっている。
 
 次にチーム構成のタイプを見ていこう。
 第3小隊は火力タイプのチーム、第4小隊は機動
 タイプのチーム、第5小隊は遠隔狙撃タイプの
 チームだ。
 
 この3つのタイプは、三つ巴の関係になっており、
 近距離放射砲等の範囲攻撃などを使い、混戦の際
 の圧倒的な火力が特徴の火力タイプチームは、
 機動力がないため遠隔からの狙撃に弱いが、相手
 から機動力で突っ込んでくるタイプには強い。
 
 機動タイプのチームは遠隔狙撃タイプのチーム
 にその機動力で一瞬で距離を詰めることが
 できるが、機動機能を優先した分火力が劣り、
 火力タイプのチームに混戦で勝てない。
 
 遠隔狙撃タイプのチームは、機動力のない
 チームに一方的に攻撃ができるが、機動力
 のあるチームには距離を取り続けることが
 できず弱い。
 
 実際のチーム構成では、あまり極端なタイプ
 に偏らせずに、例えば火力構成であっても、
 一部の機体は機動機能を持ったものを選ぶ
 など、多少の工夫を入れる。
 
ピエールの話11
  今回、一時的にであるが、第3、第4、第5
 小隊は、特殊な操縦方法を用いる。
 
 それは、遠隔アンドロイドを用いるやり方だ。
 
 通常、人型機械を操る場合は、人型機械母艦に
 ある搭乗機のコックピットから遠隔機を
 操縦する。遠隔機が全て破壊されれば搭乗機で
 出撃する。
 
 今回試験的に導入される方法は、搭乗機の
 コクピットに遠隔アンドロイドを座らせ、実際の
 パイロットは、人型機械母艦のさらに後方に
 いる空母の専用システムから、遠隔アンドロイド
 を操作する。
 
 遠隔アンドロイドが百パーセント、パイロットと
 同じ動作ができれば、パイロットがかなり安全な
 場所からパフォーマンスを発揮できることに
 なるが、プロトタイプを使用した実験では、
 まだまだかなりのオーバヘッドが存在するとの
 こと。
 
 そのため、敗退を予定している初戦とその後の
 数戦でのみ使用する。これは、旧型機の在庫処分
 も兼ねている。
 
 それではここで各小隊のメンバーを見てみよう。
 第3小隊は、バレンシア共和国出身の5人の
 男女、先日の戦闘で捕虜となり、家族の確保
 ができた等によりコウエンジ連邦へ帰順している。
 
 そして、チーム名は、ナンバー33000だ。
 
 第4小隊は、クリルタイ国からの応援として
 コ連軍に参加している男女のチーム。チーム名は
 ヘブンズゴッドゲーミングだ。
 
 第5小隊については、ねずみおとこ選手の心の
 内を紹介してみよう。
 
「な、だからおれがあれほど言ったのに、
 絶対何かあった時のために、IDはかっこいい
 奴にすべきだったんだよ」
 
「ふざけて付けるからあとでこういうことに
 なるんだよ。アマチュアの大会に出るときに
 コスプレするからいいだと? 馬鹿言っちゃあ
 いけないよ、だいたい、だいだらぼっちとか
 どうやってコスプレするんだ? ああ?」
 
 そして、彼らのチーム名は、アラハントだ。
 
 3つの小隊は、ゲームによる対戦や、実機による
 飛行訓練を続けていた。その様子を少し見て
 みよう。
 
「ちょっと! ねずみおとこ君、うちらは男女
 チームじゃないとよ、ダイフクちゃんは、
 れっきとした女の子ったい!」
 
「ジュゴン氏は男のコだし、いって良し、おすし」
「ジュゴン氏おこぷんずら」「なにそれじわる」
「やっべ、ぷいきあロクらないとなんで帰ります」
「それな!」
 

ピエールの話12
  コウエンジ連邦外務省および国務省に
 バレンシア共和国から次の文書が届く。
 
  宣戦布告文
 
  我々バレンシア共和国は、コウエンジ連邦
  およびその同盟国に対し宣戦布告する。
  これは、太陽系に永遠の平和をもたらすための
  行為であり、何人もこれに協力すべきである。
 
  コウエンジ連邦とその同盟国は、市場を閉鎖し、
  これは、軍事的侵略に等しい行為である。
  我が軍の威光の前にただちに降伏し、愚行を
  正し、民衆の苦を思いやるべきである。 
 
  バレンシア共和国議会
 
 その数秒後、第5エリア外側の宙域で
 軍事演習をしていたコウエンジ連邦軍艦隊に、
 多数の飛行兵器、誘導弾、戦闘機、人型機械
 が群がり、それらを搭載していたであろう
 多数の空母が続く。
 
 この奇襲により、コウエンジ連邦側は、
 大型艦船20隻を含む多くの艦船を失い、
 大損害を被った。
 
 しかし、この時偶然遠隔アンドロイドを使用
 した艦船運用のテストを行っており、人的被害
 についてはゼロだった。
 
 戦闘が終了し、移動可能な艦船が引き上げた
 のち、第5エリアより、大量のサルベージ船が
 現れ、残骸を回収したのち、引き上げていった。
 
 バレンシア共和国内は、この初戦の大勝利に、
 大いに沸いた。そして、その後の数度の
 戦闘により、コウエンジ連邦軍の人型機械小隊
 の脆弱性を確認する。
 
 彼らは、僅かな守備隊を残して、第3エリア
 へ主力部隊を送り、決着を付けようとしていた。
 彼らの戦力は、人型機械小隊が9小隊、
 大型空母20隻。
 
 ほぼ勝利を確信したバレンシア共和国側は、
 もっとも有力な人型機械の3小隊を
 コウエンジ連邦首都へ迫らせる。
 
 それに対し、コウエンジ連邦側は、新型を
 用意していた。新型の搭乗機には、各小隊の
 メンバーが直接搭乗する。
 
 エアロック内、第5小隊アラハントのメンバーが
 人型機械母艦に乗る直前である。ぬらりひょん
 選手の前に、長身の男が立ち、あとのメンバーは
 ぬらりひょんの後ろ。
 
 その長身、長髪の美男子は、ぬらりひょん選手に
 手をかざし、ぬらりひょん含めたメンバーは
 手を合わせている。
 
 そして、戦闘に参加するすべての人々の事前
 供養が済んだ。ぬらりひょん選手の覚悟が決まる。
 
 母艦に乗り込み、長身の男が去り、エアロックが
 開き、発進する。
 
ピエールの話13
  この戦闘の様子は、実況解説付きでリアル
 タイム配信された。そのダイジェスト版を
 観てみよう。
 
「それでは見ていきましょう、本日は、コウエンジ
 連邦対バレンシア共和国ということになりました」
 
「今回のまずポイントになりますが、バ国側が
 母艦の識別番号を元に有利なチームタイプで戦闘
 を仕掛けようとしますが、コ連側はそれをあえて
 受けます」
 
「まず初戦はコ連軍第3小隊対、バ国軍火力構成
 チームの対戦となりました。解説のエボルさん、
 この戦い、ひとことで言うと何になりますかね」
 
「ひとことで言うと、圧倒的、ではないでしょうか。
 まずバ国側ですが、火力担当アンリマンユ、防御
 担当オーガ、遊撃ヘカトンケイル、支援リリス、
 狙撃イフリートで、まあ悪くはないんですが」
 
「悪くはないんですがなんでしょうか」
 
「機体がちょっと古いんですよね。それに対して
 コ連側は新型を出しています。火力担当はシャチ
 選手のアヌビス、防御がマンボウ選手のセト、
 支援がジュゴン選手のイシス、狙撃がメカジキ
 選手のミカエル、そして遊撃がウツボ選手の
 ノブツナです」
 
「序盤は大人しくスタートしましたが、中盤から
 状況が動きます。マンボウ選手のセトが広範囲
 煙幕を使用してからの、ウツボ選手のノブツナに
 よる一刀両断で、バ国側狙撃担当のイフリートが
 ワンコンで撃墜」
 
「そこからのコ連軍ジュゴン選手のイシスによる
 シールドと味方へのフックを使ったノブツナの
 救出が素晴らしかったですね」
 
「さすがに狙撃担当を失った4対5の状況で
 バ国側勝てず、第3小隊に畳みかけられて次々と
 撃墜されます」
 
「まあこれ、この時点ではまだ遠隔機でしたが、
 けっきょく終盤までバ国側はこの状況を変える
 ことができませんでした」
 
「ノブツナの寄りが神速過ぎるんですよねえ、
 火力を集める前に一機落とされてしまいます」
 
「というわけで、第3小隊は敵母艦まで捕獲する
 という完勝です」
 
「ではここからは、コ連軍第4小隊とバ国狙撃構成
 チームとの対戦の模様をダイジェストします、
 わたくしウィキドンと、解説のデイツーさんです」
 
「よろしくお願いします」
 
「デイツーさん、この対戦をひとことで表すと
 すると何でしょう」
「ひとことで表すなら、やっぱり圧倒的、じゃない
 でしょうか」
 
ピエールの話14
 「さあデイツーさんから圧倒的という言葉が出ま
 したが、では中身を見ていきましょう」
 
「まずバ国側、火力担当のリョフ、防御のトウタク、
 支援ハンゾウ、狙撃タイシジ、遊撃コウウです、
 対する第4小隊は、火力がチーズケーキ選手の
 ケンシン」
 
「防御がダイフク選手のトシマス、支援がクリーム
 パン選手のシゲハル、狙撃がマッチャプリン選手
 のシゲヒデ、そして遊撃フルーツタルト選手の
 ヨシツネ」
 
「まあ序盤からびっくりですよねえ、支援担当の
 クリームパン選手操るシゲハルが、敵中央まで
 入っていって攪乱します」
 
「そんなに装甲も厚くないんですけどね」
 
「ちなみにこのシゲハル、ウィキペディアにより
 ますと宇宙世紀前、キョクトウはセンゴク時代の
 ブショウ、タケナカをモデルにしたそうですよ」
 
「まあこの、支援タイプのしかも装甲の薄いのに
 に前に出てこられるとですね、狙撃構成のチーム
 としては、スカーミッシュして下がるのか、
 それともそのまま近接して戦うのかの判断に少し
 迷うんですよね」
 
「なるほど、バ国狙撃構成チームは判断に迷った
 あげく、第4小隊火力構成のチームに捕まって
 しまいます。デイツーさん、このあともこの展開
 が続きますよね」
 
「あのー僕これ見ていて気付いたんですけど、第4
 小隊のマッチャプリン選手操るシゲヒデですね、
 すごくいい働きをしています」
 
「いい働きというと」
 
「すごく細かいところなんですが、相手側の隙を
 見つけては、コツコツと敵ミニオン機を狙撃
 している」
 
「なるほど、私なんかはどうしてもダイフク選手
 操るトシマスの大きな槍に目がいってしまいます
 ね。ところでデイツーさんが狙撃担当褒めるのは
 めったにないと思いますが」
 
「そうですねえ、僕も狙撃出身なんで狙撃担当
 はほとんど褒めたことないですねえ」
 
「というわけで、最後はフルーツタルト選手が
 あやつるヨシツネが回り込んでゲームセット、
 母艦確保となりました」
 
「ではライズさんとエボルさんに戻します」
 
「では次の対戦を見ていきたいと思いますが、
 その前にエボルさん、さきほどの対戦で
 ウィキペディアがさく裂していましたね」
 
「まあ僕はそれについてはノーコメントですね」
 
ピエールの話15
 「では見ていきましょう、コ連軍第5小隊対、
 バ国軍機動構成チームの対戦です」
 
「エボルさん、この対戦も何かひとことで表して
 いただきたいんですけど」
「この対戦もですね、まさに圧倒的、アットーテキ
 でしたね」
 
「ハハハ、エボルさん、ちょっと切れ気味に言うの
 やめてもらえません?」
「まあその理由は内容の説明の中で行っていきま
 しょう」
 
「ではチーム構成が出そろいました、まずバ国側、
 火力担当のマイルフィック、防御担当のルキフ
 グス、支援担当のヒドラ、狙撃のサタンに遊撃が
 ムサシ」
 
「対するコ連側、火力担当はぬらりひょん選手の
 シャカ、防御担当はねずみおとこ選手のクリ
 シュナ、支援担当はねこむすめ選手のラクシュ
 ミ、狙撃担当はだいだらぼっち選手のシヴァ、
 遊撃担当はうわばみ選手のセイテンタイセイと
 なります」
 
「まず序盤からセイテンタイセイの働きが目立ち
 ましたね」
 
「相手の遊撃担当のルートを完全に読んでいます。
 読んで絡んだところをシヴァの遠隔狙撃で、
 いっこうに近づけない、機動力を活かせていない」
 
「その後バ国の遊撃担当ムサシは完全に焦ってしま
 いましたね、早くも搭乗機まで撃墜されます。
 その後は数的不利をひっくり返すことはできず」
 
「前衛の動きも非常に良かったですね、狙撃構成
 チームと言うのは、一般的に前衛が堅いのですが、
 第5小隊は本当に堅いしうまい」
 
「耐久性抜群のクリシュナに回避能力抜群の
 シャカですね、例えばこの場面ですが、いったい
 何秒間、シャカは1対3を耐えたでしょうか」
 
「まあでも僕が気になったのはですね、バ国側の
 練度の低さですね」
 
「あ、そこにキレてたんですか」
 
「元々機動構成だったチーム・ナンバー33000
 がコ連側に行ってしまった、というのもあります
 が、ちょっと舐め過ぎたんじゃないかと」
 
「つまり舐めプだったと」
 
「まあそこまでは言いませんけど」
 
 開戦から初めて敗退したバレンシア共和国軍は、
 しかし敗戦を信じられず、その後も戦力の逐次
 投入を行ってしまう。そして、人型機械小隊
 すべて捕獲されるという結果となった。
 
 その後は空母同士の戦闘となり、数的にはバ国が
 有利であったが、コ連の空母はイージス艦並みの
 防御力で時間を稼ぐ。
 
 そして驚くべきニュースが来た。
 
ピエールの話16
  バレンシア共和国首都を陥落させたのは、
 クリルタイ国の高速空母40隻からなる艦隊で
 あった。
 
 バレンシア共和国側は2隻の巨大空母のみで、
 残りの戦力は第3エリア、コウエンジ連邦の
 首都へ迫っていたため、対応が遅れた。
 
 陸戦部隊により共和国トップが確保され、
 ただちに講和が宣言された。第3エリアにいた
 共和国軍もただちに停戦し、解体された。
 
 共和国内は、クリルタイ国による占領時に少し
 混乱があったが、その後、生活に必要なものが
 しっかりと供給されていることもあり、混乱が
 広がることもなかった。
 
 そして、そのあとのニュースも太陽系火星以内
 に少なからぬ衝撃を与えた。
 
 クリルタイ国の、正式な人口統計が発表された
 のである。その数は2兆人を大幅に超える。
 
 当国の説明では、急激な人口増加と減少が繰り
 返されたため、統計に時間がかかっていたこと、
 空賊や宙賊から国となっていったものがあり、
 それらが帰順して属領となる期限が来たこと、
 そもそもクリルタイ国として公式に人口統計を
 一度も発表していないこと、などを挙げた。
 
 バレンシア共和国では、臨時の政府が設置され、
 そのトップには超極右政党のネオ社会労働党、
 副党首であるムフ・ブハーリンが就いた。
 
 ネオ社会労働党の党首アグリッピナ・アグリコラ
 は、開戦の前日にスキャンダルが発覚し、国外に
 逃亡していた。なんでもこの危急存亡の時期に、
 身辺警護担当者と手をつないで歩いていたらしい。
 
 もともと多数派であった極右政党の国家改革党は、
 敗戦の批判を避ける意味でネオ社会労働党に
 トップの座を譲っていた。また、クリルタイ国の
 ジェネラルヘッドクォーターもバ国トップの上に
 臨時で設置される。
 
 そのジェネラルヘッドクォーターのトップは、
 クリルタイ国から来たリアン・フューミナリだ。
 
 ネオ社会労働党の党首となったムフ・ブハーリン
 は完全に転身し、平和主義者となっていた。
 そして、それは音楽バンド、ネハンも同じで、
 ボーカルのマット・コバーンは再び長髪に戻って
 いた。
 
 それから数か月後、ジェネラルヘッドクォーター
 が解かれ、リアン・フューミナリは木星圏に戻り、
 クリルタイ国王ティエン・ヘイを補佐する立場に
 戻る。
 
 バレンシア共和国極右政党が再び蠢動を開始する
 のであった。
 

イゾルデの嫉妬
  イゾルデ・ニコリッチは、小さなころから何
 でもできる子どもだった。
 
 幼稚園のころ、ケンカも強かったイゾルデは、
 男の子たちを使って、幼稚園で飼っている
 カブトムシの幼虫を盗ませる。そして、それが
 親に見つかって怒られた。
 
 走るのも同年代の男女と比べてダントツに早
 かったし、勉強もできた。とにかく、ほとんど
 努力もしないで、他人に勝つことができた。
 
 歌もうまかったし、音楽の才能もあった。小さな
 ころからピアノやバイオリンの稽古を行っていた。
 
 家も裕福だった。彼女の父が経営するニコリッチ
 商会は、軍事兵器を中心に様々な商品を
 取り扱っていた。
 
 イゾルデが親と住む家は、地球のラグランジュ点
 第3エリアにあった。ここは、地球の公転円上に
 あり、太陽を挟んで地球とは反対側にある。
 
 地球から遠いこともあって、辺境のイメージが
 強かったが、現在ではそのエリアに3000億の
 人々が暮らす。
 
 彼女は、その鋭い目つきを和らげれば、美少女の
 部類に入る外見をしていた。実際、あまり身近に
 いない異性や同性からは人気があり、そして常に
 影の実力者、という感じだった。
 
 始めて他人に対して苛立ちを感じたのは、父と
 一緒に参加した、同業種の会合だった。その
 相手は、マフノ重工の令嬢だという。
 
 マルーシャ・マフノと呼ばれるその女性は、
 優雅に、そして冷たい表情で、なんでもやって
 のけた。
 
 おそらく、イゾルデの父がその会合のまとめ役
 であれば、立場は逆だったかもしれない。
 
 そんなイゾルデも二十歳を超え、法学部を
 卒業し、弁護士資格を取り、マーシャルアーツ
 では同年代の同体重クラスではもう勝てる者も
 いないレベルに達していた。
 
 彼女は人型機械の操縦にも優れた才能を示した。
 ニコリッチ商会ではそれらの開発やテストも
 行っていたのだ。
 
 そのころ彼女を虜にしたのは、反出生主義という
 思想だった。こんなにも、自分から劣る人間たち
 が、たくさん増えたところで何になろうか。
 
 そして、逆に人類を増やす方向へ向かわせる思想
 が非常に気になってきた。思想そのものが持つ、
 人間を動かす力に気づいてきた。
 
 この人類をコントロールする力を得たい、そして、
 いつかあの娘を、嫉妬させたい。その瞬間を
 いつも思い描くようになっていた。
 
ピエールの話17
  そのころ、アキカゼ・ホウリュウインは、
 アグリッピナ・アグリコラとともに、クリルタイ
 国の首都、木星ラグランジュ点第1エリアにいた。
 覇王、ティエン・ヘイの謁見の間である。
 
「私の提案はただひとつ、この帝国を二分し、
 ふたつの性格のまったく異なるふたつの国を作る、
 まさに、天下二分の計にござりまする」
 
「お二人には説明するまでもありませんが、その
 狙いはもちろん国民の不満を逸らすため」
「都市開発による負荷がかなり高まっております
 れば」
 
「もちろんティエン様にはその一方の国のトップ
 になっていただきまする。2国は再び大いに
 栄えましょう」
 
 アキカゼが説明を終える。
 
「そこなリアン・フューミナリ参謀本部長も、少し
 違うが同種の献策をしてくれた」
「いったんこの件は預からせていただく」
 
 そういってティエン・ヘイは幕奥へ下がった。
 
「みごとな献策でした」
 リアンが追従する。
 
「アキカゼ殿にはしばらくここクリルタイ国に滞在
 いただきたいのですが。太陽系でもここほど安全
 な場所はございませぬ。暴動など一切起こる気配
 もござらぬので」
 
 そのあと小一時間ほど、アキカゼとリアンが
 デキる軍師ごっこを繰り広げ、アグリッピナは
 知らぬ間にいなくなっていた。
 
 そして、その騒動が起きたのがその二日後である。
 
 ニュース速報が伝える。
 クリルタイ国では、クーデターが発生、国王の
 ティエン・ヘイおよび参謀本部長のリアン・
 フューミナリは、月のラグランジュ点第5エリア
 へ逃亡。
 
 クーデターは成功し、その勢力は、帝国建国を
 宣言、国名は、フイ帝国。その皇帝の名は、
 テルオ・リー、光輝帝を僭称した。
 
 そして、その後行われた国民投票により、圧倒的
 人気で正式に皇帝となる。光輝帝はただちに行動
 にうつる。クリルタイ国時に行っていた、都市
 開発計画を凍結し、その分を、水星、金星、地球、
 月、火星、それぞれのラグランジュ点の都市へ
 持ちかける。
 
 拒否する場合は、軍事的圧力をかけるとのおまけ
 付きで。
 
 早朝、文武百官が居並ぶなかで、光輝帝が玉座に
 座る。
 
「謁見の間のデザインを5種類用意いたしました、
 今使用しているこの間も含め、3種ほどあれば
 他国の使節などを迎えるのにもよいかと」
 文官による奏上が行われる。
 
フォントーニの仕事
  フォントーニ・サーセンがその就職情報誌を
 見つけたのはその日の午後であった。
 
 もう少し正確に言えば、その募集記事を見つけた。
 
 あなたも皇帝になれる、その記事の冒頭には、
 そう書かれてあった。
 
 応募条件には、身長体重などとともに、顔の3D
 写真を送り、それに合格することなどがあった。
 報酬額や寮の完備など、働く条件がかなり良かっ
 たため、フォントーニは写真を送ってみること
 にした。
 
 その後、面接が行われることになり、木星圏への
 旅費などすべて向こう持ちとなる。いい話だ。
 
 フォントーニは、役者を目ざしていた。レッスン
 やオーディションの費用をこれでまた稼げる。
 仕事内容が少し気になったが、それはいつもの
 ことだ。変わった仕事でも、それは芸の肥やし
 になる。
 
 採用が決まったので、髪を短く切り、金髪に
 染める。
 
 職場には、フォントーニのほかに5名の担当者が
 いた。まとめの人間が、現場担当をあと2名追加
 して、7名で週1日勤務としたい、と言っていた。
 
 週休2日で、勤務日以外は歌や踊りのレッスン、
 セリフの練習などだ。これにも給料が出る。
 
 しかし、一番つらいのは、数百枚の紙に大きな
 ハンコを押す練習だ。過去のアルバイトで電子
 スタンプを押したことはあるが、実物はほとんど
 ない。しかもこの大きさだ。
 
 しばらく続けているうちに、バイト仲間から
 面白いことを聞いた。謁見の間でほとんど毎日
 文武百官が居並ぶが、高い確率で参加する
 アキカゼ・ホウリュウイン参謀長、
 
 そして、武官のアグリッピナ・アグリコラ、
 ユタカ・サトー、ドン・ゴードン以外は、
 ほとんどバイト、ということらしい。
 
 そのうち、皇帝と文武百官のバイトのメンバー
 だけで飲みにいくようになった。
 
 はやく役者になって、安定した収入を得たいと
 思っているフォントーニであるが、たまにアル
 バイトで高額なのに仕事自体も何か面白い、
 というのがあるのがわかってきた。
 
 ただ、他国の使節が来るときだけは緊張する。
 
 こないだも月の第3エリアから、ナミカ・キムラ
 という猛将が来訪したが、その迫力に自分もそう
 だが、アキカゼ参謀長がかなり狼狽してたな。
 
 新人もどんどん入ってくるので、できれば他国の
 使節は新人に任せたい、そう思うフォントーニ
 だった。
 
ピエールの話18
  数か月後、月のラグランジュ点第2エリア、
 バレンシア共和国で政治スキャンダルが多発し
 始めた。
 
 今は月の第5エリアへ避難している、リアン・
 フューミナリの罠が発動したのだ。
 
 リアン本人からしたら、「人聞きの悪い」という
 ことになるかもしれない。リアンが行ったのは、
 政治家と経営者は、コンプライアンスを守りな
 さい、という言葉を発したのと、窓口を設けた
 だけだ。
 
 主に、極右政党国家改革党の、贈収賄、横領、
 パワハラ、セクハラ、暴行事件、選挙違反、
 不正選挙、スパイ、などなど、党はほぼ壊滅状態
 となり、この党の前に政権についていた中道左派
 の政党が返り咲く動きを見せていたのだが、
 
 この国家改革党の議員が脅迫を受けていた、と
 いう話が出てきた。特殊な分野で使用する
 コンピュータの特殊なプロセッサを作る企業から、
 製品を提供する見返りに、偏向した政治活動を
 行えと。
 
 そのプロセッサ製品を使っている企業の株を多く
 保有している政治家が標的となった。標的となっ
 た政治家はそれ以外にもいろいろと弱みを握ら
 れていたようだ。
 
 その特殊なプロセッサを提供していた企業とは、
 月のラグランジュ点第4エリアに本社を構える、
 ヤースケライネン社。独占禁止法違反の疑いで、
 極秘捜査が開始された。
 
 数か月後、浮かび上がってきたのが、高齢の
 CEO、ヒルダ・ウッテン。バレンシア共和国の
 申し入れを、ヤースケライネン社のあるソニ
 国は受け入れた。
 
 そして、逮捕の際の突入にあたって、コウエンジ
 連邦が協力を申し出てきた。そのCEOの部屋が
 ある階に、通常街中では使用できない軍事タイプ
 の兵器があるということがわかったからだ。
 
 その兵器は、キサラギ社製のものが二台。これ
 まで出てきた、民間偽装のアンドロイドとは異
 なる、完全に戦場で使うタイプのものだ。
 
 そして、キサラギ本社と技術者の協力も取り
 付ける。
 
 ナミカ・キムラは、突入の日に向けて入念に
 準備した。特に、2台目に関してだ。ヤースケ
 ライネン社内にも足がかりを作る。そのCEOは、
 すでにかなりの敵を社内に作ってしまっている
 ようだ。
 
 そして当日、やってきたのは、ユタカ・サトー、
 ドン・ゴードン、サキ・キムラ、ナミカ・キムラ
 の4人だ。
 
ピエールの話19
  今回の4人は、国と市の許可をとって、完全
 武装している。ドン・ゴードンは、外でホバーに
 乗せていた飛行ドローンの準備だ。
 
 サトーとサキ、ナミカの3人で社内に入っていく。
 サトーは大きな荷物を抱えている。
 
「意外とそういうものなのよ、頭の良さそうな人は。
 あちらのお母様との仲がどうなのかとか聞いて
 みたら」
 
 ナミカがサキと何か話している。あまり今日の
 突入に関することでは無さそうだ。サトーは
 緊張してきた。この日のために練習してきたが、
 やはり、断れば良かっただろうか。
 
 妻によると、今回もし仮に失敗すれば、かなりの
 破格のあれが入ってくるらしい。成功すればそれ
 なりの成功報酬だとか。目をキラキラさせている
 ように見えるのは気のせいか。
 
 あらかじめ連絡が入っているので、案内ゲートと
 セキュリティチェックは簡単に通過。セキュリ
 ティは上階以下は一時的に切断できているため、
 金属装甲による完全武装でも警告音は出ない。
 
 そして、上階でそろそろ警告音が鳴り出したが、
 通常この会社の警備員がかけつけ、警察に連絡が
 入る。警察はすでに到着していて建物を囲んで
 いる。警備員はこの件了解済みだ。
 
 そして、最上階からひとつ下の階で、それが出て
 きた。キサラギ社製、ラーヴァナ。2本足に多数
 の腕、多数の顔。まあ、まだアンドロイドと言え
 なくもないか。いや、無理だ。
 
 こいつには、サキとナミカがあたる。
 
「でもねえ、私が母親だって、言わないほうがいい
 でしょう、あの子、いつもビクビクして気の毒」
「実は父子家庭って言ってみよっか? まあ、
 あながち間違いではないし」
「アハハ、それちょっと面白いね」
 
 まだなんか話しているが、ぼちぼちマスクを
 閉める。開始だ。
 
 想定どおり、ラーヴァナは銃器の類を持って
 いないが、刃物は全ての手に持っている。
 基本的に避けたほうがいいが、装甲で受ける際
 は角度に気をつけないといけない。
 
 一分ほど二人は攻めあぐねていたが、目くばせ
 する。サトーをおとりに使う気だ。サトーは
 聞いていないので、少し慌てる。
 
 ラーヴァナがサトーとの距離を詰めようとした
 とき、背後からサキが跳び蹴りを狙った。多数の
 腕に跳ね返されるが、その時ナミカが足元に
 もぐりこんでいた。
 
ピエールの話20
  ラーヴァナの足元で、パキーンと高い音が鳴る。
 ナミカが一瞬で足首を極めたようだ。すかさず
 離れる。
 
 サキがフェイントから正面に潜り込む動き、
 そこから、切りつける動作を読んで、逆に後ろへ
 引き込んだ。前へバランスを崩してヒザをつく
 ラーヴァナ。
 
 そこへ、素早い踏み込みから低い姿勢で肘撃ち
 を決めるナミカ。狙いは、右腰部の装甲、
 瞬間に重い掌打と当身も入れる。
 
 ソケットが露出した。いったん離れる。片足
 に動力が行かないのか、うまく立ち上がれない
 ラーヴァナ、ナミカが腕の一本をもぎ取る
 勢いで極める。再びパキーンという高い音。
 
 そして、サキが、キサラギ社製のデバイスを
 ソケットにぶっ刺した。とたんに停止する
 ラーヴァナ。
 
 3人で非常階段を使って最上階へ上る。
 扉を開けて、すでにそいつはいた。多脚型、
 キサラギ社製、スカラビー。
 
 こいつは、銃器を持っている。しかし、条件が
 揃わなければ、社内ではおそらく発砲しない。
 
 サキとナミカが接近する。こいつの体当たりや
 隠し腕の攻撃は、この二人でもまともに受けない
 ほうがいい。ガードがミスれば骨折では
 済まない。
 
 タマムシという意味の名前からは可愛さが想起
 されるが、実際の戦場でのスカラビーの様を見た
 ものは、けしてその前に立ちたいとは思わない
 だろう。
 
 サトーが荷物を開け、中からモバイル重砲を取り
 出す。これは、重砲としてはレプリカだ。実際
 はシールド発生装置。
 
 おもむろにそれを持ち、窓側へ回り込む。スカラ
 ビーが反応しだした。スカラビーの砲口がサトー
 を追いかける。そして、窓を完全に背にして、
 サトーが重砲の口をスカラビーに向けたとき、
 スカラビーは発砲した。
 
 瞬間シールドを発動させるサトー、衝撃を検知
 して、サトーの背面の装置からバルーンが展開、
 サトーは背中から窓を突き破って、飛んでいく。
 
 その直後、スカラビーの装甲面、カーン、カーン
 と何かが当たる音が何度も響く。そして、スカラ
 ビーは停止した。サトーが突き破った窓の向こう、
 100メートルの位置に、もし光学迷彩を解いて
 いたら見えたのは、人型機械、シヴァだ。
 
 キサラギ技術者の提供した、緊急停止用のナノ
 マシーン弾だった。
 
 外では、ドン・ゴードンがサトーを回収している。
 全身痛いがサトーは無事だった。
 
ピエールの話21
  ヒルダ・ウッテンは、フロアの隅で震えていた。
 途中で事態に気づいたのだろう。普段は下の人間
 にかなり高圧的な態度で接していたらしいが。
 
 聴取であっさりと白状した。そこは、コウエンジ
 連邦軍空母の中、そこから、木星圏へ安全に移送
 するという条件付きだ。家族は・・・、いない。
 
 この小物の背後にいたのは、地球のラグランジュ
 点第3エリア、ニコリッチ商会の令嬢、イゾルデ
 ・ニコリッチ。商会の実権をほぼ握りつつあった。
 
 コウエンジ連邦は、ただちに空母3隻を送る。
 同時に、木星圏にも応援を頼んだ。目的の空域
 までは、約2日。
 
 参加したのは、先ほどの4名に加えて、アラ
 ハントのフェイク・サンヒョク、ウイン・チカ、
 エマド・ジャマル、そしてマルーシャ・マフノ。
 アミは今回参加していない。
 
 人型機械母艦には、火力担当のシャカ、狙撃
 担当のシヴァ、防御担当のクリシュナ、そして
 支援担当の、今回はカーリー、氷結仕様。
 
 クリシュナも、普段と違っていた。武器を換装
 したのではなく、腕そのものを特殊なものに換え
 ている。触った2点間に高圧電流を流せるよう
 になっている。
 
 イゾルデは、コウエンジ連邦軍接近の報を聞いて
 いた。そして、空母乗員の名簿情報の中に、
 見つけたのだ。ぜっこうのチャンスだった。
 
 イゾルデは、すぐさまニコリッチ商会の中型空母
 3隻を手配する。必ず生け捕りにしてやる、
 自ら出撃するつもりだった。なぜその空母に
 乗っているのか、といったことは、もう考え
 なかった。
 
 そして、ふたつの軍はその空域で衝突する。
 元第5小隊は、遠隔機とミニオン機を射出した。
 対するニコリッチ軍は、イゾルデ自ら出撃する。
 
 彼女が乗る機体、アンフィスバエナは、大型機だ。
 そして、遠隔機を持たない。搭乗機でいきなり
 出撃だ。そして、実際強かった。ぜったいの自信
 があった。
 
 短いヘビのような下半身に、人型の上半身が
 背中合わせにふたつ生えている、恐ろしい姿だ。
 腕も、ひとつの上半身あたり4本ある。
 
 それに対し、中央正面に位置取るのは、カーリー
 だ。それを援護するかたちでシャカ、クリシュナ
 は、ミニオン機を気にしながら後方へまわる動き。
 
 先に大量のミニオン機同士が戦いを開始する。
 
ピエールの話22
  アンフィスバエナの対策が難しいのは、
 それが特注機であることが一番の原因かも
 しれない。
 
 しかし、方針はシンプルだ。ダメージを確実
 に与えて、蓄積させる。そして、今回は、
 遊撃担当のセイテンタイセイを乗せていない分、
 遠隔機がそれぞれ一機追加されていた。
 
 しかし、シヴァ以外の最初の一機が全て
 一分以内に破壊される。遠隔機2機目となった
 彼らだが、少し癖が見えてきた。
 
 シャカの火炎放射、カーリーの超近接冷却、
 クリシュナの接触による高電圧、そして、
 シヴァが使用する弾丸は、味方をも
 巻き込む、腐食弾だ。
 
「マルーシャ!いまっ!」
 
 マルーシャに接近のタイミングを告げるエマドと
 フェイク。傍受した音声通信が、イゾルデの
 乗るアンフィスバエナのモニターの一画に
 小さくテキストで表示される。
 
 パイロットが発する声の情報は、嘘も含まれる
 ため普段はあまり気にしない。しかし、そこに
 マルーシャの文字を見つけ、イゾルデは逆上した。
 てっきり、母艦か空母にいると思っていたのだ。
 
 乗っているのはこれだ、氷のように冷たい表情を
 したこの人型機械。イゾルデの意識がカーリーに
 偏り過ぎる。
 
 クリシュナが、アンフィスバエナの背面側機体の
 腕をとり、通電させる。高温と低温、腐食ガスと
 過電流により、動力系統か電気系統が摩耗し、
 その腕は動くことをやめた。
 
 そして、それぞれ4機目の遠隔機を使うころには、
 背面側がほとんど停止している。イゾルデは、
 焦り出した。
 
 カーリー4機目の胸部は、搭乗機と同じ構造を
 していた。イゾルデは、カウント間違いを起こし
 た。ふだんなら、人型機械5種で、遠隔機は3機、
 今回は4種で遠隔機は4機の可能性がある。
 
 だから、胸部が搭乗機の形をしている4機目は、
 カモフラージュで、まだ遠隔機の可能性がある
 のだ。
 
 遠隔機ならなるべく近接してはいけないが、
 搭乗機なら無理してでも捕獲したい。捕まえれば
 他の機体も停戦だ。
 
 そして、シャカの遠隔ポッドによるシールドで
 守られながら接近してきたカーリーに、冷却
 攻撃をまともに食らう。そしてシャカの
 火炎攻撃、クリシュナが組み付いて雷撃。
 
 局地戦仕様でもない限り、この攻撃には機体
 寿命が耐えられない。正面側上半身も停止
 させたアンフィスバエナは、残った推力で
 母艦へ逃げる。
 
ピエールの話23
  しかし、イゾルデの母艦はすでにフイ帝国の
 援軍の陸戦部隊に占拠されていた。フイ帝国は、
 火星公転円あたりにも基地を持っている。
 
 そして、ついに捕まる。
 
 数時間後、コウエンジ連邦軍の空母エアロック内
 で、アンフィスバエナはワイヤーで固定されて
 いた。イゾルデはまだ中だ。
 
 空母は回転航行に入っており、重力が発生して
 いる。
 
 そこへ、マルーシャが一人で歩いてくる。いや、
 少し後ろには、ナミカ・キムラだ。
 
 イゾルデは、マルーシャの意図がわかり、コク
 ピットを開けた。望むところだ。マルーシャは、
 パイロットスーツに、格闘用のグローブを
 はめている。
 
「一分以内に決めてやる」
 イゾルデは低く唸った。
 
 首の筋を伸ばすように頭を左右に軽くひねり
 ながら、マルーシャがステップを踏む。来い、
 という仕草とともに、イゾルデが踏み込んだ。
 
 サウスポーの右のジャブと左のフックをフェイ
 ントにした、左足の蹴り上げだ。これが額を
 かすると、それだけで勝負が決まる。
 
 イゾルデが開始早々に勝つときは、いつもこれだ。
 これがいつも決まるのは、ボクシングスタイルで
 踏み込んでいるにもかかわらず、蹴りの出が早い
 からだ。それができるのはイゾルデ以外に
 あまりいない。
 
 マルーシャは、研究してきたのか、スウェイで
 避ける。最序盤の決め技を外して、イゾルデは
 少し慎重になる。ローキックから牽制するが、
 細かく左右をスイッチしながらである。
 
 これが、左右のスタンスに得意不得意がある者で
 あれば、地味に嫌なのだ。しかも、イゾルデ側は
 左右とも同じレベルの技を出してくる。
 
 マルーシャは、変わらず右のスタンス、
 ジャケット競技でいうところの左自然体だ。
 イゾルデの左右切り替えながらのローキックに、
 マルーシャが、
 
「あっ!」と声をあげながらバランスを崩す、
 一瞬で踏み込み左フックを決めに行くイゾルデ。
 
 しかし、バランスを崩すかに見えたのは、
 マルーシャの囮だった。足を切り替えてクロスの
 カウンターを決めに行くマルーシャ、両者交錯
 するが、イゾルデが一瞬の判断で体重を後ろに
 戻したため、耐えきれた。
 
 体重が乗っていれば、イゾルデが決めた可能性も
 あるが、逆にやられていた可能性も高い。
 
 クレバー、とうよりもむしろあざといやり方も身
 につけているマルーシャに、イゾルデは少し焦り
 出す。
 
 そういえば、体格も少し大きくなっていないか?
 マルーシャは、ここ数か月で5キロ、イゾルデと
 最後に会った時からすると、10キロ増えていた。
 
 今度はマルーシャが、じりじり前に出て、圧力を
 かけ出す。これにイゾルデは怒り、攻撃を繰り
 出す。そんなことはあってはならないのだ、圧力
 をかけるのは、常に自分なのだ。
 
 しかし、マルーシャは、ディフェンスのスキルも
 確実にうまくなっていた。イゾルデは、上下に
 突きと蹴りを散らしながら、タックルを狙う。
 
 それを余裕でさばき、間合いを取ってから、ヒザ
 をついているイゾルデに、立って来いと手招き
 するマルーシャ。
 
「うぉお!」雄たけびをあげてラッシュをかける
 イゾルデ、しかし、マルーシャはラッシュの合間
 もきっちり反撃を返していく。
 
 イゾルデは、何にそれほど焦っていたのか。そう、
 彼女は、ふだんこういった真剣勝負で、早く勝ち
 すぎていた。長時間、フルラウンドを戦ったこと
 が、無い。
 
 それに対し、マルーシャは、ここ数か月、という
 話ではない。もう何年も、それこそイゾルデに
 出会った時から、何かしら、イゾルデと戦うこと
 になることを想定していた。
 
 イゾルデの公式、非公式試合の映像を、何百回と
 観た。ハントジムの練習以外にも、自宅に類似の
 格闘技をやる者を何人も呼んで、練習した。
 
 このままいくと、こんな奴に負ける、スタミナ
 切れで、こんな奴にまける・・・。自分で
 パンチが大振りになってきているのがわかって
 いるのに、制御できない。
 
 そして、大振りの左ストレートをかわされて体が
 前のめりになったところに、投げ技を合わされた。
 左組手からのウチマタという技だ。
 
 しまった、打撃にこだわり過ぎた!
 
 とっさに柔らかく受け身をとり、防御姿勢から
 すぐ立ち上がろうと膝を引きつける。しかし、
 マルーシャは、その絶好のチャンスで、手を離し、
 背を向けて距離をとり、余裕で振り返った。
 
 それを見て、イゾルデの心が折れた。
 ヒザ立ちから立ち上がれず、うなだれる。
 ナミカ・キムラが、「それまで!」と声をかける。
 
 それを聞いたマルーシャは振り返り、歩み去る。
 そして、「ありがとう」と小さく呟いた。
 
ピエールの話24
  そのころテルオ・リーは、作業着にヘルメット
 で現場にいた。
 
 朝廷のほうは、アルバイトたちがしっかりと
 仕切ってくれていたので、安心して任せている。
 
 フイ帝国の都市建設は、すべてが完全にストップ
 したわけでもなく、一部でまだ継続している。
 すでに今いるこの都市は、大気が循環している。
 
 現場では、農地や住宅の整備が進行していた。
 テルオはとくに決まった役割があるわけでもない
 ので、お茶くみなど、現場で何か必要なことを
 探しては、手伝っていた。
 
 今いる都市を外から眺めてみると、月のラグラン
 ジュ点第3エリアにある、都市マヌカのような
 バームクーヘン型の都市が8個円形に連なり、
 その中心に、円柱型、直径約100キロの、
 無重力都市がある。
 
 無重力都市の外周にはレールが敷かれ、移動
 ユニットと8個のバームクーヘン片がケーブルで
 接続され、全体としては、直径約300キロの、
 円柱形に配置されていた。そして、外側は回転
 して重力を生む。
 
 それを、マンダラ型都市、と呼ぶようになった。
 マンダラ型都市は、中央の無重力都市の中央部と、
 外側の8個の都市の重心部を大型船で引っ張り、
 移動することができるように都市のフレーム構造
 が設計されていた。
 
 そして、その横では、移動できるタイプの100
 キロ立方の無重力都市も建設されていた。
 
  一方そのころ、アミ・リーは、
 大群衆を前に演説をしていた。
 
 カラフルなラフな服装、金髪のボブに、ピンクの
 サングラスをしている。
 
「えーと、細かいところは政策一覧をあとで
 発表するので、見といてくださーい」
 
 群衆も皆カラフルな派手な格好で、お祭り騒ぎだ。
 皆、カラフルな国旗を持って振っている。
 
 横から担当者に耳打ちされるアミ。
「国名を言うのを忘れてましたー。ラスター共和国
 でーす」
 
「フイ帝国との違いは、あとで政策比較一覧出す
 ので見といてくださーい。あ、でも一番違うのは、
 うちの国には禁酒法がありませーん」
 
 拍手喝采が起きる。
 
「酒と国に対する私の義務を果たすよう最善を
 誓います」
 
 宣誓を終え、
 
「じゃあ、かんぱーい!」で就任式をしめた。
 花火が上がる。
 
  そして、バレンシア共和国の解体が本格化し
 始めた。いったんほぼゼロに近いところまで
 移住し、その後都市を再構築する。
 
ヨシコの仕事
  ヨシコ・ヨシムラがその就職情報誌を
 見つけたのはその日の午後であった。
 
 もう少し正確に言えば、その募集記事を見つけた。
 
 あなたも大統領になれる、その記事の冒頭には、
 そう書かれてあった。
 
 応募条件には、身長体重などとともに、顔の3D
 写真を送り、それに合格することなどがあった。
 報酬額や寮の完備など、働く条件がかなり良かっ
 たため、ヨシコは写真を送ってみることにした。
 
 その後、面接が行われることになり、職場への
 旅費などすべて向こう持ちとなる。いい話だ。
 
 その職場は、木星のラグランジュ点第3エリア、
 木星から太陽を挟んで反対側にあるエリアである
 が、そのヨシコが住んでいる構造都市の、すぐ
 近くだった。
 
 ヨシコは、アイドルを目ざしていた。レッスン
 やライブの費用をこれでまた稼げる。
 仕事内容が少し気になったが、それはいつもの
 ことだ。変わった仕事でも、それは芸の肥やしに
 なる。
 
 採用が決まったので、髪をボブに切ってもらい、
 金髪に染める。
 
 職場には、ヨシコのほかに6名の担当者がいた。
 まとめの人間が、現場担当をあと1名追加して、
 7名で週1日勤務としたい、と言っていた。
 
 週休2日で、勤務日以外は歌や踊りのレッスン、
 セリフの練習などだ。これにも給料が出る。
 
 しかし、一番つらいのは、数百枚の紙にサイン
 する練習だ。過去のアルバイトで登録済み電子
 サインを使っていたことはあるが、自署は
 ほとんどない。しかもこの数だ。
 
 しばらく続けているうちに、バイト仲間だと
 思っていたうちの一人が、大統領本人だと気づ
 いた。まったくオーラが出ていなかったので、
 まったく気づかなかったのだ。
 
 しかし、このメンバーで国の政策を決めていく
 のは本当に楽しい。それに、うまくいくと支持率
 が上がるし、なにか失敗すると下がる。自分の
 頑張りがすぐ反映されるのはいいことだ。
 
 外交や議会の場でしゃべるのは、少し緊張するが、
 そんなことでへこたれていては、立派なアイドル
 にはなれないのだ。
 
 そして、いいことを思いついた。大統領のままで、
 アイドルをやる企画だ。これが通れば、この
 仕事をやりながらアイドルができる。
 
 そしていつしか大統領本人はあまり職場に
 顔を見せなくなったが、しばらくはこの仕事を
 続けていたいと思うヨシコだった。
 
ピエールの話25
  ナミカ・キムラが、その話を初めて聞いたのは、
 たしか2~3年前だ。
 
 進化した人類が、誕生しだしているというのだ。
 最初に見つかったのは、木星圏。そして、火星
 以内でも、二人見つかった。
 
 テルオ・リーと、アミ・リーの兄妹だ。
 
 通常の人間と何が違うのか、の解析は今現在
 進められているが、研究者の推測では、
 遺伝子的には人間の能力も含有し、かつ
 拡張されているという。
 
 ポレクティオサピエンスという仮の名も
 つけられた。
 
 能力や体型も含め、高いほうにも低いほうにも
 拡張されているというのだ。
 
 元クリルタイ国王、ティエン・ヘイらが進めて
 いた計画も、いよいよ実行に移されようとして
 いた。移動できるタイプの都市を建設し、
 太陽系から一番近い恒星系を目ざす計画だ。
 
 そして、その発見された進化した人類も、その
 次の恒星系をめざす旅に加わる。将来的には、
 その次の恒星系で進化した人類が居住圏を広げ、
 太陽系との中間地点に都市を設け、旧人類である
 ホモサピエンスと外交を行う。
 
 次の恒星系の名は、プロキシマ・ケンタウリ。
 
 そして、最初のマンダラ型都市とキューブ型都市
 が出発の時期に近づいていた。最終的には、両
 タイプ20基づつほどが、太陽系を離れる予定
 なのだ。
 
 ここ月のラグランジュ点第3エリア、都市マヌカ
 の最下層、ミノー駅近くのバー・ゲルググと、
 レストラン・サクティでは、ささやかな壮行会が
 開かれていた。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、アラハントの
 メンバー、テルオ・リー、サクティの店長で
 プロデューサーのゴシ・ゴッシー、妹のサネルマ
 ・ゴッシー、ゲルググ店長のエンゾ・グラネロ、
 ヘンリク・ビヨルク、
 
 ナミカ・キムラ、サキ・キムラ、ピエール・ネス
 ポリ、ユタカ・サトー、ドン・ゴードン、トム・
 マーレイなどなど。
 
 いや、それどころか、音楽バンド、ネハンの
 メンバー、元クリルタイ国覇王ティエン・ヘイ、
 元参謀のリアン・フューミナリの姿まである。
 
 ティエンとリアンは、火星以内を急速に
 まとめつつあった。
 
 火星以内をコウエンジ連邦を中心に、外縁をフイ
 帝国とラスター共和国でまとめ、バランスをとり
 ながら太陽系内を治めていく、安心して行って
 こい、とテルオに話している。
 
 テルオとアミの兄妹以外に、誰が移動都市に
 加わるのだろうか。
 

旅立ち
  ある日の午後、テルオは、久しぶりに
 やることがなかった。
 
 外は夏の日の、水田が広がる風景だった。
 
 一昨日には、最寄りのホタルガポンド駅の、
 地下街のバー・ザクレロと、レストラン・
 ヒマラヤンで久々のイベントをやってたな。
 
 テルオがいるのは、太陽系を発した移動都市、
 マンダラ型の外周部、バームクーヘン部のひとつ、
 その最下層だ。
 
 上層と最下層はかなり整備が完了したが、全体の
 人口はまだ少なく、中間層はほとんどスカスカの
 状態だ。これから何千年とかけて人が増えていく。
 
 目的地までは、約4光年の距離、移動都市は、
 平均で約光速の10000分の1の速度。
 つまり、今のところ4万年かかる計算だ。
 
 この先、技術発展などで速度はもっと上がる
 かもしれない。途中の経路で、資源が見つかる
 見込みは、かなり高いとの予測もある。
 
 約2光年の位置、中間地点にも、都市を残して
 いくのかどうか、はまだ議論の途中だ。
 2万年かけて議論すればいい、テルオは
 そう思った。
 
 それまで、昼寝でもするか、4万年のうちの、
 数時間をそれで潰せる。畳に竹を編み込んだ
 枕で横になる。縁側からの風が涼しい。
 
 後続の移動都市と合流するのもあって、最初の
 マンダラ型と、キューブ型は、非常にゆっくりと
 加速していく。都市が巨大というのもあり、
 加速は人間の感覚では検知できない。
 
 それでも、最新技術をふんだんに盛り込んで、
 都市自体の総質量は、過去のものと比較して
 かなり軽いのだ。
 
 マンダラ型とキューブ型で、今のところ人口の
 総計は12億人。それぞれ20基となる予定
 なので、移動都市への参加は240億人
 となる予定だ。
 
 5兆人にせまる人口をもつ太陽系の240億。
 移動都市の建設は大変だが、ささやかな挑戦だ。
 
 目を覚ますと、空が夕焼けに染まりかけていた。
 寝起きの白湯を飲んで、近所の市場まで
 歩こうかと思う。
 
 家を出て、水路と水田の中を歩いていくテルオ。
 赤とんぼが数匹飛んで、虫の音も聞こえる。
 近くの支所のスピーカーから、童謡が流れ出した。
 
「もう5時か」
 一人呟く。
 
 再びゆっくり歩み出すテルオ。マンダラ型都市の
 外周部も、ゆっくり回転を続ける。回転しながら、
 悠久の時の中を、目的地に向け、進み続ける。
 
 完
 

遺伝子分布論 22K

遺伝子分布論 22K

現代より二万年以上が経過した、宇宙歴22000年、 太陽系内に居住する人口は、3兆人を超えていた。 人類の未来の生活を淡々と描く。 そして、遺伝子分布論とは何か。

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