彷徨う鬼


 
 僕の家は古くから仏寺をやっている家柄で、だから変な話にはとてもれている、身の回りで起こることはあたりまえで、そのかわりに、周りの人間にそれが降りかかる事には特別強い反応をしてしまう。
 これもそのひとつ、近頃、家の近所で夜な夜な奇妙な人影をみると噂がたっていた、その噂には次第次第にいろいろな尾ひれらしきものがついていき、実際はわからないがその話はやがて角がある鬼が歩き回るのだとかういう話にもなった。そこですぐに妖怪という事で思い当たるところがあった、きっとうちと関係がある、ふと思った、何か悪さをしはしないかと、だがどこかでは別のことを思っていた。
《またか》
 それもそうだ。また出たと呆れたように思う。間違いなく我が家からでた妖怪だ、我が家は妖怪を飼っている家だから。
 祖父は何も話さなかったけど、我が家の裏には謎の祠があって、そこから妖怪がでてくる、うちのモノには悪さをしない、祖父は若いころから祖父や親せきにもその祠について何も話したがらず、そのまま今に至るまでぼけたままだから、僕だって本当の事はわからないのだが、僕の記憶の中には、その祠にたくさんのお札が張られている事実と、小さいころに母が言った言葉だけが残っている。

 家で奇怪な事に遭遇しはじめたのは、僕がまだ物心ついて間もないころのこと、トイレは家の外にあったので、そこに行く道を夜中通るのはまだ子供の自分にはとても恐ろしい瞬間だった、そこでときたま母をおこして一緒についてきてもらっていた、トイレまでは母屋から一直線に石の舗道が敷かれている。丁度夜中そこを通るとなんとも不思議な感じがあるのだが、そのときにも不思議はあって、一か月くらいの間の頻度で2、3度ほど、妙な人影とすれちがった、といってもトイレまでの舗道の2、3メートル真横に顔の見えない人影が通っているのをみるだけだった、僕はその影が恐ろしくて、特に一人のときには急いでかけぬけてトイレと母屋の間を行き来していた、母親は、そのことを話すと、いいづらそうにその人影とは決して目を合わせてはならないとよく言っていた。
 (見ちゃだめよ)
 その話をする母は、たとえ昼間台所でその話を話題にだしたところでその声はいつも恐ろしさに震えているようで、“あれは蜂みたいなもの、こちらから悪さをしなければ向こうもなにもしない”と言っていた、いつも母親が一緒につきそったわけではないが、結構な頻度で夜は一緒についてきてもらっていたのだが、その母親に災難が起きたこともあった、一度自分がねぼけてその影を直視したことがあって、その目をふさいで変わりにその影をみた母さんはすぐに2、3日高熱をだした。つまりそういう事なのだろう。

 問題は例のうわさ話だけど、ああ、まただと思ったのは諦めからくるものだ。いくらお寺の住職、つまりおやじにもこれは対処不能で、放っておくこしかできないからだ。じいちゃんも話したがらなかったようだし、でも例のうわさが本当だとしてもまだ悪さをしないから大丈夫、こちらから悪さをしなければという事だけど。

彷徨う鬼

彷徨う鬼

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-06

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