シロヒメはゴーストバスターなんだしっ♰

Ⅰ

「白姫（しろひめ）ー」
「メカ白姫ー」
　楽しそうな子どもたちの声が中庭にこだまする。
「ふふっ」
　そんな光景を前に、アリス・クリーヴランドの顔に自然と笑みが浮かぶ。
　先日――
　思わぬことから共に暮らすことになった機械の白馬――通称・メカ白姫。いろいろとわからないことも多い彼女だったが、いつも屋敷に遊びに来る子どもたちは早くも〝友だち〟として受け入れていた。
　しばらくして――みんなが帰ったあと、
「よかったですね、白姫」
　白馬の白姫にそう声をかけながら近づくアリス。
　すると、
「………………」
「白姫？」
　先ほどまでの子どもたちと対照的に、なぜか白姫は険しい顔で黙りこんでいた。
「どうしたんですか？　さっきまであんなに楽しそうだったじゃ……」
「ぷりゅーっ」
　パカーーーン！
「きゃあっ」
　突然蹴りをくり出され、たまらず吹き飛ぶアリス。
「なな、何をするんですか、いきなり！」
「アリスが悪いし」
「自分、何もしてませんよ！」
「したし！　『よかったですね』なんて無神経なこと言ったし」
「えっ……！？」
　思わぬ言葉にアリスは戸惑い、
「だ、だって、楽しそうにしてたじゃないですか。ですよね、メカ白姫」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　メカ白姫が硬質な鳴き声と共にうなずく。
「ほら、メカ白姫も……」
「そういう問題じゃないんだし」
「どういう問題なんですか！」
「こういう問題なんだし」
　そして――白姫は重々しい口調で語り出した。

Ⅱ

　深夜――
　アリス以外、誰もいないその部屋に、
「！」
　突然、据え置き電話のベルが鳴り響いた。
「………………」
　広すぎる室内に不気味にその音が鳴り続ける。あらがえない何かにとらわれたように、アリスは手をふるわせながら受話器を取った。
「！」
　聞こえてきたのは――
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
　それだけを言って、電話は不意に切れた。
「う……」
　いまのは何だったのか――そう考える間もなく、
「！」
　再び電話のベルが鳴り響く。おそるおそる受話器を取ると、
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
「……！」
　切れた。
「………………」
　声をなくす。
　自分でもあり得ないことだと思ったが――
　いまの声は、前のものより〝近く〟で聞こえた気がした。
「！」
　三度鳴り響くベル。
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
　近づいてきている――
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
　逃げなければ――
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
　だめだ――もう本当に。
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ』
　アリスはふるえる足で懸命に部屋の出口に向かって――
「！」
　扉を開いた――そこにいたのは！
「ぷりゅーーーーーーーっ！」
「きゃーーっ！　って白姫じゃないですかーっ！」

◆

「――と、こういうことだし」
「ぜんぜん意味がわからないですよ……」
「えー、わからないんだしー？　もー、ほんとにアリスはアホなんだしー」
「アホじゃないです！」
「だから、こういうことなんだし――」

◆

　それは――
　平和な夏の海水浴場で起こった。
『ぷーりゅん』
「っ……」
　海で泳いでいたアリスは、不穏な気配に顔を上げた。
『ぷーりゅん』
「な、なんですか……」
　かすかに波がゆれ出す。
「！」
　アリスは見た。
　波の下――ゆらめく巨大な影がこちらに迫ってくるのを。
『ぷーりゅん』
　あわてて逃げようとする。
『ぷーりゅん』
　そんなアリスに向かって影はゆっくりと、しかし着実に――
『ぷーりゅん。ぷーりゅん。ぷーりゅん、ぷーりゅん、ぷーりゅん、ぷーりゅん、ぷーりゅんぷーりゅんぷーりゅんぷーりゅんぷりゅんぷりゅんぷりゅん――』
　ザバァァァァァァァァァァッ！！！
「ぷりゅーーーーーっ！」
「きゃーーーっ！　って白姫じゃないですかーーっ！」

◆

「だから意味がわからないですよ……」
「水の中から迫り来る恐怖のシロヒメだし」
「いないですよ、そんな白姫」
「水面にたてがみだけ出して、じわじわと迫り来るんだし」
「背びれみたいに？　ないですよ、そんな恐怖演出」
「じゃあ、こういうことなんだし――」
「まだ、あるんですか……」

◆

「なんですか、このビデオテープは」
　古びた旅館の一室。
　アリスの手には、タイトルのないＶＨＳテープがあった。
　そして、旅館には、それを再生するためのビデオ機器も置いてあった。
　嫌な予感を覚えつつ、それでもアリスは何かに導かれるようにテープを差しこみ、再生のボタンを押した。
「！」
　映し出されたのは――
『ぷりゅ……きっとぷりゅ――♪』
　中央に映し出された不気味な井戸。
　そこから――
『きっとぷりゅ……ぷーりゅぷりゅぷーりゅーりゅ――♪』
　白い影が這い出し――
　そして、影はまたたく間に画面いっぱいに――！
「ぷりゅーーーーーーーっ！」
「きゃーーーーーっ！　ってやっぱり白姫じゃないですかーーーっ！」

◆

「………………」
　もはや絶句するしかないアリス。
　そこへ――
「う？」
　アリスたちと共に暮らす少女・何玉鳳（ホー・ユイフォン）がやってきて、場の空気に首をひねる。
「どうしたの？」
「相変わらずアリスがアホなんだし」
「う。アリス、あほ」
「なんてことを言うんですか、ユイフォンまで！」
　不本意に不条理な評価が下されそうになったアリスはあわてて、
「あの、話を元に戻しますね？　そもそもは白姫が変だったから自分は……」
「シロヒメ、変なところなんてないし。アリスのほうがぜんぜん変なんだし。変なアリスなんだし」
「う。変なアリス」
「だからやめてください、ユイフォンまで！　そういうことを言っているんじゃなくて、おかしかったって言ってるんです！」
「アリスのほうがぜんぜんおかしいんだし。アタマ悪いんだし」
「う。アリスのほうが……」
「本当にやめてください！　様子がおかしかったんですよ、白姫の！　子どもたちが来てくれたのになんだか難しい顔をして！」
「えー、まだわからないんだしー。いっぱい説明したのにー」
「ぜんぜんわからないですよ！　なんだかよくわからないホラー話？　が続いただけじゃないですか」
「もー、しょーがないしー」
　白姫はわざとらしくため息をつき、
「だったら、本当に本気の話をするし」
「そうしてください……」
「う？」
「これは、ずっと昔にあったお話なんだし――」

Ⅲ

　昔々――
　ある山に小さな村がありました。
　そこでは村の人たちが平和な毎日を過ごしていました。
　そして、人と一緒に馬も暮らしていました。
　とても働きものの馬は村の暮らしを支えていました。みんなは馬をとても大切にして、馬もそんな村の人たちが大好きでした。
　けどある日、事件は起こりました。
　それは、みんなが寝静まった夜のこと。人も馬も眠っているはずのその時間に――
　動く影がありました。
　影たちは、ひっそりひっそりと、静まり返った村の中を行きました。
　と、その足が止まりました。
　そこは、村で一番大きな庄屋さんの屋敷の前でした。
　影の一人が合図を出しました。
　仲間たちが、ぱっと屋敷の周りに散っていきました。
　影は――泥棒たちでした。
　泥棒たちは戸締りのしていないところを探しました。
　すると、裏の戸が開いていました。
　平和な平和な村でした。
　泥棒が来るなんて、誰も思っていませんでした。
　泥棒たちは裏に回りました。
　そして、いっせいに踏みこもうとしました。
　みんなはぐっすりと眠っていました。
　その運命は風前のともし火でした。
　と、そのとき。
　夜の闇を引き裂いて――
　するどい馬のいななきが辺りに響き渡りました。
　泥棒たちは、はっとなりました。
　それは、庄屋さんたちと一緒に暮らしていた馬の鳴き声でした。
　賢いその馬は泥棒たちの気配に気づいて、屋敷の人たちに知らせようととっさに声をあげたのです。
　驚いた泥棒たちはあわてて馬をなだめようとしました。
　けれど賢い馬は、そんな泥棒たちの言うことを聞きません。
　すると泥棒たちは――
　取り返しのつかないことをしてしまいました。
　泥棒の一人が大きな刀を持っていました。もし屋敷の人が抵抗してもそれでおどかせるようにと。
　刀を持っていたその泥棒は馬に向かって――
　ずばん！
　と、刀を振り下ろしました。
　鳴き声が止まりました。
　そして――
　どさり。
　切り落とされた馬の首が下に落ちました。
　しかし、命をかけた馬の健気さは屋敷の人たちを救いました。
　馬が騒ぐのを聞きつけて、屋敷の人だけでなく周りの家の人たちも何があったのかと駆けつけてきました。
　泥棒たちは逃げ出すしかありませんでした。

　それから――半年後。
　それは惨劇のあった村の隣の村で起こりました。
　その村では、お正月を間近にひかえ、みんなでお餅つきをしていました。
　そのとき一人が気づきました。
　何か……においがすると。
　他の人たちもそのにおいに気づき始めました。
　ざわざわ。
　ざわざわ。
　おびえがみんなの間に広がっていきます。
　なぜなら……そのにおいは――
　と、そのとき。
　餅をついていた人が悲鳴をあげました。
　お餅が――
　つきたての白いお餅が――
　真っ……赤に染まっていました。
　そして村の人たちははっと顔をあげました。
　聞こえた――
　馬のヒヅメの音。
　見上げた先にいたのは……なんと――
　空を駆ける首のない馬でした！

Ⅳ

「きゃーーーーーーっ！」
「あうーーーーーーっ！」
　アリスとユイフォンが悲鳴をあげ、抱き合ってがたがたとふるえ出す。
「あとでわかったことだけど、泥棒はどうやら隣村の人たちだったらしいんだし。それ以来、その村では毎年お餅が血に染まり、空には首のない馬が……」
「ほほ、本当に怖い話じゃないですか！」
「シロヒメ言ったし。本当に本気の話をするって」
「怖い意味で本気ってことだったんですか！？」
「馬をいじめるとおそろしい目にあうんだし」
「い、いじめない……こわい……」
　ユイフォンが目に涙までためて首を横にふる。
　すると、
「ＰＵ・ＲＹＵ」
「う？」
　メカ白姫が、ユイフォンをなぐさめるようにそっと鼻を寄せてきた。
「うー」
　その気持ちが伝わり、こちらも頬をすり寄せる。
「ありがとう、メカ白姫」
　お礼を言うユイフォン。それを見たアリスが感心の息をもらす。
「優しいですね、メカ白姫は」
「とーぜんだし。シロヒメが優しいからメカシロヒメも優しいんだし」
「それは……えーと」
　口ごもるアリスだったが、すぐはっとなり、
「だ、だからどういうことなんですか！　やっぱり怖い話をされただけで、ぜんぜん意味がわからないですよ！」
「もー、アリスはアホなんだしー」
「アホじゃないです！」
　するとユイフォンが、
「メカ白姫、言ってる」
「えっ」
「みんなが怖い思いしてるって」
「みんな……」
　気づく。それはさっきまで一緒に遊んでいた子どもたちのことかと。
「どういうことですか、白姫？」
「ぷりゅ……」
　白姫は再び険しい表情になり、
「つまり、こういうことなんだし――」

Ⅴ

　そして時は経ち――
　深夜。
「みんな、準備はいいんだし？」
「は、はい……」
「うう……」
　アリスとユイフォンがおびえる中、
「ＰＵ・ＲＹＵ」
「おー、さすがメカシロヒメは勇気あるんだし。たのもしいんだし」
「いやいや……」
　アリスは思わず、
「だって、メカ白姫は機械じゃないですか」
「ぷりゅぅー？」
　白姫が『なにぃ』と言いたそうにアリスをにらむ。
「メカシロヒメのこと差別すんだし？」
「さ、差別じゃないですよ。その、機械だから『怖い』とか感じないんじゃないかと」
「なんてこと言ってるし。メカシロヒメに心がないって言うんだし？」
「そういうことを言いたいわけでも……」
　と、白姫が、
「ぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
「ＰＵ・ＲＹＵ？」
　何かを言われたメカ白姫は首をひねったあと、
「ＰＵ・ＲＹＵ。ＰＵ・ＲＹＵ・ＲＹＵ」
「あっ、なるほどなんだし」
　ぽんとヒヅメを叩き、
「メカシロヒメは『首がなくても自分は機械だから平気』って言ってるし。確かにそれだと怖くないんだし」
「はあ……」
　そういうことになるのか？
　というか、どうしてここで昼間に聞いた怖い話が出てきてしまうのか。自分が言っていたのはメカ白姫〝が〟怖い怖くないということではなかったはずなのだが。
「ううう……」
　怪談を思い出したせいか、ユイフォンがその場にしゃがみこむ。
「首のない馬……こわい……」
「だから、メカシロヒメは首がなくても……」
「いまはそういうことを言うのはやめてください」
「ぷりゅーか、これくらいでビビってどうするし！」
　白姫は引くことなく、
「これからシロヒメたちはもっと怖い……〝現場〟に行くんだし」
「う……」
　アリスもユイフォンと共に青ざめる。
　そして、月明かりに照らされた眼前の建物を見つめる。
　昼間――
　白姫が表情を険しくしていたのは、この建物のことが原因だった。
「ぷりゅーか、すでにここが〝現場〟だし」
「み、見るからに怖そうですね……」
「そうだし。アリスが見るからにアホそうなのと同じなんだし」
「アホじゃないです」
　すぐさまそれは言い返す。
　一瞬いつもの空気になりかけるも、その場をおおう不気味な気配がたちまちアリスたちを飲みこむ。
「ううう……」
　あらためてユイフォンがおびえ出す。
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　メカ白姫が寄り添うも、ふるえは収まりそうにない。
「無理しなくていいですよ」
　そう声をかけつつ、アリスにもユイフォンのおびえが伝染してくる。
　あらためて建物を見る。
　古い。
　かなりの年月を経たと思わせるレンガ造りの洋風の家屋。外壁には絡みついた植物の根がびっしりと食いこみ、それが枯れてワラのような姿をさらしている。
　確かめるまでもなく、誰も住んでいないのは明らかだ。
　幽霊屋敷。
　子どもたちがそう呼ぶのもうなずける話だった。
「さー、行くしー」
「えっ、ちょっ、そんなあっさり」
「だからビビってんじゃねーし。シロヒメたちはここに何をしに来たんだし？」
「それは……」
　子どもたちからこの無人の屋敷のことを聞いた白姫。これは放っておけない！　そう思って昼間は険しい顔をしていたのだという。
「で、ですけど」
　アリスはおそるおそる、
「こういう噂はどこにでもありますし、本気にしなくても」
「そういう問題じゃないんだし！」
　白姫は目をつり上げ、
「アリスは何もわかってないんだし！」
「そんな……」
「わかってないし。いま、空き家問題は深刻なんだし」
「えっ？　なぜいまそんな話に」
「なるし」
　白姫はあらたまった口調で、
「子どもは探検ごっこが大好きなんだし。入っちゃ危ないって言われてもこういうところに入りたがってしまうものなんだし」
「あ……」
　はっとなるアリス。
　確かに、昼間の子どもたちは楽しそうに話をしていた。幽霊屋敷の話をしていたはずなのに怖がるようなそぶりは見られなかった。
　あれは逆に、そういうところに入ったことを自慢していたのだ。
　そんな子どもたちに対し、白姫は険しい表情を見せた。
　つまり――
「みんなのことを心配して、それで……」
「当たり前だし。他にここに来るどんな理由があるし」
「自分、幽霊の噂が本当なのか確かめるために来たのかと」
「なに言ってんだし。そんなわけないし」
「そうですよね……」
　ほっとなる。
　つまり、白姫は子どもたちが危険な目に合わないよう、ここに入っても大丈夫かどうか確認しに来たのだ。
「あっ、でも危ないところがあったらどうします？　直すための道具とか」
「道具ならちゃんと持ってきてるし」
「そうなんですか？　今日はすごいですよ、白ひ……」
　その〝道具〟を見て、アリスは固まった。
「あの……」
「ぷりゅ？」
「それは……なんですか」
「アホだしー」
「アホじゃないです！」
「だったら、見ればわかるし」
「わからないから聞いてるんですけど……」
「わからないからアホなんだし」
「うう～……」
　言い返したいが、わからないのは事実だ。
　ぐっとこらえたアリスは、
「お……教えてください」
「じゃあ、教えてあげるしー。アホなアリスにー」
「うううう……」
　情けなさに地の底まで沈みこみそうになるもなんとか持ち直し、
「あの……まず……」
　アリスは白姫の取り出した〝道具〟を指さし、
「その紙は……なんですか？」
「お札だし」
「………………」
　口もとが引きつりそうになるのをこらえ、
「その瓶の水は？」
「聖水だし」
「そのアクセサリーは？」
「十字架だし」
「その木づちは？」
「心臓に杭を打ちこむための……」
「って、やめてください！」
　アリスはたまらず、
「なんなんですか、それは！」
「ぷりゅ？」
「だ、だって……違うじゃないですか！」
「違う？」
「木づちはかろうじて……って使用目的を聞いた時点でぜんぜん違いますし」
「はぁ？　なに言ってんだし」
「だってそうじゃないですか！　自分たちはこの家の安全を確保するために……」
「とーぜん安全を確保しに来たんだし」
　白姫は胸を張り、
「ここに探検に来た子がオバケに取りつかれたら大変なんだし！　その前にシロヒメたちでオバケをやっつけるんだし！」
　アリスは、
「………………」
「なに黙ってんだし？」
「いえ……あの……」
　頭の中を整理し直す。
　つまり――
　白姫はやっぱりこの家を幽霊屋敷だと――
「いえいえ、おかしいですよ。白姫は幽霊なんかいないって……」
「そんなこと言ってないし」
「でも、噂が本当か確かめるために来たんじゃないって」
「確かめる必要なんてないんだし。だって、いるから」
「ええっ！？」
「いるに決まってるし。シロヒメの友だちは嘘つかないし。みんな、いい子だから」
「いえ、嘘とかそういう問題ではなくて」
「それに……感じるし」
「えええっ！？」
「もー、うるさいアリスだしー」
　白姫はふんと鼻を鳴らし、
「感じてとーぜんだし。馬はするどいんだし。人間の何倍も霊感強いんだし」
「そうなんですか！？」
「そうだし。だからアリスのアホさもはっきり感じるんだし」
「それは霊感と関係ないです！　あとアホでもないです！」
「もー、なんでそんなに自分のアホを否定するんだしー。アホのくせにー」
「やめてください、ひどいことを言うのは！」
　そのときだった。
「！」
　はっとなるアリスと白姫。ユイフォンとメカ白姫もびくっと身体をふるわせる。
「な、なんですかいまの声は……」
「アリスにも聞こえたし？」
「亡霊のうめき声」
「って、なんてことを言うんですか、ユイフォン！」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
「メカ白姫は、声か風の音かはっきりしないって言ってるし」
「ほ、ほら、そうですよ。たまたまそういうふうに」
「けど……」
　白姫は洋館を見上げ、
「この家から聞こえたのは……間違いないって言ってるし」
「！」
　凍りつくアリスとユイフォン。
　すると、
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅっりゅ……」
「し、白姫？」
「笑ってる……？」
「ついに来てしまったんだし……シロヒメの隠れた力を見せるときが」
「隠れた力！？」
「そうだし」
　白姫は気取ったポーズを取り、
「美少女にそういう超常的な力があるのは常識なんだし」
「常識なんですか！？」
「まー、アリスは美少女じゃないからカンケーないけど。ブ少女だけど」
「なんですか『ブ少女』って！」
「ちなみにシロヒメはプ少女だし」
「なんなんですか『プ少女』って！」
「美少女のさらに上の『ぷ』な少女なんだし」
「なんなんですか『ぷ』な少女って！」
「メカシロヒメは『ＰＵ』な少女なんだし」
「それもなんなんですか『ＰＵ』な少女ってーっ！」
　立て続けにツッコんでいると、白姫は真剣な顔になり、
「実はシロヒメ……ぷりゅソシストだったんだし」
「ぷりゅソシスト！？」
「悪霊と戦う美少女なんだし」
「そうだった……んですか？」
「ほら、そういう昔の映画がテレビでやってたし。女の子が活躍する」
「あの映画は女の子が取りつかれる話では……」
「だから、そういう子どもが出ないようにシロヒメたちが来たんだし！」
「う……」
　力強く言い切られて、アリスは反論の言葉を失う。
「さっきも言ったけど馬のほうが霊感あるんだし。にぶいアリスと違うんだし」
「にぶくないです」
「やっぱりシロヒメ、野生のカンが研ぎ澄まされてるんだし」
「野生の……って、白姫、野生じゃないですよ」
「そんな細かいことはどうでもいいし！　とにかくシロヒメにはこの聖なるヒヅメがあるんだし！」
「なんですか、聖なるヒヅメって？　普通のヒヅメじゃないですか」
「そして儀式を行うんだし」
「儀式！？」
「黒でも白でもない……ぷりゅミサを」
「なんですか、ぷりゅミサって！」
「そこで、血判ではなくヒヅメ判を……」
「なんですか、ヒヅメ判って！」
「悪馬の儀式を……」
「悪『馬』！？　悪『魔』ではなくて！？」
「ぷりゅイムエッサイムなんだし」
「ぷりゅイムエッサイム！？」
　もう何がなんだか――
「というわけで行くしーっ！」
「というわけでって、何一つ納得できてませんよ！？　白姫――っ！」
「悪霊が出たらまずアリスに取りつくんだしーっ！」
「なんてことを言ってるんですかーっ！」
「ぷりゅんくださーい」
「それは『ごめんください』ってことですか！？　なんでそこだけ礼儀正しいんですかーーーーっ！」

Ⅵ

「ぷっ、ぷっ、ぷーりゅりゅのりゅ～♪」
「白姫……」
　歌を口ずさみながら歩く白姫に、アリスは口もとを引きつらせ、
「いまは歌っている場合じゃ……」
「はくばにゃがっこうも～♪　しけんもなんにもな～い♪」
「確かに、白馬に学校も試験もないですけど……」
「ぷりゅ！」
　不意に白姫がするどい鳴き声を放つ。
「ぷりゅぷりゅレーダーが反応しているし」
「なんですか『ぷりゅぷりゅレーダー』って！？」
「妖怪に反応するレーダーだし」
「ええっ！」
「ほら、見るし。シロヒメのたてがみがピンと立っているし」
「いつそんな能力を身につけたんですか！」
「実はシロヒメ、ぷりゅりゅのシロヒメだったんだし。悪い妖怪やっつけんだし」
「さっきはぷりゅソシストって言ってませんでしたか！？」
　思わず大きな声あげるアリスに、
「静かにするし！　妖怪が近くにいるんだし！」
「えええ～……？」
　あたふたと辺りを見回す。
　玄関から建物の中に入った一同は、そのまま廊下を通り、何かの催しに使われるであろう広い吹き抜けの部屋に出ていた。メカ白姫の目から放たれるライトによって前方はぼんやり照らされていたが、広い部屋の全体を明るくするまでには至らなかった。
「も、もうすこし明かりを強くできませんか、メカ白姫？」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
「これ以上強くするとビーム出ちゃうって言ってるし」
「それはやめてください！」
「見えなくても大丈夫だし。レーダーがあるから」
「でも、オバケが襲ってきたら……」
「だから、シロヒメがやっつけるって言ってるし。リモコン蹄鉄で」
「リモコン蹄鉄！？」
「もちろんアリスも戦うんだし」
「自分も！？」
「そうだし。子泣きアリスとして」
「なんですか『子泣きアリス』って！」
「妖怪だし」
「いないですよ、そんな妖怪！」
「大丈夫だし。いちおー正義の妖怪だから」
「ああ、それなら……って、やっぱりぜんぜんよくないです！」
「えー、ぴったりだしー。アリス、泣き虫だからー」
「そ、そんなことは……」
「泣き虫だしー。あと、子泣きアリスは敵にしがみついて重みでつぶすことぐらいしかできないからー。何もできないアリスにぴったりだしー」
「何もできなくないです！」
「あと重いからー」
「自分、重くないです！　普通です！」
「あとユイフォンは砂かけユイフォンやるし」
「う？　砂かけ？」
「そうだし。砂だけしか武器に使っちゃだめだし」
「砂だけ……」
「メカシロヒメは、そのままメカかべだし。硬いから」
「ＰＵ・ＲＹＵ？」
「なんですか『メカかべ』って……」
　アリスたちがあぜんとして声をなくす中、
「さー、これで準備万端だし。役割決まって戦力アップしたし」
「どちらかというとダウンだと思いますけど……」
　ささやかなアリスの抗議は無視され、
「ほーら、こっちだしー」
「あっ、ま、待ってください」
　あわてて白姫を追いかけるアリス。ユイフォンとメカ白姫もそれに続く。
「ぷりゅーん、ぷりゅーん、ぶりゅんぷりゅんぷりゅん♪　ぷりゅーん、ぷりゅーん、ぶりゅんぷりゅんぷりゅん♪」
　再び白姫が歌い出す。
「はーくーばーのぽすとにー、てーがーみーをいーれりゃ～♪　どこかでシロヒメのー、ひづめのーおーと～♪」
　機嫌よく歌う白姫にあきれつつ、場所が場所だけにちょっぴり頼もしさも感じる。
　と、そのとき、
「……え？」
　歌声が途切れた。
「えっ、ちょ……白姫？」
　返事はない。
　先頭に立ってどんどん先へ進んでいた白姫は、いつの間にかメカ白姫の照らすライトの範囲から出てしまっていた。
「メ、メカ白姫！」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　メカ白姫のライトが前方に伸びる。
「！」
　そこに照らし出されたのは、年月による荒廃を思わせるひびの入った壁。
　一同は、いつの間にか広い部屋の壁際まで来ていた。
　そして白姫の姿は――どこにもなかった。
「う、嘘ですよね……」
「ううう……」
　思いもかけない状況に、アリス、そしてユイフォンがふるえ出す。
「白姫はどこですか？　何かわかりませんか、メカ白姫」
「ＰＵ・ＲＹＵ……」
　首が横にふられる。機械でありながら――いや機械であるがゆえに彼女は説明のつかないこの状況に困惑を隠せないようだった。
「ど、どうするの……」
　いまにも泣き出しそうなユイフォンを見て、アリスはなんとか笑顔を作り、
「だ、大丈夫ですよ。ほら、みんなで白姫を探しましょう」
　その言葉にうなずくユイフォン。
　そして、一同は、消えた白姫の姿を求めて再び歩き出した。

Ⅶ

「……いない」
　ユイフォンのつぶやきが、暗い洋館の中にやけに大きく響いて聞こえた。
「か、帰っちゃったんでしょうかね……」
　かすかに笑いながら、アリスはそう口にする。
　それに答える者は誰もいなかった。
　白姫が消えてから――
　アリスたちは一緒に洋館の中を探して回った。かなり大きな建物であったが、時間をかけて隅々まで調べた。
　白姫は――どこにもいなかった。
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　硬質な鳴き声に、かすかに悔しさを思わせるふるえが混じる。
「メカ白姫……」
　なぐさめるようにその背に手を置く。
　確かにこれは異常事態だった。メカ白姫のセンサーは、この洋館内にアリスやユイフォン以外の生命反応がないと判断していた。小動物等は別だが、とにかく人間以上の大きさの生命体はいないと彼女は確信していた。
　しかし、そんなことはあり得ないのだ。
　白姫はいた。自分たちと一緒に。
　誰にも気づかれず外に出ることができたとは思えなかった。
「どうしましょう……」
　ユイフォンとメカ白姫の顔を交互に見る。
「うう……」
「ＰＵ……」
　共に答えを出せない。アリスにしてもそれは同じだ。
　自分で言ったように帰ったら白姫がいるという可能性もゼロではない。
　しかし、いなかったら？
　その可能性がある限り、ここに白姫を置いて帰るようなことはできない。
　自分たちは――友だちなのだから。
「！」
　はっと顔をあげるアリスとユイフォン。メカ白姫も耳をふるわせる。
「ユイフォン、いまのって……」
「白姫の……声？」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　アリスたちはいっせいに走り出した。
「！？」
　行き止まりのはずだった。
　みんなで隅々まで探したのだ。間違いない。
　しかし、
「こ、これは……」
　声がふるえるのを抑えられない。
　アリスたちの目の前にあったのは――
　扉だった。

Ⅷ

「気をつけてください」
「う」
「メカ白姫も」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　注意をうながしつつ、アリスもまた慎重に石の階段を下っていく。
　突然出現した――としか思えない謎の扉。
　その向こうには、地下へ続く長い階段があった。
　白姫がこの先にいるかもしれない。
　異常な状況下にあることへの不安を強く感じつつも、アリスたちはそこへ足を踏み入れるしかなかった。
「どこまで下りるんでしょうか……」
　アリスがつぶやく。
　答えはない。
　ライトで先を照らしているメカ白姫のセンサーでも、この場所の正確な情報はなぜか把握できないようだった。
　常識のまったく通じない。
　そんな異世界にまぎれこんでいくような恐怖をおぼえ、アリスは小刻みにふるえた。
「！」
　階段が終わった。
「………………」
　ライトに照らし出されたそこはここまでの不気味さを裏切らない――いやそれ以上の何かを感じさせる石壁の通路だった。
　かなり長い時間階段を下ってきたことで人跡未踏の地下洞穴のようなものもイメージしていたが、そこは石造りであっても何か整然とした〝規律〟のようなものがあった。鍾乳洞のような湿り気はまるでなく、むしろ不自然なほどに乾燥した空気が辺りには漂っていた。
「い、行きますよ……」
　自分にも言い聞かせるようにして、アリスは先頭に立って通路を歩き始めた。
「うう……」
　一体ここはなんなのだろう。
　なぜ普通の洋館の地下にこんな場所が？　いや、地上の建物が〝普通の〟洋館であるとも思えないのだが。
　地上と同じく年月の経過を思わせる通路を黙々と進む。
　そして、しばらく経ったころ、
「……！」
　扉だった。
　階段へ続いていた地上の扉よりはるかに大きい。
　この向こうに何か特別なものが待ち受けている。そう感じさせるのに十分な木製の重厚な扉だった。
「……う……」
　威圧感に打たれ、尻込みするアリス。
　しかし、ここまで来て引き返すことなどできるはずがない。
「開けますよ……」
　ユイフォンとメカ白姫にそう言って、
「っ……」
　ギィィィィィィィィィ……――
　粉塵が舞う。
　何十年も開かれたことがないと思わせるその扉の向こうに、
「！」
　暗黒――
　そこは闇が濃密に支配する空間だった。
「メ、メカ白姫！」
「ＰＵ・ＲＹＵ」
　すぐさまライトが向けられる。
「！」
　共に悲鳴をあげかけるアリスとユイフォン。
　棺――
　ライトに照らし出されたその大きな棺桶は、まさに恐怖の一夜のクライマックスと言うべき存在感を放っていた。
「こ、こわい……」
　ユイフォンがふるえ声をもらす。
　怖いのはアリスもまったく同じだったが、自分までひるんでいるわけにはいかない。
　部屋を見渡す。
　室内は広く、天井も高かったが、誰かがいるような気配はないと思えた。
　眼前の棺に視線を戻す。
「………………」
　そして、
「開けてみましょう」
「う！」
　ユイフォンが跳び上がる。
「や、やだ……」
「でも、ひょっとしたら白姫がこの中に」
　無意識につぶやいて、自分のその言葉にはっとなる。
　そう。その可能性はある。
　屋敷中を探し回った。そして、地下のこの部屋においても、他の場所へ続くような扉は見受けられない。
　現状、捜索すべき場所は目の前の棺の中しか残されていないのだ。
「開けますよ……」
　自分への決意をうながすよう、そう口にする。
　そして棺へ手を――
「！」
　ぎょっと手を引く。
　ふたが――動いた気がした。
「そ、そんなこと……」
　きっとおびえる心が見せた錯覚だろう。軽く頭をふると、アリスはあらためてふたの縁をつかんだ。
　と、その瞬間だった。
「っ！」
「あうっ！」
「ＰＵ……！」
　ふたが開いていく。
　アリスは何も力を入れていなのに。
「ひっ……」
　たまらず手を放す。
　それでもふたが開いていくのは止まらず、むしろ勢いを増して――
「ぷりゅーーーーーーーーっ！！！」
「きゃーーーっ！」
　悲鳴をあげるアリスたち。が、すぐさま、
「って、白姫じゃないですか！」
　これでは、ここに来る前に聞いた白姫の恐怖話と同じだ。
「………………」
「白姫？」
「ぷ……っりゅ……っりゅっりゅ……」
「……！」
　はっとなる。
　白姫の口からもれ聞こえる。それはいままで耳にしたことのない不気味な響きを伴った笑い声だった。
「白……姫……」
「違う」
「！」
「我は白姫ではない」
　衝撃の言葉にアリスたちは戦慄する。
「な、何を……」
　笑い飛ばそうとする。
　できない。
　こちらを見つめる冷徹な目。それは決してアリスの知る彼女の目ではなかった。
「誰なんですか……」
　あり得ない。その言葉が何度も浮かびつつもアリスは問いかけていた。
　にぃっ――
　口の端が酷薄そうにつり上がり、
「我は闇の住人……」
　身にまとっていたマントをばっと広げ〝彼女〟は名乗った。
「吸血馬！　シロキュラ！」

Ⅸ

「シ……ロキュラ……」
　どう反応していいかわからない。そんな気の抜けた声をもらしてしまう。
　しかし、彼女の目は本気だった。
「吸血馬って……」
　ごくり。唾を飲みこみ、
「いわゆるその……血を吸う……」
　にたり。
　再び彼女が笑った。その口元を見てがく然となる。
「そんな……」
　牙――
　すくなくともアリスの知る白姫にそんなものはなかったはずだ。
「ど、どういうことで……」
　次の瞬間、
「！」
　彼女――シロキュラが目の前にいた。
　息がかかるほどすぐ近くに。
「あ……」
　動けなくなるアリス。
　シロキュラが、かっと口を開いた。
　三日月のようにするどくとがった牙があらわになる。
（だ、だめ……）
　本能的に危機を感じ取った。
　しかし、動けない。
　がく然と立ち尽くすアリスの首元に飢えた牙がゆっくりと――
「う！」
　アリスの身体が勢いよく引き倒された。
　するどい牙が空を切る。
「ユイフォン……！」
　シロキュラの身体が宙をすべるように後退する。
　そこへ割りこみ、アリスを守る壁のようにメカ白姫が立ちはだかる。
「アリス、大丈夫？」
「は、はい……ありがとうございます、ユイフォン。メカ白姫も」
　メカ白姫は、
「ＰＵ・ＲＹＵ。ＰＵ・ＲＹＵ」
　油断なく視線を注ぎつつ、シロキュラに語りかける。そんな彼女を侮蔑するように鼻が鳴らされ、
「この者の写し身か」
　その言葉にはっとなる。直後、
「あっ！」
　またもシロキュラが体重を感じさせないすべるような移動を見せる。先ほど音もなく近づいてきたあの動きだ。
　メカ白姫も動揺を隠せないらしく、目の光がかすかに明滅する。
　が、すぐにその光は安定し、
「！」
　かわした。
　向かってきたシロキュラに対して、斜め前に身体をすべりこませるようにして彼女は突進を避けた。
　メカ白姫は、アリスがシロキュラに襲われるところをすでに見ている。
　機械の頭脳によって相手の動きを完璧に――
「！？」
　またもシロキュラが常識外の動きを見せた。
　両者がすれ違うと思われた瞬間、シロキュラは物理的な勢いを完全に無視してその場に静止し、身体を真横に向けてメカ白姫に組みついたのだ。
「ＰＵ……ＲＹＵ！？」
　データにない動きにメカ白姫も対応できない。
　メカ白姫を止めたシロキュラは――
「！」
　絶句する。
　持ち上げられた。
　鋼鉄のメカ白姫の身体を、なんとシロキュラは軽々と抱え上げてみせたのだ。
「う！」
　ユイフォンが走った。
　刀を抜き放ち、シロキュラに向かって斬りかかる。
「待っ……！」
　あわてて止めようするアリスだったが、
「う！？」
　止められた。
　メカ白姫を抱えたまま、なんとシロキュラはヒヅメで刀を受け止めていた。すべてわかっていたというように、微塵も表情を崩すことなく。
「や、やめてください、ユイフォン！」
　我に返ったアリスが声を張り上げる。しかし、
「白姫じゃない」
「！」
　彼女の言葉をアリスは否定できなかった。
　見た目は白姫にしか見えない。しかし、アリスたちの知る白姫とはとても思えない数々の超常的な力。
　そして、アリスははっきりと聞いた。
『この者の写し身か』
　この者――
　まるで自分ではない誰かについて語っているような言い方。それが白姫のことを言っているのだとしたら――
　いま目の前にいるのは白姫であり、白姫でない――
「乗り移っているんですか……」
　なかば無意識にもらした声。
　それを聞いたシロキュラの答えは――
「！」
　牙をむき出しにしたその笑みは、何よりも雄弁な〝回答〟だった。
「そんな……」
　吸血馬――シロキュラの言葉を借りるならそういうことになる。
　そんな存在が、白姫を乗っ取ってしまったというのか？　しかも、これは噂でも何でもなくいま自分たちの目の前で現実に――
「ＰＵ・ＲＹＵ！」
「あうっ！」
　メカ白姫とユイフォンが同時にふり払われた。
「アリス！」
　逃げてという響きを伴ったユイフォンの叫びがこだまする。またも肉薄してくるシロキュラに、
「えーーーーいっ！」
　とっさの身体が動いた。
　騎士の唯一にして無二の武器は長大なるランスだ。しかし、無手の技としてレスリングもまた重要な戦技であった。騎士見習いである従騎士にとってもそれは同様で、アリスはとっさにレスリングを応用した技で迫り来るシロキュラを投げ飛ばしていた。
「ハァ……ハァ……」
　荒い息がこぼれる。
　自分でもぼうぜんとなっていたが、しかしすぐ我に返り、
「だ、大丈夫ですか、白……」
　ふり向いたアリスの顔から一気に血の気が引いた。
　いない。
　自分が投げ飛ばしたはずのシロキュラが、しかし、そこには影も形も――
「！」
　感じた。
　背後――まるで冷水を首筋に注がれたような気配を。
「っ」
　いた。
　かっと開いた口が生々しく濡れ光って見えた。
「あ……」
　今度こそ逃げられない。絶望と共にアリスは目を閉じ――
「ぷりゅううううううっ！」
　悲鳴。
「……！」
　目を開ける。
　シロキュラが苦しそうに顔をそむけていた。
「き、貴様……」
　はっとふり向く。
　そこには十字架を手にしたユイフォンがいた。
「あ……」
　思い出す。白姫がさまざまなオカルトグッズを持ってきていたことを。
「メカ白姫があずかってた」
　アリスの気づきに答えるようにそう口にするユイフォン。
　そして、もう一方の手に持った小瓶の中身を、傍らのメカ白姫にふりかける。
「ぷりゅりゅぅぅっ！？」
　さらなる動揺の鳴き声があがる。
　聖水――それもまた邪悪なる存在にとっては忌むべきものだ。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
　聖水を浴びたメカ白姫にじりじりと詰め寄られ、いままでの高圧さが嘘のように後退するシロキュラ。
（これなら勝てるかも……）
　と、あることに気づく。
　白姫の身体がシロキュラに乗っ取られているのだとしたら――
　そのシロキュラを倒そうとしたとき……依り代である白姫は一体――
「ぷっ……りゅううっ！」
　苦しげだったシロキュラが激しく身体をふるった。
「きゃっ！」
「あうっ！」
「ＰＵ……！」
　パァァァァァァァァンッ！　衝撃がアリスたちを襲う。
「う……」
　ユイフォンの手から十字架が吹き飛んだ。
「ＰＵ……！？」
　メカ白姫にかけられていた聖水が衝撃に吹き散らされた。
「ぷりゅぅぅぅぅ……！」
　怒りのこもったうなり声が響く。
「う……ううっ」
　ユイフォンがあわててメカ白姫の持っていた道具袋を探り出す。しかし、
「ぷりゅうーーっ！」
　バシュッ！
「あうっ！」
　袋が見えない衝撃によってはじかれ、中身が散乱する。
「！」
　アリスの眼前に落ちた――それは、
「ぷりゅぅぅぅぅ……」
「！」
　シロキュラがさらなる憤怒に満ちたうめき声をもらす。
「あうっ！」
「ＰＵ……！」
　迫る。
　ユイフォンとメカ白姫を吹き飛ばし、そしてアリスをも――
「……！」
　止まった。
「……ぷ……」
　シロキュラの顔が激しくゆがむ。
「おの……れ……」
　これまでにも増した怒りのうめき。しかし、それはアリスたちに向けられたものではなかった。
「アリス……」
「！」
　不意に名前を呼ばれ、アリスの身体がふるえる。
　それはこれまでのシロキュラの声とは明らかに違った。
「白……姫……」
　そう呼びかける。
「白姫……なんですか？」
「ぷりゅ……」
　苦しそうにシロキュラ――白姫がうなずく。
「いまなんとか……シロキュラの心を押しとどめてるし」
「えっ！」
「アリス……いまのうちに……」
　白姫の目がアリスの手にした――
　木の杭に注がれる。
「それを……シロヒメに……」
「できませんよ！」
　すぐさま声を張り上げる。
「できるわけないじゃないですか！　だってシロキュラは……白姫なんですよ！？」
「他に方法はないし……」
「そんな！」
「は、早く……じゃないとまたシロキュラが」
　白姫の目に涙が光る。
「シロキュラは悪い吸血馬なんだし。きっと子どもたちも……シロヒメの友だちも危険な目に合うんだし」
「……！」
「それだけは絶対だめなんだし。友だちを襲うようなシロヒメなんて……もうシロヒメではないんだし……」
「白姫……」
「だから……アリス……」
「う……」
　アリスは――
「う！？」
　前に踏み出したアリスを見て、一度はシロキュラに斬りかかったはずのユイフォンがあわて始める。
「だ、だめ……」
　アリスはふり返らなかった。
「！」
　手にした杭を大きくふり上げ――
「だめーっ！」
　カラァァァァン！
「！？」
　勢いよく。杭が足元に叩きつけられた。
「アリ……ス……」
「………………」
　アリスは、
「！」
　苦しむ白姫に向かって両手を広げた。
「アリ……ス……」
　戸惑う白姫の声が、
「……っ……りゅ……ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ……」
　不気味な哄笑へと変わる。
「愚かな……」
　彼女――シロキュラはあざ笑う目で、
「あれが最後の機会だった。もはや我を滅することはかなわん」
「………………」
「どうした？　恐れのあまり何も言えぬか」
　アリスは、
「……さい」
　顔を上げ、言った。
「約束してください……」
　思わぬことを言われたというように目が見開かれる。
「自分は……自分の血を捧げます」
「！？」
「アリス！」
　驚き身を乗り出すメカ白姫とユイフォン。
　アリスは彼女たちをとどめ、
「その代わり！　自分以外の人の血は吸わないでください……決して！」
「………………」
　わずかな沈黙の後、
「死ぬぞ」
「……！」
　身体がふるえる。それでもアリスは声を張る。
「か……構いません！」
　ユイフォンたちが息を飲む気配が伝わってくる。しかし引くつもりはなかった。
「愚かな」
　あらためて。シロキュラが言う。
　愚か――
　確かにそうかもしれない。
　だが、アリスに他の選択肢はなかった。
「自分に友だちを傷つけるようなことはできません。心を乗っ取られていても白姫の身体であることに変わりはありませんから」
　そこまで言って、いったん言葉を切る。
　そして噛みしめるように、
「けど、このままじゃ白姫に取りついたシロキュラは人を襲います。だから……」
　うつむいていた顔を再び上げ、
「自分は！　友だちである白姫と運命を共にします！」
　沈黙が地下室に満ちる。
「……ぷっ」
　笑った。
　おかしくてたまらないというようにシロキュラが笑い出す。
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ……ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ……」
　侮蔑の笑いのあと、彼女は傲然と言い放った。
「ならば望み通りにしてやろう。貴様の血を――」
　そのとき、ユイフォンとメカ白姫がアリスの横に並んだ。
「！　何を……」
　ひるむことなくユイフォンは言った。
「吸う！　ユイフォンの血も！」
「ユイフォン！？」
　アリスが驚く間もなく、
「ＰＵ・ＲＹＵ」
「メカ白姫まで……」
　あぜんとなるも、すぐさま彼女たちの想いに胸を熱くする。
「ありがとうございます……」
　しかし、
「シロキュラ」
　アリスははっきりと言う。
「吸うのは自分だけにしてください」
「アリス！」
「ＰＵ・ＲＹＵ！」
　抗議するユイフォンたちと目を合わせないまま、
「シロキュラ！　さあ！」
「よかろう」
「！」
「動かないでください」
　シロキュラから視線を外さないまま、ユイフォンとメカ白姫にそう言う。
「ぷりゅり」
　酷薄な笑みを見せるシロキュラ。
　そして、ゆっくりとアリスに近づく。
「っ……」
　うなじに息がかかる。
　するどい牙が……かすかにふるえる白い肌に――
「！」
　熱いものがアリスの首筋を伝った。
　牙がのどに食いこみ血を流した。そう思った。
「……！？」
　異変に気づく。彼女が見たのは、
「ぷっ……く……」
　その血は――シロキュラの口から流れていた。
　強く食いしばった唇から。
「そんな……」
　驚きつつ後ずさる。そのまま倒れそうになったアリスをすかさずユイフォンとメカ白姫が支える。
『そんなに……血が吸いたかったら……』
「！」
　聞こえた。
　声なき声……シロキュラに押しこめられた――
『血が吸いたかったらシロヒメの血を吸うしーーーーーっ！』
　ブシュゥゥゥッ！
「――！」
　さらに強く唇が噛まれる。
　鮮血がほとばしり、それは霧のように宙に散った。
「！？」
　血の赤いもやがまとまった形を取る。それはまるで意思を持っているかのようにうごめき身もだえ、
「――！」
　消えた。
　赤い〝何か〟がぱぁんとはじけ散ったその直後、
「っ！？」
　白姫の身体が崩れた。
「しっかりしてください！　白姫ーっ！」
　驚き駆け寄るアリス。ユイフォンとメカ白姫もそれに続き、意識のないその身体をしっかりと抱きしめた。

Ⅹ

「Ⅹという字は十字架に似てるんだしー」
「は？」
「不思議なんだしー。漢字でも１０は『十』なんだし」
「それは……確かに不思議ですね」
「そうなんだし」
　晴れた太陽の下。白姫とアリスはのんびりとそんな会話を交わしていた。
「昨夜も……」
　かすかに声のトーンが落ち、
「思えば、不思議な夜でしたね」
「不思議だったし」
　ぷりゅぷりゅと白姫がうなずく。
「まー、不思議といえば、アリスも十分に不思議な子だけど」
「ど、どういう意味ですか」
「もちろん悪いほうの意味だし」
「なんでですか！　不思議さなら白姫だって負けてないですよ！」
「ぷりゅ！」
「きゃっ」
　怒った白姫に蹴られる――と思いきや、
「それいいし！」
「えっ」
「『ふしぎなシロヒメ』！　なんだかかわいいんだし！」
「は、はぁ……」
　上機嫌な白姫を前にあぜんとなる。
「『魔法少女ふしぎなシロヒメ』！　みたいなカンジで」
　その言葉に、
「もう魔法とか悪魔とかはいいですよ……」
　さすがにげんなりとなって言う。
　白姫は平然と、
「魔法じゃなくて『馬法』だし」
「なんですか、それは……。とにかくやめてください」
　すると、
「わかったし」
「えっ」
　あっさりうなずかれてアリスは目を丸くする。
「アリス」
　不意に白姫が姿勢を正し、
「ぷりゅがとうございました」
「え？　え？」
　ますます目が丸くなり、
「どうしたんですか？　白姫がそんな……」
「今度のことは」
　白姫が神妙な顔で言う。
「きっと……アリスがいなかったらだめだったんだし」
「……！」
　言葉にこめられたが想い伝わるにつれ、アリスの胸がふるえてくる。
「あのとき、感動したんだし」
「自分も……！」
　あふれる想いのまま、
「自分も！　いま感動してます！　そんなふうに言ってもらえて……」
　たまらず白姫に抱きつこうと――
「ぷりゅーっ」
　パカーーーーン！
「きゃあっ」
　思いもしなかったヒヅメの直撃を受け、勢いよく顔面を蹴り抜かれる。
「ぐふっ」
　うめき声と共に倒れこむ。が、すぐ起き上がり、
「なっ、なんてことをするんですか！」
「アリスが悪いし。いきなりシロヒメを襲おうとするから」
「そんなことしてませんよ！」
「えー、してたしー。アリキュラになったと思ったんだしー」
「なんですか『アリキュラ』って！」
「弱そうだしー、アリキュラ。名前だけで、もう弱そうなんだしー」
「決めつけないでください！　というかいないです、そんな『キュラ』！」
　当然のように抗議した後、不本意この上ないという顔で、
「自分はただ感動して……それで白姫に」
「そういうところが気持ち悪いしー。うっとうしいんだしー」
「ええぇ～……」
　アリスはあたふたと、
「白姫、感動したって言ったじゃないですか。あのとき自分がしたことに」
「ぷりゅぅ？」
　白姫は「はぁ？」という顔で、
「なに言ってんだし。誰もアリスになんか感動してないんだし」
「えええっ！？」
「ぷりゅーか、アリスに感動できる要素なんか何一つないんだし。ムカつく要素しかないんだし。ムカつきだけでできてるんだし」
「なんてひどいことを言うんですか！」
　たまらず涙目になり、
「じゃあ、なんで感動したなんて言ったんですか！」
「感動したからだし」
　当たり前だという顔で、
「シロキュラが感動したんだし」
「え……！？」
　思わぬことを言われたアリスはあぜんとなるも、
「あのっ、ど、どういう意味ですか」
「そのまんまの意味だし。シロキュラはシロヒメの必死の想いに感動したんだし。それでシロヒメの中から出ていったんだし」
「それは……」
　思い出す。
　シロキュラが血を吸いそうになった瞬間、白姫は押しこめられていた意識をふりしぼり、その牙を自分に突き立てた。
　その壮絶な行為が彼女を追い払う決め手となったのは確かだ。
「でも……」
　やはり納得がいかないと、
「白姫、言いましたよ……『アリスのおかげ』って」
「言ったし」
「だったら……！」
「もちろんアリスのおかげなんだし」
　またも当然というように、
「アリスの血がまずそうだったから、シロヒメ、全力でてーこーしたんだし」
「ええぇーっ！？」
「当たり前だし。アリスの血なんか吸っておなか壊したらどうすんだし」
「なっ、なんてひどいことを言うんですか！」
　さらなる涙目で抗議してしまう。
「まー、でも、シロキュラはいなくなったんだし。シロヒメのおかげで」
「この上なくひどい理由でしたけど」
「でも……」
　白姫は遠い目になり、
「あれが最後のシロキュラとは思えないんだし」
「やめてください、もうそのパターンは！」
「けど、シロヒメが邪悪なものに狙われるのはしゅくめーなんだし」
「えっ」
「ほら、シロヒメ、かわいいからー？　悪者がほっとかないんだしー。ぷりゅーか、名前からもう『姫』だからー」
「はあ……」
「アリスも感謝するし。とらわれのお姫様を助けられるなんて名誉なことだし」
「名誉……なんですかね」
　昨夜のショックをまったく引きずっていない白姫にさすがにどうかと思ってしまう。
「白姫、怖くなかったんですか？　あんなに大変な目にあったのに」
「ぜーんぜん怖くなかったし」
「そうなんですか！？」
「とーぜんだし。シロヒメに怖いものなんて……」
　そのとき、
「白姫さん」
「！」
　一瞬で蒼白になる白姫。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
　おびえ声をもらしながらふり向くそこに、
「ぷっりゅーーーーーーっ！」
　ほとばしる絶叫。
　メイド姿の女性――朱藤依子（すどう・よりこ）がそんな白姫に凍てつくような視線を注いでいた。
「はわわわわわわ……」
　アリスも一緒になってふるえ出す。
　と、気づく。
　昨夜、幽霊屋敷へ行っていたことを依子は――
　家事全般を担うと共に規律をも取り締まり、周りから大いに恐れられているそんな彼女は知っていたのかと――
「し、白姫！」
　声をふるわせつつあわてて、
「昨夜のこと、依子さんの許可はもらえてたんですか？　白姫は大丈夫って言ってましたけど……」
「……もらえるわけねーし」
「ええっ！？」
「こっそり行けば大丈夫って思ったんだし！　だからアリスもよけいなこと……」
「白姫さん」
　びくぅ！　再びふるえあがる。
「昨夜の報告をまだされていないようですが」
「ぷりゅぅ！？」
「バ、バレてるじゃないですか！」
「だから、よけいなこと……」
「ユイフォンさんとメカ白姫さんからは報告を受けました」
「ぷぅ！？」
　冷たい目があらためて白姫に向けられ、
「それで、あなたは？」
「ぷ……ぷぷ……」
　恐怖のあまり失神寸前な白姫。
　アリスは勇気をふりしぼり、
「あの、その、白姫は昨夜とても大変な……」
「アリスさん」
「きゃあっ！」
「あなたにも後で報告していただきます。昨夜の無断外泊について」
「！？」
　はっきりと悟る。
　もうこうなってはだめだ……どんな釈明も依子には通じない。
「白姫さん」
　依子の手に短い鞭が握られる。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
　絶望の涙目で白姫は絶叫した。
「お……おうちが一番怖いんだしーーーーーーーーーっ！」
　パシーーーーン！
　するどい鞭の音が青空にこだましていった。