ゾンビ狩りの少年少女

ーー生きているのに死んでいて、死んでいるのに生きている、彼女はゾンビの持つ魂、それを老いた魂と形容した。


 今朝、高校の机のうつぶせにして顔を突っ伏して寝ていた。そうしているとふと教室の前後のドアから風がとおりぬける、そのとき丁度耳に生徒たちの話し声と、それにまじって何者かの気配とにおいがする、それは香水のにおい、柑橘系のキツイにおいだ、きっと夜梨ヨミだろう、近頃彼女は僕につきまとう、僕もこの彼女、同じクラスの夜梨ミヨが気になってしかたがない。今日も何事を話すのか、自分の身に何かが起こるのではないか、と僕は毎日が不安で近頃まともな学生生活が遅れていない。
 それもそのはず、これまでの彼女をみていれば、彼女が奇抜な、特殊な性質をもつ人だという事は十分にわかる、もっとも、高校のような場所それでいて彼女とすごしている間は彼女のもうひとつの一面、天然でゆるいはなしぶりや癒しをふりまくような幼くもやさしいまなざしをもったおっとり系キャラクターを演じていて、僕は彼女によって危険な目にあう事はないのではないかというような……予感さえある、しかし彼女は僕がゾンビであることに気がついている、僕の体色は緑だ、もっともその緑は、聖職者にしか知る事の出来ない色だが、——夜梨ミヨ―—聖職者であり、高校生、そして僕もまた高校生だった、ただひとつゾンビという種族であることを覗いては至極全うな平凡な高校生だった。

 先週末に彼女につれられて、とある音楽クラブへ潜入した。音楽や文化の混沌としたるつぼ、人々がざわめき、どよめきあいながら何者かの音楽をききながす。夜中も近い時刻、午後6時頃だった。
「だってわくわくしませんか!!」
 そういいつつもぐいぐいと僕の服の袖をひっぱる、僕は無理やりつれられてきたのに、楽しいと尋ねるとは?彼女の言い分はわからない、僕含めてだが、彼女は仕事で僕のそばにいるはず、彼女は聖職者だから《ゾンビ》死して生きる異形のものを、そのゾンビを死後の世界へいざない、救う役目をもつ、そして近頃、弱みをに擬されている僕は体のいい彼女の奴隷にすぎない、もっとも彼女は僕を《ゾンビの友達》と呼んでいるが、真相は知らない。もともと彼女とつるむようになったのは彼女があまりにしつこく僕を監視していたからだ。高校に入った当初からどこへいくにもつきまとって僕のほうをきりりと見つめていた、その目はほかの人間には決して見せないような鋭さをもっていた、僕はその意味がまるでわからなかったが、まさか彼女が僕の本当の姿に気づいている——高校生でありながら上位の聖職者である——と知らされたのはつい最近のことだった。
 とある日屋上へ呼びだされ、彼女の口から彼女の仕事を知らされた。

 「生きながらにして死に行くもの、その異形を、我々聖職者教会は“ゾンビ”と定義します、あなたが私の友達から、私の事を聞きすべてをしったのはこちらもつかんでいるのです、ですから取引をしましょう」
 
 ぶっきらぼうないいまわし、つまり彼女には彼女の仕事があるわけだ、そして彼女が僕と同じ高校に入学したのにもわけがあったのだ。彼女は、それは教会の意思だから知る由もないと今もいう、本当かどうかはわからない、だって彼女には、いくつもの顔があるのだから。

 そのひとつをつい最近、例のクラブで垣間見る事になった。
「あはははは」
 楽しそうにはしゃいで踊る聖職者、僕はなにをみせられているのだろうか、ウェーブのかかった髪型がととのったままふさふさとゆれる、まるで二次元の人間がとびだしてきたかのような今風の整った顔立ちだ。
「なあ、ミヨ」
「はい?」
 深刻な質問をしたのは、きっと彼女はその次にくる絶望的な、苦痛を伴う自分の仕事について忘れようとしてそうしてはしゃいでいるのだと、僕なりに解釈していたからだ。
「今日もするんだろう?ゾンビ狩り」
「はい!いたします!ゾンビ狩り!」
夜梨ミヨは僕にきをつかうようにすぐに、こちらをみつめてこんな言葉をかけた。
「大丈夫ですよ、我々が狩るゾンビは、悪いゾンビですから」

「キャーーー!!」
 本当にその瞬間だった、店の奥で悲鳴が聞こえたのは、奥の方には大きな柱とDJブースが真ん中にある、そのわきの左側、人込みをかきわけ2、3人スタッフが駆け付けていくのがみえた。
「ミヨ!!」
「ハイ!!」

 僕は足がおそい、ミヨは僕が足が遅い事をいつも忘れる、天然が本当なのかただのつくりものなのかわからない、ただいつも僕は遅れながらも彼女のあとをついていく。
「ぐへへへ」
 彼等のかけつけたのはトイレだった、遅れて到着するとスタッフは身動きを取れないように身構えて棒立ちし、清掃員風の男が拳銃をもって何かをさけび彼等に威嚇していた。ミヨは肩をかかえられ、拳銃をつきつけられ、人質になっていた。
“バン!!バンバンバンバン!!!”
 威嚇射撃といえど上にむけて拳銃で何発もぶちかます男。こいつは普通ではない、それは犯罪者は普通の状態ではないだろうがそういう意味でなく、普通の体色をしていなかった。そして男は、お前、といいながら僕のほうを見て驚いていた、その背後の手洗い場のミラーごしにゾンビである自分の姿が反転して映っている。
 「お前……ゾンビか」
 「お兄さん……お兄さんも?」
 ミヨの言葉を思い出す、死して生をあきらめ、生をあきらめながらも生きるもの、そういうものがゾンビになる、彼女はいつも、そういった。緑の皮膚にごつごつとした肉や骨、まぎれもなく同じ人種——ゾンビ——となったもの。
 「俺は、いつのまにかこんな体になっちまった、なのに誰も俺がこんな姿だときづかない、お前はなんでゾンビに、お前は、俺はなぜこんなふうに、しかし……俺のほかに緑の体が!!お前は、俺はなぜ……!?」
 彼は頭をかかえている。僕はとまどい、普通の反応をしてしまった。
 「わからない、なんでか、わからない、あなたは……なぜ!?」
 犯人は突然常人にもどったようにあっけらかんとし、まるで僕が犯人であるかのように呆然としていた、犯人は初めて同じ種類の人間をみたのだろうか、ぽかんとしてそこから動かなかった。だからミヨはそのすきに彼の腕からするりとぬけだし、僕に例のものを要求した。手のひらでクイ、と合図をする。
「ああ」
 応答をして目で合図をかえした、阿吽の呼吸、それだけでわかる。僕は命令に抗いたい気持ちと同時に、ほっと安心する、彼女は今も彼女が僕をしばりつける理由であり、彼女がいつも僕を監視している証拠でもある、僕の体につけられたあるものを要求していた、僕は早く彼女に答えたい、痛いのだ、体がいたい、僕の左腕にしばりつけられた十字架のアクセサリー、僕はそれが毎秒毎秒自分の肉体を焼くように痛めつけるつらさを感じているからだ。僕はそれをほどき、彼女の、犯人の拳銃をとりおさえたのと逆の手にわたした。
 「ふふふ、いい子ですね」
 そういってミヨは僕をちらりとみて、すぐに犯人にその十字架をあてがい、神の言葉をのべた、それは教会の上位の人間しかしらない特殊な言葉だという、狭いなかに何度きいても聞き取ることができない、それどころかあれは本当に人語なのかもわからない。僕はそのとき思い出していた。
 「あなたはかろうじて生きることを望んでいる、あなたはまだゾンビではない」
 そうだ、僕は、中学生のころの恋人をなくしてから、その日のあとの事が思い出せない、いつのまにかその後ゾンビの体になり、だれも自分がゾンビであることにきづいてくれなかった、あれから僕は孤独だった、きっと今日にいたるまで……生きていたくないのに生きているのだ、ただ生きる事だけを望んでいる事はたしかなのだ。意識がもどると、犯人はきをうしなったように地べたにはいつくばってぴくぴくと痙攣した。
 「おわったのか」

 その後二人で近くのカフェで休憩をしたのだった、それは洋風のおしゃれな店で、だけど暖房が少しきつくて汗をかいた、別にふとってはいないのだが、皮膚が厚い人間なので、上にきていたパーカーはたたんでソファの横においた、奥の席だったのでいくらか余裕はあった、彼女はソファではなく対面の椅子に座って僕をみていた、彼女は、僕で遊ぶことを楽しんでいる、確かに彼女はしばらくのうちは僕にとどめをさすつもりがないようだ、そうだ、僕だって望んでゾンビになったわけではない、そういうたぐいの事は彼女に何度も説明した、それは功を奏したのだろうか。ゾンビがゾンビでなくなるという事はなんだろうか、ある種人格を失うことだと彼女はいう、あれからーー警察によってとらわれ、移送されるとき、彼は、先ほどの彼は——ゾンビであることはなくなったかわりに、死んだような目をしていた、そして彼女いわくゾンビ特有の——不死の能力——を失った。おそるべき聖職者。なんといってもまだ高校生、ひどいめにあったのに、疲れひとつ感じさせないようににこにことカフェでパンケーキを食している。その人と対面で僕はコーヒーをすすっていた。私服の彼女はとても派手な色が好み、真っ赤なシャツをきている、それが違和感なく街に溶け込むから、きっと彼女はとてもおしゃれな事に精通しているのだと思う、それもこのとき発見した、新たな彼女の一面。
 「さっきからぼーっとして何か気になる事でもありますか?」
 そういってわらう、対面にすわる彼女、それは自分の人生の強敵であり、正体不明の観察者。彼女がたのんだパンケーキをおいしそうに眺めていると、その笑顔の中にびくりとするような鋭い力が宿っているのをふと感じた。彼女は笑いながらいった。
 「だから、あなたも頼めばいいっていったのに」
 あのときたしかにそういった。
 「わあっ」
 目を覚ますと、現在の高校の机に突っ伏した格好のままだった。香水のにおいにそちらにかおをあげると、さきほどの回想と同じ不気味な表情がこちらをのぞいていた。

ゾンビ狩りの少年少女

ゾンビ狩りの少年少女

備考 ・夜梨ミヨ、17歳、オタク趣味、聖職者なのに楽しんでいる、ゾンビ探索を。天然

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-06

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