塩ふりじいさん
茸不思議小説です。PDF縦書きでお読みください
茸をみると塩を持ってきて、振りかけるじいさんがいた。
塩をまかれた茸はナメクジのように縮んだりはせず、塩を頭に乗っけたまま傘を開いた。
赤い茸だろうが、黄色い茸だろうが、じいさんは塩をまいた。
茸たちはみんな傘を開いた。
村の男が「どうして茸に塩をまくんだ」と聞いた。
だが、じいさんは
「塩をまいちゃいかんのか」
と逆に怒っちまった。
どうして茸に塩をまくようになったのか訳があった。
じいさんはばあさんと茸とりをして、六十年もの間むつまじく暮らしておった。茸が生えておらんじきには、山菜や木の実などを採っておった。
あるとき、いつものように二人して山にいくと、見たこともないような大きな紫色の茸がすっくと立っていた。
「この茸は食えるじゃろうか、じいさん」
「どうかの、紫色でも食えるのもあるがの」
「紫占地じゃろ、だが、こいつははるかにでかい」
「採っていって、塩に漬けて食ってみようかの」
塩に漬けておくと、毒が消えるものである。
じいさんはそういって、先に進んでいったので、ばあさんは立ちどまって、紫色の茸に手を伸ばした。
すると、紫色の茸が口を利いた。
「俺を採ってどうする」
ばあさんは驚いたが、しっかりもんのばあさんは、食うというと何をされるかわからんので、「きれいだから飾っておこうと思ったんじゃ」と口から出任せを言った。
「何をうそ言うんだ、塩に漬けて食うと言っておったじゃないか」
紫の茸は二人の話を聞いておったようだ。婆さんそれなら、わざわざ聞かんでもいいのにと思った。
「そりゃ、じいさんが言ったことだ、あたしゃ、飾ろうと思っていたんだ」
ばあさんは強情に言い張った。
「食わんのか」
「ああ、眺めておる」
「茸はな、食われるのが本望なんじゃ、眺めてもらっても困る、喰わんのならわしが食う」
そういうと、紫色の茸はばあさんを頭から飲み込んでしまった。
じいさんは本当の紫占地が生えていたので、それを籠に採っていた。ところが、急に物音がしなくなったので振り返って見ると、ばあさんがいない。
「おい、ばあさん、どこいった」
戻ってみると、紫色の茸が大きく膨らんでいる。
茸の胴体がもこもこもこもこと動いている。
やや、これはもしやもすると、妖怪茸、ばあさんを飲み込んでしまったのではないかとあたりをつけた。
なかなか、想像力のあるいじいさんである。
「やい、紫色の茸、ばあさんをどうした」
そうどなりつけた。
紫色の茸はおとなしいじいさんが、いきなり厳しい口調になったのにはびっくりぎょうてん。
あわてて、ゴックンと、ばあさんを本当に飲んでしまった。
紫色の茸の柄がすっきりとなった。
あ、こりゃ、いかんかったと、じいさんは紫色の茸に言った。
「すまんかったな、しかってしまって、ばあさんをどうした」
紫色の茸も謝った。
「すんませんな、ついつい驚いてしまいましてな、ばあさんを土の中におしこんじまいました」
茸というものは、土の中に広がっている、菌糸という糸の固まりから生えているのである。菌糸はその場所、いや町、いや地球の土の中に広がっている。いろいろな茸の菌糸とつながっていて、その中を歩いていくと、どこにでも行くことができてしまうものなのである。
さて、ばあさんはというと、紫色の茸に飲み込まれ、菌糸の中に押し込まれてしまったわけだが、以外や以外、やけに元気であった。
いや、以外どころではない、ものすごく元気である。そのわけというのが、ばあさんに大変なことが起こったからである。
もうすぐ寿命がつきるほど年をとっていたばあさんが、二十歳の娘になっていたのである。
「ありゃ、こんなに肌がつるつるだったんかいな」
ばあさんは自分の胸に手を当てると、垂れ下がっていた乳房が、パンパンに張っている。触ると気持ちがいい。曲がっていた背もぴんしゃんとなった。
若くなって、調子のよくなったばあさんは、歩きたくなった。
菌糸の中というのは、トンネルのようで、だけど周りから明かりががほんのりと差し込み、春のように暖かな空気が流れていて、それは気持ちがよかった。それに、腹も空かないし、水を飲みたいとも思わなかった。ともかく歩きたくなったのである。
ばあさんは、いや、二十歳の娘はばばあくさい着物をみんな縫いでスッポンポンになってしまった。ともかく、菌糸の中は、それほど気持ちのよいところであった。
じいさんのこと何ぞ、みんな忘れて歩いていった。
一方、じいさんは、紫色の茸をぶんなぐった。
「ばあさんを帰せ」
よけることできない茸はただ殴られていた。
「うんにゃ、もう飲み込んじまった人間は返せない」
「食っちまうぞ」
「本望じゃ、茸は食われるために生えておる、ナメクジからネズミまで、みんな俺たちが好物なんだ」
「ばあさんはどこにいるんだ」
「菌糸のなかにいる」
「わしも飲み込んでくれんじゃろか」
「そりゃできないな、正直な人間を飲み込むと、わしが腐ってしまう」
茸はいやいやをした。
「ばあさんがいなくなったら、わしゃどうやって、おまんまを炊いたらいいのかわからん」
「なんだ、じいさん、飯もたけんのか」
実はじいさんはよく働く男だったのだが、飯炊きだけはなぜかできなかった。
「飯は村の女子(おなご)に炊いてもらえ」
まあ、世話付きな女はいないことはなかった。そうかと思ったじいさんは、だけど、ばあさんほど、飯炊きがうまい女子はいないと思い、
「やっぱり、ばあさんじゃなければだめだ」
と、紫茸に言い寄った。
「ばあさまはな、今、菌糸の中を歩いておるわい、どこに行くかしらん、ただ、寝るときには茸の中におるじゃろう」
「自分からでてこれんのかね」
「中から茸は破れないんじゃ、強いものよ」
「それじゃ戻れないのか」
「いや、戻す方法は一つだけある。教えてやろう、ばあさんが寝ている茸に塩をかけると、ばあさんが気がついてその茸から外にでてくるかもしれん」
そのころ、ばあさん、いや、二十歳の娘になったばあさんは、はちきれんばかりの乳をゆらしながら歩いていた。
しばらく歩いていくと、パッと明るいところにでた。見上げると、光が燦々と落ちてくる。
上にあがれないかとあたりを見ると、一本のひもがぶら下がっている。若くなったばあさんはひもにつかまると、たぐってするすると上っていった。上につくと、三角の天井の部屋にでた。紐は三角の真ん中からつる下がっている。勘のいいばあさんは、これは茸の傘の中だと思った。
それで、こじ開けようと思ったのだがなかなか破れない。壁に小さな窓のようなところがあったので、のぞいてみた。壁が薄くなっていたのだ。
見慣れない景色である。水がみえる。川か湖の畔のようだった。
全くどこだかわからない。窓のようなところが広がった。黒いものが動いている。
黒いナメクジが茸をなめているので、壁が薄くなっているのだ。手で触ってみると、薄くはなっているが、破ることはできなかった。
茸の中はなかなか住み心地がよかった。茸というものはふかふかとしていて、それでしっかりしている。座ってみると、お尻がとてもいい感触だ。
ばあさんは眠くなって、横になるとうっつらうっつらし始めた。もし、その茸の傘の中を覗くことができたら、裸の女性が大の時に寝ているのを見ることができたろう。
目が覚めると、二十歳のばあさんは歩きたくなった。茸の傘から下がっている紐を伝わって下に降りていった。
ばあさんはまた菌糸の中を歩きだした。
じいさんは家に戻ると、塩を皮袋に入れて、山に行った。紫色の茸のところにくると、茸はすでに萎れていた。
「どこに行けばばあさんの入っている茸があるんかい」
そう聞いたのだが、萎れかけている紫色の茸は、
「うーん、わからんが、まだ、そんなに遠くには行っておらんだろう」
と声を絞り出した。
「どんな茸に塩をふればいいんじゃ」
「まったくわからん、菌糸はとなりの菌糸につながる穴があるのでな、ばあさんがどこにいくかわからんよ」
そういい終えると、紫色の茸は死んでしまった。
そういうことで、じいさんは毎日塩を持って山に行くと、茸に塩をかけるようになったわけだ。
ばあさんは、菌糸の中を歩いていき、眠くなると、茸の傘の中にはいって寝た。
毎日毎日、そうやって、どこまでも歩いていた。
そんなある日、菌糸のトンネルを歩いていると、壁のところに動く影が見える。どうも、隣にも菌糸のトンネルがあるようだ。そこの中で何かが動いている。
二十歳のばあさんは立ち止まると、壁を叩いてみた。すると、その陰も止まって、とんとんとたたき返してきた。人間のようだ。
何とか、隣の人間と顔を合わせたいと思うようになったばあさんは、手の先を壁に押しつけて、指先の方に歩くように示した。相手にもわかったようで、自分が歩くと相手も歩いた。それで、ゆっくりと歩いていくと、横に行く穴があった。そこから、隣の菌糸に行ける。婆さんは横穴に入って走った。黒い陰がはっきりした人間になった。
真っ裸の男だった。ただ、見たこともない大きな男で、肌の色は真っ白だった。
ばあさんはちょっと怖くなったが、「こんにちわ」といった。相手もびっくりしてなにやら声をだしたのだが、なにをいっているのかわからなかった。
男は「チョッコロン」といったのだ。
それはハンガリーの女性に対する挨拶だ。しかし、ばあさんにそんなことがわかるはずがない。
それから、いきなり男は二十歳のばあさんを抱き抱えると、急ぎ足で菌糸の中を走った。
茸を見つけるとばあさんを抱えたままで、片手で紐につかまり、たぐり寄せて傘の中にはいった。すごい力である。
傘の中はホカホカとよい陽気である。
白い大男は二十歳のばあさんとまぐわった。
そのあとばあさんは眠くなって寝てしまった。
どのくらい寝たのかわからないが、目が覚めると、暗くなっていた。きっと茸の外は夜なのだろう。しかし茸の中はぼんやりと明かりがあって不自由はしなかった。あたりを見ると、白い大男が自分を見ている。
大男は二十歳のばあさんに手招きをして、傘から下に降りるように指示した。ばあさんは男について下におり、菌糸の中を歩き始めた。
菌糸の中では歩くととても気持ちがよくなり、それが生き甲斐のようになった。
しばらく歩くと、また茸があった。男が上に行くように指で示した。
傘の中にはいると、茸虫が穴を開けたところが透けていて外が見えた。自分の住んでいるところとは全く違う景色だった。石でできた家が建っていて、どうもその家の庭に生えた茸の中のようだ。
庭に女性がでてきた。女性の着ているものは婆さんの着物とは全く違い、今までみたこともないようなものだった。赤い布でできた傘のような服で腰より下を隠している。今で言うスカートである。膝から下の足がでている。体の上の方は白い服を着ているがじんべいをぴっちりしたような形だ。
白い男が庭の女の人を指さして、次に自分を指さした。勘のいいばあさんは、きっと、自分の嫁といっているのだろうと察しがついた。
男は「ブタペシュト」と言ったが、全く、意味はわからなかった。しばらく男は庭の女を見ていたが。ばあさんに下に降りるよう指差した。茸は寝るところで、起きると菌糸に降りて、中を歩いていたくなる。
男は菌糸の中を歩いていく。ばあさんも後ろをついて歩いていった。
隣にまた黒い陰が動いているのが見えた。しばらくその黒い陰も一緒に動いていたが、横に行く穴があった。白い男はそこを通り越して先に行ってしまったが、ばあさんは横穴に入った。
横穴をでると、目の前に裸の真っ黒い男がいた。ばあさんはとってもびっくりした。墨でも塗っているのかと思ったがそうでもなかった。
黒い男は微笑んで、何もしなかった。ばあさんはちょっと安心して、黒い男に「こんにちわ」と言った。黒い男は何か言ったがわからなかった。
「じゃんぼ」と言ったのだ。
男が歩き始めたので、ばあさんもついていった。菌糸の中をかなり歩くと、大きな茸のところにでた。男が紐を伝わって上に上がったので、ばあさんも上がった。
茸にはずいぶん窓が開いていた。虫がたくさん付いているようである。外を見ると、見たこともない大きな動物が長い鼻で水を飲んでいた。ばあさんは象をみたことがなかった。首の長い動物もいた。
茸の反対側を見ると、木と藁葺きのようなものでできた家がいくつも建っていた。自分の家もそうだったが、形は全く違った。その中の一つから、黒い色をした背の高い女がでてきた。黒い男が指さして、次に自分を指さした。やっぱり自分の嫁と言っているようだった。そして、
「ナイロビ」といったが意味はわからなかった。
男はその茸から菌糸に降りた。ばあさんもついていった。
男は歩いていき、次にあった茸をまた上っていった。今度は傘の中で横になった。
ばあさんも隣で横になった。男は静かに手を伸ばしてきて、二十歳のばあさんとまぐわった。
二人は寝てしまった。
目が覚めると、黒い男も目が覚めたところだった。無性に二人とも歩きたくなった。
黒い男とばあさんは菌糸の中をどんどん歩いた。
また横穴があった。
黒い男は通り過ぎ前に歩いていく。
ばあさんは横穴に入った。隣の菌糸のトンネルに入ったが、そこには誰もいなかった。
ばあさんは菌糸の中を今まで歩いていたのとは反対方向に歩いた。どんどん歩くと、茸があったので、傘にはいると寝た。起きたら歩き、茸があると、そこで寝てをくり返すと、おかしな茸の下にきた。
上を見ると、傘のところがでこぼこしている。ばあさんは春に生える網傘だとわかった。登ってみると、傘の壁がでこぼこで、へこんだところが薄くなっていて外が見えた。なんだか見たことがあるような景色だった。
そこでじいさんを思いだした。じいさんと住んでいた家の近くのとんがり山のようである。ここでもよく茸を採った。
さて、じいさんの方だが、去年の秋には毎日山に登り、茸に塩を振りかけたが、なにも起きなかった。紫色の茸が言ったように、たまたまばあさんがその傘の中にいなければでてこない。
冬の間は縄を編んだり、籠を編んだりしながら、春がくるのを待っていた。
じいさんは春茸にも塩をまくつもりだった。
桜が終わった頃、塩を持って山に登った。最初は裏山だったが、だんだん遠出をするようになって、とんがり山まできた。山道を登っていきながら茸があると塩をまいた。
通りかかった山菜取りの人が「なんか採れたかね」と声をかけても、じいさんは黙ってただ茸に塩をふりかけた。
小さな池の畔に来ると、編傘茸がたくさん生えていた。村の者はこの茸を食わないが、じいさんはうまい茸であることを知っていた。
採る前にとりあえず、塩をまこうと、生えているすべての編傘茸にすこしずつ塩をまいた。
すると、一つの編傘茸がむくむくと大きくなった。なかから裸の女が飛び出した。
女はじいさんを見ると、びっくりして林の中に走っていった。
じいさんは女の臍の脇のほくろを見て、ばあさんであることがわかった。だけど、ばあさんはじいさんが誰であるかわからなかった。
じいさんはばあさんを追いかけた。ところが、ちょっと走ったところで、ばったりと倒れて死んでしまった。
二十歳のばあさんは戻ってきた。茸から外に出たら猛烈に腹が減てきたのだ。菌糸の中では腹も減らなければ、いくら歩いても疲れなかった。林の中を裸でかけたので疲れた。それだけでなく、裸だと寒くて何か着たくなった。恥ずかしいとも思うようになった。
それで、出てきた茸のあった池のところに戻った。じいさんが倒れていたが、二十歳のばあさんはちらっと見ただけであった。
ばあさんはじいさんが、塩をふりかけた網笠茸をとって食べた。塩をふった編笠茸は旨かった。ところが生の編笠茸は腹を壊す。気持ちが悪くなってきた。
「茸の中に戻りたいな」
ばあさんはつぶやいた。茸の中では寒くもなく、腹も減らず、元気でいることが出来る。それで紫茸と出あったことを思い出したのだ。
嘘をつけばいいのだ。
ばあさんはうまそうな編傘茸の一つに言った。
「あんたなんかまずそうで食いたくない」
すると、編傘茸は口をあけると、ばあさんを飲み込んでしまった。
菌糸の中に入ったばあさんは、おなかの具合も良くなって気分がすっきりし、からだもぴんしゃんとした。
喜んだばあさんは菌糸の中を歩いた。毎日毎日歩いた。だんだんお腹がせり出してきた。とうとう腹がぱんぱんになちまったので、大きな茸を選んで傘の中に登っていった。
二十歳のばあさんは大の字になると寝てしまった。
起きると、足の間に赤ん坊が二人転がっていた。双子だ。冬眠している熊のように寝ている間に子供を産んだのだ。
一人の赤ん坊は真っ白で、一人の赤ん坊は真っ黒だった。
二十歳のばあさんは二人の赤ん坊を両手で抱き抱えると、赤ん坊の口を乳首のところにもっていった。そしてほほ笑んだのである。
塩ふりじいさん