特殊な吸血癖

 力が出ない、その日私は自室の椅子の上にいた、背中から胴体、下半身にかけ力がはいらない、うなだれている。手も足も頭もだらりと倒す、今は自由がきかない時間だ、一日の数時間、特に夜遅くにその時間はやってくる、私は勇気をふりしぼり、別の行動を起こす準備をする。それから数分、おおきく顔の筋肉をうごかし口角をあげ笑顔をつくった、そして体のそこら中に力をこめ、心の中は動き出す決心をした。のんびりするのはいいが、時間は有限だからもったいなくそうしてばかりもいられない。顔から腕、腕から足、順番に力をいれる、比喩であってもたしかに、体が軋む音がする、私には栄養が足りていない、私は血をのまない。それは私の17年間の人生において私が私であるために選んだことだ。せもたれに力をいれ、そして腰かけていた尻の部分にてをかけ、椅子に逆側にこしをかけなおす、そのときに、力をいれて首をひねる、すぐよこをむき、鏡を振り返り見る、右だった、右には鏡がみえた、ほかには月とガラス窓があった。私は最近かえたピンク柄のカーテンから、縦に長い姿見鏡に目を移し、にんまりとひらいた口からは白い歯がのぞく、犬歯は尋常でないほどにながく鋭くとがっている、これはキスをするとき邪魔になる、それはうそだ、突拍子もないごまかしだ、その牙がその程度の不便さならいいがこれだけとがった牙は明確な目的をもつ、それは種族の性、これは人に牙をたて、皮膚をつきやぶり、ときに血液をしぼりだすためのものだ。

 私は人の血を吸わない、吸わないからこそ不具合が起こっている。体がうまく動かない、それでいい、毎日毎日ごまかすようにそれが普通なのだと自分に言い聞かせる、自分の体感時間は普通ではない、普通よりも鈍く遅い、ひとたび血液をくちにすればそれもまた変わるのだろうとも思うのだがそれは今の私には到底不可能なのだ、きっとこれからもそれは変わらないのだと思う。
 そこは自室、棚の上に恐ろしい顔と牙をもつ曾祖母の小さな写真が飾られている意外は、わりと少女趣味で、カーテンにもレースの柄がある。制服は椅子にかけられ、私服は半開きのクローゼットにしまわれている、出入り口のお気に入りは帽子掛けだ、ここにバックもかけられる。時にアクセサリをかけることもできる、それから万能な棚。棚は入口をすこしすぎた左右におかれている、大きな部屋をあえて狭く飾る、大小それぞれに小物や本や、思いでをしまっておける。まさに万能、万能、私はその言葉によわい……。 
 さきほどまで化粧台の前に椅子を少しうごかしそれにすわっていた、だがすっとたちあがり、体を少しひねり、すぐよこの味気ない薄茶色の木製の椅子にすわりなおした。化粧台と真逆をむいている、それからすぐ前の白のテーブルからひとつ雑誌をぬきとった、それは積み重なっている雑誌のうちのひとつ、てっぺんには読みかけのぶ厚い本がある。雑誌はファッション誌だった、若い男女が並んでいる、私はそこに人間と同等のあこがれをもつ、それは同年代の美しいものへのあこがれだ、しかしもう一つの面もたしかにあった。
 そのあこがれのさらに深くには、私の私としての、私の肉体と血液が求めるものとしての願望がある。——私は、人に牙を立てたい、そうしてそこからでる赤い生命の象徴をたった一人暗い部屋で、ただ自分のためだけに肉体から魂をすいとるべくすすりたい、それが私の生活の、そのほかとりとめのないすべての退屈や苦痛を和らげることになるはずなのだ——それでも私はそれをしない、なぜなら私は女性だし、なぜなら人を襲うのが嫌で、恐ろしいからだ。

 ヴァンパイア、人はその種族に時にロマンを感じる、そしてありとあらゆる架空の創作物の中において、普通よりすぐれた存在として描き出す、だが当人たちはどうだろうが、ひょっとすると、現に存在する彼等はその想像を望まないかもしれない。その例は私だ、私を見ればいい、その鏡を通して私をみるのだ、見透かすのだ。私には未来などない、私には、今ここにある種族としての特別な才能も知性も感性もプライドさえもない、違う、それは嘘だ、きっと嘘だ。手に届きそうな場所にそれはある、それは人の血を口にすればわかるはずなのだ、だが私はそれを手の中に収める事を嫌っている、私は人を襲う事が怖いわけじゃない、私は本当の私を知るのが怖いのだ。

特殊な吸血癖

特殊な吸血癖

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-03

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