死霊の管理者
ある時代大きな国の東の地方にある街にゾンビが現れた、当初は大騒ぎになった、警察も軍隊もとびだした。なんといってもあのゾンビである、それとは別にどこか遠くの国の話だが、数十年前にゾンビが蔓延して、軍隊が出動し、一つの街が一晩で滅びたという噂もある。しかしそのゾンビは死ぬことも生きることも選ばず、人も襲わなかった、そんな自分が嫌いだった、墓から生まれて墓近くの街に居座り、いつもいじけていて一人も感染者をふやさなかった、彼には誰も近づかなかったし、彼も誰にも近づかなかった、そんなとき、ある廃墟でうなだれていたとき、真昼間にわざわざゾンビを訪ねて来たという一人の紳士がいた、それは街の神父だった。
「街にいてもあなたにとっていい事はないでしょう」
「あなたがあなたの魂の使い方をまよっているのなら、私が助け、私があなたを管理しましょう」
それは長い押し問答の末、神父がひねり出した答えだった。その押し問答とは、あるさびれた廃墟に住み着いたゾンビを、その廃墟の悪評やときにくる悪い人間から守るために、神父が神父の教会のそばに住み着かせるために考えた方法だった。神父の教会は広く、裏には墓地があった、墓地の中には、まったく人の寄り付かない場所もある。ゾンビは納得して神父を信じてそこに移動してみる事にした、それから神父の車にのって3時間ほどの街はずれにきた、教会を案内され、十字架におびえたが、神父は平気でその様子をみて笑っていた。君は本当におとなしいねといった。その後裏手の墓場を案内されてこう声をかけられた。
「ここはどうだい?」
墓地はいくつかのブロックにわかれていた、それをよけて神父と進むと、変わったブロックがあった。そこは、身よりの分からない無縁仏の墓のあつまりだった、その目印に大きな木がたっていた、そのてっぺんには夕方カラスがないた、人もそのそばをとおることはなかった、それはちょうど墓場の真ん中に位置していたが、神父の話では、そのブロックには、のぞき込むものも、近づくものもあまりいなかったそうだ、そもそもそこには悪いうわさがあった、そこをのぞき込むと、結婚ができないとか、子孫が長くつづかないとか、だからそこは安全だと神父に進められた。
「ここは落ち着く、かもしれない、ためしにここにいすわってもいいか?」
「もちろん」
それから一人ですわり、一時間もすると神父は何も言わずにそこをたちさった、ゾンビは久々に落ち着いた環境をてにいれ、木の根元でねむりこけていたのだった。そこを神父にすすめられてから2、3日そわそわしていたが、そのうちに気に入ったらしく、それからこれまでゾンビはずっとその教会の裏の墓地にすみついた。ときたま神父が顔を出すし夜にはゾンビが教会によることもあった、やっと彼の心は落ち着いた日常を取り戻した、神父は分け隔てなく人に接したし、ゾンビも彼に平然と接した。ときにゾンビは宗教に興味をしめしたし、彼は映画にくわしかった、ジャンルにおけるよくあるパターンのあるあるなら100はいえた。それについて話すと、神父はその職業に似合わず、げらげらとわらった。
教会にはほかによくよりつくならず者がいた、彼もゾンビと同じく夜にくる、夜に顔を出すのは彼らくらいだ。ならず者はその日暮らしで職を転々としていた、神に救いを求めていて、ならず者の心のよりどころもまた教会だった。ならず者には葛藤があった、それは彼自身の性格、性質は彼自身が修正しようとしてもなかなか直す事ができないことだった。何度も何度も毎日のように自分のその悪い部分を神父に懺悔するのだった、だから彼もゾンビや神父と同じくらいその教会によりついた。
そして彼らのほかに頻繁にくるのは、朝、昼教会に毎日顔を出す少女がいた、それは優しい少女だった、街で一番美人の少女だった。彼ら三人はときに顔を合わせると一緒にいるような仲だった、それでいて、どこかへ遊びに行くことはなく、ただ神について、あるいは宗教について語りあうのがつねだった。ときたま趣味や、芸術の話もおりまぜていた。
「ゾンビとならずものはにたようなものだわ、どちらも自分について悩んでいる、それだけでも神父、私は二人にも素敵な事はあると思うわ、私の家よりもひどいから、二人の境遇について責めることなどできないわ」
少女の家の事情、それはある嵐の日に少女が話してくれたことがあった。少女は誰にでもやさしく、二人と話をするときも優しく接した。少女の家には、恐ろしい祖父がいるのだという、何があっても自分がルールで、人をもののように扱うのだという。
「合理的、合理的というのだけど、そのせいで祖母に無理をさせて、祖母はつい最近病気になってしまったの、それからいくらか反省しているようだけど、家事や用事のこなしかた、彼の命令がいくら合理的だといっても人間の心に負担になる合理的なやり方なんて私良くないと思うわ」
ゾンビにとって、少女の話やならず者の話は面白かった。ならず者とはうまがあった、ならずものは嫌われたくて嫌われているわけではないし、どうにかしたいと思っている、むしろ彼は臆病で、人の非難さえも気にしてしまうのでならず者である自分を嫌い、自分の事を嫌いすぎてそんな生活をしつづけ、身なりも治らない、ゾンビも神父も、優しい少女もそのことは理解していた。ならず者もゾンビのことを一番怖がらなかったし、お腹がすくだろうといって煙草をくわえさせることもあった、ゾンビはそれで腹はふくれなかったが、少しうれしかった。
ゾンビはそこで何年も彼等と一緒に楽しくすごした、みんなはすべて管理者であり、良き理解者だった。しかしゾンビは今も消えない食欲に耐えている、人間が食べたくて仕方がない、神父がそのことについて尋ねたことがあったが、わざわざ懺悔をして、ゾンビがいったことは、ゾンビを苦しめ続けるものはむしろ、生前おかした罪のほう、自分ほどのならずものはいない、それを優しい少女マナや神父には話したくはないという。実は彼は生前あるマフィアの幹部をしていたことがあった、刑務所にはいったこともあったのだった。
今日も教会の裏は、さびれたような不気味な墓の群れがブロックにわかれて点在している、それは教会の敷地よりも大きく、ときにカラスの鳴き声やノラ猫が通ることがある、そのときは一層不気味さを増す、そこにゾンビがいると恐ろしく感じるので、教会に用がないときゾンビは不要な外出を控え、クレーターの中にいる、そんな寂しいときには、ゾンビは、彼等三人が死に絶えた時の事を考えている、いまもそういうときにはそれについて悩み続けている、彼は友達をふやさなければいけないという義務感をもつ。もしゾンビが彼らが死ぬまでに新しい友人をつくれなければ、彼はひょっとすると永遠にも近い苦しみをたった一人で抱え続けるのではないか、もし彼が新しい感染者をふやすとすれば、そういう孤独に耐え切れなくなったときだろう、とゾンビは日々そんなことを考える。
死霊の管理者