しつこい粘土

 小さいころ誰もが経験したことのある事、たとえばそれは、塗り絵だとか積み木遊びだとか、かけっこだとか、物心つくかつかないごろかの頃だったので、きっとそのころその時代の遊びといえばそんなものだったと思う。そんな小さなころから自分が一番はまっていたのが粘土遊びだった。
 小学生にあがってからもそれは友達の少なかった、人とかかわるのが面倒だった自分にとっては特別な意味合いを持つものだった、いつだってそれによって自分の中の意味ありげな、意味のないものの形を作る事ができる、子どもの頃にだって大人に負けないほど大人な感性を持つものはいる、例えばそれは大人にとって、特別意味の内容に思えることかもしれないがその感性の強さは子供独特の価値観と意味合いを持つものなのだ。例えばそれは大人による才能の評価や努力のものさしによって図られることがなくともその年齢独特の特別な価値というものはまんべんなく不変的にその時代のその子供たちの心の奥深くに存在するものなのだ。
 自分にとって粘土がそれを映す鏡で、それは今でも重要な思い出だし、糧になっている、しかし自分が中学に上がるころ、そんな風にいくつかためてつくっていた粘土の芸術が、中学に上がったころ、友達に馬鹿にされ始めたことからその葛藤と不思議な話が始まった。

 「これは?」
 「これはイルカのイメージ」
 「これは?」
 「これはミノタウロスだよ、何も見ずに作る事に意味があるんだ」

 首をかしげる友達、それもそうだ、年齢にあった遊びではない、だがそのころになると、フィギュアのようなものも作り始めていたし、その辺のこった知識もあったので、専用の粘土をつかって着色さえもやっていた。友達はその中でも出来の悪い、ただの粘土をこねた形だけのものをゆびさして、
《これなあに》といいたげに嘲りわらった、ただこの友達のよかったところは、馬鹿にするものの、心の中に土足で入り込むことをしない事だった。 自分が嫌そうな表情をするとすぐに気づいて、別の話にうつった、だからこそ今も親友なわけである。ただそのころの自分は、自分のほうこそがとても稚拙で、その日——馬鹿にされた事を——ゲームセンター、自宅、映画をみたり、音楽を聴いたり、漫画をよんだり、友達と遊び別れたあとの、夕食、就寝後もずっとひきづっていた。自室のベッドで今日の事をふりかえり、宿題を終えたことも明日の授業も終えて、眠りについたあと、午前3時ごろに目がさめた。それでまた今日の事を想いだしていた。粘土細工をばかにされるのはいやだった、それもともだちに、初めて馬鹿にされた。
 
 「俺にとっては重要な事なんだけどなあ」 
 
 その日またうとうとと眠っていると、うとうとしながらもいつのまにか朝の4時になっていて、そのころ丁度、頭のおくそこで割れるような音をきいた、それは誰かの叫び声のようでもあったし、いつもときたまヒステリーを起こす母親の声のようでもあった。

 「あなたはあなたでいいのよ」

 その声がどこから響いたのか、自分にはわからなかったが、兄弟のいなかった自分がかつて、一度だけ姉を想像の上で粘土で作ったことがあった、何とも表現しがたいのだが、その声ににていた、そして暗闇の中にふわりと、その《姉》の映像がぴかっとひかって浮かぶのを感じた、それはちょうど自分の、CDや何かをおいてあるラックのあたり、そのラックの頂上には出来の良い粘土、今日友達に文句を言われたばかりの粘土たちがかざられているのだが、そのあたりに《姉》の気配を感じた。
  
 思えば、とても小さなころ、小学生の低学年のころだったが、《姉》の粘土をつくり、母にそれを見つかったことがあった。それは、こちらが怒るべきなんだろうが母のヒステリーは今でも手に余る、話しも説得も通じず、狂気じみているのだ、今も昔もそうだし、そういう時には相手をしたくない、こちらが過激にかえせばもっと過激にわめき近所迷惑だ、きっと心を病んでいると思う。
 母にみつかったのは、それはちょうど学校帰りで、珍しく女性の像をつくろうとおもって、寂しさから姉の人形をつくったのだった、それまでも何度か兄弟の像、男女かぎらずそういうものをつくっていたのだが、その見つかる前の日の夜、深夜までかけて、はじめて納得のいく粘土の像ができた、とてもきれいな女性だった。その日、学校から帰ると、まず母はひどく怒っていたが、自分はただひたすらきょとんとしていた、母に尋ねると、《男の子がこんなものつくっちゃいけません》という、さらに聞くとあまりにも出来がいいので怖いのだとヒステリーを起こした。
 そもそも学校帰りに突然母に突然せめたてられ、何かと尋ねると掃除をしていたらお前の机の中からこの粘土が出て来たといわれた、その底面には“姉”と彫られているのも見たといわれた、廊下で正座にさせられたし、勝手に覗かれたことに文句もいえず、ただひたすら怒られるまま、怒る理由がわからないままだったので、母が恐ろしく手仕方がなく、友達がいないので愚痴もいえず、その日は夜遅くまで落ち込んでいた。
 その日、耐え切れないストレスを抱えた自分は、いつも夜遅くに帰ってくる父に、その日遅くまで母が寝静まるのをまち、母よりもずっと長くおきていて待っていて、やっとかえってきた父に、居間でそのことについて相談すると、父は見せてくれと僕にいった。急いで部屋にいってそれを持って帰ってきて例の粘土人形を差し出すと、ソファに腰かけビールをのみながら、まずは父はその粘土があまりにできがいいのを母と同じようにほめたし、自分自身そうだとおもっていたので父のやさしさにふれ、それでやっとこさ自分の、かすかな子供心は傷つくだけのトラウマを胸に刻む、というだけの結末になる事をふせいだのだが、父はその後、衝撃的な言葉を吐いたのを今でも覚えている。

 「お前の生れる前に、姉がいたんだよ、大きくなる前に亡くなったんだ、いわゆる水子というものだ、母さんが隠しておいてっていうから、隠してあるけどな、頼むから、そのことだけは男同士の秘密にしておいてくれ、粘土をいじってもいいがあまりにリアルなものを、それも女性をつくるのは、なるべくならゆるしてくれ」

 それからというもの、自分は粘土で女性を作る事はしない、というのは建前上だ、二人に見つからない形で、自分の趣味を謳歌している、だって、その像が一番うまくつくれる、姉ではなく、女性の像をつくっているのだ、つくりたいのだ。今でも、姉がモデルではない女性を作る事がある、毎度毎度どんなモデルよりも、それが自分の中でとてもきれいな出来なのだが、つくって写真をとったあと、すぐに崩してしまう、これでデータとして保存すれば、よほど母が変態でない限りはばれないのだ。
 しかしまだ中学生で一緒にくらしているので難儀なものだと思う、この自分の罪悪感は何だろう、気味が悪く、しつこく胸に絡みつく。本当に自分が悪いのだろうか?姉にはしっかりとお参りにいくし、父との約束は守っている、何よりも悪い事をしたのはたしかなのだが、あの粘土人形を作った理由は、あの小学生の低学年の頃の自分にとって、友達がいない自分にとって、一人っ子であることからくる純粋な願望だったのだ。

しつこい粘土

しつこい粘土

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-02

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