音楽の人

僕があの人の存在を知ったのは、もうだいぶ前のことでした。
その時の僕の心情と言えば、もうこれ程にないほどに荒廃していて、
荒れ果てていました。哀しみが渦を巻いて周囲を取り囲んでおり、
何処にも出られずただ耐えるしかない日々を送っていました。
ある日のことでした。その時の僕は、仲間だとか友達だとか、
そんな類の枠組みを作ることに酷く抵抗を感じていたのですが、
たまたま執拗に僕の存在を気にかけてくれる人間がいて、
その人が、彼の作る音楽について、紹介してくれたのです。
最初は、誰、それ。と思っていました。確かに、
僕は趣味でギターを弾くし、それ以上の幸福はないと感じていました。
けれども、いかんせん僕は既成の音楽といったものが、大嫌いでした。
僕がギターを弾くのは、その弦が細かく微動する感じが好きなので、
一度も曲を弾いたことはありませんでした。
誰かが作った曲に興味がない、といった感じでした。
しかし、その人が持ってきたその音楽は、僕の心を確かに掴みました。
掴んで、離さなかったのです。僕は、
誰かに自分の心を引き留められた経験が、ほとんどありませんでした。
常に自分独りで、世界は他に誰も存在しないのと一緒でした。
何故ならば、そういう生き方しかできなかったから。
けれど彼の音楽は、そういう僕に、真っ当に触れてきました。
僕はその時、どれだけ救われたか。
長い長い長い長い、永遠ともとれる苦痛の時間を、
少なからず彼は紛らわせてくれました。
ほんとに、息も上手くできなくて、胃は常に擦り切れるように痛くて、
頭の中は同じ事が何度も駆け巡っていて、あげく吐き気すらこみあげる日々に、
僕は、彼に感謝の念を抱かざるを得なかった。
けれども僕が彼に何かをしてあげたかと言えば、
そんなことは決してありません。
ただ、ただ僕は彼の音楽を聴き続けるしかなかった。
それだけで、その時の日々が救われたんです。



そして、時は7年を経た現在に至る。
今、僕は彼の隣にいる。彼の隣にいて、同じステージ(同じ場所)に立っている。
彼は微かに微笑んだ。僕に伝わるように。だから僕も笑った。
思えばあの時から、僕は密かに胸の奥で直感していた。
いつかこの時がくるだろうと。
だから僕は、今という苦痛の日々を耐えているのだろうと。
僕が彼に出会ったのは、彼の音楽以外聴かなかったのは、きっとこういうことだ。
彼こそが、僕の道標の人。僕が信じるに値する人。
そういうことだろう。

音楽の人

音楽の人

尊敬するアーティストの方がおりまして、久しぶりにその方の音楽を聴いて書こうと思いました。 その人は孤高の人なので、本当に大好きだとしか言えません。 読んで頂けると、幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-30

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