エピデミック・ブルー
エピデミック【英】epidemic
一定の地域や集団において、ある疾病の罹患者が、通常の予測を超えて大量に発生すること
類:pandemic
ああ、知っている。と思う。
見覚えがある、と思う。
「わたしもう、その色はよく知っているよ。」
ああ、知っている。と思う。
もううんざりだ、とさえ思う。
「だからもう、要らない。」
どうしてこうも、不幸にしてしまうのだろう、と。人目も憚らず泣き喚く彼女の顔を見ながらぼんやりと考えていた。
この世には、どうやったって不幸にしてしまう相手、というものがいるらしいということをなんとなく思い知っていた。
「…ごめんね。きっとわたしが悪いの、」
そう呟けば彼女はふるふると首を横に振る。その拍子にまた涙がこぼれる。果実みたいだ、と思った。実って重くなって、そうして勝手に落ちて潰れる、醜い果実。彼女の涙はそれに似ている。
「……大丈夫。君はいつか完璧になれるよ。わたしなんかとうに、追い越しているし。」
その言葉に今度は、彼女は首を振ることを躊躇った。その浅はかさに笑みがこぼれる。そうでなくては。
わたしの指先をゆらゆらと漂っていただけの青は、いつしか彼女の喉を蝕んでいたらしい。そのことに気付いていながらも気付かないフリをしていた。不幸になりたいのなら、勝手になればいい、と思っていた。わたしは好きで、この色を纏っているのだから。それに憧れたのは彼女で、勝手に傷ついたのも彼女で、いつしかわたしよりも深い深い青を宿してしまった彼女は取り返しがつかなくなっていて、
「…怖くすらある。」
いつしか、わたしよりも何倍も不幸になってしまった彼女に、恐れをなしていた。
わたしがいけなかったのだろうか。わたしがいけなかったのだ。わたしの何が、いけなかったの、だろうか。
「青は感染するんだ。そんなの、わたしが一番よく知っていた筈なのに。」
ただ聞いて欲しかっただけだ。話が、したかった。慰めてくれなくて良い、ただじっと、わたしの考えていることを知って欲しかった。けれどもう、彼女を蝕んでしまった青は戻らない。わたしの指先に纏った青は、こうやってまた誰かを不幸にするのだろうか。そうやって生きていくしかないのだろうか。
「さよならだね。」
彼女が何かいう前に、席を立つ。ふわりと、見覚えのある色が漂ったような気がした。わたしの愛する色。尾鰭を引く、美しい色。
誰かの零した悲しい青と、わたしの零した青い言葉。そんなものたちを当たり前に漂わせて、それでも生きていけるくらいには強くなりたかった。背後が誰かの、骸だらけになったとしても。それでも、わたしは。
エピデミック・ブルー