異世界にて、我、最強を目指す。ーGPSーGPF編ー

GPS-GPF編  第1章

約2週間にわたり開催された薔薇6も紅薔薇高校の大勝に終わった。
先輩たちの顔は一様に歓喜の表情で溢れていた。
帰路も20時間以上バスに揺られたわけだが、行きと違って皆、起きていてその口元は緩んでいる。眠ることもなくワイワイガヤガヤと話が尽きない。

 もちろん俺も紅薔薇の優勝は嬉しいし喜ばしい限りなのだが、ひとつ不思議なことがあり、それは俺を混乱の中に陥れたまま今も半ば信じられない思いで俺を包む。
最後の青薔薇マジックガンショット戦で後半に魔法のようなもので首を絞められ30分経過した後、急に魔法は消えた。
それ以降は俺に対する悪意の魔法らしきものをまったく受けていない。
それどころか、睨むような視線すら一欠けらも感じない。

 この事実を俺はどう受け止めればいいのだろう。
 犯人は、ただ単に俺の面目を潰したかっただけなのか。
 試合直後は単純にそう思ったのだが、本当は首を絞め続けて殺すのが目的だったのに、途中で止めたのではなかったか。
 もしそうだとすると犯人の思惑がうやむやになってしまうわけだが、俺としては、どうも釈然としなかった。

 誰が、何のために俺を狙ったのか。
 やっぱり、面目潰し?
 結局犯人捜しは暗礁に乗り上げ生徒会でも話題に上らなくなったという。
 亜里沙、お前、犯人がわかってるようなこと言ってたけど、実際には何も考えてなかったんだろう?
 頼りにならない幼馴染だな。

 9月の授業再開後、俺にまた災いが降りかかる様なら本格的に調べてもらわないと。
 俺は窓際の席で、皆と一線を画すように窓に頭をもたれかけて目を閉じた。


◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇

俺たち魔法科生の夏休みも残り少なくなってきた。
特に俺は全日本に選出され、一から魔法を勉強したので夏休みと呼べる時間もほとんどなく、瞬く間に夏休みが終わりそうだった。
紅薔薇は前期・後期の2学期制。
8月いっぱいの休みを経て授業が始まる。9月末の定期試験を過ぎれば、後半の2学期が始まる予定だ。

 今日は8月24日。
魔法科の夏休み中の宿題は、何かひとつ、魔法を覚えること。
 簡単に思えるが、これは相当難しい宿題だと思う。
 無論、何もないところから魔法を考え出す人もいれば、誰かが極めている魔法を真似する人もいる。どちらも宿題として認められている。
 要は、自分が魔法で成長した証を見せる、というものだから。

 俺の場合、近くに逍遥(しょうよう)という存在がいて、逍遥(しょうよう)は色々な高等魔法の使い手なので真似をすれば宿題の完成。

 俺は今季の宿題をバングルなしの飛行魔法にしてみた。
 もう何度も飛んでいるし、失敗は無い。人さし指で下から上に弧を描くだけ。
地上10mくらいであれば宿題の題材としてもOKをもらえるだろう。

 というわけで、俺としてはもう、いつ夏休みが終わっても構わない。
 ただし、横浜は仙台に比べてかなり暑いので、なるべくなら涼しくなるまで夏休みが終わらないでほしい。
 なんだよ、この暑さ。
 仙台はもう少し涼しいよ。
 仙台くらいの方が過ごしやすくて俺は好きだ。田舎と揶揄(やゆ)されようが、過ごしやすいものは過ごしやすい。


 サトルは、得意な透視魔法をアレンジしたラナウェイ用の魔法。俺が全日本で使ったやつを宿題に選んだ。
 全日本のあれ、サトルは見てなかったけど、俺が1回だけやって見せたら、寸分(すんぶん)(たが)わぬ魔法を直ぐにサトルは習得した。
 サトルの魔法センスは相変わらず優れているし、見ていて惚れ惚れしてしまう。

 これで来季、サトルは全日本や薔薇6のラナウェイではスタメンに入れるだろう。
 他校(ほか)からしてみれば、あれは反則級の魔法と呼ばれるかもしれない。俺と一緒に出場したなら、勝利間違いなしのメンバーになる。


 夏休みも終わろうかという8月27日、学校に魔法科の生徒だけが集められた。講堂に集まったのは100人ほどの生徒。
 何事かと訝る俺に、サトルが情報をくれた。

 どうやら10月から始まるGPS(グランプリシリーズ)の選手選考らしい。
 これも生徒会が中心となり人選を決定するのだという。

 果たして、いかなる人物が選考会に駒を進めるのだろう。

 俺は全学年を通じた成績順から言えば男子で何番目かもわからない。もう第3Gでもないし、選出されようもないのだが。
 男子で1番に考えられるのは3年は沢渡元会長、2年は光里会長。1年では四月一日逍遥くらいだろうか。そういえば、逍遥はもうエントリーを済ませてあると沢渡元会長が俺がこちらの世界に来たばかりの頃に言っていた。

 高みの見物気分で講堂にいた俺。
 まさか、こんなことになろうとは・・・。

 南園さんがエントリー選手を読み上げ、選抜された生徒は全日本の時と同じように登壇する。
 沢渡元会長、光里(みさと)会長、四月一日(わたぬき)逍遥(しょうよう)
 俺は3人でエントリーが終わるものだとばかり思っていた。

 しかし、信じられないことが起こった。
 
 選手として名前を呼ばれたのは、6名だった。
3年沢渡剛・2年光里(みさと)陽太(ひなた)・2年光流(ひかり)弦慈(げんじ)・1年四月一日(わたぬき)逍遥(しょうよう)・1年南園遥・1年八朔(ほずみ)海斗(かいと)

 えっ?
 俺は一瞬、自分の耳を疑った。
何、今の。
エントリー選手として呼ばれたの、俺だよね、何で?
 それも、今度はサブではなく、れっきとした選手として。
 おい、それおかしいだろ、どう考えても。
 サトルの方が魔法力においてもスポーツの才能ししても上だ。
 なのに、なぜ俺の名が呼ばれる。

 俺はすっかり思い出してしまった。
リアル世界のことを。
泉沢学院で名前を呼ばれたときとまったく同じ。
 陰からこそこそとこっちを見る視線。
 すれ違いざまに大きな声で嫌味を言う連中。
 
なぜ高校に行きたくなくなったかを。
 結局、どこにいっても変わらないということを。

 同じ1年でも、逍遥(しょうよう)くらいダントツに魔法力があれば誰も何も言わない。
 でも、俺のように第3G上がりの人間はすぐ馬鹿にされる。
 何も俺が望んだことじゃない。
GPSがナンボのモンかは知らないが、行きたいやつが行けばいい。
俺は生徒会室に行って、エントリーを外してもらおうと考えていた。
こんなこと無理だ、俺には。

 ただし、今は先輩方の顔を潰さないように登壇しなくてはならない。講堂内を朦朧(もうろう)としながら歩いていると、またあの視線が俺の背中を襲った。
陰から見るだけのやっかみ視線とは違う。もう、俺を地の果てから憎んでいるといった強烈な視線。
 俺は一瞬立ち止まり、その辺をきょろきょろと見回した。特に睨まれる筋合いもないし、登壇しないわけにもいかない。
 その視線は、登壇してからも続いた。
薔薇6での対青薔薇戦でマジックガンショットが終わって以降は何も起こっていなかったので、頭の奥底で気に留めてはいたものの本当に久しぶりで、尚且つ物凄い憎しみがこもった視線だった。

 舞台上からさらりと見下ろしてみるが、2年や3年の先輩以外、知った顔はいない。1年の瀬戸さんやサトルは別としても。
 何か変だ。
 5分ほどでエントリー選手の紹介が終わり、生徒が三々五々に散らばっている。
 
 その時、急にサトルが俺の前に姿を現したので、俺は危なく声を上げそうになった。
 いや、実際に声を上げていたのかもしれない。
「どうしたの、海斗。凄く怖い顔してる」
「またあの視線を感じたんだ」
「長崎で一旦収束したんじゃなかったの」
「ああ。今日は魔法科しかいないよな」
「そういえば、宮城先輩の弟さんは魔法科だよ」
「なんだって?」

 高い壁が突然崩れて俺の方に倒れてくるような、恐怖感。
 早く逃げろ、逃げろ!と頭の中では叫んでいるのに身体が動かない。
 時間は刻一刻と迫りくる。
 早く逃げろ!!
早く逃げろ。
早く逃げろ・・・。

 俺の心の中の叫びが聞こえたのか、逍遥(しょうよう)が俺たちの方に近づいてきた。
海斗(かいと)。感じたか?視線」
「ああ、今迄で一番酷い」
「そろそろ生徒会にでもキツネを捕まえてもらうとするか」
「君はわかったの?犯人が」
「だいたいね。でも僕らが動くべきじゃない。生徒会が捕まえるべきだ」
「そういや亜里沙も“それはまだ言えない”って言ったよな。あの時点で犯人が分かってたのかな」
 逍遥(しょうよう)が大きな身振りで首を竦める。
「じゃあ3人で生徒会室に行きますか」


「その必要はないわ」
 後ろからの女子の低い声に驚いて俺は思わず振り返った。
 そこにいたのは亜里沙だった。

「あんたに嫌がらせした犯人は、もう捉えてあるの」
「捉えた?いったい誰だったんだ」
「宮城聖人(まさと)
 俺は目が飛び出るほど驚いた。
 あんなに話しかけてくれたり、面倒見のよさげな人だったのに。
「宮城先輩?じゃ、今睨んだのは、弟の・・・」

 俺は心臓をドキドキさせて亜里沙の次の言葉を待った。
「そう、宮城海音(かいと)ね。兄が生徒会に連行されたから、あんたを逆恨みしてんじゃないかしら」
「でも、俺、宮城海音(かいと)なんて顔も知らない。なんでその兄弟に恨まれるんだ?」

 亜里沙はこともなげに言ってのける。
「あんたが第3Gだったから」
「今はもう違うだろうが」
「まあ、聞きなさいよ。あんたがこっちにきてすぐに全日本に選ばれたじゃない?あの時、あんたと宮城海音(かいと)は同じ成績だったの。成績が同じなら第3Gを出場させるのが決まりだからあんたが選出されたけど、そこから恨みつらみが始まったのね」
 
 腑に落ちない。どうしても腑に落ちない。
「なんでそこで恨みが始まる?」
「1年で入学したばかりだから選考方法に納得いかなかったんでしょ。弟が恨みを兄に話して、兄はサポーターの地位を利用して嫌がらせを始めた。式神、デバイスの不調に紛失、そして身体への呪詛(じゅそ)、色々あったわよね。あれは全部宮城聖人(まさと)仕業(しわざ)だったってわけ」
「それにしたって、宮城先輩は魔法技術科だろ?どうしてそんな高等魔法知ってんだ?」
「宮城聖人(まさと)はね、元々日本軍魔法部隊大佐というエリート身分だったの。そこで西洋魔法の他、古典魔法を習得し戦っていたと聞くわ」
「待ってくれよ。そんなエリートがどうして今頃高校生やってるんだ?」

 亜里沙は少し小声になった。
「あるとき、宮城聖人(まさと)は義母である宮城海音(かいと)の実母を殺してしまった。海音(かいと)はそれを目撃したのね、黙っていてやるから命令を聞け、と兄を強請(ゆす)ったらしいの」
「なに、殺人て。首絞めたとか刺したとか?」
「飛び降りよ」
「え?押したの?」
「どうやらそうらしいわ」
「どうやら、って、宮城先輩がやったって証拠あるの」
「ないわ、宮城海音(かいと)の証言だけ」
「ふーん」
「一旦はそれで事を収めたらしいけど、弟がこれまた強欲な人間でね、兄がエリートなのを妬んで魔法部隊に匿名で密告したのよ。で、宮城聖人(まさと)は解雇。でもね、噂が流れてた、宮城は犯人じゃないって。義母は自殺したんだ、って」
「そんなら本人に聞けばいいだろ。つーか、兄弟仲悪くなってお終いだろ?」
「そこが不思議でね、犯行を自白するわけで無し、反論するわけでなし。ただ解雇には直ぐに応じたの」
 
 俺はピンときた。
「それ冤罪だろ。義母ってただの自殺じゃねえの」
「なんともわかんない。事実として言えてんのは、宮城聖人(まさと)が弟の言いなりになってるということだけ」
「やっぱり、なんか腑に落ちねー」
「結局、宮城聖人(まさと)は警察には行かなかった。宮城聖人(まさと)はいまだに母親殺しで捕まっていないの。だから自殺説が出たんだけど。その代り、なぜか弟の奴隷と成り果てた。そして去年、突然紅薔薇に入学してね。たぐい稀なる魔法力だから魔法科で欲しがったけど、本人が固辞して、魔法技術科に入学したのよ」

「そうだったのか、ってお前、どうしてそこまで知ってんの」
「あたしと(とおる)が魔法部隊にいるから」
「は?」
四月一日(わたぬき)逍遥(しょうよう)、ほとんど貴方の思った通りよ、魔法部隊の人間なの、あたしたち」

 逍遥(しょうよう)は途端に姿勢を正した。
 俺は状況がよく呑み込めないまま、腑抜けたように亜里沙の前に立ち続けた。
「で、なんでお前たち高校生やってんの」
「あんたのSPだもん」
「は?」
「今はそんなのどうでもいいことよ。それより、まだまだ続くわよ、宮城海音(かいと)の嫉妬は」
「兄貴捕まえたんなら弟の関与吐かないのか」
「あれは絶対に吐かないわ。魔法部隊でかなりの訓練積んでいるもの」
「じゃ、宮城先輩は捕まったとして、弟はどうすんだよ」

「弟の線は僕が調べてみましょうか?」
 知らぬ間に俺の前に進み出ていたサトルが手を上げた。
「僕はGPSに出るわけじゃないし、どうしても気になるから」
 いつものサトルなら俺の陰に隠れるのに、今日は亜里沙の目をきちんと見つめて話している。いくらか自信がついてきたんだろうか。
亜里沙はサトルの顔をまじまじと見た。
「気になるというと?」
「もし飛び降り自殺だとしたら、自殺しようとしてる人を助けようとして駆け寄る場合が無いでもない。もしかしたらそこを見られて殺人者に仕立て上げられた、という見方もできますよね」
 なるほど、それも有り得ないではない。
「じゃあ、俺も宮城先輩に会っていいかな」
 亜里沙は渋い顔をする。
「もう宮城兄の退学は不可避よ。それでも会いに行くの」
「だって俺当事者だもん。なんで俺を狙ったのか聞く権利くらいあるだろ」
「まあね、推奨はしないけど、会うことそのものは禁止もしないし、あんたのその気持ちも否定しないわ」


 こうして、翌日の8月28日、俺とサトルは宮城先輩が一時収監されている学内の留置場へと向かった。
 看守のおじさんに連れられて、面会室へ通される。
 TVでみる、あんな感じの面会室がなんと学校の中にある。俺にとっての紅薔薇高校七不思議になりそうだと不謹慎なことを考えながら宮城先輩が来るのを待った。

 面会室に現れた宮城先輩は、まず先に俺を見つけて、深々と頭を下げた。
「数々のこと、本当に済まなかった」
 それだけいうとまた頭を下げた。
自分からは言い訳もせず、ただ俺に向かって詫びた。サラサラの髪が、肩にかかるくらいに伸びていた。

 俺もサトルも、世間話をしにここに来たわけじゃない。
 聞きたいこと、言いたいことを全て宮城先輩にぶつけるつもりで来た。

 サトルが優しく語りかける。
「あなたが海斗に嫌がらせをしていたのは本当ですか」
「そうだ」
 それ以上、宮城先輩は何も語ろうとしなかった。
「なぜ」
 サトルの問いに対しては、口を開こうとしない。それが俺の一番知りたかったことなのに。
 
 俺は当事者として、宮城先輩に聞きたいことはあったし言いたいこともあった。それをいうつもりでこの席に着いた。
 なぜ、どうして俺が標的になった。弟が望んだからというほんの細やかな動機で、あんな酷い真似をしたのか。第3Gは俺が望んだことじゃない。それはあんただってわかっていたはずだろう。
あんたの弟は相変わらず俺に敵意を向け、あんたはこうして留置場にいる。おかしいとは思わないのか。弟のあの態度を見れば、今回の一連の出来事が全て弟の希望だったのが分る。それなら、俺を標的とした、その理由だけでも俺に話すべきだろう。
 真実は、あんたの真の心は、一体どこにある。

 しかし、少しやつれたようにさえ見える宮城先輩を前にして、俺は何も言えなくなってしまった。
 どうしてか、この宮城聖人(まさと)という人間は、第3Gなどというくだらない理由で他人を恨むような人間には見えなかった。
 やはり全てが弟に指示だったに違いないのだが、宮城先輩は黙ったまま、何も話そうとしない。まるで自分が全ての罪を負うかのごとく、その口は真一文字に結ばれていた。


 しばらくの沈黙の後、サトルは一度、背を正した。
 そしてアクリル板の面会板ごしに、宮城先輩の方に姿勢を傾けた。
「宮城先輩、いや、宮城聖人(まさと)さん。僕の目を見てください」
 それまで宮城先輩は下を向いていたが、サトルの言葉が聞こえたようで、頭を上げた。
 サトルは、宮城先輩の目を直視して、続けた。

「弟の宮城海音(かいと)さんに言われたのですよね。八朔(ほずみ)海斗(かいと)をたたき潰せ、と」

最初のうち、宮城先輩はYES・NOを言わなかった。ただ、俺を見ずにサトルだけを見たまま、大きく目を見開いた。息さえしていないように見えた。そして大きく見開いた目を俺の方に向けた。
俺とサトルを交互に見る宮城先輩。
「どうして」
 その言葉だけをようやく絞り出したように見えた。

 今だ。
サトルに続き、当事者であった俺が言わねばならない。

亜里沙との会話の中で、俺は宮城先輩を、もしかしたら弟に利用された可哀想なヤツなのではと思い始めていた。
「学校の中で、また睨まれました。弟さんの嫉妬は相変わらずです。でも、薔薇6では最後の試合が終わったら嫌がらせは全く無くなった。本当は俺に対して申し訳ない気持ちがいつも心の中にあったのでは?」

 宮城先輩はまた顔を下に向けた。今度は項垂(うなだ)れたままこちらを見ようとしない。その表情の中に、涙を浮かべたようにすら見えた。
サトルが看守のおじさんに了解をとりハンカチを差し出す。
 目頭をハンカチで抑えながら、涙で声を詰まらせる宮城先輩。
八朔(ほずみ)には、本当に申し訳なく思ってる。最後は命の危険さえあった。本当に悩みながら魔法をかけた」
 サトルが尚もアクリル板越しに宮城先輩へ問い続ける。
「悩んだならどうして・・・」

 また、沈黙が部屋を覆い宮城先輩は再び黙ってしまった。
 俺は、亜里沙に話を聞いた時から、今の宮城先輩が背負っている十字架を何とかして外したいと思っていた。
「あなたは誰にも真実を話していませんね。お義母(かあ)さん、宮城海音(かいと)の母親は、自殺したのでしょう?」

 宮城先輩は、涙を溜めながら俺の方を向く。
 一筋の涙がその頬を伝って宮城先輩の手に滴り落ちた。
 俺はなおも質問を続けた。
「なぜ弟の奴隷などに身をやつしてまで、ここにいるのですか」

 10分以上、部屋は無言の状態が続いた。
 看守さんがもう終わりの時間だと俺たちに告げる。サトルは、面会時間の延期を申し出て、その書類を(したた)めていた。
宮城先輩がぽつりと漏らした。
「俺が撒いた種だから」
「撒いた種というと」
 下を向き、今にも消え入りそうな声で、宮城先輩は話し出した。
「俺は亡くなった実母から大変可愛がられていた。ただ、俺の両親は不仲だった。なぜか離婚はしなかったが、小さな頃から母を慕う俺が、父にとっては不満であり疎ましかったのだろう。俺が10歳の頃、実母が病気で若くして亡くなると、父は直ぐに再婚した、それが海音(かいと)の母親で、自殺した義理の母だ。海音(かいと)は義母の連れ子だった。義母(はは)は俺に優しくしてくれた。まるで実子のように、弟よりも俺を可愛がった。父も弟も、それが気に入らなかったのだと思う」

「やはり自殺でしたか」
 
 俺の呟きを聞き、宮城先輩は俺たちの方に顔を向けキョトンとした表情を浮かべた。
「お前たち、義母(はは)の自殺を知っていたんじゃないのか」
 サトルが頭を下げ、宮城先輩に謝る。
「先輩、嘘をついて申し訳ありません、先輩のお義母(かあ)さんのことは、実は誰も知らないんです」
「・・・そうだったのか・・・」
「でも、だったら、なぜ弟の奴隷などに」
「岩泉、お前ならこの国の刑法を知っているだろう」
「はい、一応は」
「尊属殺人は即死刑だ」
「でも冤罪でしょう?」
「冤罪とするにはその証拠が全くない。弟は現場を目撃したと言い、俺は父と弟に殺人者呼ばわりされている」
「もしかしたら・・・」
「俺は脅されていた。弟の奴隷にならないなら、義母殺人の犯人として警察に届ける、と。それで父や弟の言うなりになっていた。俺は自分の命が惜しいただの噴飯ものなんだ」

 サトルはそこで一気に仕掛けた。
「でもあなたは、本当は殺してなどいない。先輩のお義母(かあ)さんは自殺したんですよね」
 宮城先輩はまたも下を向き、力なく頷いた。
「俺は義母(はは)を殺してなんかいない。あれは自殺だ、でも・・・」
「でも?」
「父が弟の言うことを信じて、すぐさまこのストーリーを作り上げた」
「弟の奴隷となり一生を過ごすというストーリーですか」
「そう。2人とも俺が相当憎かったんだろう。特に弟は俺に敵対心を抱いていた。そして魔法部隊にまで密告した。俺は部隊を解雇された。その続きが紅薔薇だったんだ」
「紅薔薇で魔法科の弟に尽くす兄を演じろと言われた」
「そう。何もかもお前たちの思った通りだ」

 下を向いたまま、頬を涙で埋め尽くしながら質問に答える宮城先輩を前にして、もらい泣きしながらも、サトルはしっかりと前を見ていた。
「長崎に行ったときは、あなたが何をしても弟さんには見つからなかったと思うのですが。やらない選択肢もあったわけでしょう?」
「広瀬だ」
「広瀬?広瀬先輩のことですか?」
 宮城先輩はようやく顔を上げたと思ったら、俺たちと目は合わせず、今度は天井を仰ぎながらサトルの最後の質問に答える。
「あいつは父が差し向けたんだ。俺が奴隷であり続けるための監視役さ」

 どうりで。いつも一緒にいるなと思ってた。仲良しだとばかり思っていたが、そういう絡繰りだったのか。
 なるほど、宮城先輩の父はそこまで息子を追い込んでいたのか。

 
やはり、宮城先輩は義母を殺していなかった。
 タワーマンション高層階の自宅から飛び降り自殺しようとしている義母を助けようとし傍らに寄ったところ、弟の海音がそれを見て人殺し!と騒ぎだしだ。
宮城先輩の身体が一瞬立ちすくんだ時に義母はマンションから飛び降り亡くなったという。
 自殺の理由は、普段自宅にいない宮城先輩にはわからなかった。ただ、駆け寄ったときに「海音(かいと)、この悪魔!」と低い声で叫んだという。
弟は義理父=聖人(まさと)の父に媚びて可愛がってもらっていたため、宮城先輩の主張は宮城父に受け入れられなかった。宮城先輩が義母を押して窓から転落しさせたという海音(かいと)の嘘を信じた。
だが宮城父は警察に行かず、遺体を直ぐ荼毘(だび)()す代わりに、弟の面倒を見るよう=奴隷になるよう宮城先輩は言い渡された。
家族の中だけで終わるはずだった闇のストーリー。

ところが弟の海音(かいと)は、魔法部隊に宮城先輩は殺人者である旨通報し、宮城先輩は部隊を解雇された。解雇前に部隊内で一応面談されたが、相手にしてもらえないと知り、犯行については認否を拒否したという。

魔法部隊を辞め実家に戻った宮城先輩に対し、宮城父は紅薔薇へ入学するよう指示、強要した。それも弟のため。
実際に兄弟二人で受験して聖人(まさと)だけが合格、魔法科から誘いがかかると、紅薔薇魔法科を受験し落ちた宮城弟は地団駄踏んで暴れた。
宮城父は宮城先輩の入学も取りやめようとしたが、紅薔薇からの合格通知は絶対的な権力を持っており、一度断ったら金輪際入学を認めない。そういった高飛車さがあるというもっぱらの噂だ。

結局、宮城父は聖人(まさと)に対し、魔法科ではなく魔法技術科へ入学するよう迫った。聖人(まさと)に選ぶ権利など与えられなかった。
その結果、宮城先輩は魔法科の誘いを固辞して魔法技術科に入学したのだった。


◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇

 これが今回の一連の事件の裏側だった。
なぜ宮城父が紅薔薇に入学するように指示したのかはわからないが、弟が魔法科で兄が魔法技術科という上から目線を楽しみたかったのかもしれない。
紅薔薇の魔法科至上主義が(もたら)した弊害。

 もちろん一連の犯行を起こし俺を苦しめたのは宮城先輩だが、実の父親にさえ事実を信じてもらえず弟の奴隷を命じられたという、あまりに哀しいストーリー。
 魔法部隊では大佐まで上り詰め満足のいく日々を過ごしていたというのに。

 かといって、俺が許したからとて、宮城先輩の犯行を絶無にすることはできないだろう。弟は罰せられず、犯行を行った兄だけが学校を追われるという最悪の結果。
 もしかしたらこれは、宮城海音(かいと)が自分の兄を潰すためだけに考えた、用意周到な計画だったのではないか。
今でも睨むくらいだから、俺に対し面白くないことはあるだろうが、実際には兄の聖人(まさと)を葬り去ろうとして起こした恐るべき事件なのではないかと思うと、体中に鳥肌がたった。

 エリートの兄を潰すためなら、宮城海音(かいと)は何でもやったに違いない。
 母の自殺でさえ、宮城海音(かいと)が自殺教唆(きょうさ)した可能性だってある。


 宮城海音(かいと)
 お前は狂っている。


 サトルと2人、重苦しい空気の中、寮までの道のりをゆっくりとした足取りで歩く。
 俺が最初に言葉を出すべきだと、ふと思った。
「なんか、切ないな」
「うん」
「俺はもう、宮城先輩を恨む気持ちは無いよ。弟が全ての元凶なんだと思ってる」
「そうかもしれないね」
「絶対そうだよ、弟の狙いは俺じゃなくて、宮城先輩を追い落とすことだったんだ」
「その可能性は大きいね」
「俺、何とかして宮城先輩が退学にならずに済むよう学校側に掛け合ってみようかな」
「海斗、それは難しいと思う。やったことがあまりに大きくなり過ぎたから。試合をぶっ壊して君の命さえ危なかったんだよ」
「そうか。何か宮城先輩が浮上できるような案がないもんかな」
「僕には思いつかない。逍遥なら・・・」
「逍遥じゃ“罪償ってから言いやがれ”とか言いそうだよ」
「そうかも。ただ、生徒会や学校側にキミとしての嘆願書を出す分には構わないんじゃないかな」
「うん、亜里沙たちに聞いてみる」
 そういって、俺はサトルと寮の玄関前で別れた。
 逍遥はその日学校から直に何処かへ行ったようで、夜になっても寮には戻っていなかった。なんだかんだ言っても逍遥の意見を聞きたかった俺としては、残念な夜になった。

 翌日8月29日の朝、まだ逍遥は戻っていないようだった。
生徒会はGPS発表後その準備に追われ、また忙しい日が続くらしい。亜里沙や明がいるかどうかわからなかったが、選手としてのエントリーを外してもらいたかった俺は、夏用の制服を着て寮を出た。


学校に行くと亜里沙がちょっと顔を引きつらせながら校門のところで俺を待っていた。

「どうだった」
 宮城先輩との会話のことだと直ぐに分った。
「全部話してくれたよ」
「どうやってはかせたの?」
「サトルが突破口開いて俺がダメ押しした感じ」
「ふーん。学校側には話さなかったのに、あんた達が行って1回目で話すとはねえ。ちょっと意外」
「俺が当事者だったのもあるし、義母の殺人が冤罪だったからだろ、きっと」
 俺は昨日の宮城先輩との会話を思い出し、涙が出そうになり下を向いた。
「哀しいストーリーだよ。俺に対してやったことは責任取らなきゃいけないけど、事件の首謀者は弟に違いないんだから」
 そういって顔を上げると、亜里沙は、やっぱりね、といったような白けた目つきをしている。たぶん、俺の考えがお見通しなのだろう。
「なあ、俺が嘆願書書いたら少しはお(とが)めが(ゆる)くなるってないかな」
「無理ね」

 一言でバッサリと切り捨てる亜里沙に、なんとかして食らいつこうとする俺。
「なんで」
「あれだけの事件おこしたんだもの」
「それだって弟の差し金じゃないか」
「たとえそうであったとしても、(ことごと)く果ては命を狙うまでの魔法をかけた。学校側だってきつい処分下さないと、また模倣者が出る、って思うわ」
「あのくらいの魔法の使い手いないって言ったろ」
「それとこれとは次元が違うの」
「どう違うんだよ。何とかして罪軽くなる方法ないのか。全部弟が仕組んだことなんだから」

 俺が段々ボルテージを上げていくのを危惧(きぐ)したんだろう。
 亜里沙は上手いこと話を変えた。

「ところであんた、なんで今日学校に来たの?まだ夏休みよ」
「エントリーを外してもらいに来た」
「エントリー?GPSの?」
「そうだよ、俺には力がない。サトルの方がよほど力があるのに、なんで俺なんだよ」
「さあねえ」
「だろ?あんたの方が魔法力が勝ってるから、って直ぐに言えないだろ?」

 亜里沙の目が泳いでいる。
 どうやって俺の行動を思い留まらせればいいのか、頭の中で言葉を探しているんだろう。
 でも、こればかりは譲れない。
 選手には、俺よりサトルの方が適してる。
薔薇6でのサトルの活躍を見た人間なら、誰だってそう思うはず。

「岩泉くんのが適してるか。まあ、そりゃそうだわね」
「だろ?なら何で俺をエントリーしたんだ?」
「世界に通用するからじゃない?」
「なんだよ、それ」
「GPSは世界各地を転々としながら、1人で戦うメンタルないといけないからね。今の岩泉はまだ1人で戦うメンタルに達してない」
「俺ならいいとでも?」
「まあ、岩泉くんよりは」

 俺はなんだか身体の力が抜けていくようだった。
 俺は決してメンタルが強いわけじゃない。
 逍遥やサトル、そして何より亜里沙と明がいるから、周囲に助けられてこちらの世界でもこうして生きていられるだけだ。
 
 読心術を使ったのか、心からそう思ったのかは分からないが、亜里沙が鼻をこすりながら呟いた。
「あたしと明はいつでもあんたの傍にいるわよ」
 急に、泣きたくなってくる俺。
 あ、だめだ。目に来た。
 この顔を見られたくないから、俺は後ろを向いて腕で涙を拭いた。
 
「だから、行きましょう。あたしと明と3人で」
 亜里沙にしては、かなり優しい言葉。
 天邪鬼(あまのじゃく)になった俺は悪態をつく。
「全日本でも薔薇6でも、生徒会役員室にこもりきりだろーが」
「何かあれば飛んで行ったじゃない」
「ホントに3人で行けるのか」
「約束する」
「なら、今回は我慢する。何かあったら、サブはサトルにするから」
「わかったわ」

クールダウンした俺は、また宮城兄弟の話を蒸し返した。
「なあ、亜里沙。宮城弟、あれ何とか罰することできないのか。兄貴だけ追い出すんじゃ余りに可哀想だよ」
 最初亜里沙は面倒だといった呆れ気味の顔をしていたが、一旦目を瞑り、誰かと離話をしているように見えた。
 そして、どうしてか、俺に向かい合って安堵の表情を浮かべながら、俺の左肩を優しく(さす)った。
 なんか嫌な予感がする。
「なあ、少しは考えてくれよ」
「でも、弟のほうは証拠がない。今も遠くから睨むだけだから犯罪にはならない。で、殺人云々はまた別として、そんなにあんたに対して文句があるなら、あんたと宮城海音(かいと)の3本勝負でもしようか、ってことになってねえ」

 俺の眉間に深い縦ジワが寄る。
「げっ、誰だよ、決めたの」
「生徒会」
「3本勝負とかって何やんだよ。俺、まだまだ魔法力ないぞ」
「授業で教えることしかやらないわ。全日本とかの種目じゃ、あんたに有利だから。透視とダーツと飛行魔法かしらね」
「ダーツって、あの人さし指で撃つ、あれか。あれなら俺も1回しか習ってないな。透視と飛行魔法は自分で練習したものを出して差し支えないんだろう?」
「ええ、それで構わない。あんたとの間にどのくらい差があるのかを見定めてもらわないとね。いつまでも恨みつらみが続くもの」
「仕方ないなあ。じゃ、受けるとするか。ホントにそれで恨みつらみのあの敵意が消えてなくなるんだろうな」
「たぶん」
「なんだよ、頼りないなあ」
「あたしに聞かないでよ、あたしは宮城海音(かいと)じゃないんだから」


 というわけで、決戦は8月31日、金曜日の午前8時と決められた。夏休み最後の日。全く迷惑な話だ。俺はもう宿題終わったからいいけど、もし終わってなかったらと思うと寒気がする。
 生徒会も、夏休み後までこんなばからしいことに付き合っていられないというのが本音だったんだろうが、なら、なぜ勝負することに決めた。
 勝負しただけで、果たして相手は納得するんだろうか。
あそこまで執念深いやつなのに。

 決戦まで中1日あったので、俺は仕方なく翌日の午前中、学校の体育館に行き3種目の練習をすることを決めた。
 寮に帰ると、逍遥(しょうよう)に会った。なんか久しぶりに逍遥(しょうよう)の顔を見たような気がする。
 俺が制服を着ていたのが不思議だったようで何事かと聞かれたが、GPSの話は長くなりそうなので、決戦の話だけを掻い摘んで話した。
 すると逍遥(しょうよう)は乗り気になって、明日の練習に付き合ってくれると言う。
 俺が頼んでもいないのに、サトルの部屋まで飛んでいき、サトルをも明日の練習に付き合わせることになった。
 休みの日まで学校に行きたくないだろうに・・・。
 でも二人は結構楽しそうに決戦の模様を想像していたりする。
 そうか、決戦に出るのは俺だから、高みの見物、というか宮城海音(かいと)の鼻っ柱をへし折って欲しいのだろう。
 
 それについては俺も異論がない。
 卑劣な手を使って兄貴を学校から追い出そうなどという不埒な輩は、紅薔薇には要らない。宮城海音(かいと)も同時に退学すればいいのに、と俺は思っている。
 でもまあ、そういう連中に限って自分だけは特別、などと勘違いしたりしてるものだ。
 明日にはその身に、甚だしい勘違いだということを嫌ってほど教えてやるよ。

 待ってろ。
 宮城海音(かいと)


 翌日朝10時。
 職員室で体育館の鍵を借り、鍵を開けてガラガラ、と扉を開ける。
 
 そういえば、初めてダーツをしたときは亜里沙と(とおる)が付き合ってくれたっけ。南園さんにやり方教えてもらって、平均85点出したんだった。

「人さし指に意識を集中して、腕を直角に伸ばし、発射する。これが一連の動きです」

 そう南園さんに言われたことは今でも覚えてる。
 南園さんにもしばらく会っていないけど、元気にしてるのかな。副会長として毎日忙しくしてるんだろうな。

 とにかく、今の俺がどのくらい成長したのかは、このダーツが物語っていると思う。
 練習した一度きりは、4か月あまり前のことだから、腕が鈍っているかもしれない。でも、そういう事情で対決するのなら、俺の100%を出しきってみたい。
 体育館のダーツ場に行き、15m離れた場所から、右手人さし指に意識を集中し、親指と人さし指を開き、腕を身体に対し直角に伸ばして、的に向け発射した。
 ズシン、と肩にくる圧迫感。
 なんと、100点。
 20回以上は挑戦しただろうか、すべて100点だった。4か月前、85点で満足していたのが嘘のようだった。
 たぶん、マジックガンショットの練習が活きているような気はするが、それは言わないでおこう。
 あれとこれとは全くの別モノだし。こちらは魔法の基礎だというし。

 透視はどこまでを標的とするのか分らないが、授業でどういった透視をしているのか。サトルが教えてくれた。
「授業で行ってるのは体育館に衝立(ついたて)を3枚から7枚くらいまで立てて、どこまで見えるか練習する方法だよ。普通の人は3枚が限度。僕は得意魔法だから7枚全部いけるけど」
「そんなら、衝立(ついたて)立ててもらえるか?」
「OK」
 逍遥(しょうよう)とサトルは楽しそうに衝立(ついたて)を7枚準備した。
 逍遥(しょうよう)が、第8の衝立(ついたて)として7枚目の後ろに逍遥(しょうよう)かサトルが座っているのでそれを当てて欲しいという。
 俺は1枚目の衝立(ついたて)から15m離れた場所から人さし指でぐるりと円を描く。すると、一番奥に逍遥(しょうよう)のあっかんベーをする顔が見えた。
逍遥(しょうよう)、あっかんベーするなよー」
 笑いながら逍遥(しょうよう)が出てくる。
「ジャストミート」

 そして逍遥(しょうよう)がまた衝立の向こうに消えた。
 今度は、円を書かないで、薔薇6のとき見えたように、何もしないでどこまで見えるか試してみた。
 俺の透視力は格段に進歩したらしく、サトルが鏡を見て髪型を直している姿が見える。
「サトル、髪型は大丈夫だから。鏡が無くてもいい男だよ」
 飛んで出てきたサトル。
「すごいすごい。8枚目を射た人なんてここにはいないよ」
「そうか?このまま練習すればあと何枚か行けそうだけど」
 逍遥(しょうよう)がにっこりと笑う。ちょっと不気味な笑顔。
「それは決戦の中でわかることさ。明日の決戦でね」
 俺は基礎魔法がパーフェクトで動作していることが嬉しかった反面、明日の決戦の理由を思いだしがっかりする。
「なんかアホらしい。なんでこんなことしなくちゃいけないんだか」

 逍遥(しょうよう)は俺の言葉を遮るように、右手を俺の顔の前に突き出した。
「宮城聖人(まさと)の方は?」
 俺は何も知らなかったので言葉に窮していたが、代わりにサトルが静かに声を揚げた。
「生徒会の調べには淡々と応じてるみたいだよ」
 俺もそこは興味があったというか、ぜひ知りたい情報だったので目を輝かせてサトルの話に耳を傾けながら応答した。サトルはどこでそんな情報手に入れたんだか。譲司か?
「殺人云々はどうなってるの」
「そこは否定してるらしいよ。義母が自殺しようとしてるのを発見して駆け寄ったら、弟に殺人者呼ばわりされて、父親にも真実を信じてもらえなかったって。そんで、父親からの命令で紅薔薇に来て、弟の命令で俺を狙ったと」
「誰が聞き取りしてるの」
「じゃーん。沢渡元会長。沢渡元会長って、国分事件の時も五月七日(つゆり)さんに真実喋らせたんでしょ、だから今回も真実が出てくると思う」
 逍遥(しょうよう)もその情報には非常に満足しているらしく、1回咳ばらいをして言葉を紡む。
「そうか、僕も胡散臭い弟だなと思っていたんだ」
 それなのにサトルは逍遥(しょうよう)の言葉をスルーするように一気に話を進めた。
「広瀬先輩は監視役だったみたい、父親が寄越したって」

 逍遥(しょうよう)はホーッという表情でサトルと俺に同時に見つめつつ、最後に溜息を洩らしながら一言だけ発した。
「弟の命令を忠実に熟すか見張っていたというわけか。なるほどね」
 そのあと、俺と逍遥(しょうよう)は話すでもなく互いの顔を見るでもなく、ただ空を切るように今のやり取りを心の中で反復していた。いや、確認したわけじゃないけど、たぶんそうだと思うんだ。

「宮城聖人(まさと)の方は?」
「生徒会の調べには淡々と応じてるみたいだよ。亜里沙に直接聞いたから間違いないと思う」
「殺人云々はどうなってるの」
「そこは否定してるらしい。義母が自殺しようとしてるのを発見して駆け寄ったら、弟に殺人者呼ばわりされて、父親にも真実を信じてもらえなかったって。そんで、父親からの命令で紅薔薇に来て、弟の命令で俺を狙ったと」
「誰が聞き取りしてるの」
「じゃーん。沢渡元会長。沢渡元会長って、国分事件の時も五月七日(つゆり)さんに真実喋らせただろ、今回も真実が出てくると思うよ」
「そうか、僕も胡散臭い弟だなと思っていたんだ」
「広瀬先輩は監視役だったらしい、父親が寄越したって」
「弟の命令を忠実に熟すか見張っていたというわけか。なるほどね」

「ちょっとお、2人とも手伝ってよ」
サトルが1人で衝立(ついたて)を片付けながらぷんぷん怒っている。
ああ、一緒に片付けるから待っててくれ。

最後に飛行魔法が残っている。
俺たちは体育館を締め鍵を掛けてからグラウンドに移動した。俺はバングルを取ってサトルに渡し、右手には何もつけていない。
 そのまま、右手に力を込める感じで下から上に動かすと身体がふわりと浮き始め、右手を1度だけ下から上に大きく弧を描くように振りかざすと、地上10mほどまで上がることができた。前後左右、上下、宙返りもできるようになった。
うん。このくらいできれば、普通なら勝負に負けることはあるまい。

 ただ、逍遥が考えあぐねている。
「対人魔法とか、無許可デバイスを秘密裏に持たれると厄介だよね」

 どこからか亜里沙の声が聞こえる。
ここに居ないところを見ると、離話で俺たちに話しているのだろう。
「その辺は任せて。対人魔法を少しでも使う兆候があったら、その場で試合は没収。デバイスも探知機を作動させるから。これまでも対決合戦はあったの。そのたびに試合没収が何度あったことか。あたしと明が勝負みるんだけど、あたしたち永遠の1年だから、馬鹿にされてるみたいでね」
「永遠の1年?亜里沙、お前、ホントの年いくつよ」
「女性に年を聞くとは失礼千万。やだもんねー、おしえなーい」
「まあいいや。でも、相手のファウルだけは、きちんととってくれよな」
「OK。任せて」

GPS-GPF編  第2章

同じ1時間でも、時間を短く感じる時、長く感じる時がある。
 例えば、授業の1時間は凄く長く感じるけれど友人との茶話会は1時間なんてあっという間に過ぎていく。

 8月31日。俺にとっての決戦の金曜日がやってきた。
どちらかといえば、ここに至る時間が短く感じたと思う。いや、決戦決めて数日だからどっちかなんて関係なく短い。
 事実、決戦を前にしたせいもあるのだろうが、時の流れが早いのは、GPSに出たくないと駄々をこねていたのも大きかった。
GPSについては、エントリーを外してほしかったのは山々だが、正式エントリー済みだと我儘を許されるわけもなく、出場種目の最終調整に入らされていたのだ。
9月に入ったら、午後の授業ではGPSのためにトランポリンで体幹を真っ直ぐにしたり、基礎運動を学ぶ予定になっている。
GPS組は通常組と熟すメニューが違うのだ。


 俺は朝5時に起きて、宮城海音(かいと)との対決を前に、寮の周囲をゆっくりと走っていた。
 雑念を消すため、そして決戦に勝利するため。

 走りながらコンビニを探し、総菜コーナーと飲み物コーナーを回り、野菜ジュースと焼きそばパンを手に取った。お金は毎月振り込まれる奨学金の中から遣り繰りしている。大事なお金だ。
夜は寮の食事を食べているからほとんどお金もかからない。

 コンビニで思い出した。こちらの世界では24時間営業の店がない。遅くとも11時には閉まってしまう。
若者たちの夜間行動を抑制するためか、元々需要が無いのかはわからない。俺はリアル世界に居る時だって夜遅くにコンビニに行ったことはない。
うちの両親が許すと思う?だよねー。
 
 話が逸れた。
 普段なら朝から何も胃に入れない主義ではあるが、朝に何か食べると力が(みなぎ)るのが手を握ったときの力だけでも判る。
 
 てなわけで、コンビニ袋を引っ提げて寮に戻り、自分の部屋でゆっくりと食す。
 うん、今日もどうにか身体に力が(みなぎ)ってきた。

 このまま戦場に突入したかったが、最後のストレッチを忘れていた。
身体を伸ばし、背伸びをしてから床に座り足を90度に開き右左と足の親指を掴む。
 最初は身体が固くて、これすらまともにできなかった。親指に全く届かなかったのだ。
 今は徐々に身体もしなってきたようで、なんとか親指に触ることができる。
 継続は力なり。

 さて。
 時計を見ると、もう午前7時半。ゆっくり時間をかけて食事を摂ったから、胃や腸の調子もいい。
 俺は早めに寮を出て、単身、学校の体育館に向かうつもりだった。
 宮城海音(かいと)にどれほどの取り巻き、いや失敬、友人がいるのかはわからないが、俺一人でも決戦はできる。
 間に入るのは亜里沙と(とおる)だと聞いたから、安心感があったのも確かだ。

 寮のシューズクローゼットに手を伸ばし、自分の靴を掴んだ時だった。
「1人で行くなんて水くさい」
 後ろから聞こえる逍遥(しょうよう)の声とともに、サトルが肩越しに俺の顔を覗きこんだ。
「そうだよ、いつ声がかかるか楽しみにしてたのに」

 少し焦った。
 2人を置いていくつもりは毛頭なかったが、もし、向こうが1人きりだとしたら、俺が学年No1とNo2を率いて体育館に行ってもいいものかどうか、悩ましかったのが事実なのだ。
 でも、こいつら2人はそんなこと気にしていないらしい。
「僕らも一緒に行くから」
「そうだよ、だから1分待って」
 そういって、2人はシューズクローゼットから自分の靴を取り出した。

 学校までの5分。
 誰が主になるわけでなく、取り留めもない話をしながら魔法科の教室へと急ぐ。
 急いでいたのは俺の心だけで、実際には足取りもゆっくりを保っていたかもしれない。
 魔法科の教室には誰もいなかった。
 たぶん、宮城海音(かいと)は、もっと早く着て体育館で練習しているのだろう。
 
 俺も、ジャージに着替えるとすぐに魔法科の教室を出た。
元第3Gとして、全日本に選ばれた者として、負けられない戦いになる。

◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇

 体育館まで、逍遥(しょうよう)とサトルが制服のままついて来た。
 体育館に入った時刻は午前7時55分。体育館の時計を見たから間違いない。
 俺以外の、宮城海音(かいと)や亜里沙、(とおる)はとうの昔に姿を見せていたようだ。
宮城海音(かいと)の周りには、3人ほど友人らしき生徒が立っていた。
 
 俺の方を振り向いた亜里沙からゲキが飛ぶ。
「遅い、海斗(かいと)
「まだ午前8時になってないだろ」
「午前8時ジャストに着たらあんたの負けにしようと思ってたわ」
「なんだよ、それ」
「3年が言えないならあたしが言ってあげる。もう少し時間に気を付けなさい」
「5分前じゃダメってことか」
「試合開始が午前8時。5分でストレッチとか前運動完了できる?ミーティングにしたって同じ。開始時間10分前くらいまでに部屋入りしてないと、資料とか読めないでしょ」

 でた、必殺鬼婆攻撃。
「わかったわかった。もう午前8時だぞ、始めよう」
 宮城海音(かいと)は、終始無言でストレッチ運動を行っていた。

 亜里沙との会話で時間が押してしまったため、俺はストレッチなしで対戦に臨むことになった。でも、朝にジョギングして軽くストレッチも行っていたので心配はない。
 
 亜里沙が体育館中央に移動して、俺と宮城海音(かいと)の名を呼ぶ。
「八朔海斗、宮城海音(かいと)、こちらへ」
 俺と宮城海音(かいと)は呼ばれるままに体育館中央へ移動した。宮城の友人らしき奴らが何やら騒いでいる。
「そんな第3Gあがり、やっつけろ!」
「力もないくせに生徒会に(おもね)りやがって」

 その時だった。
「うるさい!黙れ!」
 (とおる)がギャラリーの方を向いてドスの利いた声で怒鳴った。
 生まれてこのかた、(とおる)が怒るのを、怒鳴るのを聞いたことがない俺はとても驚いた。
 お前でも怒ることがあるんだ、と。
 いや、これが(とおる)の真の姿なのかもしれない。
 俺が全てを知らなかっただけ。
 この場にきて、正直複雑な思いを胸に抱かざるを得なかった。

 しかし、そんなことを気にして落ち込んでいる暇はなかった。
 目の前に、対戦相手がいる。
 俺に対しずっと妬み僻み続けてきたこの相手。
 兄貴まで巻き込んで、俺のショットガンに細工をさせ、古典魔法をかけさせたせいで、俺は命の危険すらあった。
それも、普段の授業の中でならまだしも、薔薇6という威信をかけた戦いの中で。
 そのせいでお前の兄貴は捕縛され、たぶん、強制退学になるだろう。

 初めて宮城海音(かいと)と顔を突き合わせてみてわかった。
 一見飄々として見えるが、そばかすのある頬に薄い唇。三白眼にも似た冷たい目。目の中に温もりが全く感じられない。
 お前は誰にも何も感じぬままここにいるのか。
 お前には、情けという心が無いのか。
 今、お前の心にあるのは、兄である宮城聖人(まさと)が連行されたことへの逆恨みではないだろう。兄を完全に追い落としたことへの歓喜ではないのか。
八雲にも似た、自分ファーストの自己愛性概念。

 宮城先輩、いや、宮城聖人(まさと)もまた、こいつの犠牲になった1人なのだ、そう確信した。

GPS-GPF編  第3章

最初の対決はダーツだった。
体育館の側面に、点数表が2つ、並んでいた。
片方は陽が当たっていて、少し見えづらい。
もう片方は日陰に入っていて、点数が良く見える。
俺は別に点数を見ながら体制を整えるわけではないのでどちらでもよかったが。

亜里沙が俺たち2人を交互に見た。
「コイントスで決めましょうか」
 
 すぐさま、宮城海音(かいと)が反論する。
「不公平です、僕が日陰になるべきです」
 亜里沙は比較的冷静さを保ちながら宮城海音(かいと)の言い分を聞いた。
「不公平、とはどういう意味かしら」
「あなたは八朔(ほずみ)海斗(かいと)の友人ということでした。それだけでも僕は不利だというのに、コイントスなどでいかさまをやられたのでは納得がいきません」
「いかさま?」
 
 段々亜里沙も三白眼になってくる。怒りたいのを我慢しているのがよーく分る。
 宮城海音(かいと)、止めておけ。
 三白眼になった亜里沙は、物凄く怖い。
 俺は何度か餌食になったことがある。

 だが、やつは俺の顔など見ようともしないし、この分では、俺が何を言おうが不公平の一点張りで対決の開始を長引かせることだろう。
 面倒くさい。亜里沙と宮城海音(かいと)の話を終わらせよう。
「亜里沙、俺は日向でいいよ。どちらでもできてこそ、パーフェクトだもんな」

 宮城海音(かいと)が俺を睨む。
「ふざけやがって。第3Gのくせに」
 悪態をついているのはわかったが、余りに面倒なので俺はわざと無視した。

 体育館中央から壁際に移動する。
 その間、俺は下を向きながら右手人さし指に気力を集中していた。

「ストップ」
 亜里沙が俺たちを止めた。
 的から10m。
 なるほど。俺が練習していた時は的から15mくらい離れていた。その5mの差がどんな結果をもたらすかはわからない。
「15m程じゃダメなのか」
 俺の質問に、亜里沙は答えない。(とおる)が代わりに小声で答えてくれた。
「お前は最初から15m離れてたけど、普通は10mなんだよ。15mじゃ誰も当てられない」

 亜里沙は今も三白眼だ。怒っている。とても怒っている。怒っているのは宮城海音(かいと)に対してだと思う。俺は怒られる筋合いが無い。
「最初は10mにしてちょうだい。結果が同じで勝負がつかなかったら15mに伸ばすから」
 俺は亜里沙の表情に少しビビッていた。もう、変な言葉を発するのは危険モードだ。
「はい、わかりました」

 俺と(とおる)が話してる間に、宮城海音(かいと)は日陰にある点数表の前に立った。
 腕を直角にあげ、的を確認している。

 亜里沙の言うことも聞かず、練習体制に入った。
「宮城海音(かいと)。練習はやめなさい。もう試合に入るわ」
 その耳に聞こえていたに違いないが、亜里沙を無視して練習していた。かなり亜里沙を馬鹿にしている。そうだよなあ、見かけは第3Gの1年サポーターだもんな。
万年1年サポーターなんて、留年してると思われるんじゃないのかな。
それとも前に俺が聞き違えただけで、3年まで進級するのかな。

俺は、どこかこの対決が他人事で、勝たなくちゃいけないのはわかってるし勝ちたいと思ってるんだけど、この相手を前にして、少々閉口していた。
こいつ、やっぱりおかしい。

 亜里沙がショットガンを空中にぶっ放す。
 号砲のような音。
 亜里沙は宮城海音(かいと)を無視して試合に入ると決めたらしい。
 宮城海音(かいと)は漸く練習を止め、亜里沙の方にあるいて来た。
「両者、こちらへ。これから試合を始める。10回勝負。この種目に関しては、対人魔法、デバイスを使った魔法は認めない。デバイスを使う、または所持していた場合試合は没収とし、勝者としては認めない」
「はい」
 返事をしているのは俺だけ。向こうはまた無視している。
 行儀が悪い奴は嫌いだ。

 俺は日向の方に足をむけた。
 なるほど、眩しい。
 でも、目を細めて斜から見ることで、的をはっきりと確認できた。1度確認できれば、それで構わない。

 指に力を注ぎながら、俺は腕を的の方に直角に、まっすぐに伸ばす。
 そして、発射。
 肩に来る圧迫感を今日はあまり感じない。
 的の100点のところに矢は刺さった。
間髪入れずに10回勝負で10回100点。合計1000点獲得した。
 
 俺は的しか見ていなかったからだが、宮城海音(かいと)は俺の点数がいたく気に入らなかったらしく、デバイスを所持しているのだと言ってきかない。
 亜里沙と(とおる)をもってしても、この男は扱えないようだった。

 すると亜里沙が瞑想したように目を閉じる。
 まさか、離話?
 透視しなくても離話できるなんて、スゲー魔法力。
 たぶん、沢渡元会長か光里現会長に連絡を取っているのだろう。
副会長2人がここに来たとしても、どちらも1年生だし、まして譲司は魔法技術科だ。魔法科至上主義と思われる宮城海音(かいと)は、譲司を貶めるようなことをいうだろう。
八雲は媚び具合が嫌なやつだったが、宮城海音(かいと)はハッキリ言って、壊れてる。

俺は(とおる)と一緒に宮城海音(かいと)に近づき、宮城自ら俺の身体をチェックしてデバイスを探すよう求めたが、それに対しては“デバイスを隠した”と、訳の分けらない主張を繰り返す。
 さすがの(とおる)も、眉間にしわが寄りこめかみがひくひくと動いている。
 何を言ってもころっと主張をひっくり返すものだから、呆れ果てて言葉にもならないのだ。
 俺の話はどうでもいいから、お前がやってみろよと俺は思うのだが、デバイスを持っている人間の前ではできないと叫ぶ。
 
 マジ、壊れてんぞ、お前。


 20分くらい体育館の中で揉めていただろうか。
 体育館のドアの向こうから、沢渡元会長と光里(みさと)会長、南園さんが姿を現した。
「山桜。では、俺たちが立会人を行おう」
「沢渡くん、お願いできる?」

 と、亜里沙が俺を小突く。
「なんだよ」
「もう1回、10連発お願いするわ」
「えー、さっきやったのに」
「デバイス持ってやったって疑惑あるらしいわよ」
「わかった、身体検査でもなんでもやってくれ」

 すると、沢渡元会長が俺の方に近づいてきて、俺の身体を触ってデバイスを隠し持っていないか検査する。
「よし、持っていない。時間も押してるし、10回立て続けにやってくれ。宮城、お前も検査する」
「どうして僕が検査されるのですか」
「八朔だけじゃ不公平だろう」
「みな八朔の肩入ればかりしています」
「そういう問題ではない。対決するというから時間をとったのだ。やるのかやらないのかはっきりしろ」
 宮城海音(かいと)は・・・泣き出した・・・。
 嘘だろ?嘘泣きか?涙出てないぞ。
 俺、20発やるんだぜ。いくらなんでもひどいじゃないのさ・・・。
 ま、いい。
 早く終わらせて帰りたい。こいつの馬鹿さ加減には呆れてしまって何も言う気がしない。

 俺はまた的の前に立ち、準備した。先程より陽が傾いて、俺の的も日陰になっていた。
 腕を身体に直角に、真っ直ぐに伸ばし立て続けに発射する。

 10発とも、100点。計1000点。
 これで俺の実力は皆の前で発揮できた。

 一方、宮城海音(かいと)はといえば・・・小さなショットガン系のデバイスが長袖のジャージから見つかった。
 普通は人さし指と親指のほかは握って矢を発射するから、中指から小指までは握っている。中指か薬指で押せば発射できるミニ・ショットガンのようなデバイス。俺が初めて目にするものだった。魔法技術科在籍の兄、聖人(まさと)に作ってもらったのか。授業中もこれでいい成績を残していた可能性がありそうだ。
 ズルい奴。
 最低だな。

 結局、宮城海音(かいと)のデバイスは没収された。
 普通なら、この段階で没収試合となるのだが、沢渡元会長は俺たちに試合続行を申し渡した。
 たぶん、宮城海音(かいと)と俺の力の差を宮城本人に十分に知らしめるためだろう。
 デバイスなしでダーツに挑んだ宮城海音の成績は振るわず、10発中5発しか的に当たらず、それも50点という始末。全体で400点しか取れなかった宮城海音(かいと)
それだけでも俺と600点の差がついている。
やはり、授業中の成績はミニ・デバイスを使用してのものだったんだろう。
 

 ダーツが終わると、体育館の中に衝立(ついたて)が立てられた。1人につき、7枚。
 本当はダーツ中に立てたかったらしいが、宮城海音(かいと)が“気が散る”と文句を言ったため時間のロスが生じている。
 何が“気が散る”だ。
 ミニ・デバイス使っておきながら。

 透視ではデバイスを使うことはできないだろう。
 それでも俺たちは2人とも、再び身体検査を受けた。

 衝立(ついたて)から10m離れて立つ。俺はもう、面倒なので最初から手のひらを衝立(ついたて)の方に向けて(かざ)す。
 7枚の衝立(ついたて)の向こうに見えたのは、光里会長だった。『OK』という紙を持っている。
「光里会長がOKという紙を持って立っていらっしゃいます」

 隣では、宮城海音(かいと)がまた何か文句を言っている。
 どうやら、俺の方はあらかじめ人も紙も決まっていた、と言いたいらしい。
 その場にいる亜里沙の目が段々三白眼になってきた。キレそうになってるのが俺にもわかる。俺だってキレそうだ。
どこまでも自分本位でうるさいやつなので、仕方なくもう1枚衝立(ついたて)を用意し、その後ろに宮城海音(かいと)の友人に何か書いてもらい立たせることにした。向こうの友人なら、俺は誰なのか知らない。紙に書いた名でしか分らないというわけだ。
 8枚の衝立を覗くのは初めてだが、知らない人物が持ってる紙に『八朔(ほずみ)海斗(かいと) 消えろ by宮本』と書いてあるのが見えた。
失礼な奴らだなと思いつつ、光里会長が後ろに回り込み紙を回収したタイミングで答えた。
八朔(ほずみ)海斗(かいと) 消えろ by宮本」と、書いてありました」

 光里(みさと)会長が苦笑いしながらギャラリーに近づいていく。
「宮本はどいつだ?」
 手を上げた1年に拳骨をかまし、前に出る光里(みさと)会長。
「OK,正解だ」

 宮城の方も、同じ条件でという沢渡元会長の指示で、1枚衝立(ついたて)を追加し、奥に逍遥が立った。「はやく帰りたい 四月一日(わたぬき)逍遥(しょうよう)」という紙をデカデカと掲げている。
俺も透視していたので、逍遥(しょうよう)が呆れ果てているのがよくわかった。

 宮城海音(かいと)は8枚の衝立(ついたて)では向こうが見えなかった。
 1枚、また1枚と衝立(ついたて)が外れさていく。
 3枚しか衝立(ついたて)が無い状態になってようやく逍遥(しょうよう)を認識することができたようだが、紙に書かれた文字を読むことはできなかった。
 逍遥(しょうよう)が先程の定位置から動かなかったためだ。

 ダーツの基本魔法であれじゃ、普通なら紅薔薇の魔法科には入れない。透視力だって並。どうやって魔法科に入れたのか俺としては謎だった。
 ああ、並なら入れるのかもしれない。そこから反復練習で魔法力をつけていくのだから。


 時間も押しているし、もう先輩方も早くこの騒動を止めたかったらしく、最後の飛行魔法を実施するため、俺たちは体育館を出てグラウンドに向かった。

 グラウンドに到着すると、沢渡元会長が俺と宮城海音(かいと)の方を向いて告げた。
「どんなデバイスでもいい。高く長く空中浮遊した方の勝ちとする」
「最低浮遊時間は何分ですか」
 俺の問いに、沢渡元会長はきゅっと口元を結びもう一人の挑戦者、宮城海音(かいと)にも分る様な大声で返答してくれた。
「最低10分。長ければ長いほどいい」
 

俺は、宮城海音(かいと)の方を見ると、これ見よがしに手に嵌めていたバングルを外して亜里沙にポンと投げ渡した。
 そしてわざとらしく光里(みさと)会長に身体検査してもらったあと、人さし指で下から上にシュッと大きく弧を描いた。すると、練習通りに身体が10mほど空中に浮いた。そこから前後左右、上下宙返りと皆に見えるようゆっくり動き、そのままふわふわしていた。
 宮城海音(かいと)はバングルを重ね付けしたらしく、3mくらいの高さを飛んでいる。
おい、5m飛ばないとプラチナチェイスは出れないぞ。
 
 俺と宮城海音(かいと)は10分ほど自由に飛んでいたが、10分を超えると違いが出てきた。
 無論、俺が落ちていくわけがない。
 落ちていったのは宮城海音(かいと)の方だった。

 10分以上も上を見ている人たちも疲れただろうが、降りてこいと言われるまでは降りるつもりもない。
 15分、20分と時間が経過する。
タイムアップ。
 下から亜里沙の声がする。
「降りていいよー」
 亜里沙と(とおる)、サトルが大きく手を振っていた。逍遥は満足そうに頷いている。
 光里(みさと)会長と沢渡元会長、南園さんも満足げに手を振っていた。
 
 俺は上から宮城海音(かいと)を探したが、何処に行ったのか姿が見えない。

 逃げたか。
 人騒がせな奴だ・・・。

 結局その日を境に宮城海音(かいと)とは連絡が取れなくなり、夏休みが明けてからは学校にも来なくなった。
学校側では、8月1日付けで兄の宮城聖人を、8月31日付けで弟の宮城海音(かいと)を、ともに強制退学の措置を決定した。

GPS-GPF編  第4章

決戦の金曜日を終えた俺。
 疲れたわけではないのだが、なんかこう、頭が(もぬけ)の殻というか、いつもぼーっとしていた。
 
 寮の部屋に閉じこもり、サトルや逍遥(しょうよう)が来ない限り人と話すこともない。
 そんなある日、確か月曜日だ。
ドアをノックする人がいた。
 宮城兄弟は退学したし、千代(せんだい)先輩にもう一度お札を書いてもらい貼り付けていたので幽霊現象ではないはずだ。

「はいぃ・・」
 ドアを開けると、譲司と南園さんが立っていた。
 あー良かったー。ちゃんと服着てて。
 亜里沙ならまだしも、南園さんにパンツ一丁のところは見せられない。

「どうぞ・・・」
 力なく招き入れる俺に、まず南園さんが反応した。
「どうしたんですか、珍しく疲弊してますね」
「うん、まあ」
 譲司が俺の顔を覗き込んで目の前で手を振る。
「決戦で力使ったかな、明日からGPSの本格的な練習あるから知らせに来たんだけど」
「・・・俺、出ない・・・」
 すると南園さんがすっくと立って俺に説教を始めた。
「何言ってるんですか!いけません!折角選出されたのですから、ご自分の力を思う存分出しきってください!」
「でも、競技種目わかんないし」
「それをご説明にきました」

 なんか疲労感が半端なく、やる気も0%なのだが、南園さんの勢いに負けて説明を聞くことになった。
 いつの間にか、俺の部屋のベッドには逍遥(しょうよう)がちゃっかりと座っている。
「まずひとつめが『デュークアーチェリー』という競技です。一番近いのが弓道だと思ってください。違うのは、弓を使わず人さし指だけを使って50m先の的を30分に何枚射抜くか、それを競います」
「50m?こないだの5倍遠いの?」
「はい、学年が上になるとペガサスに乗りますが、1年生は立ったままです。ペガサスだと相性がありますから」
 
 俺の頭の中では『???』マークが乱舞した。
「ペガサスって・・・実際にいるの?」
「はい・・・?」
 逍遥(しょうよう)がベッドから移動して南園さんの後ろに回り、口を出した。
「向こうの世界にはいないらしいよ」
「あら、そうでしたか」

 南園さんは気を取り直したように持っていた小冊子に目を落した。
「あとは、上下左右から飛んでくる縦横5cmのクレーを、指だけで撃ち落とす『バルトガンショット』という競技です。こちらも30分で撃ち落とせる個数を競います。上限は100個になります」
 これならマジックガンショットに似ている競技だと思った。
「マジックガンショットに似てるね」
「はい。違うのは、クレーが素早く出てくるということです。探して撃つ、というより反射的に撃つ感じになります」
「9月いっぱい練習に充てられるなら、なんとかなるかな」
八朔(ほずみ)さんの出場競技は、この2種目のうちどちらかになります」
「俺が決めていいの?」
「エントリーを両方にしてありますから、出場しない方はエントリーを外すずせばOKです」
「エントリーしたのに急に外すなんてできるの?」
「本当は1週間前までに報告が必要ですが、エントリーについては、どこの国も同じような状況だそうです。ちなみに四月一日(わたぬき)さんは『バルトガンショット』にも出場予定ですが、結局1本に絞ると思います」
「よく御存じで」
 逍遥が南園さんの後ろで答えると、部屋の中には笑いが漏れた。

 小冊子を閉じる南園さんの手元をじっと見る俺。
「もっと競技があるのかな」
 南園さんは小さく頷いた。
「はい。もう3種目。『スモールバドル』という競技で、小さなラケットで行うバドミントンのようなものになります。以前私が練習していたの、覚えてますか?」
「ああ、時間切れで先生に止められZた・・・」
「そうです、ポイント制で勝負を決します。3セットマッチで1セット21ポイント先取」
「そこは南園さんがエントリーされてるんだね。あとは?」
「あとは飛行魔法で空中戦を行う『エリミネイトオーラ』があります。こちらは、高度な魔法が必要になる競技です。我が校からは沢渡元会長と四月一日(わたぬき)さんがエントリーしています。対人戦闘スキルを要求される『プレースリジット』には沢渡元会長と、もう1人、光里(みさと)会長もエントリーしています。光流(ひかり)先輩も『バルトガンショット』にエントリーしています。

 逍遥(しょうよう)、スゲー。3年が出るような競技エントリーしているんだ。
 メンバー紹介のときは色々思うところがあったから、はっきりと覚えてなかったんだわ。
 
 南園さんによると、俺は自分が出場する競技を選ばなくてはならないらしい。
 俺の場合、練習してみてできそうな方にエントリーするわけだが、2種目エントリーできないのかと聞いたら、できないことはないがGPF(グランプリファイナル)に出場するには2つとも6位以内に入る様調整するのは若干無理があるのだそうだ。
 GPF。
 競技ごとに、戦い抜いた中から6位までの人間が出場し、世界一を決める大会だ。
魔法W杯が国ごとの世界一を決める大会なら、GPFは個人の世界一を決する大会になる。
GPSで選出された6名が競うGPFは、12月に行われる。

その他にも3月には魔法大会世界選手権というビッグタイトルがあることを南園さんから聞いた。
これも個人のトップ選手が参加するわけだが、1年生は参加できないという。
種目は対人戦闘スキルを要求される『プレースリジット』と、高度な魔法が必要となる『エリミネイトオーラ』。男女ともに種目は変わらない。
1年では対人戦闘スキルを勉強しないため参加を制限しているそうだ。

逍遥(しょうよう)みたいな魔法の使い手であれば、世界選手権にだって出場できる力はあると思うが、規程上、それは無理らしい。
たぶん、現在の段階で3年と魔法でどんな対決をしたとしても、逍遥(しょうよう)は息も上げずに勝利してしまうだろう。そのくらい、逍遥(しょうよう)は魔法を知り、かつ使い熟している。
前にも言ったが、紅薔薇で逍遥(しょうよう)と対を張れるのは沢渡元会長しかいないと俺は思っている。

ビッグタイトルの話に戻ろう。
魔法大会世界選手権に出場できない代わりに、今年度から1年向けに魔法大会世界選手権新人戦というタイトルが新設されるという。世界選手権が終了した後に同じ地域で行われるため、事実上の新人王を決める戦いになる。
種目は、今のところ男子は『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』が有力候補らしい。女子は『デュークアーチェリー』と『スモールバトル』なのだとか。

そうそう。
3年は通常薔薇6後に引退するのだが、魔法の知識や実技に優れ、GPF等、各大会で6位入賞を果たした選手は薔薇大学に推薦入学できる道があり、3月の世界選手権を目標に掲げる選手も多いと聞く。

 ちなみに、こちらの世界の大学は、世界共通で9月入学になるそうだ。日本では秋に当たるのだが、入試が暑すぎる真夏に行われるため、受験月を春に早めて欲しいとの要望が全国から寄せられていると聞いた。
 俺のいたリアル世界では、春入学で入試は真冬。真夏も頭が働かず相当キツイだろうなと思うが、真冬の入試は、雪で受験校までたどり着けないかもしれないというまさかの事態が待ち受けている。都心で雪など降ろうものなら、大パニックに陥ってしまう。受験とは受難の歴史でもあるのだ。

 さて。
 俺は出場種目を決めるためにどちらが俺に合っているか試射しなければならない。
『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』。
 クレー射撃と弓道を思い浮かべれば、要領はわかるだろうと譲司は言っていた。
 50m先の的に当てる技術、たぶん今の俺では無理だと思う。15m先がそこそこ。
こないだの決戦は10mなので百発百中の勢いだったが、その5倍となると、全くもって、自信がない。
クレー射撃のほうがどちらかといえば練習次第で効率も上がってくると思うのだが。

 まず初めに、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の設備がなされている横浜国際陸上競技場に出向いて、試射してみることにした。
 勿論一人で。外野がいると、上手にできなかったとき、恥ずかしい思いをする羽目になるから。好んで恥はかきたくない。

2つのメインスタジアムに設けられた『デュークアーチェリー』で練習しようという魂胆だったのだが、これが甘かった。日本各地から集まった、施設を持たない高校の生徒が列をなしている。
 『バルトガンショット』はサブスタジアムに設備が整えられているという。そちらも見に行ったが、これもまた、並んでいる高校生の数がすごい。
 仕方なく、その日は施設予約だけ済ませて施設を出た。
 俺が施設を使用できるのは、3日後。
 どうしようか。種目選択は明後日までに提出しなければならない。
 
 下を向き思案しながら歩いていると、ドン!と誰かにぶつかった。
「あっ、すみません」
 慌てて上を向く俺。
 俺がぶつかってしまったのは、沢渡元会長だった。ジャージを着て、トレーニング中なのだろうか。そのまま走り去ることをせず、俺の顔を覗き込む。
八朔(ほずみ)、何か悩み事でもあったか」
「沢渡会長。ぶつかってしまい申し訳ございませんでした」
「俺はもう会長ではない。それより、何を悩んでいた。GPSの種目か?」
「はい、今日は施設を予約せずにきたものですから練習できなくて。明後日には出場種目を提出しないといけないのですが」
「じゃあ、2種目に出場すればいい」
「僕の力では1種目が精一杯です」
「お前がこちらの世界に来た時に言ったな。『可能性を否定するな』と。エントリーなど、どうにでもなる」
「会長、少々アバウトな発言かと思われますが・・・」
「試合当日の朝にエントリー変更だってあるくらいだ、気にするな」
「はあ・・・」
「いい機会だ、俺の練習を見ていくか?」
 沢渡元会長は施設予約を行っていたというので、結局、横浜国際陸上競技場に戻り元会長の練習を見ていくことになった。
 沢渡元会長が出場するのは対人戦闘スキルを要すると言われる『プレースリジット』と、高度な魔法力がものをいう『エリミネイトオーラ』。

 対人戦闘スキルって、なんだろう。
 俺の周りには教えてくれる人がいなかったから、とても興味が湧いた。

 『プレースリジット』は、ラナウェイに似た競技だった。
 全員で行う鬼ごっこ。
 ただし、魔法陣は使えず、ファシスネーターと呼ばれるスーツを着た人造人間のレプリカが合計100体も出てくるので、競技の中で生き残る確率は非常に低いとされ、最後まで残れるか否かの熾烈を極めた競技だそうだ。
ショットガンで生身の人間やファシスネーターを全部気絶させれば終了。終了時、残った人が20ポイントを獲得できる。
ただし、ファシスネーターはちょっとやそっとの魔法では倒れてくれない。ゆえに魔法も強いものになりがちだが、飛び出してくるのがファシスネーターとは限らないのでのっけから強い魔法を使うわけにはいかない。
そのさじ加減がプレースリジットの醍醐味とでもいうところか。両手撃ちを会得している選手は俄然有利になるし、その中でも有効魔法は限れらてくる。
 生身の人間を魔法使用不可能にするまで撃ってはいけないからこそ、対人戦闘スキルのある者でなければ、この競技に参加する資格が無いというわけだ。

 それでも、毎年大怪我をする参加者がいるらしい。にも関わらず、競技が毎年続行されるのには、よほど人気のある競技か、または何かやんごとなき理由があるのだろう。

沢渡元会長の動きを見ていると、『エリミネイトオーラ』にもエントリーされているものの、元会長としては然程興味がないらしい。飛行魔法で空中散歩のように歩いたり、上下左右への動きを確認しただけで、すぐに地面へと降りてきてしまった。
『エリミネイトオーラ』は、南園さんに聞いていた。飛行魔法で全員が飛び上がり、空中戦を繰り広げる競技になる。
特筆すべきは、この競技では全員の頭上にオーラの光が現れ、その光をロック・オンする高度な魔法が使用されることにある。程度の低い魔法では、オーラをロック・オンできない。
この場合の高度な魔法力とは、ショットガンで相手のオーラをロック・オンして相手の動きを止め、その身体を地上に戻す一連の魔法を休むことなくかけ続けることにある
その間に自分が攻撃される恐れがあるため、ショットガンの同時操作を覚えなければならない。

この競技は制限時間があり、自分が何分生き残ったかでポイントが変動する。
30分の制限時間内で、最後まで生き残れば10ポイント、30分未満~20分飛び続ければ8ポイント、20分未満~10分で6ポイント、10分未満~5分で4ポイント。5分未満は0ポイント。

考えてみれば、これも形を変えた鬼ごっこのようなものだ。
いや、乱打戦というべきか。

しかし、人間の光り輝くオーラをロック・オンするのは本当に大丈夫なのか?
オーラがまさかの傷を負ってしまったら、健康に生きていけるのか?
単純に考える俺。
そしたら沢渡元会長が教えてくれた。
オーラの光と呼んでいるが、実際のオーラではなく、画一化・統一化された20色の色を各人に振り分けそれを光り輝くオーラと呼んでいるのだと。
ゆえに、オーラを傷付けたとしても当人の健康には支障がない。

俺には半分くらいしか意味が解らなかったが、沢渡元会長が必死に説明してくれるので、思わず相槌をうちながら覚えたふりをする。
その実、俺は全然わかっていない。

 理解したのは、対人戦闘スキルという用語の意味をまだ俺自身わかっていないこと、俺には対人戦闘スキルや高度な魔法力がまだ備わっていない、という客観的事実だけだった。

GPS-GPF編  第5章

出場科目エントリー変更最終日が迫っていたが、結局、エントリー申請はそのままになってしまった。

 翌々日、俺は申し込んでおいた施設の使用許可が下りたので、メイングラウンドとサブグラウンドにて『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の練習をすることにした。
 誰も俺が練習に行くとは思ってないようで、学校からの帰り道、俺はダッシュで寮に走り着替えを済ませ夢中で寮を飛び出した。

 施設まで歩くのも面倒なので飛行魔法を使った。無論、下から見えないよう気を遣っているので大丈夫。
 
施設に着き、まずメインスタンドで『デュークアーチェリー』を試し、次にサブスタンドで『バルトガンショット』の撃ちこみを始めた。
 『デュークアーチェリー』は、背を真っ直ぐに伸ばしてダーツと同じような姿勢を取り、50m先の的を射ぬく。20分間の試射中、20枚命中。全部で100枚は試射したはずだから、思ったよりも命中率が高い、と思うのだが、正直、他の人がどれくらい撃つのかはよく知らない。
 次にサブグラウンドに移り『バルトガンショット』の試射を始めた。100個のクレーを撃ち落とすのにかかった時間は13分。
 俺としては、『バルトガンショット』の方が性に合ってような気がするんだが、デバイスも無い中、13分台という記録が果たして周りに比べどのような位置にいるのか、速いのか遅いのか、比べようもない。
 やっぱり誰か連れてくるんだった・・・。

 翌日、授業が終わった直後、臨時の生徒総会が開かれることになった。
 なんかあったのかと思いながら講堂に行くと逍遥が1人で立っている。
 俺は逍遥の目の前に立ち身振り手振りを交えて聞く。
「今日の生徒総会、何やるの」
「なんだろう。僕もわからない」

 亜里沙に怒られてからは、俺は開会の10分前に着くよう心掛けている。
 俺が着いた時にはまだまばらだった講堂の中も、蒸し暑さを感じるくらいまで人が集まってきた。

「これより、臨時の生徒総会を開会します」
 南園さんの綺麗な声が講堂中に響く。
 舞台のそでから出てきたのは、光里会長だった。

「8月以降空席だった2年のサポーターに、2年蘇芳(すおう)玲人(れいじ)及び2年四十九院(つるしいん)航星(こうせい)が就くことを発表します。なお、これ以降、全学年のサポーターについては生徒会役員に準じる権限を与え、各大会におけるサポートを任せることをここに決定します」
 
 3年のサポーターは若林先輩と千代(せんだい)先輩、1年は絢人(けんと)と亜里沙と(とおる)。計7名を生徒会に引きずり込む算段か。

 2年は全員変更したな。宮城先輩は強制退学になったんだった。
 もしかしたら、広瀬先輩も監視役という重大な役目が終わって退学したのかもしれない。
 宮城先輩、今頃どうしているんだろう。

 講堂での臨時生徒総会が終わり、俺たちは廊下を歩きながら魔法科の教室を目指していた。

 俺はGPSの練習もさることながら、宮城先輩が何とかして紅薔薇復帰できないかどうか考えていた。
 当てにはならないが、一応逍遥(しょうよう)にも聞いてみることにしよう。
逍遥(しょうよう)の襟を掴まえて耳元で呟く。
「あのさ、逍遥(しょうよう)。俺さ、宮城先輩を退学取り消しにして2年に紅薔薇復帰できないかどうか悩んでんだよね」
「どうして、あんな真似されたのに」
「あれは全部宮城海音(かいと)の仕業だったんだ」
「それでもやったのは宮城先輩本人だろ」
「宮城先輩を追い込んで蹴落とすために宮城海音(かいと)が仕組んだ罠だったとしたら?」

 逍遥(しょうよう)は暫しこめかみに手を当てて考えていた。
「なるほど、魔法部隊を解雇させたのと同じ方式ってわけか」
「魔法部隊のはチクったんだろ?殺人事件の重要参考人として」
「うん、エリート中のエリートで、将来を嘱望されていたからそれが気に入らなかったという筋書きは合ってる」
「今度は完膚なきまでに叩き潰すよう、俺をダシに使ったんじゃないかな」
「どうして宮城海音(かいと)の奴隷になったんだか」
「父親に強制されたらしい」
「父親ねえ」
「生徒会では沢渡元会長が自ら取り調べてたようだから、真実が暴き出されたと思ってる」

逍遥(しょうよう)はいたずらっ子のような目をして、俺の首に手をかける。
「サトルはどうしてる?」
「たぶん、弟の海音(かいと)を探してる」
「生徒会ではどう考えているんだろう」
「学校側も生徒会も、ああいう貴重な人材を失ったことは悲劇だと思ってるだろうな。宮城先輩が入学した時は、たぐい稀なる実力で魔法科が欲しがったそうだから」
「じゃあ、何とかなるかも」

 俺はまじまじと逍遥(しょうよう)を見つめる。
「正直びっくりしたよ。君なら“償え”とかいうと思ってた」
「仇は討ったから。ただ、昔の宮城聖人(まさと)を僕は知っていたんだ。エリート時代のね。それがどうして紅薔薇にいるのか、その理由が知りたかった。でも広瀬先輩がいるところでは聞けなくて」
「それも父親の差し金だった」
「余計なことは話さず、命令を実行させるための監視役か」
 逍遥(しょうよう)は理解が早い。というか、俺が考えてる事を瞬時に言ってのける。
「魔法技術科に入ったのも父親の命令だろ。父親の命令とはいうものの、実際は弟の命令なんだろうけど」
「魔法科が魔法技術科を見下すの図?馬鹿馬鹿しい」
「でもそれが真実だと思う」

 さて、どうしたものか。
 逍遥(しょうよう)は何となくやる気になってくれるような気がする。サトルは今、宮城弟を探しているはず。
 魔法科の教室に入ると、複数の生徒が俺たちに群がってきた。
 俺が宮城聖人(まさと)にされた行為に対し怒る人もいたが、それ以上に、宮城聖人(まさと)と宮城海音(かいと)の兄弟の異常さを訴える意見が多かった。
やはり、宮城海音(かいと)の異常さは皆気付いていたらしい。

宮城聖人(まさと)の前職を知っている生徒もいて、その多くが「聖人(まさと)海音(かいと)に嵌められた」「あれは冤罪だ」と、魔法部隊解雇事件そのものに対して異議を唱えていた。
 誰かが「退学を取り消して2年魔法科に転科させるよう嘆願書を出そう!」と叫ぶと、1年の魔法科クラスでは話が盛り上がり、魔法科の2年や3年、あるいは魔法技術科や普通科に兄姉がいる人は嘆願書の署名への依頼をしようとまで言い出す者までいて、クラスは授業どころではなくなり収拾がつかなくなった。

 翌日。
 今日はいくらか静かになったかに見えた1年魔法科。
 俺の考えが甘かった。
 代表発起人として名前を借りたいと言われ嘆願書を見ると、署名は3科全学年270人中、220人余りにまで及んでおり、全校生徒の3分の2を超えていた。
生徒達の、薔薇6事件や冤罪事件に対する関心の高さがうかがわれた。
 総ては宮城海音(かいと)が起こした事件である、と明記されているのがちょっと不安ではあったが、俺や逍遥(しょうよう)が薔薇6事件に関わった証として、俺は代表発起人に名を連ねることにした。逍遥(しょうよう)も同様の気持ちだという。
 サトルはその日の午後から授業に参加したが、署名の多さに驚いていた。
 宮城海音(かいと)はどこに隠れたんだろう。
 見つけたからサトルは学校に戻ってきたに違いない。
「宮城海音(かいと)、見つかったのか」
「うん、実家に逃げ込んでた。お父さんが守ってて会うことは叶わなかったけど」
「弁明の機会くらい与えないとな」
「あのぶんじゃ、出てこないと思うな」
「生徒会が行っても?」
「もう退学処分が下ってるからね、紅薔薇の生徒じゃないわけだし、今は」
「どうにかして連れ出せないかな」
「難しいと思うけど、生徒会に報告してくるよ、一緒に行ってくれる?」

 生徒会でも1年魔法科から始まった嘆願書への署名については情報を得ていたようで、俺とサトルが顔を出すと、光里(みさと)会長が半分困ったような顔をして出迎えてくれた。
「おう、1年。嘆願書の件か?」
 サトルは調べたことを光里(みさと)会長に報告していく。
「はい、それに関して宮城海音(かいと)の居場所を確認しました。今は実家にいるようです。なお、こちらの留置場から戻った宮城聖人(まさと)は、父親から勘当されて今は実母の兄にあたる伯父の家に転居していました」
 光里(みさと)会長は腕組みしてなおも困ったような表情を崩さない。
 そりゃそうだ。
 8月1日付けで強制退学の措置は取られたものの、宮城聖人(まさと)が退学になってまだ1か月余り。
 学校側に申し入れるとしても、それなりの理由が必要になる。

 うーん、うーんと唸る光里(みさと)会長。
そこに沢渡元会長と亜里沙が顔を出した。光里会長の顔を見て、俺たちの行動を察したらしい。
「嘆願書の件、か」
 沢渡元会長も、それ以上は言葉を発しない。

 亜里沙は冷たいひと言しか俺たちにくれなかった。
「退学させたのは学校だからね、生徒が嘆願書出してもその通りになるとは限らないわよ」
 俺はちょっとムッとした。
「そんなのやってみないとわかんないだろーが。学校では宮城兄に事情聞いたわけだし、弟が学校から逃げて、直後に父親が兄を勘当するなんてどう考えてもおかしいだろ」
「おかしいのはわかってるわよ。だいたいあんたたち、生徒会として何をやれっていうわけ」
 亜里沙も喧嘩腰になって俺に反論する。でもまだ三白眼になってないから大丈夫。三白眼になったら意見するのは止める。
 俺は亜里沙に立ち向かった。
「生徒会が束ねるのが筋かと思ったけど、いいよ、こっちでやるから」
「何をやるってのよ」
「父親との話し合い、弟への事情調査くらいか」
「それで?だんまり決め込まれて終わりじゃないの」
「そうなったら自殺教唆(きょうさ)で弟をあげる」
「警察沙汰にするの」
「それしかないだろ」
「宮城聖人(まさと)の将来をダメにしてもいいの、あんたたちは」
「なんでダメになるんだよ」
「警察が宮城聖人(まさと)を逮捕することだってあり得るのよ」

 亜里沙の後ろで、沢渡元会長が光里(みさと)会長になにやら耳打ちしている。
 2人は俺たちを見ることなく生徒会の扉をあけ、外に出た。
 ふん、生徒会は絡む気が無いのか。
 それなら、俺たちだけで動くしかない。
 学校、警察、裁判。
 面倒なことが多いなら、俺はGPSを降りてもいい。
逍遥(しょうよう)はどうするかわかんないけど、俺は元々GPSに興味があるわけでもなく、選出されたから仕方なく、という部分もある。

「あんた、GPS降りるつもりなのね」
 亜里沙に隠し事はできないんだった。読心術で見破られている。
「ああ、俺よりも相応しい先輩がたくさんいるから。お前だってそう思うだろ」

 亜里沙の目つきが変わってきた。
 やばっ、ここは早々に退散するか。
「行こう、サトル。これ以上の言葉は引き出せないようだから」
「うん・・・でも・・・」
 サトルとしては生徒会のお墨付きが欲しいのだろう。
 わかる、それは俺だって同じ気持ちだ。でも亜里沙が動かないなら沢渡元会長や光里(みさと)会長が動けるはずもない。

「待て、八朔(ほずみ)、岩泉」
 生徒会室に入ってきて、俺たちの肩に手を回したのは沢渡元会長だった。
「山桜さん、ここは生徒会が中心になって束ねてはいかがでしょう」
「めんどくさいことにならない?まだ退学処分から1か月しか経ってないのよ」
「だからこそです。学校側も、何か月も経ってからでは動きにくいかと思われます。今だったら、退学取り消しとまではいかなくても、編入という手が残っています」
「うーん、そうね、その手があるわね」
 光里(みさと)会長も亜里沙に遠慮しつつ、俺たちに肩入れしてくれている。
「ここは俺たちにお任せください。決してご迷惑はおかけしません」

 亜里沙はおちた。
「わかったわ。貴方たちに任せる。ただし、海斗(かいと)、あんたにはGPS出てもらうからね。それが条件よ」
「わかったよ、出りゃいいんだろ」
「腹立つ言い方ね」
「申し訳ございません、出場させていただきます」
「ますます腹立つ」

 そのまま亜里沙は1人で生徒会室を出ていった。
 みんな、一様に肩から力が抜けたという顔をしている。
八朔(ほずみ)、お前よく山桜さんにタメ口きけるなあ」
 光里(みさと)会長が大きく深呼吸する。
「すみません、12年間の時間があるんで、なかなか敬語とか使えなくて」
「ま、向こうがいいならいいだろ。で、生徒会としては各科を束ねて何すりゃいいんだ」
「なるべくなら弟の宮城海音(かいと)に会って、本当のことを喋らせたいですけど」
「父親がブロックしてんだろ?」
 その時、あの大人しいサトルが珍しく口を挟んだ。
「父親にしゃべらせてもいいかと」
「父親に?」
「はい、要は、勘当した理由から始まって、なぜ兄を弟の奴隷にしたかを喋らせて音声データに残せばいいだけですから。もちろん魔法部隊の解雇についても何かしら知っているはずです」

 沢渡元会長と光里(みさと)会長は理に適った方法だと解したのだろう。
 俄然やる気になっている。
「学校側としても、仕方なく強制退学にはしたものの人材としては超のつく人物だと知っている。早いうちに復帰できるよう、皆で動いてみよう。ただし八朔(ほずみ)、お前は競技の練習に力をいれろ。山桜さんと約束したからには、GPSで勝ち抜くことを目指せ」

 なんか俺だけ蚊帳の外状態?
 ま、でもこれで宮城先輩が学校に戻れるなら、俺は喜んで練習するよ。
 あとは任せたぞ、サトル。

 そののち、俺は日々、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の練習に励んでいた。
 どちらかを捨てねばなるまいということは十分すぎるくらいわかっているんだが、その踏ん切りが未だにつかないでいた。
 逍遥(しょうよう)に見てもらえばはっきりと言ってくれるような気もするんだが、なにせ授業も別行動。中々会う機会がない。

 俺はもう一度横浜国際陸上競技場の施設の使用許可を取り、より実践に近い形式で練習してみることにした。逍遥(しょうよう)に付いていてもらって。
 しかし逍遥(しょうよう)には会えなかった。メモも置いてきたが、読んでいる気配はない。ドアに挟んだものがそのまま。ということは、逍遥(しょうよう)、寮に帰っていないらしい。
 また一人での練習か・・・。

 とぼとぼと横浜国際陸上競技場まで歩く俺。
 と、また人にぶつかった。
 すみません、と相手を見ずに頭を下げた。
「元気か?1年坊主」
 はて、この懐かしさ満載のフレーズは・・・。

 俺がゆっくりと顔を上げると、目の前にいたのは、なんと、宮城聖人(まさと)本人だった。
「久しぶりだな」
「宮城先輩」
「俺はもう先輩じゃないよ。強制退学受けた身分さ」
「今、全校生徒の間に動きがあります、先輩の復帰をみんな待っているんです」
「岩泉から聞いたよ。でも、俺一人のことで学校側と対立するな」
「嘆願書を出すだけですから」
 本当の動きは言わなかったけど、魔法の上級者である宮城先輩にその手は通用してないかもしれない。その証拠に、宮城先輩は心配そうな顔をした。
「あの人は生半可なことでは折れないし、魔法力もまだまだ健在なんだ」
「では、沢渡元会長でも難しいと?」
「魔法部隊に属した人だからな、あの人は」
 
 あの人=父親。
 俺もいつの日か、父さんをあの人と呼ぶ日がくるのだろうか。

 でも宮城先輩はどこか吹っ切れたような表情だった。
 強制退学となり家から勘当されたことで、やっと自由を手に入れた。そんな顔だった。この何年か、本当に苦労したんだろう。
 俺には到底わかり得ない苦労。俺のリアル世界での両親との確執なんて、まだまだヒヨコのようなもんだと思う。
 
「ところでお前、どこに行くんだ?1人で」
「あ、はい。横浜国際陸上競技場で『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の練習をしようと思って。でも1人だと、自分がどっちの種目に適しているかわからないんです」
「すげえな、GPSに出るのか。じゃあ、俺が少し見てやろうか」
 俺は嬉しさで飛び上がりそうになった。
 高等魔法の使い手である宮城先輩から直接指導を受けられるなんて、こんなに喜ばしいことは無い。
なぜって、宮城先輩は魔法を捨てないでいてくれたから。魔法を諦めないでいてくれたから。
「はい!あ、でも先輩はお時間大丈夫なんですか」
「俺は暇人だよ、今」

 なんか悪いことを聞いてしまった。
 頭を掻く俺に、宮城先輩は笑って返してきた。
「お前が申し訳ないと思う必要はないんだ。全て俺の責任でやったことだから。実際、長崎ではやらない、という選択肢だってあった」
「でもお父さんや弟さんに命令されたんでしょう、やらないわけにはいかなかったですよね」
「遅かれ早かれ、俺はこうなる運命だったんだよ。お前の心身に後遺症を残さなかったことだけが救いだ」
 俺はキョトンとした。
 最後はちょっと、いや、かなり辛かったけど、死ぬような首の締まり方じゃなかったから。それまでは別に命の危険はなかったし。
「そのように魔法をかけてくれたじゃないですか」
「お前が強いメンタルで向かってきたからこそさ。メンタルが弱い選手ならもう潰れていたはずだ」

 はて。俺は決してメンタルが強い方じゃないと思うんだが。亜里沙もそういうこと言ってたような気がする。
 メンタルが弱いと思っているのは俺だけなのか。
 いや、周囲の助けがあったからこそ、俺は今、ここでこうしていられるんだ。

 宮城先輩は、最後に会った時より少し長く伸びた髪をかき上げながら笑った。
「神経質細胞だっけ、お前が気にしてるやつ。あれは誰でも持ってると思うよ。上杉(かみすぎ)先輩のメンタルとお前のメンタルの違いは、周囲に対する感謝の念からきてるんだろうな。上杉(かみすぎ)先輩は元々周囲の助けは要らないというスタンスだったから」
「そうなんですか?」
「上意下達だっけ、あれは思わぬところに弊害があってな。上級生は自分で自分の首を絞めてる。自分が偉いと勘違いしてるからな。だからメンタルに問題が出てくるんだ。高校生くらいの人間がやるべきことじゃない」

 そうか。宮城先輩は昔一度高校に通ったあと魔法部隊に入隊したんだろうから、上意下達の良し悪しを肌で感じているんだ。
 去年紅薔薇に合格した時、魔法科にいれば即座に生徒会へ迎え入れられたことだろうが、魔法技術科であったばかりに自分の考えすら言える状況になかったのだろう。
 沢渡元会長は、そこで色々と間違いをおかしてきたわけだから。

 そんなことを考えながら、俺は宮城先輩と一緒に横浜国際陸上競技場の前まで歩いた。
施設の使用許可を確認し、まずメイングラウンドに足を向ける。
『デュークアーチェリー』に挑戦するために。
 真っ直ぐに姿勢を保ち、まず10枚試射する。命中がが5枚。外れも、あと少しというところだ。
 宮城先輩が俺の右肩を掴んだ。
「姿勢はいい。だけどこの肩のラインが少し下がってるな。気持ち上げるくらいで、あと10枚いってみろ」
「はい」
 肩のラインを少し気にしながらもう10枚立て続けに撃つ。今度は6本当たり。やった、少しだけど確率が上がってる。
「このまま練習していけばもっと確率が上がるぞ」
「はい!」
 メイングラウンドで20分練習して30枚命中。前に来た時よりも確実に命中率は上がった。

 次にサブグラウンドに移り、『バルトガンショット』の練習を始めた。
 マジックガンショットと変わりないと思って練習していた俺だったが、宮城先輩はちょっと不思議そうな顔をしていた。
「薔薇6の時より確率下がってないか?」
 そう言われて、一旦練習を止める。13分台で、前に練習した時と変わりないのだが。
「薔薇6の時はデバイスが優秀だったので、その違いかもしれません」
「いや、デバイスの有無でここまで命中率が変わるとは思えないな」
「やはり命中率下がってますか?」
「ああ、薔薇6では10分台ジャストに届く勢いだったよな。お前は動体視力も良いと思ってたから、魔法陣がクレーに代わってもそんなに変わりないはずなんだが」
「どこがいけないんでしょうか」
「もう一回撃ってみてくれ」

 俺はもう一度クレー射撃を開始した。
 今度は12分台。
 少しだけ確率が上がったが、宮城先輩の表情は相変わらず渋いままだ。
「うーん。姿勢もいいし動体視力にも問題なさそうだな。デバイスは関係ないから、問題があるとすればタイミングしかない」
「タイミング?」
「そう。魔法陣を見つけたときに脳から右手に「撃て!」と命令がいくだろう?で、右手はデバイスの引き金を引くわけだ。だけどクレーの出方は魔法陣とは違う。魔法陣より早いという話は聞いたか?」
「はい、聞きました」
「お前の場合、クレーが出たときに脳から右手に伝わる命令が少しずれているんだと思う。反射神経勝負なんだ、『バルトガンショット』は。今のが魔法陣なら、デバイス無しでも10分台前半に届くはずだ」
「俺、運動神経マイナスの男だからなあ。動体視力は悪くないんですけど反射神経勝負はまったくダメで」
「運動神経マイナスの男?」
 その言葉を聞いた宮城先輩は、その場で腹を抱えて笑い出した。
 あのー、そんなに笑わなくとも・・・。

 しばらく笑っていたが、ようやく笑いも堪えられるようになったらしい。
「あー、笑った笑った。悪い悪い」
「いいえ。笑われるのには慣れてますから。で。どうすれば命中率上がりますか」
「魔法陣に適した脳の命令系統をクレーに応用するのは難しいかもな。来月から試合始まるだろう?ここは、『デュークアーチェリー』一本に絞った方がいいかもしれない。『バルトガンショット』はこのまま練習を続けて、長い目でタイミングを計っていくほかないだろう。時間を気にするあまりクレーに慣れようとすると、今度は魔法陣のタイミングがずれてしまう。マジックガンショットは団体戦で必須だし、『バルトガンショット』は個人戦で必須になるだろうからな」
「個人戦で必須?」
「聞いてないか?3月の世界選手権新人戦では『デュークアーチェリー』と『バルトガンショット』が種目になる、って話」
「有力候補だとは聞いた気がします」
「そこに照準を合わせるのが賢いやり方だと思う」
 
 俺はひとつだけ懸念があった。この練習場はGPSに合わせて開設されたものだと聞く。GPSが終わったらどうなるんだろう。ああ、でも世界選手権の新人戦は3月だから、1月と2月も開設されるのだろうか。
 の前に、俺が世界選手権新人戦にエントリーされるかどうかが問題だが・・・。

 俺の心を読んだのだろう。
 宮城先輩は優しく俺の肩を叩く。
「大丈夫。今、紅薔薇の魔法技術科でGPSや世界選手権用のプログラムソフト開発を進めてるから。それにお前は伸びしろが素晴らしい。このままいけば確実にエントリーされると思う」
 亜里沙にはGPSなど興味はないと言っておきながら、俺の目はちょっと輝いたらしい。
「ホントですか?」
「俺が魔法技術科に入学した当初からプログラムソフト開発の話があったんだ。今は鋭意開発中のはずさ」

 ギクッ。
 また、宮城先輩に紅薔薇在籍中のことを思い出させてしまった。
「すみません、嫌な思い出を蒸し返させてしまって」
「謝ることじゃないさ。俺は技術開発に携わった経験が無いから、授業はすごく楽しかったよ。このデバイスはこうして作られているのか、とか、マジックガンショットのプログラムソフトには実際に関わったし」
「でも、いつも監視されている生活は苦しくなかったですか」
「どうかな」
 右目でウインクして、その話はここで終わりな、という宮城先輩。
 
 
 そういえば、あんな為体(ていたらく)でよく魔法科に受かったな、宮城海音(かいと)は。
裏口入学か?
 アホか。

 まあ、いい。
 俺は出場エントリーを『デュークアーチェリー』だけに絞り、宮城先輩に教わった箇所を気にしながら練習を続けることにした。

 宮城先輩。
 少しの間、待っていてください。
 絶対にあなたを紅薔薇に戻してみせる。
 それまで、折れずに、どうか・・・。

 翌日、朝一番に南園さんのところに行き、出場エントリーを『デュークアーチェリー』だけに絞ることを伝えた。もう変更日は過ぎていたが、毎年、当日になってエントリー変更など当然のようにあるから大丈夫だと南園さんは笑う。
 ごめん。
変更の手続きでは嫌味も言われるだろうから、南園さんには申し訳なかったが、『バルトガンショット』で良い成績を収められないなら練習の意味もないし、周りから1種目に絞れという話は前からあったし。

 宮城先輩とは、練習予約日にまた横浜国際陸上競技場の前で会うことにして競技場で別れた。先輩が今お世話になってる家と、寮は反対方向だったから。
こういうときスマホがあると便利だよなー、と思う。直前に何かあっても互いに連絡できるし。


ところで、宮城先輩の嘆願書の件は、今どうなっているんだろう。
俺は寮に戻ってサトルの部屋のドアを叩いた。
 応答がない。まだ色々動いているんだろうか。
 宮城先輩の話に寄れば、宮城父も魔法部隊出身なので沢渡元会長の魔法をもってしても真実を話してくれないだろうという。
 

どのように進めれば、学校に対して真実を明らかにできるのだろうという焦りが俺の胸の内に湧いてくる。
亜里沙も明も魔法部隊にいるくせに、てんで手伝おうともしない。
腹が立つのは俺の方だ。

GPS-GPF編  第6章

宮城先輩の嘆願書の件でサトルの部屋を訪れた俺だったが、サトルは部屋にいる気配がない。サトルと会うのはやめて、今度は逍遥(しょうよう)の部屋をノックしてみる。
ちょうどどこかでの練習が終わったようで、逍遥は部屋に戻っていた。
逍遥の返事を聞く前に部屋の中にはいる。相変わらず綺麗な部屋だ。
俺は少し浮足立っていたのか、ペラペラと宮城先輩と逢ったことを話した。
「それは偶然だね、よかったじゃない」
「ああ、お蔭様でエントリー1本に絞れたよ」
「ところで、魔法部隊の人なんだって?宮城先輩の父親」
「そう言ってた」
「こりゃ難しそうだ」
「何が?」
「魔法部隊は訓練されているんだ。自分たちにとって都合の悪い事実を絶対話さないように。その論理で行けば、沢渡元会長の魔法は効かないと思う」

 そういえば、宮城先輩も同じようなことを言っていた。
「どうにかならないかな。先輩が主体でなかったことを証明するには、宮城父の証言が不可欠だと思うんだけど」
 逍遥は飄々としながらたまに怖いことをいう。
「あとは、脅しだね」
「脅し?」
「飛び降りの前に「海音(かいと)、この悪魔!」って叫んだらしいから、聖人(まさと)海音(かいと)を見間違えたんじゃないか。海音(かいと)を自殺教唆で警察に上げると爆弾投げ込んで、父親を揺さぶるしかないだろう。まだ時効にはなってないだろ?」
「なるほど、そう言う手があるか。時効って何年だ?」
「話し合いに応じない場合はね。君はリアル世界で何勉強したんだよ」
「刑法とか勉強するのは大学に入ってからじゃない?中学では勉強しないから」
「公訴時効は5年。自殺教唆(きょうさ)誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)とは違うから、かなりハードル高いんだけどね、実は」
「でも間に合うだろ、まだ母親が亡くなって3年にも満たない」
「起訴まで持ってくのに5年だからますますハードルは高くなるよ。弁護士って雇ってるの?」
「サトルに聞いてないからわかんない。サトル、まだ帰ってないし」

 あの情報屋のサトルでさえ収集できる情報が少ないということか。
 別に実父の話を聞かずとも、誰か事情が分かる人がいないものだろうか。先輩がお世話になっている家の伯父さんはどうなんだろう。
でも、根掘り葉掘り聞かれたら宮城先輩を(うと)ましく思ってしまわないか、それも気になる。

 俺たちはサトルを中心とし、全校生徒から集めた嘆願書を学校側に提出した。
しかし、学校側から退学の取り消しは行わないという結論が出て、俺たちをがっかりさせた。
 やはり、それなりの証拠がないと学校では宮城聖人(まさと)への処分を取り消さないということが身に染みて理解できた。
亜里沙の言うとおり。

そこで、沢渡元会長のゲキが飛ぶ。
 宮城先輩の退学取り消しを求める運動を束ねる生徒会としては、退学そのものはやむを得ない事として受け止める一方で、何らかの証拠を集め学校側に提出し、2年に編入させる案、あるいは特例で新規に宮城先輩を受け入れる案に方向転換した。

 そのためには、証拠がいる。
 誰が見ても聞いても納得するような。

 しばらくサトルは授業終了後すぐに教室を出てしまい、話すこともできなかった。
 何をしているのかは、正直俺には見当もつかない。

 9月に入ってから初めての休日の午後、寮の自分の部屋で、居ても経っても居られなくなった俺は離話でサトルに話しかけた。なぜかちゃっかり逍遥(しょうよう)も隣にいる。
すると、返事は来なかったが、サトルがいる部屋が俺の脳裏にやけにリアルに映し出された。

どこかの部屋で、サトルの隣には年配の男性。制服らしきものを着用している。
向かい側には、宮城先輩に良く似たこれまた年配の男性が座っている。
客間か?床の間のある畳の部屋だ。
宮城先輩に良く似た年配の男性はたぶん、宮城父だろう。サトルと一緒の相手は、制服にバッジが並んでいる。警察やそういった職業。
宮城父は時折、大量の汗をタオルで拭きながら何か話しているが、サトルたちの顔を見ようとはしない。サトルはここでレコーダーのスイッチを押した。
反対に制服姿の年配男性は、宮城父の目をしっかり見て何かを質問しているように見えた。
サトルは基本的に会話には混じらず、何か聞かれたことだけに反応している。

すると、突然宮城海音(かいと)が部屋に入ってきた。
父親の隣に座った海音(かいと)。なんだか全身小刻みに震えているようにも見える。しばらくは誰も何も話していないようにみえたが、ちょっと様子が変だ。
海音(かいと)もハンカチでしょっちゅう汗をぬぐっている。
相対した男性は手を翳し魔法で海音(かいと)に手を翳し始めた。
海音(かいと)は初めのうちもがいていたが、途中から目は虚ろになり姿勢もだらりとなって、何かを話し始めた。

サトルが先程とは別の2台のレコーダーのスイッチを入れている。
そのうち、宮城父が途中で海音(かいと)の肩を掴み、今にも殴ろうとしているのが見えた。
それに対し制服姿の男性は左手を宮城父に翳した。
宮城父は動きを制限され、殴り掛かるのを止め、大人しく座った。

海音(かいと)はしばらく何か話していたが、急に海音(かいと)の目が覚醒したように見えた。
海音(かいと)が何か猛抗議している。

その時だった。
警察官と思われる制服の若い男性が2名、部屋に入ってきた。驚く宮城親子。
警察は宮城父には目もくれず、1人が海音(かいと)を立たせ、もう1人が海音(かいと)の腕を引っ張り手錠をかけた。
 海音(かいと)は部屋から姿を消し、宮城父はがっくりとうなだれた・・・。

 サトルはもう一人の訪問者と一緒に席を立ち、丁寧に挨拶し部屋を出た。

 ここで映像は途切れた。


「今の、君も見たかい」
 逍遥(しょうよう)はフフンと笑って俺の顔を見る。
「たぶん、僕たちは同じ光景を見ていたね」
 こういう会話にいちいち驚いていられない。逍遥(しょうよう)は何をするかわからない人間だから。
「そうか。サトルが一緒にいた男性って、誰?」
「魔法部隊の大将だよ」
「え!サトルってそんな人と知り合いだったの?」
 逍遥はニヤッと笑って俺を見る。
「どうかな。僕も正直今のには驚いた」
「そういえばサトルも自分のこととか話さないな」
 俺はサトルの秘密主義に今気付いた。
「人それぞれ、何かしらあるんだな」

 って、逍遥(しょうよう)。君はなんであの男性が魔法部隊の、それも大将だと知っている。
 逍遥(しょうよう)も相変わらず変な奴だ。

 
 翌日の朝。
 俺は宮城家のことが何となく気になっていたので、やはりというかなんというか。
 要は早起きしたってことなんだが・・・。

 起きたのは午前5時。
こんな朝早くからサトルを起こすわけにもいかないし、特段やることもない。それならばと、寮の周囲を歩くことにした。
季節が変わりゆくと同時に、街の景色も変わる。暑い暑い季節は少しずつ鳴りを潜め、真夏の入道雲は段々秋のうろこ雲に変化していく。
なのに珍しくセミが鳴いていた。
こちらに来てから今まで一度も聞いたことが無かったのに。
もしかして、余りに暑くて避難でもしていたのかもしれない。
何?仙台は田舎だから聞こえるだって?
確かに緑は多いと言われる、杜の都という名の由来だ。
あー、俺の話はいつも脱線する。
杜の都の話をしたいんじゃない。

授業後、サトルに会って昨日の一部始終を聞かなくちゃ。
GPS組と(俺と逍遥(しょうよう)だけ。だけど逍遥(しょうよう)とも別調整)非エントリー組は授業内容が全く違うから会う機会がほとんどない。
でも逍遥(しょうよう)に次ぐ魔法力を持ったサトルにとっては、授業の宿題でさえも簡単らしい。
 だから時間に余裕ができて、宮城親子のことにも首を突っ込めるんだが・・・。

 昨日何があったのかを、俺はサトルから詳細に聞きたい!!
 授業後、魔法科の教室前をうろうろしていると、久しぶりにサトルの姿が見えた。
 何日ぶりだろう、直接話すのは。
「サトル!サトル!」
 離話だと思ったのか、一生懸命に目を閉じる。
「違うよ、サトル。目の前見て」
 サトルはようやく目を開けて俺を認識した。
「あービックリした。軍隊の人かと・・・。久しぶりだね、海斗」
「昨日は何があったんだ?」
「おや、よく御存じで」
「ごめん、離話しようとしたらさ、話しは聞えなかったけど宮城家の様子が見えたんだ。てかさ、サトル、喋り方が逍遥(しょうよう)に似て来てない?“よく御存じで”なんてまんま逍遥(しょうよう)みたいだ」
「そんなことないよ、近頃色々な人に会うから、いつもの喋り方じゃあまりに情けないじゃない。だから少し畏まってみただけ」
「で、宮城父は何を話したんだ?結局、海音(かいと)は逮捕されたんだろ?」

 サトルは一瞬考え込んだ様子を見せたが、俺の目が余りにキラキラしていたからだろう。ひっそりと声も低めに誰もいない場所を探してそこに入り、これまでの進捗状況を教えてくれた。
「海斗が透視した時、逍遥(しょうよう)も一緒にいたの?」
「うん、君の隣にいたのが魔法部隊の大将だ、って言ってた」
「逍遥の目はごまかせないね、お見込みのとおり、魔法部隊の人間だよ」
「知り合いなの?」
「知り合いというか・・・」
 サトルの口は重い。
 何か公にしたくないことでもあるのかと推し量った俺は、バツが悪くて頭を掻いた。
「ごめん」
「いや、いいんだ。あの人はね、生き別れた僕の父なんだ」
「お父さん?」
「うん。父と母は結婚後そりが合わなくて離婚して、僕は母方の姓を名乗ってる。父とは1年に1回会うかどうかくらい」
「そうか。ごめんな、そんなことまで聞いて」
「僕の方から連絡したのは初めてだったから喜ばれたよ。でも中身が魔法絡みのことで、少しがっかりしてたようだけど」
「お父さんなら、どんな理由でも逢いたがってると思うよ」

 そこで俺は、自分の父を思いだした。
 父さんがもし遠くにいるとしたら、俺に逢いたいと思ってくれのだろうか。
 何気ない会話だけで満足してくれるのだろうか。
 俺にはわからなかった。
見当のつけようがなかった。


 サトルが俺を突いている。
「で、これが昨日の戦利品」
 そういって、手のひらに載せた3台のレコーダーを俺の前に出した。
「宮城父との会話、これでなぜ宮城聖人(まさと)を奴隷にしたか、勘当したか語ってる。もう2台は宮城海音(かいと)との会話。僕の父は強力な魔法を使用することができてね。宮城海音(かいと)が母親を自殺に追い込んだ経緯が語られたよ」
 興味があるといったら語弊があるが、俺はこの事件の全容が知りたかった。
「どうして宮城父は聖人(まさと)を遠ざけたんだ?」

 サトルは黙って1台のレコーダーを再生した。

 驚くべき事実と言って差し支えないと思う。
 なんと、宮城父は、長男である聖人(まさと)が自分を超すことを非常に危惧しており、馬鹿な弟の海音(かいと)を可愛がっていた。海音(かいと)の媚びへつらいも十分に可愛がる要素としてあったのだろうが。
 もちろん、不仲の妻や再婚した妻が可愛がった息子、という側面も聖人を遠ざけた一因ではあったらしい。
魔法部隊大佐に昇格した聖人(まさと)が、自分を追い越すとの強迫観念に捉われた父は、義母の自殺の事実を知りながらその事実を隠し、罪を聖人(まさと)になすり付け弟の奴隷になる様聖人(まさと)を陥れた。
 海音(かいと)が魔法部隊に密告するとは考えていなかったようだが、それはそれで構わなかったのだろう。実年齢に逆行して高校生に戻らせ屈辱を味わうよう画策し海音(かいと)が魔法科から魔法技術科の兄を見下す構図を指示したものと考えられた。

 聖人(まさと)勘当した理由は、海音(かいと)が紅薔薇を退学した現在、使い物にならなくなったからと、ひと言だけ証言した。
 実の息子に対し、使い物ならないなどどいうあからさまな言い方に、俺は怒りを隠しきれなかった。
 俺はレコーダーを持つ手が怒りに震えると同時に、宮城先輩の哀しみを思うと胸がつぶれそうになった。


 次にもう1台のレコーダーを再生するサトル。
 こちらは、宮城海音(かいと)に証言させた音声だった。
 魔法で口を開かせたものだったが、学校に提出するには充分な内容。

 ここにひとつの事実があった。
宮城海音(かいと)の実母は、不倫していた。これも驚いたことに、相手は紅薔薇の教師だった。
 海音(かいと)は実母の不倫の事実を知り、義父に話すと実母を脅した。当初は金が目当てだったとみえる。
 実母は海音(かいと)の要求を断った。というより、その事実を否定した。
すると海音(かいと)、探偵事務所を使って不倫の証拠を集め、実母に見せた。そして、実母が自殺すれば誰にも何も話さない、不倫相手も不幸にならないから自殺したほうが皆のためになる、と繰り返し実母に自殺を迫り、実母は不倫相手のことを心配するあまり自殺を選択した。
だから自殺の瞬間、海音(かいと)の実母は「海音(かいと)、この悪魔」と叫んだとみられる。
探偵事務所への支払いは、宮城父に嘘をついて何十万とせしめていた金の中から支払ったようだ。

 これなら自殺教唆になるのでは?それとも誹謗中傷にあたるだろうか?
少なくとも俺には、自殺することを勧め、そそのかしてその気にさせたかのように見える。

 そうか、宮城父が海音(かいと)を殴ろうとしたのはこの場面か。宮城父は再婚した妻の不倫を知らなかったのだろう。
 ある意味、海音(かいと)は実母との約束は守ったわけだ。
 相手の教師だが、今の1年が入学してすぐに一身上の都合で辞めたとサトルが言ってた。
 宮城海音(かいと)が教師に真実をぶちまけ強請(ゆす)った可能性は大いにある。
 サトルが元教師のその後の足取りを調べようとしたが、居場所は突き止められなかったという。

 魔法で事実を語っていた宮城海音(かいと)は途中で覚醒したようで、今のは幻覚魔法で、一切の効力は無いと大騒ぎした。ここが俺たちが見た猛抗議の場面だ。

 そこでサトルは、外に待機させていた警官に海音(かいと)を引き渡した。
実の母親に対する自殺教唆(きょうさ)の罪で。
 これが起訴されるかどうかは未知数だ。宮城海音(かいと)は自分の罪を認めようとはしないだろう。だが、相手の教師は警察が探せばすぐに見つかるし、宮城先輩が聞いた最期の言葉もある。
 願わくば、海音(かいと)の本当の姿に警察や検察が気付いて、自殺教唆(きょうさ)事件として立件して欲しい。
 
サトルは授業の合間をぬって生徒会とのパイプ役を果たし学校側への提出書類ともう一度、嘆願書の再度の提出も準備していた。
 自分で考え正しく行動し、その推察力や行動力、決して傲慢にならない礼儀正しい態度のサトルは生徒会や魔法科内でも一定の理解、評価を集め、過去のことは過去、という風潮が高まっているのを俺も逍遥(しょうよう)も肌で感じている。

 サトルは完全に独り立ちした。

 そして生徒会に出入りするうちに、先輩方や、特に譲司とも仲良くなったサトル。真面目な者同士、ウマが合ったんだろう。
 俺や逍遥(しょうよう)がいなくても、譲司が忙しくても、サトルは1人で頑張れる力を身に着けたように見えた。
 

◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇

 いよいよ沢渡元会長率いる生徒会が主体となって、宮城先輩の嘆願書を学校に再提出する日がきた。
 サトルが用意した経緯書もある。あの音声データも証拠として出す。

 嘆願書の発起人(ほっきにん)代表は俺だが、宮城先輩の退学取り消しあるいは2年への編入運動は沢渡元会長が中心となり学校側へ赴いた。
 無論、はいそうですかと学校側が動くわけもない。
1か月前に強制退学させたのだから、退学を取り消してしまったのでは学校側の責任も問われることになりかねない。
 国分事件の時以来だ、俺が知る限りの退学の取り消しなんて。
 でもあの時、国分くんは100%罪が無かった。だから今回は取り消してもらえないのだ。
 今回は、事情があるといえ、ある程度の罪を犯している。そう言われては元も子もない。

 宮城先輩が起こした事件は事件として、そこには闇のストーリーがあったこと、宮城先輩の魔法力は卓越しており、全生徒を見回してもそこに辿り着ける生徒がいないことなどを前面に押し出し、学校側と協議を重ねた。
 なぜ沢渡元会長が中心となったかと言えば、沢渡生徒会の時代が教師の助言すら必要としなかった黄金時代だからだ。
 今でも沢渡元会長の学校側への権限は絶大なものがある。

 しかし、学校側では生徒たちに対して負い目があった。宮城先輩の義母が当該校の教師と密会を重ねていたという、公にはできない、隠匿したい事実。
 その音声データが公の場に出るのは困る、と学校側はかなり譲歩してきた。
退学取り消しと2年への編入は無理だが、数少ない古典魔法使用者の一人であることから、学科及び実技試験を受け直し1年として10月入学させるという付帯事項を付けて容認するというものだった。

 具体的に学校側から提示されたスケジュールは、9月中旬に学科と実技試験を受けて、9月下旬に臨時の職員会議及び職員理事会を開き、その上で、10月からの入学を認める、という非常にタイトなスケジュール案。
試験の内容は、薔薇大学に行く生徒が受ける模試。

 ちょとまてーい。
 そんなん、3年でも解けないやつおるわ!

 だが、宮城先輩はその知らせを大いに喜び、退学取り消しでもなく、2年への編入でもなく、試験を受けて10月に入学する道を選んだ。
自分がやり残したことを、3年かけて学んでいきたい、と。
 やり残したことが何なのか、それは教えてくれなかったけど、もしかしたら余りにも高等魔法の使い手であるが故に高校生活すらしないまま魔法部隊に入隊したのかもしれない。
 高校を一度卒業したとも言ってなかったし。
 だとすれば、これからの3年間、俺のクラスメイトとして在籍してくれるならば、俺はまた色々なことを吸収できる。
 宮城先輩本人の気持ちは分からないが、俺としては有難いことだ。


 その後サトルの元に警察から、自殺教唆(きょうさ)事件として立件、起訴するつもりだという連絡があったらしい。
 サトルとしては書面で何か欲しかったが、取り調べ中なので何も渡せないという返事があり、諦めたという。

 スケジュール通りの9月中旬。宮城先輩は勉強する時間もないまま学科と実技試験を受験したが、結果はどちらも満点。9月下旬の臨時職員会議及び職員理事会では、(どよ)めきが起こったという噂もある。
かくして学校側は、10月からの特例入学を認めた。
 
 しかし、もうひとつ、宮城先輩の復帰に対し条件が加えられた。
 今年度行われるこれからの大会=(GPSと世界選手権新人戦)には出場を認めない、というものだった。
 沢渡元会長は自ら職員室まで出向き理由を問いただしたが、俺たちの納得いく返事は得られなかったらしい。
 俺は図らずも『デュークアーチェリー』の練習状況を報告するため生徒会に顔をだしていたんだが、沢渡元会長があんなに激高しているのは珍しい。見たことがないかもしれない。
 亜里沙も(とおる)も、偶然だろうが生徒会室に顔を出していた。
 冷たい亜里沙の言葉に、今度は俺が激高しかけた。
「宮城兄は学校に戻れただけでも御の字だと思わない?」
「しかし山桜さん、GPSは分ります、時間もないですし。でも世界選手権までは時間があるんですよ?」
「うーん。どっかで重石がかかちゃったのね。でも1ケ月前まで魔法技術科の2年にいた子が魔法科1年で出場したらかなりのアドバンテージだと思うんだけど」
「それはそうですが、宮城は選手として出場していません」
「父親や海音(かいと)から報復があるかもしれないし」
「宮城海音(かいと)は今留置場の中で、これから起訴されるようですから問題はないかと。ま、あいつは魔法力も高くないので相手にもならないでしょう」
「問題は父親よ。魔法部隊は退役したとして、その魔法力についてはほぼほぼ現役時代と同等だっていうじゃない。なのに自分を超える息子に恐怖抱いたんでしょ。じゃ、これから各大会で優勝する息子はそれこそ畏怖(いふ)の対象にもなり得るわけだ」

 俺は静かに生徒会室から出ようと、ドア目掛け後ろ向きに歩いていた。
「ところで海斗(かいと)
 地を響き渡るような亜里沙の声。
 俺はこのまま逃げたい。
「はい、なんでしょう」
「丁寧語はいらない。あんた、結局どうしたの」
「どうしたと申しますと」
「GPSの競技選んだの?」
「はい、『デュークアーチェリー』にしました」
「あんたのその喋り方、腹立つ」

 俺もちょうど丁寧語に疲れていたところだ。亜里沙に対して敬語は無理。
「宮城先輩に教えてもらいながらやってるから、だいぶ命中率上がってきたよ」
「『バルトガンショット』は?あんたに合ってるような気がしたんだけど」
「タイミングが掴めないから命中率が上がらないって。徐々にタイミング掴んだ方がいいだろう、ってさ」
「あー、3月までにってことね、了解」
「でも考えてみれば3月の新人戦、俺エントリーされない可能性大きいし」
「今回の出来次第じゃない?」

まーったく。亜里沙は俺を褒めない。仕方ないけど。褒められないのも腹立つ。
「失礼しました」
 そのまま何も言わず魔法科の教室に行く。
今日は練習も休みだ。

なんか暇だけど、何もすること無いし。
早々に寮に帰ることに決めた。


寮に帰ると、サトルが食事を摂っていた。
「久しぶりだなあ、サトル」
「海斗、そうだね、あれ以来僕、寮空けてること多かったから」
 あれ、とは、嘆願書の取り(まと)めのことだ。
「でも無事に何とかなったな、サトルのお蔭だ、ありがとう」
「そんな、みんなが署名してくれたからだよ」
「君が宮城家に行かなかったら学校に提出する証拠が無かっただろ」
 サトルは恥ずかしがって下を向いた。
「ね、相談があるんだけど」
「なんだー?」
「さっき光里(みさと)会長が寮に来て、“生徒会の書記やらないか”って」

 俺は瞬間、飛び上がったらしい。サトルは周囲に人がいるので口に指をあてて騒がないよう俺に促した。
「海斗、お願いだからそんなに騒がないで」
「いやあ、すごい。良いことだ。是非受けるべきだ」
「でも、入学して間もない頃にあんなことしちゃったから・・・」
 
 サトルの言うのは「ドリンク事件」
 優秀と思われる生徒に薬物入りのドリンクを渡した事件だ。結局被害者はなく、サトルは早々に配るのを止めた。
 それが噂となり沢渡元会長に嫌われ、全日本ではサブとしてエントリーされたにも関わらず試合にでることすらできなかった。

でもね?
今はそんなことしてないし、アンフェタミンのようなスゲー薬物でもなかったし。渡してたのも風邪薬とかの簡単な薬剤だったと聞いている。軽い薬だからいいということではないけど。
俺や逍遥と仲良くなってからは、俺たちが常に目を光らせて、厚意であっても他人にドリンクを渡さないように見張っている。
薔薇6でデビューしてからは、自分に対する自信も取り戻したようで、帰郷以降、他人にドリンクを準備することすら無くなった。

もう、大丈夫だよ。
光里(みさと)会長が来たってことは、生徒会内では認められたってこと。
サトルが今回どれだけ身を粉にして働いたかは、周りで見てたみんなが知ってる。
嘆願書だって、270名からの生徒ひとりひとりの意向を聞くために最終的には1人で回って歩いたんだろう?
ああいうのはノリで書いちゃう人もいるから、全クラスを回って本当の意向を聞きながらお願いしたんだろう?

そんなサトルを皆が見てるよ。地道で日の当たらない部分でもしっかりと実務熟してる、それは皆が見てるよ。
だから、胸を張って生きて欲しい。
サトルにはそうする権利があるんだから。


 3日後の授業終了後、臨時の生徒総会が開かれた。
 講堂に集まった生徒たちに、生徒会の新しい書記が紹介された。

 もちろん、ドリンク事件を知っててサトルを「媚びへつらい」扱いするやつもいた。
 でもそれ以上に、温かい拍手がサトルを包んだ。
 
 サトルは下を向かず、前を向いて口をきゅっと結んでいた。
 そう、下を向くのはもうお終い。
 これからは前を向いて、君の青春を謳歌(おうか)して欲しい。

GPS-GPF編  第7章

9月30日。
 誰かが寮で引越していた。
 といっても、スーツケースがひとつだけ。
 ガラガラと音を立て、寮の廊下を歩いてる。
 その後ろ姿には、やけに見覚えがあった。

「宮城先輩!」
 そう、それは宮城聖人(まさと)先輩だった。
「こちらの寮に引っ越して来られたんですね」
「おう、1年坊主。って、これから俺も1年坊主の仲間入りだ」
 そう言って笑う先輩は前に逢った時よりもまた髪が伸びていた。
 少し栗色がかったサラサラのストレートヘア。俺の真っ黒で硬くて太くてクセがつきやすい髪とは対照的だ。
 先輩の目の色も、心なしか茶系に見えた。

 先輩は、今も勘当されたままなので奨学金を使って寮に引っ越してきたのだという。偶然にも、部屋は俺の隣だった。
 宮城父のところにはもう戻らない、そういってまた笑った。
 廊下の前で話していたのだが、急にキョロキョロとし始めた。
「あいつらは?」
「あいつら?」
「ほら、俺のために嘆願書準備してくれたやつと、逍遥(しょうよう)。2人ともこの寮なんだろ?」
「はい、サトルは生徒会の書記に任命されたので仕事が忙しいみたいです。逍遥(しょうよう)は練習なんだろうけど、帰ってくる日と来ない日があるんです」
「あのさ」
「はい?」
「もう敬語は止めようや。俺のことは聖人(まさと)でいいよ」
「いやー、同じ1年とは思うんですけど、なかなか直んなくて」
「あの2人にはタメ口聞くのお前だけなのにな」
「2人?」
「山桜と長谷部だよ。あいつらに誰もタメ口なんて聞かないのに、もう周りはハラハラよ」
「そうなんですか、そっちも直そうとは思ってるんですけど・・・」
「お前さんらしくていいんじゃねーの」
海斗(かいと)でいいですよ、俺のことは。呼びたくなかったら“お前”でかまいませんから」
「そういえばお前も“カイト” だったな」
「俺、なんとなく聖人(まさと)さんが怪しいって思った時ありました」
「そうか」
「弟さんの話したときです。奇遇だな、って」
「そんなこといったっけ」
「はい、俺の名前は講堂で呼ばれたり、全日本や薔薇6でも何回か自己紹介してわかってたはずなのに、初めて聞いたような素振りだったから。ほんと、なんとなくですけど」
「どっかで出るんだな、そういうの」
 と、俺はいつまでもスーツケースを聖人(まさと)さんに持たせていることに気がついてしまった。

「荷物を部屋に入れて、俺の部屋に来ませんか」
「おう、寮は全部揃ってるから制服とジャージあれば生きてけるもんな、便利だよ」
「俺なんて、ここきて2日目にバールで扉壊されそうになりましたよ」
「なんでまた」
「不登校しようとして」
 聖人(まさと)さんは大きな声で笑い転げる。そうだ、この人は薔薇6の幽霊騒動の時も笑い転げてた。
 本当はこんな風に明るいキャラなのに、宮城家で過ごしたばかりに笑うことを忘れていた時があったはずだ。
 俺は、聖人(まさと)さんに比べて何を甘ったれていたんだろう。

「そういうの、無しな」
 ドキッとした。
 聖人(まさと)さんは、俺の心を読んでる。
「人と比べるとか、それって時に相手に失礼なこともあるから」
「すみません」
「いや、こっちこそ言い過ぎだな。でもな、比べるってさ、自己満足のときが往々にしてあるんだよ」

 俺はまたドキッとした。
 実際、俺は比べていた。
 比べて、自分はマシだと思ってた。
 こういうのって、自己満足で、相手に失礼だったりするんだ。
 俺はこういう心理を初めて知った。

「そうか、お前も色々あってこっちにいるんだな」
「俺の昔のことも分かるんですか?それも魔法?」
「過去に遡るとかは魔法で行ける。他の方法として、読心術をプラスすれば過去の事もある程度までは推測できる。でも、俺が今やったのは読心術だけ。山桜と長谷部とかは過去に遡る魔法が得意なんだ」
「そうなんだ」
「お、逍遥(しょうよう)が帰ってきたようだぞ」
「え?わかんの?」
「あいつのオーラは人一倍強いからな。どれ、引っ越しの挨拶に行こう、お前も来いよ」
 2人で俺の部屋を出て、逍遥(しょうよう)の部屋に行く前に、玄関に行く。
 廊下のつきあたりからそっと見ると、逍遥(しょうよう)がシューズクローゼットに自分の靴を仕舞うところだった。
 聖人(まさと)さんは大股で逍遥に近づいていく。
「おう、逍遥(しょうよう)
「あれ、聖人(まさと)。こっちに越してきたのか」
「運命感じねーか」
「感じない。で、なんで海斗(かいと)は向こうに隠れてるわけ」
「さあ。お前いじめてんじゃねーの」
聖人(まさと)に言われたくないなあ」
 言いたい放題の割には、2人肩を抱き合って再会を喜んでいる。

 ああ、逍遥(しょうよう)は魔法部隊時代の聖人(まさと)さんを知っていると言ってた。
 聖人(まさと)さんは今いくつだか知らないけど、魔法部隊大佐の地位にあったというから、相当のエリートだったんだろう。
 宮城海音(かいと)のせいで魔法部隊も解雇されたという。
 もう、これから魔法部隊で働くことは叶わないのだろうか。宮城海音(かいと)が起訴されれば、問題なく戻れるのでは?
 でも、そう出入り自由なクラブ活動でもないんだから、勝手に出たり入ったりできるもんじゃないか。
 
 魔法部隊って、どんなところなんだろう。
 軍の配下なんだろうけど、訓練とか厳しいのかな。
 俺にはもう戻る家もないし、高校卒業したら魔法部隊にでも入ろうかな。
 もちろん、魔法部隊に受け入れてもらえればの話だけど。

海斗(かいと)海斗(かいと)
 逍遥(しょうよう)の呼ぶ声すら遠くに響き、俺は魔法部隊とやらの日々を夢想していた。
海斗(かいと)っ!」
「いでっ!」
 逍遥(しょうよう)の拳骨が頭頂部に当たった。
「いでえよ」

 相変わらず、逍遥(しょうよう)の言い訳は凄い。
「言い訳じゃないだろ、今のは。君が夢想しててこっちに気付かないから」
「やっぱり逍遥(しょうよう)、君読心術だろ、俺がぼーっとしてるのは分るとしても、その中身まで知るわけない」
「簡単だよ、聞こえないのは何かを考えているから。で、何を考えているかといえば、今、君の前にいるこいつの前職は何だ?魔法部隊だろ。そうなれば君が魔法部隊に入った時のことを夢想してると簡単に話が繋がるじゃないか」
 聖人(まさと)さんは呆れてモノも言えないとばかりに、逍遥(しょうよう)の隣に立っている。
「お前なあ、こいつ呼ばわりすんなよ。俺の方が一応先輩だっただろ」
「あ、ごめん」
 聖人(まさと)さんはくすくすと笑いながら食堂のある方を指さした。
逍遥(しょうよう)も相変わらずなんだな。どれ、食堂行って飯でも食おうぜ」

 俺たちは逍遥(しょうよう)が制服からジャージに着替えるのを待って、1階の食堂に入った。
 好奇の目を寄せる者あり、嬉しそうに笑う者ありと食堂内は一種の|喧噪(けんそう)に包まれた。
聖人(まさと)さん、気にならないんですか」
「別にー。こんなの気にしてたら魔法部隊には居られないからね」
「どうして?」
「昇進昇格で周りの目が変わるんだよ、こんなもんじゃない。あからさまに睨まれたり、足踏まれたり」
「えっ!」
「男の嫉妬は怖いぜ。俺とお前は、嫉妬の渦に巻き込まれたんだよ」
「ああ、決戦の時も凄かったし」
「だろうな、あいつなら。でもあいつとお前とじゃ比べもんにならねえだろ」
「ええ、まあ」
 隣では逍遥(しょうよう)が“ええ、まあじゃないだろ!”と叫んでいる。
 その手を遮り、温厚に振舞う俺。
でも俺は気の利いた言葉が何一つとして思い浮かばなかった。
「哀しい出来事でした」
「でも、もう関係ないから。ほっとしたよ、勘当されて」
 
 逍遥(しょうよう)は・・・鬼だ。
「血の繋がりが無いのが唯一の救い。あ、父親とは繋がりあるか」
逍遥(しょうよう)!失礼じゃないか、先輩に向かって」
聖人(まさと)は先輩じゃなくってクラスメイト、でしょ」
「そうそう。手始めに、お前たちのGPSの練習手伝いが俺の授業なんだ。明日は海斗(かいと)が横浜国際陸上競技場で練習するだろ、明後日は逍遥(しょうよう)のを見るわ」
「さすがに授業での基礎魔法はやらないですよね」
「うーん。ダーツはたまにやっとかないと姿勢とか崩れるから、やるよ。飛行魔法も、道路の上飛んでたら警察に追いかけられるから授業でやることにしたし」
 逍遥(しょうよう)がまたふてぶてしく口を出す。
聖人(まさと)の場合、授業受けなくても特待生扱いで卒業できるんじゃない?授業出るより、出場する大会の練習だけしとけ、みたいな」
 聖人(まさと)さんはふーっと大きく息を吐く。
 ほら、逍遥(しょうよう)。なんかいい気持しないじゃないか、そんなこと言ったら。
「どうかなあ。ホントは基礎魔法の授業出たいんだよね。俺さ、高校通ったこと無いから」
 俺、八朔(ほずみ)海斗(かいと)は、ちょっとどころではなく驚いた。
「そうなんですか?」
「うん。中学終わるころだったかな、まだ高校入試してない時期、父と一緒に魔法部隊見学に行って、そのまま放り込まれたんだ。お蔭で卒業式さえ出られなかった。だから同年代の友人いないんだよ」
 なんという鍛練。
 それからずっと友人も作らず、孤独に耐えてきたんだろう。
 俺の目標とする人がまた一人、増えた。
 逍遥(しょうよう)、そして聖人(まさと)さん。聖人(まさと)で良いって言われるけど、なかなか呼べない。呼び捨てにできる機会がほしい。
「徐々にでいいよ。これだってタイミングなんだから。『バルトガンショット』と同じだよ」
 心を読まれるって、結構大変。変なこと考えられない。
 また俺の心が伝わってる。聖人(まさと)さんはお茶目な表情で俺をからかった。
「“しずる”っていうんだろう?からかうのこと」
「え?」
「仙台方言って聞いたぜ」
「知らなかった」
「お。そうか?あとは、ゴミ捨てることを“ゴミ投げる”とかさ」
「あ、それは両親がいつも使ってた」
「標準家庭じゃないか」
「そうかなあ。俺的には、自分の思い通りになる人形が欲しいだけの両親でしたよ」
「今にわかるって」

 親の話になってマズイと感じた俺は、どうにかして話題を変えたいのだが、効果的なフレーズが出てこない。
 何を話題にすればいいんだーーーーっ。

「『デュークアーチェリー』と『エリミネイトオーラ』じゃないか。こういう時は出場種目を話題にするに限る」
 逍遥(しょうよう)・・・有難くて涙が出てくるよ、俺は。

「『デュークアーチェリー』、こないだは俺20分で30枚でしたけど一流どころなら何枚くらい命中するんですか」
「50枚」
「えっ、そんなに?」
「それは超一流の選手で、10年に一度出るか出ないかくらいだ。いつもの年なら、40枚行けば楽にGPFに進める。な、逍遥」
「そうだね、35枚から40枚がリミットかな」
 俺は急に不安になった。この前だって30枚しか撃ててない。
「どうしよう、俺30枚しか・・・」
 逍遥(しょうよう)が俺の背中を思いっきり叩く。
「だから明日行って練習するのさ。明日の練習で35枚から40枚の間にすればいいんだから」
「そうだな。姿勢の話はしたよな、肩が下がってることも指摘した。あとは・・・手の向きと足の幅くらいかな」
「もうアメリカ大会まで1週間もないのに・・・」
「大丈夫。実践は明日で終わるけど、紅薔薇での授業中に全部姿勢とか矯正(きょうせい)するから。焦るんじゃねえぞ、海斗(かいと)
「はい・・・」
「ところで『エリミネイトオーラ』の出来はどうなんだ、逍遥(しょうよう)
聖人(まさと)~、聞いてくれよ、すっごく調子いいの」
「何ポイント入りそうなの」
「10から8は堅いね」
「じゃあ、俺が見なくても大丈夫か」
「折角だから僕のも見てよ」
「そうだな、マルチミラーなくても後ろからの攻撃防いでるか?」
「それは・・・」
「お前後ろだけはほんとに弱いもんな。全日本や薔薇6は後ろからの攻撃たってマルチミラーで防げるからさ。ホントの強さは『エリミネイトオーラ』みたいな競技でこそ発揮されると俺は常々考えてるんだけどね」
「自信はあるよ」
逍遥(しょうよう)。お前さんの場合、その自信が命取りになるかもしれない」
「そうかなあ」

 逍遥(しょうよう)聖人(まさと)さんの掛け合いも面白いんだけど、俺は時間がないことでちょっと自信を失くしかけていた。本当に大丈夫だろうか。
 大会に出るのは20人以上だと聞くけど、上位6名までがポイントを稼ぎGPFまで行く聞いた。
 うーん、練習始める前は出たくないとかほざいたけど、ここまでくれば上位6番目でもいいから俺もGPFに駒を進めたい。
「あらら、自信を失くすにはまだ早いぞ。まずは明日、横浜国際陸上競技場に行ってもう一度色々試してみればいいんだからそんなに心配すんなって。そう、行きたいと願うメンタルが勝負を分けるときだってあるんだから」

 メンタルか。
 俺の場合は、俺自身メンタルが強いというより、周囲に助けてくれる人がたくさんいて、その人たちを信じて突き進んでる感じがする。
 薔薇6のマジックガンショットが良い例だった。
 全日本よりも段々タイムが良くなって、アクシデントが無ければ10分を切ったかもしれない。

 とにかく、今度も聖人(まさと)さんを信じて前に進むしかない。
 聖人(まさと)さんが俺を見てニヤッと笑う。
 俺を信じろ、と言わんばかりに。
 逍遥(しょうよう)聖人(まさと)さんの隣で呆けた顔をしている。
おい、逍遥(しょうよう)。笑わせないでくれ。

GPS-GPF編  第8章

翌日、俺と聖人(まさと)さんは授業が終わるとダッシュで寮に帰りジャージに着替えて、横浜国際陸上競技場に向かった。授業は、大会に出場する以外の魔法科生はメニューが違うんだが、聖人(まさと)さんは俺と一緒に試合形式の『デュークアーチェリー』で俺に指南する役割を与えられていた。
 まあ、一般生徒と同じ授業内容じゃ聖人(まさと)さんはつまらないと思うし、周囲だって目の前で高等魔法使われたら驚くし。自分が使えるのに敢えて使わない選択って、とても辛いと思う。

 で、続きだ。
 前に指南されたのは、俺は姿勢はいいものの若干右肩が下がるのと、それに伴い手のひらが下がってしまっていた。足の幅も、もう少し広げた方がいいとアドバイスを受けた。
 今日は、その辺を重点的に直していく予定だ。
 まず最初に、聖人(まさと)さんが的を射ぬくのを見せられた。
 本当に綺麗な姿勢で力も抜いて、それでいて右手から発射される矢は少しだけ弧を描いて50m飛び、的を射ぬく。結果、10分で出てきた20枚を全て射抜いた。20分換算で40枚だからちょうど計算も合う。練習もしないでこれなのだから、練習したら50枚もあり得るような気がする。さすがエリート。高等魔法の使い手だけはある。
 
次に俺。
 最初は俺が教えられたことを実践し、その後にまたアドバイスを受けることにした。
 姿勢と肩の位置と手の位置、そして足幅。全て自分でチェックしてから的の前に立つ。
 次々と出てくる的に対し、俺は指先だけに力を込める。
 20分で32枚。
 最初はバシッとど真ん中に当たるんだが、時間が経つにつれて徐々に外れていくのが自分でもわかる。
 どうすれば最低でも35枚に届くだろうか。
 聖人(まさと)さんは後ろから黙って俺の試射を見ていたが、徐にこちらに近づいてきた。
 俺、どこが悪かったんだろう。
「左手だな」
 え?試射する右手じゃなくて?
「お前、試射中の左腕がどうなってるか鏡で見たことあるか?」
「あ、ないです」
「ぶらーんと下がったままなんだよ」
「はい」
「左肩から段々猫背になってきて、それで右肩も下がっていくんだ。左肩をちゃんと開いて左腕は身体に沿うようにピンと伸ばして、胸を突きだす様な気持ちで右肩を上げて見ろ。足の幅はそのままでいい」
 言われた通りにして、今度も20分撃ち続ける。
 
 あ!凄い!35枚いった!
 この姿勢をキープできれば、40枚も夢じゃないかも!
 学校の体育館で練習すれば、姿勢をキープできるだろう。
 1週間後には、GPS初めての試合、アメリカ大会が俺を待っている。
 
 アメリカ大会に出掛ける3日前、学校で壮行会が開かれた。
 俺を胡散臭く思う人間は結構いて、また大きな声で悪口が始まった。
 そんならお前行けよ、俺は毎日別メニューで心も身体もバキバキ言ってんだよ。

 と思うものの、口にはしない。なるべく穏やかな顔つきで登壇する。

 登壇したのは、6名。壇上には既に生徒会役員が並んでいる。その他、1年から3年までのサポーターも選手ごとに就いて各地を回るという説明が加わった。
 氏名と出場競技がマイクを通し在校生に告げられる。その他にも、巨大ホワイトボードに出場者の氏名と出場競技、サポーターの名前が明記されている。

・光里『プレースリジット』:蘇芳
・光流『バルトガンショット』:四十九院(つるしいん)
・四月一日『エリミネイトオーラ』:八神
・南園『スモールバドル』:栗花落
・沢渡『プレースリジット』:若林
・八朔『デュークアーチェリー』:宮城

 各自の出場競技が告げられるたび、講堂内には拍手が寄せられたが、俺の名前が呼ばれると、ドンドンと足を踏みならす音がそこかしこで聞こえる。
 最初は生徒会でも我慢していたようだが、ついに、沢渡元会長の堪忍袋の緒が切れた。
「今、足を踏み鳴らしたやつはここに残れ」
 そういって、全員に向けて壇上から手を翳し始めた。
するとドンドンした生徒の頭上でチカチカと赤い光が舞っている。もう、嘘をついて逃げられる状況ではなくなった。この分だと、足も動かないようにしているだろう。
 さて、彼らには、どんな仕置きが待っているのやら。

 何事もなかった一般生徒は講堂を去り、問題児だけが講堂に残った。帰りたくても沢渡元会長の魔法で足が動かないはすだ。
皆、戦々恐々といった雰囲気の中、再び沢渡元会長が登壇して、講堂に残された不埒な輩への仕置きを考えているようだった。

 ピン、と閃いたのだろう。
 マイクを右手に持ち、もう、取り付く島もない状態で沢渡元会長は話し始めた。

沢渡元会長が用意していた罰ゲームは、授業単位を与えないというまさかの最悪な事態だった。退学したい者は退学しろという強いメッセージ。
俺をバカにして足を踏み鳴らした連中は漏れなく単位が足りずに留年することになる。少し気の毒な気もしたが、あそこまで1人の人間の尊厳を傷つけたのだから、やむを得ない部分もあったと俺は思う。
 
「あんなに脚踏み鳴らしてりゃ、軍隊だったら私刑(リンチ)だな」
 聖人(まさと)さんが後ろでぼそっと口にした。
 怖い。怖ーい。
 俺は平和的解決が好きです。

 って、みたらここに残ってる魔法科の人間、聖人(まさと)さんの復帰にも鼻で笑って署名をくれなかった面々だ。こいつらがこうしてまた輪を乱していたわけか。
 何もみんなが同じベクトルで進めとは言わない。俺たちの動きが鬱陶(うっとう)しく感じたこともあるだろう。
 サトルは署名を集めてる間、嫌味を言われなかっただろうか。
 生徒会役員になってからも、魔法科内で傷つけられたりしなかっただろうか。
 俺は自分が足を踏みならされるより、サトルが心配だった。

 生徒会役員として初めての大舞台。
 サトルの様子を見ると、今まで人の陰に隠れてばかりだったサトルが、今日は背筋を伸ばし唇を結んで、皆の前で凛とした面持ちで立っている。隣には譲司がいて、サトルを支えているようだった。
 
 よかった。
 これで心置きなく海外遠征に行ける。
 といっても、生徒会役員も一緒に行くんだけどね。

異世界にて、我、最強を目指す。ーGPSーGPF編ー

異世界にて、我、最強を目指す。ーGPSーGPF編ー

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. GPS-GPF編  第1章
  2. GPS-GPF編  第2章
  3. GPS-GPF編  第3章
  4. GPS-GPF編  第4章
  5. GPS-GPF編  第5章
  6. GPS-GPF編  第6章
  7. GPS-GPF編  第7章
  8. GPS-GPF編  第8章