奪う魔女、奪う木偶。

 「どうして悲しい顔をしているの」

 とおい国の、今より少し昔におきた出来事、人形好きの小学生の少女、少女の父親は人形を作る職人だったが、病気で、片親だったその父を3か月前になくして、親戚は多くなく、父の妹の、叔母の家に居候させてもらうことになった、祖父もいたが祖父は左足が自由に動かず、一緒に住むことはできず、少し離れたところにいた。少女にとっては叔母も祖父いい人だったが居候を居候をしている家よりも、やはり居心地がいいのは、祖父の家だった。毎日30分かけてそこにきては、開いた時間をつかって居座る、小学生の体では、30分もかかる結構な距離を急いで走ってくるのは、並大抵の苦労ではなかった、それでも少女は、祖父の家が心地が良かった。そこにいるといつでも落ち着くし、父と一緒につくった思い出の人型の木彫りの人形、無表情でへこんでいる鼻と目と口のついた、木偶をもっていくのが日課だった。
「何か、悩みごとかい?」
 祖父はいわずともすべてをしっている、その日も少女の悩みをいち早くみぬいていた、少女には近頃悩みがあった、それは少女が思い入れのあるいつも持ち歩いている、父と一緒につくった思い出の木偶のことだった、だけど少女は、その人形の事を悪く思いたくないし、あまりに、兄弟のように毎日一緒で、父が亡くなってまだ少女の心の傷も癒えないこともあって、少女はより一層その木の人形を大事にしていた。
「んん」
暖炉のそばで寝ていた少女は、いつのまにかかけられた毛布を自分ではいで、体をおこし話かけられた祖父にゆっくりと返事を返した。
「おじいさん今日は相談があって」
少しの間があいた、祖父はその間もまじまじと孫の顔をみていた、暖炉の火がごうごうと燃えている。
「あの人形が奪うのです」
 少女いわく、父にもらった人形、というよりも、小さいころ父と一緒につくって木の人形が——いつもは一緒に寝ているが——夜な夜な自分のベッドからぬけだして、新しい——義理の家族の——何かしらの宝物や、食べ物や、金銭をうばっていくのだという。
 「はっ……」
 「おじいさん??」
 祖父は返答を迷っているようだった、祖父は少女の信用していないわけではなかった、祖父には何かしら心当たりがあるようだった。祖父いわく、思いのこもりすぎた人形にはそういう事があるらしく、よく父のつくった人形も夜中にごとごとと物音を鳴らす事があったらしい、そういう事にはなれていたといった、そもそももともと、祖父が趣味で、父の幼少期に木の人形をつくっていたらしく、それを受け継いで父は人形作家、職人になったのだという。ではなぜ祖父は、はっと声をあげて驚いたのだろう、少女はその時、ふとそのことを考えていたが、その日の出来事の終わり眠りにつくころにはそのことを忘れてしまい、思い出したのは、例の事件が起こったあとだった。
「それでも大事なのか」
祖父は少女をみつめ、少しずつ少女に顔をちかづけた、それでも足が不自由で、ただ暖炉の前の少女のいるソファと、祖父の安楽椅子が向き合っているだけなので、顔を近づけても少女には手も届かなかった、少女は涙を流している、祖父はただただうろたえていた。
「こまったなあ」
 やがて少女から祖父の傍らにひざまづき、眠りこけていた、眠りながら祖父が頭をさすっても、涙を流す、大切な人形は大切な人形、新しい家で悪さをするという、それでも変えられない、木の人形が自分と同じであることは、少女が一番よくしっていた。眠りこける前、少女はこういっていた。
「おじいさん、あの家はわるくない、だけど居心地が悪いだけなの、どうしても他人としか思えない」
 少女は日々、肩身の狭い思いをしている、新しい家族には感謝をしている、やさしい叔父叔母、それから明るい三人の兄。けれど義理の身分であるという悲しさが、そうさせるのだと思っていた、そこでぬくもりを感じるのは、父とつくった木彫りの人形だけ、その腕や脚は金属の輪で固定され、少しうごくしくみになっていて、それがあいらしくて好きだった、まさかその動くからだが、こんな悪さをするだなんて、少女にとっては悪い夢だ。
「魔女の仕業だよ」
 そういう爺さんは、昔からこの街の不思議に詳しかった、それから、数日間の間は木の人形は動かなかった、その間に、祖父は叔母につれられて叔母の家に遊びに来て、少し叔母や家族が出掛ける間に、少女は祖父とともに、こっそりと盗んだものを家族それぞれの部屋にかえしていた。
 
 数週間後、その日は金曜日で、夕方ごろから少女は祖父の家に、いつものように遊びに来ていた。そこである不思議な出来事があった、後にも先にもそんな事を経験したことはなく、少女はそのことを誰にも話せずにいたし、ある事情によって大人になってからそれを人に話したのみである。少女は今でもその日の事を夢のように見るのだが、祖父の家にいて、祖父のベッドで30分ほど眠りこけていた、祖父の寝室にはいろいろな本があり、その日は少し難しい大人向けの本をよんで、それから頭がおもくなり、ベッドの脇のテーブルにそれをおいて、あおむけにすやすやと心地よくねむっていたのだった。
「ボソボソボソボソ」
 少女が何かの物音にきづき、体をおこし、耳を潜めると居間のから声が聞こえる気がする、それはどうやら人の話し声らしかった。
「あの子は魔女ではない、あの子はまだ若い、まだ助けてくれ」
 その声は、祖父の声だった、祖父の声に導かれて、暖炉のある居間へと急ぎ走る、彼女が居間を覗く、そこには綺麗な30代くらいのすらりとした長身の、見たこともない女性が祖父のわきにたって、祖父や暖炉をみつめていた、入口から周りを見回すと、窓ガラスが開け放たれていて、柱時計はちょうど6時半を示していた、これほど遅くなるといつもは祖父の家にとまる、しかしお客さんがくるとは聞いていなかった。少女はなぜか、その綺麗な顔の人が、自分に似ていると感じた、それは母だ、母がいた、なぜ母と思ったか少女はなぜだか直感的にそれを母と感じた。父からは母は死んだとおそわっていたが、見たこともない母の面影を感じた、それは気配というべきものだっただろうか、本当の家族を——少女にとっては生前の父や祖母のようなぬくもりを——感じた。
「お母さん!!」
 そう呼ぶと、初めに反応したのはいつもと同じ暖炉の左側で、驚いて安楽椅子に座り悲しそうにこちらを向く祖父だった、母は伏し目がちにこちらを少しみた、その瞳は、少女よりも、この世の誰よりも、美しく澄んでいた。女性がそのそばで、ゆっくりと祖父にちかづき、祖父の首にふれた、祖父は女性に触れられると、少しびくっと驚いたあと、気を失ってしまった、まるでなすすべもなく全身の力をうしなったようだった、それからピクリとも動かなかった。だからそれは少女にとっては一瞬祖父が少女の愛する木の人形に変ってってしまったかのように感じられた。少女もまた、女性が近づいてくるのを感じて、そのあと目をふさがれて気を失っていた、目を覚ますと、少女はさっきの記憶が頭をかけめぐった、横向きにカーペットの上でねむりこけていたようだ、暖炉の火が消えかかっている。
 起きると、少女は暖炉のすぐ前で、木偶の体がボロボロになって置かれているのをみた。
「母さん、もっていかなかったんだ」
 そんな事をおもった。その近くに手紙があって、封筒には宛先の、少女の名前だけがあった。中を覗くとかわいらしい鳥のイラストの入ったメモがあり、まだ知らぬ母の筆跡でこうかかれてあった。
「私はあなたの母です、父からは死んだと教わっていたでしょう、それには理由があるの、私は古くから弾圧された魔女の一人、あなたの父も魔法使い、あなたは魔女よ、でもそれはほかの人には絶対にいわずに隠していきなさい、生きていくためなのよ。あなたの父は、祖母の遠い祖先に魔女がいて、その魔力が少しうけつがれていた。それがいやで、彼は魔力を封印した。その分早く死んでしまったの、病気なんかではない、それも、あなただけの秘密にしなさい。あなたの父には少しししか魔女の力はなかったけれど、父と違いあなたは私に似て強い魔力をもっている。あなたは小さなころから私に似ている、まだ歩きだせない小さいころからあなたは知らないうちに魔法の使い方を覚えていたし、近頃、今もそう。父の死を受け入れられず、知らず知らず悲しい悪い気持ちで悪い魔法を人形につかった、だからあなたの愛する人形は悪さをする人形になってしまった、それを防ぐにはいつも楽しい気持ちでいること。今度の事は私がなんとかする、今夜、私が祖父にあなたがつくったその人形をもらい私がそれから魔力を奪い取った、あの人形は私が処理するわ、それはここに置いておくから、ただその後あなたがきれいにしてあげてどこかの木の根元に埋めてあげなさい、それで問題はない。だからあなたは新しい家族と、そしてあの人のお父さん——あなたの祖父と新しい木偶をつくるのよ、そうすれば幸せになれる」
 さっきまで確かに女性はいた、それは祖父のそばにいたが、祖父はまだ安楽椅子で頭を下に向けたまま眠りこけていたし、居間のわきにあるガラス窓は開け放たれていた、女性の姿を思い出すと、手紙の通り、たしかにさっき女性は父とつくった少女のお気に入りの木偶を小脇に抱えていたきがしてきた。女性の格好を思い出すと、どうみても普通の、近頃はやりと思われる紺色のセーターをしていたし、マフラーを付けているところもほかの、普通の女性と変りはないように感じられた。
 しばらくの間があり、勇気をだして歩き開け放たれた魔女を少女がみると、窓の近辺、外には人影はなく、カーテンが風をゆらしただけ、のぞき込むと少し右側にただ夜の月と雲だけが、窓のわきから顔を出していた、結局その日は祖父の家に泊まっておわった、なぜだか祖父は眠りこけていたときの記憶、その少しまえの事を忘れていた。

 それから数日後、少女は母の言いつけ通り、祖父と木の人形をつくった、祖父はやはりあの日の記憶をうしなっていたままだった、手紙には、祖父にはその手紙の事を話すなと言われていた、だからあの日もその時も少女はそのことを祖父にいわなかったし、その記憶の事も責めなかった。それからというもの人形は夜な夜な動く事はなくなった、そのかわりに、誰かが怪我をするときには、木偶も同じ場所を怪我するようになった。少女が大人になるまでに、後一度だけ母からの手紙がポストに差し込まれていたことがあって、その手紙によるとそれは、新しくつくった木偶、その木偶が家族の不幸を背負う人形に変ったのだということだった。

奪う魔女、奪う木偶。

奪う魔女、奪う木偶。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-30

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