第6話ー10

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 その宇宙空間には3800兆もの銀河団を版図とする星間国家ジェザノヴァが存在した。だがそれが今、消滅しようとしている。突如として宇宙各地で発生した黒い渦の中から這い出るようにして現れた化け物の集団に襲われ、生物は皆、取り込まれ、あるいは喰われ、命を失った。その勢いは尋常ではなく、毎秒ごとに生命は死滅していった。
 生命ばかりではない。植物も水も土も鉱石も、すべてが敵生物に食われ、汚染され、黒く、腐敗臭を発しながら腐っていく。
 敵生物に取り込まれた生命体は、人を襲い、喰らい、そしてまた増殖していく。惑星、衛星と生命、植物、水、土があるところはすべてが敵生物に汚染され、黒く、腐っていった。
 しかしこの脅威は宇宙という広大な自然をも腐食したのである。
 宇宙全域で恒星が突如として赤色巨星となり、超新星爆発を引き起こした。磁気が荒れ狂い、ガスや塵が充満し、重力が時空をゆがめる。ブラックホールが虫食いのように宇宙空間を掘り起こし、もはや宇宙の摂理はなくなっていった。
 そこにも必ず敵生物の黒い影があり、影響を及ぼしていたのだろうが、それを調査する知的文明などもはやこの宇宙空間のどこにも残ってはいなかった。
 やがて宇宙そのものにも事象が発生した。宇宙空間はダークエネルギーにより光の速度よりも早く外側へ、ビッグバンの瞬間から広がり続けている。銀河系の間も常に広がり続けているのである。その広がりが逆転した。宇宙が縮み始めたのである。これまで膨張を続けてきた宇宙が縮むということは、ビッグバンの状態へと戻るということ。つまり宇宙の消滅を意味していた。
 それはあまりにも光速だった。これまで500億年かけて膨張を続けてきた宇宙空間が、わずか数時間のうちに手のひらサイズにまで縮んでしまい、すべての物質、物体が一点に集中し、ついに400億年かけて拡大した宇宙空間は消滅した。

 光に包まれそのアストラルソウルは直前まで物理空間に入っていた器、つまり肉体と同じ形をしていた。前世の名はン・メハ。今は消滅した宇宙空間の星間国家ジェザノヴァの王族であったアストラルソウルである。
 瞼をゆっくりと開くと、目の前には光の大きな塊が見えていた。すごく暖かく何事も不安にはならず、自然とその輪郭のない光に向かって腕を伸ばしていた。
『これまでの人生は貴女にとっての始まりにすぎません』
 何重にも重なった声色が彼女のアストラルソウルへ直接語り掛けてきた。
 彼女の前世の記憶は大勢の男たちに襲われ、やがて記憶がなくなり、自分の心を失っていった記憶が最後だった。それが生命の器に入っていたならば、トラウマとなってきっと彼女は発狂してしまっただろう。しかし今はただ安らぎしかなく、冷静に前世の記憶を受け止められていた。
「わたしは――」
 混乱というよりも、なんのためにここにいるのか、なにか目的があるのだと不思議とアストラルソウルの彼女は理解していた。
『貴方はアストラルソウルの状態。簡単に言うと魂になっている。本来ならばアストラルソウルとして次の肉体、器になり生まれ変わるか、上位次元へ向かい上位存在に解脱するかなのだけれど、貴女には運命がある。すべての中心となる神を守る運命が』
「貴方は――」
 不思議とその運命を理解できた彼女は、そう言い放つ存在を知りたかった。
『わたしは《オルト》神々の預言者であり道を知る者。さあ、運命の導くままに、彼を守って』
 
 ホウ・ゴウの前世の記憶はこうして点と点が線となって結びついた。

 もう1つのアストラルソウル、前世でン・トハと呼ばれていた彼女もまた、光の形となっていた。前世、姉と呼ばれた人物と同じだ。彼女だったアストラルソウルは光となり、物理空間から離脱したのである。
 だが周囲は漆黒に包まれ周りを見渡してもなにも見えない。
 すると突如として彼女に話しかけてくる声がある。
『咎を認めるか』
 すると彼女の前に黒くヌメヌメといた球体が現れた。球体表面からは常に黒い粘度の高い黒い液体がたれ落ち、黒い空間に消えていく。
「咎?」
 暗闇で唯一光の裸体として表現されているトハと名乗っていたアストラルソウルがつぶやく。
 黒い球体はただ彼女を見つめるかのようにそこにあった。
『咎。父を救えず、母と姉を自らの手にかけ、国を失った咎。認めるか』
 声は二重になっている。
 するとトハの時の記憶がよみがえり、彼女は呆然とする。アストラルソウルに感情というものはなく、ただ前世の記憶だけがよみがえったという、客観的な現状であった。
「認めたらなんなの? 貴方はだれ?」
 感情もなくトハだったアストラルソウルは尋ねる。
『我はダークコアとデヴィルの預言者。ダークコアとデヴィルの行く道を知るもの。
 お前がもし咎を認めるのであれば、願いを叶えよう。ただし条件はある』
「条件?」
 アストラルソウルは静かにつぶやいた。
『すべてを救う者の命を奪う。どんな手段を使っても。それがお前の宿命となる』
 アストラルソウルはうなずいた。
「願いが叶うのであれば」
 こうして彼女は咎人が救世主の命と引き換えに果実、つまり願いを手にする【咎人の果実】となることを選択した。

ENDLESS MHTY 第7話ー1へ続く

第6話ー10

第6話ー10

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-27

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