第6ー9
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反重力エンジンの故障した軍艦から、旗艦ボファニボス級へ乗船した軍省総官ン・トハは、真っ先に艦橋へむかった。
そこは通常軍艦よりも広く天井も高くなっており、オペレーターの数も数千人と、軍艦の艦橋とは思えないほどの広さと、クリスタルの輝きの豪華な空間であった。
三階建てのビルに相当するテラス型の指令空間から数千のオペレーターを一瞥すると、すぐに艦長に命令を下した。
「艦隊が編成でき次第、首星奪還作戦を開始する」
頷いた艦長は、煌びやかな緑色の髪の毛を後ろでクリスタルの髪留めで束ねた、女性の艦長であった。
「艦隊編成はまだか」
艦長は反重力椅子からクリスタルの塊を取り、それへ声を発すると、とてつもなく広い環境に声が響いた。
すると1人のオペレーターが艦橋全域に響くよう、同様にクリスタルの塊で報告を返した。
「まもなく最後の艦隊が合流します」
そういった矢先、全面のクリスタルの壁が宇宙空間となっているブリッジの右斜め前方の宇宙空間の空間が湖面のように震え、複数のクリスタルの塊が先端を吐出させてワープを終えた。
「これで全艦隊揃いました。総数は2700京隻になります」
艦長は自分の唇を動かしながら、自分が言っているそのあまりにも膨大な数に、自分で驚きを心中に浮かべていた。
この時、集合したクリスタルの艦隊は、まるで巨大な銀河のように宇宙の中に制ししていた。本当に煌びやかで豪華絢爛な姿は、近くの惑星の空にまで銀河のよう映り、肉眼でも見えるほどであった。
「全艦ワープ。首星奪還作戦を開始する」
トハ総官の言葉を合図に、全艦隊が一斉に宇宙空間をワープした。それはまるで宇宙に巨大な穴が開いたかのような光景であった。
現にこのワープによる影響は空間の波となって周辺の恒星系の公転軌道を乱す結果をもたらした。しかしこの時のトハにはそうした被害など眼中になく、ただ家族をすくことだけが頭の中に充満していた。
ワープ空間を抜けると、首星バエウがトハの眼に飛び込んできた。クリスタルの美しい惑星は、黒く錆びた蛮族の軍艦に球体状の陣形で覆われ、まるで捕らわれている事実をそのまま表しているかのようだった。
「各艦、容赦はいらない。全装備を使用し敵軍を撃滅せよ」
トハ総官のその言葉は冷静かつ冷酷であった。敵の軍艦に捕虜がいるかもしれない。現にトハが戦場から逃がした艦隊が捕虜となって捕まっている可能性もあるのだ。
艦長は一瞬戸惑いの顔色になるも、トハの横顔を見ていると命令の撤回がないことはすぐに理解した。
「全艦隊に告げる。敵軍を撃滅せよ」
この艦長からの言葉を合図に、クリスタルの軍艦からは、クリスタルで構成されたミサイル、ビーム兵器、艦載機が次々に放たれ、応戦する敵軍も攻撃を開始した。
よもや首星を囲んでここまでの戦いが行われるとはだれが想像したであろう。
惑星を囲むほどの数の軍艦と2700京隻ものぶつかり合いである。宇宙空間に恒星がなくても、そこは爆炎で瞬く間に闇を照らした。何光年離れていようとも見えるほどの巨大な戦争の炎がクリスタルの惑星上空で起こったのである。
もちろんトハが乗船する旗艦も戦争の真っただ中にあるから、敵の攻撃を受けないはずもなく、シールドを展開していたが蛮族のビーム兵器でシールドが消耗しているところへ、黒い塊のような鋼鉄のミサイルが複数命中した。
旗艦としての破損はそこまで大きいものではなかったものの、場所が悪かった。ミサイルが直撃したのは臨時で設置された軍省総官の部屋のある区画であり、そこには補佐官のベタース・ロマフがいるはずであった。
この時、少年は戦士した。が、それを総官が知るのは、戦闘が終わってからのことである。
その戦闘もバエウ標準時間にして12時間で決着を見た。
蛮族の艦隊はほぼ数に圧倒されて壊滅した。敵軍の捕虜などはいない。蛮族に降伏という言葉はなく、最後の一隻になるまで戦い、クリスタルの惑星の軌道上に散っていった。
トハがベタース補佐官の死を知ったのは、地上へ降りる準備を艦隊がしている時であった。戦死者の中に少年がいたと兵士の1人が総官に報告した。
「わかった。ありがとう」
ただ彼女はそういうだけで、顔には感情を1つも出さなかった。ただ心中で悲しみの涙を奥歯で噛みしめ、目の前の敵に集中するだけであった。
空を埋め尽くすほどのクリスタルの軍艦が地上へ降りてきた。バエウの各主要都市を占領していたバジャラハ国の巨大軍艦を上空から雨のようにビーム兵器で打ち抜き、撃墜するとそのまま艦載機で敵軍の兵士たちを上空から一掃するとともに、圧倒的な数の勢力で占領していたバジャラハ軍をクリスタルの津波のように駆逐した。
それは首都グンタロスでも同じことであり、軍省、クリスタルタワー、ワートはすぐに奪還された。
その先頭には血まみれの軍省総官ン・トハの姿があった。
正面からクリスタルタワーへ入った総官がまず眼にしたのは、複数の死体の山だった。敵も味方も入り乱れた死体の山がクリスタルの神聖なるタワーの入口に横たわり、すでに腐敗臭すら発していた。
「ゴーゴナはどこだ」
トハは戦闘を終えてクリスタルタワーを奪還した兵士の1人に無表情で尋ねた。
「地下の機関室に立てこもっております」
意外にトハは思った。普通、敵軍の拠点を奪い取ったらその中枢に王は陣取るもの。つまりワートで言えば謁見の間にゴーゴナはいるものとばかり思っていたからだ。
機関室で何をしている? 心中で呟くとその足で転送エレベーターに乗り込み最下層の機関室前へと彼女は移動した。
機関室前では無数のジェザノヴァ兵士が待機していた。
機関室はクリスタルの巨大な扉の向こうにあり、その前には錆びた鎧で身を固めたバジャラハ兵士たちが陣取っている。
「何をしている。一気に攻め込め」
すると部隊の隊長である大男が異論を口にした。
「ですが国王陛下が人質にとられている可能性があります。うかつに攻撃はできません」
これをすぐにトハは否定した。
「蛮族は人質などとらない。すでに国王は死んだものと思え」
蛮族の王の考えることを予想するに、そうとしか思えず、ここは無慈悲にトハは命令を下した。
部隊長は軽く頭を下げるとその場にいた兵士全員に突撃を命令する。
もともと数で圧倒してきた戦闘である。ここに至ってもバジャラハ兵士を数で圧倒した鎮圧部隊は、すぐに機関室前の通路を奪還。トハは敵軍の血だまりを踏みつけ、機関室の扉を開き中へと入っていった。
巨大なクリスタルの塊が拘束で回転し動力を生み出す機関室は、蛮族の王の趣味で彩られていた。
クリスタルの棒が幾本も突き立てられ、まるで玉座までの灯篭のようにされ、その先端には切り落とされたジェザノヴァ国高官、各国大使たちの首が突き立てられていた。
その最も奥にまるで玉座のように反重力椅子が設置され、そこにはバジャラハ国元首ゴーゴナがどっかりと腰を下ろし、恐怖も震えもなく、悠然と座っていた。
その両脇には犬のように四つん這いにされ、身体中に殴られ、輪姦された後の残る、美しい面影すらない王妃と執政官の姿があった。
そしてゴーゴナ元首はゆっくりと近づくトハに黒い物体を投げつけてきた。
クリスタルの地面にゴツンっと音を立てて転がった物。それは彼女の父、第80代ジェザノヴァ国王ン・ドフの頭であった。
「遅かったと悔いるがいい。すでにすべては奪い去った。お前の父は死に、母と姉は気が狂った」
そういい、両腕をで示す母と姉の顔には確かに生気がない。口を開きよだれを流し、人形のように動いてはいなかった。
「毎日数百人の男に犯されると、女というものは壊れるのだな」
そういいニタリと元首は笑みを浮かべた。
「なぜだ。なぜあの化け物を使い戦闘に勝たなかった。あの化け物を利用すれば、バジャラハ国は簡単に我が艦隊を破壊できたであろう。なぜあたしを殺さなかったのだ!」
すべてを奪われて、それでも自分が生きていることに嘆くトハが叫ぶ。
確かに戦闘では一切、あの化け物の姿はなく、首都にも各主要都市にもバジャラハ国の兵士の姿はあるが、化け物の姿は見えなかった。
「ああ、あれか。どこの国が開発した生物兵器かは知らぬが助かった。おかげで貴様らの国をこうして征服できたのだからなぁ」
そう、あの化け物はバジャラハ国が開発した兵器ではなかったのだ。
「おかげでいい思いができた」
と言い、ゴーゴナは両手で四つん這いになった王妃と執政官の尻をピチャリと叩き、高笑いを浮かべた。
その時である。クリスタルを踏みしめる音がして高笑いが肉を切り裂く音でかき消された。
「我が国を、我が王家をこれ以上侮辱するな」
クリスタルの剣を抜きゴーゴナ元首の胸深くに突き立てたトハの頬を涙が一筋流れた。噛み殺していた想いが籠った涙であった。
ゴーゴナ元首が息絶えるのを耳で確認すると、剣を抜き、汚らわしい蛮族の血を振り払った。
そして四つん這いになった母と姉を見る。何が起きているのかすらわかっていないらしいその姿に、彼女はゆっくり瞼を下ろした。そして大きく息を吸い込むとクリスタルの剣をふたつ、振った。
母と姉の首がクリスタルの地面に転がり、同時にクリスタルの剣も地面へと落ち、トハはその場に崩れ、溢れる涙をもう抑えることができなかった。
「総官、ジェザノヴァ各地より報告が多数入っています。例の化け物が突如、各国に現れました。各国駐留軍が応戦していますが、止められる勢いではありません」
狼狽した兵士が1人駆け込んでいた。
だがその声もすぐに消えてしまった。なぜならクリスタルタワーへ入り込んできた、目玉が無数に張り付いた黒い粘々した細胞の津波は、機関室へも流れ込み兵士も呑み込んでしまったからである。
もちろんすべてを失ったトハも例外ではなく、津波に襲われ、黒い細胞の中で窒息したのだった。
こうして80代続いた星間国家ジェザノヴァ王家は絶えたのである。
ENDLESS MHTY第6話ー10へ続く
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