イノセントワールド
始まりと終わり
ゴォーンゴォーン。
鐘の音で目が覚めた。頭はなんだかぼぅっとしている。
響く鐘の音に、色のない風景、ただただ白いだけの空間に線で縁どったような建物とその周り。
知っている、これは僕の住んでる街だ。だけどここは普通じゃない。
これは夢だ、夢だとわかるとさっきまでぼぅっとしていた頭が急にクリアになってきた。ただ意識はハッキリしてるのに何だか身体は浮いてるみたいに実感がない。
見える物全部が作り物みたいで、輪郭がボヤけている。でも形はあってそれが僕の知ってる風景と重なる。
(僕ん家の近所だ、これ)
自分の記憶と重なるように、く朧げな部分は欠けたようになっていて、覚えている部分は鮮明に濃く映る。
そこらの塀やドアに触れようとすると霧のようにボヤけて触ることができない。だけどもそこにあって、感覚だけは存在している。
それに一応壁として機能しているらしい、塀の向こう側に通ろうとするも阻まれて通ることは出来なかった。
「なんだ…?音?音が聞こえる?」
ガリガリと地面を削るような何かを引き摺るような、そんな音がどこからともなく聞こえてきた。
次第にそれは大きな音となり、そして僕の眼前に現れた。
ギャリギャリギャリギャリゴシャッ!!!!!!!!
塀を突き破って出てきた音の正体、唸りを上げるキャタピラのような8本の足。ボロボロに錆びた胴体といくつかの人形の頭が張り付いたの様な顔、それは巨大な蜘蛛のようなもの。
息が止まった、呼吸をするのも忘れて逃げ出したが、間に合わない。振り上げられた強大なキャタピラが頭上高くに見える。ゴォッ!!という凄まじい風の音と共に僕めがけて落ちてきた。
「死っ」
ピピピ、ピピピ、朝の目覚ましで目が覚めた。身体は汗でびしょ濡れになっているし、なんだか嫌な夢を見た気がする。
「……夢か…」
目覚めの悪い起床だったが気にしても仕方ない。朝風呂をすませていつも通りの学校へいく準備をする。
支度が終わったところで玄関のチャイムが鳴った。
もうそんな時間か、なんて思いつつ玄関へと向かう。
「ういっす」
「おう、っふぁぁぁ…」
玄関先で待っていた顔馴染みの浅井言夫は大きな欠伸をしながら今日も眠たそうにしている。
「朝から随分仏頂面じゃねーか、なんかあったのかよ」
「目覚めの悪い夢見ただけだ。」
「ほんとかよ、いつもの顔も怖ぇけどよ。今の顔は七割増で怖ぇぞ」
確かに朝から気分のいい夢ではなかったがそこまで顔に出るほど酷くなっていただろうか?
「俺が鏡で見た分には普通だと思ってたけどな」
クマができてたとか、寝不足って訳でもない。単純に気持ちの問題なんだろう。
「まぁ俺は別にいいんだけどな。お前が怖がられるだけだし」
「お前に顔の事でとやかく言われたくはないぞ」
はっきりいってこの浅井という男の顔は中々凶悪な面をしている。
なんせ顔の左側、眉毛から目、頬にかけてまで何か刃物のようなもので切り裂いたような痕があるし、目つきは鋭いし。
よく他校の不良に絡まれているのを見たこともある。そしてボコボコにしている所もよく見る。
俺はよく堅物と呼ばれるがこいつはヤクザ呼ばわりされている。
こんな2人が一緒にいるものだから話せる友人は殆どいない。
「じゃあまた後でな」
「おう」
短い挨拶をかわし浅井と別れ自分の教室に向かい、席に座り普通に授業を受け、帰る。
家に着けばやることは決まっていた。
直ぐに着替えと支度を済ませる。スマホで浅井を呼び出しいつもの場所でとだけうち家を出る。
「おう待ってたぜぇ」
既に浅井は来ていたようだった。
「待たせたな。じゃあ始めるか」
「おう」
背負ってきたバックから地図を取り出す。既にいくつものマーカーやら線が乱暴に書き綴られていた。
「ここと、ここ、あとここは探したから…後はもう少し隣町側を見てみるか?」
何度も畳まれシワだらけの地図を見ながら浅井はまだ比較的書き込まれていない部分を指さす。
「あぁそうだな。そこを探すとだいぶ限られてくる、随分と探したもんだ」
「…なぁ」
「なんだよ」
浅井の心配した顔が目にちらつく
「見つかるといいな、妹さん」
「…あぁ、見つけるさ絶対に」
怪物と少女
「最後はこの神社だな」
辺りの明かりは少なく、程よく暗くなってきた。木が生い茂る緩い坂道を登りながら、最後の場所を浅井と2人で歩いていた。
ここの神社は昔、妹の明世とよく来た場所、妹が好きだった場所で、妹が消えた場所でもあった。
親が死んで、俺と妹2人になって、僕が明世を守らなきゃ行けないと誓った場所で、明世はここで居なくなった。誓った場所で簡単に僕の前から消えてしまった。
その事を考えると今も頭が痛い。この場所が、記憶が、思い出す度に心が軋む。
「流石にここら辺は暗いよなぁ、人通りもねぇしよー。て、おい、聞いてんのか?」
浅井の声に反応して顔を上げる。
「あぁすまん、考え事してた」
「さっさと探そうぜ、もう結構暗いし」
「そうだな、探すか」
手分けして神社の敷地内を探索する。
しかし周りは殺風景で木ばかりな上にあるのはベンチぐらい、街灯数本のこの場所を探索するのはそう手間ではなかった。
「んーー何も無いな!それらしいもんは何一つないし、まぁ俺らで探して見つかるなら警察が先に見つけてるか」
3年前、立花明世が失踪してから警察の捜索は一向に進んではいなかった。この神社での目撃証言が最後で何一つ進展なんてなかった。ここから何処へ向かったのか、そもそも今生きてるのか、何一つだって検討なんかついちゃいない。
それでも探す手を止めない。諦めたくない。
気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。数本の街灯で照らされているがそれでも暗いことに変わりはない。
「もう無理だな、そろそろ帰ろうぜ?また明日探そうや。」
浅井はそう言うとベンチに腰掛けスマホをいじっていた。
「そうだな…撤収するか」
そう言ってスマホを確認すると時間は夜の10時半をまわっていた。
「うわっ!すまん先帰るわ!」
浅井が慌てたように言うとそのまま走って行ってしまった。
「おい!あー行っちまった…。ハァ、俺も帰るか」
緩やかな下り坂の道を歩きだそうした瞬間だった。
ゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえてきた。少なくともこの周辺に鐘なんてないはずだ。それにこんな半端な時間に鳴るのもおかしい。何故か心の中がざわつく。すぐここから離れよう、そう思った時だった。いきなり、そこにあったはずの地面が姿を消し、暗闇に飲まれた気がした。
「…!?!?」
何があったか分からない。だが落ちてはいないし、ましてや地面が消えたわけでもなかった。
全く妙な感覚が身体からまとわりついて離れない。
背中がゾワゾワする。さっきまでといた場所は同じなのに、なんだろうか、何かが違う。
妙な音が耳についた。何かこうガリガリと地面を削るような、キャタピラ音が聞こえてくる。
音は次第に大きくなる。戦車かなにか、いやもっと大きなモノか。
舗装された道路の横、木々の生い茂る林を薙ぎ倒し、ソレは現れた。
「なん、だこれ…?」
ギャリリリリリリ!!
突如現れたソレはキャタピラを全開で回している。機械仕掛けの蜘蛛のようなソレは全身から唸り声のような駆動音をあげ僕を見つけるやいなやその足を振り上げ僕に叩き付けようとしていた。
「死っ」
今さら走っても間に合わない。あんなもので潰されればまず助からない。そもそもこれは現実じゃない?この心臓音も、身体から吹き出す嫌な汗も、夢とは思えない程にリアルだ。
ゴォッ!!!!
振り下ろされるソレは僕目がけて飛んでくる。
死ぬ?妹すら見つけられないまま、僕は死ぬ。頭の中に駆け巡ったのは僕の記憶。
「あいつにまだ会えてないんだよ、助けたいだけなんだよ…!!ここで、こんな所で!僕の邪魔をすんじゃねぇよ!!」
叫んでも意味が無い事は分かっていた。しかし叫ばずにはいられなかった。
直撃するその瞬間
「伏せろ!」
声が聞こえて咄嗟に伏せた。目の前を巨大な槍が飛んでいく。僕を潰そうとしていた巨大なキャタピラを貫いて本体に突き刺ささりその後に続くように走り去っていく人の影、刺さった槍を手にして機械仕掛けの化物を圧倒していく。
「ふぅ、これでよし」
化物はスクラップ同然の様になっていた。
「君、怪我ない?大丈夫?」
夜の暗闇で顔はよく見えないが声は女の子の様だった。
「大丈夫、1人で立てる…」
へたりこんだ腰を起こし何とか立つことはできた。しかしまぁ膝は笑っているままなのが情けない。
「そうだな、とりあえずは現状の話しをしよう。多分今起きてることがさっぱりなはずだからね。私の知ってる範囲の説明はするよ。ついてきて」
そう言って彼女はさっさと歩きだしていた。笑う膝を擦りながらそれにゆっくりとついて行く。何がどうなっているのかとにかく知りたかった。情けない話だか前を歩く少女はとても頼もしく見えていた。
キオク
怪物の襲撃のあった神社から移動して、閑静な住宅街についた。
「取り敢えずここでいいかな」
そう言ってまるで人気のない家の玄関のノブに手を伸ばす。捻ると簡単に扉は空いて言われるがまま中に入っていく。
「ここはお前ん家なのか?」
「違うわよ、ここは私の家じゃない。今はちょっとお邪魔するだけ。外で説明するよか建物の中の方が安全だし」
「え?お前の家じゃないの?」
それはまずいのでは?と思ったが本人は大して気にしてる様子もなく、そのまま家の中に入っていってった。それに続いて僕も家の中へと入っていく。
「どうなってんだよ…」
家の中、一面が全て白い。正確に言えばペンで描かれた様な感じ。イスもテーブルもテレビや洗濯機、家の中の全てが色を塗らずに書いたような、線と空白で作られているような感じだった。
「何これ?どうなってんの?」
触ると感覚はある。そのままの感覚だ。イスはイスとして機能してるし、冷蔵庫も動いてる。線で描かれただけの世界はちゃんと物体として機能している用だった。
「説明するから座って」
言葉短めにそれだけ言うと、多分同い年ぐらいの女子は僕に向かいの椅子に座れ、と目線を向けてくる。その目線に気圧されながらも線だけで出来た椅子に恐る恐る腰掛ける。
「まず自己紹介から。私は明野坂明、呼び方は、まぁ好きに呼んで。よろしく。」
とてもさっぱりとした自己紹介だ。覚えやすい。
「立花暮之、よろしく。」
こっちも簡単な自己紹介で終える。余計な事は言わずに取り敢えずは名前さえ知っていれば充分だろう。僕はさっさと本題に入りたくてしょうがない。
「ここは何なんだ?さっきの怪物といい、この風景といい、普通じゃないし。坂野坂、あんたも普通じゃない。」
あんなバカでかい槍を持ってバカでかい化け物と戦っていた。それになんだか明野坂は戦い慣れていた。
「一度に全部説明するのは面倒臭いから、大事な所だけ掻い摘んで説明するわ。貴方が呼ばれたこの世界はね、Worldって言うの。誰が言い出したか知らないけどここにいる人は皆Worldって言ってるわ」
「World?呼ばれたってどういう事だ」
「貴方がさっきまでいた場所、あそこがWorldと繋がる場所になってたの。ポータルって言うんだけど。それがたまたまあの場所に繋がって貴方が呼ばれた。」
それから少しの間、明野坂からこの世界の大まかな話しを聞いた。このWorldに存在する侵略者という奴らの事、Worldは僕らの記憶でできているという事、このWorldを侵略者から守らなければ僕らの世界が滅ぶという事。
どれも突拍子のない馬鹿みたいな話だと思った。しかし僕は実際に経験してしまったものだから、もう信じるしかない。
「僕はこれからどうすればいい?」
「そんなの決まってるでしょ。戦うしかないよ、ここで生き残るにはそれしかないもの。」
「やっぱりそうなるのか…。」
「取り敢えずは貴方に戦い方を教えてあげる。」
「戦い方、か…」
いきなり大変な事に巻き込まれてしまった。
しかし、いきなり戦い方を教えるなんて言われてもなぁ、生まれてこの方体を動かす事が特別得意な訳じゃない。
「現実世界に帰るにしても奪われたエリアを回収しないと帰れないし、取り敢えず実戦あるのみね。まぁ実戦と言っても最初は私との模擬戦からスタートするから。」
それだけ言ってそのまま外に出ていってしまった。あとを追うように僕もつられて外に出る。
真っ白な住宅街、人の気配は一切しない。
「さ、まずはキオクの操作から」
いきなりキオクの操作と言われても、何をどうしたらいいかなんて分からない。
「キオクの操作って…どうすればいいんだ?何も分かってないぞ」
「そうね、何でもいいからまず自分の記憶を思い出してみて、楽しかった事とか、悲しかった事とか、私達はキオクを使って戦ってるの。貴方のキオクの中で1番残ってる事、それを思い出せばいい。まぁとにかくやってみて」
思い出す事なんて妹との記憶ぐらいしかない。しかもその中で自分の中で残ってるものなんて、それこそ妹を失った記憶が大きい。そんなもの思い出せば思い出すほど感情が抑えられなくなる。鮮明になっていく。何か、でも、何だろう、どんどん膨れ上がっていく、感じが、
「落ち着いて」
声がしてふっと我にかえる。いつの間にか両手をぎゅっと握られていることに気付く。
慌てて手を離そうとするが、
「いいから、そのままもう一度。」
思い出せば出そうとするほど、あの頃の思い出が巡ってきては痛みに変わっていくのがわかる。
楽しかった事も、辛かった事も全て痛みに変わっていく。頭の奥がチリチリと焼ける様な感覚。次第にそれは広がっていって燃え移る。体全体が焼けるような痛みに襲われた。
「っっっ!!はぁ、はぁ…痛ぅ…!」
何故か両手は血だらけになっていて、そんな手を押さえていた明野坂の両手も自分の血で赤黒く染まっていた。
「悲痛ね、ここまで傷付けるなんて。貴方自分の事をよっぽど認めたくないのね。随分と過去に縋っている様に思えるけど…。まぁいっか。」
押さえていた両手を離す。自分の手はズタズタに切り裂かれてボロボロになっていた。
「すまん…手ぇ汚れたよな。なんか拭くもの…」
「いいから、貴方はまずキオクを使えるようにして。それからじゃないと始まらないから。」
明野坂はそれだけ言ってさっきの家に入っていってしまった。
1人呆然と考える。
「妹との思い出、記憶、か…」
イノセントワールド