とらわれの魂
地獄の入口で亡者たちが騒がしくわめいて、走り回っている、それはこの世の理に逆らおうとし、地獄の亡者と争う人々だった。あたりをみるとそれは冷たく、寒い薄暗い洞窟の内部だった。
「天国でもないのに、生き返ろうとするなんて」
皮肉に笑う人々は、彼等のわきを通りすぎる。それもそうだ、九死に一生を得た人間のほとんどが、たとえば臨死体験を経験したところで、地獄を見るものの例などほとんど聞いたこともない。一列をつくり地獄へ進むものたち、その腕には手枷足かせがある、ただときに、それをかかえたまま元来た道を戻ろうとする人間がいる、それを冷笑するものもいる、当然だ、地獄へ行くものたちが生き返ろうなどと虫のいい話しはない。
「お前が選んでだまされたんだろう」
一人の赤い顔をした餓鬼が、暴れまわる魂の袖をつかんで説得を試みていた。その男は、さっきから自分の言い分だけをはなしている、餓鬼は赤い顔をして、わらであんだようなズボンをはいていて、右手には金棒を持っている、男の言い分は、はじめから決まってこうだった。
「俺は、騙されたんだ、知らなかったんだ、ここに来るまで、自分が悪事に加担していたことなどしらなかった」
男は悪女に騙されて、危ない薬の運搬をしていた。それを全くしらずに、ただときどき、物を運ぶように依頼されていてなにも疑わず、指定された場所から場所まで、それも近所をついでに、彼女のいうように物を運んでいた。
「俺は彼女のいうことを聞いていただけだ、彼女の事が本当に好きだった!!」
そのとき、その洞窟の奥から現れ、餓鬼の後頭部を叩くものがいた、女だった、それは男の意識の中で見覚えのある形をしていた、今の話に出た例の女だった。餓鬼は一瞬意識をうしない、その場に倒れた、そのごもぞもぞと動くものの、平衡感覚を失っているようで、虫のように地面をはったり転げたりしていた。
「本当に騙されてたのよ、さあ、いきなさい」
女は、男に光の向うを指さしていった、男がそこへいくと、だんだんと足が軽くなっていき、呼吸も楽に、全力で走ることもできた、ただ男は途中で足をとめ、おそるおそる後ろを向こうと、例の女の反応をうかがっていた。
「ふりかえるな!!」
餓鬼が生き返ったようで、争うような声がきこえる、そして女が最後に行ったひとことで、男の意識は、次の場面にいた。
「私も騙されていたのよ!!」
男は一瞬天国をみて、次の瞬間、病院のベッドの上にいた。マフィアの男に惚れていた女、その女に惚れたベッドの上の男、彼は生暖かい好意の感情を抱えながら、にぶい頭の痛みを感じつつ目を覚ました、そうだ、男が女を手に入れたとき、男はマフィアの男にその現場をみつけられたのだ、マフィアは女を大事にしていなかったが、女としてはあつかっていた、彼の憎悪は男と、女にむけられ彼等は暴力をふるわれた。その後男が看護師に尋ねたところによると、同じ場にいた例の女は助からなかった、だが、臨死体験の中では女は自分を救った、願わくば女も天国にいけますように、と男は考えた。
とらわれの魂