音響

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スマホの乗り換え案内と、電車の電光掲示板を見比べ、あと4駅で着くことを確認する。暇を持て余すように、横にいる佐藤研一の話に耳を傾ける。
足を組み、偉そうに話す研一を哀れみの目で見てやるが、全く気付かない。
「…だからさぁ、やっぱりロックは汚くて訳の分からない歌詞が多いんだよ」と、ロックの全てを知っているかのように話す。
汚いかどうかは別として、確かに訳の分からない歌詞は多い。そもそも、ロックに限らず、歌詞はリズムに合わさるように作られてるわけで、まるまる1つの文章が歌詞にされている訳ではない。訳が分からなくなるのも当たり前と言えば当たり前だ。
「じゃあビートルズはどうなる」と、反論としてではないが、なんとなく聞いてみる。
「え?あれってポップスじゃないの?」と先程までの得意げな顔は間抜け面に豹変した。顔を見、思わず噴いてしまいそうになるのを必死に堪える。
「もちろんポップスもあるよ。けど、ロックだってある」
「ふーん」と不満そうな顔をし、うつむく。相変わらず感情が表に出やすい。良く言えば正直、悪く言えば嘘がつけない。いや、嘘がつけないのは欠点ではないかもしれないと近衛 聡は思う。
横目に、窓ガラスに打ち付ける雨水を見つめる。トトトと窓ガラスに当たる雨水の音、ガタンゴトンと車輪がレールの継ぎ目を通る音がリズム良く弾かれる。テンポは定かではなく、ばらつきのある音だが、それが多種の音楽を生む理由にもなる。もしかしたら、音楽とは突発的なものなのかもしれない。たまたま聞こえた音を選好し、音の性質を利用して組み合わせる。そして、これに律動、旋律、和声などを組み合わせ、自分にとってより良い音楽を作り出す。
アメリカの音楽家、ジョン・ケージの「音楽は音である。コンサートホールの中と外と問わず、我々を取り巻く音である。」という言葉がある。
音楽とは、言ってしまえば、様々な音の羅列でしかない。しかし、人はそれを楽しんだり、意味を感じ取ったりする。
僕は、それは当たり前のことなのに不思議に感じる。只、僕だって楽しい、カッコいい、おしゃれなどの音楽に対する感性はある。だから、今だって雨音と電車の音に心癒されている。そんなことを思う。

傘に付いていた雨粒はほとんど乾いていた。その代わりに傘の元に小さな水溜まりを作っている。雨音と電車の心地よい振動が眠気を誘う。隣にいる佐藤も、うたた寝している。車内は静かで、少し音を立てるだけでも目立ってしまう。静かに息をつく。目を閉じる。やはり面白い音だ。何か音楽をと、頭の中で、てきとうな音を雨音と電車の音に合わせ、音楽を奏でてみる。なかなか上手い具合にいかない。自分には作曲センスがないのかと残念になる。
やはり、自分は音楽を作るより聞く方が合っている、と思う。


「おい、近衛」佐藤が横から呼びかけてくる。「過ぎちまったよ」と。いつの間にか寝てしまっていたようだ。目標だった駅はとっくに通りすぎていたので、急いで電車を降りた。知らない景色が視界に広がる。山々が聳え立ち、建物は少なく、緑に囲まれている。後ろを振り向くと、少数の乗客を乗せた電車の自動ドアが閉まった。ホームにアナウンスの音声が響き、電車は走り始めた。流し目に電車を見送る。電車のあった場所は景色が開け、急な孤独感に襲われる。気付くと、先程までいた佐藤も姿を消していた。いや、さっき電車から降りたのは僕だけで、佐藤は降り遅れ、電車で更に先に行ってしまったのか。どちらにせよ孤独感は絶えない。周りを見渡す。何故かホームには電光掲示板が見当たらない。電車がいつ来るのかが分からない。
歩いて帰るしかないのか。しかし、隣の駅すら、ここからは見ることができない。焦る気持ちとは裏腹に、全く解決の余地がない現状に苛つく。
ふと、同年代だろうか、ベンチに座る女性を見つける。一方を見つめ、上の空になっている。何かを見つめるというよりかは、何かに聞き入るという方が近いかもしれない。
その女性と同じ方向を見てみる。何もない。「あれ」さっきまでの山々と緑は、と不思議に思う。緑は薄暗い白に変わり、さっきまでの靄がかかったような景色は、はっきりとし、現実的になった。
夢だったのだろうか。布団を、柔らかい感触を確認するように撫でる。
布団から立ち上がり、頭を起こすために水を飲み、リビングに向かった。
リビングに行くと母が皿を洗っていた。
「あんた今日、学校あるの」と聞いてきた。何故そんな事を聞くのかと不思議に思いつつ、「あるよ」と答えた。「あんた時間ヤバいんじゃない?」と落ち着いた声で言った。時計を見、状況を理解した。


急いで家を出たが、結局、間に合わなかった。なんとか三時間目には着こうと試み、それすら叶わないどころか、いくつもの忘れ物をし、先生に散々怒られるハメになった。当然の報いといったところだが、昼飯を忘れたのはいたかった。
昼休み、皆が昼食を取るのを、何も食べずに眺めるのは酷なので、てきとうに学校を歩き回ることにした。
教室を出ると、がらんとした廊下が向こうに続いていた。誰もいない廊下。一度、授業中にトイレに行くときに経験したことがあった。そのときは何とも言えない快感を感じた。皆が授業を受けてるのに自分だけ受けてない、という感情よりかは、ここの空間は自分一人しかいない、他のうるさい奴らがいない、心安らぐ、といった感じだった。

今もそうだ。ヒトヒトと床に吸い付くような感触。窓から入り込み、真っ直ぐに僕へ向かってくる空気の流れ。

階段を降り、外へ向かった。陽を浴びたかった。
廊下を一直線、出入り口に近づくと、一人の女子が見えた。彼女も弁当を忘れたのかと、ふざけて、思ってみる。
歩くにつれ、彼女に近づく。「あれ…、どっかで見たことあるな」出入り口を境にそこにいる彼女が、夢に出てきた女性と同じように見えた。夢で見た女性は制服姿ではなかったが、顔がよく似ていた。只、格好が違った。夢での彼女はベンチに座っていたが、今そこにいる彼女は、なりふり構わずコンクリートの地面に寝転がってる。
「何してるの」と思わず聞いてしまう。知らないどころか、先輩かもしれない女子に対してタメ口は失礼だったかもしれないと、後から後悔する。
彼女はこちらを見向きもせず何かに集中している。無視されたなと感じ、諦めてまた歩き出す。「音楽を聴いてるの」
後ろを振り向く。彼女の耳を見ても、イヤホンなどは見当たらない。「何の?」「色々」「ふーん」
何か音楽を聴くことが出来ると思い、彼女の隣に座ってみる。地面は意外とひんやりとしている。コンクリートの地面を見て、制服のズボンが擦りきれないか、座ってから気になった。「何してんの?」彼女は横目でこちらを見る。「え…?僕も音楽を、と思って」ここにいることを非難されているようで戸惑ってしまう。「あなたには聞こえないわよ」「え?」「あなたには分からないわ。良さが」
僕には彼女の音楽性が理解できないということなのか。
「一応、僕は邦楽だけじゃなくて、むしろ洋楽を多く聴いてます。アイドルとかボーカロイドとか、下らない音楽を聴いてる奴らよりかはマシなものを聞いてると思いますよ」少し興奮気味だった。
「あのさ、キミはアイドルとかボーカロイドを聞いたことはあるの?」冷えた空気を感じる。「少しだけなら」彼女の目がこちらを見る。「それで嫌いとか言ってたの?そういうのを知ったかぶりって言うんだよ」「じゃあ、アイドルとかには興味はあるんですか?」「ないわ。興味がないから、否定も肯定もしない」と言い切る。彼女はまた何かに聴き入る。

「それ、何を聴いているんですか?」
彼女は一度こちらを見て、僕に背を向けた。あからさまに嫌がっているので、この場を後にすることにした。後ろを振り返ると見えたのは、腕で頭を抱えながら寝転がっている姿だった。

気分が悪い。何故か不安な気持ちになる。
そこでチャイムが鳴った。残り5分で授業が始まる合図だ。再度、後ろを振り返る。彼女の姿勢は変わらない。一度呼びに行こうと思ったが、止めておいた。僕には、彼女は授業に参加する気はないように見えた。
いっそのこと僕も、とも思ったが、先生に怒られるのを恐れ、教室に真っ直ぐ戻ることにした。教室は2,3,4階に集中しているためか、一階の廊下は静かだ。

歩きながら、寝転がる彼女のこと考える。一体どんな音楽を聴いていたのだろうか。或いは、普段、何を聴いてるのだろうか。
彼女への問いは尽きない。


後ろを振り返る。勿論、彼女の姿を見ることはできない。押し殺すように、静かに息をついた。

音響

音響

音を楽しむ女子と、主に洋楽を好む男子。 時間が経つにつれて、男子の、音楽という芸術に対する感じ方も少し変わり、少しずつ惹かれ合う。 そんな二人を描いたもの。 ベタではない恋愛もの(を目指しているつもり)と音楽とを合わせたものです。恋愛ものを書くのは初めてで不慣れなので、評価は期待できませんが、読んでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-24

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