レモンの飴~第1話~
僕の淡い初恋は飴のように溶けてなくなった。
だけれどそれは甘いというより、酸味とほろ苦さ……例えるのなら檸檬のような。
僕は毎年夏も終わりの頃になると縁側に座って、麦茶を飲みながら憧憬に浸る。
確かに夕焼けやら夏の空気も好ましいけれど、それよりも忘れてしまいたくはない、舐めていればいつの間にやら溶ける飴のような淡い青春があった。
幼かった僕は祖母の隣で縁側に腰掛けて、麦茶を飲んでいた。祖母はそれこそ温厚な人で今でもそこにいるようなそんな気がしてたまらない。僕はわんぱくでなくていつもいつも祖母の隣にいたものだから、幼馴染みというのは極端に少なく、活発に人と関わりだす高校時代まで友人は片手で数え足りるほどだった。
ある日内向的だった僕を不安に思ったのか、祖母は僕を隣の家に連れ出した。大きなお屋敷として有名なその家には強いて例えるとするなら、百合のように白く可憐な少女がいた。なんとも浮世離れした、絵の中でしか出会えないような彼女に息を呑んだ。どうやら祖母らの話によると彼女は病弱体質で、太陽の元に出るのはご法度らしい。僕はその彼女を見てある意味で人間の心を体現していたと思い出す。周りを守られているけど、それは酷く脆い。この日が彼女と僕の結びつきの始まりであった。
彼女は酷く脆い。おまけに籠の中にいるからか外のことを一切と言っていいほどに知らなかった。僕は彼女の為に来る日も来る日も、外のことを少しづつ教えていった。
そうしていくうち、彼女は僕を慕ってくれるようになっていた。
多分今思えばそれが僕の初恋であった。しかし昨日のように鮮烈に覚えている。それ以外何があったのかすら色褪せているのに、だ。
星が瞬いた。僕は少しの間、星空を眺めることにした。夏の夜の時間の流れ。何処か望郷を煽る。仄明かりと形容できる、蛍の光がいつもより霞んで、見えた。
夜とは不思議な時間だ。空気がゆったりと停滞し、妖しげな空間を演出する。
この中にずっといたい。思い出の虫かごに囚われていたいけど、時は残酷にも流れた。
彼女の訃報を聞いたのはつい3年前。不慮の事故だったと知り合いから言伝を受けた。
僕の記憶の中で淡い何かが弾けて散っていく。線香花火の消えたあと、そこには空しさだけが残った。そして知り合いから手紙を貰い受けていた。僕の名前が記されており、それは遺品整理の途中でタンスに眠っていたものらしい。
まだこれを開けるには至っていない。便箋の中を開いてしまえば彼女は散っていく様な気がして、まだ手元に大切に保管していた。
皆から開けるようにと催促こそ受けているけれど、僕はそれを頑として拒んだ。彼女を守る様なそんな淡い想いで僕の周りから人はまた少なくなった。
―開けてみるかな。
その一心で僕は彼女の手紙を今開くことにした。糊は乾き、紙も褪せているが、彼女の字ははっきりと読めた。
レモンの飴~第1話~
現在2話目書き終わった時点ですが……これは行けたんじゃないか(ある種の作品における一線を超えた)きがします。まだまだ続くので宜しくお願いします。