雲の旅人
「押しつけがましい正義もあるものだ」
「正義?」
なぜだか、農夫はぎくりとした、田舎道にあらわれ、一昨日から栗の木の下でずっと休み、動きもしない、どこかからの旅人らしき人が、村の中でうわさになっていた、仕方なく、こういう事が得意な農夫が、彼の説得に訪れた。
「きみはなぜここにいるんだ」
「まっているんだ。僕は雲の下、雨ふりの中でしかあるいていけない、食事は必要がないが、これが僕の呪いだ、あそこにある雲が、丘を越えた山にさしかかる道をつくるまで、ここであながふさがるのを待っている」
農夫は首をひねった、他の人間が話しかけても無駄だったし、この村一番のかわいい兎が話しかけても無駄だった。
「なぜ?僕にはそれをおしえてくれたんだ?」
「人に知られてはいけないからだ」
「僕は、知ってしまった」
「あなたは人に話さない」
要領を得ない会話だが、農夫はしばらく彼と一緒に空を眺める事にした、そもそもここは農夫の土地でもあったし村の人は好奇の目でみていたが、特に悪さをしたことのない旅人だった、ただ奇妙なだけだ、農夫は、この旅人に、ときたまさ咲く綺麗な野花の姿をかさねた、野草や野花はふだん人から煙たがられることもあるが、その中には特別綺麗な花を咲かせるものもある。
「ああ、しまったよ、今道が出来ていた」
「えっ、ああ、話しかけてしまった」
農夫は彼の言葉を全て信じたわけではなかったが、たとえば彼の言葉の中の、呪いという箇所をかれの癖のように思えば、変わった人間としてとらえればいいだけの事だとおもった。
「いや、あなたのせいじゃない」
農夫は空をみると、雲の影になった道が、田と田の間のあぜ道にみえていた、だがなぜだか、旅人はすっと立ち上がることもしなかった、むしろそういって話をするうちにのろのろと立ち上がったのだった。
「農夫さん、あなたは秘密を守るだろう、いくつかクワが壊れていないか?あなたはそれだけが苦手だろう、わたしが直してやろう、そしたらここをでよう、だけど今まで通り、全ての事を秘密にしておいてくれ」
農夫は確かに、ものの修理だけが苦手で、毎日毎日、ことあるごとに自分のたったひとつの欠点を誰に話す事もできずに悩んでいる一面を持っていた。それから農夫は歩いてすぐそばにある、自宅へ旅人を案内した、家の裏手の蔵に案内し、いくつかの農具を彼の前にだすと、彼はものの一時間もたたずに、それらすべてを修理してみせた。
「たいしたものだな、これで生計をたてられるじゃないか、きみ、すごいよこれは」
「いや、呪いがあるんだよ、僕は旅をしながら、人をたすけ、そのことを人に知られてはいけない、呪いにかかっている」
彼がいうには、彼の先祖はそこそこ力のある地方の領主、大名をしていたが、あまりにひどい悪政を行ったあげく、でたらめな領地の管理を行っていたため、彼の親の代からは、その地域は墓もつくられず、宗教さえも禁じられたので、恐ろしい怨霊がうまれ、彼の親は流行り病や、相次ぐ家族の不幸に襲われた、霊媒師、祈祷師などを雇ったもののそのほとんどが返り討ちにあい彼の家は、滅亡の危機に瀕していた、最後に生き残った彼だけが、ある高名な仏寺の和尚の助けによって、彼のいう呪いをうける変わりに生き延びる事ができているのだという。
「あんた、飯食わなくて平気なのか」
「一か月は大丈夫だよ、あと、俺は子供をつくれない、なぜ生きているかもわからないが、この呪いについて考え続けているんだ」
そういった旅人は、寂しそうに元居た木のあたりにあるいていったが、翌日農夫がそこをみると、すでに彼の姿はそこになかった。
雲の旅人