妖怪と親殺し

 誰もが寝静まった田舎の町、ひとつの妖怪が一人の人間とひそひそと会話をしていた、シャッターの下ろされた商店には、彼等のほかに何の生物の影も姿もなかった。たとえば、それが妖怪や人の歴史の上で大きな意味をもつことだろうと、彼等の会話と、その決断とを知る人もいないのだ。
「親を殺されたから俺を説得しようとしているのか?」
 妖怪は言った。それはまるで、親が子供を諭し、なだめるようなしぐさをともなっていた、反論の説得力のないところは、それが妖怪だという事と、目がたくさんついたその奇妙な姿ばかりでなく、その気配そのものが何物をもとおざけるようなおどろおどろしさをもっていたからだった。それは人の内臓や、頭蓋骨をみたときのような気持ちの悪さでもなく、合成の心霊写真をみたときのような感覚でもなかった、それはほかに形容しがたい。おどろおどろしい、というよりほかはない、気味の悪さと愛らしさと教訓をもっている、妖怪の姿は、目がたくさんはえているほかに特徴は、丸い小さなからだ。たいして人間は、フードをかぶって姿がよくみえない、ただ影がさした横顔から表情は暗く映る。しばしの無音、月光が後方から彼等をてらしている、もう一方の怪しい青年が次に声を発した。
 「俺のおやじは、妖怪と契約をしていた、それで夢をかなえたし、それで俺の母と結ばれたのだ、お前がそう俺にはなしたじゃないか、そのとき、俺の中から恨みはきえた」
 「そうだ、たしかにそうだ」
 声とからだつきから、人間は青年らしいことだけはわかった、青いフード付きの服をきている。
——数年前のこと、青年はまだ少年は妖怪の姿を、父の事故の現場でみて、それからずっと彼の存在をおいまわしていた、たしかにカメラやノートを用意して妖怪の生体を分析しておいまわした、だが、父の死から彼が追うというよりも、彼の目の端にたまに、妖怪の姿をみるようになったのだ、彼は街や、人気のない場所でみるとき、その妖怪の影をおった、なるべく人目につかないように、なけなしのオカルト知識をつかって、塩や道具を持ち歩き、妖怪を退治しようとしていた。ついに、一度おいつめたこどがった、それが場所は今と同じ、この商店街、深夜のときだった。
 「もうすぐ朝がくるね」
 と発したのは、妖怪だった、丸いからだ、人間でいうと二頭身ほどしかないそのからだのそこら中に丸く盛り上がった箇所があり、そこからいくつものひとみがのぞいている。手のひらは胴体の真ん中あたりに左右について、足はおまけのようにちょこんと、しっぽのように左右の幅もなくついている。
 「お前が助けを乞うた、だから俺はあの時、たすけた」
 「そうだ、だが人間は、俺たちを忘れていく、俺たちの命は、もうないも同じだ、もっと人から恨みをかわなければ、生きていけない」
 この国の人間から、妖怪の異質さ、愛着は年々うすれていった、それどころか都市に住む人間からは、生の実感も死の実感も薄れていくばかりだった、それは人間そのものが、崇高な、あるいは低俗な成長をとげていたからだ、もはや人間は人間のために生きているのではない。青年は、それから妖怪に愛着を覚えていたのだ、父を殺したと自白した妖怪に。
 「俺は、憎悪をすてた、妖怪も妖怪のために生きている、俺はお前から、父の本当の姿をおしえられた、だからこそお前にも気がついてほしい」
 日光が二人の間をてらした、妖怪はうんともすんともいわず、影の中にきえていった。青年の中にあったのは、妖怪への愛着と、親殺しの相手に対して復讐心ではなく、同情をもった自分の哀れな姿だった。
 「人が悪いんじゃない、事情こそが悪い、それだけのこと」
 青年は、事故の事を想いだしていた、あの日、青年は父が自動車事故でぶつかった相手の事をおもいだしていた。相手はまだ、眠り続けている。

妖怪と親殺し

妖怪と親殺し

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-23

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