王子と道化
「取り換えっこしよう」
双子の兄が、幼少の頃にいった、それは自分とそっくりの存在が、自分とまったくことなる、自分そのものになるという事。ひとつの国に双子の王子。いつもひいきにされていたのは兄のほうだった、弟はいつもばかにされていた、母からも父からも。
「弟よ、お前が王子になれ」
それが同情だったか、愛だったのかは今も分からない。ただ二人の王子は、王室にとって厄介な問題だった。一人は、殺すか、こっそりと宮廷で下働きにさせるか……気をもんでいて、国王と王女はそんな話をしてばかり、喧嘩も多く、その末にいつも弟の勉強の不出来さをせめていたが、ついにその日がやってきた。子供たちの世話用の一室に、ある日、顔を赤くそめた二人の親がやってきた
「おまえの弟は始末したよ、何も気にする事はないのだ」
「あすからはおまえだけが王子なのよ、そしてこのことを、だれにもいってはいけない、お前は何も悪くはないのだからね」
唖然としていた、いつも二人であそんでいた部屋に、一人がかけていた。カーペットは一人占め、けれど両親は昨日とは違う、鬼気迫る表情をしていた。およそ一般家庭においてこれほど親が追い詰められ、子どもに対して殺気立つことがあるだろうか?二人は知らないのだ、兄と自分が入れ替わっているという事を……その日から王子となった弟は、その記憶を消し去る努力をしていた、食事中も、世話係との会話のときも、楽しく一人で庭を歩き回るときも、平気なふりをしてこんな風に考えた、それはたとえば、こんな風に“双子”だったという事を解釈することによって、どうにかこうにか、自分の心をごまかしていた、
「自分は初めから兄だった、この罪悪感は、弟を見殺しにしたことによる罪悪感からうまれたのだ」
王子の世話係の一人には、道化がいた、いつも本当の顔をみせず、白塗りのメイクに、紫や赤の狂気じみた化粧をしていた。誰も信用せず、だれにも信用されようとしなかった、だからこそ彼は誰よりも信用されていた。王子にはつらい記憶や歳を追うにつれて重圧もふえていったが、その奇妙な世話係の手助けもあって、兄がしんでからふさぎ込んでいた王子は、年々立派になっていった。
兄弟はまだ生きている。その空想に危機がやってきたのは、王子が13歳になったころから、丁度その時期から、近頃執務や、行事もこなすようになり、その年から、このアイシャの国で最も有名な祭典、“黄金狩り”の祭りをこなすようになっていたころだった。世話係の“道化”マクベスに、王子は相談した。
「相談がある、マクベス!!」
王子の相談は、近頃死んだ兄ににている従者を見ることがある、それは母についてまわっている、私によく話かけ、何か探りを立てているような気もするが、死んだ兄と話ているようで気が楽になった。するとマクベスは、気が動転したようになり、いつもは少しも変化のない表情を、めずらしくこわばらせていった。
「そいつと仲良くしてはいけません」
「でも……」
「僕に逆らうな!!」
マクベスは、命令をした、そんな事は、後にも先にも初めてだった、むしろそのことに、死んだ兄の面影を感じたのだった。だが、それからまもなく王子にとっては兄弟であり、自分に似た母の従者は王子に“自分こそが兄だ”と告白して、かつて弟だった現王子を惑わせるのだった。
それから二年が経て、また夏が来る、宮殿の召使、従者、王族すべてがばたばたとしている。例の時期が近付いているのだ。王子、王子、黄金狩りの時期が近づいています、王子の命を狙う、最下層の奴隷たちが、王子の命をねらっていますよ。お目付け役が王子につげる、 「わかっている」
——黄金狩り、アイシャの国で、毎年一回必ず行われる祭り、時期は宮廷の告知によって性格な日時がきまる。王子を殺した人間が次の王子になり、その財産と名誉、名声を手にする事ができる、国の唯一の合法的暗殺祭。だが奴隷も、中流階級も、上流階級も、全ての人間は知っているのだ、王子は必ず安全だという事を、そんなものは、影武者に依って本当の安全は確保できるのだと。去年も王子は暗殺された、だがそれは影武者だった。祭りの最中、王子がどこにいるか、それがこの祭りの本当の姿だ。それが、“その情報”が洩れるという事は、王子の人望がないということ、この祭りはよくできている、本当に王子たる度量のない人間を選別する祭りなのだ。
光と影、柱とひだまりの合間をぬって宮廷の庭ぞいの通路をかけていく、王子はその日孤独だった、父も母も自分の命を狙うかもしれない、だが只一人だけを信じていた、王子は走った。
(マクベス、マクベス!!)
探し回ったさき、ある場所をめざしていた、通路をこえて、自室を覗き、それからついに、隠れるべき場所へとむかった。扉をあける、そこにだれもいるはずがなかった、
「マクベス、お前、なぜここに」
信じていた一人は、血にそまってこちらを見ていた。それは毎年違う隠れ場所の中で、今年王子とマクベスが選んだある蔵の中だった、地下空間にマクベスと、自分ににた死体がひとつ……。
「あなたは騙されていたんですよ、彼は本当の兄弟じゃありません、他国のスパイです」
王子は本当のことはわからなかった、小さな宮廷で孤独に暮らすかれには、世界の広さも、そこにある事実も、そこに生きる人々の苦悩もわからなかった。ただ一つだけわかっていたこと、マクベスも、自分も一人の人間だという事だった。
王子と道化