懸賞茸

懸賞茸

茸不思議小説です。PDF縦書きでお読みください。

 変な懸賞があるものである。
 今年あるところで、アイスクリームを買った。子供の頃によく食べた懐かしいものである。その当時、子供の舌にはとても美味しく感じて、しかも、食べ終わった経木のスティックにホームランと焼印が押してあると、もう一本もらえた。
 夏になり、骨休みに、秋田の湯沢で有名な小安温泉に宿をとった。多朗兵衛旅館である。何度か来ているので、あたりの様子はよく知っている。宿に入り、夕食まで間があるので、あたりをぶらつくつもりで外にでた。渓谷ぞいの道なりに歩いていくと、昨年来たときには気付かなかった、駄菓子屋のような店が山側にある。もうすぐ朽ちそうな古い建物で、入口にはブリキで出来ている赤いポストがかけてある。昔多くの家で使われていたものだ。
 道を渡り、半分開いているガラス戸から中を覗いてみたら、奥におばあさんが丸椅子に腰掛けて雑誌を見ている。地元の野菜や雑貨が棚におかれている。中に入ってみると、氷に入ったラムネや缶ジュースもあるし、あんパンやジャムパンがおいてある。脇に小さなアイスボックスがある。中には何種類かのアイスクリームがあり、それに混じって、そのなつかしい四角いスティックアイスクリームがあった。柄が経木でできている。昔と同じ形なので懐かしくなったのである。
 どれでも百円と書いてある。ポケットから百円玉を取り出して、「一つください」と差し出すと、丸い眼鏡をかけた腰の曲がったおばあさんは「すぎなんを、とってくりゃ」というので、アイスボックスを開けて取り出した。
 「ありがとさん」
 ばあさんが、椅子に腰掛けたままおじぎをしたので、「どうも」と店を出た。
 紙をむいて、入口脇に置いてあったゴミ箱に捨てると、舐めながら川沿いに歩いた。やっぱり懐かしい味がする。あのホームランと同じだ。
 渓谷に下りるところにきた。下にいくと、絶えず蒸気が噴出しているところがあり、それが有名だ。「からふき」と言っていたが、今は大噴湯とかいって、地質学のつまらない名前に変わってしまっている。
 何度か来ているので、下には降りずに、通り越して、このあたりの農産物などを売っている小さな道の駅にきた。部屋で食べるおつまみを買っておこうと思ったのである。
 そこにきたときに、調度アイスクリームをなめ終わった。さて、捨てようと思って、スティックを見ると、茶色の焼き印が押してある。やっぱり、ホームランのアイスクリームと同じだ。会社がまだあるのだろうか。
 しかし、そこに書かれていたのは、大当たりきのこ、であった。ホームランではなく、きのこである。
 きっと秋田だから、きのこにしたのだろう、と思って、それを持ったまま、買い物を終えると、帰り道にアイスクリームを買った雑貨屋さんに寄った。
 相変わらず、ばあさんが椅子に座って雑誌を読んでいる。
 奥に入って声をかけた。
 「あのう」
 ばあさんが顔を上げた。なんだい、という顔だ。
 ちょっと躊躇したが、「アイスクリーム食べたら、こんなのがでたのだけど、なんでしょう」と聞いてみた。
 ばあさんは、しげしげと、それを見ると、ぱっと目が輝いた。しわくちゃの顔が一瞬にテカテカになったのだ。それで私を見上げた。
 「当たったのかあ、よかったの、わたしゃ、ここで五十年店やってるが、当たったのはあんたさんが、初めてだ」
 なぜかとても嬉しそうだった。それにしても、五十年で初めてとはすごい。
 「一本もらえるのですか」
 「ああ、一本もらえるんだよ」
 「ここから取っていいですか」と、アイスボックスに手を伸ばそうとしたとき「もう一本買ってもきっと当たらないないよ」
 と、ばあさんがいった。ちょっと意味がわからない。
 「いや、一本もらえるって言ったから」
 「あんや、アイスじゃねえよ、きのこが一本もらえるんだよ」
 「茸ですか」
 と、私はちょっと驚いた。
 「そうだよ」
 「どこにあるのです」
 今はまだ茸の季節にしては早い。八月の初めである。
 「いま、書くもん渡すから、それに書いてけれ、送っておくからよ」
 ばあさんは立ち上がると、奥から、一枚の紙をもってきた。
 きのこアイス、当選者記入用紙とある。みると、大当たりきのこがでた人には、きのこのプレゼントとあった。住所、氏名、年齢、電話番号を書く欄がある。
 季節になると、天然のマイタケでも送ってくれるのかもしれない。そう思うと、なんだか自分も嬉しくなって、紙に必要なことを書き入れて、ばあさんに渡した。
 「秋になると茸が送られるでよ、よかったな」
 「舞茸か何かですか」
 「おらは知らねえが、そんなけちなものじゃないべえ」
 「もっと美味しい茸ですか」
 「うーん、どんなんかしらんが、いい茸だべ」
 これじゃらちがあかないと思って、「楽しみにしてます」
 と、店を出た。
 多朗兵衛旅館に戻ると、自販機でビールを買って、部屋に戻った。と、気がついたことには、当たった証拠がない。何かくれても良さそうなのに、あのばあさん忘れたのだろう。店に戻ってもいいが、もうビールのプルトップを引いてしまった。後二日あるのだから、明日にでも行けばいいかと、ビールを飲んでテレビをつけた。
 いつもこの宿で、たまった原稿を書いたりするのだが、今年はずいぶん家でこなしたので、なにもしないつもりできた。あとで湯に入ろう。
 新聞を読もうと思って、ロビーにいくと、若女将が客の夫婦にコーヒーをだしている。
 「先生、コーヒーはいかがです」と聞いてきたが、ビールを飲んだばかりで、夕食前だから、と断った。
 「さっき、道の駅に行く手前の、雑貨屋でアイスクリームを食べました、懐かしいアイスクリームを売っていましたよ」
 若女将は怪訝な顔をした。
 「どのあたりですか」
 説明をすると、「あれ、あのお店、ずいぶん前に閉めたと思ったのだけど、やってました?」と首をひねった。
 「丸い眼鏡をかけたおばあさんがいましたよ」
 「ええ、留めさんがやってたけど、今は町の方に隠居したと思いましたよ」
 「おかしいな、昔のホームランアイスに似ているもので、大当たりで、きのこが当たりましたよ」
 「へーえ、また、あのおばあさん、始めたのかしら、それにしても、そんなアイスあるのですね」
 女将はまた不思議そうな顔をした。
 「懐かしい味でした」
 「ここにも、昔の銀座の懐かしいアイスがありますよ」
 三色アイスだ。バニラの白、茶の緑、苺のピンクの半円状のアイスがステンレスの器に乗ったやつだ。
 若女将はなかなか商売が上手だ。
 「食後にでも、いただきます」
 そう言って、ロビーのソファに行って新聞を見た。
 新聞を見ると、アメリカの大統領に、意外な人間が選ばれたことが大きく報じられていた。アメリカ第一主義だそうだ。どこの国だって、まず国民のことを考えるのが当たり前だ。そう思っても、他の国に対して、言葉を選んで振る舞い、自国のことは裏でそう思いながら旨くやるのが、政治家ってものだ。
 新しい大統領は、頭がいいのか、それともアホなのか、いや正直なのか、考えが足りないのか、まあ、どうでもいいか。日本だって、同じようなものだ。
 食事の時間なので、広間に行くと、もう、かなりの人が食べ始めていた。私は一人なので、一番端に席が設けられている。団体が入っている。若い人の団体だ、手伝いの人がそこに群がっている。どうも、韓国からのお客さんらしい。いろいろ日本の作法を教えている。以外にもといったら語弊があるかもしれないが、韓国の若い人たちが、にこやかに、日本の食べ方を教えてもらっている。若い人はどの国の人も柔軟だ。
 こんなところまで、外国のお客さんがくるようになったのだ。そういえば、国際旅館という名称が、この宿の看板に加わっていた。
 「先生、ご飯よそいましょうか」
 顔見知りの女中さんが生ビールを持ってきた。
 「たのみます」
 食事をしながら、ビールを飲むことを知っているのだ。広間の一カ所に、電気釜が置いてあって、自分でご飯のお変わりができる。
 「今日、道の途中にある雑貨屋で、アイスクリームを買ったら、大当たりでしたよ」
 「雑貨屋って、どこのです」
 「ちょっといったところの」
 「留めさんの店やってないでしょ」
 「やってましたよ」
 「へーえ、それでなにが当たったのです」
 「きのこですよ、アイスクリームのスティックに、大当きのこと書いてあった」
 「そんなアイスクリームありましたか、留めおばあさんの息子さんが、山奥でとても珍しい茸の栽培を始めましてね、どうやら軌道に乗って、その年は出荷ができるといっていたのが、息子さん熊に襲われちまった。それでね、その茸は幻になっちまったんですよ」
 「どんなきのこですかね」
 「話にしか聞いてねえんですけどね、なんでも、大きいものは高さが一メートルにもなる茸で、栽培しているところが山の上で、夜になると満点の星に照らされてあっというまに大きくなるんだそうですよ、星の光で育った茸だから、とてもすがすがしい味だということでした。」
 「ほー、その後、誰もその茸を栽培していないのですか」
 「一人息子で、茸の栽培はそれで終わり、だけど、上手くいってても、出荷はできなかったのではないかという話です」
 「どういう意味です」
 「許可が下りなかっただろうと、保健所の所長が言っていたわ、なんでも、薬としてなら使えるそうだけど、ちょっと、マジックマッシュルームに似ていて、幻覚をおこすそうですよ」
 「そうですか、でも、アイスクリームとは関係がなさそうですね。どんな茸が送られてくるか何か楽しみです」
 「きっと、舞茸ですよ」
 女中さんもそう言うと、笑顔を振りまいて、他の人に給仕しに行った。

 次の日、秋の宮に行ってみることにした。秋の宮も温泉がでるいいところと聞く。小安温泉には何度も来ているのに、秋の宮方面には行ったことがない。小安から道がつながっているが、移動手段がタクシーしかない。タクシーをつかうと、数千円かかってしまう。
 一端、小安峡からバスで、湯沢駅にでて、各駅停車で横堀までいって、乗り合いタクシーがあるということだ。乗り合いタクシーは予約をしておかなければならないが、どこまでも五百円だそうで、それならば行ってみる価値はある。若女将の話では、秋の宮にきのこ屋という天然茸料理を食べさせてくれる店があるという、夏だと、塩漬けにしておいたものを戻しているけれど、天然物だから美味しいということだ。
 これは是非行かなければと思って、宿の送迎バスで湯沢駅にでた。少し前までは木造の懐かしい駅舎だったのが、近代的なエレベーターつきの駅舎になっている。中には観光案内所もある。その扉を開けると、老人が二人そばによって来た。
 「おはようございます、どこさいかれますか」
 きのこ屋に行きたいと、いうと、「やってっかな」と、市役所かどこかを退職したようなおじさんたちは、一生懸命に、調べてくれた。ボランティア活動のようだ。もう、バスは行っちまったし、電車があるがよ、一時間後だ、とかいろいろ言ってるのだが、自分にはさっぱり通じない。
 「乗り合いタクシーがあると聞いてきたのですが」
 とたずねると、カウンターの中にいた女性に、何か説明している。
 係りの女性がでてきた。今度は電車の時刻を教えてくれて、乗り合いタクシーの電話番号も調べてくれた。
 「熊も食わしてくれるさ」
 と、おじさんが言う。
 「主人がまたぎだがら」
 ますます面白そうだ。
 私はお礼を言って案内所をでた。
 上の階で、切符を買った後、湯沢タクシーに電話をかけ予約をする。横堀駅前で待っているということである。それと特定の停車場はなく、降りるところは自由だということなので、きのこ屋で頼んだ。帰りはと尋ねられ、本数は少なく、とりあえずきのこ屋三時のタクシーを予約した。
 十時四十六分発の電車に乗り、五十八分横堀に着く。約十分だ。
 トイレに行き、駅をでると、タクシーはすでにいた。
 少し早いので、周りをちょっとみて、五分前にタクシーのところにいく。人の良さそうな運転手である。後三人乗ってくるというので、助手席に座った。
 横堀は政府の官房長官の出身地ということである。動きだし、ちょっと行くと、官房長官と同じ名前の病院とか、同じ名前の看板が目に付く。
 タクシーは病院脇の薬局で杖をついた老女を拾い、ちょっと行ったところの大きなマーケットで老女二人を拾う。後ろで老女達がしゃべる湯沢弁がペチャクチャ聞こえる。だーからよーと、義母がよく言っていた節回しの言葉が聞こえる。これは、いろいろなところに使われるようで、やっぱりそうなんだよな、との意味合いなのだろう。この三人は顔見知りではなく、始めて乗り合わせたらしい、乗り合いタクシーのいいところなのだろう。
 ちょっと前までバスがあったが、国道しか走らず、いくつかある集落に住む人は、国道の停留所で降りて、家まで歩かなければならないので、バスをあまり利用しなかったようである。それで廃止され、乗り合いタクシーになったということである。村の人は買い物や病院に行くのにこれを利用しており、利用率はとてもよいとのことだった。
 タクシーのルートはだいたい決まっているようだ。国道から集落に入ると、家々の前を通って、再び国道に戻る。
 三人のおばあさんは、違う集落で降りていった。その間に、官房長官の実家の家の前も通った。今は住んでいる人がいないようだ。
 乗り合いタクシーの運転手は様々な話をしてくれたが、十一時ちょっと前に、きのこ屋についた。国道沿いの、小さな、普通のお店である。道路の反対側に、そば屋があり、きのこ屋の娘さんがやっているとのことだ。
 覗いていると、道の反対側から女将さんがやってきて、十一時半頃から開くと言う。それまで時間つぶしに山の中を歩きたいというと、近くの道を教えてくれた。そば屋の前を通ると、きのこそばとある。これも美味しそうだ。
 道は小安にいく大きな舗装された道であった。山の中を行く道もあり、そこに入り三十分ほど歩いたが、茸はまだ生えていない。大きなうんちがあったが、熊のうんちかもしれないので写真を撮った。
 戻ってくるとすでに、きのこ屋は開いていた。
 おばさんはお茶を持ってきて「なんにするかね」と聞いた。
 きのこ定食1000ー1500円、おまかせ2000ー3000円とあったので、おまかせで、熊や茸汁もたのんだ。ビールも一本。
 またぎの主人は茸採りに行っていていないということだった。
 おばさんがそれから料理を始めた。
 かなり待っていると、お盆にたくさんの皿が載せられ、目の前に置かれた。
 茸の料理5品と茸汁である。茸汁はずい分大きなどんぶりである。。
 天然舞茸は煮てあって、さらに二つ大きいのが乗っている。味は淡泊で、色は薄緑色なので、白い舞茸だろう。さくっと噛む。なかなかおいしい。
 ブナハリタケを油揚げとともに薄甘く煮たもの。甘すぎずちょうどよい。ムキタケをショウガとともに煮たもの。だしの味でショウガがきいている。それに、おかかのかかった茹でたワラビ。
 熊肉をミンチ状にして味付けをしたものがでた。コンビーフに似ている。ちょっと脂っぽく、癖のある匂いだ。たくさんは食べられない。
 茸汁は栗茸、滑子、ムキタケ、ならたけ(もたし)、山伏茸、平茸がいっしょくたに煮ている。迫力がある。おいしい茸だけの汁である。これだけでお腹がいっぱいになる。よく食べた。
 さらに、三皿でてきたのには驚いた。泡茸と菊の酢の物。さっぱりしている。なかなかいい。杉平茸の塩漬けを戻したもの。昔は杉平茸を普通に食べていたとのことだが、最近毒性が言われるようになり、塩漬けにしたものを使うということだ。杉平茸は蕗と竹輪と煮てある。枡茸は橙色で、トマト味の甘いデザートになっていた。
 それに、ブナハリタケの炊き込み味付けご飯が最後にでた。薄味で美味しい。茸の味噌汁は出汁に岩魚を使っており、少し魚の匂いが強いがなかなか野性味がある。これで、ビールもいれて三千六百円だった。お腹がくちくて動けない。
 そこに、またぎの主人が山から帰ってきた。
「いらっしゃい」
 愛想よく、待っていた客と話をしている。
 熊を仕留めたときの写真アルバムがいくつかあったので、それを見ていると、主人がこんなことを言った。
 「殊勝な人がいてね、またぎになりたいとう若い人が、きてね、今修行をしてるんですよ、なんとね、早稲田の理工学部大学院卒業した人で、横堀で家庭教師をしながら、ここに通ってるんですよ」
 珍しい若者である。
 またぎという言葉を知らない若者の方が多いのではないだろうか。山を旅して熊を撃つ生業である。
 そんな面白い話を聞きながら休ませてもらっていたのだが、あまりにもお腹がくちくて、もう動く気がしない。そこでタクシーが来るまで待たせてもらった。
 タクシーは予定通り来た。違う運転手だったが、やはりとても愛想がいい。始めは一人だったが、途中の村で男の人が一人乗ってきた。横堀でリンゴ園をやり、湯沢で塾をやっている人だった。熊にリンゴをたくさん食われちまうこと、十年年前にこちらに戻ってきて後を継いだこと、横浜市大の商学部出身であることなど、秋田弁で大きな声で話してくれた。それで久々に、旅をした気になった。

 多朗兵衛旅館に戻り、それから三日間、実ににのんびりすごして、東京に戻った。
京王線の南平の家に帰ると、二匹の猫が丸くなって寝ていた。私が帰っても知らん顔だ。お腹が空いたときだけ寄ってくる。留守の時は、長男か長女が猫の面倒をみてくれている。きっと鱈腹食べて、甘やかされていたのだろう。
 庭に水を撒いていてくれたようで、木々も皆元気だ。
 書斎に入って、久しぶりにPCを開いた。メイルがたくさんきている。友達からきているものに目を通して返信する。クラス会をやろうというのがあったので参加する旨返したのが一番重要と言えば重要である。大事なものはほとんどない。
 仕事のメイルをあけると、一つだけ、文章の依頼がきていた。一時、大学で教鞭をとっていたが、あまりにも雑用が多すぎて、自分のやりたいことができないことがわかり、五十を越えたところで、退職し、文芸評論やエッセーを書いて生業をたてている。元々は理系にすすみたかったのだが、何せ、数学ができなかった。それで、文学部に行ったのだが、SFやミステリーばかり読んでいて、とうとう、そちらの評論家になってしまったというわけである。少しばかり、宇宙など科学のことをかじったので、エッセーも科学がかったものを要求されることが多い。
 旅行雑誌社から、茸の旅というエッセイを頼まれた。これは好都合だった。秋田の温泉に行ってきたばっかりである。
 それからいつもの生活に戻り、多忙ではないはずなのに、自分では忙しいと思う毎日を過ごしていた。

 十月になった最初の日曜日だった。夕方宅急便が届いた。
 かなり大きな箱である。送り主を見ると、秋田の知らない人だ。品名は懸賞茸とある。そのときすぐには思い出さなかったのだが、送り主が、小安になっていたことから、夏に小安温泉に行ったときに食べたアイスクリームを思い出した。茸の当たるアイスクリームだ。
 箱を開けてみた。中には新聞紙でくるんだ茸が一本ころっと入っていた。丈が三十センチほどの大きな真っ赤な太った茸である。舞茸ではなかった。
 猫たちが寄ってきた。真っ白な猫と真っ黒な猫である。箱があると、すぐよってきて中に入りたがる。ところが今度は違った。茸にかじりつきそうになったので、頭をひっぱたいてやったら、すごすごと、キッチンの方に引っ込んだ。
 茸の箱には手紙らしきものがはいっていて、「おめでとうございます、当たり茸を送ります」とあり、食べ方が書いてあった。
 サラダで食べるのが一番おいしいとある。あとは一般の茸と同じに、炒めても煮てもよいとある。もし、茸を増やしてみたいなら、下の五センチほど輪切りにして、土に埋めておくと、条件さえよければあっと言う間に増えるとあった。茸というのは根があってもだめだと思っていた。胞子が菌糸に発達して初めて茸を作るのではないのだろうか。石突のところから生えるとは珍しい。
 面倒だから、サラダで食べてみよう。茸の石突のところを少し多めに切って残すと、茸を洗った。食べやすく切ると、ちょっとかじってみたら、茸臭さはなく、さわやかな香りがした。味はなかなかいい、醤油をつけても、ポン酢をつけても、ドレッシングでもなんでもあいそうだ。
 茸の石突のところを庭の椿の下の土に埋めた。まるで、パイナップルみたいだ。これでうまくいくとは思えない。
 夕食は、懸賞茸のサラダと、生姜焼きでご飯。
 醤油に茸をつけて食べたところ、なかなかいける。ビールがいい。
 二匹の猫がテーブルにあがってきた。茸の入ったボオルが気になるようなので、茸の切れ端を与えてみたら、二匹とも喜んで齧った。猫が茸を食べるなんていうの初めてだ。しかし、たくわんを食べる猫のことを聞いたことがあるので、珍しいわけではないのかもしれない。
 猫たちは懸賞茸をあっと言う間に食べてしまって、もっと欲しそうだ。ずいぶん大きな茸なので、一人では多いくらいだ。ちょうどいい。白と黒は喜んでくちゃくちゃかんでいる。
 二本目のビールを空けたとき、白と黒がテーブルの上で立ち上がった。犬のようにちんちんをして、飛び跳ねはじめた。書斎からカメラをもってきて、ムービーのボタンを押した。ピョコピョコとテーブルの上で白と黒の猫が跳ねている映像は見物である。
 十分ほど撮ると、猫たちは疲れたと見えて、テーブルの上で丸くなった。鼾までかいている。
 その後、残りのビールを飲み、生姜焼きで食事を終えると、片づけて、書斎に行った。猫はまだ寝ている。
 PCを開けてカメラをつなぐと、猫の映像を取り入れた。改めてみると、とても面白い。ブログにでも貼り付けてみよう。ということで、「茸を食べた猫」という題名をつけて、張り付けてしまった。
 この茸の種類について、何か書いたものはないか送られてきた箱の中を見たが、なにもない。懸賞茸としかない。茸の名前は全くわからないので、ウキペディアやネットの茸図鑑で調べたが、全く同じようなものはない。そこで、多朗兵衛旅館の女中さんが言っていたことを思いだした。あのおばあさんの息子が一メートルにもなる茸を栽培していたという話であった。この茸はその半分だが、もしかすると、その茸の小さなものかもしれない。いずれにしろ名前はわからない。
 すると、急に眠くなった。まだ八時半だ。どうしてだろうか。そのときには茸のためだということはわからなかった。その夜の夢はすさまじかった。
 月の上のクレーターの真ん中にいた。一生懸命、宇宙服を着て、茸を植えていた。なぜだか赤い茸が肩にかけている籠から、次から次に出てくる。
 田植えをしているように、ともかく、一生懸命赤い茸を植えていた。やがて、クレーターいっぱいに茸が植わると、兎がやってきて、食べ始めた。美味い茸だなあと兎が言っている。とうとう、みんな食べてしまった。
 さて、次の朝の目覚めはいつもよりさわやかである。気持ちよく起きて、窓の外を見るとよく晴れている。庭に出てみると気持ちのよい風がほほをなでていく。十一月の薄青いなだらかな空である。
 庭の木立も気持ちが良さそうだ。ふと、下をみると、あった。真っ赤な大きな茸が、数本立ち並んでいる。ニャーという声で居間の方を見ると、白と黒が起きてきて庭に出てきた。のろのろと私のそばにくると、赤い茸に気がついたようだ。いきなりかけていくと、茸にかぶりついた。
 映像だ。そう思った私は、カメラをあわてて持ってきた。白猫はあの大きな茸をもう一本食べ終わってしまった。次の一本に齧りついたところから、ムービーに納めることができた。黒猫も次の一本に齧りついた。偶然食べている茸は隣同士だった。白と黒が赤い茸の傘にがぶっとやっている映像を撮り始めることができた。どんどん食べていく、やがて、お腹がいっぱいになった二匹の猫はお腹を上にして、コロンと寝転がった。面白い映像だ。
 写真も撮った。しばらくすると、猫たちが木の下で踊りだした。面白い、二匹でぶつかったりしている。しばらくすると、相当疲れていると見えて、木の下で丸くなって寝てしまった。昨夜のキッチンでの出来事と同じだ
 カメラを書斎に持っていくと、PCに取り入れた。
 きのうアップした映像をチェックすると、なんと、千何人ものゲストがあったようである。コメント欄がないので、人数だけしかわからない。
 ともかく、新しい映像を二種類、茸をたべている白と黒、それに、木の下で踊っている二匹の映像をアップした。
 その後、旅の茸の原稿書きに集中した。書いているうちに、懸賞茸のことが書きたくなり、送られた茸を食べた顛末をかくことにした。サラダで食べたら美味しかったことと、猫が好んで食べ、踊りだしたことを書いたのである。
 夕方までかかって、六十枚ほど書いて、多朗兵衛旅館の写真、送られてきた茸の写真と、猫が踊っているところの写真を載せて、雑誌社に送った。担当者にメイルで、ブログを見てくれと書いたら、すぐに返事が来た。
 「面白いですね、その茸、幻覚茸じゃないですか」とあった。ちょっと心配になり、「自分も食べたが、特になにもなかった」と書いた。その後ではたと気がついた。いつも見ない夢を見たことを思い出した。もしかすると、あの夢も茸を食べたためかもしれない。
 かなり根を詰めて書いたので、ちょっと疲れた。
 窓を開けて、庭を見ると驚いた。また、赤い茸が数本生えている。半日経たないうちに成長している。赤い茸を見ていたら、なぜか食べたくなった。
 これで、ビールを飲もうと思って、居間のガラス戸を開けて外にでた。朝と同じところに三十センチほどの赤い茸が生えている。一本とって、キッチンに持っていって、洗って裂くとボウルに入れた。
 一口に裂き、醤油につけてビール、なかなかいける。
 そういえば猫たちはどこに行った。腹がいっぱいになって、あのまま遊びにいってしまったのか。このようなことはよくある、どこか公園の草むらの中で遊んで、夜遅く帰ってくる。蛇や鼠、モグラまで捕ってきたことがある。私の家は丘の中腹の通りの突き当たりである。裏は公園の崖のようになっている。猫は好きなだけ外で遊ぶことができる。
 ビールを飲んでいると、なんだか、庭の方でかさかさ音がする。五時だからまだ少し明るい。見ると、見慣れない動物が茸に擦り寄っている。
 カメラを持つと、居間のガラス戸をそうっと開けた。今のデジカメはすごい、ともかく電子的な望遠になる。見ると、狸じゃないか。狸が茸にこすりついて、頭にかぶりついた。映像のボタンは押してある。
 また、もう一匹きた。同じように茸を食べ始めた。
 夢中になって、映像を撮った。ビデオカメラを買った方がいいのだろうか。だが、それも面倒だ。これで撮れるだけ撮ろう。狸が踊りだした。腹はたたかないが、猫とは違った踊りだ。ふらふらと二本足で立とうとする。いや面白い。
 しばらくすると、ふーっと狸が庭から出ていった。公園の方に行ったようだ。
 あの茸はやっぱり幻覚茸の一種なのだろうか。狸のビデオをブログにアップした。
 その後、一週間の間に、穴熊がきたし、赤鼠が数匹よってきた。皆茸をかじって、踊りだした。モグラやヒミズもやってきた。どの動物も、二本足で立とうとした。踊った後は、しばらく庭で寝るのもいたが、すぐねぐらに帰っていく動物もいた。そのたびに映像をブログにアップした結果、いろいろなところで、この映像が流れるようになった。あるとき、テレビ局の人から電話があって、穴熊の踊っている映像をテレビで流したいといってきたので、もちろん了解した。
 こうして、私の名前が、ときどき、テレビで見られるようになった。友達から本物を見たいといってくるのだが、いつも見られるわけではないから無理だよと断った。
 私の方は、懸賞茸で毎晩、ビールを飲んだ。月の上で茸を植える夢はもう見なくなったが、夢の中では必ず宇宙旅行をしている。火星、水星、金星、木星にいった。それらの星で、あの赤い茸を植えているのである。植えていると、かならず、宇宙人がそばに寄ってきて、茸をくれという。それで、ご自由にどうぞというと、喜んで、自分の家にもって帰り、見返りに、宇宙人のお宅に呼ばれご馳走になった。宇宙人は映画のエイリアンのように怪物ではなく、皆紳士、淑女で、きちんとした洋服をきて、私をもてなしてくれた。ただ、火星人の顔は蛸で、水星人は魚、金星人は蛙、木星人は蜥蜴だった。ともかく、その星の特産品だというものを食べさせられ、その地の酒を飲まされた。
 ブログにそういったことも書いた。
 その懸賞茸が欲しいという、メイルがたくさん届いた。それで、なにも考えずに、できる限りは送ってあげた。
 ある日の夜更け、なにやら庭で音がする。きっとまた動物がきたのだろう。そう思って、カメラをもって、居間に行くと、暗闇の中で大きな動物が二匹、出てきたばかりの茸を食べているようだ。このあたりに熊はいないだろう。熊よりは小さい気がするが、とすると猪か。まだ暗いので、映像は無理だが、一回ならフラッシュをたいて写真を撮ることができる。
 居間のガラス戸を音がしないようない静かに開けて、カーテンのかげから、カメラを庭の椿の方に向けた。
 一発勝負だ、パシャッと音がして、光が庭に向けて放たれた。
 そのとたん、二匹は飛んで逃げていった。
 なにが写っているのだろうかと見ると、人間だった。パジャマ姿の、男性が二人、茸を齧っていた。
 この写真は、ブログにアップすることはできないだろう。だけど不法侵入である。人間もこの茸に誘われるようだ。私は、毎日食べているので、特に誘われるようなことがないのかもしれない。いや、食べたくなること自体もう誘われているのだ。
 その朝、警察の人がやってきた。
 「お宅は、へんな茸を生やしているね、通報があったよ」
 「はい、誰からです」
 「それは言えないね、どうも、違法の茸じゃないかということで、調査させてくれませんかね、任意ですがね」
 「いいですよ、庭に生えていますから持っていってください」
 「どうしたんです」
 「もらった茸を庭においておいたら、増えて、生えてきたんです、食べたら旨いし、猫もそうですが、野生の狸や穴熊が食べに来てますよ」
 「ええ、ブログを見ました」
 「違法な茸かもしれませんでね」
 と、もう一人の刑事が言った。
 「だけど、もらったものを置いといたら、生えてきたんですよ」
 「しかし、お宅のだから」
 ちょっと、おかしな理論である。それで、
 「もし、変な茸だったら、どうなるのです」と、聞くと、
 「逮捕されますよ」と彼は答えた。
 「そりゃ、無茶だ、家の庭に毒茸が生えたら、逮捕しますか」
 刑事さんは、「そりゃ、無理だな」と首を横に振った。
 「同じでしょう」
 そういっても、刑事さんは、
 「毒茸は違法じゃない」
 と理屈に合わないことを言った。
 「今日の明け方、勝手に庭に入って、茸をかじっていた人がいますが、そういう人はどうなります」
 刑事さんは驚いた顔をして、「そりゃ、違法なドラッグをつかった人となりますな」
 と言った。
 「家宅侵入ではないですか」
 「それもありますな」
 それで、明け方撮った画像をカメラのモニターで見せた。
 「あ、教育委員の委員長と、民生委員の人だ、そういえば、この団地に住んでいる」
 「この人たち、勝手に、庭に入ったんですよ、不法侵入で逮捕しますか、もしかすると、この人たちではないですか通報したのは」
 と聞いたら、刑事さんは、「まあ、この人たちが食べて何でもなかったのなら、問題ないでしょう」
 と、帰ろうとしたので
 「茸はそのままでいいのですか」
 「勝手に生えたのだからしょうがないね」
 と、全く、前後の脈絡が合わない返事をして、帰っていってしまった。まあ、ともかくも、問題にならなくて良かった。
 今日撮った教育委員長と民生委員の写真は、pcにいれ、さらに何枚か焼いておいた。日付も入れてある。これがあれば安心だ。
 ということで、その秋には、懸賞茸にさまざまな動物がきて、面白動画がたくさん撮れた。
 写真に焼いて、文章を私が書いて、本をだすことにした。
 今、夢の中での宇宙旅行は、太陽系から外にでた。
 そういえば、秋田小安の星空の下で育った茸である。宇宙旅行は茸の夢でもあったのかもしれない。
 たまに、知り合いを呼んで、ビールパーティーをやった。懸賞茸を肴にである。その人たちも宇宙旅行の夢を見たそうだ。一度来た人は、月に行った夢、二度来た人は火星に行ったそうだ。まだ水星に行った人はいない。
 太陽系から外にでると、なかなか次の星に行き着かない。秋も終わったので、来年、この茸が生えてくるのを待たなければならない。
 とても楽しみである。

懸賞茸

懸賞茸

昔のホームランアイスクリームを売っている店があった。懐かしいので買って食べた。スティックに大当たり茸とでた。 その場で一本もらえるのかと思ったら、茸が送られてくるそうだ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-21

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