合わないノリ改善薬
「ひとつ三万ゴルードです」
どう見てもボロボロの店、勇者はまよっていた。いつものメンバーと別れて単独でレベル上げをしようとさまよっていたのだが、辺境のまちポポルでへんてこな商店にはいった。入ったはいいが、買うものもなく、そもそもいつもは武器調達係にそのあたりをまかせていたので、仕方なく何かしらの薬品を買う事にした。
薬品も薬品がかりに負かせているといえばそうだったのだが、武器よりも薬品係のほうがいくらか信用度が低かった。棚にならべられたいくつかの薬品のラベルに書かれた効用をみても、どこかピンとくるものはなかった。だが勇者はついにひとつの薬品をみつけた。
「合わないノリ改善に」
どうやら何かしらの魔法がかけられているらしく、勇者はその効用を気に入ったので、それを購入してやがて、すぐその店を出る事にきめた。
その薬はくせになる味で、それでいてどこか少々のまずさ、不快なのどごしをもっていた。彼は、勇者というには地味すぎていて、同じパーティのメンバーからも影が薄い勇者だといわれていたが、そんな事はここで生まれてここで育ち突然勇者として名指しされた彼にとっては、知ったことではなかった、むしろパーティのメンバーが自分を探し、たよってやってきたのに、いつのまにか自分の立場はなくなっていて、影も薄くなっていったのだ。 「そんな事は、しったことじゃねえ」
「は?」
そう声をあげたのは同じパーティのマドンナ的存在の治癒魔法使い。雷の魔法もつかえたが普段はもっぱらパーティ内の魔法支援の役割を担っていた。パーティ思念祥で、髪の毛はサイドポニー、金髪でハスキーなボイスだが、女神の様に優しかったのだ、初めに言葉を失ったのは勇者だった。
「は?ってリサちゃん……」
「あ、すみません!」
なんともいえない沈黙が流れた。昼間から夕方まで同じダンジョンで魔物を倒し続けてかれこれもう4、5時間。ネトゲなら相当のクラスだ。その疲れ果てたメンバーたちも、リサちゃんのいつもと一風変わった様子に度肝をぬかれた、そして、勇者につづいて大勢のみんなが言葉をうしなったのだ。 リサちゃんは、つねに敬語、それが当然だった、渋い顔をしながら、いつもは使わない気を使ってない頭をつかって勇者は言葉を絞り出した。
「リサちゃん、その反応、斬新だね……」
またもや、沈黙、だがその後すぐにガハハハとみんなが笑う声が洞窟内に鳴り響いた。勇者ははじめて、このメンバーの中て“空気”をかえた、空気をかえる、こんな責任を感じたのは久しぶりだった。思えば兄弟の中で一番明るかった自分が、家族と離れ離れになったとたん、段々とくらくなっていった、だがそれからというもの、勇者はこのパーティにおける自分の立ち位置に少しずつ責任をもっていくようになり、そのおかげで人間的にも成長していった、数カ月もたつと、やがてみんなが勇者を頼るようになった。勇者はこの後、立派に勇者業を終えて、無事にその代の魔王を倒し、定年で勇者をやめた。その後、次の勇者を育てるために旅をする事になるのだが、それまでずっと隠居生活。再び昔の仲間とあうまで、彼はずっとこの話を自分の秘密にしていて、誰かに話すときにも、
「薬はきっかけでしかない」
と話したのだった。勇者からしてみれば思えば、勇者と使命されて初めて自発的になにかやったのが“買い物”だったのだ、たったそれだけのことで、自分の立場が変わったり、ある環境のムードを変えられるなんて思いもしなかったことだろう。
合わないノリ改善薬