じゃのめ
空に低く雲が立ち込めていた。今朝の天気予報は観ていないけれども、今にも雨が降り出しそうだということはわかった。
私は置き傘もしていないし、折りたたみ傘も持っていないので、まだ降っていないうちにと小走りで高校から自宅までの道のりを駆けた。
幸い灰をそのまま被ったような色の雲は、天空でじっとしており、冷たい水滴が降り注いでくることはなかった。無事自宅に到着し、一息つきながら玄関のドアを開けたとき、居間の方から妙に明るい音楽が聞こえてきた。弟がテレビを観ているのだとすぐに察した。
居間に行くと、案の定弟がソファにでんと座っており、向かいに置かれているテレビを凝視していた。テレビ画面には、カラフルな色彩が映り込んでおり、一瞬立ち眩みを覚えた。
気を取り直して見てみると、それはアニメだった。おそらくオープニングだろう。制服らしきものを着た少女たちが笑顔を浮かべて手を繋ぎあい、飛び跳ねたりしている。どいつもこいつも妙な髪色や目の色をしている。紫の髪とか大阪のおばちゃんじゃあるまいし。黄色い目とか身体の色素がどういうことになっているのか。染めているのにしても、カラーコンタクトをしているにしても、へんてこりんだ。そういう色彩の奇抜さが目を引くわりには、それぞれの顔の輪郭や面構えは不自然なほど似通っている。こいつら全員姉妹なのか。それとも大量生産されたサイボーグかなにかだろうか。それに全員身体のフォルムも異様に丸い。最近の幼稚園児でもこんなに丸くない。その上、必要もないのに、無駄に髪留めやリボンをしているのもおかしい。必要ないだろう。自分にそんな装飾を施して何になるのか――。
――と、いろいろと心の中でつっこんでみたが、アニメに対してそのような文句を言うことが野暮であることぐらいは私でも知っている。こちらとテレビ画面の向こうのあちらを一緒にしてはいけないわけだ。日本と海外の常識を一緒にしてはいけないように。
弟は居間に入ってくる私に対して一瞥くれるだけで、何も言わずにテレビに向き直った。私は私で弟にただいまを言う習慣が根付いていないので、無言でそっとソファの後ろを通り、居間に隣接している台所に行って水を飲んだ。とりあえず喉の渇きを潤して居間に戻ってくると、テレビ画面の中の映像はオープニングから本編に移行しているようだった。オープニングで謎のジャンプを披露していたへんてこりんなキャラクターたちが、何やらわちゃわちゃと騒いでいる。ずいぶんと甲高い声である。耳が痛くなりそうだ。
弟はソファの上で胡坐をかきながら、それをにこりともせず真剣に見つめている。
いつもは弟のことは素通りし、さっさと二階の自室に閉じこもってぐーたらとスマートフォンをいじくってネットサーフィンなんぞに興じるのだけれど、その日はなんとなく、弟に声をかけてみることにした。特に理由はない。強いていうなら、何か言いたいことがある気がする。ある気がするのだけれど、それが何なのか、よくわからない。弟と何か話をすれば、その言いたいことも思い出せるかもしれないと思った。
「あのさ、なに観てんの?」
「ゆるゆり」
弟はこちらに振り向きもせずに答えた。
「面白いの?」
「あーうん、面白いんじゃない?」
「なぜに疑問形?」
「こんなの面白くないって人もいるから」
「そりゃ何だってそうでしょ。あんたはどうなのかって訊いてんだけど」
「だから面白いんじゃないって言ったじゃん」
我が弟ながら可愛げというものがない。
「お姉ちゃんも観てていい?」
「何か言いたいことでもあんの?」
「え?」
「普段そんなこと言わないじゃん。学校でなんかあったの?」
学校で何か――ああ、あった。一応、一つだけ。
「なんかさ、クラスメイトがひとり退学になった。男子の」
「ふーん」
「そんでさ、結構やばいことやらかしたらしくてさ」
「ふーん」
「それでね、何をやらかしたかというと――」
「あーっ!」
私の言葉を遮って、弟は唐突に素っ頓狂な叫び声を上げた。
私もつい驚いてしまって身体がびくんと揺れる。
「な、なに、急に大声出して――」
「発売日だよ、発売日!」
「は?」
「楽しみにしてたゲームの発売日なんだよ!」
「え? だから?」
「だからも何も買いに行くしかないだろ。ったく、何でこんな大事なこと忘れてたんだ」
弟はいてもたってもいられないという様子で、ソファから勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待ってよ。通販とかで買えばよくない?」
「なにいってんだよ。本当に好きなものは実物をすぐさま手に入れられてこそだろ」
「それにしたって、そんなに急がなくても・・・・・・」
「うるさい」
弟はもう私と問答するのも鬱陶しいという態度で、テレビも点けっぱなしにしたままで居間を飛び出した。私が茫然としているうちに、玄関のドアがぎこっがしゃんと乱暴に開閉される音がした。気づけば私は、陽気なアニメ音声が満ちる部屋の中に取り残されていた。
ああ、本当に自分の好きなこととなるとせっかちなやつだ、と私は呆れつつ、我が家の電気代事情も考慮してテレビの電源を消した。結局何が言いたかったんだっけな。喉物まで出ていた言葉は胃の奥底へと押し戻されてしまった。まあいいや。どうせ大したことではない。
私は二階の自室へと引きこもると、ベッドの上に寝転がり、普段通りだらだらとスマートフォンをいじってくだらない書き込みにくすくす笑いつつ、ハートのボタンを押したりなんかして貴重な十代の時間を潰していた。
ぱたぱたと窓を叩くような音がしたと思い顔を上げてみれば、外界ではいつの間にか雨が降り出していて、窓の側面目掛けて体当たりしてきた雨粒は、貼りついては流れ落ちていくという無意味な動作を繰り返していた。
あいつ傘持っていってないよな、と弟のことが脳裏をよぎったが、あいつもさすがに小学五年生だし、雨の中を一人で帰ってくることくらいできるだろうと考え、また若さをだらけることで無駄遣いする作業に戻ろうとしたときだ。
突然スマートフォンがびーひゃららと電信音を発した。少しだけ驚いて手からそれを落としそうになり、慌てて手中でバランスを整える。それが電話の着信音だと気づくのに、数秒ばかり時間を要した。正直このスマートフォンが着信音を響かせることは滅多にないのだ。何せ私にはまともに連絡を取り合うような友人がいないし。自慢ではないけれど。
誰からの着信だと警戒して確認してみれば、液晶画面には『コウ』と表示されている。コウとは弟の名前である。
弟が私に電話をかけてきたことはほとんどない。一度だけ電話がかかってきたことはあるが、二年ほど前、弟が小学三年生だった頃のことだ。それはふざけて塀の上で遊んでいたら、足を踏み外して転落し、足の骨が折れたらしいというもので、それを聞いた私はもうひっくり返るくらい取り乱して、「こっちに電話をかける前に救急車を呼べ!」と怒鳴ってしまったのを憶えている。結局その後、近所の人が救急車を呼んでくれたらしく、弟はそれに運ばれて近場の病院に入院した。私が見舞いに行ったとき、咄嗟に私に電話をかけたのは「いやなんか慌てて電話帳を開いたら姉ちゃんの連絡先が目に入ったから」と言い、「焦るからやめてくれ」と私は笑い交じりにため息をついたものだった。
と、そんなどうでもいい回想は置いておいて、だ。
そういう前科のある弟からの電話である。また何かやらかしたのか、はたまた何かに巻き込まれたのか。私は柄にもなく、不安と心配を抱えながら通話ボタンを押した。
「あー、もしもし? 姉ちゃん、迎えに来てくんない?」
電話口から聞こえてきたのは、何も問題などない風な弟の能天気な声だった。
「大丈夫? また足の骨折れてない?」
冗談半分、本気半分で言うと、弟はいかにも不貞腐れたような声になった。
「なんだそれ。馬鹿にしてんのか」
「馬鹿にしてるんじゃなくて純粋に心配してる」
「そういうのはいいからさ。今雨で立ち往生してんの。迎えに来てよ」
「迎えにってどこによ」
「ミタムラ屋。俺がゲーム買うところって言ったら、ここしかないだろ」
「わざわざあんたを迎えに行くためだけに、ミタムラ屋まで来いと?」
「姉ちゃんが来てくんないと、俺雨がやむまでずっと待ちぼうけを食らうことになる」
「傘買う金とかないわけ?」
「ない。ゲーム買ったら小遣いすっからかん」
「じゃあ濡れて帰るという手段は?」
「もしそれで風邪とか引いた方が面倒だろ」
「本音は?」
「雨に濡れるなんて嫌だ」
窓から見える雲はよりいっそ濃い灰色になっていて、雨風は強さを増しているようだった。先ほどまでは窓を叩く音だけだったのに、今は雨粒が屋根を激しく叩く音も聞こえる。
「頼むよ、姉ちゃん。迎えに来てくれよ」
ちっとも必死感も申し訳なさそうな感じもない弟の懇願。正直無視して電話を切ってやろうかという気持ちが湧いていたが、どうせ暇なので少しからかってやることにした。
「うーん、じゃああんたを迎えに行ったらなんか特典とかあるわけ?」
「今日買ったゲーム遊ばせてやるよ」
「えーっ、それだけ。私そのゲームに興味ないかもしれないよ」
「だったら姉ちゃんは何が欲しいのさ」
弟はあからさまに拗ねた口調になる。本当に昔からわかりやすいやつだ。久々に弟のことを可愛いと感じた。
「ほんじゃーさ、一緒にアニメ観よう」
「は?」
「さっきあんたが観てたゆるゆりってやつでも、別のでもいいよ」
「ちょっと待ってって」
弟は取り乱した口調になる。
「何を焦ってんの?」
「焦ってるわけじゃねーよ。急にきめーこと言い出すから」
「一緒にアニメ観たいってのはきもい?」
「そりゃあ、まあ・・・・・・」
「でもアンパンマンとかドラえもんとかは一緒に観たことあるじゃん」
「そういうのとは違うんだって。たぶん・・・・・・」
「あ、そう。ほれじゃ仕方ない。あんたは雨がやむまで立ち往生ってことで――」
「あーもう、わかったよ。一緒にアニメ観てやるよ! だから迎えに来てくれ!」
「ふひひっ。わかった、わかった。そんじゃすぐそっち行くから」
「笑い方きもい」
「はいはい」
「・・・・・・今日の姉ちゃん、変だぞ」
「何が?」
「なんか・・・・・・馴れ馴れしい」
その弟の言葉で、私は急に平手で片頬を打たれたような気分になった。同時に先ほどまで飄々と弟をからかっていた自分が客観的に見て恥ずかしくなり、「う、うるさい。とにかく大人しく待ってなさい」と慌てて通話を切った。弟が一瞬「まっ」と何かを言いかけたけれど、再びかかってくるようなことはなかった。
何であんな仲良さげなやり取りをしてしまったのか。普段は「おはよう」だとか「おやすみ」だとか、その程度の挨拶を不愛想に言い合うくらいの距離感なのに。今日に限ってこんな――安っぽいドラマの中の姉弟みたいな――。
私は何度か頬を抓り、改めてここが現実の世界であることを確かめてから、そろりそろりとベッドから立ち上がった。あの恥ずかしいやり取りを振り払うように、急いで着替え、自分のものと弟のものの二本の傘を持って外へ出た。一本を差し、一本を脇に携えて、弟が待っているという近所の商店街にあるゲームショップのミタムラ屋へと向かった。傘布を打ち鳴らす雨音を耳にしながら、水しぶきが飛ぶのも構わず水たまりを踏みつけながら歩いた。まだ弟の「馴れ馴れしい」という言葉を思い出しては頬のあたりが熱くなった。
ミタムラ屋への道のりはそう遠くない。十分足らず進んだところでミタムラ屋が見えてくる。店の上部には、『ミタムラ屋』と記された緑の看板がでかでかと掲げられていて、その下で弟がぼんやり虚空を見つめながら立っている。「おーい」と私は弟に声をかけそうになって、ふとやめて、その場で立ち止まった。何か――その看板の下に立つ弟の姿を見て、何か――思い出せるような気がしたから。
何だ、何だろう、この感じ、この感覚は――。
ああ、思い出した。私の脳裏にぱっと弾けるようなビジョンが浮かんだ。
すれ違ったパーカー姿の若い男が、棒立ちする私に奇異な目を向けて通り過ぎていく。
私は今日以外に一度、いや何度か、弟を迎えに行ったことがある。それは弟が幼稚園児だったころだ。私は小学校高学年で、ちょうどませた言動が鼻につくような年ごろで、何でも背伸びして大人の真似事をしたがった。その一つが幼稚園児の弟のお迎えだった。その頃の母は今ほど忙しくはなかったけれど、よく私は母に駄々をこねて、一人で弟を迎えに行った。私は弟を迎えに行く道中、決まって「あめふり」を歌った。あめあめふれふれかあさんがあ、じゃのめでおむかえうれしいなあ。水たまりの上を繰り返し飛び跳ねて水しぶきを飛ばしながら。そして幼稚園の軒先で私を待つ弟を見たとき。この感覚はそのときのそれだった。そして弟がミタムラ屋の看板の下で待つ姿は、いつかの雨の日の、幼稚園の軒先で待つまだ幼かったころの弟の姿と重なった。私の記憶の中の弟と、現在の眼前に捉えられる弟の姿が、きっちり一致したのだった。
それに気づいたとき、私の中である種の感動が去来した。それは美しい景色を見たときも違う、心を動かされる映画を観たときとも違う、未知の貴重な経験をしたときとも違う、強いて例えるなら懐かしい線香の匂いを嗅いだときのような――そんな言葉では上手く言い表しようのない感情だった。ただそれが感動であることはわかった。
私はどうしよもなく感動を抱き、降り注ぐ水滴の中で茫然と突っ立っていた。
その看板の下に立ってただ私を待つ弟が、今この世界で何より目立って見えた。
おそらく大した時間ではなかったのだけれど、しばらくの間、私の目には薄ぼんやりした顔の弟しか入っていなかったし、耳には傘布を打つ雨音さえ聞こえなかった。けたたましい携帯電話の着信音が響いて、ようやく我に返ったのだった。
「姉ちゃんさ、遅いよ。今なにしてんの」
電話に出るなり開口一番、弟の不機嫌そうな声がした。
「あ、ああ、ごめん、もうすぐそこまで来てるんだけど・・・・・・」
私がそう言ったとき、弟は虚空を見つめていた視線を動かしたようで、少し遠くに突っ立っている私とぴったり目が合った。
「おい、そんなところでなにぼけっとしてんだよ」
「いや、いやーね、ちょっと雨音を聞くのも風流かなーって。はははっ」
「風流だか交流だか知らないけど、早くこっち来てよ」
苛立たしげな声に促されるままに、私は看板の下で忙しなく手招きする弟のもとへ向かった。
「まったく姉ちゃんは」と弟は苛立たしげにしながら私の脇から傘をもぎ取った。
「ほら、帰ろ」
弟はそう言うと、私の腕を引っ張って、雨の中を歩き始めた。私は多少足をもたつかせながら、弟の後へ続いた。なんだか嬉しかった。小賢しい感情を抜きにして、単純に嬉しかった。何で嬉しいのか、自分でもよくわからないのだけれど。
私の腕を掴んでいた弟の手は、いつの間にか私の手のひらに移行していて、自然と手を握り合うような形になっていた。私は内心にやにやしていたのだけれど、それに気づいた弟は顔を仄かに赤くして「きもちわるっ」と大げさに叫んで私の手を振り解いた。
「はあー、今日は姉ちゃんの様子がおかしいし、変な日だよ」
弟はあからさまに私と少し距離を置きながら、わざとらしくため息をついた。
「でもゲーム買えたから良かったじゃん」
「欲しいゲームが手に入った上で変な気分なんだよ」
そのあとは私も弟も少しだけ無言になった。息詰まる沈黙ではなかった。かといって心地よい沈黙というわけでもなくて、ただ歯の間にはざかった食べ物のカスがなかなか取れないような、そんな沈黙だった。そして、その沈黙を破れるのは自分だということもわかっていた。私が今日弟に言いたいと思っていたこと。それをまだ言えていない気がした。でもそれが何なのか、私は今も考えあぐねているのだ。でもこの帰り道の間に言わないと、もう二度と言うタイミングはないだろう。だから、だけれど――。
「・・・・・・俺が出かける前、姉ちゃんなんか話してなかったっけ?」
うじうじと煮え切らない私の代わりにその沈黙を破いたのは、弟だった。
「えっ、あ、うん、話してたね。クラスメイトが退学になった話」
「そんで、その人なにやらかしたんだっけ?」
「それは――」
私はまだ躊躇する気持ちを持ちながらも、それを押し切って言った。
「妹さんと・・・・・・セックスしたんだって」
「・・・・・・は?」
弟は私の顔を二度見するような勢いで、目を丸くした。
「妹って実のってこと?」
「そう、実の妹さん。なんかこっそりやってんのを親にばれちゃったらしくてさ。で、そこの家が結構厳格な感じのやつで。その親がまあそんなやつを養う義理はないってキレちゃったもんで。そのクラスメイト、ムキになって、だったら妹と駆け落ちして生きていくって言いだしたらしいんだよ」
「・・・・・・ほんで退学と」
「そういうことみたい」
「・・・・・・その人は妹と駆け落ちしたの?」
「わからない」
「そこ肝心なところだろ」
「今度クラスの子に訊いてみるよ」
私と弟、再び無言。これは息詰まる感じの嫌な沈黙。
「・・・・・・大体、そんな話、ふつー小学五年生の弟にするかね」
「だからちょっと迷ったんだって」
「それで?」
「え?」
「それで姉ちゃんはどう思ったの?」
「私は――」
その話を聞いたとき、私は――。
「きもいなあって」
私がそう言った途端、弟は急に足を止めた。私はふっと振り返る。弟はほんの少しだけ猫だましでも食らったような顔をして――それからにやりと口角を上げた。
「確かにまあ、きもいわ」
弟はまた気怠そうにのろのろと歩き出す。私もまたその遅いペースに合わせる。
本当はまだ何か言いたいことがある気がするけれど――今はなんだかこれで良いような気がした。何より耳かきが上手くいったときのような、妙にすっきりした気分がそれを証明していた。
「あめあめふれふれかあさんがあ、じゃのめでおむかえうれしいなあ」
気づけば私の口は、気持ち悪いくらい上機嫌な様子で、自然に「あめふり」を歌いだしている。童謡とは不思議なものだ。もう何年も歌っていなかったというのに、すらすらとメロディも歌詞もこぼれ出てくる。
弟はまた唐突な出来事に面食らった風に私を見やる。私は気にせず歌う。
「ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん」
私は歌いつつ弟の前に駆け出てきて、まるでエイリアンでも見るような顔になっている弟の鼻先に指を突き付けて言った。
「じゃのめでお迎えに来たのは、かあさんじゃなくてねえちゃんでしたっ!」
弟は立ち止まった。私も立ち止まった。弟はびっくりした顔をしていた。私はたぶん気色悪い笑顔を浮かべていた。二人とも無言だった。今度は心地よい沈黙だった。
その沈黙を破ったのも、弟で――。
「ふへへっ」
弟は――。
「ふっ、ふふふっ、ふはははっ」
――笑った。
私も笑った。
雨はすでに小降りになっている。
じゃのめ