すくらんぶる交差点(3-2)

三の二 平成 昭 の場合

「あーあ。今日も終わった」
 平成昭は、体に溜まった疲れを服ごと全て脱ぎ去りたかった。肩から、背中から、腰から、空全体の重力が自分にだけ圧し掛かっているようだった。徹夜の仕事は警備。昨晩から今朝の朝まで。水道管の工事だ。ここ二~三日、同じ現場にいる。
「ええ、またですか」
「頼むよ、平成」
「ここ二週間、ずっと徹夜の仕事ですよ」
「うちも、若い奴がいなくてな。年寄りじゃあ、仕事にならない。それに、相手先からも、お前を頼むと指名がきているんだ。警備がおろそかで、事故を起こしたら、大変だからな。その点、お前なら大丈夫。でも、どうしても、いやなら、他の奴に頼むぞ。もう、仕事は回ってこないかもしれないけどな」
 部長がほめたと思ったら、すぐに脅しだ。この警備業界も、公共工事が減ったせいで、仕事が激減している。まだ、二十代なので、仕事を優先的に回してもらえるが、先輩の五十歳代の人は、仕事をあてがわれなく、連絡待ちの状況だ。連絡待ちだと言っても、一週間に一回も連絡が来ないことがある。それじゃあ、おまんまが喰えない。会社の寮に住んでいるが、食費や光熱水費も請求されるので、借金が膨らむ一方だ。会社からは抜け出せず、雪だるま式に増え続ける負債。
 そんな先輩を見ているので、昭としては、辛く、厳しい仕事でも、会社の命令に従わざるを得ない。だからといって、自分の未来に展望が開けている訳ではない。目の前の仕事をこなすだけ。明日の仕事の保証はない。このままでいいのか、という思いが、常に頭の中をよぎる。ついでに、体が交差点をよぎる所まで来た。疲れ果てた自分の隣には、これから一日の仕事を始めようとしている人が立っている。目に力がある。それに比べて自分は、死んだ魚の眼。瞼が半分以上降りてきて、まともに眼が開けられない。歩き方だって違う。購入時は白いジョギングシューズだったが、今は埃にまみれた灰色で、足をするように歩く自分。他方、磨かれて、光沢を帯びた革靴。踵が跳ねあげられ、大地を蹴っている。ふーう。ため息だ。
 もうすぐ信号が変わる。こうした生気あふれる人の中に、自分が入って行くのは疲れる。特に、スクランブル交差点は、人、ひと、人、ひと、人、で溢れかえっている。自分の隣だけではない。自分が渡る反対側にも、人、ひと、人、ひと、人、だ。左斜め前も、右斜め前も、人、ひと、人、ひと、人、だ。本当に、向こう岸まで渡りきれるのだろうか。途中で、倒れてしまいそうな気がする。
 信号が点滅しだした。周りの人の眼が輝く。青だ。ダッシュ。だが、すり足では、スピードが出ない。次々と追い抜かれていく。追い抜かれるだけならましだ。投げ捨てられた空き缶やたばこの箱のように、後ろから押されたり、蹴飛ばされたりする。俺は何も悪いことしていないぞ。ただ、疲れて、足が前に進めないだけだ。すり足がひっかかった。わずか数ミリのマンホールの蓋だ。そこに後ろからの重圧。見事に前につんのめった。後は押して知るべし。汚れたガードマンの制服だが、横断歩道の横縞じゃないはずなのに、平気で人が踏んでいく。人が通り過ぎて、やっと立ち上がろうとすると、信号は点滅状態。
 こうして、平成昭は交差点の真ん中で取り残された。

すくらんぶる交差点(3-2)

すくらんぶる交差点(3-2)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。三の二 平成 昭 の場合

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-29

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