Goodbye, my prime minister.

不波 流

この物語はフィクションであり、実在の人物、地名、団体等とは一切関係ありません。

 はじめまして。本名を名乗るのは色々と支障がありますので、ご了承ください。どうしても名前が必要でしたら、そうですね──仮にイソノ、とでも呼んでください。
 お時間を割いて申し訳ない。早速本題に移りましょう。
 この写真の人物を、暗殺していただきたい。
 報酬は、アメリカドルで三千五百万。十分な額だと考えますが、いかがでしょう?
──結構。
 ひとまずここに着手金として一千万ドル、現金で準備しております。よろしければご確認を。
 残りは事後、第三国を介して送金させていただきますが、それでよろしいか。
──では、そういうことで。
 決行は、今週秋葉原で行われる街頭演説会。多くの支援者が駆けつけることになっています。場所柄、マスメディアもこぞって取材にやって来るでしょうし、恐らく反対者も来るでしょう。警備も相当厳しいものになるでしょうが、なに、あなたにとっては障害となりますまい。
 目撃者はできるだけ多いほうがいい。
 彼が演説を終える直前、聴衆の盛り上がりが最高潮に達するところを狙っていただきたい。当日の細かなスケジュールと、演説の草稿はこちらになります。一通りお目通し願えますか。
 当局には偽の情報を流しておきますので、時間稼ぎにはなるでしょう。余計なことかもしれませんが、是が非でも成功させていただかなければならない。そのために法外とも云える金額をあなたにお支払いするのです、何卒おくみとり願いたい。
──そうですか、それは心強い。
 あと一歩、もう一息のところまで来たのです。ここでむざむざ失敗するわけにはいかない。
 くれぐれも、お願いいたします。

 私は、あの方に英雄になっていただきたい。
 これまで、あの方はこの国のかたちを変えるために大胆な政策を次々と導入され、そしてその成果は着実に上がっております。力のある強い国へ──あの方はそのためにあらゆる障害を排除し、邁進して来られた。
 しかし、それをよく思わぬ連中の、なんと多いことか!
 多様性だの人権だの、夢のようなことを抜かして、国家のことを何も考えていないそういう輩は、社会にとって害悪だ。害悪は除かねばならない。しかし、現在の法秩序ではいかんともすることが出来ない。
 あの方は、そのことにひどく心を痛めておられるのです。
 法秩序を改めない限り、この国に、未来は無い。
 社会に仇なす連中を駆逐し、真に強く、真に正しい法秩序を構築することは、あの方の長年の悲願でした。
 今、その機運はこれまでにないほど高まりを見せております。この機を逃せば、百年先でも実現できないかもしれない。
 私は、長らくあの方の近くにおりますから、あの方のことは誰よりも知っていると自負しております。あの方が望む国のかたちを実現するには、この機を逃す訳にはいかない。
 しかし、ただ待っていたのではもう遅い!
 いつまでもぐずぐずと紛糾する世論を一挙に覆し、反対勢力を問答無用で圧殺する。そのためには、最早、あの方自身が暗殺されるほかない。
 一国の首相が暗殺されたとなれば、反対勢力への取締も弾圧も、社会秩序を盾にすべて許容される。この国の人々は死者に限りない同情を寄せるから、世論はいとも簡単に一色に染まる。あの方は死して救国の英雄となり、そしてあの方の望んだ強く正しい国が、理想の国家が誕生する。
……勿論、あの方にはお伝えしておりません。人は死んでも、国は残る。あの方のご意志は、この国に永久に刻まれることになるのです。私はこの国の行く末を見定めたのちに、この秘密を抱いたまま、あの方の後を追うつもりです。
──裏切り者?
 ふふ、キリストの最後の晩餐の挿話はご存知でしょう? イエスは、ユダが裏切ることを知っていた。ユダも、イエスが自分のことに言及したことはわかっていた。この二人には、寧ろ無限の信頼があったのではないかと私には感じられます。ユダの密告があったからこそ、キリスト教は世界宗教となり得た。敢えて裏切り者の汚名を被ったユダが、それを実現させたと言っても、決して過言ではないと、私は思いますな。

 さて、あまり時間がございませんが、ひとつよろしくお願いします。
 当日、楽しみにしておりますよ。

Goodbye, my prime minister.

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